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異世界転職十七・メルクドールの真・魔王・誕生編

2024-03-31 18:54:36 | 異世界転職NPC体験記本文
 真・魔王軍機との交戦で苦戦するも、ボクたちは無事シャトルに帰還できた。
 だけどベースガンナーの損傷は思ったより深刻だった。

「この状態だと再度飛ばすためにはオーバーホールが必要ですねぇ」

 シャトルに帰還した他の機体の状態も見ていた、無精髭にほっそりした体型の中年の整備士さんも顔を曇らせて言葉を漏らす。

「他の機体はどうなんですか?」
「そっちもかなりやられてますよ。むしろあなた方の方がまだマシな方です」

 ボクの問いに整備士さんが親指を奥の格納区画に向けながらため息交じりに言葉を返す。
 気になり整備士さんの指し示した方に視線を向けるが、

「ひでぇな……」

 一緒に覗きこんだサイトさんから驚きの声が上がる。
 薄暗い照明の下、手足頭部が失われ金属塊のような姿へと変貌した僚機たちの姿が目に焼きついた。

「そ、操縦していた人たちは大丈夫だったんですか?」

 しばらく唖然としたボクだけど、気を取り直して整備士さんに尋ねると、

「それが……彼らは無傷でした。いえ、一部の人は怪我程度はしてましたけど、大怪我とかは皆無でした」
「どういうことだ?」

 首を捻りながら話す整備士さんに怪訝な面持ちのサイトさんが尋ねると、

「いえね、機体はあんな状態だったんですが、どうにも急所全てが外されている上に、確実に戦闘能力を奪う形での損傷は受けていて」

 整備士さんは顎に手を当てしきりと首を傾げながらボクたちに説明する。

「まるでこの機体の構造を熟知しているようにさえ感じる損傷具合なんですよ」

 その声は怪しむというよりむしろ感心しているようにも聞こえる。

「真・魔王軍ってどんな人たちなんですか?」
「あくまで私もシャトル便の者なので、その辺りはちょっとぉ」

 ボクの問いに申し訳なさそうに応える整備士さん。

「ただ全機体この有様ですから、今攻撃されたらこのシャトルも一巻の終わりですよ」

 整備士さんが緊張を隠さない苦笑いを浮かべながら言葉を続けるけど、

「その心配は無用のようだ」

 窓から外を見ているサイトさんが明るい声音で応えた。

「見ろ、あれを」
「あ! あれベースガンナーですよね! しかもかなりの数!」

 サイトさんに誘われボクも窓から外を見ると、そこには彼方に見える幾つもの輝点と共にシャトルの側を囲むように飛ぶ数機のベースガンナーの姿があった。

「もうすぐ外部用の宇宙港です。そこに入ればもう真・魔王軍もおいそれと手を出せません」
「よかった」

 整備士さんがボクの隣で笑みをふくんだ声をかけてきたので、安心したボクも笑顔で返す。

 やがて宇宙空間の虚空に浮かぶ巨大な建造物の姿が見えてくる。

 白い輝きを放つ巨大な人口の大陸。

 その上に築かれた無数のビル群と、一際巨大な姿を誇るピラミッド状の巨大建築物が数棟建っており、大陸の下部には工場にも似た巨大な機械群のような建造物が大陸から下に向けて建ち並んでいた。

 そのどれもから様々な色を放つ照明が放たれ、漆黒の宇宙で白い輝きを放つ荘厳な神殿にさえ感じられた。

「これがベーセッド社、ですか?」
「らしいな」

 驚きの声を上げるボクにサイトさんも低い声で応える。

 幾つかのブレードが浮かびその間を忙しなく様々な機体が飛び交う中、ビル群とは少し離れた場所に開かれた大小の入り口の一つにシャトルは入っていく。

 シャトルは速度を徐々に下げ、やがて速度を落としきったシャトルに様々な機械のアームが延びきて船体を固定した。

『本船はベーセッド社本島外部通用口に到着しました。社内案内が必要なビジネスの方は商用案内所に、観光の方は一般案内所にて対応しております。お疲れ様でした。よき一日を』

 船内アナウンスを背にボクたちはシャトルを降りる。

「ここがベーセッド本社」

 感嘆の声を上げるボクの前には、全長100m全高20mを超える大型シャトルさえも小さく見える、外観同様白く艶やかな色彩で彩られた巨大なプラットフォームが広がっていた。
 シャトルから降りる人の大半は商用と書かれた右手の案内所に行くが、数人は一般の文字が記された左の案内所へ向かう。

「俺たちが行くのは……商用だな」

 サイトさんが携帯をとりだし、このベーセッド社で会う手筈の現地の人の情報を読みながら右手の案内所を軽く指差した。

「でも現地の人、ゲンバーさんでしたっけ? 待っているんですか?」
「俺もそこまでは確証は持てないよ。まずはそこに行けばいいだろ」

 ボクの問いにサイトさんはそっけなく応え、案内所に足早に進みはじめるが、

「でも真・魔王軍が出現してるのにずいぶん落ち着いてますね」

 先ほど派手な襲撃事件の渦中にいたこともあり、あまりの平静さを保ち続けている発着場の人たちを見回しながらボクは呟く。

「奴らがベーセッド社の機体を使っていたのにも関係があるのかもな」

 サイトさんが周りに聞えるか聞えないかのような低い声で返す。

 ガラス張りの案内所は数人の受付嬢と受付マンが来客の応対をしており、イケメンの案内マンがボクたちに応対してくれた。
 少し待てば来るという案内マンの言葉に従い、案内所に備えられた簡素なベンチにボクたちが座りくつろいでいると、

「お待ちしまおりました~!」

 右手の大通路から中年男性のよく響く低いイケボの大音声が轟くので、ボクは思わず声の方に視線を向けた。
 そこにはオレンジ色の作業服に頭には黄色い安全ヘルメット、お腹は程よく飛び出て顎は二重顎の、無精髭さえ残る笑顔が眩しい脂ぎった鷲鼻の中年男性が、右手を振りながら、息を弾ませボクたちに駆け寄ってくる。

「あの人、ゲンバーさんですかね?」
「そうじゃなければむしろ変だろ」

 ホクホクした笑顔を浮かべながら近づいてくる中年男性に視線をロックオンさせながらボクたちは短く言葉を交わしていると、

「どうもぉお待たせしましたぁ」

 中年男性が近くで止まり、顔を上気させ荒い息で声をかけてくる。

「えっと、あなたが」
「私、ベーセッド社で真影様の交渉窓口担当をやっておりますゲンバ―と申します! 真士様から連絡を頂き、そろそろ来る頃なのでは、とお待ちしていた時に案内所から連絡をもらい、急いで駆けつけました」

 外見とはイメージが違う低いオジイケボでハキハキと応える。

「それでここの状況と俺たちの任務は?」

 サイトさんが慣れた口調で手短に尋ねるが、

「真士様からすでにお聞きだとは思いますが、現在ベーセッド社は真・魔王軍とシンパによる脅威にされされております」

 まるでRPGの王国家臣のような口調で話すゲンバーさんに、

「真・魔王軍って、魔物か悪魔とかそんな感じのですか?」

 素朴な疑問を尋ねるけど、

「魔物? そんな非科学的なものがこのベーセッド社にいるとお思いですか?」
「じゃああいつらはなんなんだよ?」

 ボクの問いかけを少し鼻で笑うゲンバーさんにサイトさんも眉間にしわを寄せて問いただす。

「いいですか、ここは技術都市、技術国家ですよ。そんな魔王だの魔物だのというおとぎ話に出てくるような存在などいるはずないでしょう。あれはもっと、もっと禍々しいものです」
「禍々しい?」

 ゲンバーさんが苦いものを吐きだすような口調にボクは不審なものを感じた。

「ええ、我が社にとっては脅威そのものとさえいえる存在です」

 ゲンバーさんの顔が一瞬歪み拳に力が入るのがわかる。

「続けてください」
「あ、それではお言葉に甘えて」

 ボクが促すとゲンバーさんはいったん息を整え、また話しはじめた。

「いいですか、我がベーセッド社は現在休戦協定が結ばれているとはいえ、いまだ企業間紛争が水面下で続いている状態ともいえるのです。そしてその状況下で真・魔王軍は真の脅威ともなりかねないのです!」

 興奮気味のゲンバーさんの声に周囲を歩いていた人たちが突如ビクッとした感じでこちらを向き、そして顔を背け足早に去っていく姿が視界の隅に映る。

「あ、あの、ここではちょっとまずいのでは……」

 周りの様子からボクは声を低くして別の場所で話せないかを尋ねると、

「でしたら待合室がありますので、そこを貸切ということにすれば」
「よろしく頼むよ」

 状況を悟り照れた笑顔を浮かべるゲンバ―さんにサイトさんが笑みを浮かべる。



 案内所のある大通路の壁沿いにある待合室の一室に場所を移して、ゲンバーさんは説明を再開した。

「事のはじまりは今から半年前です。企業間紛争も休戦条約が結ばれたので、我がベーセッド社も一時的の戦費支出を抑えることを決定し、内需拡大を目指し社内体制を大幅改変。中には改善ともいえるものもありましたが、もちろんいいことばかりじゃありませんでした」

 簡素なイスに座るゲンバーさんはここで息をつき、

「中には予算を大幅に減らされ、あるいは閉鎖の憂き目にあった部署もありました。そしてそんな中、一つの部署が思い切った行動に出たのです!」
「クーデターですか?」

 ゲンバ―さんの言葉に対面に座るボクは思わず物騒な言葉を放つけど、

「クーデター? そんな物騒な思想を抱く社員はベーセッド社にはおりませんよ。ただ彼らの予算、給与は大幅に減額されたので、その撤回とむしろ給与アップを訴え、長期視野を念頭に置いたストライキを実行に移したのです」
「ストライキってよくテレビとかで観る?」

 部屋の隅に立っているサイトさんが言葉を挟むと、

「ええ、そのストライキです」

 ゲンバーさんも即答するけど、

「ただ彼らの場合は通常のストライキとは違ったのです。彼らは自らが開発した様々な機体や試作機を擁し、開発棟、貯蔵庫施設、生産工場棟などを根城に、要求が飲まれない限り無期限の操業停止を交渉材料として持ち出しました」
「それって反乱じゃないのか?」

 訝しむサイトさんの声に、

「いえ、あくまで名目上はストライキで、いわば武装した武装ストライキ! 反乱する意志などは彼らには微塵もなく、ただ本社が要求さえ飲んでくれればすぐにでも操業可能な状態に戻すと宣言していますので」
「じゃあ、要求を飲めばいいんじゃないですか?」

 ゲンバーさんの説明にボクは疑問を投げるけど、

「いいですか、本社上層部が決めた方針に対して一部署が武装した上でストライキを起こし要求を通そうとする行為は、いわば天に唾吐く行為! いくら我が社員といえど社の方針に対するあまりにも不遜な行為に我が社が首を縦に振ると思いますか?」
「あ、いえ」
「でしょう、その通りです。ですから我が社はストライキの解消を名目に多数の警備隊を真・魔王軍の支配する工場棟や貯蔵施設に向わせましたが、真・魔王軍はことごとくそれを撃退! さすがです! さすが我が社が誇る開発陣! 我が兵器群を支える最高の頭脳集団!」
「ちょっと待て、じゃあストライキを起こしたっていうのは?」

 立ち上がり興奮気味に話すゲンバーさんにサイトさんが言いにくそうにツッコミを入れるが、ゲンバーさんはさも当然という顔で、

「ええ、ストライキの中心となったのは我が社が誇る兵器開発陣とその関連部署です。休戦条約が結ばれた以上、互いの企業国家間での兵器開発予算抑制は条項の一つに入っておりますので」

「じゃあ、真・魔王軍という名前は?」

 にこやかに話すゲンバーさんにボクもいいにくそうに質問すると、

「もちろん自社開発陣が待遇と給与問題で武装ストライキを起こしたなどと、他企業には知られたくもないので対外的な体面上の呼称です」

「じゃあなんで真・魔王軍なんて変な名前なんだよ。もう少しマシな名前だってあるだろうに」

 サイトさんのもっともなツッコミに、ゲンバーさんは再び座り困ったような表情を浮かべ腕組みしながら、

「私もねぇ、ストライキ側からその名を名乗りはじめた時は、その名前はどうかなぁ、と最初に耳にした時は思ったんですよ。開発屋の厨二魂か、あるいはテストパイロットたちのイキったメンタルのためかは知りませんが、あまりにも幼稚じゃないか、と。
 よくあるじゃないですか、特殊機体に天使や悪魔や怪物の名前をつけるって。
 その流れかなぁ、て。でも本社の方では、そちらの方が対外的にはストライキによる混乱よりも得体の知れない事態の発生をイメージさせ、むしろ他企業が手を出しにくい状況が発生していると誤認させやすい、という理由でその名称が承認されちゃいましてねぇ」

 自分的に納得いってない表情で状況を淡々と語るゲンバーさん。

「だから私としてはあまりにも現状と違う名称ですから、むしろそれをファンタジーみたいに嬉々として語る輩がいると、そうじゃねぇよ、と、歯噛みしたいくらいで」

 真・魔王軍を嬉々として語っていたボクたちを前にして、ゲンバーさんはさも苦々しげに心の淀みを吐きだし続ける。

「そもそもなんで真・魔王軍なんだ、と思っていた時にですね、よりによって武装ストライキによる紛争で捕縛した開発陣の社員の口から名前の由来を聞いた時には、脱力を通り越して笑っちゃいましたよ!」

 なにかを思い出したようにから笑いをはじめるゲンバ―さんとそれを怪訝な目で見つめるボクとサイトさん。

「自分たちは兵器の開発陣だから、マシンの王だ、でもそれじゃぁインパクトに欠けるから、マとシンを入れ替えて、シン・マ王、つまり真・魔王にすればいいんじゃねって、自慢げに話しているのを聞いた時、ああ、こいつらこんな感覚でネーミングしてるんだぁ、と思い、高らかに笑うそいつにつられて私も思わず笑っちゃいましたよ!」

 さも楽しげに話すゲンバーさんにボクたちも自然と笑みがこぼれる。

 が!

