長さ30m、幅、高さともに20mはあろうかという薄暗がりの空間の中、無数のランプの灯火に照らされる庭園と木々に囲まれた可愛らしい外観の三階建ての館を見上げ、
「凄~い! これクウヤが本当に作ったの?」
「ああ」
驚きながらも嬉しそうな声を上げる俺の彼女、美梶木ホノカの愛らしい瞳を見つめながら、俺は頷く。
俺は関凪クウヤ、25歳。ホノカは22歳で事務職に就いているという。
身長は160cm前後でスタイルは普通だけど、とにかく愛嬌のある笑顔と性格、それに少しのことでは動じない肝っ玉が俺の好みと合った。
「ねぇ、このドアも本当にクウヤが作ったの」
ホノカが樫材らしきもので作られた精巧なドラゴンとユニコーンの彫刻が施されたドアを開けながら俺に尋ねる。
「あ、ああ」
少し言葉が詰まる。
それもそうだ、それは俺が作ったんじゃない。
そもそもこの空間にあるものすべて、実は俺が作ったものではない。
じゃあ誰が作ったんだ、といわれたら、正直に話して信用してくれるかどうかは、俺にはかなり疑問が残る。
「このキッチンとか本当に凄い! これって幾らくらいかけたの?」
「500万くらい、かな?」
「そんなに! 凄~い!」
大理石のような風合いを魅せる表面の調理台と白基調で作られたシステムキッチン。
元々興味はなかったけど、たぶんだけど、その位じゃないかな、と。
「じゃあじゃあ、ここに飾られているロボットもクウヤが作ったの?」
「え……ああ、うん」
なんだあのどっかで見た等身大のロボは? 俺は頼んだ覚えがないぞ! あいつ、勝手になに作ってんだ?
俺はある面影を脳裏に浮かべながら心の中で毒づく。
あいつ、まさかまだここに……
俺は不安を感じ手すりのある豪奢な階段を駆け上がる。
階段を最上階まで登り切り黒い重々しい扉を勢いよく開き、中を確認しようと首を突っこむと、
「お帰りなさいませ、ご主人様★」
いた! そいつは俺の前に立ちはだかり、首を少し傾げて可愛らしい定番セリフと共に俺を出迎えた。
「なぜここにいる!」
思わず声を荒げる俺。
「どうしたの? なにかあったの!」
階下からホノカの不安げな声が届く。
「お客様ですか? それは失念していました」
困ったような愛らしい声でそいつは返すが、俺の心には全く響かない。
俺の眼前にいるそいつ。
可愛らしい声音や言葉とは裏腹な全高2mを超える巨漢な上に金属的光沢を放つ頑強ボディ。
さらにご丁寧に頭部には顔らしきものはなく、ただ頭の中央に空いた虚空にはピンクの輝きを放つ一つ目が爛々と輝き、体の各所には鋭利な突起まで生えている。
どっかのアニメとかマンガに出てくる鎧の化物、あるいは鉱石生命体、それが俺の抱いた感想だ。
それが多少しなを作ろうが、俺の心には届かない。
確かにそういったものが好きな層がいることは認めるし、俺もアニメやゲームの中で見たり遊んだりするのは大好きだ!
だがそれが今目の前に存在し、ついでに彼女を初めて呼んだ場所でガチンコさせるのは問題あるだろう。
「お前、今日は友達がくるからどこかに隠れてろっていったよな?」
「はい、お友達がくるので隠れてろ、といわれました」
「だったらなんでここにまだいる?」
「ご主人様が連れてこられたのは彼女ではないのですか?」
「え……まぁ、そうだけど……」
巨大鉱石生命体が俺の詰問に落ち着いた声で答えるので、俺の方が言葉に詰まる。
「つまり、まだご主人様の中では彼女ではないのですね」
「…………………」
「クウヤ、誰と話してるの?」
ホノカが少し焦れた、そして苛立った声を飛ばす。
「彼女様がお呼びのようですが?」
鉱石生命体の落ち着いた声と、
「もう、誰と話してるの!」
タンタンタンと、明らかになにかに苛立つ足取りを奏でながらホノカが階段を上る音が聞こえる。
「くるな!」
思わず階段に向って声を上げる!
