パンプキンズ・ギャラリー

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【小説】異質奇譚

2018-01-24 17:58:48 | 今日の小話
 大林ノン、16歳。Y市内の私立高に通う女子高生。
 今、私には気になる人がいる。

 もちろん男子。
 背が高く肩幅も広い。胸板もそれなりに厚いけど、腰は締まっていて、足はすらっと長い。
 背筋を伸ばして歩いている様は凄く絵になっていて、まるで王子様か宮廷騎士のような感じ。
 髪は黒で、前髪は眉にかからないくらいの長さ。
 少し浅黒い顔は鼻が高くて彫りが深い、いわゆるアッチ系の顔だけど、キュッと締まった口元と細い顎が、より精悍な感じを与えていて、かっこいい。
 そして少しつり上がった眼には、色素の薄い茶褐色の瞳が宿り、時折、言いようのない何かが覗かれる。

 その男子の名前は、大垣ライ。

 私と同じクラスだけど、そんな外見だから、他の子にも人気があるし、私以外にも狙っている子はいる。

 だけど……誰も声をかけない。

 ……違う……かけられないんだ。

 それは全て、ライ君が常にその身にまとう、雰囲気以外の何ものでもなかった。

「俺に触るな……」

 たまたま私が用事のためにライ君の肩に触れたその日、ライ君が私に向けて発した言葉。
 まるで……まるで異質な何かを感じさせる視線。
 人を人とも思わず、異物として見つめるその視線の先にいた私には、その時ライ君がどういった気持ちで世界を見ていたのかはわからなかった。

 ただ一つ言えること……

 それはライ君にとって、人も、この世界も、何もかもが、異物であり異質であるという感覚。
 その排他的なまでの冷たさと、そして寂しさだけは、心の中に流れこんできた。

 でもだからといって、ライ君が人を拒んでいたかといえばそうでもなかった。
 人に何か言われれば口ごたえすることもなくやるし、授業にも毎日出ている。
 宿題も、それ以外の行事だって真面目にこなしている。
 別の言い方をすれば、あえて悪目立ちしないように気を使っているとさえ思われるほど、その振る舞いには隙がなかった。
 だからクラスのみんなも先生も、ライ君はただ不愛想で無口なだけなんだと思いこんでいた。

 いわゆるコミュ症ってヤツ?

 でも最低限のコミュニケーションはとれるので、そこまで重度ではないし、なんだかんだで普通に生活できてるんだから、無理に干渉するのはやめよう。

 それが周りの認識であり、だから他の子たちもあえて声をかけたり接触をはかろうとは思っていなかった。
 ただ日々、ライ君の姿を見ていられればいい。
 そんな、まるでアイドルでも眺めてニヤけるような毎日が私たち女子の日課だった。

『ライ君がサッカーでハットトリック決めたんだってさぁ!』

『吉岡のやつ、ライ君がすらすらと雨月物語の原文を読み上げたら、複雑な顔してたよねぇ』

『今日もライ君がチャッチャとやってくれたおかげで、片づけ早く終わったよねぇ』

 そんな感じで、ライ君を遠巻きに眺めながら、私たちはライ君の噂に花を咲かせていた。

 でもそんな日々は、あの日の夕暮に、終わった……

「なんでこんな所に出やがるんだ!」

 ライ君の腹の底から絞り出すような怒声。
 そこに含まれていたのは、怒りだけではなく、言いようのない憎しみと、そして虚無。

 私の高校は小高い丘の上にある。そこに行くには林を切り開いて作った幾重にも折れ曲がる坂道の林道を通るしかなく、当然夕暮れともなれば、照明もまばらな周囲は暗く、そして危険な色彩を漂わせる。

 たまたまその日は、私は生徒会の行事で帰るのが遅くなり、日もすでに暮れようとしていた頃だった。
 行事で残った他の生徒たちも各々帰り支度をはじめ、そして帰路についていった。
 私も学校をあとにしたが、ふと、暗い林道以外の近道を思い出したために、一刻も早く帰りたい一心で、その道を選んだ。
 そこは少し切りたった崖で、普通にしていたら降りられないだろうが、幸い私には降りることができたので、その道を通る。
 そしてそこからすぐ傍にある広い公園を突っ切れば、坂道の林道に入る前の広い道路に出られるんだ。

 だけど……そこにはライ君が……

 ライ君以外には人一人いない公園の中で仁王立ちしていたライ君は、自動点灯したさやかな光を放つ照明に照らし出されながら、そう呻いた。
 それは私の姿を見たからなのか、それとも……
 もう一つの影に対しての言葉なのか?

 私はライ君と対峙する影を見る。

 ひび割れた唇から覗く黄色い無数の鋭い牙、その口から放たれる鼻を突くような何かが腐ったような悪臭。
 目は血の色のようなぬめりと、艶めかしい光を放ち、ライ君を凝視している。
 4mに届こうかという巨体には服のようなものはまとってはいないけど、そもそもその肌自体が灰色で、まるで岩のような質感と、そして所々ひびが入り、まるでゲームの中に登場する石像ともゾンビともとれるモンスターのような雰囲気さえ感じられる。
 それは人を醜悪な感覚で捻じ曲げたように描かれたカリカチュアにも見えた。

 そう……それは文字通り魔物だ。

 ここに、こんな存在がいるなんて……

「グルネキス……こんな奴までさしむけるとはな……」

 ライ君が苦々しげに声を絞り出す。そして、

「おい、お前! ここにいるとお前まで被害に遭う。さっさとさがれ!」

「で、でも!」

「お前みたいなのがいたんじゃ戦えないんだ!」

「戦う? ライ君正気なの? 人間にこんなの倒せっこないよ! ライ君だけじゃ無理だよ!」

 ライ君の冷静な声に私は声を荒げる!

 人間には、倒せるわけない!

 でも……

「……心配するな……」

 そう呟いて私を見つめるライ君の瞳。そこにはそこはかとない悲しみと、そして人に対する憐み……いや、優しさかもしれない……
 そんな複雑な思いが宿っていた。
 その意味を察した私は、小さく首肯し、そして物陰に隠れた。

「ふん、これで思う存分できるな……」

 ライ君が満足げに囁き、一歩、前に出る。

「グルネキスをさしむけるとは、そろそろあちらさんにも余裕がなくなってきたのか、な?」

 ライ君の声。初めて聞く笑い声が混じりあった声に私は興奮する。

「しかもこの時刻にさしむけるなんてな……召喚に手間がかかりすぎだろ」

 ライ君の声に反応し、グルネキスと呼ばれた魔物も一歩前に足を踏み出す。
 微かな地響きと鈍い轟音。
 グルネキスの一歩で、公園に敷きつめられているタイルの一部が弾け、粉砕される。
 でも、そんな光景の中、ライ君は悠然と構えていた。その口元に微かな笑みを浮かべ。

「お前の最大の敗因は二つ。一つは俺を相手にしたこと。そしてもう一つは、この時に遭ったことだ」

 ライ君の一言に、魔物は怒声と轟音と破壊をまき散らしながら突進してくる!

「単細胞なところは、所詮は屍鬼系か……」

 魔物を前にして悠然と一言漏らしたライ君に、魔物が砂塵をまとい、物凄い勢いで激突した!
 周囲に木々が折れ、大地が穿たれるような凄まじい轟音が響き渡る!

 ……でも、その音もすぐに消えた。

 ……変だ……

 私は周りを見回す。

 そこで見た光景。それは周囲の色を奪い灰色と化した公園の風景と、私と、グルネキスと呼ばれた魔物と、そしてライ君が立っていたはずの場所に悠然と立つ、一頭の巨大な獣だけが色を帯びているという奇怪な光景だった。

 獣は蒼く光を発する豊かな毛を震わせながら、身についた砂塵を振り払う。
 その顔貌は狼のような感じでもあるが、よりシャープで、そして禍々しさすら感じさせた。
 相貌からは赤い瞳が覗き、それは今怒りを帯び輝きを放っている。
 全高2mを超え、体長は多分5mは超えているだろう体は、青く光る長い体毛と白い輝きを放つ体毛で覆われ、巨大な魔獣ともいえる威容を誇っていた。
 その魔獣が、私を一瞥する。

 私はその存在を知っていた。

 ライゴール。電撃を武器とする魔獣系魔物。

 話には聞いたことがある。でも、実物を目にするのは初めてだった。

「おい、大丈夫か?」

 ライゴールは、ライ君の声でぶっきらぼうにしゃべる。
 私も軽く手を振り、無事を伝える。

「そうか……そこから動くなよ。すぐに終わる」

 そう言うと、稲光を発しながら凄まじい速さでグルネキスに襲いかかった!
 突進した姿でうずくまっていたグルネキスは、突如背後から襲いかかるライゴールに対処できず、その肩口に噛みついたライゴールを振り落すべく、激しく動き回る!
 だがライゴールは噛みついた姿勢でその体から電撃を発し、グルネキスの体表を傷つけ、そして焼いていく!
 ついにライゴールの右腕を掴んだグルネキスは、力いっぱいその腕を引っ張り地面に叩きつけるが、ライゴールは空中で身軽に一回転すると、無事着地し、また挑みかかる!
 そのようなやりとりが三度続いたが、ライゴールの優勢は揺るがず、次第にグルネキスは追いこまれていく。
 優に4mを超える体長を持つもの同士の戦いは、周囲に破壊をまき散らし、そして

「これで最期だ!」

 ついにライゴールはグルネキスの喉元に噛みついた!
 グルネキスは最後の力を振り絞り激しく抵抗するが、ライゴールは噛みつきながらも、今までで一番強烈な光と熱を放つ電撃を放つと、グルネキスはついに力尽き、ゆっくりと轟音を上げて倒れ、そして光を放ちながら消えていった。

 その光景を私は物陰に隠れて見ていたけど、

「もう大丈夫だ。出てきていいぞ」

 ライゴールの声に促され、私は物陰からライゴールの傍へと恐る恐る近づいた。
 するとライゴールは光を放ち、元のライ君に……いや、一糸まとわぬライ君の姿へと戻っていった。

「キャッ!」

 私は突然のことで戸惑う。
 変身を解くと裸になるなんて聞いてないぞ!

「あ、わりぃ……」

 ライ君もバツが悪そうにそそくさと近くにあったライ君のバックを取りにいき、そこから上着とボトムを取り出して着はじめた。

「あ……あの、これって……」

 私は着替え途中のライ君にあえて背を向けて尋ねる。

「ああ、あの魔物か。あれはグルネキス。いわゆるゾンビとかグールみたいな魔物だよ。ただ巨大なだけで、単細胞だけどな」

「あ、いえ、そうじゃなくって……」

「?」

 私の戸惑いの声にライ君の言葉が止まる。私は少し勇気を出して、

「さっきの……ライ君、だよね……?」

 私の声にライ君がつまらなそうに、

「ああ、そうだよ。俺も魔物。ただ、奴らとはちょっと違う」

「奴らって?」

「あのグルネキスとか、その他のものだよ。あと、あいつらを召喚してる奴らとか」

「それって……」

 そこまで言うと、ライ君は少し溜息をつき、

「俺も召喚された魔物の一体だった。ただ完全支配される前に召喚者が倒れてね。幸い俺は奴らのような操り人形になる前に逃げ出せた」

「じゃあ、他の魔物たちも?」

「ああ、召喚された連中だ。ただ組織としてはかなり悪い部類で、召喚者を使い捨てにする感じで、だから俺を召喚した奴もすでに体力の限界まで酷使されていたらしくてね。お蔭で俺は助かった。だけどな……」

「だけど?」

「奴ら、俺が逃げ出す時に呪いをかけやがった! 昼間はそのせいで人間の姿にさせられたままで非力なばかりか魔力も、技も使えねぇ!」

 ライ君は心底腹立たしそうに呻く。
 そんな感情顕わなライ君の姿に私は少し嬉しくなり、

「じゃあ、昼間の間は私が傍にいるから」

「あ?」

 私の申し出に憮然としたライ君の声。
 でも私はあえて笑みを浮かべ、

「だって、ライ君を襲うかもしれないものたちって、昼間もくるかもしれないんでしょう?」

「ああ、以前一度だけだが、それで酷い目に遭ったことがある。なんとか切り抜けたが、あんなの二度とごめんだ」

「だったら私にいい考えがあるの」

「……なんだよ、その考えって?」

 ライ君の怪訝な表情。そのどうにも信用ならない顔に向け、私は満面の笑顔で、

「一人より二人、目が多ければ警戒もしやすいし、それにその人たちも私がいれば下手に手出しできないでしょ」

 私の答えにライ君は腕を組み、少し考えこんだあと、

「まぁ、そういう考え方もあるな」

「それに私、ライ君の秘密、知っちゃんたんだよ。ライ君にとっては、この世界で唯一の理解者でもあるんだよ」

「……………………」

 ライ君は言葉を返せずに私の顔をマジマジと睨む。
 その瞳に映るのは、打算、計算、愛情、恐怖……
 色々な感情がクルクルと色を変えては浮かんで消え、そして、

「……しょうがねぇな……」

 深いため息とともに、ライ君は私の申し出を受け入れてくれる。

「ありがとう。でも……」

「なんだ?」

「この公園、どうしよう?」

 私は周囲を見回し公園の惨状に目を走らせる。
 いまだ灰色に染まった公園は、木々は折れ、電燈は傾き、ベンチは粉砕され、タイルは跡形もなく地面がむき出している。

 そんな惨状を目の当たりにしながらもライ君は、

「こんなの簡単さ。元に戻せばいい」

「どうやって?」

「こうやってさ」

 ライ君がそう言うと、いきなり世界に色が戻りはじめる。
 そしてそれと同時にすべての破壊の痕跡が逆戻りしていき、そして元の公園の姿を取り戻した。

「……これも、魔法?」

「まぁ、そんなもんだ。人間も応用しているらしいが」

 そしてすべてが元通りに戻った公園で、私たちはベンチに座り、

「でも、どうやって高校生になれたの?」

 私は素朴な疑問を口にする。ライ君は少し考え、

「あまり詳しいことは言えないが、俺たちのようなものを保護してくれる人たちもいるんだ。そういう人たちが色々便宜を図ってくれた」

「でも、それならさっさと魔界に帰してもらえばいいじゃない?」

「は? それができるんなら苦労しないよ!」

 私の問いかけにライ君が声を上げた。

「考えてもみろよ。昼間は人間なんだぞ! 人間が魔物の故郷である魔界にいったらどうなるか、わかるだろ」

「あ……」

「そういうことだ。この呪いが解けないと、帰りたくても帰れない。今それの解呪法を探してもらっているけど、特殊なものらしくて難航しているそうだ」

「じゃあ……」

「まぁ、当分このままだなぁ……」

「そう……」

 話していてわかった。

 今までライ君が私たちに見せた表情や態度が。

 ライ君にとっては、この世界は異世界であること。そしてそこに存在するものたち全ても。
 そして呪いのために、故郷にすら帰れなくなったということを。
 その寂しさや叶えることができない郷愁が、ライ君に言いようのない異質な雰囲気を作り出していたことを。
 そして人間の身勝手によって、その悲劇が生み出されたという怒りを。