「なに笑ってるんですか、こっちは真剣なんですよ!」

 ゲンバーさんがいきなり低い怒声を上げる。
 顔からも笑顔が消え、むしろ憤りともとれる険しい表情が浮かんでいる。

「いいですか、我々が今対峙しているのは、我が社で最高の兵器群を開発できる最強の開発陣と、その試作機や試験機など多数試験してきた凄腕のテストパイロットとそれを最良の状態に整備調整できる最高の整備士、そして彼らに同調した生産工場棟と貯蔵施設という、いわば守るには固く攻めるに難い相手というわけですよ」

 ゲンバーさんの言葉を聞いて、ボクもサイトさんも今ベーセッド社が置かれている状況がなんとなくわかったような気がしてきた。

「彼らは備蓄の食料や資材、また資源がなくなるまで籠城体制をとり続けていればいいが、我が社としては一刻も早くこの事態を打開し、早期に通常営業体制へと移行したいのです。ですが、それを我が社が誇る最高の開発陣と彼らが開発した規格外ともいえる試作機や実験機、そしてそれを乗りこなせるテストパイロットたちが邪魔しているのです」

 ゲンバーさんは声に力がこもり、ボクたちを圧する。

「わかりますか、我々の苦悩が! 送りだした警備隊の全兵器は開発陣が作っており、どこになにがありどこが弱いか、ついでにどこをやれば効果的に撃破できるか、動かなくさせられるかを熟知している者を相手にする我々の気持ちが」

「いや、まぁ、そりゃぁやりにくいよな」

 ゲンバーさんの苦渋に満ちた声にサイトさんがバツが悪そうに相槌を打つと、

「でしょぉ! 我々としても最初は数で圧すればなんて甘い考えもありました。でもそんな数でどうにかなる相手ではなかったんですよ! あいつら、よりによって機体特性や性能を熟知しているのをいいことに射程外からの狙撃や機体のジャミング&ジャック、いっそ勝手に脱出装置を作動させるという、やりたい放題した挙句に、下手すれば機体まで鹵獲して勢力増やしやがって!」

 ゲンバーさんの説明はすでにストライキ側への怨嗟と愚痴へと変わりつつあり、かなりのストレスがかかっているがわかる。

「それを打開する術はないのですか?」

 ボクは一呼吸置いてゲンバーさんに尋ねる。

 ボクの声に我を取り戻したのか、ゲンバーさんも少し間を置き、今度は落ち着いた声で、

「切り札を投入します。本当は私としては使いたくはなかったのですが、現状では致し方ないですし」

 そういうとスックと立ち上がり、

「少しお待ちください。彼を連れてきますから」

 一言いうと、ゲンバーさんは待合室から出ていった。

 残されたボクとサイトさんは、どうにも納得できない思いを抱きながら、お互い重い空気の中で口がきけなかった。

 しばしの沈黙が続いたのち、

「そういやぁ、腹減ってきたな」
「そう、ですね」

 不意のサイトさんの言葉にボクも軽く応える。

「ここには社員食堂とかないのかな?」
「こんな立派な社屋ならけっこういいランチとか食べられるかも」
「いいな、それ」

 ボクの声にサイトさんも楽しげに返すけど、

「お待たせしました」

 ドアが開いてゲンバーさんが帰ってきた。

 よく見ると彼の後にもう一人の人影が。

「さぁ、早くきなさい。大丈夫、この人たち本社の者ではないから」

 ゲンバーさんが後ろにいる人物に部屋に入るよう促す。

 ボクとサイトさんが不審げに見ていると、スゴスゴと一人の少年とも思える青年が戸口を潜る。

 身長はボクよりも大きいので170cm前後かな? 体型はほっそりしてるけど、胸板や肩の筋肉のつき方を見ると、細マッチョという感じ。髪は少し長めの黒のストレートだけど襟足は短い。顔もほっそりしてるけど、目は大いのに口は小ぶりで、鼻筋は細く通っているのにあまり高くない。
 派手というよりはすごく繊細な感じで、なんていうか綺麗な美少年とも美青年といえばいいかな?
 そしてゲンバーさんと同じくオレンジ色の作業着を着ている。

 そんな彼がおずおずとした態度でボクたちの前にやってきたけど、すごく小さな声で、

「逃げていいですか?」

 開口一番それ?

「おい、こいつ誰だよ?」

 サイトさんが上からの態度と威圧的な声で問いただす。

「………………………」

 黙りこむ美青年。
 さすがに初対面の人にこんな態度されたらなにもいわないよねぇ。

「わ、私から説明しますね。彼は我が社が誇る最も優秀なテストパイロット、いわば優秀社員の一人、コウガ・ヨロイです。社員歴としては浅いですが、テストパイロットとしては下手な者よりも遥かに長いです」

 ゲンバーさんの説明にコウガと呼ばれた青年が俯く。

「あっちが真・魔王なら、こっちは優良社員、略してユウシャをぶつけるとかなんとか」

 苦しいダジャレに苦笑いを浮かべるゲンバ―さん。

「ほら、コウガ。せっかく真影様が事態解決を図るために送ってくれた方々だ。ご挨拶しなさい」

 ゲンバーさんがコウガくんの背中を押すけど、

「……逃げちゃダメですか?」

 さっきからなんなんだ、この子?

「はっはっは、たとえ逃げようとしても逃がさんし、乗る気がなくても帰さんからな!」

 沈んだ表情のコウガくんにゲンバ―さんが声をかけ、

「ご覧のようにあまり素直な奴じゃなくてね、それに色々事情もあって」

 先ほどとは違いゲンバーさんは言いにくそうな笑みを浮かべ、色々な部分を濁そうとしているのがわかる。

「それでコイツがなんだっていうんだ?」

 サイトさんが怪訝な顔で尋ねるが、苦笑いを浮かべながら言葉を返そうとするゲンバーさんをコウガくんは手で遮り、

「いいです。オレが自分で話しますから」

 ぶっきらぼうな口調で少し乱暴な言葉を吐く。

「テストパイロットっていったけど、ストライキ側の仲間だったのか?」
「違います。むしろもっと……」

 サイトさんの問いにコウガくんの言葉が詰まるが、なにかを決したようにサイトさんの目を見て、

「オレならストライキ側を止められるし打破できます」

 厳然とした口調で応える。

「どうして?」

 ボクも理由を尋ねる。

「だって……だって俺はストライキ側の全機体をテストしたし詳細も知っているから」

 コウガくんの毅然とした態度と口調。そして、

「だってオレは、ストライキの首謀者、兵器開発陣トップであり多数の兵器を開発したライン・ヨロイの弟だから!」
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異世界転職十六・メルクドールの真・魔王・邂逅編

2024-01-28 19:03:30 | 異世界転職NPC体験記本文
軋む音、弾ける金属音が鼓膜を叩く
己の力はすべてのためと信じたあの日
理想は幻と消え虚ろな現実だけが横たわる
同胞の慟哭が我が身を貫いた宵の口
今、真なる理想のために旗を上げる
全ては王のために
     
『真・魔王伝』序章より

「真仙のいる世界から連絡があってね。ぜひ詳細を聞かせてもらいたい」

 暖かな暖炉のほの赤い光と照明を落としシックな色調で整えられた部屋の奥にある重厚な木造りの執務用のデスクで、穏やかな笑みをたたえる真士さんを前にして、ボクはいやが上にも緊張していた。

 ボク、如月マトと元勇者の神屋サイトさんは真王の一人、真仙さんが支配する魔法世界ベール・ガンでの任務が失敗し、かといって真士さんの所にも顔を出すのが気まずいので真姫ちゃんが用意した異次元の部屋で二日ほど過ごしてた時、突如呼び出しがきた。

「なぜ呼び出されたのかは知っているね?」

 整えられた白髪と口髭、白いスーツ姿の真士さんはあくまで落ち着いた口調で問いただす。
 むしろ口元に微かな笑みを浮かべているのがさらに緊張感を煽る。

「あ、その……」
『もう……だらしないな……』

 どうにも言葉にできないサイトさんにボクは少し苛立ちを覚える。

「それでベール・ガンでの報告がまだだけど?」

「……任務は失敗しました。報告が遅れてすみません」

 ボクがサイトさんに代わり結果を告げると、真士さんは少し気落ちしたように息を吐き、

「そう……実はね、私の所にもすでにその報告は届いていたんだ」

 真士さんがデスクの引き出しから二通の手紙を出し、

「いい報せと悪い報せがある。どちらから聴きたい?」

 穏やかな態度を崩すことなく選択を促す真士さん。

「じゃ、じゃあ……悪い報せから」

 詰まりながらも返答するサイトさん。

 返事を聞くと真士さんは、ふぅ、と疲れたような息を吐き、

「こちらの手紙は真仙からだ。内容はとてもではないが君たちに読ませることはできないが、要約すれば、君たちが任務に失敗し、勇者候補が敵方に寝返ったために、現在彼の支配するベール・ガンでは激しい戦いが発生していて、今彼は籠城状態にあると書かれている」

 おおよそ予想していたことではあるけど、やっぱり呪姫さんは決起したんだ……

 あの時勇者候補のハジメさんをそそのかした光景を思い出し、ああやって次々と勇者候補や元々真仙さんに恨みつらみを抱いていた人たちを説得(?)して一大軍団を築いたんだろうということは容易に想像できる。

「彼は元々かなり過激な行動で我々の中でも知られていたので、内外ともに敵は多かったようだから、それがこの事態を招いたのだろう」

 真士さんが眉間にしわを寄せながら少し深刻そうな面持ちで話す。

「そう……ですか……」

 沈んだ声で返すサイトさんに目をやると、

『……笑ってる……』

 確かに口調と表情は沈鬱な感じだけど、どうにも隠しきれない口元には笑みが浮かび、この事態を招いたであろう真仙さんへの様々な感情がダダ漏れしている。

『マズイよ、この状況ではさすがにマズイ!』

 真士さんの沈んだ表情とサイトさんの微妙な面持ちに交互に目をやり心の中で僕は叫ぶが、

「もう一通は是非とも君たちに読んでもらいたいと、差出人からの要請だ」

 少し気を取り戻した真士さんが、口元に笑みを浮かべもう一通の手紙を差し出す。

「誰からですか?」
「真仙の娘であり、次期真王の呪姫からだ」

 その名前を耳にした途端、サイトさんの口元から笑みが消え、露骨にへの字に曲がるのが見てとれた。

「じゃあ、読ませていただきます」

 サイトさんに代わりボクが手紙を受け取り読みはじめると、サイトさんも気になるのか横から顔を突っこんでくる。

「拝啓、真士様……」



『拝啓、真士様。
 この度は私の父のしでかしたこととはいえ、あなた様より派遣されたNPCの方々に不要な危害を加えてしまい、心よりお詫び申し上げます。
 ですがこのベール・ガンを正常なる状態に戻すため、私は父の不正を正し、より万民が暮らしやすい世界を築くことこそが最善と考え、有志の者とともに活動を続けていく所存です。
 もし真士様が私にお力添えをくださり、このベール・ガンを父の悪政より奪還し私が真王になった暁には、恒久的優先パートナーシップを築きたいと考えております。
 ですから、是非とも真士様には今後ともお力添え頂けるようお願いいたします。
 
次期真王・呪姫 敬具

        追伸
 この前きていただいたNPCの方々には感謝の言葉もありません。真歌様、真姫様とともにお大事にお過ごしくださいませ♡』



 文面だけ読めば確かにその通りだけど、色々な部分で肝心なことが抜けていたりするので、事情を知っているボクたちとしては思うところがあるけど、

「呪姫は大層君たちのことを気に入ったようでね。真歌や真姫のことまで知っているなんて、どのくらい親密に話したのかは知らないが、さすが私の姪たちが気に入っただけあって、大した男だよ、サイトくん」

 朗らかな笑みを浮かべる真士さんを前に、冷や汗をダラダラ流して硬直した笑顔を浮かべるサイトさん。

『あの追伸は、下手なこと喋ったら色々あるぞ、という脅しだよね』

 さすがにサイトさんの外に出せない感情をおもんばかると哀れにも思えてくるけど、優柔不断の末の自業自得なのでボクとしてもどうにもできない。

「そんなわけで、私としては任務は失敗したが、呪姫の真王代替わりという名のクーデターが成功しさえすれば太客がまた一つできることになるので、結果オーライだ。よくやってくれた」

 にこやかにボクたちを労う真士さんだけど、

「でも、それでいいんですか?」

 真仙さんのことを思い少し気の毒になる。

「確かに内政干渉し過ぎの感はあるが、元々真仙を快く思っていなかった真王も少なくないし、もちろん彼の世界の住民は闘争三昧で傷ついているものも少なくない。ここで呪姫が支配権をとりベール・ガンが安定してくれれば、他の真王の溜飲も下がるというものだ」

 真王界でのパワーバランスや政治的状況を淡々と話す真士さん。

「でも今は他の真王が領土獲り放題の“真王の宴”の期間ですし、もしこの混乱に乗じて他の真王がベール・ガンを侵攻しようとしたらどうするんですか?」

 にこやかに笑う真士さんに、想定しうるベール・ガンの危機を伝えるが、

「その時呪姫から防衛目的のNPC派遣要請であれば、私も中立的な立場として優先的に送るようにしよう。なに、売って損する恩ではないし、喧嘩を売るより恩を売れ、と昔からよくいうからね」

 邪気のない笑みを浮かべサラッと本音がほとばしる。

「そして売った恩は三日で忘れろともいうし」

 ウィンクを投げながらお茶目に語る真士さん。

『真士さんって、真王の中ではやっぱりまともな方なんだなぁ』

 今まで会ってきた真王たちを思い浮かべながら、愛想よく笑う真士さんを見て、また思う。

「でもよぉ、そいつらがもしここを襲ってきたらどうするよ、この前の真駆のように」

 さすがに出す汗を出しきったのか、ハンカチで顔を吹きながらサイトさんが尋ねると、一瞬真士さんの顔が真顔になり、

「受けた恩を忘れるものは人ではない」

 笑っていない目とは相反するにこやかな表情を浮かべながら、真士さんは爽やかな口調で応える。

『割り切りが凄いな……』

 心の中でボクは呟くが、あえて口にはしない。

 サイトさんも察したのか、軽く息をつくと、

「それでベール・ガンでミャーミャンのいる場所の手がかりをつかんだんだけど」
「そうだった。その情報を得るために君たちを派遣したんだ、聞かせてくれ」

 サイトさんの言葉に真士さんも姿勢を正し、

「ミャーミャンは以前ベール・ガンに滞在していたが、一年近く前に消息不明。ただその際、機械部品を多数購入していた痕跡がある」
「もう少し詳しい手がかりはないかな?」

 サイトさんの報告に真士さんが詳細を尋ねる。

「ミャーミャンさんは失踪する以前に通っていたお店で、新機体が楽しみだ、と話していたそうです」
「新機体か……」

 続けたボクの言葉に真士さんは少し考えこみ、

「ならばメカ世界でもあるメルクドールが有力か」

 ミャーミャンさんの行き先がメルクドールではないかという推理をする真士さんに、

「そのメルクドールはどんな世界だ?」

 サイトさんが初めて行く世界の説明を求める。

「メルクドールは多数の企業国家と惑星を擁した星系を幾つも持つ世界だ。君たちの感覚だと、ロボットたちが活躍するアニメや漫画、ゲームなどの未来世界を思い浮かべてくれればいい」

 真士さんがわかりやすい例えで説明してくれる。

「その企業国家ってなんだよ?」
「文字通り企業が運営する国家だ。物品やサービス、資材の開発生産から、政治、教育、福祉まで企業が担い、当然国民は社員として扱われている」
「ちゃんとした国家とかないんですか?」

 真士さんの答にボクが疑問を投げかけると、

「その世界での価値基準ごとに重要なものは変ってくる。さしずめメルクドールで最も価値があるとされるものは金銭だ。そのため多額の政治献金をしてくれる企業を最優遇し、なんとなれば政府機関や権限を肩代わりする国が出てくるのも自然の流れだろう」

 淡々と真士さんは話を続ける。

「その結果企業に権限を委譲しすぎた国は力を失い形骸化、やがて消失し、名実ともに国家と呼べる企業が生まれ、それが世界全土に広がっていった。だが」
「だが?」

 サイトさんが言葉を挟む。

「国家同様となった企業間で、今度は紛争がはじまった。最初は資源争いやシェア競争だったが、次第にタガが外れ、最後は新開発した機体や製品の実験場のように、争いのための戦いが発生するようになった」

