パンプキンズ・ギャラリー

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【小説】ある雪の降る日に

2017-01-08 22:05:50 | 今日の小話
 

「こんにちわぁ!」

 店先でまだ若い男の声が響く。
 周囲の木々はすでに白く淡い粉雪をまとわせ、吐く息も白く溶ける空気の中、その声は凛として高く、そしてどこか愁いを帯びていた。

「おお、エストか!」

 格子ガラスがはまった重い扉を開き、その店の主、オオシが太い男性的な声をあげた。
 オオシの前に立つのは身の丈1.7m程度、しっとりとした輝きを放つ烏色のややはねた髪と、そしてこの地方にしては珍しい褐色の細身の体に、体の線が見えるように作られた薄めの革製の防寒具をまとった少年だった。
 その顔は彫りが深く端整で、ややつり目気味の目には灰色の瞳が輝き、そして口は不愛想に真一文字だった。

「これ、今回の薪」

 エストと呼ばれたその少年は、後ろに控えさせていた荷馬車を指さした。
 一頭立ての簡素な荷馬車だが、荷台には薪が山のように積まれ、それを目にしたオオシは笑みを浮かべ、

「いつもすまんな。だが毎回凄い量だな!」

 そういってエストを労う。

「いや……手伝ってくれる奴がいるから」

 エストはそう漏らすと口をつぐむ。

「それより代金だな。これだけの量なら、200レートでいいか?」

「ああ」

 オオシの言葉にエストが手短に応える。

「よし、商談成立だ! まぁ、お前も冷えたろ。店の連中が薪をおろす間くらい、中に入って茶でも飲めよ」

「いや俺は……」

 そういってエストはオオシの申し出を断ろうとした時、

「エスト! 来てたの!?」

 店の奥から元気な女の子の声が聞こえ、そして、

「もう! 今度来たときはこの短剣の文字、教えてくれるっていったじゃない!?」

 はねた赤毛のショートに小柄で細身の体、綺麗目ではあるがむしろ愛嬌のある白い肌の容貌に緑色の瞳とそばかすを浮かべた少女が飛び出してきた。歳の頃なら14歳くらいか?

「ああ、あれか」

 エストはあまり面白くなさそうに応える。

「なんだレナ? エストに頼み事でもしてたのか?」

 オオシが片眉を上げ、にやけ顔で少女に尋ねる。
 するとレナと呼ばれた少女はやや頬を上気させ、

「うん! でもこの前も、その前も、エストすぐに帰っちゃうから」

「あ、ああ……あれか……」

 レナの言葉にエストが思い出したようにつぶやくが、

「え? もしかして忘れてたの!」

「あ、うん……わりぃ」

 レナの信じられないものを見るような表情とは対照的にそっけない表情で応えるエスト。

「もう! ほんっっっっっとエストって記憶力悪いよね! 前だって約束してたこと忘れてたじゃん!」

「あ、あれは……」

「もういいよ! どうせアタシとの約束なんてその程度なんでしょ」

「いや、そういうわけじゃ……」

 興奮するレナと気押されるエストの間に、オオシが苦笑いを浮かべながら割ってはいり、

「まぁ、しょうがないじゃないか。エストにも他に用事があるんだし」

 そうレナをなだめるが、レナは頬をふくらせ、

「でも~!」

 そういってエストに鋭い視線を向ける。

「なぁ、エスト。レナもそういってるし、少し茶でも飲んでけよ。時間、あるんだろ?」

「ええ、まぁ……」

 オオシの言葉、そしてレナの自分に向けられる怒気を放つ視線を感じ、エストは渋々そう応える。

「少しくらいなら……」

 そういって店の中へと足を踏み入れる。

 中は暖かく、外の冷気を感じさせない。
 照明はランプを随所に吊るし、暖かい炎の灯色に照らされ、店内は決して暗いものではない。
 まだ夕方を迎える前の時刻ではあるが、周囲を高い石壁と森林で包まれたこの街では、昼間でも決して明るさが十分ではない場所も多い。この店“グレン雑貨商店”もその例外ではないのだ。
 エストとレナは店奥のテーブルに腰を落ち着けた。

「でね、これだけど……」

 レナが懐から一振りの短剣をとりだした。
 その短剣はわずかに湾曲した柄の部分に奇妙な文字が彫られ、そしてその刀身は、鞘に包まれながらも微かな光を放っているのが見てとれた。

