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異世界転職NPC体験記十二・世界放浪編序章

2023-07-22 17:46:45 | 異世界転職NPC体験記本文
 見渡す限り広がる乾いた褐色の大地。
 雲一つない空は夕焼けに染まり紅色の色彩と黄色の輝きを放ちながら、朱色に締まった太陽に静かな別れの一瞥を送る。

 ボク、如月マトは少し煤けたマントで全身を覆い、周りにいる人たちに警戒の視線を送りながら、ボク同様マントで身を包みすぐ横に立つ左頬に青痣を持つ長身の男性、元勇者の神屋サイトさんに呟く。

「なんですか。この人たち?」
「さぁ? 俺たちの歓迎でもしてくれるのかな?」

 褐色の大地同様乾いた声で笑いをふくんだ声音でサイトさんが言葉を吐きだす。

 背丈が180cmを超えるサイトさんだが、ボクたちを取り囲む人たちも負けず劣らず、いや中には2mを越えそうな人までいるし、それに恰好が凄く凶悪そうというか……

 みんな丸刈りかスキンヘッド、中には鶏のトサカのような……モヒカンっていうんだっけ?
 そんな髪型を赤や金、紫なんかの色で染め上げ、顔にはもれなく物騒な感じのペイントも。
 着ている鎧には多数のトゲが生え、手にしてるのは釘バットやトゲ付き棍棒なんかの鈍器やゴツい斧。

 そんな感じの人たちがざっと見ただけでも20人以上。

 しかもニヤけた笑みを浮かべ僕たちをシゲシゲと見て、

「歓迎……歓迎ねぇ」
「そういやぁ、歓迎ってどうすりゃいいんだぁ」
「そりゃぁ歓迎といえばアレしかないだろ」

 そういうと一斉にゲラゲラと笑い声を上げる。

「こいつら……」

 サイトさんの緊張が高まり、ボクは思わずサイトさんの後に隠れる。

「おいおい、コイツ何身構えてんだぁ?」
「まさか俺たちが怖い、なんてこたぁねぇよなぁ」
「怖ぇのはこの兄ちゃんの顔だろ!」

 一斉に上がる笑い声に、顔を馬鹿にされたサイトさんの顔はより険しくなり、忿怒の焔が体から噴き上がり、

「マト、少し離れてろ……」
「でも」
「大丈夫だ、すぐ終わる」

 言葉を吐いてサイトさんは一歩前に踏み出した。

「おい、この兄ちゃん俺たちとやりあう気かよ?」
「困っちまうなぁ」

 言葉とは裏腹に、困った感じも悪びれた様子もなく、サイトさんの態度の急変に周りの人たちの武器を構え、臨戦態勢をとる。

「いいぜお前たち。全員でかかってきても一匹できても、最後に立ってるのは俺だしな」

 構えをとりつつ不敵な言葉を吐くサイトさん。

「!?」

 一瞬周りの人たちはなにを言われたのかわからないようだったけど、次第に言葉の意味と自分たちが侮辱されたのがわかってくると、みるみる顔色が変わり、

「ああ、そりゃどういう意味だ兄ちゃん?」
「俺たち全員相手でも勝てるってか?」
「匹とはなんだよ、匹とは!!」

 口々に罵声を轟かせ、

「こいつやっちまってもいいよな!」
「多少痛めつけても大丈夫だろ」
「というわけで、俺たちの練習台になってくれや、元勇者さんよぉぉぉぉ!」

 雄叫びと共に襲いかかる人たち!

 サイトさんも即座に応戦の構えを見せ、突っこんできた近場の人に必殺の拳を放つ!