「どうしてですか?」
「喋るな!」
冷徹な鉱石生命体の質問に俺は怒鳴る、が、
「……なによ、これ……」
部屋の戸口から、不安と驚愕の色を帯びたホノカの声が聞こえ、俺の体に電撃が走るような衝撃と怖気が走る。
「この方が彼女様ですか?」
状況や空気を読まずに鉱石生命体がご丁寧に愛らしい声で俺に聞いてくる。
今、俺の中に一つのピリオドが打たれるような感覚が走り抜けた。
俺は変なものをコレクションする奴だ、絶対ホノカはそう思い、そして俺は振られる。
そればかりか俺の秘密さえも……
「スッゴ~イ! 受け答えするロボットなんて、スッゴ~イ!」
「へ?」
「これもクウヤが作ったの?」
「え、いや……」
興味と好奇心を顕わに笑顔で俺につめ寄るホノカに、俺はどうにも追いつけず言葉に詰まるが、
「私は作られたのではなく呼ばれたのです、彼女様」
「彼女様なんて~、ホノカでいいよ」
勝手に鉱石生命体がベラベラしゃべり、ホノカは彼女様と呼ばれたので上機嫌。
「それであなたの名前はなんていうの?」
ホノカは俺ではなく鉱石生命体に問いかける。俺がいるにもかかわらず。
「私は鉱石魔物ビルディーン。魔界より召喚された物を作り出すことができる魔物です」
魔物という言葉を聞いてホノカの動きが一瞬止まる。
それもそうだ。
この世界では魔物は危険存在とされており、それを非公認で召喚するのも禁忌であり倫理的にも問題だ。
顏から笑顔が消えたホノカは俺にゆっくりした仕草で向き直り、
「どういうことか説明してよ」
神妙な面持ちで俺に説明を求める。
少しの間空気は凍ったが、ホノカとの関係を終わらせたくない俺は顔を上げ、ホノカの瞳を覗きこんで、
「今から俺の話すことは他言無用だ。だから、ちゃんと説明するから聞いてくれないか」
俺はらしくない真面目な声音と口調でホノカの理解を求める。
ホノカも少し黙りこみ、
「内容にもよるけど、まずは聞かせて」
真剣な面持ちでそう答える。
「ところで紅茶とコーヒー、どちらがホノカ様はお好みですか?」
「コーヒー、ブラックで!」
「かしこまりました」
ビルディーンの唐突なオーダー取りに即座に応えるホノカ。
運ばれたコーヒーを飲みつつ俺は事情を話しはじめた。
あれは3年前の春、その年初めに失恋し傷心の中にあった俺は友人の引越しの手伝いに駆り出されていた。
2DKのアパートからの搬出なら引越し屋にでも頼めばいいのに、ヤツはそれをやらずに俺たちに頼んだ。
「でもおまえ、ずいぶん本を持ってるよなぁ」
搬出荷物の多くが洋書や意味不明の言語で書かれた書籍関係という、今の時代だとその手の研究者や好事家が好んで集めていそうな代物を手に取りながら俺たちは箱詰めしたり、中には処分するというものの梱包を手伝っていた。
「ああ、以前その手の大学にも通ってた。でもオレには才能はなかったようだ」
「こういうのって学校で学ぶのかよ?」
「一部では危険な要素もあるからな。そのために政府や行政は能力保有者は把握しておきたいんだと」
ヤツは荷造りをしながら淡々と話す。
「でも、こんな文字よく読めたよなぁ」
「オレも全部読めるわけじゃない。教授にも嫌味をいわれたよ。読めたらね、と」
友人の言葉にヤツは苦笑交じりに応える。
「どんなのだよ?」
俺は興味がわいてどんな本か知りたくなった。
「こいつだよ、なにか名状しがたき形態の文字モドキ」
友人が俺に本を突きだしたので俺は受け取りページをペラペラめくる。
『あれ?』
俺は不思議な感覚を覚える。
『いや……読める、読めるぞ』
俺は次々とページをめくる。
そこにはなにかを呼び出す術式、文様、図形などが書かれており、俺の頭に流れるように内容がはいってくる。
「なぁ、読めないだろ」
友人がにやけて俺に尋ねるから、
「ああ、こりゃ酷いな」
俺も誤魔化すように笑みを浮かべる。
「オレだって本があっても読めなきゃ意味ないな、と思うよ。だから教授も才能がないと思ったんだろ。同期にはなにかを呼び出した奴もいたらしいけど」
ヤツはなにか心に棘が刺さったような笑みを浮かべながら薄く笑う。
「でもお蔭さんで一般企業に就職して、今度は転勤&嫁さんと新居で新生活だろ」
友人が励ますような声を上げると、
「ああ、トントン拍子で上手くいったよ。むしろオレにはこっちの方が性に合う」
にこやかに応えるヤツに少し苛立ちを覚えるが、
「この本、どうするんだ?」
周りは読めないかもしれないが、俺には読めるので、本の処分について質問すると、
「多くはその手の古本屋に流すことになるけど、買値がどの程度つくかわからんし。どうせ読めないしなにか欲しいのがあったら手伝い賃代わりに持っていっていいよ」
ヤツは俺に幾冊かの本を指して笑みを浮かべる。
物入りの新生活には破れた夢はいらない、か。
「じゃあ、なにか役に立つかもしれないし、わけわかんなくても気に入ったものをもらってくよ」
そして引っ越し作業はつつがなく終わり、作業後のビールと弁当、そして思い出と笑顔だけを得て(俺は幾冊かの本を手に入れたが)、俺たちは解散した。
満開の夜桜が酔いと疲れの俺たちの心に染み渡った。
翌日から手に入れた本を読みながら、俺は見よう見真似で召喚術の真似事をはじめた。
当然真似事だ、まともに出来るはずがない。
最初はそうだ。軽い事故モドキも乱発し、大家の親父さんが何回か苦情をいうために俺の部屋に訪れ、ついでに会社では転属したりで慌ただしい日々が続いたが、ある日、一つの召喚陣の錬成に成功した。
呼び出せたのは奇怪な姿をした不定形のアメーバ―のような怪物だった。
ただそいつは俺が働きに出ている間に勝手に逃げ出したので、どうなったかは俺は知らない。
近所では大家さんとこの飼い猫のカウちゃんが、変なものをくわえてきたので気味悪いのでゴミ箱にポイしたという噂もあったようが、それが俺の召喚した魔物とは限らないので俺は無視した。
第二の召喚は錬金術を使えるものを偶然呼び出すことに成功した。
そいつはいかにも成金っぽい感じの金キラ衣裳をまとった骸骨だった。
『骨の髄まで金が好き!』
ヤツはそれを売り文句にしていたようだが、骨しかねぇじゃん、と心の中で思いつつも、機嫌を損ねると面倒なことにもなりかねないので俺は適当に煽てすかしてたらいい気分になったらしく、気前よく金目のものをポンポンくれる。
ただ俺がある程度裕福になったのを見ると、何故か俺の前から姿を消した。
どうも魔物を封じこめておくためのなにかが俺には欠けていたらしいが、今のところ俺に実害もないから、と、そのことも放っておいた。
そんなこんながあったために第三の召喚には慎重を期すようになった。
そもそも俺には魔物の知識がないので、名前で判断するのは不可能ともいえる。
だから魔物の外見特徴などを吟味し、俺の好みに合いそうなものを呼び出すことにした。
まずは性別だが、物騒な男魔物がこられても俺には対抗できる自信もないし、むしろ女の子から攻められる方が俺は好きだ。
そんなわけで女性枠は外せなくなった。
次の条件はその外見だ。
同じ女性でも前回同様骸骨では男女ともに変わりはないし、あっても俺にはわからん。
だからその外見特徴を俺なりに幾つか精査した結果、滑らかな光沢を放つ皮膚とかツンツンとした感じの外見の魔物を召喚することに決めた。
たぶん、だが、よくアニメや漫画に出てくるメタル系の肌とか尖った髪をした女の子なのではないかなぁ、と淡い期待を抱きつつ、万が一のことや上手くいったあとのもしものことも考え、俺はあまりご近所様の迷惑にならないよう、金キラ骸骨のくれた資金の一部を使い住宅地の一軒家を購入した。
そしてあまり人目がつかない昼間の時間を使い、魔物の召喚を開始した。
本通りの図形を床に描き、書かれていた言葉を詠唱すると、床の図形から突如霧のようなものが漂いはじめる。
と、同時に、俺の体に衝撃が走る!