「この文字、どう読むの?」

 短剣の文字のことをレナが期待をこめた瞳で問う。

「ああ、これな。これは……」

「うん!」

「デルダ・ズルグ・ニス・ラズ」

「うん」

「……だけだけど」

 にこやかな笑みを浮かべるレナに、エストはさもつまらなそうに答えた。

「で?」

「で、って?」

「意味よ! 意味がわかんないと意味ないでしょ!」

 レナが少し怒りをあらわにしながら問いつめる。その気迫に圧されエストは、

「ああ、それか……“唱えよ、緊急退避”かな?」

「それってどういう意味よ?」

 レナが首を傾げてエストに尋ねる。

「いわゆる緊急脱出用の道具でもある、ということだ。余り多くはないけど、そういうものもあるってことだな」

「ふ~ん」

 エストの説明にレナはわかったのかわかっていないのか、少し首を傾げて言葉を漏らした。

「お、それか? 例の短剣って?」

 オオシが店の奥からお茶を入れたカップを持って現れた。それを各人の前に置き、

「すまんな。うちにもこういう代物が回ってくる。もっとちゃんとした専門家を雇えればいいんだが、こんな田舎にくるものもそうそういなくてな」

「いえ……」

 エストが謙遜気味に応えるが、オオシは目を細め、、

「でもどこでこの言葉を覚えたんだ? バヤータ文明語なんて、大都市の大学とかで学ぶもんだろ?」

「いえ……」

 エストはそういうと黙りこむ。その沈黙の意味を量りかねたオオシは、

「いや、いいんだ。でもエストのその知識はうちでも助かってる。中には高値で売れたものもあるしな。また暇があったら付きあってくれよ」

 そういってにこやかな笑みを浮かべる。

「そうだよ! また手伝って」

 オオシにつられレナも笑顔を浮かべた。

「ええ、まぁ……」

 エストもやや顔を俯かせて言葉を返す。
 そして薪の積み下ろしが終わり、そしてエストが必要とする食料や雑貨などが荷馬車に積まれるまでの間、三人は他愛の中会話をして過ごした。

「じゃあ、俺はこれで」

 エストが荷馬車に乗り出ようとした時、

「待って! 城門まで一緒に行く!」

 そういいながらレナが荷馬車の御者台に上がってきた。

「少しの間だけど、いいでしょ」

 レナがにこやかに尋ねる。

「あ、ああ……いいけどな」

 エストがそういうと荷馬車は城門に向け出発した。

 彼らが今いる街ディディックは、惑星クースクにある大陸フェルドミナ大陸の中央西部に位置する国、ワーテルダイン王国の北部にある街だ。
 林業が盛んで、多くの木こりや木工職人を擁している一大林業都市で、その木材や製品は南にある都市や王都でも親しまれている。
 しかし山間の街でもあるので冬には寒さが厳しくなることもあり、暖房に使う薪は必須のものだった。

 そしてこのグレン雑貨商会では多くの薪を仕入れ、安定供給することで信頼を勝ち得ている店でもあり、そこに一年前から現れたエストは新顔でありながら、数人の木こりがフルタイムで働かなければならない量を一度に卸すことから絶大な信頼を勝ち得、現在ではこの店になくてはならない取引先ともなっていた。
 エスト自身も薪の交渉でごねたこともないことから店主であるオオシの覚えもめでたく、その娘レナからは、エストがまだ若いことから、からかい半分も含め兄のように慕われていた。

 そして街の大路を城門に向けて進む二人の前に、一つの巨影がすれ違った。

「……あれ、は……」

 エストはすれ違い、遠のく巨影の後姿に目をやった。

「あれ? エルダー・ダインだよ!」

 レナが誇らしげに答える。

 エルダー・ダイン。
 身の丈4mを超えるその体は、まるで不可思議な金属でできたような艶やかで怪しい輝きを放ち、肩の張った体格と、それに反比例するような小さな頭部、そしてその面貌を覆う鉄の仮面、さらに肩から流れる空色の一対のマントが、見るものの視線を釘付けにする。
 それはまさにディフォルメが効いた騎士の姿であり、そしてそれはやがて大路を曲がり、その姿を消した。