「待ちたまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 サイトさんの拳が相手を捉えようとした刹那、突如上空より男性の声が轟き、凄まじい勢いでサイトさんと人たちの間になにかが落下した!
 衝撃音と衝撃波と共に周囲には土煙が立ちこめ、ボクたちの視界を奪う。
 むせるような土埃の中、サイトさんはボクをかばう形で周りを警戒し、ボクは落ちてきたものの姿を捉えようと目を見張る。

 やがて吹き渡る風により煙は薄れ、落ちてきたものをボクは見た。

 それは男性だ。それも短く刈りこんだ頭髪と口髭と顎鬚を持つ壮年の。
 左膝を立て右膝をつき、右腕を大地に撃ちつけるような姿で着地していた男性は、静かに立ちあがる。
 白いジャケットに白いパンツ、白いカッターシャツを身にまとう、彫りの深い容貌の壮年のイケオジ。

「待ちたまえ、君たち」

「お館様!」

 周りの人たちが上げる驚愕の声の中、イケオジは低く厳かな声で呟き、服についた土埃を軽くはたくと、サイトさんと周りの人たちを見回し、

「ここは争う場面ではない。そうではないのかな、神屋サイトくん」

 サイトさんに穏やかな笑みを送る。

「なんで俺のことを?」

「姪たちから聞いているよ、君がここにくるって」

 サイトさんの疑念の声にお館様と呼ばれたイケオジは笑みをふくんだ声で、

「自己紹介がまだだったね。私は真王の一人、真士。そして真姫と真歌の伯父でもある」

「あいつらが話していた伯父様?」

「あなたがあの?」

「そうだよ、その伯父様だ」

 ボクとサイトさんは真士と名乗るイケオジの姿をマジマジと見て、どことなく真姫ちゃんや真歌と似てなくもないが、あまりの雰囲気の違いに言葉を失う。

 落ち着いた立ち居振る舞いと礼節をわきまえた態度。

 決して高慢ではないが威厳があり、凛とした姿勢と声で周囲を圧するオーラを放つ姿に、ボクは真姫ちゃんや真歌にはないものを感じていた。

「本当にあの人たちの伯父さんなんですか?」

 ボクは思わず疑問を口にし、マズイと表情を浮かべたものの、真士さんは軽く笑い、

「あの子たちにはまだ私のような経験がないからだろう。いわば年の功というものだよ」

 ボクの失言を咎めるでもなく軽く流してくれる。

「とはいえ、君たちの態度は穏やかではないな」

 真士さんはボクからサイトさんや周りの人たちに目を移しながら少し厳しい口調で話す。

「私は、歓迎してくれ、とはいったが、戦え、とは頼んでいないよ」
「だってこいつ、俺たちが下手に出てたらヒデェこといったもんで」
「な! そっちが物騒な態度で歓迎するっていうから、こっちだって構えちまうんだろ!」

 あくまで喧嘩腰のサイトさんたち。

 その姿に真士さんは軽く首を振り、

「こちらも紹介が遅れたね。この者たちは私の元で訓練しているNPC候補生たちだ」

 大きく手を振り周りの人たちを紹介する。

「こいつらがNPC候補生?」

 サイトさんが驚きとも疑念ともつかない声を上げる。

「君だって既にここの出身者には会っているだろう?」
「は? 誰だよ、それ?」

 露骨の疑いの表情を浮かべるサイトさんに真士さんは一息つき、

「黒竜のガルドベルク。彼はここの出身だ」

 いきなりガルドさんの名前が登場した。

「え!?」
「あいつが?」

 ボクもサイトさんも声を上げるが、

「彼は元々黒竜だったが、NPC、ひいては勇者の素質があると判断したため私がその身柄を引き受けてね」

 真士さんの言葉に、勇者として戦い倒れたガルドさんの姿が脳裏に浮かぶ。
 確かにガルドさんは勇者だった。

「ガルドはどうしてるかね?」

 真士さんが朗らかな笑みを浮かべ懐かしそうに尋ねるが、ボクは少し顔を曇らせ、

「ガルドさんは勇者として戦い伝説を築きました。でも……」
「今は真姫が作った医療施設に入院してる。どうにも真駆に急所の額を傷つけられたのが響いているらしく、いまだ満足に動けない状態だ」

 言葉に詰まるボクの代わりサイトさんが言葉を繋ぐ。

「……そうか。ガルドも勇者になれたか」

 沈んだ面持ちで呟く真士さんを気にかけたボクは、

「でも悪いことばかりじゃないんです! ガルドさん、部下というかお付きの魔導士で美人のメルレーンさんっていう人がいて、その人がつきっきりでガルドさんの看病にあたっているから、その……」