 真士さんは、ふぅ、とため息を吐き、

「そんな状況に終止符を打つために企業国家間での休戦協定が結ばれ、当面の争いはなくなった」
「平和になったんならそれでいいんじゃね?」

 真士さんの説明にサイトさんが突っこむが、

「だが争いは終わらなかった!」

 真士さんの口調が少し興奮気味だが、楽しそうにも聞こえる。

「休戦締結の半年後、今度は企業国家ベーセッドにおいて、真・魔王と名乗るものが現れ、周囲の警備隊と交戦しこれを撃破! シンパと共に社屋でもある浮遊都市の一画を占拠し、今なおシンパを増やしながら都市内での支配領域を広げているという話だ」

 悲壮な話の内容とは異なり、何故か目を輝かせながら語る真士さん。

『この人にとっては他人事だしビジネスチャンスなんだろうなぁ……』

 どっかで観た社長のかつての姿を思い浮かべながら、冷めた目でボクはそんな感想を抱く。

「それでこの真王が真・魔王をどうにかしたいと?」

 サイトさんが落ち着いた声で尋ねる。

「そうだ。メルクドールを管理する真王、真影の要請でね。なんでもこの真・魔王というのはイレギュラーな存在で、真影としても扱いに困っているそうで、ついでに勇者候補をぶつけて少しでも経験を積ませたいという意向だ」

「その真影ってどんな人ですか?」

 初め聞く新たな真王についてボクは尋ねるが、

「私も見たことがない」
「は?」
「え?」

 真士さんの意外な言葉に素っ頓狂な声を上げるサイトさんとボク。

「いや、会ったことがないのだ。姿を見たこともない。ただ連絡などは取りあってるので、人となりは知ってはいるが、どんな外見でどんな声か、男か女かも知らない」
「そんなぁ、ネット民じゃあるまいし」
「それじゃぁ現地で誰に会えばいいんですか?」

 サイトさんのツッコミとボクの疑問に真士さんは、コホンと軽く咳をすると、

「真影の話では、現地にいるゲンバ―という男性が詳細を説明してくれるそうだ。その人物の画像はこれだ」

 そう話すと真士さんはデスクの一部を操作し、デスクの上に一人の人物が映し出される。

「背格好からなにからなにまで、街でよく見る少し中年太りでお腹が出た感じの中年男性ですね」
「このオレンジ色の作業着と黄色いヘルメット、それにしょぼついた眼と少し大きめの鷲鼻に二重あごが目印といえば目印か」

 ボクたちはその人物を好き勝手に評するが、

「そのゲンバ―が君たちに詳しい事情を話してくれるそうだから、いつものようにNPCとしての仕事を頼む」
「今度は失敗しないよう頑張ります」

 真士さんの言葉にボクは決意をこめ宣言するが、真士さんは軽く笑いながら、

「今君たちが最重要にするのはミャーミャンを見つけることだ。私の仕事に意欲を見せてくれるのはありがたいが、まずはミャーミャンを確保、または手がかりを見つけ、次には君たちの安全だ。頼んだよ」

 真士さんの言葉を受け、旅立ちの準備を始める。



 上空には漆黒の宇宙が広がり、大気層を表すように青の色が漆黒と混ざりこみ、微妙なグラデーションが、窓側の席に座るボクの目を楽しませる。

「もうすぐベーセッドに着くそうだ」

 隣の席にいる仮面の人が声をかける。

「でも仮面つけないといけないのか?」

 目の部分に偏光レンズのようなものがはめこまれた口元を除いた顔全体を覆うようなマスクをつけた人がボヤくが、

「ダメですよ。だってサイトさんって敵とか多いじゃないですか」
「敵っつったって、せいぜいバレたのはガルドとかドラグくらいだろ」
「呪姫さんだって知ってたじゃないですか」
「………………」

 ガルドさんや、万歩ゆずってドラグさんならまだしも、もし呪姫クラスの敵に正体がばれようものなら対抗できないことを身をもって知ったサイトさんは黙りこむ。

「今はパイロットのフェニックスなんです、いいですね」

 ボクの言葉に無言でうなずくサイトさん。

 今ボクたちは企業国家ベーセッドがある浮遊都市へと向かい、大型シャトルに搭乗している。

 直接浮遊都市に送ってもらってもよかったけど、サイトさんが周辺確認も兼ねて少し離れたところに転送してもらいたいと言い出し、ボクも興味本位からそれをお願いし、今こうして都市間航行シャトルに乗船している。
 このシャトルにはボクたちが使う機体、ベースガンナーと他の数機が搭載されてるけど、真士さんの言葉ではたぶん浮遊都市に着くまで使うことはないだろうという話だった。

 そう、そのはずだったけど……

 突如船内に警報音が轟き、各部のシャッターが閉鎖される。

「非常事態発生により、各種ハッチをロックします。乗船されているお客様は座席に座り、シートベルトをお締めください。繰り返します……」

 船内に流れるガイドに従い乗船している人たちはそれぞれの席に戻りシートベルトを締めるけど、

「いくぞ」
「え?」

 逆に立ち上がりサイトさんはすかさず格納庫へと続くハッチへと向かう。

「ちょっ! お客様、困ります!」
「客じゃなくガードだ」

 制止するCAの声にサイトさんは手短に応え、

「格納庫に俺たちの機体がある。発進準備を頼む」
「あ、あの……あなたは?」

 高い背と居丈高な口調のサイトさんにたじろぎながら、CAがおずおずとした声で尋ねる。

「フェニックス。企業国家ベーセッドに雇われたベースガンナーのパイロットとガンナーだ」

 サイトさんの言葉を受け携帯端末から情報を確認したCAは、気丈な面持ちとなり、

「わかりました。では、こちらに」

 その言葉を受け、ボクたちはハッチを抜け、客室の下にある格納庫へと降りる。

 客室と異なり人工重力が働かない格納庫は、微弱な重力に支配されて空間へと変わり、整備士たちが発進準備のために忙しなく手を動かしている自機、ガンナーベースへと体を浮かせながら近づいた。

 大さ15mくらいのベースガンナーは、両腕と胴体はあるけど、脚が凄く貧弱で、まるで鳥の足のような感じ。

 以前これを見た時サイトさんは、

『あんなの飾りだよ』

 と、笑いながらいってたけど、この細さじゃ本当機体を支えるだけの添え物みたい。
 逆に背中から後はすごく大きくて、幾つもの噴射口が背中に在り、横や上や下にも幾つかついてる。
 頭はないけど円筒形の光り輝くセンサーの塊のようなものがついていて、ロボットというよりも人に近い戦闘機みたいな感じ。
 実際両腕には巨大なマシンガンみたいな銃が持たされてるし、背中には幾つもミサイルが出る箱みたいなものまで付いてる。

「フェニックスだ。開けてくれ、TAMA」

 ベースガンナーに取りついたサイトさんが機体に声をかけると、

「音声照合確認、フェニックスと判断し歓迎します。ハッチオープン」

 愛らしい女性の声が響き胸部が開く。

 そこにはもう一人の人影がいた。いや、人じゃないな。
 見かけはピッチリとした白と紺色のボディスーツを着た感じの白髪ショートカットの女の子のだけど、肌の色は真っ白で、表情がなく、まるで……というか文字通り人形だ。

 ボクたちはハッチに入り、サイトさんが人形のすぐ後の席に、ボクはサイトさんの後に座りハッチを閉じる。

「TAMA、出撃準備は?」

 サイトさんが手前の声をかける。

 Tactical Aassist Maneuver Architect

 戦術補助機動処理官という感じの意味の頭文字をとった名前らしいけど、ボクにはよくわからない。
 ただ非常に不愛想で、むしろこの外見が必要なのかとさえ思えてくる。

「問題ありませんフェニックス。いつでも出撃可能です」

 TAMAは愛らしい声で無表情な視線をサイトさんに向けて答える。
 その目はカメラのレンズのように無表情で、ボクたちを監視するような冷淡ささえある。

「状況は?」

 サイトさんの声にTAMAが、

「船外センサーに所属不明機の反応あり。確認を送るも返答がないため、船長は緊急事態と判断。万が一に備え、警備機体に連絡。格納中の迎撃機にも随時発進を要請しています」
「つまり俺たちが最初ってことだな」

 モニターに映る次々と発進準備に取り掛かる他の格納機体を見回しサイトさんが呟く。

「OK! 管制、出撃いいか?」

 今度は通信機を介して格納庫の管制に声をかけると、

「こちらは問題ない。ハッチ開くぞ」

 声と共にベースガンナーの前にある発着用ハッチの扉が開きはじめる。

「悪いがうちには発進カタパルトはない。機体外までは歩行で移動し、船外に出て安全圏まで出たらブースターを点火してくれ」
「了解」
「健闘を祈る、フェニックス」

 手短な通信のあと、ベースガンナーは一歩踏みだした。

 重々しい足取りとは違って、ほぼ重力のない空間で床を蹴る感覚で進むベースガンナーは、ハッチを潜り抜け船外へと躍り出る。
 上下の感覚が妖しくなる状態だけど、サイトさんは幾つかの操作で機体の態勢を整え、シャトルから距離をとり、十分離れた時にブースターに火を入れる!

「ん!?」

 突如かかったGにボクは思わず声を上げる。

「慣れないうちはあまりしゃべるなよ」

 事もなげにいうサイトさんにボクは無言で頷く。

「所属不明機に変化あり。機動と発砲を確認。きます」

 TAMAの冷淡な声にサイトさんが反応しレバーを引くと、機体が微かに上昇する。
 突如今までボクたちがいた場所に光弾の帯が通りすぎ、そのすぐ後に所属不明機が猛スピードで通りすぎる。

「武装は曳光弾系マシンガン。機体の加速はあちらの方が上か」

 敵機の情報を分析するサイトさん。

「所属不明機を敵機と確認。これより迎撃行動に移行する」
「わかった。くれぐれもシャトルには近づけないでくれ」
「任せろ」

 不安げなシャトルの艦長の声とは裏腹に落ち着いたサイトさんの声。

『こういう時はかっこいいんだけどねぇ』

 やりとりを見ていてそんなことを思うけど、サイトさんの普段の体たらくを思うと……

「フェニックス、敵攻撃きます」
「了解!」

 レーダーを確認すると敵機はボクたちの後に回りこみ、今まさに攻撃を開始した!
 でも、サイトさんが巧みにレバーを操作すると機体が一瞬浮いた感覚と共に減速し、今まさに攻撃してきた敵機の後方に取りつく。

「逃げられるかな?」

 背後に憑かれたのを悟った敵機は身じろぎするように動くが、サイトさんが小刻みに機体を動かし、TAMAがそれをアシスト、照準は敵機へとロックされ、マシンガンの発射ボタンが押される!
 弾丸は敵機の翼へと吸いこまれ、着弾!

「ヒット!」

 サイトさんが声を上げる。確かに当った。でも致命傷じゃない。

「アイツのデーターはないのか?」

 サイトさんがTAMAに声をかける。

「照合確認。機体識別番号FA09A、機体名称ガルドナMk5。ベーセッド社の機体です」
「なんだと?」
「ベーセッド社って?」

 TAMAの返答にボクたちが声を上げる。

「次弾、きます」
「チッ!」

 サイトさんがレバーを倒すが、反応が遅れたせいか微かな振動が機体を揺らし、金属音が響く。

「左後部スラスターに被弾、使用制限」
「多少動きにくくなったか」

 冷淡を通り越し冷酷にも聞こえるTAMAの声にサイトさんは毒づく。

「なんでベーセッド社の機体が攻撃を?」
「俺に聞くな!」

 思わぬ事態に疑問を口にするボクだけど、しつこく背後については攻撃してくる敵に、サイトさんはそんな余裕もなく、

「とにかくこいつをどうにかしないと……他の奴らはどうしてる?」

 同じように迎撃に出撃したはずの僚機をレーダーで確認したサイトさんが、一瞬息を飲む。

「どうしたんですか? ヒッ!」

 ボクもレーダーを見て、思わず悲鳴を上げる!
 レーダーには無数の輝点が前方に現れたのが見える。
 それは徐々に近づいてきて、今にもボクたちとの交戦距離に入ろうとしている。

「こ、これって……」
「敵だとは思いたくない数だな」

 震えるボクの声に、少し荒い息をつきながらサイトさんが渇いた声で答える。

「でもこいつらの識別信号も所属不明のまま。味方とは思えんな」

 サイトさんが楽しげに言葉を漏らす。

『この状況下で悠長な……』

 そんなことをボクは思うけど、もう一つのことにはたと気づく。

『そうだよな、サイトさんは元勇者だもん。こんな事何回だってあったんだから、今度も大丈夫』

 目の前の席で敵機化の攻撃を巧みにかわし続けては反撃するサイトさんの姿に、どこか安心感を抱きながら、ボクも自分がやれること、レーダーを確認し随時サイトさんに状況を知らせることをする。

「多数の所属不明機、移動を停止。え? なにこれ?」
「どうした?」

 ボクの言葉に不意にサイトさんの手が止まる。すると、

「グッ!」

 激しい衝撃音と振動と共に、機体後部の大型スラスターの一機が破壊される!

「TAMA、被害状況は?」
「右後部スラスター破壊。移動自体は可能ですが、戦闘行動は不能と判断」

 冷徹なTAMAの声に、サイトさんの歯ぎしりが聞こえる。

「サ、サイトさん、通信回線を広域にして開いて」
「なんでだよ」
「いいから!」

 苛立つサイトさんに、ボクも声を荒げる。

 サイトさんもボクの様子にただごとではないことを悟ったのか、通信機を広域に切り替え、耳をそばだてる。

『ザ……こ……』

 雑音が入り少し聞き取りにくい。激しい移動と戦闘で機体に電波障害でも起きてるのかな?