「エルダー……」

 エストが眉根を寄せて呟く。その声にレナが、

「エスト、もしかして見たことないの?」

 そう尋ねるが、エストはハッとするように、

「あ、いや、ただ……」

「ただ、なによ?」

 その戸惑った問いかけにレナは問い返し、

「あれ、あと何体くらいこの街にいるんだ?」

 エストが声を潜めてそう尋ねた。
 レナは少し考えるように視線を上に向け、

「う~ん……正確な数はわかんないけど、4体から5体はいるはずだよ。エストも知ってるでしょ。この街の外にいる怪物たちのこと」

「ああ」

「あの怪物退治のために何回も出動してるの。エルダー・ダインって凄いんだよ! あれ中に人が入ってるの! なんていうの、変身っていうか合体っていうか!」

 レナが興奮気味にエルダー・ダインのことを話すが、エストは半ば考えこむような表情で手綱を握っていた。
 そして街の城門にさしかかるとレナは荷馬車を降り、

「じゃあ、今日はここまでだね」

「ああ」

「次はいつ来るの?」

 レナは瞳を輝かせて尋ねる。

「来週……かな」

 エストの答えにレナはにこやかな笑顔を浮かべ,

「来週ね! じゃあ、待ってるから!」

 そういってから二人は別れた。

 それから一週間が過ぎた。
 その日、朝は晴れていたが昼から天気は崩れ、そして夕方を迎えることにはすでに雪が舞う様相を呈していた。

「遅くなってすみません」

 夕方間近、グレン雑貨商店に薪を満載した荷馬車と共に現れたエストを出迎えたオオシの顔にはけげんな表情が浮かんでいた。

「レナ、は?」

「え?」

 唐突なオオシの言葉にエストは不審な声をあげる。
 その声にオオシは表情を曇らせ、

「いや、エストが遅いからと、レナが城門まで迎えに行ったんだが。そもそも何で遅れたんだ?」

「いえ、途中でトゥロムを見かけたんで、道を大回りしてたら遅くなって……」

 エストが申し訳なさそうな声で答える。

 トゥロムとはこのフェルドミナ大陸全域で見られる怪物の名前だ。
 その身長は大きな小屋の屋根を超えるほどで、粗暴だが力が強い怪物として知られている。

「じゃあ、レナとは会ってないんだな?」

 オオシが念を押すように尋ねる。

「え、ええ。城門を潜った時には、もう人影はまばらで。レナと会ってたら、間違いなくわかると思います」

 エストも真顔で応える。
 そのエストの態度と表情に、一層オオシは表情を曇らせ、

「まさかあいつ、お前が遅いんで、何かお前にあったんじゃないかって、街を抜けてお前の家に行ったんじゃぁ……」

 その言葉にエストはハッとし、

「そういえば前に聞かれたことがあります。俺の家はどこかって。俺、その時どうせこれないだろうと思って、街道沿いに徒歩なら三時間ほど歩けばつけるし、立て看板がある小道を曲がればすぐだって教えて……まさか!」

 エストの言葉にオオシは表情を硬くし、

「今の天気では二次遭難もあるし、もうすぐ夜だ。怪物のこともある。とりあえず俺は街の警護隊に連絡して、捜索隊を出してもらう」

「俺、行きます」

 オオシの言葉にエストが静かに応える。
 オオシはけげんな表情となり、

「行くって、どこに?」

 そう声を落として尋ねるが、

「すみません、馬、借ります」

「え?」

「厩にありますよね、それを借ります」

 そういってエストは荷馬車を置いて店の裏にある厩へと急ぐ。

「おい、ちょっと待て!」

 オオシが声を上げて追うが、

「オオシさんは早く警護隊に伝えてください」

 オオシの制止も聞かずエストは馬の綱を外し、

「じゃあ、お願いします」

 そう手短にいうと馬に飛び乗る。

「お前だけでどうなるっていうんだ!」

 オオシの声にはすでに冷静さが失われようとしていた。娘ばかりか、大切な取引相手すらも失う、その不安に。
 だがエストは努めて穏やかな声で応える。

「大丈夫。俺にはドゥームの力がありますから」

「ドゥーム?」

 オオシは目を丸くしてその言葉を聞く。

 ドゥーム……滅亡という言葉を。

「じゃあ、後を頼みます」

 そういって馬の横腹を蹴り、エストは店を、そして街を飛び出し、消えていった。
 ただ降り積もる雪だけが、その跡を刻んでいた。

「もうこんなに暗い……」

 街から出て一時間近く、暗くなる空から降り続ける雪を眺めながら、レナは心細そうにそうつぶやく。
 すでに日は沈みかけており、周囲は灰色を溶かしたような薄暮の光の中、それでも雪は降り続け、大地を白く染める。
 レナは出がけにまとってきた毛皮のマントをギュッとしめ、寒さに耐える。
 まさかこんな天気になるとは思ってもいなかったし、途中でエストとは会えると思っていた。

「でも……」

 レナは不安と心細さでそう言葉を漏らした。
 しかしその声は降り続ける雪に吸われ、消して周囲に響くことはない。
 その時!