「でもね……」

 公園の心もとない照明の下、私は少し俯き気味に口を開く。

「でも、ライ君はもう、一人じゃないから……」

 私の言葉にライ君は少し言葉を飲み、そして短く、

「……うん……」

 いつものライ君には似つかわしくないほどの素直さで、そう応える。私も小さな声囁いた。

「……そして……私も……」

 たぶんこの声は、ライ君には聞こえていない……

「ただいま~」

 あれからライ君と別れ、私たちはそれぞれの家へと帰った。
 もっとも、ライ君に家があるのであれば、だけど。

「遅かったじゃない! 心配してたんだよ」

 玄関のドアを開けると、奥の方からパタパタとスリッパの音を立てながら、三十代半ばの美女が現れる。
 アップにした前髪はヘアバンドで止められ、背中まで伸びた黒髪はストレート。
 背格好は中肉中背だが、締まる所は締まり出るところは出ているという均等のとれたスタイルで、着ているローブ風の服と相まって、上品な雰囲気を漂わせる。
 やや彫りが深い容貌は、白い肌とたれ気味の大きな眼と相まって、愛らしいとも美しいとも形容される感じだ。
 その落ち着いた声が、むしろ外見とは似つかわしくない経験を物語っているようでもあり、私は、

「ゴメン、マキナ。ちょっと面白い人と逢ってたから」

 そう言って舌を出す。
 この女性の名前は伊万里マキナ。
 34歳女性。職業は准教授。

「もう! てっきりあいつらに捕まったのかと心配だったんだから! で、その面白い人って、誰なの?」

 マキナは少しきつい口調で尋ねる。
 まぁ、ご時世がご時世だから仕方ないよね。私は苦笑いをしつつ、

「着替えてくるからあとで。それより晩ご飯は?」

「あなたの好きなハンバーグよ。準備して待ってるから」

「は~い!」

 そして私は自室の扉を開け、部屋着に着替え、夕食に臨んだ。

「でねぇ、ライ君がさぁ、ライゴールでね」

 切りわけたハンバーグを口に運びながら、その日のことをマキナに話す。マキナは興味深げに、

「そう……そんなことがあったの……」

 そう一言漏らすと考えこむように口をつぐむ。

「でもライ君が話していた組織ってなんだろう?」

 そのことを口にするとマキナは、

「以前、政府の一部で召喚士集めをしている、という噂が広がったことがあってね」

「政府が? なんで?」

「いえ、ただの噂で、しかもすぐに途切れたので、真偽はわからないんだけど、ただ、召喚士を多数擁する組織、というもの自体があまりないから」

「そんなに少ないの?」

「ないわけではないわ。ただ、魔物の召喚自体合法ではあるけど危険を伴い、当然世間から見れば危険な行為でもあるので、召喚士を多数集めるとなると、嫌でも目につくようになるの」

「それが使い捨てができるくらいに大勢いたということは……」

「公的な組織か、公的ではなくてもよほど大きい、それこそ色々と手を回せる組織としか……」

「でも何の目的で魔物を召喚させたりしてるんだろう……」

「それはわからない。ただライ君の話を考えると、支配して何かをさせる気でしょうね」

 そう言うとマキナはまた黙りこむ。そんな姿を見て、私は椅子の背もたれにのけぞりながら伸びをし、

「私みたいなのもいるんだけどねぇ」

 そう呟いた。その言葉にマキナはふいに顔を上げ、

「なんでグルネキスをあなたが倒さなかったの? あなたなら簡単に倒せたでしょ」

「だってぇ~! 魔物とはいえ憧れのライ君の前で変身解くなんてヤダよ~。それにライ君、せっかくかっこつけてやる気になってんだよ! それを私が簡単に一撃でボコったらドン引きされちゃうよ!」

 その言葉にマキナが頭に手をやる。私は続けた。

「それにライ君、人間になったら裸だったんだよ! 変身もまともに出来ないなんて信じらんない!」

「あ~……いい……わかった。とりあえず、そのライ君、今度連れてきて。教授にも会わせて話を詳しく聞きたいし。あと、もう変身解いていいから」

「うん!」

 マキナの言葉に私はふと力を抜き変身を解く。
 燃えるようなオレンジの髪に緑の肌、そして頭にある一対の角。人は私たちを小鬼というけど、力じゃ大鬼をも凌ぐ存在。それが鬼系魔物たる私たちゴヴァ―ノン!

 私たち魔物はもう、すでにあなたたちの傍にいるの☆

                                    【異質奇譚・END】
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【小説】闇に呟くもの

2017-06-02 08:41:30 | 今日の小話
※ご注意!
 この作品はクトゥルフ神話を元にした二次創作小説ですが、ある意味原作に対して冒涜的な表現もあり、熱心かつ真面目なクトゥルフ神話の読者にはお勧めできません。

 そういった方は、今すぐに読むのをやめ、このブログから離れることをお勧めいたします。

 そうではないという方は、お読みいただけると幸いです☆





 私がその町を訪れたのは、二〇〇五年の夏のことだった。
 その町の名を初めて知ったのは、次に描く作品の資料探しのために訪れた図書館で、偶然手に取った、一九二八年発行のとある古新聞の小さな記事からだった。
 その内容をかいつまんで話すと、その町で秘かに営まれていた密造酒の大掛かりな取締りに関するもので、その為の強制捜査、及び逮捕に関する記事だったと思う。
 当時は禁酒法の施行によって、酒を作ること自体が違法とされており、その法の裏をぬったギャングなどによる違法の密造酒造りが流行っていた時代だった。
 その取締りのための一環として、強制捜査、及び逮捕が行われたのだと、その記事には書かれていた。
 だが私の興味を惹いたのは、その記事と一緒に掲載されていた町の光景を写した小さな写真だ。
 その寂れた町並みのそれは、一見するとただの古びた田舎町でしかないのだが、私の視線は、その写真に写っていた建物の窓の一角に注がれた。

 どうにも……不可解なものが写っていた。
 それはあまりに小さく、普通の人であれば見過ごしていたであろうが、私はこれでも絵を愛好し、自身も筆をとるものの一人だ。
 だが確かにそこには、それはいたのだ。
 窓の中なので、暗く、また多くをカーテンに閉ざされているために、中はよく見えないのだが、どうにも人間にしてはおかしな形状をしたその頭部は、一見すると魚か蛙のような別の生き物を連想させた。
 そのかなり小さく、またぼけたモノクロ写真の中で、こちらを凝視するようにカーテンのすき間から覗き見ている姿が、その写真には写し出されていたのだ。
 
 私は、その記事を仔細に読み返す。
 時代はすでに半世紀以上前のものだが、その地名をコンピューターで検索すると、ちゃんと出てきたことにひとまず安堵の息を漏らした。
 興味をそそられた私は、今度の休暇を利用してその町に訪れる決意をした。
 
 町の名は“インスマウス”。

 今では多くのものに忘れられた、寂れた漁師町だ。

『まだつかないのか……』

 その夏、私はかねてからの計画を実行に移し、アメリカ東海岸のニューイングランド地方にあるアーカムという地方都市を訪れていた。
 元々この街に用事がある、というわけではなく、インスマウスへ行くには、この街とあと幾つかの街からしか出ていないバスに乗ってしか行かざるをえず、そのためこの街に訪れていたのだが、ここでインスマウスに関する、気の滅入るような噂話を幾つも耳にすることになった、
 やれあそこは建物が倒壊しそうで危険だの、古びただけで何もないだのが多かったが、中には、忠告を聞かずに訪れたものが帰ってこなかった、という物騒なものまであり、私の決意は多少揺らぐこととなってしまっていた。

 だが、そんな私の気持ちを強くしたものもあった。
 インスマウス行きのバスの運転手だ。
 そのバスはどうにもオンボロで、また非常に古くさいボンネット車種のものだった。

『これでちゃんと行けるのか……?』

 私は不安に駆られたが、

「お客さん、乗らないの……」

 節目がちに、乗るかどうかを迷っていた私に聞いてきた運転手は、年の頃なら十八、九の、豊満な肢体をしているが、まだ可愛さが残るかなりの美少女だった。

「えっ?いや……」

「……乗るんなら早くしてよ……じゃなきゃ置いてくよ……」

 少し低めのハスキーボイスで囁くように喋るその声は、どこかしら音楽を思わせるよな旋律を奏で、私は思わずこういってしまった。

「いえ、乗ります! 乗らせてください」

 それから数時間以上乗っていたが、まだ到底つくような気配はなかった。
 サスペンションも悪く、舗装されているのかどうかさえ怪しい田舎道を走るバスの揺れは激しく、私はその都度吐きたくなるような感覚に襲われた。
 しかし、それから昼も過ぎ午後に差し掛かると、遠方に街らしき光景が広がってきた。

 そこが、インスマウスだった。

 インスマウスの町並みをどう表現すればいいのか……

 まるで時代遅れの尖がり屋根などが立ち並び、いたるところから魚の腐ったような臭いが漂っている、といえばまだ聞こえがいい、という感じか。
 現実はもっと酷く、どうにも暗く、そして惨めで落ちぶれた町だとしか言いようがない。
 街のあちらこちらは廃墟と化しており、かつての強制捜査の痕跡すら探そうと思えば探せるほどの壊され方をした建物まで、いまだに現存している有様だ。

 私は町の広場でバスを降りると、腹も減ってきたので、近場で食事ができる店はないかと探してみたが、まともに営業しているような食堂はありそうもなかった。
 ただ都会でも見かけるチェーンストアがあったので、そこに入ってみることにした。
 電気も満足に届いているのかさえ怪しい町ではあったが、店の中は空調も効いており、接客にでてくれた店員も感じのいい青年だった。
 私は買い物ついでにこの町について尋ねてみた。
 だがこの青年が言うには、この街での長居はあまりお勧めできない、というものだった。

「お客さん、僕はね、別にこの町が危険だ、と言っているわけではないんです。世間で言われているほどにはね」

「ただ、この街の住民に関わったらダメです。この街の住民は……その……ちょっと危険なんです」

 歯切れの悪い言葉に、私は少なからずの興味をそそられたが、それ以上の詮索はせずに調理パンと飲み物を買うと、礼をいい店をあとにした。
 
 店を出るとすでに日も暮れかかっており、私は町の広場の傍に立っている一軒の古宿に、今日の宿を求めた。

 ギルマン・ハウス。

 看板にはそう書かれていたが、それにしても奇妙な看板だった。
 こんな寂れた街なのに、可愛らしいピンクの髪の人魚のイラスト(しかもけっこう巧い)が描かれていて、宿の名前も丸文字風の可愛らしい字体だった。

『一体、どういった人間がこんな辺鄙な町に、こんな可愛らしい看板を描いたんだろう……?』

 私は不可思議な感覚を覚えたものの、ガラス張りの古臭いドアのノブを回し、店内へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ~☆」

 私が宿に入るや否や、受付カウンターにいた受付嬢と思しき少女が、甲高くも愛想のいい声を張り上げた。
 私はこの場違いな歓迎に一瞬驚き、

「いや、あの……一晩泊めてもらいたいんですけど……」

 しどろもどろに応える。

「お客様、お泊りは初めてですかぁ?」

「ええ……」

 照明が抑えられた薄暗い店内で、受付の少女の顔を間近で見ると、けっこう可愛い子であることに気がついた。

『あのバスの運転手と、どこか似ているな……』

 私がそんなことを思っていると、

「うちは前金制なのですがよろしいですか? あとお泊りになるお部屋はこちらで決めさせていただきますけど」

 大きな瞳をキラキラさせて、私に説明してくる彼女の顔は、愛くるしさを覚えるものでもあった。

「ええ、かまいませんよ」

 私がそういい宿賃を払うと、少女はカウンターから出てきて、私の荷物を受け取り、

「ルルイエの間に、お一人様ごあんな~い☆」

 部屋は二階だった。
 階段を上がっていくと、階段が軋み、その建築の古さを物語る。
 少女はまるで跳ねるように階段を駆け上がると、一番奥の部屋に案内してくれた。

「ここで~す☆」

 そこは両サイドにドアがある小さな部屋ではあったが、寝泊りするには十分な設備があった。

「お客様、お食事はおすみですか?」

 少女は聞いてきたが、私は買っておいたパンがあるのでやんわりと断ると、

「ではお客様、今晩はごゆっくりお休みください☆」

 そう言い、部屋をあとにし、来たときと同じように、跳ねるようにして階下に降りていく足音を残して消えた。

 一人きりになり、私は急に心細さを感じた。

『腹が空いているからだ。食べれば大丈夫』

 私はそう自分に言い聞かすと、パンを食べ、ドリンクを飲み、そして疲れもあったのでベッドに横になった。

 だが……

 私は奇妙な不安に苛まれた。
 ベッドで横になっていると、階下から囁き声が聞こえてくるような気がするのだ。
 それは複数のものたちが喋る声だったが、はて、この宿にそんなに人が泊まっているのか? と思うと、多少の疑問を感じざるをえず、その疑問がやがて不安へと変わり、そして言い知れぬ恐怖へと変貌するのに、さして時間がかからなかった。
 私は起き上がり、部屋の照明をつけようとしたが、どういう具合でか照明がつかない。
 またドアに駆け寄り鍵を閉めようとしたが、ドアの鍵は鍵自体が外されており、防犯としての役目をまったく果たせないことに気がついたのだ!
 そして私の行動を悟ったのか、今まで聞こえていた囁きは消え、秘かに階段を上がってくるような軋みが、それも一人ではなく、複数のものが上がってくる音が聞こえた。
 私はアーカムの人々の忠告を無視した自身の行動の軽率さを呪わずにはいられなかった。

 これは夢ではない! 現実なのだ!

 私は恐怖に駆られた。
 両サイドのドアを開け、一目散に逃げようとしたが、それらのドアは向こう側から施錠されているらしく開けることができない!

 窓、窓だ! 窓からなら逃げられる!

 私は急いで窓に取り付いたが、その窓は頑丈に固定化されており、開けることができなかった!

 私のこの動揺を感づいたのか、ドアの外で何者か、いや何者かたちの気配が感じられた。
 それはどう見ても複数で、最低三人以上はいると思われる気配だった!
 微かな囁き声、そしてくぐもった笑い……
 それらは全て私の神経を酷く痛めつける。
 やはりアーカムで聞いた話は、チェーンストアの青年が話していたことは、本当だったのだ!
 このインスマウスには、確かに人々が忌避し、恐れる何者かがいるのだ!

 私は覚悟を決めた。
 ドアから数歩下がり、強行突破を試みようと体制を整えたその刹那、ドアがいきなり開かれた!

「!?」

 その時……私の記憶は、一瞬時を止めた。

 そこには奇妙な姿をした、それこそ半魚人のような、あの写真に写っていたような姿の被り物をした、可愛らしい肌も露わな美少女達が、幾つものロウソクが灯る大きなケーキを手に、私に向かって満面の笑みを浮かべ、

「お客様、初めてのお泊り、ありがとうございま~す☆」

 そう黄色い声を上げ、私を取り囲む。

「ねぇねぇ、お客様、どこから来たのぉ?」

「アタシ達、こんな田舎に住んでるから、都会から来た人ってすっごく憧れちゃうの☆」

「あ、これ私たちからのサービスです☆これからもお店にちょくちょく遊びに来てね☆」

 私にそう矢継ぎ早に言い立てると、私を暗い部屋のイスに座らせ、ケーキやワインなどを私の口に運んでくる。
 闇の中、なすがままにされていた私は心の中で呟く。

『い、いいんじゃないか……な……☆』

 それからというもの、週一でインスマウスのギルマンハウスに通うようになった。
 もちろん常連となってからは、彼女たちとのデートなども重ねたりして、けっこういい日々を送っている。
 何でも、彼女たちの実家は海の中のキ・ハ・ンスレイという都市にあり、近々親にも紹介したいそうだ。
 私は、彼女たちの秘術によって深海でも生活できる術を学ぶことができた。
 やがては彼女たちの住む海底へとその拠点を移し、地上世界と決別するだろう。
 そして、海底都市ルルイエに眠る偉大なるクトゥルフへの信仰に目覚め、彼女たちとの愛の世界に生きることだろう!
 ラ・ル・リュー! クトゥルフ・フタグン! ラ! ラ!
 私は行く。そして永遠の愛を、手に入れるのだ!