「敵機はどうしてる?」
「所属不明機の所に向ってます」
「やっぱり奴らの仲間か。まずはもう戦闘がないようだから、TAMA、通信機に出力回せ」
「了解しました」

 ベースガンナーのスラスターから火が消え、ボクたちは再度耳をそばだてた。

「こちらは真・魔王軍。貴殿たちは我等が支配領域に侵入している。後退し領域外へと出れば危害を加えないが、これ以上侵入すれば撃破する。再度通告する。こちらは……」

 通信機から流れる男性らしい太い声。

 そこで語られている新・魔王軍という名前と、明らかになんらかの集団活動が行われている事実。そして……

「これって……」

「真・魔王軍があの機体を使っていたのか? ベーセッド社の機体を?」

 ベーセッド社の敵であるはずの真・魔王軍が、明らかにボクたちのベースガンナーよりも優れているガルドナMk5を使っているという現実。

 その時ボクは、事態は思っていたよりも複雑で根深いものがあるように思っていた。
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異世界転職体験記十五・魔法世界ベールガン・黄昏の憂者たち

2023-12-17 19:17:20 | 異世界転職NPC体験記本文
 すべてが黄昏た色彩を滲ませる真仙さんの事務所(あえてそう呼ぶ)に無造作に置かれたソファにその身を投げ出し、ついでにテーブルの上に足まで投げだしながら、虚ろに眼差しを天井に投げかける真仙さんは大きくため息をついた。

「俺はなぁ、呪姫をあんな風に育てた覚えはねぇんだよ。たとえ他の真王が俺の縄張りに手ぇ出したときだって、呪姫だけは絶対に傷つけまい、どんなに俺が血まみれになってもアイツにだけは傷一つつけさせまい、と」

 狂暴性を顕わにしていた真仙さんの瞳の色が鈍り、わずかに揺らめく。

「そう思いながら血ぃ吐くようなクソみたいな毎日にだって、むしろ嬉々としながら立ち向かえたんだよ」

 口元が歪み、微かに悔しさが滲んでいるのがわかる。

「俺にとってアイツが全てだったんだよ」

「……奥さんはどうしたんだよ」

 沈んだ声を漏らす真仙さんにサイトさんが言いにくそうに声をかけた。

 真仙さんは面倒臭そうにサイトさんに目を移し、

「死んだよ」
「死ん……」

 真仙さんの言葉に思わずボクは声を上げる。

「ああ、死んだ。いや、殺されたといった方がいいか」

 真仙さんの顔が一気に苦々しい表情へと歪む。

「俺が戦っている間、他の真王の襲撃を受けてな」
「……すまない」

 サイトさんは俯いたまま小さな声で謝罪の言葉を呟くけど、

「別に謝るこたぁねぇだろ。獲った獲られたは俺達真王の常だ。だからただの派遣NPCのテメェが謝るこたぁねぇよ。ただよ」
「ただ、なんですか?」

 先を促すボクの言葉に真仙さんは一息ついて視線を天井に泳がせながら、

「あの時の呪姫の姿が目に焼きついてなぁ。カミさんの亡骸に縋りつき泣きじゃくっていたアイツの姿を見てたら、さすがに俺もここにきた」

 真仙さんは軽く胸を突きながら、

「だからアイツだけには真王の常ってやつを味あわせたくはねぇんだよ」

 珍しく真面目な声と表情が真仙さんの面に浮かび、ソファに投げだしていた体を起こし、正面からボクたちに向き直り、

「そのためにはでもどうしても強い勇者が必要だ。俺だけじゃなく、もっともっと勇者たちが。そのための勇者候補であり、それを守り育てるのがお前たちNPCの役割だ」

 厳かな口調で真仙さんは言葉を続けた。

「勇者のハジメは現在ここミセケナの隣街であるヨシラにいる」

 真仙さんがテーブルに手をかざすと紙製らしき地図が現れ、その一点を指さす。

「この辺りはこうなってたんですね」

 その地図はまるでボクのいた世界と大差のない現代的な地図だった。
 ただ地名がカナ表記というのが違うといえば違うけど。

「そしてハジメはあと三時間ほどでこのミセケナを通過し、隣町のニナカに向ってこの街道を歩いていく」

 真仙さんは手を動かしながら勇者ハジメさんの進行ルートを説明する。

「そして呪姫が待ち伏せするとすればここだ」

 神仙さんがコツコツと指を叩いた場所、そこはなにか雑多な工場群ともいえる感じの場所だった。

「以前の真王からの攻撃と事故の多発により、現在ここは街道から外れること自体危険とされている」
「じゃあ、ハジメに街道を外れないようにいえばいいじゃないか」

 サイトさんが口を挟むが真仙さんはゴミを見るような表情でウンザリしたような視線を放ち、

「テメェはそうだろうがよ、ハジメは根がいい奴なんだよ。もし誰かが助けを求める声を聞いたら、ハジメはたとえ俺の命に背いてもそのどっかの誰かさんを助けに街道を外れるだろうよ」
「じゃあ、それを罠にして」
「さすがそこのバカと違ってお前は察しがいいな。その通り、呪姫がその点を見逃すはずがねぇ」

 真仙さんの満足そうな声にボクも少しいい気分になるが、バカ呼ばわりされたサイトさんから怒気が伝わってくるのが顔を見なくてもわかる。

「でもなんで徒歩移動なんですか?」
「こいつぁは勇者候補を勇者にするための試練という名の訓練だ。そのために可能な限り徒歩でいかせるのが俺の流儀だ」

 ボクの疑問に真仙さんは目を覗きこみながら応える。

「考えてもみろ。機械頼みで満足にテメェで戦えないやつが、もしその機械がなくなったらどうなる?」

 真仙さんが片眉を上げながら言葉を続け、

「でもよぉ、テメェで戦えるやつが機械のサポートを受ければ二倍三倍、下手すりゃ乗算で強くなるってんなら、元値である勇者を鍛えるのが上策だろ。そのための徒歩移動だ」

 わかったか、という感じに目元と口元を歪め、軽く煽るように首を傾げる。

「でもなんでこの工場群だけが呪姫の襲撃箇所だとわかるんだよ。襲えるんならどこでも襲えるだろ?」

 怒りが滲んだサイトさんの声に、真仙さんはサイトさんを一瞥することもなく、

「この辺りは現在呪姫の管轄領域になっている」
「は?」
「だから、呪姫がここの持ち主なんだよ、今は」

 思わず出たボクの声に、面倒そうな応え、

「元々アイツが後継なんで、徐々に領域を分け与えていったんだよ。市街地とか人がいる場所だともしなんらかのトラブルが起きた時面倒なことになるから、まずは人気がない場所を与えトラブルシューティングを学ばせる」
「それじゃぁ、勇者の進行ルートを変えればいいんじゃないのか?」

 サイトさんが怪訝な表情で尋ねるものの、真仙さんは心底面倒くさそうに、

「テメェは本当にわかってねぇなぁ。バカは黙ってろよ」

 再びバカ呼ばわりされたサイトさんの拳に力が入るがボクがすかさずわりこみ、

「ボクもよくわからないので、できれば説明していただければ、と」

 愛想笑いを浮かべながら穏便に尋ねると、真仙さんは気を持ち直したように、

「娘のわがままに、なんで俺が俺の決めたルートを変えなきゃいけねぇんだよ。そんなことするなら圧し通る。テメェらはそのための盾だ。しっかり働けよ」

 邪悪に歪んだ真仙さんの表情をボクは忘れないだろう。



『三時間後、この街境のコンビニの前で待ってろ。ハジメには話をつけておく。もちろん派遣NPCの話はするなよ。あいつは真面目だから、裏事情が知れたらどんな反応するかわからんからな』

 事務所をあとにしながらボクは真仙さんの言葉を思い出す。

「場所を確かめたけど、ここから二十分ほどの場所だな。車なら5分くらいだろう」

 横を歩くサイトさんは軽くスマホを見ながら話し、

「でもここでもスマホが使えるんですね」

 違和感を感じながらもボクは笑みを浮かべるが、

「いや、そうでもないな。色々な部分で、どうにも得体の知れない挙動をしている」
「え?」
「まず地図名称が違うのは当然としても、俺たちの街にないサービスや広告まで出てくる」

「ということは」

「スマホ自体、この世界にくるときに改変され別のものになってる可能性が高い」

 不可解なものを見るサイトさんの表情に不安を覚え、

「元の世界に戻ったら元の状態に戻るんですかね?」
「……知らん」

 不安げなボクの疑念にサイトさんが無表情で応える。
 これは大切なものは世界移動時に置いてきた方がいいかもしれない。

「ただ二時間は時間ができた。その間に真駆の生みの親であるミャーミャンの情報を探るぞ」
「それが目的でここにきたんでしたよね。真仙さんの強烈さに忘れてた」

「それでどこに行くんですか?」

 ボクとサイトさんの会話に、突如カグラちゃんが割り込んできた。

「なんでアンタがいるんだよ?」

「真仙様が一人になりたいから出てけって。アタシまでとばっちり喰らっちゃいましたよ~」

 サイトさんの声にわざとらしい泣きべそをかいて応えるカグラちゃん。

「ミャーミャンさんが行きそうな場所ってどこなんでしょうね?」
「そのミャーミャンさんってどんな方なんですか?」

 ボクの疑問にカグラちゃんが問いかけで返すとサイトさんは、

「元々技術者系の奴らしいけど、詳しい趣味とかはよく知らん」
「技術者系ですかぁ……」

 簡潔かつ愛想なく応えるサイトさんの答にカグラちゃんは少し考えこみ、

「でしたら、この近くにそういった方が集まる場所がありますよ。カワン商会って電子機器とかを扱っているお店なんですけど、そこならもしかしたらその方を知ってる人がいるかもです」
「そのお店近いんですか?」
「三区画ほど離れてますけど車を使えばすぐですから」

 ボクたちよりもこの世界を知っているカグラちゃんがにこやかに応える。

「じゃあ、あそこにタクシー止まってるから、それに乗っていくか?」
「運賃くらいはアタシがお出しします」
「助かる」

 カグラちゃんの申し出にサイトさんも笑顔で応じる。



 そこかしこに置かれた電子機器と思しき装置からは色とりどりの色彩が輝き、入り口には商品の紹介と価格が書かれた多数の張り紙、新入荷という赤地の文字が派手に書かれたPOPに店内に流れる商品紹介やポイントカードの宣伝文句。

 それがカワン商会だった。

「ここにミャーミャンの足跡とか知るやつがいるのか?」
「確かに技術系が足を運びそうな感じではあるけど」
「大丈夫ですよ! ちょっと奥で聞いてきますね☆」

 店内で立ち尽くすボクとサイトさんの不安をよそに、カグラちゃんが奥のカウンターへと足早に消えていき、しばらくすると戻ってきて、

「この奥の店員さんがそのミャーミャンさんらしき方のことをご存じだそうです」

 にこやかに応える。

「本当かね?」
「とりあえず聞いてみましょう」

 半信半疑のサイトさんを促しつつボクたちは奥のカウンターに向かう。

 そこで待っていたのは普通のおじさんぽい人だった。

「ミャーミャン、というのかどうかは知らないけど、その人なら以前からよく来てましたよ」

 お店のコスチュームと思われる黄色の生地に何本もの黒線が交差状に走ったシャツを着ている店員のおじさんは、事もなげに顧客情報をしゃべりはじめる。

『え、この世界ではOKなの?』

 ボクの感覚がマヒしていたためか、この世界ベールガンがボクたちの世界と同じと思っていたから、その差に少し戸惑いを覚える。

「よく部品を買いに来るので、在庫確認とか注文を取る傍ら立ち話もしましてね。なんでも別の所に行くのに色々と準備が必要なんだと」
「別の所って?」
「なんでも今の手持ちだと部品が足りないので、もう少し買い足したいとか。あと、そこで見る色々な新機体にも興味があるって。そういや最近来ないけど、海外にでも移住したんですかね」

 おじさんはにこやかにペラペラ話す。

 そのあまりにも流暢に話す姿にボクたちが押され気味になる程に。

「つまり最近は来てないんですね」
「ええ、かれこれ一年近くになりますか」

「一年か……わかった。ありがとう」

 店員のおじさんの答を聞き、ボクたちはお店をあとにした。

「ミューミャンは一年ほど前にはこのベールガンにいて、色々な機材や部品を集めていた」
「そして別の世界に行く前に、そこで見る新機体が楽しみとかいってたようですね」

 サイトさんとボクはおじさんから聞きだした情報を整理する。

「となると色々なロボが普通にいるメルクドールの方が行き先としては有力だな」

「じゃあ次はそこの調査ですね」

「その前にここの勇者様を守らんとな」

 ミャーミャンの手がかりを得たためか、自然と笑みがこぼれるボクたちを見てカグラちゃんも、

「お力になれたのなら嬉しいです」

 朗らかな笑顔で応える。

 あとは勇者を助ければこの世界での任務は終了だ。



 街境のコンビニはボクの住む世界と大差のない感じのコンビニだった。
 平屋作りでガラス張りの正面には黄色と緑の色彩で作られた看板があり、車数台は置ける駐車場も完備しているタイプのお店。

 まだ日も高く、少し冷たさがない混じった風が頬を撫でる。
 駐車場には車もなく、お店に人の出入りはあるものの数は多くない。

「ここで待ってれば来るのか?」
「そのはずですよ。ちょっと待ってくださいね、今確認しますから」

 サイトさんの言葉にカグラちゃんが懐からスマホらしきものをとりだして少しいじると、

「もう直にここに到着します。それじゃぁ、アタシは少し姿を消しますから、お二人ともNPCのお仕事、頑張ってくださいねぇ」

 屈託のない笑顔でそういうと、カグラちゃんは店の裏手へと消えていく。
 やがて街道を青年が一人歩いてくるのが見えた。

「あなた方が真仙様がお話していた同行してくれる方たちですか?」

 神仙さんおカグラちゃんが話していた外見の青年が近づいてきたので、ボクたちは確認のために名前を聞くと、青年は凛とした澄んだ力強い声で勇者候補の永畑ハジメであることを話してくれた。

「ええ、真仙様からハジメさんを助けてやってくれと」

 真面目な口調のハジメさんにボクも安心し穏やかな声で返す。

 この世界の勇者候補の永畑ハジメさんの外見は実直な感じだった。
 七三わけの髪形もそうだけど、目鼻立ちがはっきりした彫りが深い容貌にもかかわらず目元には穏やかな気配が漂い、長身でありながら程よく鍛えられた体はシュッっとしてスタイリッシュな雰囲気を醸し出す。

 サイトさんがファイター系イケメン、真仙さんが細身系イケメンだとすれば、ハジメさんはドラグさん同様なスタイリッシュなイケメンだと思う。

「ハジメさんだっけ? あんたの専門も魔法か?」

 サイトさんはカードを確認するように尋ねると、

「ええ、僕……あ、いえ、私の専門は魔法ですが、むしろそれを応用した接近戦を得意とします」

 ハジメさんは少し言葉につかえながら応える。

『この人、僕っていうタイプなんだ』

 ボクは少し心の中で笑みを浮かべる。

『そういえば、最近そういう人たちとつきあってないもんね……』

 色々な顔を思い浮かべつつ、隣に立つサイトさんにも笑みを向ける。
 ボクの笑顔に気づいてなにか怪訝なものを見たような表情で顔を背けるサイトさん。

『こんな人たちばっかりだったもんねぇ……』

 心の笑顔に苦笑に変るけど気を取り直して、

「この先に行くには工場群を抜けなければいけないのですが、そこでは幾つかの事故の発生が確認されているようなので、無事通過できるようボクたちがハジメさんをサポートします」
「助かります。私としてもこの任務が世界の安寧を守るためであれば、たとえこの身が傷つこうがかまいません。ですからあなた方も無理はしないで」

 ボクの説明にハジメさんがあまりにも真摯かつ優しい言葉を返してくる。

『これだよ、これでこそ勇者だよ!』

 ハジメさんの言葉にボクは思わずガッツポーズを密かに決めるが、

「お前なに変な格好で力んでるんだ? 腹でも痛いか?」

 サイトさんが不躾な言葉を投げてくる。

「いえ、ただあまりにも嬉しい言葉を聞いたので」
「そうか」

 少し怒気を含んだ声で返すボクに、サイトさんはこともなげなそっけない言葉で返す。

『ここだよ、その気遣いがないんですよ!』

 表情を見られないよう顔を俯かせながら心の中で毒を吐く。

「お前本当に大丈夫か? 腹痛いんなら抜けてもいいぞ」

 さすがのボクの態度に、サイトさんも不安な表情を浮かべ心配げな声をかけてくる。

「いえ、大丈夫ですよ」

 少し無理した笑顔を返す。

『少しズレてるけど気遣ってくれてるんだよね』



 そんなことを思いつつ街道を歩いていく。
 ボクの世界にもよくある郊外の幹線道みたいな感じで、街から離れると建物もまばらになり、人影も車の影も少なくなっていく。

 日も傾きはじめ、そろそろ夕暮れに近くなっていく。
 そんな頃に呪姫さんが待ちかまえる工場群へと辿り着いた。

「この辺りではなにが起こるかわかりませんから警戒を」
「わかってます」

 ボクの声にハジメさんが言葉少なに応える。
 サイトさんはすでに周囲警戒用のなにかを飛ばしているようで、時おり首をあらぬ方向に向けては、なにかをじっと見てからまた視線を戻す。

「勇者様よ」
「ハジメでいいです。なんですか?」

 不愛想なサイトさんの声にハジメさんが礼儀正しく応える。

「真仙……様から言われたこと、覚えてるか?」
「ええ、どんなことがあろうと街道から外れるな、ということですよね」
「そうだ。それを絶対に破るな、と」

 サイトさんの声に少し剣呑としたものが混じる。

「僕……私は真仙様よりこの世界を守る勇者となるための命を受けたもの。道を外すような真似など……」

「だーれーかぁぁぁぁ!」

『な!』

 サイトさんのハジメさんの会話に突如割り込み轟くうら若き女性の悲鳴!
 思わず声を上げるボクとハジメさん!