なんだ、これ?
前の金キラ骸骨を呼び出した時にも少し胸に痛みが走ったけど、今度はその比じゃないぞ!
俺は胸を抑え倒れこむ.
なんでこんなに胸が痛むんだよ、どうなってんだ?
心の中で叫ぶが、口からは「アァ」とか「ウゥ」という唸り声しか出せない!
死ぬような感覚を覚えながら、俺は床を転がっていたが、ふと他者の視線に気がつく。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
優しくも愛らしい女性の声が響く。
不思議と胸の痛みが薄れはじめ、俺は視線を感じた方に目を向けた。
そこには、滑らかな光沢を放つ金属質の肌にツンツンとした突起状のものが身の丈2m以上の全身から生えており、本来顔があるべき場所は暗く穴が開き、爛々としたピンクの光を放つ異形が俺を覗きこんでいる。
「これじゃない」
苦しいながらも思わず感想が口に出る。
「これじゃない、とは、どう意味ですか?」
魔物が悩むような愛らしい仕草で俺に尋ねる。
鎧か結晶の化物にしか見えない魔物は、明らかに俺に危害を加える気がないのはわかる。
でも、思ってたのと違う。
俺が求めていたのは、もっとこう愛らしい感じで肌感もあるちょっとセクシーな感じの……
そんな切望とも絶望ともつかない感情がない交ぜになった俺を覗きこみながら、魔物は優しげな声で、
「私はこの世界に呼ばれました。もし私のお力が必要ならどうぞお申し付けください」
それが今俺の元にいる魔物、ビルディーンとの出会いだった。
それから数日後、俺はビルディーンの能力について調べたり本人に聞いたりもし、ビルディーンの物を作り出す能力とやらを試すことにした。
まずは目立たないように地下室を、と考え俺はビルディーンに命令する。
「かしこまりました、ご主人様」
ビルディーンがそういうと突如一階の一室から軽い振動が響く。
「なんだ?」
俺がその部屋に向うと、
「エレベーター?」
前は木製の扉だったはずのドアが両開きエレベーターの扉に変っている。
ご丁寧に扉の右手横にスイッチまで付いている。
「これ、使えるのか?」
「はい、ご主人様のお望みどおりに」
恐る恐るスイッチを押すと、しばしの間のあと、チンッ、という音とともに扉が開く。
ドアの向こうはミラーつきの見慣れた普通のエレベーターの箱だ。
「参りましょう」
ビルディーンが先行して乗りこみ、俺もそれに続く。
地下へと降りゆく感覚を覚えるエレベーターに乗りながら、
「不安ですか?」
「少しね」
ビルディーンの問いかけに俺は言葉少なに答える。
降りたつ場所まで到達したのか、チンッという音と共にエレベーターの扉が開く。
「おおっ~!」
そこには俺の想像を絶する空間が広がっていた。
長さにして30m、幅、高さともに20mほどか。
そんな空間が、しかも灯りがないはずなのに、何故かほのかに壁面までもが確認できる状態で、俺の眼前に広がっていた。
「これ、本当にお前の能力で作ったのか?」
「はい」
俺は興奮気味にビルディーンに尋ねるが、ビルディーンは事もなげに答える。
「私の力を使えばある程度の物作りは造作もないです」
愛らしくも少し誇らしげに言葉を続ける。
「じゃ、じゃあ、地下基地みたいなのも?」
「もちろん」
羨望の眼差しで尋ねる俺にビルディーンのピンクの光りが楽しげに揺れる。
突如俺の心にドラムの効いたBGMが鳴り響き、
『じゃぁ、あんな基地やこんな基地で、机に腕をついて偉そうに構えたり、巨大ロボットとか作っちゃったりしてそれを下からせり上げて発進させたり』
「それはご主人様には無理だと思います」
妄想をドライブさせてる俺にビルディーンが突っこむ。
「なんで?」
「現在のご主人様の力では、その願望を叶えるには力不足といえますから」
ビルディーンは静かに続ける。
「私の力はご主人様の体力などに依存しますので」
「じゃあ、この空間というのは」
「ご主人様には今はこれが精一杯です」
「そうかぁ」
少しの落胆を抱きつつも、俺はこの空間やビルディーンの力をどう使おうか、そんなことを考えはじめていた。
それから俺なりにビルディーンのことを調べてみたが、どうにもそれなりの力を持つ魔物だそうで、召喚する際には召喚するものの体力を消耗するので、激しい疲労や痛みを伴う場合もあるらしい。
ただ今まで俺が大した痛みを感じなかったのは、召喚に対しての適性があったらしく、そのお蔭で素人の俺でもビルディーンのような高位の存在の召喚もできたようだ。
愛らしくテーブルを拭くビルディーンの姿を見て、俺は不思議な感覚を覚えた。
それから一年以上をかけ、地下に俺の王国、俺の陣地を作り上げた。
タイル敷きの床に街路樹は暖かなランプの光に照らされ、ロマンチックな趣きを醸しだす。
奥には小高い土台を築いた上に三階建ての館を建て、その中の充実に努めた。
疲れて仕事から帰ってはビルディーンの力によるビルド生活!