 前方になにものかの姿が見えた。

「エスト!?」

 レナは血色づく。

『なんだ! ちゃんとエスト来てくれたんだ! もう、アタシ怒ってるんだから! 遅れたわけをちゃんと聞いて、それから……それから!』

 レナはそんなことを思いながら、それでも顔には笑みを浮かべ、そのものに走り寄る。

 だが……

『え……?』

 レナの足の運びが鈍くなる。

『違う……』

 レナはそう考える。
 それほどまでにそれはエストとは違っていた。
 それは、どう見ても大きな小屋ほどの大きさがあった。
 その肌は灰褐色で、肥大し肥満した胴体には太く逞しく手先が巨大化した腕と、太く短く屈強そうな足を持つ。
 そして頭部はまるで上から潰したように圧縮され、鼻がなく、乱杭歯が並ぶ耳まで裂けた口と、そして狂気と破壊衝動に爛々と光る紅い瞳が、今レナの姿を捉えようと、こちらへその視線を向けようとしていた。

『!?』

 レナはその怪物のことを話では聞いていた。
 トゥロム。
 多くの隊商や旅人、そして周辺で暮らす者にとってはまさに天敵で、その強大な破壊力の前では屈強な騎士でさえ無力であることを。
 そしてそれは今、大きな地響きを上げ、レナの方へ重々しい一歩を踏み出した。

「い……」

 レナがその瞳にトゥロムを捉えたまま、一歩引き下がる。
 だがそれに合わせ、トゥロムがまた一歩、前進する。

「い……」

 引く。そして進む。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 レナが悲鳴を上げトゥロムから背を向け逃走する!
 だがその声に応えるようにトゥロムの前進が、歩みから走りへとその姿を変えた!

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 レナが絶叫を上げ街道を戻り逃げはじめた!

『早く、もっと早く……』

 エストは心の内で叫ぶ!
 するとどこからか、

『大将、随分慌ててるな』

 どこか乾いた声が聞こえた。

『まさかあいつらがまだこの時代で生きていたとはなぁ』

 その声には半ばあきれたような軽さがあった。

「たぶん、誰かがジェネレーターを再起動させたんだ」

 その声にエストが応える。

『なんにせよ、俺たちが今でも活躍しているっていうのは事実だし、なんとかせにゃぁならんよな』

 乾いた声はどこか無責任な口調でしゃべるが、

「悪いな。またお前の力を借りる」

 エスト申し訳なさそうに言葉を漏らす。

『な~に、大将の命だ。従うよ』

 乾いた声はそう楽しそうに言葉を発したのを最後に、沈黙した。
 エストはその意味を悟り、ただひたすら馬を走らせる。

「あれか!?」

 雪が小止みになりつつ中、エストは視界の果てに二つの影を捉える。
 一つは小さい。
 だがもう一つは、その小さい影を負う形で迫っている。その身長は大きな小屋ほどもある。

「レナァァァァァァァァァ!」
 エストがありったけの声で叫ぶ!
 すると小さな影が応えた!

「エ、エストォォォォォォォォォ!」

 小さな影はすでに足元も頼りなく、だがここで止まれば後ろの影に追いつかれるので必死に走る。
 エストは馬から降り、右手を突きだした。
 その手の人差し指には指輪がはめられていた。薄金の熊の頭を象った指輪が。

 だが……

 雪に足を取られたのか、小さな影が前のめりに転ぶ!

「レナ!?」

 エストが右手を突きだすのをやめ、声を上げる!
 小さな影に迫りくる大きな影!
 小さな影は懐から小さな何かをとりだす。それは夜の闇に包まりつつある暗がりの中で、光り輝いた!