 この記事は失踪したある絵描きの日記より抜粋した。
 どうやら彼は、酷い妄想にとりつかれていたようだ。

                                 闇に呟くもの(END)

 ちなみにこれは、クトゥルフ少女本(クトゥルフ神話にでてくる怪物を全部美少女にしちゃおうという、チャラいイラスト本を考えてました)に掲載する予定だったショートショートです。

 怪物を擬人化美少女にする際の感覚がつかめなくて、残念ながらその時の計画は頓挫しました。
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【小説】桜の庭

2017-05-29 20:14:24 | 今日の小話
「パパ、今までありがとう……」

 梅雨だというのに晴空がのぞく大安吉日、白無垢の衣装を纏い、いつもとは違いそそたる雰囲気を醸し出す娘は、俺から目を伏せるようにして、そう呟いた。

「いや、いいんだ。これからお前がもっと幸せであってくれれば」

「……はい……」

 顔を上げ、俺の目を見つめてその言葉に応える娘の目には、俺への感謝と、そして言いようのない感情がこもっていた。
 俺もその瞳を見つめて、小さく頷いた。
 卵形の整った輪郭に、大きな目と小さくも高い鼻、そして大きくもなく小さくもない薄い唇をもつその容貌は、きっと美人の部類に入るのだろう。
瞳は黒いようだが、その奥には金色の輝きが時折覗くようにも見える。
 しかしその瞳は今、真摯な色を帯び俺に注がれている。
 その娘の顔にあいつの面影を見つけ、不意に懐かしさと、やるせない哀愁を感じる。
 そう……あれからもう十二年が過ぎていた……

「この花はどんな名前なんですか?」

 俺がまだ二十代初めの頃だ。
 太平洋戦争も終わり、日本も復興にはいり、世間では高度成長と浮かれていた時代。
 俺は三年前に他界した父の墓参りに訪れていた。
 母は病気のためにくることができず、俺だけがこの墓に花と水の入った手桶、それに掃除用具を持参してやってきていた。
 春の息吹が感じられる四月初めの午前、日差しは決して強くはないが、その光を今、満開に咲き誇る桜の花が遮り、見上げれば、そこには薄紅色の天幕が、光に透けて明るくも怪しい光を放っていた。
 それからお昼までの間、俺は墓を雑巾で洗って汚れを落とし、周囲の草木を伐採して、墓の掃除をこなしていた。
 一段落がつき、花と線香を墓前に供え、父やご先祖様へのお参りをしている最中、不意の後ろから声が聞こえ、俺は振り返った。
 そして、その姿に目を見開いた。

 そこには綺麗な卵形の輪郭と大きな瞳、そしてやや彫りの深い整った顔に、たぶん長いであろう艶やかな光沢を放つ烏色の髪を後ろで結い上げたそそたる美女が、たぶん鯉なんだろうが、魚の柄が描かれた水色の着物をまとい、涼しげな通る声で俺に尋ねてきた。
 その場違いさと、どうして俺なんかに声をかけたのかという疑問を感じながらも、つかえつかえだが言葉を返した。

「え? 桜……ですけど……?」

「さくら、って言うんですか? さくら……さくら……」

 美女はまるで初めて聞く名前のようにその言葉を繰り返す。

「さくらって、他の所にもあるんですか?」

 不思議そうに小首を傾げて聞いてくるので、俺も馬鹿丁寧に、

「ええ、この墓地ならあちらこちらに植わってますよ」

「そう……色々見てみたいのですけど、もしよろしければ案内していただけません?」

 美女の顔がほころび、俺に上目づかいでそう尋ねる。
 俺もその様子に悪い気がせず、

「ええ、今ちょうど用事も済んだので、少しくらいなら」

「ふふ……ありがとうございます」

 俺の言葉を受け笑顔を浮かべる美女。
 その楽しそうな様を見ていたら、俺の心にも何やら春の陽気が流れ込むような明るさを感じ、俺も次第に笑顔になっていった。

「へぇ、レンさんって言うんだぁ」

 墓地の中を桜の木を巡りながら俺とレンと名乗った美女は並んで歩く。
 俺よりも肩一つ小さいレンさんは、俺のことを見上げながら、でもその瞳には楽しそうな輝きを宿し、

「はい。人は私のことをそう呼んでます」

 そう言いながらコロコロとした笑顔をくれる。

「レンさんって、どこの出なんですか?」

 俺はふと尋ねてみる。
 ここいら辺では見かけない感じの佇まいに、俺はこの土地のものではないということには気づいていた。
 するとレンさんは顔を俯かせ、

「少し……少し遠い所……」

「遠い?」

「……うん」

 そう言うとレンさんは口をつぐむ。

『まずいこと聞いちゃったかなぁ……』

 俺は心の中で密かに舌打ちをしたが、それも桜の案内を終える頃には杞憂であるとわかった。

「今日は楽しかったです」

 レンさんが俺の顔を見てそう言葉を紡いだ。

「そりゃぁ、よかった」

 俺もレンさんの瞳を覗きこむようにして応える。
 するとレンさんはふと目を伏せ、顔を俯かせてしまう。
 そして、少したどたどしく、

「あ、あの……もしよければ……また会って……」

 そこまで言うと言葉を飲みこんだ。
 俺もその様子から事情を察し、

「ええ、いいですよ。また会いましょう」

「いいんですか!」

 俺の言葉にレンさんが輝いた表情でそう聞き返した。

「ええ。あ、俺の住所とか手帳に書くんで、連絡先はここで」

 俺は胸ポケットから手帳を取り出して、住所と電話番号、それに俺の名前を書いたページをちぎり、レンさんに渡した。

「ここに連絡してくれればいいですよ。レンさんの連絡先は?」

 俺が何気なく聞いた言葉に、レンさんは言いにくそうに、

「え、あの……私、ちゃんとした住いはなくって……」

 そう言葉を濁し黙ってしまう。

『住所不定……? どんな商売の人だ……』

 俺は不審に思いながらも、そのか弱い様子と、そして妙にレンさんへの感情が抑えきれず、

「あ、いや、いいですよ。レンさんから連絡さえいただければ。俺も土曜は午後から暇ですし、日曜日も大抵あいてますから」

 そう努めて明るく応えた。
 するとレンさんはホッとしたような様子で、

「ありがとうございます。それじゃあ、またあとで電話しますから」

 そう言って俺たちはその日は別れることにした。

 それからのことだ。
 俺はレンさんに二週に一度、あるいは毎週逢うことになった。
 最初の頃は街中を歩くと、レンさんは何かと驚いていた。
 昼の喫茶店も、夕暮れの映画館も、そして夜の居酒屋も。
 だが次第に街の様子にも慣れてきたのか、レンさんはあまり驚かなくもなり、そしてそのことと同じ速度で、俺達の仲はより深いものへと変わっていった。

 だが付きあっている最中でもレンは俺に自分の職業の詳細を教えてくれなかった。
 どんなところで働いているのか、それは謎に包まれていたが、俺とのデートで見せるレンの金払いのよさは、どうにも腑に落ちないものがあった。
 俺が払うという時ですら、レンは煩わせては悪いと言っては払い、そして俺の母への誕生日などでのプレゼントもキッチリとやってくれ、また甲斐甲斐しく母に尽くしたため、母からの評判は上々だった。

「レン、お前、本当はどこで働いてるんだ?」

 俺はとうとう不信感に耐えられず、ある夕暮れ、レンを公園に呼び出して問いただした。
 もし、もしだ。
 レンが水商売の女で、そしてそこから足抜けしてきた、というのであれば、事情は変わる。
 だがレンは真剣な表情を浮かべ、射るような視線で俺の瞳を見つめ、

「私はそんな女ではありません。信じて、といっても証拠がないのですから信じられないでしょうが、体を売るようなことはしていません」

 その必死の形相に鬼気迫るものを感じ、俺は、

「ならなんであんなに金を持ってるんだ? 堅気にしては変だろう?」

「それは……」

 俺の言葉にレンが言いよどむ。やはり何かある。

「それは……たぶん信じてくれないでしょうが……」

「いいから言ってみろ」

 俺の厳しい言葉にレンは佇まいを正し言い放った。

「それは魔法の力です」

「魔法?」

 俺は素っ頓狂な声を上げた。
 おい、魔法って!?

「魔法? おい、嘘つくんならもっとマシなこと言えよ! 水商売の方が信憑性があるぞ!」

 俺は声を上げて笑いはじめる!
 さすがに魔法とは! さすがにこれはない!
 だがレンは俺の様子をただ冷静に見つめ、

「信じられないかもしれませんが、その力によって金品を生じさせています。なんとなればご覧になります?」

 いつものレンの様子とは違い、力のこもった声。
 俺は笑うのをやめて、半ば小馬鹿にするように、

「ああ、じゃあ俺の目の前でやってみせろよ!」

 そう一言だけ、厳しい表情を浮かべて口にした。

 そして黄昏が闇に溶けこむ頃、俺たちはレンが魔法を使えるよう、人気がなさそうな場所に移動した。
 周囲には人も、民家もなく、雑木林に囲まれたそこは、いつもの黄昏よりも暗く感じられた。

「それじゃあ、いきます」

 声と共に、レンが呼吸を整えて手を前に突きだす。
 その掌に、微かな燐光が見える?
 俺はさらにその掌に目をやった。
 手のひらからの燐光は蒼い光の粒子となり、粒子はやがて小さな渦へと変貌し、そしてその渦は蒼い光を周囲に躍らせながら、一つの物体を作りはじめた。

『これは……』

 やがてその渦が小さくなり、粒子へ、そして燐光へと光を弱めたその掌には、一万円札の札束が現れていた。

「お、おい!?」

 俺は急いでレンを見た!
 だがそこにいたのは……

 いつものレンの顔をしているそれは、だが髪はほどけて蒼い輝きを放ち、肌も青く、そしてその瞳は金色の光を放っていた。
 体にまとっていた着物はなく、胸を覆ううろこ状に衣服と、そして下半身は鱗に覆われた魚の体そのものだった。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺はとっさのことで叫び声を上げる!

「待って!」

 その化け物はレンの声で、そして俺に縋るように抱きつき、

「確かに私は人ではありません。でも……私は、あなたの愛してくれたレンなんです!」

 必死な声と今にも泣き崩れそうな表情で縋る化け物。
 その様子を見て、俺は平静さを取り戻し、

「お前……本当にレンなのか……?」

「……はい……今まで隠してきたことはごめんなさい。でも、あなたと逢って色々話したり、その……」

 レンは俺が逃げないのを悟ると縋るのをやめて、顔を俯かせて話しはじめた。

「私、あなたに会った数日前にこの世界に召喚されました。でも……」

「でも……なんだ?」

「召喚した人がいきなり急死して、私だけがこの世界に取り残されました。たぶん、召喚のために必要な体力がなかったんです……」

「それであの時……」

「はい。初めて会う人間があなたでした」

「なんで人の姿をしていたんだ?」

「それは、召喚した人の部屋にあった書物などで調べました。今この世界の衣装や風物、そして簡単な言葉なんかを」

 そう淡々と話すレンの様子には嘘が感じられなかった。
 俺は先を促した。

「だから、ただ閉じこもっていても、と思い、思い切って外に出てみました」

「そこで出会ったのが俺、というわけか?」

「はい」

「その召喚した人の家というのは墓地から近いのか?」

「ええ。歩いて数分のところにある古い屋敷です」

「っていうと、確か一人住まいの爺さんが住んでいて、夜な夜な怪光が見えたっていうあの屋敷か……」

「はい」

「じゃあ、その爺さんの亡骸は?」

「私が葬りました。ただ、私が異界へ帰る方法がわからなくって」

「だから俺に頼るようになった、というわけか」

「はい」

 そこまでレンは話すと、また押し黙る。
 だがその瞳は俺にあることを期待していた。
 その俺への慕情を募らせた視線を感じ、俺はフッと息を漏らし、

「いいよ、一緒になってやる。今までのこともあるし、化物だからって、はいサヨウナラ、というわけにもいかないしな」

 その言葉を聞いたレンの表情は輝き、そしてその瞳からは幾筋もの涙があふれかえった。

 それから俺たちの関係はとんとん拍子で進んだ。
 母の計らいもあり、俺たちは人として祝言を上げ、一つ屋根の下で暮らすことになった。
 レンは母の前では変身を解くことをせず、母もレンが人間だと思いこんで付きあっていた。
 やがてレンが、俺たちの子を妊娠した。
 レンが言うには、人間と魔物が子をなすには、魔性の縁という要素が必要で、どうやら俺たちにはその縁があったようで、俺たちは子宝に恵まれた。
 そして十月十日が経ち、レンは女の子を無事出産した。

「ミサキ、人前で変身してはダメですよ」

「うん!」

 俺たちはレンが出産するのを機に家を出てアパートを借りた。
 レンが言うには、産まれてくる子供が完全に人間の姿である保証もなく、もし魔物の姿で生まれればパニックを起こす。
 そうなれば俺たちが生きづらくなる、との事だったので、出産も誰の手も借りずそのアパートですませ、そして俺たちの新生活が始まった。
 ミサキと名付けられた娘は、レンの予想通り完全に人の姿ではなかった。
 肌は蒼く、目は金色の光を放つ。
 幸い下半身が魚ということはないが、それでもこの姿ではまずい。
 そう考え、母にもミサキがぐずるなどの言い訳をして、あまり会わせようとはせず、レンの魔法で人の姿に変えたミサキの写真を撮っては送る日々を送っていた。
 そしてミサキも大きくなり、その中で色々なことを体験し、自身の姿のコントロールも覚えていった。

 やがてまた数年が過ぎ、俺たちは父が眠る墓地への墓参りへと家族できていた。桜の花びらが舞い散る中、小さいながらも墓前に手を合わせて祈るミサキの姿を見て、

「でも、この後もずっとこれが続くのか?」

 俺はミサキの将来が不安になって、レンに尋ねた。

「いえ……たぶん、ミサキの姿も人としての時間が多くなればそちらにより近づくと思います。それに」

「なんだ?」

「もしこの子が他の人と恋に落ち、子供ができたとしても、その姿はより人間に近く、そしてさらに人間である可能性が高いでしょう」

「そういうものなのか?」

「魔性の縁は、最初のつがいである私たちが一番影響を受けます。でも世代を経るにしたがってそれも薄れ、やがてより血の強い方へと変わっていく」

「じゃあ、ミサキは魔法を?」

「この子は……たぶんもうすぐで……今は使えても、いずれ使えなくなります」

「……そうか」

 俺の少し落胆した声にレンは微かに笑い声を漏らし、

「フフ、残念そうな声」

「あ、いや、生活に困らなくてよかったんだけどなって」

「それなら、いいお婿さんを探してあげれば」

「それもそうだな」

「それに……これを」

 レンは俺に銀色の細工物に琥珀がはめられたネックレスを手渡した。
「これは?」

「私の心。あなたとの思い出や、ミサキの思い出を詰めこんだ、大切な私の心。あなたに持っていてもらいたいの」

「……ありがとう」

 ミサキがお参りする中、俺たちは小さな声を上げて笑いあう。
 その声に、ミサキが不思議な顔で振り返る。
 そんな優しい光景が広がる春の日差しの中、俺は桜の木々を見上げる。
 薄紅色の光る天蓋が、レンと出会った時と少しも変わらない光を、また俺たちに降り注いでいた。

「あなた! ミサキを連れて逃げて!」

「でもどうやって逃げればいいんだ! 窓も、ドアも、開かない!?」

 アパートから市営住宅に引っ越してから数年が経ったある暮の日。俺たちを怪異が襲った。
 部屋全体が不気味な碧い光で満たされ、そして窓もドアも頑として動かなかった。

「一体どうなってるんだ!」

 俺がパニックに襲われ叫ぶ!