それが俺の日常だった。
それだけが。
「でも、それだけじゃなくなった」
俺はホノカの目を見つめて、真剣な思いを口にした。
「え?」
「今の俺には大切なものができたから」
「それって……」
俺の言葉に揺れるホノカの気持ちがわかる。
「俺、ホノカのことが……」
「………………」
ホノカは言葉を返さない。
「ゴメン。いきなりなんて無理だよな。でも俺……」
落胆と失意が言葉となり俺の口から洩れる。
「……違うの……」
「え?」
「アタシ、クウヤの好意を受けられるような人じゃないから。でもクウヤは」
「それってどういう?」
予想外のホノカの言葉に俺は逆に言葉を失う。
なんだよ、その受けられる人じゃないって?
「じきにわかる」
「ご主人様、敵性存在の反応あり、この領域への侵入を画策しているものが接近しています!」
ホノカとの会話に突如ビルディーンが割り込み、なんとも物騒なことを告げてくる。
「なんだよ、その敵性存在って? 意味わかんないよ!」
思わぬ事態に俺は声を荒げるが、
「アタシね、子供の頃から魔物に目をつけられやすい性質だったの?」
「は?」
ホノカの唐突な告白。なにそのマンガとかによくある変な性質。
「アタシ、子供の頃はただ魔物から逃げ回っていて、だから魔物を避ける術は心得てるんだけど、だから余り人ともお近づきになれなくて」
「はぁ」
ホノカの言葉を聞いて、俺は色々と合点がいくような気がしてきた。
愛らしい笑みや性格なのに、なぜ今まで彼氏らしい影も話もなかったのか。
なぜ肝っ玉が据わっているのか、そして俺がこの階にいた時、なぜああも不審な声を上げ、魔物に対しての警戒心を露わにしたのかを。
「でもクウヤは魔物を使役できるんだよね?」
「いや、使役というか」
「私はご主人様の命に従います」
憧れの色彩を放つ眼差しを向けるホノカの問いに俺を差し置いて答えるビルディーン。
「だからクウヤはビルディーンに頼んで、私を魔物から守ってくれる物を作って」
「え、でも」
「私はご主人様のお望みの物を作れます」
「それ、俺の体力と交換だろうが!」
俺の承諾関係なしの勝手に話を進めるビルディーン。
「クウヤは私のこと大切じゃないの?」
「………………」
涙をため懇願するホノカの視線。
「お取込み中ですがご主人様、敵性存在がもうすぐでこの領域に侵入を開始します」
ビルディーンの言葉と共に、壁の一部に衝撃音が轟き、俺たちは思わず館の外に走り出る!
「な!」
「あれが今アタシを狙っている魔物。サイのような獣型の魔物で」
ホノカの言葉が続いたその刹那、巨大な轟音を立て壁面の一部が破壊され、土煙と共に巨大な際のような金属質な肌を持つ化物が顔を出す!
「ちょっ!」
あまりの展開に俺の脳はフリーズするも、
「各員迎撃開始! 敵性存在を排除せよ!」
ビルディーンの言葉と共に館の中にいたロボットモドキが突如飛び出し、サイの魔物へと攻撃を開始する!
「ご主人様、現在我が使い魔による迎撃行動が行われておりますが、あくまで足止めでしかありません」
「それで?」
「私の力を使い、ご主人様の武装を作り出します。それで迎撃して下さい」
「なんで俺が?」
ビルディーンの言葉に素直な疑問を返すが、
「アタシを守って!」
「ホノカ様が大事ではないのですか?」
「………………」
二人の言葉と圧に押し潰されそうになる。
突如際の魔物が暴れはじめ木々をなぎ倒し、枝がホノカの左肩に当たり転倒させる!
「ウ……ウゥ」
左肩を抑えうずくまるホノカ。
「……わかったよ、やればいいんだろ」
ホノカの姿に俺は決意を決める。
「ビルディーン、一番いいのを頼む」
「承知いたしました」
俺の言葉にビルディーンが答えると、俺の腕に巨大なミニガンが現れる。
「な!」
驚愕する俺にビルディーンが静かな声で、
「それはご主人様の体力を消費しながら敵に打撃を与える装備。いわば命を弾にして発射する武器です」
「俺にはこれがお似合いってか? どうせ俺には魔物をまともに使役することも魔法とやらも使えないんだ。使えるものなら何でも使ってやる!」
「クウヤかっこいい!」
「ご主人様、その意気です!」
二人の声援を受け、俺の自らの命を代償に魔物に突っこむ!
予想外の迎撃に動揺するサイの魔物だが、体制を整え対決姿勢を見せる。
わかったよ。
ホノカとつきあう限り、この運命は避けられないなら、俺はこの戦いを命尽きるまでやってやる!
俺の冒険は今、はじまったばかりだ!
それから数年の時が過ぎ、俺とホノカは結婚し、一児をもうけた。
幸い息子には変な性質は受け継がれていないようだが、ホノカがいる限り魔物の襲撃に遭う日々は続いている。
なんでも俺とビルディーンの関係は支配や使役ではなく、ただの愛情によるものらしい。
考えてみれば今までの魔物たちが勝手に逃げ出したのも、封じていない上に俺に興味がなくなったというのが原因だそうだ。
つまりビルディーンが俺に興味をなくせばいつ去っていくかわからない。
でも……
「ビルディーン、刀剣武装をくれ」
「承知しました」
手短な指示でビルディーンは即座に武器を作り出す。
使い魔との連携により繰りだされる攻撃が魔物を痛打する!