『あれは!?』

 エストがその光を見て、咄嗟に声を上げる。

「レナ! 言葉を、短剣の言葉を唱えろ!」

 その言葉に小さな声が反応した。

「言葉って!?」

「デルダ・ズルグ・ニス・ラズ!」

「ダルデ・ズ……何?」

「デルダ・ズルグ・ニス・ラズ! 早く!」

「ダルデ……いえない!」

 その言葉にエストが歯噛みし、

「現代語でもいい! 緊急退避!」

 すると声が頷いたように見え、

「うん、わかった! 緊急退避!」

 その言葉を叫んだ途端、小さな影は突然消え去り……
 そしてエストの横にレナが突如現れた。

「え!?」

 レナはいきなりのことで言葉が出ない。

 そのことを確認すると、エストは再び右手を突きだし、

「我、汝との契約によりここに汝を召喚する……というか、いくぞバルガナンド!」

『了~解!』

 その刹那、エストの言葉にかぶさるように、乾いた、だが地の底より湧き上がるような声が、周囲に響く。
 エストの指輪から激しい光が解き放たれ、それは光の帯となってエストの後ろに降り注ぎ……
 やがて巨大な人型を形成した!
 その肌は不可思議な輝きを放つ金属のようなものでできており、身の丈4m、異常に発達した肩と肩幅を持ち、その胸板は分厚く盛り上がる。
 そしてその面貌を覆うのは獰猛な熊を模した鉄の仮面で、その手には巨大な戦斧が握られていた。

 エルダー・ダイン……

 少なくともレナにはそれはそう見えた。

『あいつの相手は久々だな、おい!』

 乾いた声がエルダー・ダインから聞こえる。

「それより、いくぞ!」

『ああ、きな大将!』

 その言葉と共にエストはエルダー・ダインに飛びついた!
 するとその体に激突することもなく、エストの体はエルダー・ダインに吸い込まれる。

 そして……しばしの静寂の後、

「いけるな」

 エルダー・ダインからエストの声が聞こえる。と同時に戦斧を握る右手が動く。

『ああ。いつも通りだ』

 エルダー・ダインの楽しげな乾いた声が応える。

「エス……ト?」

 レナが不安げな声をささやく。
 するとエルダー・ダインからエストの声で、

「心配するな。すぐにあいつを倒してくる」

 そう真面目な声が聞こえたかと思ったら、

『そうそう! お嬢さんはしっかり見ててよねぇ☆』

 そう笑いながら応える乾いた声が続いた。
 そしてエルダー・ダインは迫りくる大きな影へと向かう。
 やがて両者が激突し、何度かの攻防が行われた後、大きな影が轟音を上げ大地に伏した。
 そしてその姿はやがて雪の中へと埋没し、消えた。

 それからエストとレナは街へは帰らずにエストの家へ行くことになった。
 すでに街からは離れており、途中で他の怪物との遭遇も考えられるし、それにエストの言で家の方が安全だといわれたからだ。

「凄~い!」

 エストの家を訪れたレナが、その中を見て声を上げた。
 家の中には至る場所に本棚があり、さらにその地下室には見たこともない機械も置かれていた。

「これって、全部エストの?」

 レナは本棚の本の一部を指さし尋ねる。エストは静かに、

「俺の、というより俺たちの」

 そういいにくそうに言葉を返した。

「俺たちって?」

 レナが首を傾げて尋ねる。

「もう死んじまった連中だよ」

 エストがこともなげに答えるが、レナは少しバツが悪くなり、

「あ、いや、そういう意味で聞いたんじゃ……」

 そこで言葉を飲んでしまう。
 しかしその姿にエストは微かな笑みを浮かべ、

「気にすることはないよ。死んだっていったって、もう何千年……いや、何万年前かもしれないから」

 そう応えた。

「何万年……?」

 レナが不思議そうに尋ねる。何万年?
 その表情を見てエストが一息つき、そして話しはじめた。

「バヤータ文明って知ってるよな」

「うん」

 エストの言葉にレナが応える。

「俺はその生き残りだ」

 エストは静かな声でそう告げた。

「え? でもエストまだ若いよね? なんでそんなこというの?」

 レナは少し頭が混乱して声が上ずる。
 確かに普通に考えればウソにしか聞こえない。
 だが先ほどのエルダー・ダインのこと、そしてエストがバヤータ語を使えることを考えると、完全な否定ができない。
 そのレナの狼狽ぶりを見てエストは、

「バヤータ文明の終わりのことだ。俺たちはある実験のためにこの大陸に集められた。それは試作型機動鎧の実践データーを集めるための試験で、俺もそのための一人だった」

 そう淡々と答える。

「じゃあ、さっきのエルダー・ダインって」

 レナは慎重に尋ねるとエストは静かに、

「ああ。あいつが俺の試験していた機動鎧。もっともあの時代ではエルダー・ダインなんて呼ばれてなかった。もっと禍々しい、ドゥーム・ダインと呼ばれていた」

 少し苦味を含めた声でそう語る。

「ドゥーム・ダインは元々戦闘兵器として開発され、その装着者をもテストしていた。その稼働実験に追いつけないものは外され、ついてこれるものだけが残された。その中には死んだ奴もいる」