「どこだ!」

 ハジメさんが頸や上体をグリグリと回しながら周囲に目を走らせ、一つの柱の影から手を伸ばし助けを求める女性の姿に目が止まる!

「バカ! 行くな!」

 サイトさんが声を上げるよりも早く、凄まじい速度で女性の元に近づこうと飛び出すハジメさん!

「お嬢さん、ご無事ですか! 助けが必要なんですかお嬢さん!」

 心底女性の心配する声を上げ、足早に接近するハジメさんの周りに突如影らしきものが降ってきた!

「ハジメさん!」
「あのバカ! いわんこっちゃない!」

 突如はじまった緊急事態にボクもサイトさんも街道を外れハジメさんがいた場所へと駆け寄る。

 落ちてきたものが巻き上げた土埃が薄れ、周囲の状況がハッキリしてくる。

 助けを求めていたうら若き女性はすでに立ち上がっていた。
 服装こそ普通の緑色のブラウスと紺色のロングスカートだけど、前髪を整えられた漆黒の髪は腰まで伸び、その髪に包まれた容貌は日本的な感じだけど、ややつり目の瞳は黄色の輝きを帯び、瞳孔は蛇のように細い。
 紅色を塗られた唇は艶やかに色めき、ほっそりとした手足と反比例するように胸元は大きいように感じられる。

 その彼女の横やハジメさんの周りを囲むようにいるものの姿は、漆黒の全身タイツのようなものを着こんだ、遮光器土偶の頭部に似た覆面を被る人たち。
 体型から男女いるようだけど、誰一人声を発しない。

「まさか本当にこんな単純な罠に引っかかるなんて、さすがに拍子抜けですわね」

 さきほどの悲鳴と同じ、まだ若く少しハスキーさを感じさせる声音を女性が上げる。

「なにものだ!」

 取り囲むものを軽快しながらハジメさんが問いただすと、女性は尊大な口調で、

「あなたが勇者候補の永畑ハジメ?」
「そうだ。こんなことをするあなたこそ誰だ!」

「ワタクシ……ワタクシの名は呪姫」

 女性の答にボクたちの言葉が詰まる。
 ハジメさんは突如現れた謎の人物として、そしてボクたちは会いたくもなかった相手を目の前にした心境で!

「勇者候補よ、あなたの力は真仙様には不要なもの。ここより戻り勇者になることをやめれば見逃してさしあげますわ。でなければ……」
「どうするつもりだ!」

「あなたをここで始末いたしますわ! このワタクシ直々にね!」

 そういうと呪姫は高々とジャンプし、ハジメさんから少し離れた場所へと着地し、悠然と立ち上がる。

「その姿は……」

 目の前へと立ち現れた呪姫。

 さっきの服装とは違い、紫色をベースとした、まるで魔法使いが着るようなローブのようで、それでいながら肩口は大きく開けられ胸元を見せないようにするためかその下にインナーのような黒い服を着ている。
 裾も脇から大きく開き、運動で鍛えられた張りのある脚をのぞかせている。
 色が暗褐色なのはストッキングかなにかをつけているからかな?
 手には魔法使いがつけそうな腕輪と指輪が光り、それが今輝きを増している。

「まずい! 俺たちが盾になるんだ!」

 危険を察したサイトさんがハジメさんへと駆ける!
 ボクもその後に続き、

「やめろ! お前を相手にするのは俺だ!」

 サイトさんが両手を広げハジメさんの前に立ちはだかり、呪姫の攻撃を防ごうとする!

『真仙の野郎の言葉通りなら攻撃されねぇよ!』

 精神可能ので余裕綽々のサイトさんの声が届く。

 が!

 呪姫の指輪と腕輪が一斉に光ると、高圧な熱量を伴った光線がサイトさんへと撃ちこまれる!

「え? なんで?」

 驚愕の表情を浮かべるサイトさんとボク。
 その姿を悲痛な表情で見るハジメさんとは真逆に無表情で光線を撃ちこみ続ける呪姫。

「え! あ! やめ! いた! え!」

 まるで連続パンチを食らったように光線を受けては躍り続けるサイトさんに、さもつまらなそうな口調で、

「あなたそれでも真士様から派遣されたNPCなの? 正直拍子抜けですわ。こんなに弱いだけのザコだったなんて」

 丁寧な口調だけど、言ってる文言が真仙さんと変わらないのがさすが親子というところか。

「あなたのように弱いものが真士様のNPCなんてチャンチャラおかしいですわよねぇ。いっそここで始末してしまえば、今後真士様のお手を煩わせることもないでしょう」

 物騒なことをいっているのにひたすら無表情で光線を打ち続ける呪姫に、ハジメさんが忿怒の表情を浮かべ、

「貴様、呪姫といったな!」
「は! ワタクシの名前くらい一度で覚えられないとは、飛んだおバカさんね」

 さらりといなす呪姫。

「貴様の野望は、僕……私が必ず止めてみせる! 魔甲装身!」

 ハジメさんが叫ぶと、突如まばゆい光に包まれる。
 すると両手の先に魔法陣が浮かび上がり、肩へと移動しながら眩い鎧なような装甲が腕を包みこんでいく。
 さらに足元からも現れ、胸へと上りながらハジメさんの体を鎧が包みこんでいき、頭部は頭上に現れた魔法陣が頸へと落ちながら兜へと変貌させた。

「シャイニングランサー!」

 すべての魔法陣が消え去り光が薄れると、そこには手に巨大槍をかまえる白銀に輝く騎士の姿が!

「はん、なにかと思えば変身ヒーロー? お父様が勇者候補に選んだのも頷けますわ?」
「なに?」

 変身したハジメさんの姿を馬鹿にする呪姫の言葉にハジメさんが反応するが、

「お父様といいましたのよ、聞えませんでした?」

「ちょっと待て……では貴様……あ、いや、あなたは真仙様の」

 突然の事情の暴露と変化についてこれないハジメさん。

「娘よ。そしていずれはこの世界を統治する真王になるもの」

「え?」

 呪姫の答に処理が追いつかず言葉を失うハジメさん。

「だから、お父様から勇者候補として選ばれたあなたは、ワタクシにとってはいらない存在ですの」

 呪姫が放った何気ない言葉、その一言を聞いたハジメさんの動きがビクッとすると、突如糸が切れたようにヘナヘナと崩れ落ちる。

「わ、私がいらない……」
「ええ、いりませんわ」

 落胆の声を上げるハジメさんにさらに追い打ちをかける呪姫。

「ま、待ってください!」

 思わずボクもハジメさんと呪姫の間に割り込み、

「なんで真仙さんの邪魔をするんですか? 娘でしょ」

 サイトさんでさえまだ転がり呻いている姿を視界の隅に捉えながらも、ボクは震える声で呪姫に問いかける。

「そう……娘だからよ!」

 顔を一瞬歪ませながら呪姫が苦々しく言葉を吐く。

「考えてもごらんなさい。自分の父親が娘と同じくらいの年齢の子に色目使っておべっか使ってる姿を……その連中から催促されたらなんでも言うことを聞くような姿を!」

 呪姫の言葉に怒りのようなものが混ざる。

「昔のお父様はそうではなかった。いつでもワタクシのために命がけで戦い、たとえ血まみれでどんなに傷ついても、ワタクシに笑顔を向け、そしていつも守ってくれた……」

 呪姫は大切な懐かしい宝物を思いだすような表情を浮かべ、

「あの頃のお父様はワタクシだけを見ていてくれた……ワタクシだけが大切で、一番の宝物だといってくれましたわ」

 恍惚とした呪姫の顔は、突如苦いものを飲み下すような感情を顕わにし、

「それをあの女どもは奪ったのですわ! ワタクシだけに向けられていた視線、思い、それをあの女どもが!」
「ちょ……ちょっと待てよ……」

 色々な感情が渦巻く呪姫の言葉に、なんとか胸を抑えながら立ち上がったサイトさんは苦しい声で、

「お前、真士が好きなんじゃないのかよ?」

 胸をさすりながら声を上げるサイトさんに呪姫はつまらないものを見るような視線を投げつけ、

「確かに真士様は好きですわ。あの紳士然としたお姿と立ち居振る舞いに、憧れない女子などおりませんわよ」

「じゃあなんで真士のNPCである俺を撃った?」

 怒りと困惑が混ざったサイトさんの問いに当然というような声音で、

「あの攻撃を防げないものなど真士様のNPCには不要ですからよ。ワタクシの知っている真士様なら、あのような攻撃をエレガントな仕草で回避しつつ、相手に紅茶を振る舞うくらいのことは致しますわよ」

「無茶いうなよ……」

 サイトさんが苦し気とも悔し気ともつかない声を漏らしながら崩れ落ちる。

『確かにあの真士さんならやりかねないけど……これが真王と勇者との力量差なのか……』

 真士の妄想に浸っているのか幸せそうな笑みを浮かべる呪姫の横顔に目をやりながらボクは思う。
 たぶんここで下手にやりあっても、今のボクたちでは呪姫を倒すどころか返り討ちにあい全滅になる。

「もしかして真士さんからNPCを派遣されるのをわざと促したんですが? 真仙さんが真士さんを嫌っているのはご存じなんでしょう!」
「派遣……NPC?」

 幾つかの疑念を口にするが、ボクの横でくずおれたはずのハジメさんが頭をもたげる。

「そんなの決まっているじゃありませんの! お父様がお嫌いな真士様にお父様がNPCの派遣を要請する時、お父様はどう思うかしら?」
「そりゃぁ、腸は煮えくり返り不快の極みでしょう」

 笑みを浮かべながら話す呪姫の態度にボクは少し苛立ちを覚えつつ言葉を返すと、

「そう、それこそが重要なの! お父様は真士様の名を上げると、決まって不愉快な表情を浮かべますの!」
「なにがいいたい?」

 真士さんとの落差から立ち直ったサイトさんが不機嫌極まりない表情でツッコむと、

「その時のお父様の表情! 真士様はお嫌いでもワタクシを嫌いになれないお父様がお困りになっている時のあの表情を思い浮かべた時、お父様の不潔極まりない所業によるワタクシの苛立ちが少し鎮まるのがわかる」

「ちょっと待て……」

 大切な思いを語るように瞳を閉じ胸に手を当てながら話す呪姫にサイトさんが言葉を挟むが、呪姫は聞いちゃいない。

「あの時のお父様の悔しそうな表情……その時ワタクシ確信しましたの! お父様が本当に大切なのはワタクシだけだということに」

「だったらそれでいいんじゃないですか?」

 とても幸せそうな表情の呪姫にボクは声をかけるが、

「でも大切なのはワタクシだけでいいの。他の女に逢ってもらいたくもないし、言葉を交わされるのも嫌。ただワタクシだけを見ていて欲しい」

 まるで愛おしい想いを口にするような呪姫。

「お前、そっちの気があるのか?」

 サイトさんが不審なものを見る目つきで言葉を吐く。

「なにか勘違いなさっているようね。ワタクシが求めているのはお父様の庇護としての愛情と唯一大切な存在としての扱い、それだけですわ。あなたのように不純な存在と一緒にしないでいただきたいですわね!」
「不純だと!」
「ええ、不純ですわ。まったくお可哀想ですわよねぇ、真姫様と真歌様。ワタクシでしたらこのようなことがあったら想い余って不純なものになにをするかわかりませんのに、あの方たちは辛抱強くお耐えになって」

 息巻くサイトさんをよそに色々とよそ様の内情を口にしながら小馬鹿にしたようにサイトさんに視線を送る呪姫に、言葉を失うサイトさん。

『怖い……女子のネットワーク……怖い……』

 ボクは二人のやりとりを見ながらそう思う。
 たぶんこの情報は真仙さんも知らないかもしれない。

『下手な真似したら明日はないね、サイトさん』

 同情とも軽蔑ともつかない視線を、立ち上がったまま硬直しているサイトさんに投げかける。

「ちょと待ってください。NPCとか真士とか、どういったことなんですか?」

 今まで外野に置かれていたハジメさんが声を上げると、

「なにもお父様から知らされていないのですわね」
「だからなにをですか?」

 魔甲の頭部を解除し、素顔を顕わにして問いただすハジメさんに、

「でしたらワタクシがあなたに真実を教えて差し上げますわ」

 呪姫の言葉と共に、夕暮れは夜の帳を落とした。




「そんな……俺たちが守っていた世界は、そんな理由で……」

 大地に手をつき絶望と悔恨の表情を浮かべながら、ハジメさんは呪姫が語った世界の真実とやらに涙した。

『確かに間違ってはいないけど、確かに真仙さんが他の女の子に逢いたいがための世界だけど……』

 どうしてもハジメさんの誤解を解きたくてウズウズしてるけど、呪姫がにこやかな笑みをボクに向けているので動けない。

「だから、お父様のためにあなたがこの世界を守る必要はないの。むしろワタクシと共に戦ってくだされば、世界はよりよくなりますわ」

 呪姫の慈愛に満ちた声に、まるで女神の声を聞いたかのような表情を浮かべるハジメさん。

「そう、ですよね! ええ、確かに世界は護られねばならない! そのための勇者、そのための僕たちです!」

 今までの落胆した表情とは打って変わり、輝かんばかりの表情で声を上げるハジメさん。

『これでいいのか?』

 心の中でボクは呟くが、いつの間にか立ち直ったサイトさんが肩に手をかけ、

「俺たちの任務はもう終わった。あとは家庭の事情だ。俺たちが立ち入るべきではない」

 なにかを悟ったような表情で言葉を告げる。

「で、でもこのままだとハジメさん、呪姫さんに就いちゃいますけど」

 どうにも割り切れない思いを口にするボクだけど、

「俺はもう勇者じゃない。それにマト、お前は一般人だ。他人の家庭の問題は勇者に任せればいい」

 爽やかともとれる笑顔だけど、目から光が失われているのがわかる。

「俺たちはやれることはやったしミャーミャンの情報も手に入れた。それで十分じゃないか。な!」

 サイトさんの心のこもらない爽やかすぎる言葉に薄ら寒いものを感じたボクも無言でうなずく。

「勇者様、結局寝返えられちゃいましたねぇ」

 どこからともなくカグラさんが現れ、呪姫とハジメさんに目をやりながら、

「あの年頃の女の子は、皆あんな感じなんですかねぇ」

 微笑ましい光景を目にするような表情を浮かべながら言葉をつむぐ。

「皆が皆そうじゃないけど、そういうところはあるかもですね」
「俺にはわからんね」
「それはサイトさんが鈍いからですよ」

 カグラちゃんの言葉にボクやサイトさんが言葉を返すけど、

「でもこれじゃぁ、アタシも真仙様の所に帰ったらなにされるかわかりませんから、別の世界に行きます」

 困ったような笑みを浮かべながるカグラちゃん。

「あんたも一緒にどうだ?」

 サイトさんが声をかけるけど、

「アタシにもやりたいことがあるから、今は別行動で」

 カグラさんが朗らかに答える。

「じゃあ、今回はここまでですね」
「ええ、いずれまた!」

 そういうとカグラさんの姿が歪み気配が消えた。

「ボクたちも戻って真士さんに報告しないと」
「こんなのどうやって報告すりゃいいんだよ」

 ボクの言葉にサイトさんが困った表情で応える。

 ボクたちも世界を離れようとする視線の片隅に、騎士の誓いを立て、呪姫の手の甲に口づけをしようとしているのを思いっきり張り倒されているハジメさんの姿が映る。

 でもその表情はにこやかで、呪姫の顔にも屈託のない笑みが浮かんでいる。

 任務自体は失敗だけど、たぶん……

 こういう終り方もいいのかもしれない。

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異世界転職NPC体験記十四・魔法世界ベール・ガン・真仙惨状