「パパ頑張って~!」
「パパガンバエ~!」
二人の声援を背中に受け、俺は戦う。
そう、今俺は最高に充実している!
「凄~い! これクウヤが本当に作ったの?」
「ああ」
驚きながらも嬉しそうな声を上げる俺の彼女、美梶木ホノカの愛らしい瞳を見つめながら、俺は頷く。
俺は関凪クウヤ、25歳。ホノカは22歳で事務職に就いているという。
身長は160cm前後でスタイルは普通だけど、とにかく愛嬌のある笑顔と性格、それに少しのことでは動じない肝っ玉が俺の好みと合った。
「ねぇ、このドアも本当にクウヤが作ったの」
ホノカが樫材らしきもので作られた精巧なドラゴンとユニコーンの彫刻が施されたドアを開けながら俺に尋ねる。
「あ、ああ」
少し言葉が詰まる。
それもそうだ、それは俺が作ったんじゃない。
そもそもこの空間にあるものすべて、実は俺が作ったものではない。
じゃあ誰が作ったんだ、といわれたら、正直に話して信用してくれるかどうかは、俺にはかなり疑問が残る。
「このキッチンとか本当に凄い! これって幾らくらいかけたの?」
「500万くらい、かな?」
「そんなに! 凄~い!」
大理石のような風合いを魅せる表面の調理台と白基調で作られたシステムキッチン。
元々興味はなかったけど、たぶんだけど、その位じゃないかな、と。
「じゃあじゃあ、ここに飾られているロボットもクウヤが作ったの?」
「え……ああ、うん」
なんだあのどっかで見た等身大のロボは? 俺は頼んだ覚えがないぞ! あいつ、勝手になに作ってんだ?
俺はある面影を脳裏に浮かべながら心の中で毒づく。
あいつ、まさかまだここに……
俺は不安を感じ手すりのある豪奢な階段を駆け上がる。
階段を最上階まで登り切り黒い重々しい扉を勢いよく開き、中を確認しようと首を突っこむと、
「お帰りなさいませ、ご主人様★」
いた! そいつは俺の前に立ちはだかり、首を少し傾げて可愛らしい定番セリフと共に俺を出迎えた。
「なぜここにいる!」
思わず声を荒げる俺。
「どうしたの? なにかあったの!」
階下からホノカの不安げな声が届く。
「お客様ですか? それは失念していました」
困ったような愛らしい声でそいつは返すが、俺の心には全く響かない。
俺の眼前にいるそいつ。
可愛らしい声音や言葉とは裏腹な全高2mを超える巨漢な上に金属的光沢を放つ頑強ボディ。
さらにご丁寧に頭部には顔らしきものはなく、ただ頭の中央に空いた虚空にはピンクの輝きを放つ一つ目が爛々と輝き、体の各所には鋭利な突起まで生えている。
どっかのアニメとかマンガに出てくる鎧の化物、あるいは鉱石生命体、それが俺の抱いた感想だ。
それが多少しなを作ろうが、俺の心には届かない。
確かにそういったものが好きな層がいることは認めるし、俺もアニメやゲームの中で見たり遊んだりするのは大好きだ!
だがそれが今目の前に存在し、ついでに彼女を初めて呼んだ場所でガチンコさせるのは問題あるだろう。
「お前、今日は友達がくるからどこかに隠れてろっていったよな?」
「はい、お友達がくるので隠れてろ、といわれました」
「だったらなんでここにまだいる?」
「ご主人様が連れてこられたのは彼女ではないのですか?」
「え……まぁ、そうだけど……」
巨大鉱石生命体が俺の詰問に落ち着いた声で答えるので、俺の方が言葉に詰まる。
「つまり、まだご主人様の中では彼女ではないのですね」
「…………………」
「クウヤ、誰と話してるの?」
ホノカが少し焦れた、そして苛立った声を飛ばす。
「彼女様がお呼びのようですが?」
鉱石生命体の落ち着いた声と、
「もう、誰と話してるの!」
タンタンタンと、明らかになにかに苛立つ足取りを奏でながらホノカが階段を上る音が聞こえる。
「くるな!」
思わず階段に向って声を上げる!
「どうしてですか?」
「喋るな!」
冷徹な鉱石生命体の質問に俺は怒鳴る、が、
「……なによ、これ……」
部屋の戸口から、不安と驚愕の色を帯びたホノカの声が聞こえ、俺の体に電撃が走るような衝撃と怖気が走る。
「この方が彼女様ですか?」
状況や空気を読まずに鉱石生命体がご丁寧に愛らしい声で俺に聞いてくる。
今、俺の中に一つのピリオドが打たれるような感覚が走り抜けた。
俺は変なものをコレクションする奴だ、絶対ホノカはそう思い、そして俺は振られる。
そればかりか俺の秘密さえも……
「スッゴ~イ! 受け答えするロボットなんて、スッゴ~イ!」
「へ?」
「これもクウヤが作ったの?」
「え、いや……」
興味と好奇心を顕わに笑顔で俺につめ寄るホノカに、俺はどうにも追いつけず言葉に詰まるが、
「私は作られたのではなく呼ばれたのです、彼女様」
「彼女様なんて~、ホノカでいいよ」
勝手に鉱石生命体がベラベラしゃべり、ホノカは彼女様と呼ばれたので上機嫌。
「それであなたの名前はなんていうの?」
ホノカは俺ではなく鉱石生命体に問いかける。俺がいるにもかかわらず。
「私は鉱石魔物ビルディーン。魔界より召喚された物を作り出すことができる魔物です」
魔物という言葉を聞いてホノカの動きが一瞬止まる。
それもそうだ。
この世界では魔物は危険存在とされており、それを非公認で召喚するのも禁忌であり倫理的にも問題だ。
顏から笑顔が消えたホノカは俺にゆっくりした仕草で向き直り、
「どういうことか説明してよ」
神妙な面持ちで俺に説明を求める。
少しの間空気は凍ったが、ホノカとの関係を終わらせたくない俺は顔を上げ、ホノカの瞳を覗きこんで、
「今から俺の話すことは他言無用だ。だから、ちゃんと説明するから聞いてくれないか」
俺はらしくない真面目な声音と口調でホノカの理解を求める。
ホノカも少し黙りこみ、
「内容にもよるけど、まずは聞かせて」
真剣な面持ちでそう答える。
「ところで紅茶とコーヒー、どちらがホノカ様はお好みですか?」