「碧力結界?」

 レンがふと一つの言葉を呟く。
 すると……

「ご名答だ! レンシア!」

 玄関からいきなり声が聞こえ、そして俺たちのいる部屋のドアが開かれた!
 そこに立っていたのは、黒いフェルト帽を目深にかぶり黒スーツで身を固めた長身痩躯の三十代の男。
 声はややハスキーでシニカルな色を帯びていたが、その声には底知れない威圧感が宿っていた。
 そして黒スーツの男は部屋へと一歩踏みこみ、

「まさか、あの爺さんが召喚した魔物がここまで逃げてるとはな!」

 黒スーツの男が楽しげに呟く。

「おっとぉ、逃げられると思うなよ! この碧い光の名は碧力結界。この力が作用している空間は、他の空間と隔絶されて、音も、振動も、何も外へは聞こえはしない。試しに叫んでみるか、助けてぇ~! てな!」

 黒スーツの男は嗜虐的な口を歪め、そう言葉を吐く。

「だ、誰かきてくれ!」

 俺は恥も外聞もなく、黒スーツの男の言葉通り大声で叫んだ!
 だが……

「ん~、誰もこないねぇ……言ったろう、無駄だって」

 俺たちの狼狽を楽しむかのように、黒スーツは一歩、また一歩と俺たちに近づいてくる。

「レンシア~、色々探したぜ。あの爺さん、魔導書はかなりのものを持っていたが、残念ながら体力がなかった。何を考えてお前を召喚したのかは知らないが、この世に魔物を放置するわけにもいかんしなぁ」

 黒スーツの男はレンに言葉を投げかける。

「待って! この人たちは関係ない! 退魔士のあなただってそれはわかるでしょう?」

 レンが必死に応える。
 だが黒スーツは、

「退魔士! 随分と古い名前だなぁ」

 そう言ってけたたましい笑い声を上げた。

「今はデーモンハンターって呼ばれてるんだよ、レンシア! 正体見せたらどうだ?」

「……………………」

 デーモンハンターと名乗る黒スーツの声に、レンが押し黙る。

「はっ! やっぱり愛する人の前では魔物の姿をさらしたくない、か?」

 黒スーツが小馬鹿にしたような声を上げるが、俺は、

「……レン、かまわない。変身を解け!」

「……でも……」

「俺も、ミサキもすでに知ってるんだ。遠慮する必要はない!」

 俺の決意に満ちた声に、レンは頷き、

「必ず勝ってみせます!」

 そう叫びレンは変身を解いた!

 そして人魚のような魚の下半身と蒼い肌、青い髪に金色の瞳を持つ空中を泳ぐように漂う魔物、レンシアのレンと、黒いスーツで身を固めたデーモンハンターとの戦いがはじまった!

 レンは最初水の魔術を駆使し、激しい攻撃を繰りだしたが、たとえ攻撃を受けても黒スーツの男はひるまずに電撃をその掌から放つ!
 その幾筋かはレンを捉え、レンは悲鳴を上げるが、それでもさらに水の刃で襲いかかった!
 だがたとえ傷ついたとしても、黒スーツの男は不思議な技でたちまち傷を癒してしまい、決定打にはなりえなかった。
 やがて敵の攻撃が俺たちにまで及ぶようになると、レンはひたすら防戦一方へと転じていき、そして!

「いい加減くたばれよ! おらぁぁぁ!」

 強烈な電撃がレンの体を捉え、その体が激しく光り、そして床へと倒れ伏した。
 その瞳は一瞬俺たちの姿を認めたが、だがすぐにその色を失い、その体から生気が失せたことがわかった。

「ふん……手こずらせやがって」

 そう言うと、全身傷だらけの黒スーツの男はレンの心臓に奇妙な形の剣を突き立てた。
 そして、レンの体は光の粒子へと変わり。消えた。

 その光景におののいた俺は、

「お、俺たちも……やるのか……」

 そう恐怖に駆られて尋ねたが、黒スーツの男はあきれたように、

「魔物と交わったものを生かしてはおけない、という規則は今のところないんでな。俺も人殺しはしたくない」

「じゃ、じゃあ……」

「だが記憶は消させてもらう。レンシアと関わったすべての記憶を。お前のお袋の所にはすでに行ってきた。これであいつを覚えている奴は一人もいない。それで世界は平和になる」

 その言葉と共に、黒スーツの男は俺の頭に手をかける。
 不意に意識が飛ぶような感覚と、泣きじゃくるミサキの声が遠くに聞え、そのミサキの声もやがて聞こえなくなった……

 そして俺はいつしか眠りに就いていた。

 やがて目覚めた時、そこはいつも通りの市営住宅だった。
 部屋の様子に変化もなく、テレビではバラエティー番組が流れ、ミサキはそれを観て笑っていた。
 だが……レンはいなかった。

「おい、ミサキ? お母さんは?」

 俺はミサキの様子を変に思い、尋ねた。

「ママ? あそこじゃん」

 ミサキが部屋の一隅を指さした。
 そこには仏壇があり、そして……
 レンとは違う女性の写真が飾られていた。

「え、おい? これお母さんか? いつ死んだんだ?」

 俺の不安げな声にミサキは呆れ顔で、

「いつって、もうだいぶ前でしょ? ママ、買い物途中で交通事故に遭って……覚えてないの?」

「え……?」

 だかその写真の人物はレンではない。
 だが、俺はさっきまでのレンの戦いを覚えている。
 どういうことだ……

「もう、あの時パパ、泣きじゃくって大変で」

 ミサキはつまらなそうにそう言うとまたテレビに視線を戻して笑いはじめる。
 どういうことだ……これは……

 それから月日が流れた。

 最初俺は、レンが死んだこと、しかしその死が俺の知っている死とは違い、更にレン自体が存在していないということ。
 その現実と自分の知っている事実との齟齬に悩み、時には自身の正気を疑いながらも、俺は日々をなんとか過ごしていた。

 やがてミサキは高校へ、大学へと進んでいき、そして商社に勤め、その中で一人の男性と恋に落ちた。

『いいお婿さんを探してあげれば』

 ふいにレンの言葉が頭をよぎり、

「ミサキは自分でいい人を見つけたようだよ……」

 そう独りごちたのを聞いたミサキと彼氏は、レンに言った言葉とは知らずに互いに照れあい、仲睦まじい姿を見せつけた。
 そして一年後、二人は式を挙げた。

 それからも色々あったが、娘夫婦は喧嘩しながらも二児の子宝に恵まれた。
 俺はレンの残した魔性の縁の言葉が気になり、出産の知らせを聞いてすぐに産院に駆けつけたが、幸い魔物としての姿ではなく、人として生まれてきたようだ。
 ホッとしたためか、俺の喜びようは普通ではなかったらしくて、産院でも娘と孫思いの子煩悩なお祖父ちゃんとして有名になっていたようだ。
 すでに男やもめとして独り身の生活をしていた俺に、縁談を持ちかけてくる人もいたが、レンとの日々、そしてレンの最期の姿を思い浮かべたら、再婚する気にはならなかった。
 やがて幾つもの春が過ぎ、母も逝き、父と同じ墓に入った。
 その年も、桜は見守るように薄紅色の光を、俺たちに降り注いでいた。

 レンの死以降、もう黒スーツの男は現れなかった。
 魔性の縁の実効性が薄いことを知っていたのか?
 それとも……情けか……

 やがて幾つもの春が訪れ、そして俺たちは家族で桜の散る墓地を訪れていた。

「じゃあ、パパ。アタシ達、水と手桶持ってくるね」

 ミサキと旦那、そして孫たちが連れ立ってやってきて、楽しげに語らいながら、水道のある場所に去っていく。
 俺は片膝を突き、墓石に手をかける。
 ここには父と母、そして、亡骸はないがレンがたぶん……
 すると……

「あなた……」

 不意に聞き覚えのある声がした。ずっと昔に聞いた声。

「……レン……」

 俺は恐る恐るその名を口にする。
 すると、そこには最後に見た時のレンが、若く美しく、そして俺たちを守る気概と強さに満ちたレンが、花びらが舞い散る桜の木に手をかけて立っていた。

「お前……死んだんじゃ……」

 俺の不安な声を受け、レンは微かに笑い、

「それ……」

 そう言うと、あの日以来肌身離さず身に着けていた琥珀のペンダントを指さし、

「そこに私のもう一つの意識を留めておいたの。私たち魔物は、現世では人間たちに狩られる存在だし、あなたも見たでしょ。ああいう輩もいるから、万が一の措置として」

「じゃあ……」

「あなたとミサキのことは、私も見てました。あなたはミサキを大切に育ててくれた。私と同じように愛情をかけて、そして立派に育ててくれて……」

「うん……」

「私、人間のこと、少し馬鹿にしてました。人間は色香に迷いやすい弱い存在だって。知ってました?」

「……何が?」

「初めて会った時、私、あなたに魔法をかけてたんです。私を好きになるように。その術にかかったから、あなたは私を容易に信用し、そして付きあいはじめた」

「あの時のあれは……」

 俺のあっけにとられた顔を見てレンは笑い声を上げ、

「フフ、あの時のあなた、少し面白かった」

 そして舌を出し、意地の悪そうな表情をする。

「おいおい、最初からインチキだったのか?」

 俺も思わず笑い声を上げる。
 そして互いに少し笑うと、

「ごめんなさい。でも私もあの時はどうしようもなくって、手段を選んでいられなかったから。でも……」

「うん」

「あなたはそのあとも私を愛してくれた。私の本当の姿を見た時、あの時逃げ出してもおかしくなかったのに、あなたはそんな私を受け入れてくれた」

「うん」

「私、その時思いました。ああ、この人でよかったって」

「うん」

 舞い散る桜の中、静かな笑みを浮かべて語るレンの姿を見つめながら俺は、ただただその言葉を聞いていた。

「私が死んだ後も、ミサキのことは大変でしたね。どうやら、あの男の術が広範囲に効いていたようで」

 そこで俺は不審な点に気づく。

「なんで俺だけは大丈夫だったんだ?」

 その言葉にレンはフッと笑い、

「ペンダントの力。そのペンダントには記憶をつなぎとめておく力があるから」

「だから俺だけ……」

 そして俺はペンダントを手に取りしげしげと眺めた。

「今までのこと、ありがとうございます。あなたとの生活、私はすごく幸せでした。そしてあなたの私への想いと誠意も」

「じゃあ……」

「はい。大変よくできました。だから……これからは、いつも一緒……」

 その言葉と共にレンは手を差しだす。
 俺はレンに近づき、その手を握りしめ、そして……

「パパ、水持ってきたよ! あれ、パパ? どうしたの?」

 ミサキの声が聞こえる。孫たちの声も。

 すでに目は見えないが、感じることはできる。

 今日も桜の花びらは舞い散り、薄紅色の天蓋から優しい光が降り注ぐ。

 ここは……そう……俺たちだけの……桜の庭だ……

                                          『桜の庭(END)』

 ちなみにレンシアとはこんな魔物です☆

 

 独自作品と見せかけておいて、実は現代魔物召喚もの”デーモニックブレス”の短編小説だったという、設定使い回しリーズナブル作品!

 ”デモブレ”の世界観的なものもわかるよ☆
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【小説】ある雪の降る日に

2017-01-08 22:05:50 | 今日の小話
 

「こんにちわぁ!」

 店先でまだ若い男の声が響く。
 周囲の木々はすでに白く淡い粉雪をまとわせ、吐く息も白く溶ける空気の中、その声は凛として高く、そしてどこか愁いを帯びていた。

「おお、エストか!」

 格子ガラスがはまった重い扉を開き、その店の主、オオシが太い男性的な声をあげた。
 オオシの前に立つのは身の丈1.7m程度、しっとりとした輝きを放つ烏色のややはねた髪と、そしてこの地方にしては珍しい褐色の細身の体に、体の線が見えるように作られた薄めの革製の防寒具をまとった少年だった。
 その顔は彫りが深く端整で、ややつり目気味の目には灰色の瞳が輝き、そして口は不愛想に真一文字だった。

「これ、今回の薪」

 エストと呼ばれたその少年は、後ろに控えさせていた荷馬車を指さした。
 一頭立ての簡素な荷馬車だが、荷台には薪が山のように積まれ、それを目にしたオオシは笑みを浮かべ、

「いつもすまんな。だが毎回凄い量だな!」

 そういってエストを労う。

「いや……手伝ってくれる奴がいるから」

 エストはそう漏らすと口をつぐむ。

「それより代金だな。これだけの量なら、200レートでいいか?」

「ああ」

 オオシの言葉にエストが手短に応える。

「よし、商談成立だ! まぁ、お前も冷えたろ。店の連中が薪をおろす間くらい、中に入って茶でも飲めよ」

「いや俺は……」

 そういってエストはオオシの申し出を断ろうとした時、

「エスト! 来てたの!?」

 店の奥から元気な女の子の声が聞こえ、そして、

「もう! 今度来たときはこの短剣の文字、教えてくれるっていったじゃない!?」

 はねた赤毛のショートに小柄で細身の体、綺麗目ではあるがむしろ愛嬌のある白い肌の容貌に緑色の瞳とそばかすを浮かべた少女が飛び出してきた。歳の頃なら14歳くらいか?