2023-09-29 18:27:00 | 異世界転職NPC体験記本文
 いかにも古そうな4階建ての雑居ビルの狭く薄汚れたエレベーターに乗り、ボク如月マトと元勇者の神屋サイトさん、この魔法世界の支配者、真仙の配下であり今ボクたちを彼の元に案内する眼鏡をかけた女性カグラちゃんは、真仙が待つ3階の部屋へと向かう。

 軋みあげながら上昇するエレベーターは、表示を見上げ言葉を交わすことなくボクたちを3階へと運ぶ。

『ピンポーン』

 お決まりの音が鳴り扉が開く。

 通路は蛍光灯の灯りが灯るが、幾つかの蛍光灯は切れ、その場所は暗く荒廃した雰囲気が漂っていた。

「この先のお部屋に真仙様がいます」

 カグラちゃんはにこやかに話すが、不思議なことに音一つ、生活音すら聞こえてこない。

 ふと通路の片隅に目をやると、なにかどす黒い塗料で書かれた真仙の文字とそれに続く物騒な言葉。

「あれってなにで書かれてると思います?」
「考えるな。不安になる」

 不信感に溢れたボクの問いかけに応える震え声のサイトさん。

「ここで~す。真仙様、ただ今戻りました」

 周りの雰囲気とはちぐはぐな明るい声で、カグラちゃんは小さな曇り窓がついた薄汚れたドアノブに手をかけ、軽く回すと立てつけの悪いのかドア
が軋みを上げ開く。

「うっ?」

 ドアの先に広がる室内の様相にサイトさんが思わず声を上げた。

「これは……酷いですね」

 ボクの声が続く。

 このさらに奥にある部屋から差し込む微かな外光だけが頼りの薄暗い部屋には、テーブルや鉢植え、イスなどが散乱し、まるで激しい殴り合いでもあったみたい。

「おう、遅かったな嬢ちゃん! お蔭さんでその間に客が一組きたんで手厚く歓迎しといたわ」

 奥の部屋からしわがれた、でも異様なまでの威圧感と凶暴さが混じりあった声が響く。

「すみません、真仙様。真士様のNPCの方をお連れしました」
「おう、さっさとよこせ!」

 申し訳なさそうなカグラさんに横柄な声音の真仙さん。

「あの、大丈夫ですか?」

 カグラちゃんが部屋の片づけをはじめたのでボクも手伝おうと声をかけるが、

「ここはいいので早く真仙様の所に。どうせ無駄な作業ですし」

 会った時のような屈託のない笑顔で応える。

「おい、早く来いよ!」
「行こうぜ」

 声を荒げる真仙さんにサイトさんは囁き声でボクを急かす。

 ボクたちは奥にある部屋へと足を踏み入れた。

 そこは前の部屋と同じように荒れていた。
 放り出されたように転がるソファーに一脚が折れた木製のテーブルがひっくり返って放置され、微かな光が差しこむ窓はブラインドが閉じられているので、満足な光を遮断されている。
 部屋全体がうす暗く、なにかセピアとも黄昏ともつかない色彩の中、奥に置かれたソファーに横たわる一人の人影。

「いつまで待たせんだよ、カス!」

 しわがれた声の罵声を発したのは、儚げな細面の容貌にルビー色の瞳が輝く大きな目で不機嫌な視線をボクたちに送る美青年だった。

 これが真仙さん?

 鼻はやや高いが彫りの深さがそれを感じさせず、口は薄紅色をまとい、艶のある烏色の髪は野生味を感じさせるようにはねている。

「わしがな、わざわざ真士を頼ってお前たちを呼び寄せたんだ。少しは真面目に働けや、ボケ」

 気だるげに起きながら真仙さんはボクたちを睨み据え罵声を吐く。

 よく見れば背は決して低くなく、むしろサイトさんと同じくらいかも。
 体つきは細く、手足はすらりと長く、容姿だけならまるで儚げな王子様を具現化したような感じもする。

 ただ服装まではそうじゃなく、もっとラフな感じ。
 細い足に合わせた、紺色の膝下までのスラっとしたパンツを履き、上は幾何学的な色とりどりの柄つきのTシャツを着て、だらしなく白いシャツを羽織っている。

 街中で見る若者、という感じかな。

 その真仙さんがつまらなそうに頭をかく。

「あんたが真仙か?」
「言葉に気をつけろクソガキ」

 不躾なサイトさんの言葉に罵声で返す真仙さん。

 瞬時にサイトさんの顔が引きつり不愉快という感情が言葉を伴わずに溢れ出る。
 露骨に拳を握るサイトさんを後に下げるとボクは、

「大変な失礼と不躾をお詫びいたします。我々は真士様の命により、真仙様の勇者候補をお助けするために参上いたしました」

 頭を下げて言葉を紡ぐと、

「テメェの方が物わかりがいいな。よし決めた! そっちのデカいのはわしの前で口をきくな。テメェに言葉をいう資格はねぇ!」
「なっ!」

 真仙さんの一方的な命令に、驚きと怒りを隠せない表情のサイトさんが思わず声を上げるが、

「ここはボクが」

 サイトさんの耳元でボクは囁くと、サイトさんも不満タラタラの態度で一歩さがった。

「で、これからお前たちにはわしが育ててる勇者候補の盾となって行動してもらう。安心しろよ。ここいらにいる敵共にやられるようなら、勇者候補も失格だ。ただよぉ、わしとしてもテメェの勇者候補を無駄に敵にやらせるのは面白くねぇからな」

 大股を開きソファにふんぞり返りながらボクたちに指令内容を説明する。
 それだってボクたちを見て話すのではなく、視線はあてどなく天井を彷徨い、ただつまらそうに言葉を吐いている感じだ。

「あの……」

 ボクが恐る恐る声を上げると、

「なんだぁ?」

 視線だけボクに向けて応える真仙さん。

「敵ってどんな人なんですか? 他の真王の手先とかそれとも真仙さんがご用意したNPCとかですか?」
「そんなんじゃねぇよ!」

 ボクの問いに声を荒げる真仙さん。

「そんなんじゃねぇ……そんなんじゃねぇんだよ!」

 さらに声を荒げ、いきなり前のめりになり、

「テメェら、この部屋見てなんとも思わねぇか?」

 真仙さんがいきなり真面目な表情で質問してくる。

「……かなり、散らかってますね」

 言葉を選びながら小声で答えるボクに、

「そうだろぅ。なんで散らかってるかわかるかぁ?」

 ニヤニヤ顔で、目になにか別の輝きを灯しながら、蒸すような熱さを滲ませる吐息と共に神仙さんがネチっこく問いかける。

「……い、いえ……わかりません……」

 あまりの異様さに声が小さくなるボクに、

「あぶねぇ!」

 サイトさんがいきなり僕を抱きかかえ、脇へと寄らせる!
 刹那、今さっきボクのいた場所を何者かが通り過ぎ、

「真仙! テメェ、この前から俺をはねやがって。今日という今日は俺を勇者候補にしてもらうぞぉぉぉぉ!」

 雄叫びと共に真仙さんに猛スピードで突進する巨大な体躯を持つ男が、燃え盛る拳を振るいで殴りかかろうとするが、

「舐めんなゴミ!」

 つまらなそうに吐き出された真仙さんの言葉に巨漢の動きが止まり、

「う、動けねぇ……」

 脂汗を垂らしながら困惑の表情を浮かべる。
 真仙さんは身動きがとれず焦る巨漢の横に立ち、

「この程度の魔法で呪縛されるようなテメェが勇者候補になりてぇだと? 馬鹿にしてんのか!」

 一声を上げると男の足を払い派手に床に転倒させる!
 顔面を打ち悶える巨漢!

「その様で勇者候補だと、ああ! 今のテメェになにができんだよ、タコ!」

 そう叫ぶと巨漢の腹に一撃、二激と蹴りをいれ続け、

「テメェみたいなザコはもう飽き飽きしてんだよ! さっきやってきたゴミの方が、部屋を滅茶苦茶にするくらいにはまだ手応えがあったわ! つまんねぇ時間とらせやがってカスが!」

 そう喚くと顔面に激しい蹴りをぶちこんだ!
 その一撃で悲鳴を上げはじめる巨漢!

「ああ、泣けばすむと思ってんのか、テメェはよぉ!勇者様になりてぇんだろうが!」

 巨漢が泣き声を上げ悲鳴を叫んでも、躊躇なく真仙さんは蹴り続ける。そのたびに周囲には赤い液体がまき散らされる。

「この程度で泣き言いってんじゃぁ、勇者なんて無理だな。テメェにゃぁ、せいぜい村人Aがお似合いなんだよ!」

 狂気の色が灯った瞳で巨漢を蹴り続ける真仙さんに、

「おい……」

 静かにこれ声を上げ一歩前に出るサイトさん。

「なんだテメェ、邪魔すんのか?」

 露骨に険悪な表情を浮かべ睨みつける真仙さん。

「そこまでにしといてやれよ。確かに泣き言をいえない勇者様は大変だよな。だから、その辺にしといてやれよ」

 サイトさんが真仙さんと巨漢との間に入り言葉を紡ぐ。
 真仙さんはその言葉にさもつまらなさそうな表情で、

「ふん! 知ったふうなことを」

 そう吐き捨てると、前の部屋にいるカグラちゃんに、

「おい、こいつを病院に運ぶよう手配しろ」

 声を上げるとすぐにカグラちゃんの明るい声が、

「わかりました」

 和やかなトーンで応える。

「あ、あとな」

 顔面を血と涙と唾液にまみれさせ意識を失い床に転がる巨漢を見下ろしながら、

「こいつの治療には治療魔法を絶対使わせるなよ。自然治癒するまで一切の魔法は禁止だ。そう伝えろ」
「なんでですかぁ?」

 真仙さんの言葉にカグラちゃんが能天気な声で尋ねると、真仙さんは口をニィィィィと開き、

「こいつには怪我が治るまでじっくりと怒りと憎しみと無力感を堪能させてぇんだよ。身の程知らずにもわしに向ってきた無謀と己の未熟さを時間をかけてなぁぁ」

 いかにも魔王が言いそうな邪悪なことをさも楽しそうに話す真仙さん。

「その怒りと憎しみと無力感が、己を強くする最上のエサになる。それを自らが喰らい糧とするか、逆に自らが喰われ破滅するか、それを見るのも一興だろうがよぉ」

 ニコニコしながら楽しそうに話す真仙さん。この人が楽しそうな姿を初めて見た。こんな風に笑うんだ。
 明らかにドン引きするボクにサイトさんも目配せして、まずい所にきたな、という感想を送る。

 しばらくすると救護班が現れ、巨漢は足早に運ばれていった。

 あとにはさらに散らかった室内とボクたち、そして静けさが帰ってきた。

「で、どこまで話した?」
「えぇと、ボクたちに勇者候補の盾になれと」
「そこだな。それでだ、守ってもらうヤツァはこいつだ」

 真仙さんの声に応え、眼前に大学生くらいの青年の姿が浮かび上がる。
 前髪は七三に分けられ容貌はいかにも普通、服装も地味なベージュのセーターに茶系のコート。
 ただ体格も身長もあり、地味だけど品のいい運動部の人という感じかな。

「こいつの名は永畑ハジメ。勇者候補として育ててはいるが、元々の素養が高いせいか、さっきのザコと違って飲みこみは悪くねぇ。ただな」
「なんですか?」

 言葉を切った真仙さんに先を促す。

「コイツァ、疑うことをあまり知らねぇ。だから敵の待ち伏せや罠にかかる危険もある」

 真仙さんが真面目な表情で話す。

「その、敵、ってなんですか?」

 ボクがさっきから気になっていた疑問を口にすると、真仙さんは気まずそうな顔になり、

「これから話すことは他言無用だ。特に真王の誰かに話そうものなら、テメェら、地獄の果てまで追ってでもぶっ潰すからな」

 真仙さんの殺気立った声。
 その圧に思わず声を失い、ただ首を縦に振るボク。

「よ~し、一度しかいわねぇからよく聞けよ。その敵ってヤツァな、俺の娘、次期真王の呪姫だ」

 苦々しい表情で言葉を吐きだす真仙さんに驚きで声が出せないボク。

「なんで真王が次期真王、しかも娘と争ってんだよ!」

 ボクの代わりにサイトさんが声を上げる。

「テメェにいつ声出していいって許可した? こっちだって色々事情があんだよ!」

 苦悩に満ちた声と表情を見せる真仙さん。
 今まで魔王みたい人だと思ったけど、この人にも娘さんとの軋轢に悩む一面があるんだと思いホッとした。

「どんなことで対立してるんですか?」

 この人も普通に悩むんだと思ったら、ボクも少し気が楽になったので声をかけやすくなった。

「そりゃぁ、この世界の魔法使いの扱いとか勇者候補の選定とか色々でさぁ」

 真仙さんも愚痴るような声音で言葉を吐きだす。

「娘はわしのやり方では憎しみやついてこれない脱落者を作るだけだというが、わしにいわせれば強くねぇ勇者なんかいらねぇんだよ! 他の真王や敵勢力からこの世界を守るために強い勇者を育ててなにが悪いっていうんだよ!」

 真仙さんの言葉には確実に愚痴のような色彩が強くなっている。

「それをアイツ、このままでは住人が可哀そうとかいいながら、この世界をわしから取り上げようとしてんだぞ! 許せるかそんなの!」

 オモチャを取り上げられるのを拒む子供のような口調で抗議の声を上げる真仙さん。

「でも、この世界の人たちのことを考えると呪姫さんの考えもわからなくもないですね」

 街中であった魔法使いと一般人とのいざこざ、そして唐突にはじまる魔法使い同士のデスゲームを思い出しながら慎重に言葉を選ぶ。

「だからって真士のように、候補生とかを施設に集めて訓練すればいいっていわれれば、男親としては反発したくなるだろうが!」
「はっ?」

 唐突に出てきた真士さんの名前にボクは素っ頓狂な声を上げるが、真仙さんはかまわず続け、

「アイツ、なにかといやぁ真士真士って、同じ真王であるわしがいるのに、なんでその前で他の真王のことを楽しそうに話しやがるんだ! むかつきやがるったらありゃしねぇ!」