 病室で寝たきりで身動きがとれないガルドさんになにかと食べさせてあげている仲睦まじいメルレーンさんの姿を思い浮かべながらボクは話す。

「ガルドめ……勇者伝説ばかりかパートナーまで。あの野蛮極まる黒竜だったやつが」

 ボクの話を聞いた真士さんが愛らしい笑みを浮かべる。
 やっぱり真王みたいな人でも自分の門下生の幸せには口元が緩むらしい。

「もしかしてここにいる連中、全員元怪物なのか?」

 ガルドさんの話を聞いたサイトさんが不安げな声で尋ねる。

「中にはそういうものもいるが、そうではないものもいる。この話は長くなるから私の屋敷で話そう」
「なんであんたが出迎えにこなかったんだよ?」

 サイトさんがふとした疑問を尋ねると、真士さんは少し言葉に詰まり、

「いや、ちょっと、私にも用事がね……」

 少し困ったような笑みを浮かべるものの、すぐに真面目な表情となり、

「とにかく君や候補生たちがつまらぬ争いで傷つけあわずにすんでよかった」
「そうですね」

 真士さんの言葉にボクも大きく頷き、

「味方同士での戦いなど不毛でしかないからな。さぁ、館に行こうか」

 爽やかな笑顔で先導する真士さん。

 だけど……

「うっ!?」

 突如跪く!?

「お館様!?」

 候補生たちが驚きの声を上げ駆け寄り、

「大丈夫ですか?」
「お具合が悪いのでは?」

 不安げな表情で口々に真士さんの状態を心配するが、真士さんは少し照れた表情で、

「ちょっとさっきの着地のせいで膝がね……」

 その言葉に候補生たちは安堵の息を吐き、

「すでにあれが膝に悪いのは周知だったはずでしょう」
「お館様ともあろうお方が」

 次々と上がる候補生たちの声に、

「だってあっちの方がかっこいいと思ったから!」

 駄々っ子のような声で抗議する真士さん。

『あ……この人、確かに真姫ちゃんたちの伯父さんだぁ』

 候補生たちに肩を貸されスゴスゴと館に向かう真士さんの後姿を眺めながら、ボクはそんな感想を心に抱いた。


 日も暮れる頃に辿り着いた真士さんの館は、古風な北欧建築を思わせるもので、木材と石材の調和と、秀逸な装飾や彫刻が施された大きな邸宅だった。
 離れとも呼べる下宿に候補生たちは暮らしており、その離れも母屋同様に繊細かつ壮麗な作りをしており、候補生たちのあのどうにも物騒な格好には不似合いにも思える感じだった。
 ボクたちは館の玄関を潜り、仄かなランプが灯る談話室のような場所に通された。