 エストはそう語り、レナは聞いていた。

「何度もテストし、そして採用された機動鎧もあった。だが試作半ばで放棄されたものもあり、やがてその動きは一つの流れを作った」

「流れ?」

 エストが続ける言葉にレナが尋ねた。

「そうだ。兵器試験の凍結。全廃、とまではいかないが、現在進行している兵器試験を凍結し、その力を別の方面に向けよう、という動きだ」

 エストの言葉には少し苛立ちが見えていた。

「それはいい。別に俺達は戦争を望んでいるわけではないし。でも俺や俺の仲間はすでにドゥーム・ダインの適用試験に合格し、それと契約するようになっていた」

 エストの声に怒気がまじる。

「それはすなわち、俺たち自身の凍結を意味した」

 エストの口調にレナは不安を覚え、

「で、でもそんなの外せばいいじゃない?」

 そういうがエストは息を吐き、

「ダメなんだ。外れない。適合したもの以外には使わせないように、契約者が死ぬまで外れない」

 その声には言葉以上の感情が込められていた。
 諦観、あるいは悲嘆。

「だからあの時代の連中は俺たちを冷凍睡眠装置にかけて眠らせることにした。その周囲に結界を張り、万が一怪物たちを作り出すジェネレーターが再起動しても怪物が近づけないようにして」

 エストは敢えて気を落ちつかせ静かに言葉を続ける。

「でも中には途中で目覚めたやつもいた。監視の目を潜り抜け、時代の影に隠れ住んだものも。この家にある本は、そんな奴らが集めたものなんだ」

 その言葉を受け、レナは部屋の本棚を一瞥する。

「だが俺は今の時代に目覚めた。それからドゥーム・ダインの気配を辿り仲間の元を回った。でも……」

 エストが言葉を切る。レナはその気配に気づき、

「もう……いいよ……」

 そういってエストの手を握る。

「……ここにある本はあいつらの思い出なんだよ。あいつらがどう考え、どう思い、どう生きたかの。だから、俺はあいつらと可能な限り一緒にいてやりたいんだ」

 エストはそういって言葉を飲んだ。
 しばしの沈黙が流れる。しかし……

「でも、エストは今生きてるよ」

「……え?」

 レナの言葉にエストがあっけにとられ言葉を返す。

「エストの力、その力は昔は忌避された力かもしれない。破壊兵器であり、滅亡を呼ぶものとして封印された。それはわかる」

 レナはエストの手を強く握る。

「でも今は違う。アナタの力が必要なの」

 レナの言葉にエストの眉根が寄る。

「アナタと、その……」

「……バルガナンド?」

 エストがとっさに名前を上げるとレナは笑顔になり、

「そう、彼」

 レナはエストの右手につけられた指輪をさすり、

「彼の力も必要。アタシたちにはアナタたちが必要なの」

 レナの言葉にエストの表情に柔和さが戻り、

「俺たちはここを離れる気はない」

「うん。そういうと思った。でも、街の人にエストがエルダー・ダインの契約者だっていってもいいでしょ?」

 レナは朗らかに話し、

「だってうちの取引先の人が契約者だってわかったら、うちのお店にも箔がつくし、それにアナタも歓迎される」

 そう軽く話すレナの態度にエストの表情も緩み、

「なんだよ。結局商売かよ?」

 そう軽口を返す。そしてしばし二人は笑いあい、

「この家のことも、エストが古代人のことも内緒にしとく。でもエストの居場所は作っておくから。あとね……」

 そこまでいうとレナは少し悪戯っぽい表情を浮かべる。

「なんだよ?」

「これからここでバヤータ語の勉強をさせて、先輩☆」

「おいおい……まぁ、いいよ。よろしくな後輩!」

 そして二人は互いの手を強く握りあう。
二つの時代。そして二つの思い。それは一つの時代の幕開けだった。

                                ある雪の降る日に(END)

 ちなみにフェルドミナ大陸のワーテルダイン王国の地図はこちら。

 

 右上の街が今回の舞台のディディック。

 ちなみにこの短編小説『古き力の伝説』も読むと、エルダーダインについてわかるので面白いかも。

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