「ああ、あれか」

 エストはあまり面白くなさそうに応える。

「なんだレナ? エストに頼み事でもしてたのか?」

 オオシが片眉を上げ、にやけ顔で少女に尋ねる。
 するとレナと呼ばれた少女はやや頬を上気させ、

「うん! でもこの前も、その前も、エストすぐに帰っちゃうから」

「あ、ああ……あれか……」

 レナの言葉にエストが思い出したようにつぶやくが、

「え? もしかして忘れてたの!」

「あ、うん……わりぃ」

 レナの信じられないものを見るような表情とは対照的にそっけない表情で応えるエスト。

「もう! ほんっっっっっとエストって記憶力悪いよね! 前だって約束してたこと忘れてたじゃん!」

「あ、あれは……」

「もういいよ! どうせアタシとの約束なんてその程度なんでしょ」

「いや、そういうわけじゃ……」

 興奮するレナと気押されるエストの間に、オオシが苦笑いを浮かべながら割ってはいり、

「まぁ、しょうがないじゃないか。エストにも他に用事があるんだし」

 そうレナをなだめるが、レナは頬をふくらせ、

「でも~!」

 そういってエストに鋭い視線を向ける。

「なぁ、エスト。レナもそういってるし、少し茶でも飲んでけよ。時間、あるんだろ?」

「ええ、まぁ……」

 オオシの言葉、そしてレナの自分に向けられる怒気を放つ視線を感じ、エストは渋々そう応える。

「少しくらいなら……」

 そういって店の中へと足を踏み入れる。

 中は暖かく、外の冷気を感じさせない。
 照明はランプを随所に吊るし、暖かい炎の灯色に照らされ、店内は決して暗いものではない。
 まだ夕方を迎える前の時刻ではあるが、周囲を高い石壁と森林で包まれたこの街では、昼間でも決して明るさが十分ではない場所も多い。この店“グレン雑貨商店”もその例外ではないのだ。
 エストとレナは店奥のテーブルに腰を落ち着けた。

「でね、これだけど……」

 レナが懐から一振りの短剣をとりだした。
 その短剣はわずかに湾曲した柄の部分に奇妙な文字が彫られ、そしてその刀身は、鞘に包まれながらも微かな光を放っているのが見てとれた。

「この文字、どう読むの?」

 短剣の文字のことをレナが期待をこめた瞳で問う。

「ああ、これな。これは……」

「うん!」

「デルダ・ズルグ・ニス・ラズ」

「うん」

「……だけだけど」

 にこやかな笑みを浮かべるレナに、エストはさもつまらなそうに答えた。

「で?」

「で、って?」

「意味よ! 意味がわかんないと意味ないでしょ!」

 レナが少し怒りをあらわにしながら問いつめる。その気迫に圧されエストは、

「ああ、それか……“唱えよ、緊急退避”かな?」

「それってどういう意味よ?」

 レナが首を傾げてエストに尋ねる。

「いわゆる緊急脱出用の道具でもある、ということだ。余り多くはないけど、そういうものもあるってことだな」

「ふ~ん」

 エストの説明にレナはわかったのかわかっていないのか、少し首を傾げて言葉を漏らした。

「お、それか? 例の短剣って?」

 オオシが店の奥からお茶を入れたカップを持って現れた。それを各人の前に置き、

「すまんな。うちにもこういう代物が回ってくる。もっとちゃんとした専門家を雇えればいいんだが、こんな田舎にくるものもそうそういなくてな」

「いえ……」

 エストが謙遜気味に応えるが、オオシは目を細め、、

「でもどこでこの言葉を覚えたんだ? バヤータ文明語なんて、大都市の大学とかで学ぶもんだろ?」

「いえ……」

 エストはそういうと黙りこむ。その沈黙の意味を量りかねたオオシは、

「いや、いいんだ。でもエストのその知識はうちでも助かってる。中には高値で売れたものもあるしな。また暇があったら付きあってくれよ」

 そういってにこやかな笑みを浮かべる。

「そうだよ! また手伝って」

 オオシにつられレナも笑顔を浮かべた。

「ええ、まぁ……」

 エストもやや顔を俯かせて言葉を返す。
 そして薪の積み下ろしが終わり、そしてエストが必要とする食料や雑貨などが荷馬車に積まれるまでの間、三人は他愛の中会話をして過ごした。

「じゃあ、俺はこれで」

 エストが荷馬車に乗り出ようとした時、

「待って! 城門まで一緒に行く!」

 そういいながらレナが荷馬車の御者台に上がってきた。

「少しの間だけど、いいでしょ」

 レナがにこやかに尋ねる。

「あ、ああ……いいけどな」

 エストがそういうと荷馬車は城門に向け出発した。

 彼らが今いる街ディディックは、惑星クースクにある大陸フェルドミナ大陸の中央西部に位置する国、ワーテルダイン王国の北部にある街だ。
 林業が盛んで、多くの木こりや木工職人を擁している一大林業都市で、その木材や製品は南にある都市や王都でも親しまれている。
 しかし山間の街でもあるので冬には寒さが厳しくなることもあり、暖房に使う薪は必須のものだった。

 そしてこのグレン雑貨商会では多くの薪を仕入れ、安定供給することで信頼を勝ち得ている店でもあり、そこに一年前から現れたエストは新顔でありながら、数人の木こりがフルタイムで働かなければならない量を一度に卸すことから絶大な信頼を勝ち得、現在ではこの店になくてはならない取引先ともなっていた。
 エスト自身も薪の交渉でごねたこともないことから店主であるオオシの覚えもめでたく、その娘レナからは、エストがまだ若いことから、からかい半分も含め兄のように慕われていた。

 そして街の大路を城門に向けて進む二人の前に、一つの巨影がすれ違った。

「……あれ、は……」

 エストはすれ違い、遠のく巨影の後姿に目をやった。

「あれ? エルダー・ダインだよ!」

 レナが誇らしげに答える。

 エルダー・ダイン。
 身の丈4mを超えるその体は、まるで不可思議な金属でできたような艶やかで怪しい輝きを放ち、肩の張った体格と、それに反比例するような小さな頭部、そしてその面貌を覆う鉄の仮面、さらに肩から流れる空色の一対のマントが、見るものの視線を釘付けにする。
 それはまさにディフォルメが効いた騎士の姿であり、そしてそれはやがて大路を曲がり、その姿を消した。

「エルダー……」

 エストが眉根を寄せて呟く。その声にレナが、

「エスト、もしかして見たことないの?」

 そう尋ねるが、エストはハッとするように、

「あ、いや、ただ……」

「ただ、なによ?」

 その戸惑った問いかけにレナは問い返し、

「あれ、あと何体くらいこの街にいるんだ?」

 エストが声を潜めてそう尋ねた。
 レナは少し考えるように視線を上に向け、

「う~ん……正確な数はわかんないけど、4体から5体はいるはずだよ。エストも知ってるでしょ。この街の外にいる怪物たちのこと」

「ああ」

「あの怪物退治のために何回も出動してるの。エルダー・ダインって凄いんだよ! あれ中に人が入ってるの! なんていうの、変身っていうか合体っていうか!」

 レナが興奮気味にエルダー・ダインのことを話すが、エストは半ば考えこむような表情で手綱を握っていた。
 そして街の城門にさしかかるとレナは荷馬車を降り、

「じゃあ、今日はここまでだね」

「ああ」

「次はいつ来るの?」

 レナは瞳を輝かせて尋ねる。

「来週……かな」

 エストの答えにレナはにこやかな笑顔を浮かべ,

「来週ね! じゃあ、待ってるから!」

 そういってから二人は別れた。

 それから一週間が過ぎた。
 その日、朝は晴れていたが昼から天気は崩れ、そして夕方を迎えることにはすでに雪が舞う様相を呈していた。

「遅くなってすみません」

 夕方間近、グレン雑貨商店に薪を満載した荷馬車と共に現れたエストを出迎えたオオシの顔にはけげんな表情が浮かんでいた。

「レナ、は?」

「え?」

 唐突なオオシの言葉にエストは不審な声をあげる。
 その声にオオシは表情を曇らせ、

「いや、エストが遅いからと、レナが城門まで迎えに行ったんだが。そもそも何で遅れたんだ?」

「いえ、途中でトゥロムを見かけたんで、道を大回りしてたら遅くなって……」

 エストが申し訳なさそうな声で答える。

 トゥロムとはこのフェルドミナ大陸全域で見られる怪物の名前だ。
 その身長は大きな小屋の屋根を超えるほどで、粗暴だが力が強い怪物として知られている。

「じゃあ、レナとは会ってないんだな?」

 オオシが念を押すように尋ねる。

「え、ええ。城門を潜った時には、もう人影はまばらで。レナと会ってたら、間違いなくわかると思います」

 エストも真顔で応える。
 そのエストの態度と表情に、一層オオシは表情を曇らせ、

「まさかあいつ、お前が遅いんで、何かお前にあったんじゃないかって、街を抜けてお前の家に行ったんじゃぁ……」

 その言葉にエストはハッとし、

「そういえば前に聞かれたことがあります。俺の家はどこかって。俺、その時どうせこれないだろうと思って、街道沿いに徒歩なら三時間ほど歩けばつけるし、立て看板がある小道を曲がればすぐだって教えて……まさか!」

 エストの言葉にオオシは表情を硬くし、

「今の天気では二次遭難もあるし、もうすぐ夜だ。怪物のこともある。とりあえず俺は街の警護隊に連絡して、捜索隊を出してもらう」

「俺、行きます」

 オオシの言葉にエストが静かに応える。
 オオシはけげんな表情となり、

「行くって、どこに?」

 そう声を落として尋ねるが、

「すみません、馬、借ります」

「え?」

「厩にありますよね、それを借ります」

 そういってエストは荷馬車を置いて店の裏にある厩へと急ぐ。

「おい、ちょっと待て!」

 オオシが声を上げて追うが、

「オオシさんは早く警護隊に伝えてください」

 オオシの制止も聞かずエストは馬の綱を外し、

「じゃあ、お願いします」

 そう手短にいうと馬に飛び乗る。

「お前だけでどうなるっていうんだ!」

 オオシの声にはすでに冷静さが失われようとしていた。娘ばかりか、大切な取引相手すらも失う、その不安に。
 だがエストは努めて穏やかな声で応える。

「大丈夫。俺にはドゥームの力がありますから」

「ドゥーム?」

 オオシは目を丸くしてその言葉を聞く。

 ドゥーム……滅亡という言葉を。

「じゃあ、後を頼みます」

 そういって馬の横腹を蹴り、エストは店を、そして街を飛び出し、消えていった。
 ただ降り積もる雪だけが、その跡を刻んでいた。

「もうこんなに暗い……」

 街から出て一時間近く、暗くなる空から降り続ける雪を眺めながら、レナは心細そうにそうつぶやく。
 すでに日は沈みかけており、周囲は灰色を溶かしたような薄暮の光の中、それでも雪は降り続け、大地を白く染める。
 レナは出がけにまとってきた毛皮のマントをギュッとしめ、寒さに耐える。
 まさかこんな天気になるとは思ってもいなかったし、途中でエストとは会えると思っていた。

「でも……」

 レナは不安と心細さでそう言葉を漏らした。
 しかしその声は降り続ける雪に吸われ、消して周囲に響くことはない。
 その時!

 前方になにものかの姿が見えた。

「エスト!?」

 レナは血色づく。

『なんだ! ちゃんとエスト来てくれたんだ! もう、アタシ怒ってるんだから! 遅れたわけをちゃんと聞いて、それから……それから!』

 レナはそんなことを思いながら、それでも顔には笑みを浮かべ、そのものに走り寄る。

 だが……

『え……?』

 レナの足の運びが鈍くなる。

『違う……』

 レナはそう考える。
 それほどまでにそれはエストとは違っていた。
 それは、どう見ても大きな小屋ほどの大きさがあった。
 その肌は灰褐色で、肥大し肥満した胴体には太く逞しく手先が巨大化した腕と、太く短く屈強そうな足を持つ。
 そして頭部はまるで上から潰したように圧縮され、鼻がなく、乱杭歯が並ぶ耳まで裂けた口と、そして狂気と破壊衝動に爛々と光る紅い瞳が、今レナの姿を捉えようと、こちらへその視線を向けようとしていた。

『!?』

 レナはその怪物のことを話では聞いていた。
 トゥロム。
 多くの隊商や旅人、そして周辺で暮らす者にとってはまさに天敵で、その強大な破壊力の前では屈強な騎士でさえ無力であることを。
 そしてそれは今、大きな地響きを上げ、レナの方へ重々しい一歩を踏み出した。

「い……」

 レナがその瞳にトゥロムを捉えたまま、一歩引き下がる。
 だがそれに合わせ、トゥロムがまた一歩、前進する。

「い……」

 引く。そして進む。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 レナが悲鳴を上げトゥロムから背を向け逃走する!
 だがその声に応えるようにトゥロムの前進が、歩みから走りへとその姿を変えた!

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 レナが絶叫を上げ街道を戻り逃げはじめた!

『早く、もっと早く……』

 エストは心の内で叫ぶ!
 するとどこからか、

『大将、随分慌ててるな』

 どこか乾いた声が聞こえた。

『まさかあいつらがまだこの時代で生きていたとはなぁ』

 その声には半ばあきれたような軽さがあった。

「たぶん、誰かがジェネレーターを再起動させたんだ」

 その声にエストが応える。

『なんにせよ、俺たちが今でも活躍しているっていうのは事実だし、なんとかせにゃぁならんよな』

 乾いた声はどこか無責任な口調でしゃべるが、

「悪いな。またお前の力を借りる」

 エスト申し訳なさそうに言葉を漏らす。

『な~に、大将の命だ。従うよ』

 乾いた声はそう楽しそうに言葉を発したのを最後に、沈黙した。
 エストはその意味を悟り、ただひたすら馬を走らせる。

「あれか!?」

 雪が小止みになりつつ中、エストは視界の果てに二つの影を捉える。
 一つは小さい。
 だがもう一つは、その小さい影を負う形で迫っている。その身長は大きな小屋ほどもある。

「レナァァァァァァァァァ!」
 エストがありったけの声で叫ぶ!
 すると小さな影が応えた!

「エ、エストォォォォォォォォォ!」

 小さな影はすでに足元も頼りなく、だがここで止まれば後ろの影に追いつかれるので必死に走る。
 エストは馬から降り、右手を突きだした。
 その手の人差し指には指輪がはめられていた。薄金の熊の頭を象った指輪が。

 だが……

 雪に足を取られたのか、小さな影が前のめりに転ぶ!

「レナ!?」

 エストが右手を突きだすのをやめ、声を上げる!
 小さな影に迫りくる大きな影!
 小さな影は懐から小さな何かをとりだす。それは夜の闇に包まりつつある暗がりの中で、光り輝いた!