 明らかに話がずれてきた感覚を覚えながら、ボクはただ静かな笑みを浮かべ真仙さんの言葉を聞く。

「それでわしゃいい案を思いついたんだよ!」

 まるでなにかを閃いたように輝く瞳で語る真仙さん。

「どうせアイツが勇者候補をどうにかして潰すか籠絡しようとしてるなら、勇者候補のお供に真士のNPCをつけようと」
「真士を嫌ってるのになんでだよ?」

 まるで開眼したような表情で話す真仙さんに、サイトさんがツッコミを入れるが、

「そりゃぁ、オメェ、もしアイツの手下が勇者候補を襲おうとすれば、まずはお前たちNPCの護衛をどうにかしねぇといけねぇだろが? 愛しい愛しい真士様の元から派遣された大事なNPCに傷をつけたら、呪姫ちゃんは真士様にどう思われちゃいますかねぇ☆」

 心底意地の悪そうな笑みを浮かべ楽しそうに話す真仙さん。

「それにこの世界を取り上げるなんざぁ娘といえども許されるはずねぇだろ!」

 楽しそうな表情が一変し怒りへと変わる。
 気分と表情がコロコロ変わる人だな。

「でも別に他の真王に乗っ取られるわけじゃないんですよね? 呪姫さんに頼めばいつでもこれるんじゃぁ……」

 ボクの言葉に真仙さんは露骨に顔をしかめ、

「何いってんだテメェ! それこそ二度と入ることすら許されないフラグだっていうのがわかんねぇか?」
『ボクはわからないから聞いてるんです』

 心の中でボクは突っこむがそんなことにもお構いなく、

「今までわしが築いてきた城塞に二度と入れなくなるんだぞ! アヤネちゃん、ハルカちゃん、カロちゃん、エイダちゃん……みんなに会えなくなるんだぞ! これが許されるわけねぇだろ!」

 真仙さんは涙を流しながら切々と語る。

「あの……その人たちって……」

 ボクはその雰囲気から嫌なものを感じていた。近場の人にもよくある嫌なものを。

「そりゃぁ、オメェ、仲良くなった女の子たちに決まってんだろが! それをアイツ、まるで蛇蝎のように嫌がりやがって! なんでわしがこんな若造の姿してると思ってんだ! モテるからに決まってんだろ!」

 声高に色々と問題がある発言に熱弁を振るう真仙さんの横で、なにか思い当たるものがあるのか先ほどの威勢もすっかり鳴りを潜め、頭を垂れなにごともいわなくなったサイトさんに目をやりつつ、ボクは穏やかな笑みを浮かべ心の中で呟いた。

『このクズどもが……』
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異世界転職NPC体験記十三・魔法世界ベール・ガンその壱

2023-08-26 19:23:13 | 異世界転職NPC体験記本文
 元魔王であり今は真王の一人、真駆の手下として活動するドラグさんが資料室を急襲し、忽然と姿を消したその日の午後。

 日は高く澄み渡る青空が空一面に広がっていたけど、談話室の重厚なテーブルを挟んでソファーに座る、ボク如月マトと元勇者の神屋サイトさん、そして資料室を有する館の主でもある真王の一人、真士さんの心はどうにも晴れることのない鬱屈とした気持ちで塞ぎこんでいた。

『空気が……重い』

 ボクは心の中で独りごちる。

 それもそうだ。
 ドラグさんに襲われた資料室には、真王の一人ではあるが明らかに真王の宴のルールとは逸脱した行動を見せはじめた真駆を止めるための手がかりがあったから。

「で、どうやって真駆の親父さんを探すんだ?」

「うむ……」

 サイトさんの問いに答えを返せない真士さん。

「それよりもドラグさんに返り討ちにあった人たちは大丈夫なんですか?」

 あの惨状を思い返しボクは尋ねた。

「中には重傷のものもいたが、案ずるな。私の育てたものたちは伊達ではない」

 真士さんが穏やかな笑顔を浮かべ言葉を返す。

 資料室へと進撃するドラグさんを撃退するための戦ったであろう館で訓練する候補生の人たちが、倒れ呻き声を上げている光景をボクは思い返す。
 あの人数を容易く撃退し、しかもまともな傷すら負わないドラグさんの力。

 しかもそれまで真駆に酷使され、かなりの疲労が溜まり満身創痍であろう状態なのに。

 炎を背景に闇に包まれたドラグさんの姿を。

「あいつ、もしかして日頃の鬱憤晴らしに迎撃に出た候補生連中をボコってたんじゃないだろうな?」

「へ?」

 サイトさんの呟きに声が出るボク。

「だってあいつかなり真駆にこき使われてたから、相当鬱憤が溜まってたんじゃないかと。だから任務がてら妨害があればそこらを破壊して鬱憤を晴らしてたんじゃないかな、と」

 サイトさん、涼しげな顔で無礼なことをいうな。

「ドラグさんはそんな人じゃないですよ! あの人はもっと創造性に満ちていて、破壊するような方面の力はですね」
「マト、お前あいつに随分と肩入れするのな?」

 ドラグさんを擁護するボクの言葉に返すサイトさん。

「俺だってあいつがあそこまでのことをする奴だとは思ってないけど、どうにも迎撃に出た連中のやられっぷりが、本気でボコられた感じもしないしな」

 サイトさんの言葉に息が止まる。

 そうだ、元魔王のドラグさんが迎撃に出た人たちを本気で撃退すれば重傷なんてものではすまないはず。
 それに資料室も軽い爆発と火を放って終わるなんてことは……

「じゃあドラグさんはあくまで真駆にいわれたことをやっただけで、本気でどうこうしたいというわけじゃ」
「そう考えるのが妥当かもしれないね」

 思わず出たボクの言葉に真士さんもうなずき、

「もし元勇者候補で魔王になるほどの実力者なら、この館の候補生たちでは消し炭か消滅でもおかしくない。それがあの程度の怪我とは不自然だとは思ったが」

「だってあのドラグの怒りようは、いつもの優男然としたあいつからは考えられないし、それにあのドス黒い怨嗟に満ち溢れた言葉、マトも聞いたろ?」

 真士さんに続いたサイトさんの言葉に、ボクはドラグさんとの別れの場面を思い返す。

 あの優しい笑顔を浮かべていた、たとえ真歌に想いを抱きながらも裏切られ捨てられ、でも想いを断ちきれず、かといって捨てられた恨みも捨てきれない複雑な笑顔を浮かべていたドラグさんとは思えない、ただに憎しみに満たされ捨て鉢とも狂気ともとれる笑顔を浮かべたドラグさんを。

「確かあいつ、資料室は焼いた、とはいってたよな」
「ええ、そういってましたね」
「でも焼いたのが資料室だけで、肝心の資料は手つかずとか別の意味で保護してたんなら?」

 静かに話すサイトさんを受け、真士さんに思い当たるところがあったのか手を叩く。
 昨夜ボクたちをもてなしてくれたメイドさんがその音にすかさず現れると、真士さんは、

「資料室の被害をまとめてくれ。大至急だ」

 言葉短かに指示すると、メイドさんは軽く会釈し、その場から退出した。

「もしそうなら状況は少し変わるな。確かに真駆の父親であるミャーミャンにつながる詳細な資料はないとはいえ、もしなんらかの形で確保しているというのなら、そやつを捕まえるか説得して返してもらえば話は変わる」
「ただドラグを捕えるのは倒すよりもきついと思う」

 真士さんの提案にサイトさんが声を落として応える。

 何度も剣を交えてきたから断言できるサイトさんの言葉は重く、皆口を閉ざした。

 思い空気がしばし漂うが、先ほどのメイドさんが足早に戻ってき、

「お館様、火災の被害程度が判明しました」
「ご苦労様。それで状況は?」

 メイドさんを労う真士さんに、メイドさんはやや顔を曇らせ、

「それが、少し奇妙な……」

 どうにも要領を得ない様子。

「いいから話せ」
「はい。結論から言うと被害はほぼ0です」

「は?」

 メイドさんの言葉にボクたちは間の抜けた声を上げる。

「ですから被害はほぼ0です」

 メイドさんが念を押すように被害を報告をする。

「いやだって、あんなに燃えてたんだぞ! 俺だってマトだってそれを見てるのにそんなはずないだろ!」

 さすがにサイトさんが状況を飲みこめずに声を張り上げるが、メイドさんは自分でも信じられないという表情を浮かべながら、

「はい、確かに燃えていました。ですから私たちはその燃えカスなどを収集し片付けようとしていたのですが、私たちの見ている目の前で、その燃えカスが……」

 メイドさんは恐怖とも驚愕ともつかない表情を浮かべ、震えた声で、

「私たちの目の前で蠢きはじめ、そして……」

 メイドさんは感極まったのか言葉を続けられずに両手で顔を覆う。

「いいから、話せ」

 真士さんが優しい声音で言葉を促す。

「わ、私たちの目の前で再生をはじめたんです」

 震え声でメイドさんは答える。

「まるで時間が遡るように、私たちの見ている目の前で元の書籍やファイルへと戻っていったんです!」

 メイドさんの言葉の意味がボクには理解できなかったけど、サイトさんと真士さんは互いにうなづきながら

「時間差の修復魔法と考えていいだろう」
「たしかにあいつが、いわれたからって無意味な破壊工作に精を出すとは思えない」
「ただその場で再生をはじめれば怪しむものがいるしそれが真駆に伝わるのを避けたんだろう」

 サイトさんの声に応える真士さん。

「でも館の人間なら遅かれ早かれわかるだろう?」

「この館に真駆の手先はいない、それは主の私が保証する。ただドラグが襲撃した時に、一緒にきていたものがいないという保証はないからな」

「それを避けるための時間差で発動する修復魔法かよ」

 真士さんの推測に、苦笑いを浮かべ言葉を吐くサイトさん。

「じゃあドラグさん、本気でこの館を焼こうとは?」
「ああ、面従腹背の典型だな」

 思わぬ展開に喜ぶボクにサイトさんが笑顔で応え、

「あいつは素直じゃないからな。助けてくれ、その一言がいえないから、こんな回りくどいことをしたんだろ」

 朗らかに笑うサイトさんを見て、心の重荷が少し下りた感じがする。

「でも資料室の方は一切再生しておりません」

 事の成行きに勝手にパニクっていたメイドさんが少し不満げに口を挟む。

「それは外部から見えるものだと、真駆の手のものにもわかる危険性を考えたからだろう。資料が再生したというのは、他のものには話すなよ」
「はい」

 優しげな声でメイドさんに丁寧に説明する真士さんに、メイドさんも少し頬を赤らめる。

「あと、ミャーミャン・ゲーツのことが書かれた資料を持ってきてくれ」
「かしこまりました」

 厳かに応えるとメイドさんはそそくさとその場をあとにする。

「さて、まずはどこから調べるか、だな」

 メイドさんの後姿を見送り、真士さんがボクたちに向き直る。

「私としては魔法世界ベール・ガンから始めてもらえれば助かる」
「なんで?」
「現在その世界では勇者候補の魔王退治が発生していてね、うちにもNPCの派遣要請がきている」
「NPCの派遣要請?」

 サイトさんの問いに事情を話す真士さん。
 その中に出てきた耳慣れない単語にボクは尋ねた。

「真王たちは自分たちが管理する各世界の防衛のためにも勇者の育成をしているのだが、その育成にはどうしても敵や仲間となるNPCの存在は欠かせない」

「ゲームでも出てくるだろ。途中までプレイヤーが操る主人公の仲間として助けてくれたり敵として戦うキャラ」

「はい」

 真士さんとサイトさんの説明にボクはうなづく。

「でもそれをその世界だけの住人だけでやるのは多少無理がある。君の世界でも凄腕や達人、超人と呼べるものは稀だろ」

「ええ確かに」

「だからそのNPC要員をリタイアしたり真王の宴に参加しない私のようなものが育て、各真王の元に派遣する。必要とされる勇者の練度に合わせてね」

「じゃあNPCって」

「ガルドの例もあるように、私のようなものの元から派遣されたものも少なくない」

 わかりやすい真士さんの言葉に、ボクは初めてNPCという役割がわかったような気がした。

「NPCである以上、勇者を立てるのが役割だし、また育てることも役目の一つ。だから元勇者の俺みたいなものにも声がかかる」

 サイトさんがソファーの背もたれにもたれかかり、少し自慢げな表情を浮かべながら言葉をつなぐ。

「とはいえ、君は真姫と真歌のお気に入りときている。そのままでは他の真王の世界に入ることは無理だろう」
「なんで?」

 サイトさんの様子に涼しげな声でジャブを放つ真士さんに、思わずサイトさんが身を乗り出し、

「真王は他の真王に警戒の色を示す」

 落ち着いた声音で真士さんは、

「真姫も真歌も真王の宴ではあまり目立った存在ではないが、君という伴侶になりうる存在がいるのであれば話は変る。もし真姫か真歌が真王の宴で力を持ち伴侶である君との間に子をもうけようものなら、他の真王にとっては脅威となる」

 真士さんの言葉にボクもサイトさんも声を詰まらせる。

「サイトくん、もし君が今のまま他の真王の世界に行こうものなら、門前払いか、最悪君を捕えるか殺して、後々の禍根を断とうというものも出るだろう。それでは人捜しどころではなくなる」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……」

 サイトさんが重々しく口を開く。

「君が真姫か真歌が送りだした二人の寵愛を受けたものならそうなるだろうが、私が派遣したNPCの一人としてなら、派遣先でちゃんと任務をこなしている限り、真王といえど下手に手出しはできない」

 少し人の悪そうな顔で真士さんが言葉を続ける。

「そんなことできるんですか?」

 ボクも少し興奮して尋ねた。

「私以外にもNPCを派遣しているものがいるとはいえ、優良なNPCを派遣できるものはそれほど多くはないし、そことの関係をわざわざ悪化させたい真王もいない。そういうことだ」

「じゃあ各世界に行くのであれば、NPCの派遣要請に従って行けば大丈夫なんだな?」

「ああ、だから今ちょうど依頼がきているベール・ガンから調査してもらいたいんだ」

 穏やかな笑みを浮かべる真士さん。
 そこにメイドさんも戻ってきて、修復されている資料を真士さんに手渡し、

「ご苦労様。どれどれ」

 労いの声のあとに資料をめくる真士さんに軽く会釈するとその場をあとにする。

「ミャーミャン・ゲーツはベール・ガンでも特に市街地での活動が多かったようだ。現在依頼がきている内容と合致しそうな場所は、と」

 真士さんはポケットから黒革の表紙の手帳を出し、資料と照らしあわせると、

「ミセケナ市。ここが一番確率が高い」

「ミセケナってどんな場所だよ?」

 聞きなれない名前を口にした真士さんにサイトさんが訪ねる。

「いわゆる近代都市というやつだね。君たちの街と大して変りがないが、あるとすれば魔法使いがいるという点かな」
「現代的な街に魔法使い……」

 ボクは頭の中で色々なアニメや漫画、映画なんかを思い浮かべる。どんなのだろう?