「コーヒー、ブラックで!」
「かしこまりました」
ビルディーンの唐突なオーダー取りに即座に応えるホノカ。
運ばれたコーヒーを飲みつつ俺は事情を話しはじめた。
あれは3年前の春、その年初めに失恋し傷心の中にあった俺は友人の引越しの手伝いに駆り出されていた。
2DKのアパートからの搬出なら引越し屋にでも頼めばいいのに、ヤツはそれをやらずに俺たちに頼んだ。
「でもおまえ、ずいぶん本を持ってるよなぁ」
搬出荷物の多くが洋書や意味不明の言語で書かれた書籍関係という、今の時代だとその手の研究者や好事家が好んで集めていそうな代物を手に取りながら俺たちは箱詰めしたり、中には処分するというものの梱包を手伝っていた。
「ああ、以前その手の大学にも通ってた。でもオレには才能はなかったようだ」
「こういうのって学校で学ぶのかよ?」
「一部では危険な要素もあるからな。そのために政府や行政は能力保有者は把握しておきたいんだと」
ヤツは荷造りをしながら淡々と話す。
「でも、こんな文字よく読めたよなぁ」
「オレも全部読めるわけじゃない。教授にも嫌味をいわれたよ。読めたらね、と」
友人の言葉にヤツは苦笑交じりに応える。
「どんなのだよ?」
俺は興味がわいてどんな本か知りたくなった。
「こいつだよ、なにか名状しがたき形態の文字モドキ」
友人が俺に本を突きだしたので俺は受け取りページをペラペラめくる。
『あれ?』
俺は不思議な感覚を覚える。
『いや……読める、読めるぞ』
俺は次々とページをめくる。
そこにはなにかを呼び出す術式、文様、図形などが書かれており、俺の頭に流れるように内容がはいってくる。
「なぁ、読めないだろ」
友人がにやけて俺に尋ねるから、
「ああ、こりゃ酷いな」
俺も誤魔化すように笑みを浮かべる。
「オレだって本があっても読めなきゃ意味ないな、と思うよ。だから教授も才能がないと思ったんだろ。同期にはなにかを呼び出した奴もいたらしいけど」
ヤツはなにか心に棘が刺さったような笑みを浮かべながら薄く笑う。
「でもお蔭さんで一般企業に就職して、今度は転勤&嫁さんと新居で新生活だろ」
友人が励ますような声を上げると、
「ああ、トントン拍子で上手くいったよ。むしろオレにはこっちの方が性に合う」
にこやかに応えるヤツに少し苛立ちを覚えるが、
「この本、どうするんだ?」
周りは読めないかもしれないが、俺には読めるので、本の処分について質問すると、
「多くはその手の古本屋に流すことになるけど、買値がどの程度つくかわからんし。どうせ読めないしなにか欲しいのがあったら手伝い賃代わりに持っていっていいよ」
ヤツは俺に幾冊かの本を指して笑みを浮かべる。
物入りの新生活には破れた夢はいらない、か。
「じゃあ、なにか役に立つかもしれないし、わけわかんなくても気に入ったものをもらってくよ」
そして引っ越し作業はつつがなく終わり、作業後のビールと弁当、そして思い出と笑顔だけを得て(俺は幾冊かの本を手に入れたが)、俺たちは解散した。
満開の夜桜が酔いと疲れの俺たちの心に染み渡った。
翌日から手に入れた本を読みながら、俺は見よう見真似で召喚術の真似事をはじめた。
当然真似事だ、まともに出来るはずがない。
最初はそうだ。軽い事故モドキも乱発し、大家の親父さんが何回か苦情をいうために俺の部屋に訪れ、ついでに会社では転属したりで慌ただしい日々が続いたが、ある日、一つの召喚陣の錬成に成功した。
呼び出せたのは奇怪な姿をした不定形のアメーバ―のような怪物だった。
ただそいつは俺が働きに出ている間に勝手に逃げ出したので、どうなったかは俺は知らない。
近所では大家さんとこの飼い猫のカウちゃんが、変なものをくわえてきたので気味悪いのでゴミ箱にポイしたという噂もあったようが、それが俺の召喚した魔物とは限らないので俺は無視した。
第二の召喚は錬金術を使えるものを偶然呼び出すことに成功した。
そいつはいかにも成金っぽい感じの金キラ衣裳をまとった骸骨だった。
『骨の髄まで金が好き!』
ヤツはそれを売り文句にしていたようだが、骨しかねぇじゃん、と心の中で思いつつも、機嫌を損ねると面倒なことにもなりかねないので俺は適当に煽てすかしてたらいい気分になったらしく、気前よく金目のものをポンポンくれる。
ただ俺がある程度裕福になったのを見ると、何故か俺の前から姿を消した。
どうも魔物を封じこめておくためのなにかが俺には欠けていたらしいが、今のところ俺に実害もないから、と、そのことも放っておいた。
そんなこんながあったために第三の召喚には慎重を期すようになった。
そもそも俺には魔物の知識がないので、名前で判断するのは不可能ともいえる。
だから魔物の外見特徴などを吟味し、俺の好みに合いそうなものを呼び出すことにした。
まずは性別だが、物騒な男魔物がこられても俺には対抗できる自信もないし、むしろ女の子から攻められる方が俺は好きだ。
そんなわけで女性枠は外せなくなった。
次の条件はその外見だ。
同じ女性でも前回同様骸骨では男女ともに変わりはないし、あっても俺にはわからん。
だからその外見特徴を俺なりに幾つか精査した結果、滑らかな光沢を放つ皮膚とかツンツンとした感じの外見の魔物を召喚することに決めた。
たぶん、だが、よくアニメや漫画に出てくるメタル系の肌とか尖った髪をした女の子なのではないかなぁ、と淡い期待を抱きつつ、万が一のことや上手くいったあとのもしものことも考え、俺はあまりご近所様の迷惑にならないよう、金キラ骸骨のくれた資金の一部を使い住宅地の一軒家を購入した。
そしてあまり人目がつかない昼間の時間を使い、魔物の召喚を開始した。
本通りの図形を床に描き、書かれていた言葉を詠唱すると、床の図形から突如霧のようなものが漂いはじめる。
と、同時に、俺の体に衝撃が走る!