『あれは!?』

 エストがその光を見て、咄嗟に声を上げる。

「レナ! 言葉を、短剣の言葉を唱えろ!」

 その言葉に小さな声が反応した。

「言葉って!?」

「デルダ・ズルグ・ニス・ラズ!」

「ダルデ・ズ……何?」

「デルダ・ズルグ・ニス・ラズ! 早く!」

「ダルデ……いえない!」

 その言葉にエストが歯噛みし、

「現代語でもいい! 緊急退避!」

 すると声が頷いたように見え、

「うん、わかった! 緊急退避!」

 その言葉を叫んだ途端、小さな影は突然消え去り……
 そしてエストの横にレナが突如現れた。

「え!?」

 レナはいきなりのことで言葉が出ない。

 そのことを確認すると、エストは再び右手を突きだし、

「我、汝との契約によりここに汝を召喚する……というか、いくぞバルガナンド!」

『了~解!』

 その刹那、エストの言葉にかぶさるように、乾いた、だが地の底より湧き上がるような声が、周囲に響く。
 エストの指輪から激しい光が解き放たれ、それは光の帯となってエストの後ろに降り注ぎ……
 やがて巨大な人型を形成した!
 その肌は不可思議な輝きを放つ金属のようなものでできており、身の丈4m、異常に発達した肩と肩幅を持ち、その胸板は分厚く盛り上がる。
 そしてその面貌を覆うのは獰猛な熊を模した鉄の仮面で、その手には巨大な戦斧が握られていた。

 エルダー・ダイン……

 少なくともレナにはそれはそう見えた。

『あいつの相手は久々だな、おい!』

 乾いた声がエルダー・ダインから聞こえる。

「それより、いくぞ!」

『ああ、きな大将!』

 その言葉と共にエストはエルダー・ダインに飛びついた!
 するとその体に激突することもなく、エストの体はエルダー・ダインに吸い込まれる。

 そして……しばしの静寂の後、

「いけるな」

 エルダー・ダインからエストの声が聞こえる。と同時に戦斧を握る右手が動く。

『ああ。いつも通りだ』

 エルダー・ダインの楽しげな乾いた声が応える。

「エス……ト?」

 レナが不安げな声をささやく。
 するとエルダー・ダインからエストの声で、

「心配するな。すぐにあいつを倒してくる」

 そう真面目な声が聞こえたかと思ったら、

『そうそう! お嬢さんはしっかり見ててよねぇ☆』

 そう笑いながら応える乾いた声が続いた。
 そしてエルダー・ダインは迫りくる大きな影へと向かう。
 やがて両者が激突し、何度かの攻防が行われた後、大きな影が轟音を上げ大地に伏した。
 そしてその姿はやがて雪の中へと埋没し、消えた。

 それからエストとレナは街へは帰らずにエストの家へ行くことになった。
 すでに街からは離れており、途中で他の怪物との遭遇も考えられるし、それにエストの言で家の方が安全だといわれたからだ。

「凄~い!」

 エストの家を訪れたレナが、その中を見て声を上げた。
 家の中には至る場所に本棚があり、さらにその地下室には見たこともない機械も置かれていた。

「これって、全部エストの?」

 レナは本棚の本の一部を指さし尋ねる。エストは静かに、

「俺の、というより俺たちの」

 そういいにくそうに言葉を返した。

「俺たちって?」

 レナが首を傾げて尋ねる。

「もう死んじまった連中だよ」

 エストがこともなげに答えるが、レナは少しバツが悪くなり、

「あ、いや、そういう意味で聞いたんじゃ……」

 そこで言葉を飲んでしまう。
 しかしその姿にエストは微かな笑みを浮かべ、

「気にすることはないよ。死んだっていったって、もう何千年……いや、何万年前かもしれないから」

 そう応えた。

「何万年……?」

 レナが不思議そうに尋ねる。何万年?
 その表情を見てエストが一息つき、そして話しはじめた。

「バヤータ文明って知ってるよな」

「うん」

 エストの言葉にレナが応える。

「俺はその生き残りだ」

 エストは静かな声でそう告げた。

「え? でもエストまだ若いよね? なんでそんなこというの?」

 レナは少し頭が混乱して声が上ずる。
 確かに普通に考えればウソにしか聞こえない。
 だが先ほどのエルダー・ダインのこと、そしてエストがバヤータ語を使えることを考えると、完全な否定ができない。
 そのレナの狼狽ぶりを見てエストは、

「バヤータ文明の終わりのことだ。俺たちはある実験のためにこの大陸に集められた。それは試作型機動鎧の実践データーを集めるための試験で、俺もそのための一人だった」

 そう淡々と答える。

「じゃあ、さっきのエルダー・ダインって」

 レナは慎重に尋ねるとエストは静かに、

「ああ。あいつが俺の試験していた機動鎧。もっともあの時代ではエルダー・ダインなんて呼ばれてなかった。もっと禍々しい、ドゥーム・ダインと呼ばれていた」

 少し苦味を含めた声でそう語る。

「ドゥーム・ダインは元々戦闘兵器として開発され、その装着者をもテストしていた。その稼働実験に追いつけないものは外され、ついてこれるものだけが残された。その中には死んだ奴もいる」

 エストはそう語り、レナは聞いていた。

「何度もテストし、そして採用された機動鎧もあった。だが試作半ばで放棄されたものもあり、やがてその動きは一つの流れを作った」

「流れ?」

 エストが続ける言葉にレナが尋ねた。

「そうだ。兵器試験の凍結。全廃、とまではいかないが、現在進行している兵器試験を凍結し、その力を別の方面に向けよう、という動きだ」

 エストの言葉には少し苛立ちが見えていた。

「それはいい。別に俺達は戦争を望んでいるわけではないし。でも俺や俺の仲間はすでにドゥーム・ダインの適用試験に合格し、それと契約するようになっていた」

 エストの声に怒気がまじる。

「それはすなわち、俺たち自身の凍結を意味した」

 エストの口調にレナは不安を覚え、

「で、でもそんなの外せばいいじゃない?」

 そういうがエストは息を吐き、

「ダメなんだ。外れない。適合したもの以外には使わせないように、契約者が死ぬまで外れない」

 その声には言葉以上の感情が込められていた。
 諦観、あるいは悲嘆。

「だからあの時代の連中は俺たちを冷凍睡眠装置にかけて眠らせることにした。その周囲に結界を張り、万が一怪物たちを作り出すジェネレーターが再起動しても怪物が近づけないようにして」

 エストは敢えて気を落ちつかせ静かに言葉を続ける。

「でも中には途中で目覚めたやつもいた。監視の目を潜り抜け、時代の影に隠れ住んだものも。この家にある本は、そんな奴らが集めたものなんだ」

 その言葉を受け、レナは部屋の本棚を一瞥する。

「だが俺は今の時代に目覚めた。それからドゥーム・ダインの気配を辿り仲間の元を回った。でも……」

 エストが言葉を切る。レナはその気配に気づき、

「もう……いいよ……」

 そういってエストの手を握る。

「……ここにある本はあいつらの思い出なんだよ。あいつらがどう考え、どう思い、どう生きたかの。だから、俺はあいつらと可能な限り一緒にいてやりたいんだ」

 エストはそういって言葉を飲んだ。
 しばしの沈黙が流れる。しかし……

「でも、エストは今生きてるよ」

「……え?」

 レナの言葉にエストがあっけにとられ言葉を返す。

「エストの力、その力は昔は忌避された力かもしれない。破壊兵器であり、滅亡を呼ぶものとして封印された。それはわかる」

 レナはエストの手を強く握る。

「でも今は違う。アナタの力が必要なの」

 レナの言葉にエストの眉根が寄る。

「アナタと、その……」

「……バルガナンド?」

 エストがとっさに名前を上げるとレナは笑顔になり、

「そう、彼」

 レナはエストの右手につけられた指輪をさすり、

「彼の力も必要。アタシたちにはアナタたちが必要なの」

 レナの言葉にエストの表情に柔和さが戻り、

「俺たちはここを離れる気はない」

「うん。そういうと思った。でも、街の人にエストがエルダー・ダインの契約者だっていってもいいでしょ?」

 レナは朗らかに話し、

「だってうちの取引先の人が契約者だってわかったら、うちのお店にも箔がつくし、それにアナタも歓迎される」

 そう軽く話すレナの態度にエストの表情も緩み、

「なんだよ。結局商売かよ?」

 そう軽口を返す。そしてしばし二人は笑いあい、

「この家のことも、エストが古代人のことも内緒にしとく。でもエストの居場所は作っておくから。あとね……」

 そこまでいうとレナは少し悪戯っぽい表情を浮かべる。

「なんだよ?」

「これからここでバヤータ語の勉強をさせて、先輩☆」

「おいおい……まぁ、いいよ。よろしくな後輩!」

 そして二人は互いの手を強く握りあう。
二つの時代。そして二つの思い。それは一つの時代の幕開けだった。

                                ある雪の降る日に(END)

 ちなみにフェルドミナ大陸のワーテルダイン王国の地図はこちら。

 

 右上の街が今回の舞台のディディック。

 ちなみにこの短編小説『古き力の伝説』も読むと、エルダーダインについてわかるので面白いかも。
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【小説】ラヴィング・ユー

2016-12-31 20:22:54 | 今日の小話
 

 

『晴れ……空には眩しい太陽……白い雲に抜けるような青空……』

 それなりの冒険者でもある武器職人のルード・ヴルスタールは、今まさに冒険の最中にありながら、今から赴く冒険の舞台でもある山間部の遺跡を目指して歩みを続けているその道中で、大あくび一つを上げながら、穏やかな午後の空を見上げてそんな感想を漏らした。

 この冒険には一昨日から出立していた。一昨日の朝、惑星ショールーンの一国家ディバリア王国の都市ダンジョン・ヒルズの堅牢な城門を潜り、アルゼィ山脈麓のとある場所目指してこの冒険の第一歩を記したときには、彼の心には何かを期待する気持ちで一杯だった。
 そして、ふと視線をおろした彼の目に、この冒険の連れが、何やらニコニコしながら見慣れないものをいじっている姿が映った。

「おい、ティルウェイト。なんだ、その変なの?」

 ルードはこの冒険の仲間の一人でもある1mにも満たない兎のような種族、ヴァルナ―の超能力者ティルウェイトが見慣れぬ棒状のものを持っているのに気づき、ふと声をかけた。
 ヴァルナ―は力はないが、卓越した頭脳を持ち、超能力者である者も少なくないのだ。

「ああ、これですか? これは先ほど旅の方に貰ったものでして……」

 ティルウェイトはさも自慢げに棒状のものを振り上げてルードに見せつける。ルードはまじまじとみつめるが、難解な模様と奇妙な装飾が施されているために、その用途を察することは困難だった。

「これ、さっきのフードをかぶった爺さんだか婆さんだかわかんない人に貰ったのか?」

 ルードは棒状のものとトィルウェイトの顔を交互に見ながら、不審げにティルウェイトに問いただした。
 しかしティルウェイトはさも自慢げに、

「はい。でも、意外といい人らしい人でしたよ。なにしろこの謎の代物、私はたぶんバヤータ文明の遺産のワンドと踏んでいるのですが、これをただでくれたんですから! このワンドはたぶん凄い秘密を隠していますよ。ええっ絶対。絶対です!」

 ティルウェイトは長く伸びた兎のような耳をピンと立て、1m足らずの背でルードに負けじと必死に背伸びし、矢継ぎ早にまくしたてた。

『またこいつの悪い癖が出たか……』

 ルードは心の中で毒づいた。

 ティルウェイトと冒険に出るのはこれが初めてではない。
以前にも何回か一緒に冒険に出てはいるのだが、その都度、遺跡に入れば謎の宝箱を調べもせずに開けてワナを作動させたり、またある時は謎の人物にもらった薬を勝手に飲んで、最初の頃こそかなりいい効果を発揮したものの、実は後遺症が酷く、しばらく経つと体が麻痺して動けなくなり、その後の冒険では文字通り見事なお荷物になった、ということなどは一度や二度ではない。

 そして今回も……

『根はいい奴なんだが、どうにもこうにも警戒心が無さ過ぎる……』

 ルードは心の中で密かに舌打ちをする。

『今回はメンバーが少ないんだ。またお荷物なんて御免だぜ……』

「ねっ! なんかいい感じのワンドでしょう!」

 ルードの気持ちを知ってか知らずか、ティルウェイトは自慢げにもう一人の旅の仲間、ノースウッドに棒状のものを見せに回っていた。

「それより……今は旅の……途中……」

 ノースウッドは口数少なげにそう答える。

 

 名前こそ堅苦しいが、ノースウッドは外見がまだ16歳くらいのマシーネンドロウ、いわゆる人造的に作られたロボットの少女だった。まだ目覚めてから間もないが、彼女の使う銃の冴えは確かなものがあり、以前一緒に冒険したときにも彼女は確実に冒険の成功に貢献していた。

 もっともルードにとっては冒険の仲間だったかもしれないが、ノースウッドにとってルードは、仲間、というよりも、もう少し違う、恋、とも違うが、むしろ親への慕情に近い感情を抱いていた。

 ノースウッドを最初に見つけたのはルードだった。バヤータ文明の遺跡の中で眠り続けていた彼女の起動スイッチを入れて目覚めさせ、最初に命令を下したのもルードで、遺跡から連れ帰り、人間の世界を教えたのもルードだった。
 過去については何も知らない彼女に、世界を教えてくれたのはルードだった。
 元々名前がなかった彼女に“ノースウッド”という名前を与えたのもルードだった。
 それは彼女をダンジョン・ヒルズの北にある“深き民の森”のバヤータ文明の遺跡で見つけたから、という、極めて単純なところからつけられた名前だったが、彼女にとってその名前は、何よりも大切なものに思えた。
 だから彼女は、ルードが冒険に出るといえば文句1ついわずに同行し、彼をサポートし続けてきた。
 だが今回の冒険に関してだけは、彼女の勘、ともいうべき何かが、やや行くのを躊躇させていた。

「マスター……この冒険……アタシ……まだ……」

 ティルウェイトのはしゃぎようをよそに、ノースウッドは言いにくそうにルードに切り出した。彼女がルードに意見することは非常に珍しいことなのだ。
 その言葉にルードは両手をあげて、ややうんざり気味に、

「ノース、まだ言っているのか?今回の遺跡には、バヤータ文明の遺産が幾つもあるかもしれないんだぜ」

「でも……アタシ……」

「そうですよ! バヤータ文明の遺産もそうだけど、謎なんかが待っているかもしれないんですよ! 古代の知識!未知なる遺産! くぅ~、興奮する~!」

 ティルウェイトは二人の間に入ってきて、一人で勝手に興奮すると、そこかしこをピョンピョン跳ね回りながら軍楽隊が奏でそうな勇ましいマーチを歌いはじめた。
 もっとも彼の素っ頓狂な調子のついた声に、誰も乗りはしなかったが。

「ノース。ここまで来て、今更引き返すというのもないぜ。それにバヤータ文明時代であれば、ノースの生まれた時代でもある。もしかしたら、ノースのことについてもなにかわかるかもしれないんだ」

「……わかりました」

 栗色の巻き毛に縁取られたノースのあどけない顔はあくまで無表情を装いながらも、その口調はやや不服ともいうべきトーンの低さを持っていた。
ルードは、ふぅ、と一息つくと、そこかしこを跳ね回っているティルウェイトに向かって一声あげ、冒険の続行を宣言した。

 元々、この冒険に旅立つことになったきっかけは、ルードの所属する武器屋の主人からの依頼からだった。
 主人はある夜ルードを事務室に呼び出し、こう話を切り出した。

『アルゼィ山脈の麓付近、道から外れた森の少し奥に、手つかずらしい遺跡が見つかってね。なんでも発見した猟師の話では、その扉の表面には今までみたこともないような文様が描かれていたそうだ』

 主人はそこで話を切り、机の引き出しを探り一枚の、なにかの記号とも模様ともとれるものが書かれた紙を取り出す。

『で、この猟師がうちの店にきてその話をしたんだが、ワシもこの手の商売をしているおかげで、古代文明についてはまったくのド素人というわけではない』

 そして紙を広げ、ルードにその模様を示した。

『その文様、というものを猟師に書いてもらったら、どうにもこれがバヤータ文明のものらしくてね』

 ルードも確かにこの模様には見覚えがあった。彼が以前何回か潜ったバヤータ文明の遺跡に、これに近いものは幾つかあったからだ。
 ルードが静かに頷くと、主人は手を組み話を進めた。

『ルード、お前がバヤータ文明に最近ご執心なのは知っている。ノース、だったか……あのマシーネンドロウの娘の過去について調べているんだろ?』

 再びルードは小さく首肯する。

『もしかしたら、この遺跡にその手がかりがあるかもしれん。もちろん無いかもしれんが、幸いまだ手つかずのようだし、宝物の一つでも見つければ、そこからなにかわかるかも知れんぞ』

 ルードは、思いを巡らせる。
 確かにこれはチャンスかもしれない。手つかず、であれば、色々資料も残されているかもしれない!