「天井高いな……」
「それに石積みの暖炉とかこの樫かなにかでできたテーブルとか、すごく重厚そうですよね」

 ボクとサイトさんは慣れない室内を見回しながら感想を漏らす。

 するとボクたちとの対面の席に真士さんが座り、

「楽しんでいただけているようでなによりだ」

 朗らかな笑みを浮かべると本題を口にする。

「それで真姫たちはなぜ君たちを私の元に寄こしたのかね?」

「真駆という存在は知ってますよね?」

 ボクが確認も含めて尋ねる。

「真王の一人であり、ガルドを倒したものだね」

 真士さんが落ち着いた声音で答える。

「そいつの元に元魔王のドラグ・セプトが寝返った」
「寝返り? 穏やかじゃないね」

 サイトさんの言葉に苦笑気味の真士さん。

「真駆は元々真姫ちゃんの世界の一つを侵略しようとしてたんですけど、上手くいかなくて」

「それと元魔王の寝返りになにか問題があるのかね?」

「ドラグはただの魔王じゃなく、色々なものを産みだす技術と能力に長けたやつだ」

 サイトさんの言葉に真士さんもしばし考えこみ、

「確かに真駆は様々なデーターを喰っては成長するようなやつだ。そこに産みだすものの技術と能力が合わさると少し厄介か」

 事の重大さを重々しく呟く。

「それに対抗するために真士さんに会うように、といわれたんですけど」

 真駆の侵攻を目の当たりにした僕も危機感を抱きながら尋ねるが、

「残念ながら私にはそれを止める力はないよ」

 真士さんは言葉少なに断言する。

「でもなにかないのかよ? 真駆の動きを止めるとか消し去るとか」

 サイトさんがいら立ちを隠さずに尋ねるが、

「サイトくん、真駆が何故真王と呼ばれているのかを忘れたのかな?」

 真士さんの返す言葉にサイトさんの口が閉じる。

「元々私は真王の宴自体にも賛成ではないしな」
「どうしてですか?」
「真王の宴とは真なる王、つまり真の真王を定め、次代を生むための儀式、一歩間違えればゲームだ。そのために幾つもの命が失われ、身内同士で戦いあう」

 真士さんの声は重かった。

「私はね、この戦いからは一線を引いて参加しないことに決めた。その時から私には次代を生む資格もなくなり、今はこうしてNPC候補生たちを育成するために活動している」
「なんでだよ? あんたにだって野心くらいあるだろう」

 サイトさんの疑問に真士さんは歪んだ笑みを浮かべ、

「私もかつては宴に身を投じ、他の真王たちとも戦った。そして他の真王を倒した代わりに私自身も大きく傷つき、今では満足に真王たちと剣を交える力すらなくなった」

 そう語る真士さんの顔には冷静さと少しの諦観、そしてかつての自身への後悔が滲んでいた。

「だから、私は真王同士で戦いあう真王の宴を積極的に賛同する気はない」

「だからってNPCや勇者候補を育てているのはなんでだよ? あいつらも争いを助長しないのか?」

 サイトさんの疑問ももっともだ、とボクも頷くが、

「NPCだからといって、必ずしも破壊者ばかりではないし、勇者は君も知っている通り、侵略者から世界を守る存在だ」

 真士さんは真面目な面持ちで言葉を繋ぎ、

「私はね、その資質、守るための資質があるものを率先して引き受け、そして勇者まで上り詰め世界を守るものを一人でも増やしたいんだ」

 そこで言葉を区切ると真士さんは小さく息を吐いた。

 真士さんの想いを耳にしながら、ボクはガルドさんの戦いぶりを思い浮かべた。
 確かに最初は粗野な感じがある人だったけど、次第に力をつけるとともに勇者としての資質も身に着けていき、やがて勇者として一つの世界を守り抜いた。
 それは力とは違う一つの資質だったのかもしれない。

「だから今ここにいる候補生たちも、もし戦いともなれば、その身を世界を守るために投じるだろう」

 決意ともとれる真士さんの言葉。

「でも、じゃあ真駆はどうすることもできないのかよ」

 サイトさんは拗ねた声で言葉を漏らす。

「真駆を消す力自体は知らないが、真駆の生みの親なら知っている」
「は?」
「え?」

 真士さんの言葉にサイトさんとボクは声を上げる。

「驚くこともないだろう。君たちに両親がいるように、真駆にも生みの親はいる。もっとも片方は先代の真王ではあるがね」
「誰だよ、それ!」
「その人ならなにか知ってるんですか?」

 ボクとサイトさんが詰め寄るものの真士さんは、

「いわば開発者というやつだな。真駆は情報集積体のような存在だ。当然どこかに抜け穴や安全装置があってもおかしくない」

 真士さんはそういうと、黒い衣装と前掛けをつけたメイドさんらしき女性が運んできたお茶で軽く口を潤す。

「じゃあその開発者を確保すればもしかしたら」

 ボクは思わず声を上げ、サイトさんを見る。

「ああ」

 サイトさんも嬉しそうに僕に笑顔を返すが、

「事はそう簡単ではないがね。真王の生みの親ともなれば、当然他の真王にもマークされてるし、それは彼自身も知っている」
「彼?」

 彼、と呼んだ真士さんの言葉に思わず返すサイトさん。

「ああ、彼だ。彼は元々我々真王のために戦った勇者の一人だ。そしてある時、真駆の母親である真王と恋に落ち、産まれたのが真駆だ」

 真士さんの話にボクはあと疑問を抱く。

「それ、いつ頃のお話ですか?」

 真姫ちゃんでさえ数千歳。ならば真駆は何歳?