なんだ、これ?
前の金キラ骸骨を呼び出した時にも少し胸に痛みが走ったけど、今度はその比じゃないぞ!
俺は胸を抑え倒れこむ.
なんでこんなに胸が痛むんだよ、どうなってんだ?
心の中で叫ぶが、口からは「アァ」とか「ウゥ」という唸り声しか出せない!
死ぬような感覚を覚えながら、俺は床を転がっていたが、ふと他者の視線に気がつく。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
優しくも愛らしい女性の声が響く。
不思議と胸の痛みが薄れはじめ、俺は視線を感じた方に目を向けた。
そこには、滑らかな光沢を放つ金属質の肌にツンツンとした突起状のものが身の丈2m以上の全身から生えており、本来顔があるべき場所は暗く穴が開き、爛々としたピンクの光を放つ異形が俺を覗きこんでいる。
「これじゃない」
苦しいながらも思わず感想が口に出る。
「これじゃない、とは、どう意味ですか?」
魔物が悩むような愛らしい仕草で俺に尋ねる。
鎧か結晶の化物にしか見えない魔物は、明らかに俺に危害を加える気がないのはわかる。
でも、思ってたのと違う。
俺が求めていたのは、もっとこう愛らしい感じで肌感もあるちょっとセクシーな感じの……
そんな切望とも絶望ともつかない感情がない交ぜになった俺を覗きこみながら、魔物は優しげな声で、
「私はこの世界に呼ばれました。もし私のお力が必要ならどうぞお申し付けください」
それが今俺の元にいる魔物、ビルディーンとの出会いだった。
それから数日後、俺はビルディーンの能力について調べたり本人に聞いたりもし、ビルディーンの物を作り出す能力とやらを試すことにした。
まずは目立たないように地下室を、と考え俺はビルディーンに命令する。
「かしこまりました、ご主人様」
ビルディーンがそういうと突如一階の一室から軽い振動が響く。
「なんだ?」
俺がその部屋に向うと、
「エレベーター?」
前は木製の扉だったはずのドアが両開きエレベーターの扉に変っている。
ご丁寧に扉の右手横にスイッチまで付いている。
「これ、使えるのか?」
「はい、ご主人様のお望みどおりに」
恐る恐るスイッチを押すと、しばしの間のあと、チンッ、という音とともに扉が開く。
ドアの向こうはミラーつきの見慣れた普通のエレベーターの箱だ。
「参りましょう」
ビルディーンが先行して乗りこみ、俺もそれに続く。
地下へと降りゆく感覚を覚えるエレベーターに乗りながら、
「不安ですか?」
「少しね」
ビルディーンの問いかけに俺は言葉少なに答える。
降りたつ場所まで到達したのか、チンッという音と共にエレベーターの扉が開く。
「おおっ~!」
そこには俺の想像を絶する空間が広がっていた。
長さにして30m、幅、高さともに20mほどか。
そんな空間が、しかも灯りがないはずなのに、何故かほのかに壁面までもが確認できる状態で、俺の眼前に広がっていた。
「これ、本当にお前の能力で作ったのか?」
「はい」
俺は興奮気味にビルディーンに尋ねるが、ビルディーンは事もなげに答える。
「私の力を使えばある程度の物作りは造作もないです」
愛らしくも少し誇らしげに言葉を続ける。
「じゃ、じゃあ、地下基地みたいなのも?」
「もちろん」
羨望の眼差しで尋ねる俺にビルディーンのピンクの光りが楽しげに揺れる。
突如俺の心にドラムの効いたBGMが鳴り響き、
『じゃぁ、あんな基地やこんな基地で、机に腕をついて偉そうに構えたり、巨大ロボットとか作っちゃったりしてそれを下からせり上げて発進させたり』
「それはご主人様には無理だと思います」
妄想をドライブさせてる俺にビルディーンが突っこむ。
「なんで?」
「現在のご主人様の力では、その願望を叶えるには力不足といえますから」
ビルディーンは静かに続ける。
「私の力はご主人様の体力などに依存しますので」
「じゃあ、この空間というのは」
「ご主人様には今はこれが精一杯です」
「そうかぁ」
少しの落胆を抱きつつも、俺はこの空間やビルディーンの力をどう使おうか、そんなことを考えはじめていた。
それから俺なりにビルディーンのことを調べてみたが、どうにもそれなりの力を持つ魔物だそうで、召喚する際には召喚するものの体力を消耗するので、激しい疲労や痛みを伴う場合もあるらしい。
ただ今まで俺が大した痛みを感じなかったのは、召喚に対しての適性があったらしく、そのお蔭で素人の俺でもビルディーンのような高位の存在の召喚もできたようだ。
愛らしくテーブルを拭くビルディーンの姿を見て、俺は不思議な感覚を覚えた。
それから一年以上をかけ、地下に俺の王国、俺の陣地を作り上げた。
タイル敷きの床に街路樹は暖かなランプの光に照らされ、ロマンチックな趣きを醸しだす。
奥には小高い土台を築いた上に三階建ての館を建て、その中の充実に努めた。
疲れて仕事から帰ってはビルディーンの力によるビルド生活!