『で、ワシからの依頼なんだが、お前も冒険者ならいっちょこの話に乗ってみんかね? もちろん職人の仕事は冒険中は有給休暇扱いにしてやるし、もし冒険で何か宝物の一つでも見つければ、こっちは情報料として半分貰い、あとはお前の自由にしていいし、それにマシーネンドロウ関係のものであれば全部くれてやる』

 主人は、決して人の悪そうな顔ではないが、色々な計算が感じられる笑みを浮かべ、

『どうだ? 悪い話じゃないだろ?』

 そう言うと、机に置かれたお茶を口に運んだ。

 確かにその話はルードにとっては悪い話ではなかった。彼は雇い主の主人の依頼でもあるために、二つ返事で依頼を請け、そして仲間を募った。
 彼にとってはやや足手まといになるかもしれないが、その類稀な嗅覚と知性によって様々な巧妙な仕掛けを見抜く(見抜くだけで解除できるわけではないが)ヴァルナ―の超能力者ティルウェイト。
 彼の家の居候であり、彼にとっては冒険の頼もしいパートナーとなりつつあるマシーネンドロウの銃の使い手の少女ノースウッド。
 そしてワナを探り、戦闘も行えるルード自身が、この冒険のリーダーとなった。
 ルードの本心から言えば、もう少し仲間は欲しかったのだが、あいにく他の面子は出払っていたために、集められたメンバーは実質ティルウェイト1人だけ、という、やや不満足なパーティー構成となってしまっていた。
 
『だがな……』

 ルードは冒険に旅立つ朝、ダンジョン・ヒルズの城門を潜り抜けた瞬間、何か興奮に近いものを感じていた。
 バヤータ文明……
 この時代の文物が手に入れば、ノースのことが何かわかるかもしれない。
 そんな期待が胸の奥底からこみ上げてきていた。

 それからの旅程は、比較的穏便に過ぎていった。街道を通るものの姿は旅人や荷馬車がチラホラと見え、その他にも武装した騎士の集団などとすれ違ったりもしたが、どれも彼らに対しては無関心で、彼らもこれといった接触を持たず、ただ武器屋の主人が書いた地図にある遺跡を目指して、道を進んでいた。

 空は晴れ、野盗の襲撃も、野獣との遭遇もなく、この旅程は穏やかに過ぎていくものと、ルードは思っていた。
 ティルウェイトは相変わらず賑やかに、しかしノースウッドは、顔を俯かせ、目が合えばこの冒険について何か言いたそうな、そんな剣呑な雰囲気が感じられた。
 だがルードは敢えてそれを無視し、道を急いだ。
 しかしダンジョン・ヒルズを発ってから二日目の昼前、街道に横たわる一つの影を見つけ、彼らは立ち止まった。

 それは少し盛り上がった、元は赤色だったのだろうが、今は茶褐色に汚れたボロボロのローブで、その横にはこれもかなり古いものらしいカバンが落ちており、これらを着用していたものが、かなりの時間を旅してきたことが察せられた。
 ティルウェイトが好奇心から近寄ると、ローブが何やら蠢き、ティルウェイトのほうに枯れ枝にも似たか細い腕が弱々しく突き出された。
 ティルウェイトも最初は驚きもしたが、それがかなりよれよれのローブを纏い、目深くフードを下ろした、たぶん人間と思しきものだと感じとると、その手をとって、

「何かお困りのことでもあるのですか?胸が痛いとか、お腹が空いたとか?」

 ティルウェイトの問いかけに、ローブの人影は、極めて小さい老いたしわがれ声で、

「腹が……腹が減っております……」

 そう言うと、ティルウェイトの手に縋って何かを求めた。
 その言葉に安堵の微笑みを浮かべたティルウェイトは、空いている手でカバンを探ると、今回の冒険で予備としてとっておいた保存食を取り出し、

「私たちは旅の途中なんです。だからあまり美味しいものは持っていませんが、これならたぶん腹持ちもするし、少しは空腹を紛らわすことが出来ますよ」

 そう言うとローブの人影に保存食を手渡した。
 ローブの人影はそれを手にとるとやや震えた手つきで、最初は鼻に近づけ臭いを嗅ぎ、そしてしばしむしゃむしゃと口にほうばり食べた。やがて食べ終わると、腰をあげ、ティルウェイトに軽く会釈すると、街道をダンジョン・ヒルズに向かってよろよろと歩きはじめた。
 その後姿を見ていたティルウェイトだったが、近くを荷馬車が通るのを見ると、彼は飛び出して荷馬車を止め、馬車がダンジョン・ヒルズに行くことを確認した。
そして、しばらく進んでいたローブの人影のところまで駆け寄り馬車のところまで連れてくると、荷馬車の御者に幾らかの賂を渡し、

「この人を、できれば街まで運んでください。行き先はダンジョン・ヒルズでいいんですよね?」

 ローブの人影に街まで行くことでいいのかを聞くと、人影は静かに頷き、フード越しにマジマジとティルウェイトを見入るような仕草をした。
そしておもむろにカバンに手を突っこみ、一つの装飾が施された棒状のものを差し出した。ティルウェイトはやや眼を大きくしてそれに魅入ると、

「これ、私のくださるのですか?」

 ティルウェイトの問いかけに人影はゆっくりと首を縦に振り、ティルウェイトにしか聞こえないほどの小さな声で、

「これは、どうしても大変なときになったら弧を描くように大きく振ってください。ただし、たった一回しか使えません。時と場所を考え、最適なときに最適な選択を……」

 そう言うと、ティルウェイトの手に棒状のものを握らせ、そのまま馬車に乗ってダンジョン・ヒルズの方へと消えていった。
 ティルウェイトはその後ろ姿を暫し見つめ、彼の人にささやかな幸せを、と心の中で祈り、そして再び贈られた棒状のものに目をやった。

『これはきっと、バヤータ文明の遺産のワンドに違いない……いえ、きっとそうです!』

 そう思うと、ティルウェイトは心の奥底より何か嬉しいような楽しいような心が躍るような感覚が湧き上がってきて、いてもたってもいられなくなってしまった。

『これはきっと遺産のワンドです! 私の目に狂いはない! きっと、いいものです!』

 そう、ティルウェイトはこの突然の贈り物に嬉々としていたが、その様子を見ていたルードは、いらない道草を食ったとばかりにつまらない表情をしており、ティルウェイトが何を喜んでいるのか、彼が何を貰ったのかまでは、その時はよくわかっていなかった。

 そしてルードは道中歩いている最中、ティルウェイトがその見慣れない棒状のものをいじっている姿を見咎めて声をかけた。
 ティルウェイトは嬉々として語り、そしてルードはうんざりし、ノースウッドはこの冒険の続行に難色を示した。
 ルードにとっては、幸せな気分がいささか沈んだ。

 それから二日が過ぎ、一行はアルゼィ山脈麓の森の中に分け入っていた。猟師などが使う小道しかないが、幸い武器屋の主人の地図は要点を得ており、迷うことなく目的地まで到達できた。
 遺跡は、山肌に沿うような形で作られており、一種の石造りの二階建ての館を彷彿とさせた。
 ただ、一階部分にも二階部分にも窓はなく、中はかなり暗いものだと推察された。
 そして問題の扉には、確かに奇妙な文様が描かれており、それはティルウェイトばかりかノースウッドにさえバヤータ文明時代の文字であることが見てとれた。

  

「これ、どうやって開けるんだ?」

 取っ手も溝もなく、どう扉を開ければいいのかわからないルードは、文芸担当のティルウェイトに聞いてみた。
 ティルウェイトはしばし扉を見入ると、

「これは、どうやら合言葉で開く仕掛けですね」

「合言葉って?」

 ルードはすかさず聞いたが、ティルウェイトはやや興奮気味に扉の横に描かれているバヤータ文明の文字と思しきものを読み、

「ここ、ここですよ!え~と……『我が家に入りたくば入りたるときの礼節を述べよ』と書かれてますよ」

 その言葉にルードはやや困惑気味に、

「バヤータ文明時代の我が家に入りたるときの礼節って言われてもなぁ……」

「普通、人様のお宅に入る時ってどういいます?」

 ティルウェイトが扉から目を離しルードたちを見返したとき、不意にノースウッドが、

「デェルダ・ヴァル・クス……」

 そう言葉短めに告げると、扉の文様が微かに光、静かに横にスライドし、道を開いた。
 その突然の光景に、ルードは怪訝な顔をし、次いでノースウッドを見つめ、やや詰問する口調で、

「ノース。今なんて言ったんだ?」

 ノースウッドはこの光景に対して、無表情な顔はしていたが少し慌てた仕草で、

「あれは……その……」

 突然のことに自分でも驚くノースウッドを尻目に、

「『お邪魔します』のバヤータ文明語ですよ。そうですよね、ノース」

 しどろもどろの口調のノースウッドに代わり、ティルウェイトが嬉しそうに告げた。そのやりとりを見ていたルードは、自分の知らないバヤータ文明語を満足な記憶がないノースウッドが何故話せるのか、少し戸惑いにも近い感情が芽生えたが、やや気を取り直して、

「ふ~ん……バヤータ文明語ってそんな感じなのか。まぁ、言葉がわかるんなら、こういったことはお前たちに任せるよ」

 そう言うと、一行は開かれた戸口を潜り、遺跡内部に足を踏み入れた。

 遺跡の中は思ったよりも明るかった。いや、明るくするための仕掛けがあった、というほうが正解かもしれない。
 壁のあちらこちらには、バヤータ文明時代に設置されたであろう照明器具が配置され、しかもそれがまだ生きており、その技術の高さを物語っていた。
 そして遺跡内部を調査していくうちに、一階部分にも二階部分にも、目立った宝物だの遺産だのが見当たらないことがわかった。

「空振りか? この遺跡には何もないのか?」

 ルードは、やや落胆した口調で周囲を見回した。
広間ともいえる広さを持ったこの部屋を見回しても、あるものといえばなにかの修理に使ったであろう木材と、なにかが書かれた紙片の束数束のみ。
 しかし先ほどから床に座り、その紙片の束に難しい顔をして目を通していたティルウェイトが、いきなり大きな声で、

「わかった!」

 そう叫ぶと、ルードの静止も聞かずに、一階部分の一隅へと走りはじめた。
 そして……

「ここです! ルード、ここを調べてください!」

 不審に思ったルードは、事のあらましをティルウェイトに問いただした。
 ティルウェイトは語った。

「私は気付いてしまったのです。この紙片! この紙片は、一見ただの落書き、数字の羅列のように見てとれますが、これはこの館の方位と座標、そして角度を表わしたものだったのです!」

「そして、この方位、角度から考えられる地点は、この一隅しかない、と私の直感が訴えかけてきたのです!」

 ティルウェイトの目は興奮で充血し、

「だから、ルード! あなたの力の見せ所です! ここから更なる道を開くのです!!」

 ティルウェイトの興奮はすでに頂点に達しており、ルードの反論など聞く耳を持たない状態だった。
 ルードは無駄ではないかと考えながらも入念にそこかしこを調べると、壁の一部にやや動く気配が感じられた。

『これは……』

 ルードはさらに入念に調べた。動く壁、というものは、よく遺跡などでは使われる手段だ。
 そしてその先には大概、何かしら重要な秘密の通路なりが隠されていたりもする。
 ルードは自身の経験から、壁を叩き、押し、周囲を触ると、壁の一部がスライドすることがわかった。
 さらにそこをスライドさせると、その中にはレバーのような取っ手が納まっていた。
 それを見たティルウェイトは、

「あぁ、ありましたね! さぁ、それを引くのです!!」

 そう叫ぶと興奮気味に催促したが、どういった仕掛けかも判然としない今、このレバーを引くのには多少躊躇われた。しかし……

「あぁ~ん、もう! 引かないんなら私が引きます!」

 横からティルウェイトが割って入り、いきなりレバーを手前に引き倒した。その光景にルードは大声で、

「馬鹿っ! どんな仕掛けかもわかっていないんだ!不用意なマネをするんじゃないっ!!」

 しかし時すでに遅く、軽い音と共にこのレバーが収められていた右隣の面の壁がスライドし、まだ見ぬ道が開かれた。と同時に、どこか地の底でも、何かが蠢きはじめるような音が響いてきた。

「どうです! 私の勘は当たっていたっ! この先に、きっと宝物が眠っているはずです!」

 しかしルードは、その言葉をまともに聞いてはいなかった。
 確かに道は開かれた。だが、さっきの地の底から聞こえた地鳴りのような音はなんだ?
 ルードはそんな思いを抱きながらも、開かれた通路へと歩みを進めた。

 通路はしばらく行くと下に向かう階段へと繋がっていた。
 だがそこには、人型をした動く人形とでも言うべき歩兵の守護者、サーバントが二体おり、一行の行く手を塞いだ。
 しかし、一見手強そうに思えたこのサーバントたちは、ルードの剣術とノースウッドの銃の前では敵ではなく、いとも容易く撃退され、一行は事なきを得て、更なる地下へと進んだ。

 

 地下は思ったよりも広かった。そして地上の階とは違い、様々なバヤータ文明時代の遺品が安置されていた。
 ルードたちはその中で価値がありそうなものを選び、それぞれのバックパックに収めると、さらにその先を進んだ。
 そしてさらに地下へと続く階段で、先ほどと同じサーバントたちと遭遇し、軽い戦闘の後、その行く先をさらに地下へと求めた。
 この戦いでティルウェイトが怪我をしたが、それは傷薬と応急処置でどうにかこうにかやり過ごすことができた。

 だがここにきて、ノースウッドの表情がやや曇りはじめてきた。
 ティルウェイトの怪我の手当てをしながら、ノースウッドはルードの顔をちらちら見て、何か言おうとしている様子が見てとれた。
 ルードもそんな状況にややイラつきながら、ノースウッドに声をかけた。

「ノース。何か言いたいことがあるんなら言ったらどうだ。何か溜め込んでいるのはマシーネンドロウでも体に悪いぞ」

 ノースウッドはその問いにやや俯き、少し目を閉じ、そしてキッとルードを見つめ、

「アタシ……もういいです……過去のことは……」

 ルードはその言葉を予期していたのか、深い溜め息をつき、

「ノース……今回のお前、どうかしてるぞ。いつもなら俺の言うことにもやることにも口を出さないお前が、なんで……」

 ルードの胸ほどしかない背丈のノースウッドだったが、まるでルードに挑むかのような態度で、

「ティルウェイトさんも……怪我をしました……だから……アタシ……」

 その反抗的ともとれる言葉にルードはついカッとなり、

「いい加減にしろっ! 冒険者に怪我はつきものだ! 特にティルウェイトが怪我をすることなんていつものことじゃないか!」

「でも……」

「じゃぁ何か? 俺たちの誰かが死んじまうとでもいうのか!?」

「……いえ……」

「じゃぁ、お前の心配は杞憂だ! ありもしない心配で不安になっているんだっ!」

 そう言うとルードは大きく手を振り、この話題の中止を宣言した。
 ノースウッドはそのまま俯きルードに背を向けたまま、再びティルウェイトの治療に戻った。
 気まずい空気が流れたのを察したティルウェイトはノースウッドを慰めていたが、その様子を見てルードは、言い過ぎたかな? と、少し良心が傷まないでもなかったが、どうせ杞憂だ、と、気分を変えることにした。

 そしてさらに地下へと到達し、一本道の通路を少し行ったとき、一つの大きな扉の前に出た。それは今までの扉とは異なり、かなり大きな鉄製の扉だった。

「この中! たぶんこの中に、この遺跡の最重要秘密が眠っているのですっ!」

 杖を突き出し、ビシッ! っとポーズを決めたティルウェイトの言葉に、一行は少し緊張した。
 ルードは慎重に扉に取りつき、ワナの有無を調べ、ないとわかったらかかっていた鍵を解除した。扉は、一人で開けるには重すぎるが、ノースウッドの力を借りれば容易に開けられた。
 中はかなり広いドーム状の円形の空間だった。
周囲の壁には本棚がびっしりと置かれ、本が整頓されて納められており、扉の対面にあたる奥には、巨大な機械のようなものが設置され、それは鈍い音と微かな光をそこかしこから発していた。