「かれこれ五百年ほど前か」
「五百年前?」

 真士さんの答にサイトさんの言葉が濁る。
 五百年も前の話なら、生みの親である開発者が生きてる可能性は……

 ボクたちのあまりの沈みように気づいたのか、真士さんが無理に明るい声で、

「いや、君たちにとっては凄まじい時間だろうが、彼はその、人ではないから」
「人ではない?」

 真士さんの放った言葉が更なる暗雲をボクたちにもたらす。

「つまり真駆を作った開発者というのは元勇者でしかも齢500年以上の人ではない存在だということですね」

 珍しくサイトさんが真士さんに敬語を使っているが、その顔は決して穏やかではなく、なにか得体の知れない存在に関する知識を得ようかという戦きさえ感じさせる声色だった。

「そこまで構える必要はないだろう。いわば君たちの世界でいうエルフみたいな存在だよ」

 サイトさんのあまりの硬直っぷりを哀れに思ったのか、真士さんの無理に作った明るい声で紡ぎ出された喩えに、サイトさんの顔が凄まじい速さでパァーと明るくなり、

「なぁんだぁ。エルフみたいな存在なら最初からそういってくださいよぉ! 俺はもっと名状しがたいなにかを想像したじゃないですかぁ」

 朗らかな笑顔で話すサイトさんとは対照的に、少し笑顔が翳る真士さん。

『なんでそこで少し翳るんですか真士さん?』

 そんなことを思いはしたけど、あまりにも朗らかなサイトさんの顔を見たら、ボクはそのことを口に出すことはできなかった。
 会えばわかるんだ、会いさえすれば。

 朗らかな笑顔で笑みを浮かべるサイトさんとボクを前に、真士さんは小さく息を漏らし、

「少し疲れたようだ。私は自室で休むから、君たちもここを我が家だと思って楽にしてくれ。なにしろサイトくん、君は姪たちの大事に人なんだからね」

 そういうと真士さんはサイトさんにウィンクを送り席を立ち、自室へと向かう廊下に消えていく。

「真士さん、いい人そうでなによりですね」
「ああ、真王にしても随分まともだな」

 サイトさんと言葉を交わしながら、先ほど運ばれてきたお茶の楽しんでいたけど、

「ウォワァァァァァァァァァァ!!」

 突如真士さんの悲鳴とも怒号ともつかない声が轟いてきた!

「な、なんだ!?」
「真士さんの声? まさか!」

 ボクたちは立ち上がり真士さんの自室と思しき場所へと急ぐ。
 廊下には幾つかの扉があり、開けられる扉は一つ一つ開けてはいくがどの部屋にも真士さんの姿はない。

「それはないだろう! なぜそんなことをする!」

 その間にも真士さんの怒号は響き渡り、その声が発する扉の前に辿り着く!

「ここですね」
「おっさん! 大丈夫か、おっさん!!」

 サイトさんが血相を変えて扉を開け中に飛びこむ!

 そこには……

「なんでだよぉぉぉ! なんであそこであんな真似するんだよぉぉぉ! それにその言葉はなんだよぉぉぉ!」

 広いベットの上で罵声を上げ、うつ伏せで横たわる真士さん。
 その視線の先の壁には大きなモニター画面があり、モニターには幾人かの武装した戦士たちが力なくしなだれた姿と共に敗北という文字が映し出されている。
 真士さんに視線を戻すと、その手にはコントローラーらしきものが握られ、耳にはヘッドセットらしきものが……

「お前普通こっちが撃ってる時に後ろから斬りかかるかぁ! あれさえなければ敵を倒せて勝てたのにあのタイミングでやるかぁ!?」
「……おっさん……」

 先ほどとは違う素っ頓狂な声音で文句をまくし立てる真士さんの姿に、ボクもサイトさんもなにかが切れたような感覚を覚え、力なく声をかける。

「そもそも味方攻撃すること自体反則だろう! 周りに敵すらいないんだから、なんであそこで斬るんだよ!」

 ボクたちに気づかず毒づく真士さん。

「おっさん!」

 さすがにサイトさんがキレ気味に声を上げると、真士さんはようやく僕たちの存在に気づき、

「あ、君たちか、いつからいたの?」

 さすがにバツが悪そうな顔で真士さんが尋ねるが、

「おっさん、疲れたから休んでいるんじゃなかったのか?」
「見てわからないかね、横になって休んでいるよ」
「いや、ゲームやってるじゃないか」
「ゲームは傷を負った体でもできるいい遊戯だよ」
「…………………」