「ただ一つ気をつけないといけないのは、この世界での魔法使いと一般人との扱いは酷い。それさえ覚えておけば問題とならないだろう」

「じゃあ、そこに入りこむ手筈はおっさんがつけてくれるんだな」

「ああ、任せろ」

 真士さんの説明にサイトさんもビジネスライクな対応をし、今回のNPCとしての任務確認に入る。

「ボクの扱いはどうなるんですか?」

「君はサイトくんの助手ということで一緒に派遣される。あと」

「まだなにかあるのか?」

「現地で真仙の手のものが待っているそうだ」

「真仙って誰ですか?」

 真士さんの説明にまた聞きなれない名前がでてきた。

「こいつも真王の一人だ。もっとも今回の真王の宴には私同様参加していない。もう歳だし後継はいるから、あとは自分の世界を守っていきたいそうだ」
「お爺さんなんですか?」

 ボクの疑問に真士さんは軽く苦笑し、

「確かに歳だとはいえるが、こいつは外見が異常に若い。むしろ青年ともいえるが、メンタルは年相応の老人だ」
「なんでそんな外見なんだよ?」
「本人いわく趣味だそうだ」

 真士さんの事もなげな解答に苦い顔をするサイトさん。

「今はベール・ガンのミセケナ市に行けばいいんだな」
「そういうことだ。服装は君たちのいる世界とほぼ同じだから、いつもの服でも大丈夫だろう。出発は明朝。それまでしっかり休んでくれ」

 真士さんの言葉でその場は解散し、ボクたちは夕食のあとそれぞれの部屋で明日の準備をして床に就いた。



 少し肌寒さを感じる空気の中、午前の日差しがまだ覚めきらない目にまぶしく差しこんでくる。

『僕たちのいる世界と同じ普通の街ですね』

『あのビルも普通にガラス張りの高層建築だしな』

 普通の電車が走るよくあるコンクリート造りの都会の駅に、駅前の樹木とボクたちも座る鉄製のベンチが幾つか、それにバス停と低料金でコーヒーが飲めるチェーン展開しているようなコーヒーショップ。

『異世界なんですか、ここ?』
『俺には別の街にきたという感覚しかしねぇ』

 さすがに大声で話すと周りから変な目で見られるので精神感応で会話してはいるものの、あまりの変り映えのなさにボクたちの気が抜ける。

 ふとバス停の少し向こうを飛び回る球形の飛行物体が目にとまる。

 それが一つこちらの方に飛んでくるので、ボクは軽く凝視してみるが、球体の中央に目にも見えるレンズ状のものと下部に軽い突起状のアンテナが生えている。

「いてっ!」

 突然後から声がしたので振り返る。

 そこには革製の手持ち鞄を抱えたサラリーマン風のスーツを着た細身の中年男性が地面に倒れ、その姿を見下ろすように仁王立つ大柄でガタイがいい、タンクトップ姿の粗野な感じの若い男性。

「テメェ、どこに目ぇつけてやがる」

 鋭い目つきでスーツ男性を睨みつける大柄男。

「そ、そちらが自分からぶつかって」
「ああ!」
「ひっ!」

 スーツ男性は声を震わせながら抗議するが、大柄男が声を荒げ威嚇し、

「コイツァ、お仕置きしねぇといけねぇかなぁ」

 そういうと指をボキボキと鳴らしスーツ男性に一歩、また一歩にじり寄る。

「ヒ、ヒィ!」

 恐怖を感じた男性は手にした鞄から棒状のものをとりだし大柄男に突きだした。

『この人魔法使い?』

 ボクはスーツ男性の動きに魔法使いの姿を重ねるが、突如飛行していた球形物体がサイレンを鳴らし、

「一般人への魔法の行使は禁止されています。また威嚇行為も同様に違反行為としてカウントされます」

 よく響く音声を発したかと思うと、いつの間にか球形の飛行物体があちらこちらから飛んできて、スーツ男性と大柄男を取り囲む。

「え、違っ!」

 事態を目にしていたボクは思わず講義をするためベンチから立ち上がろうとするが、いきなり腕を掴まれ引き戻され、

「黙って見てて」

 若い女性の声が耳元で囁いた。

 咄嗟に声の方に目を向けると、そこには黒ブチ眼鏡とウェーブのかかった栗色のショートヘアの愛らしい容貌の女性が座っている。
 やや垂れた目にはブラウンの瞳が輝き、高くも低くもない形のいい鼻と小ぶりな口元には小さなホクロがある。
 あまり大きくも小さくもない背丈に合わせた服はベージュ系でまとめられ、少し肌寒い季節に合わせたようなジャケットとパンツルックだ。

 その人が目を合せずに、

「いいから見てて」

 そう一言いうと、あえてボクやサイトさんとは目を合せずに、事態の成行きを耳だけで捉えてる。

「なんだぁ! 文句あるのか?」

 ボクの予想とは異なり大柄男が声を荒げる。

「あなたは一般人に対して危害を加え、また威嚇行動をした疑いがあります」
「こいつからぶつかってきたし、それに変な武器を出してんだぞ!」
「他のマジカメラにより、よそ見したあなたからぶつかったのは確認済みです。また被害者のとりだしたものは武器ではなく、スティック菓子です」

 マジカメラと自らを呼ぶ球形物体が事態の推移と現状を冷静に説明するのに対して、

「ケッ!」

 大柄男が悪態をつきながら、口の中でなにか呟きはじめる。

『これは……呪文?』

 呟きが終ると大柄男の両腕が大きく膨張しはじめ巨大な拳へと変化する!

『変異魔法だと?』

 精神感応でつながったサイトさんの声が聞こえる。

『この人が魔法使い?』
『思ってたのと違う!』

 ボクたちの驚きをよそに、巨大腕を振り回しながら今にも暴れ出しそうな大柄男の周りをマジカメラの群れが取り囲み、

「被疑者に抵抗の意志あり。これより強制連行行動に移ります。周囲の皆さまは警戒ラインより外にお下がりください」

 そういうと周囲に青い光が発せられ、大柄男を取り囲む結界とも呼べる青い空間が作り出され、またその周囲の地面には、まるで駅のホームにあるようなラインが青い輝きを放ち浮き上がる。

「待てよ、俺の言い分も聞けよ! お、お願いだよ!」

 今までの威勢はどこへやら、大柄男は懇願するような情けない声でマジカメラの群れに声を上げるが、

「あなたの言い分は署で伺います」

 マジカメラが一言告げると、結界に囲まれた大柄男は姿を消し、辺りには平穏が戻る。

『でも、なんで周りはなんで驚かないんだ?』

 明らかに異常事態が目の前で展開しているというのに、駅から出てくる人向かう人が、一向にこの騒動に注目していない。
 中にはチラ見した人もいたけど、まるでいつもの光景を目にするように、すぐに視線を戻してその場を去っていく。

「なんでみんな気にしてないのか知りたい?」

 先ほどボクの腕を掴んだ眼鏡女子が愛らしい声で囁く。

「ええ」
「なんでだよ?」

 ボクもサイトさんも小さな声で尋ねる。

「この世界には魔法使い行使条例というのがあるの。魔法使いに対しての権利と罰則、雇用や福祉などが書かれた法律ね」

 少しボクたちに流した視線を送りながら眼鏡女子は続ける。

「要は魔法使いは特殊な力の持ち主だから、力の暴走を戒めながら一般人を法律で保護しつつ、魔法使いの権利も守るというものね」
「でもさっきの人は?」
「あれはれっきとした魔法使いのスタイルの典型。魔法はなんで使えるかわかる?」

 眼鏡女子の問いかけにボクは少し考え、

「知識と魔力、ですか?」

 自信なさ気にボクは答えるものの、

「ブー! 不正解。この世界では知識と気力、そして体力。呪文を覚えるには知識は必要だけど、発動させるには気力が大事、そしてその気力を養い維持するには体力が必須!」
「じゃあ他にもあんなガタイの奴らが」

 サイトさんが少しうんざり気味に尋ねると、

「そう、それがこの世界の魔法使いの基本体型! 体力・イズ・パワー! パワー・イズ・マッスル! 筋肉はすべてを解決する!」

 眼鏡女子がハイテンションで応えるが、その声に周りの視線が集まる。
 しかし眼鏡女子はそれに臆さず、愛らしい笑みを浮かべて視線を向けた人たちに手を振るから、周りもなにか気まずそうにそそくさとその場をあとにする。

「……いい度胸してますね」
「愛嬌って呼んで☆」

 あまりの恥ずかしさに顔を伏せて呟いたボクの嫌味に眼鏡女子が茶目っ気たっぷりで応える。

『なんなんだこの人』

 そんなボクたちをよそに眼鏡女子は少し興奮気味に、

「見て、あの二人。あそこのとアレ!」

 少し顎をしゃくりながら指し示す二人の人物にボクは目を走らせる。

 一人は先ほどの大柄男同様ガタイがよく小柄でガチムチ体型の中年男性で、もう一人は通りをガチムチ男に向って歩いている、これもガッシリとした短髪黒髪の中年スーツ男性。
 同じ通りを歩きぶつかりそうになる二人だが、ふと歩みを止め、互いを凝視する。
 見つめあう瞳と瞳、熱く沸き立つ熱気!
 オーラとも呼べるものに誘われたのか、周りからどこからともなくマジカメラの群れが、二人を取り囲むように集まりはじめる。

「まずいですよ……」

 ボクが先ほどの事態のようになるのを恐れ声に出すが、

「面白いから見てて」

 眼鏡女子が楽しげに呟く。
 その声が届いたのか、マジカメラがサイレンを鳴らし、

「魔法使い同士の合意により、これよりマジファイトを開催します。付近を移動中の皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、お時間のある方はマジビジョンにて観戦いただけます。くれぐれも結界内には踏みこまないようお願いたします」

 すると先ほどと同じ青い結界がマジカメラから発せられ、二人を取り囲むように青い空間が形成される。
 結界ができると二人をとりこんだまま空中へと浮かび上がり、そして結界の周囲に幾つものモニター画面、たぶんマジビジョンが浮かび上がる。

「なんだ、これ?」

 サイトさんが素っ頓狂な声を上げる。
 その間も結界内では魔法使いと呼ばれた二人の男たちが呪文を唱え、ガチムチ男が光線を放つと、それを短髪黒髪が体を金属状にして弾いた上で凄い勢いで殴りかかる。その勢いに吹き飛ばされるガチムチ男。

「魔法?」

 ボクも声を上げる。

 確かにマンガやアニメでガタイのいい特殊能力使いは色々見てきたし、サイトさんみたいな例もある。
 とはいえ、実際戦っている姿が肉弾戦だ、接近戦だとなると多少……

「魔法も気力により発動されるから、その気力のために体力をつける。で、体力つけるには筋トレとか運動よね、というわけで、皆さん健全系ガチムチ魔法使いになる人が多くって」

 眼鏡女子が説明している最中も激しい戦いは続き、体を金属状に硬化されるのをやめた短髪黒髪が、両腕に炎をまとわせ凄まじい勢いのラッシュをガチムチ男にしかける。
 だがガチムチ男もやられっぱなしではなく、自らの体内から激しい電撃を放ち、短髪黒髪の接近を阻止する。

「……魔法……?」

 サイトさんも疑問の声を上げる。
 確かにやってることは魔法だけど、なんか、思ってたのと違う!

「なんであいつら距離とらないで殴り合いしてんだ?」
「そりゃぁ、距離が離れたらその分気力も使うからでしょ。近ければコストも少ないし」

 サイトさんの問いに眼鏡女子が軽やかに答える。

「魔法は撃たないのか?」
「撃つより拳にまとわせて殴れば結果は同じでしょ」
「どっかのマンガに出てくる連中と同じステゴロメンタルかよ」

 目の前で展開される魔法合戦という名の実質ドツキあいを見ながら、サイトさんが呆れたような声を上げる。

「それに長距離魔法を撃てば、誤射とかで一般人にも被害が出るし、自分にまとわせて殴ったり防御すればそれだけ周りの被害も少ないでしょ。なんて合理的!」

 ウキウキした様子で饒舌に話す眼鏡女子の説明をうわの空で聞きながら、ボクたちは二人の魔法使いの戦いを注視する。
 ガチムチ男は回復魔法をかけつつ防御するが、短髪黒髪が魔法剣のような光の剣を作り出し斬りつけるので回復が追いつかない。
 周囲のマジビジョンを取り囲む群衆が湧き立つ!

「一般人にとっては突如はじまるマジファイトはいい娯楽になってるの。中には賭けてる人もいるって噂だけど」
「そんなことやっていいのかよ?」
「行政が一切関与しないギャンブルなんて知ったことじゃないし、八百長やろうものなら、その魔法使いの明日に保証もないから無問題!」

 物騒なことなのにニコニコしながら説明する眼鏡女子に、ボクは一抹の不安を感じる。

『この人なんなんだ?』

 そんなことを思っていると、

「マジファイト、ゲームセット!」

 魔法使いの戦いを映しだしていたマジビションからファンファーレのような音楽と声が流れ、戦いの結果が映し出される。

 やっぱり勝ったのは短髪黒髪の方で、ガチムチ男は白目をむいたまま倒れてピクリともしない。

「あれ、大丈夫なのか? 生きてるのか?」

 サイトさんが不安げな声で眼鏡女子に尋ねるも、

「世の中には蘇生魔法ってあるから、ケアもバッチリ☆」

 営業スマイルの眼鏡女子にゲンナリするサイトさん。

 戦いが終わり、マジカメラによる結界が解かれると、勝者となった短髪黒髪にギャラリーの何人かが拍手を送り、他の人たちは口々に戦いの感想を口にしながらその場を去る。

 短髪黒髪も服や髪を整え、なにごともなかったように自分の生活へと戻った。

 一方地面に転がるガチムチ男は息をしていないものの、すぐに救護班らしきものが駆けつけ、なにか呪文を唱えるとガチムチ男は起き上がり、申し訳なさそうに救護班に頭を下げるとまるで修行が足りん、とでもいう表情と決意を浮かべ、そちらも自分の生活に戻っていく。

 その光景はどう見てもなにかボコリあうゲームでよく見る景色にも似ているようないないような……

「どう、たとえ倒れても魔法で蘇生させられて、負けた自らを省みて、己が高みを目指しながら体と魔法を鍛える! これこそまさに魔法世界☆」
「武器じゃなく魔法使ってボコりあうだけのヴァルハラだろ、ここ」

 眼鏡女子がうっとりするような表情で惚れ惚れと世界説明するのにツッコミを入れるサイトさん。

「もう、そんなこというと真仙様のところに案内しませんよ!」

 眼鏡女子の言葉に突如として現れた真仙の名前。

「あの、その人って……」
「真仙っていったよな?」

 ボクとサイトさんの問いに楽しげな笑みを浮かべながら、

「うん、真王の一人、真仙様。真士様よりNPCとして派遣されたお二人をお待ちですよ」

 その言葉にボクたちは言葉を失う。この子、一体誰なんだ?

「あ、申し遅れました。アタシ、カグラと申します。お二人よりも少し前にここにきて、今は真仙様のお手伝いとしてNPCをやらせていただいています」

 カグラと名乗った眼鏡女子はペコリと頭を下げると、すぐに愛らしい笑みを浮かべる。

「真仙様はこのビルの3階にいます。ご案内しますね☆」

 カグラちゃんに連れられてやってきた古そうな雑居ビルのエレベーターにボクたちは乗る。

 果たしてそこにいる真仙とはどんな人なんだろう?
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