それが俺の日常だった。
それだけが。
「でも、それだけじゃなくなった」
俺はホノカの目を見つめて、真剣な思いを口にした。
「え?」
「今の俺には大切なものができたから」
「それって……」
俺の言葉に揺れるホノカの気持ちがわかる。
「俺、ホノカのことが……」
「………………」
ホノカは言葉を返さない。
「ゴメン。いきなりなんて無理だよな。でも俺……」
落胆と失意が言葉となり俺の口から洩れる。
「……違うの……」
「え?」
「アタシ、クウヤの好意を受けられるような人じゃないから。でもクウヤは」
「それってどういう?」
予想外のホノカの言葉に俺は逆に言葉を失う。
なんだよ、その受けられる人じゃないって?
「じきにわかる」
「ご主人様、敵性存在の反応あり、この領域への侵入を画策しているものが接近しています!」
ホノカとの会話に突如ビルディーンが割り込み、なんとも物騒なことを告げてくる。
「なんだよ、その敵性存在って? 意味わかんないよ!」
思わぬ事態に俺は声を荒げるが、
「アタシね、子供の頃から魔物に目をつけられやすい性質だったの?」
「は?」
ホノカの唐突な告白。なにそのマンガとかによくある変な性質。
「アタシ、子供の頃はただ魔物から逃げ回っていて、だから魔物を避ける術は心得てるんだけど、だから余り人ともお近づきになれなくて」
「はぁ」
ホノカの言葉を聞いて、俺は色々と合点がいくような気がしてきた。
愛らしい笑みや性格なのに、なぜ今まで彼氏らしい影も話もなかったのか。
なぜ肝っ玉が据わっているのか、そして俺がこの階にいた時、なぜああも不審な声を上げ、魔物に対しての警戒心を露わにしたのかを。
「でもクウヤは魔物を使役できるんだよね?」
「いや、使役というか」
「私はご主人様の命に従います」
憧れの色彩を放つ眼差しを向けるホノカの問いに俺を差し置いて答えるビルディーン。
「だからクウヤはビルディーンに頼んで、私を魔物から守ってくれる物を作って」
「え、でも」
「私はご主人様のお望みの物を作れます」
「それ、俺の体力と交換だろうが!」
俺の承諾関係なしの勝手に話を進めるビルディーン。
「クウヤは私のこと大切じゃないの?」
「………………」
涙をため懇願するホノカの視線。
「お取込み中ですがご主人様、敵性存在がもうすぐでこの領域に侵入を開始します」
ビルディーンの言葉と共に、壁の一部に衝撃音が轟き、俺たちは思わず館の外に走り出る!
「な!」
「あれが今アタシを狙っている魔物。サイのような獣型の魔物で」
ホノカの言葉が続いたその刹那、巨大な轟音を立て壁面の一部が破壊され、土煙と共に巨大な際のような金属質な肌を持つ化物が顔を出す!
「ちょっ!」
あまりの展開に俺の脳はフリーズするも、
「各員迎撃開始! 敵性存在を排除せよ!」
ビルディーンの言葉と共に館の中にいたロボットモドキが突如飛び出し、サイの魔物へと攻撃を開始する!
「ご主人様、現在我が使い魔による迎撃行動が行われておりますが、あくまで足止めでしかありません」
「それで?」
「私の力を使い、ご主人様の武装を作り出します。それで迎撃して下さい」
「なんで俺が?」
ビルディーンの言葉に素直な疑問を返すが、
「アタシを守って!」
「ホノカ様が大事ではないのですか?」
「………………」
二人の言葉と圧に押し潰されそうになる。
突如際の魔物が暴れはじめ木々をなぎ倒し、枝がホノカの左肩に当たり転倒させる!
「ウ……ウゥ」
左肩を抑えうずくまるホノカ。
「……わかったよ、やればいいんだろ」
ホノカの姿に俺は決意を決める。
「ビルディーン、一番いいのを頼む」
「承知いたしました」
俺の言葉にビルディーンが答えると、俺の腕に巨大なミニガンが現れる。
「な!」
驚愕する俺にビルディーンが静かな声で、
「それはご主人様の体力を消費しながら敵に打撃を与える装備。いわば命を弾にして発射する武器です」
「俺にはこれがお似合いってか? どうせ俺には魔物をまともに使役することも魔法とやらも使えないんだ。使えるものなら何でも使ってやる!」
「クウヤかっこいい!」
「ご主人様、その意気です!」
二人の声援を受け、俺の自らの命を代償に魔物に突っこむ!
予想外の迎撃に動揺するサイの魔物だが、体制を整え対決姿勢を見せる。
わかったよ。
ホノカとつきあう限り、この運命は避けられないなら、俺はこの戦いを命尽きるまでやってやる!
俺の冒険は今、はじまったばかりだ!
それから数年の時が過ぎ、俺とホノカは結婚し、一児をもうけた。
幸い息子には変な性質は受け継がれていないようだが、ホノカがいる限り魔物の襲撃に遭う日々は続いている。
なんでも俺とビルディーンの関係は支配や使役ではなく、ただの愛情によるものらしい。
考えてみれば今までの魔物たちが勝手に逃げ出したのも、封じていない上に俺に興味がなくなったというのが原因だそうだ。
つまりビルディーンが俺に興味をなくせばいつ去っていくかわからない。
でも……
「ビルディーン、刀剣武装をくれ」
「承知しました」
手短な指示でビルディーンは即座に武器を作り出す。
使い魔との連携により繰りだされる攻撃が魔物を痛打する!
「パパ頑張って~!」
「パパガンバエ~!」
二人の声援を背中に受け、俺は戦う。
そう、今俺は最高に充実している!