「ここは・・・?」

 ルードは部屋に足を踏み入れると、周囲を見渡した。ティルウェイトやノースウッドも続いて入り、ティルウェイトは周囲の本棚を一瞥すると、

「たぶんここは、この遺跡の心臓部。いわゆる古代知識が収められた書庫です!」

 ティルウェイトは興奮気味に近くの本棚に駆け寄ろうとした。
 しかし……

「気をつけろ! ティル!!」

 突如として部屋のドーム天井が開き、一つの巨大な影が、今まさにティルウェイトがいたであろう地点に落下してきた!
 ティルウェイトはルードの声に機敏に反応しピョンと横に飛んだからいいものの、もしそこにいれば、間違いなくヴァルナ―のミンチ肉が出来上がっていただろう。

「な、なんですっ!?」

 ティルウェイトはとっさに振り返り、自分を踏み潰そうとしたものを確認した。
 床に積もっていた埃をまき散らし落下してきたそれは、次第に埃の晴れる中、その姿を顕わにした。
 金属で出来た3mはあろうかと思える巨体、その体の上部に球形の砲塔と思しき物が見え、まるで野獣の荒々しさを体現した四本の機械の足が体を支えていた。
 そしてそれは、以前上の階で聞いた、あの地響きともとれる轟音を発しており、それは地面に転がってそれを見ているティルウェイトに向きを変えようとしていた。

「ガーディアンかっ!?」

 ルードは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 ガーディアンとは、バヤータ文明時代に作られた四本脚の体と光線銃を搭載した砲塔を持つ機械兵、いわば戦闘用のロボットだった。その体は頑強な金属で出来ており、生半可な攻撃では効果がなく、そのため以前駆け出しだった頃の彼が出会った時も、しこたま痛い目にあわされたことがある敵だった。

『さっきの地鳴りみたいな音はこいつの起動音だったのか……だが……』

 

 しかしルードには多少の勝算があった。あの時は駆け出しだったが、今は違う。それに力強い仲間もいる。なんとかやれるっ!
 ルードはガーディアンとの距離を考え、やや後ろに下がると、

「ティルウェイトは後ろに下がって超能力援護! ノースは距離をとりこいつを狙撃しろ!」

 そう素早く指示を出すと、ティルウェイトを後方に下げるために、自身が囮になりガーディアンの注意をそらす作戦に出た。
 なるほどガーディアンは戦闘機械だが、頭はよくないらしい。ルードの軽い陽動にもまんまとひっかかり、その向きをティルウェイトからルードに変え、重々しくルードに向かって一歩を踏み出した。

『くるな……』

 ルードはガーディアンの次の行動を予測した。次はたぶん、上部の砲塔にある機銃を撃ってくる……
 そしてそれは的中した!
 砲塔から派手にビーム弾を放つガーディアンに対して、ルードは機敏な動作でその攻撃をことごとく避ける。しかしふと、周囲の本棚のことが気になり目をやると……

「……!?」

 このような事態を想定していたのか、本棚や部屋の奥の機械にはいつの間にか鎧戸のようなものが下り、万が一にも流れ弾が飛んできても大丈夫な作りになっていた。

『ご丁寧な作りなことだ……だが、これで思う存分暴れられる!』

 ルードはそのことを確認すると、俊敏に部屋の各所を飛び回った。
その都度ガーディアンは、ルードめがけてビーム弾をばら撒いた。それらの弾の幾つかはルードの体を傷つけ、彼の額からはいつしか血が流れ落ちていた。

「ルード! 私はもう大丈夫だ! 指示を!」

 扉付近まで下がったティルウェイトが叫ぶ。ルードはその声に応え、

「こいつにサイコバーストを撃ち込め! ノース!」

「はいっ!」

 呼ばれたノースは銃を構え、準備にはいる。

「お前は十分狙いを定めて、こいつの急所を突け!」

 その言葉と共にルードはガーディアンから距離をとった。サイコバーストは範囲攻撃型の超能力であり、ガーディアンの近くにいては巻き添えを食らってしまうからだ。
 そしてティルウェイトの詠唱が終わり、ガーディアンに向かって突き出した杖の先端に拳大の光球が出現したかと思ったら、その光の玉はガーディアンに向かい一直線に飛んでいき、そして弾けた!
 ガーディアンはその爆発を受け、激しくよろめいた。
 しかしその四本の脚は崩れることなく、今なお健在だった。    
 だが……
 爆発がおさまったのと同時に、今度はノースウッドの銃撃がガーディアンを襲う!
 急所を狙う必殺の一撃だったが、残念ながら急所を射ることはできなかったようで、その攻撃によってもガーディアンは倒れずにいた。

『だけどな……』

 ガーディアンはこれらの攻撃を受け、向きをティルウェイトたちに変えようとしていたその時、後方からルードが一気に飛びかかり、その巨体をよじ登り砲塔に取りついた!

「ティル! 俺にエンチャントをかけろ!!」

 ルードの声にティルウェイトは超能力を発揮する。そしてルードの剣が、黄金の輝きと共に光の炎を吹き出した。

「これで、どうだっ!」

 激しい光の奔流がルードの剣からほとばしる!
 ルードは砲塔めがけて剣を突き刺した。軽い爆発と共に破壊される光線銃。そして、その攻撃は確実に本体にもダメージを与えていた。

「×○△□×△!?」

 ガーディアンは奇妙な悲鳴ともとれる声を発すると、ルードを振り落とそうと必至に体を左右に振りはじめた。
しかし、ルードはしぶとくしがみつき、その手にした剣は、確実にガーディアンにダメージを与えていった。

『やったか!?』

 ルードは勝利を確信し、少し手を緩めた瞬間、激しい衝撃と痛みが彼の体を襲った。

 それは彼には唐突な出来事のように思えたが、周りで見ていたティルウェイトやノースウッドは気づいていた。
 ルードはしがみついていることに夢中になっていたからわからなかったが、ガーディアンは振り落とせないのを見てとると、その体を壁にぶつけ、ルードをガーディアンの巨体と壁の間にはさんで押し潰す作戦に出たのだ。
 そうとは知らずにルードはまんまとその策に乗ってしまい、しこたま壁に体を打ち据えられ、激しく床に落ちていった。
 満身創痍のガーディアンがその姿を見て、不気味な咆哮をあげる。

「マスター!?」

 悲鳴にも似たノースウッドの声。
 しかし全身に痛みを感じながらも、ルードはノースウッドに精一杯の声で指示を出した。

「ノース!もう一回だっ! もう一回狙撃しろ!!」

 今まさにルードを踏み潰さんとするガーディアンの姿を目の当たりにして、ルードは死を覚悟した。その刹那、

 ゴウンッ!

 ガーディアンの胴体をなにかが貫いたと思った瞬間、小さな爆発が起き、そしてゆっくりと後ろに倒れていった。

「……?」

 ルードは最初そのことを理解できなかったが、すぐにノースウッドが駆け寄り、ついでティルウェイトが駆けつけて説明してくれると、全てを理解した。
 ルードが最後に出した指示、ノースウッドの狙撃が功を奏し、ただでさえルードの攻撃で弱っていたガーディアンに最期の一撃を見舞い、そして倒したのだ。
 ルードは全身の痛みを我慢しながら起き上がると、そこにノースウッドが寄り添ってきた。

「マスター……怪我……大丈夫?」

 ルードは、いつもとは違い心配げな表情を浮かべるノースウッドの頭に手を置いて、

「ああ……ちょっと痛いが、まだいけるよ。さぁて、ここの宝物でも漁るかなぁ……」

 そう、いたって陽気に振舞うと、部屋の奥の機械目指して歩きはじめた。

 だが……

 ガーディアンの残骸に目をやっていたティルウェイトは、ガーディアンの機能がまだ完全に停止していないことに気付いた。そしてガーディアンが微かな声で、バヤータ文明語を発したことも聞き漏らさなかった。

「大変です!」

 ティルウェイトは叫ぶ。その声にルードもノースウッドもビックリして振り返ると、ティルウェイトが真剣な面持ちで、

「今、こいつが言ったんです! この遺跡の自爆装置を起動させた、と……!!」

「なにっ!?」

 ルードたちは慌てふためいた。あれだけの戦いを乗りこえたというのに、ここでこんなことが待っているなんて……

「早く逃げ出しましょう!」

 ティルウェイトがそう言った刹那、部屋全体を激しい揺れが襲った。
 その揺れによって壁や天井のそこかしこが崩落を始め、すでに出入り口が瓦礫に塞がれてしまっていた。

「馬鹿な! ここまで来て……」

 その光景と現実を目の当たりにして、ルードは激しく後悔した。
 この冒険に出る前、そして旅の途中、遺跡に入ってからでさえも、ノースウッドが引き返すことを進言したのに、それを小馬鹿にしたように一笑に付して、まるで相手にしなかった自分を。ノースウッドの気の迷いと嘲った自分を。

「逃げ道は……ない……のですか?」

 ノースウッドが、苦渋に歪んだ顔をして佇むルードにそう聞いたが、ルードには何も言えなかった。
 そうこうするうちに部屋全体の壁は崩落の一途を辿っていた。

「そうだっ!」

 いきなりティルウェイトが大きな声を出した。しかし、その声は絶望ではなく、何かの希望に満ちていた。

「これ、これですよ! これを使えばいいんです!!」

 ティルウェイトはカバンの中から、旅の途中のローブの人影から貰った棒状の物を取り出した。ルードは諦め顔でティルウェイトを見て、

「ティル……何かの冗談か? この状況でそれがなんの役に立つ?」

 しかしティルウェイトは陽気さを変えずに、

「いや、大丈夫ですよ。うん、大丈夫! これはきっとバヤータ文明の遺産のワンドです。私はこのワンドの力を、そしてこれをくれたあのローブの人を信じます。いや、今は信じるしかない!」

 そう自分にも言いきかせるように力説すると、棒状のものを弧を描くように振り回しはじめた。

『何やってんだか……』

 何回か振り回してもまったく変化のない様子を見ていたルードは、崩落してきた天井の破片の幾つかがすぐ近くの床に落ちて砕けたのを、失意の底で俯きながら無感動に眺めていた。
 いずれ俺も死ぬんだな……

 しかし奇跡は起きた。

 しつこく棒状のものを振り回し続けていたティルウェイトと、それを眺めていたノースウッドが、互いに歓声を上げた。

「マスター! これを……これを見てください!」

「外ですよ! 外に出られるゲートが出来たんですよ!」

 ルードが視線をティルウェイトたちに向けると、今さっきまでティルウェイトが棒状のものを振り回していた軌跡の空間に、ポッカリと外の光景が写っていた。
 そして、ティルウェイトが半身をその中に入れている光景も目に入った。

「これで助かります! さぁ、このゲートが閉じないうちに、早く!」

 ティルウェイトがゲートの向こう側から声をかけてきた。
 ノースウッドもルードの腕を引き、必死な顔で、

「マスター……今は……早く……!」

 ルードは自分の腕を力一杯引くノースウッドの顔を見て、ふぅ、と深い溜め息をついた。

「俺は……お前の過去を見つけてやりたかった……でも、今回もダメだったな……」

 しかしそんな情けないことを呟くルードの気持ちをよそに、ノースウッドはルードの腕を激しく引き、

「そんな……ことより……早く!」

 天井が激しく崩落を始め、本棚も、機械もすでに砂礫の埃で見えなくなり、すでに部屋の原形は失われつつあった。
 ゲートも縮まり行く中、ルードはゲートを潜る一瞬前、崩落の音にも負けじと、大声で一言こう叫んだ。

「くそったれ!」

 ゲートは遺跡の外の森に繋がっていた。ルードたちがゲートを潜り、轟音がしたので後ろを振り返ると、そこでは、今まさに脱出してきた遺跡の館が、激しい土煙を立てて崩壊する様が見てとれた。

「生きて……出られた……」

 ルードはやや呆けた表情でその光景を見ていたが、ノースウッドがしがみついてきて、震える小さな声でこう囁いた。

「アタシに……過去はいりません……ただ……今のアタシには……マスターが……必要なんです……一人ぼっちにしないでください……」

 ノースウッドは今にも泣きそうな顔でそう告げた。
 たぶん、涙を流せるのであれば、その瞳には大粒の滴が浮かんでいたのだろう。
 ルードは傷だらけの手を、そんなノースウッドの頭にやり、しばし柔らかい手つきで撫でたあと、悔恨とも自嘲とも、ノースウッドへの愛情とも懺悔ともつかない優しい声で、こう呟いた。

「……くそったれ……」

 

 それから休憩もかねて五日かかってダンジョン・ヒルズに戻った一行は、とりあえず手に入った遺産や宝物の分配に入った。
あまりめぼしいものは手に入らなかったが、それでもそれなりの額になり、半分は武器屋の主人が、あとの半分はそれぞれに分配した。
 もっとも、ノースウッドの分け前もルードに入るのではあるが。
 幾つかの宝物の中には、バヤータ文明時代の機械や文物を伝えるものもあったが、それが直接ノースウッドの過去と繋がりそうなものはなかった。
 だがそれでも、今回の冒険ではそれなりの成果が出ており、各人は満足しながら冒険の終わりを迎えた。

 そして、冒険成功の打ち上げが行われた翌日の朝、ルードは自宅の一室に間借りしているノースウッドの部屋を訪ねた。
 すでにいつもの生活に戻っていたノースは、小さな首飾りをつけた衣装を纏い、無表情で戸口に現れた。
 それを見て、ルードはやや照れた笑みを浮かべ、

「ノース。この前は世話になったな。これは俺からのプレゼントだ」

「なんですか……?」

 ノースウッドは、ルードから手の平サイズの小箱を受け取るとしげしげと眺めた。
その表面には綺麗な装飾が施されており、女性的な雰囲気を漂わせていた。

「雇い主が鑑定してくれてね、この上についているボタン。これを押すとな……」
 ルードが、ノースウッドの手に収められている小箱の上にある小さなボタンをちょこんと押すと、箱は小さな金属音でメロディアスで可愛らしい曲を奏ではじめた。

「わぁー……すごーい……」

 ノースウッドは手にした箱から流れてくる曲に耳を傾け、静かに目を閉じる。
 うっとりと聞き惚れるノースの姿を見て、ルードは満足げな笑みを浮かべながら、

「今回の冒険でもノースの過去については何もわからなかったけど、それを聞けば何か思い出すんじゃないかと思ってね。まぁ、もっとも本当に気休めだけどな」

 そう照れ臭そうに言うルードだったが、ノースウッドは珍しく口元に笑みを浮かべながら聞き惚れている。
そしてふと、ルードに向かってこう尋ねた。

「この曲……なんて名前……なんですか……?」

 その質問にルードはちょっと困ったような顔をして、

「曲名かぁ……確かな曲名かどうかはわからないんだが、武器屋の主人の話では、その箱に“あなたを愛してる”って書いてあったそうだ」

「へぇ……“あなたを愛してる”……」

 そう言うと、再びノースウッドはその小箱から流れる曲を瞳を閉じてうっとりと聞き入っていた。

 ふと、ルードが窓の外に目をやると、そこには白い雲と、どこまでも抜ける青い空が広がっていた。

『今日も晴れるかな……』

 ルードはそう思うと、ふと、心の底から幸せな気持ちがこみ上げてくるのを感じずにはいられなかった……

 

                                 ラヴィング・ユー(END)

●各キャラクターのデーターです☆

 

  

 

 

  
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