 ああ言えばこういう真士さんの返答にサイトさんの言葉が詰まる。

「……おっさん、身内同士の争いは嫌いなはずじゃなかったのか」
「今でも嫌いだよ」
「じゃあさっき毒づいていたのは味方じゃないのかよ」

 サイトさんのもっともな言葉に真士さんは一瞬醒めたような表情を浮かべ、すぐに笑顔を浮かべると、

「君はいきなり後から斬るものを味方と呼ぶかね?」

 目が笑ってない笑顔を浮かべ問いかける真士さん。

「あ……いや、確かに、それは少し違う、かな」

 どうにも得体の知れない圧を感じたサイトさんは慎重に言葉を選びながら答える。

「そうだろう、そうだろう。私もそう思うぞ。いきなり後ろから斬りかかるものを味方とは呼ばない。あまつさえそれをしておきながら煽るものなど言語道断!」

 言葉面だけ聞けば忿怒の表情を浮かべててもおかしくないのに、真士さんの顔はあくまで朗らかな笑顔のまま。
 ただ目だけは笑っていない。
 ボクはその姿を見て確信した。

『やっぱりこの人も真王なんだ……』

 いってることは間違ってはいないけど。

 真士さんはその後も楽しそうにゲーム(?)をしていたが、ボクたちはその後のことは見ない聞かないことにした。
 やがて罵声が絶叫に、絶叫が悲鳴へと変わり、その悲鳴もやがて途絶え、館内は静かになった。

 ボクたちは真士さんの健闘を讃え、各々の部屋で床に就いた。


 翌日真士さんの館で共に朝食を摂っていたボクたちに、真士さんは、

「開発者の場所自体の特定はまだされていないが、いると思われる世界はすでにわかっている」

 夕べと打って変わり再び紳士然とした態度の真士さんだが、あの姿を見た前とあとでは当然印象も違うわけで……

「で、いると思われる世界は」

 完全にタメ口のサイトさん。これもこれで問題がある。

「魔法世界ベール・ガン、機甲世界メルクドール、獣機世界ドグロウサの三つだな」
「どんな世界なんですか?」

 ボクは真士さんの上げた世界の説明を求める。

「ベール・ガンは魔術師たちの世界だが、魔術万歳というよりは多少高位という程度だな。銃よりは強力だが重機には負ける」
「メルクドールは?」
「端的にいえばロボット世界。戦闘ロボから作業ロボまで色々ある。彼の出身世界でもある」
「隠れるなら知ってる場所が有望か」

 サイトさんが言葉を挟む。

「ドグロウサは怪獣が人間と共存している世界だけど、中には人間に敵対する怪獣もいて、それを機械により人間が撃退している」

「この三つのどれかですか」

「ああ。この世界に飛んで探してもらうことになる。彼のことは館の資料室に保管している記録で詳細はわかるが、抜粋程度ならここにもある」

 そういうと真士さんは胸元から薄い板状のものをとりだしスイッチを押すと、立体映像で開発者の姿が浮かび上がった。

「これ、エルフなのか?」
「違うような……」

 映像を見たボクたちは思わず感想を口にするが、無理もないと思う。

 その姿は長身痩躯だが、顔は決して人のものではなく、むしろよく見る宇宙人のスタイルをよくした感じという方が近い。
 銀髪の髪は短く刈りこまれ、耳はアンテナみたいに尖り、高くも低くもない鼻の形はいい方だろう。
 ボディスーツの上にジャケットを羽織った服装は現代風と未来的なものを足して二で割った感じで、むしろ古典SF的な感じもなくもない。
 その人物が普通に立っている姿がクルクル回っているかと思ったら、次はにこやかな笑顔でダブルピースを送っている映像が浮かんでくる。

「どんな人なんですか?」

 開発者に興味を抱いたボクは真士さんに尋ねる。

「どうにも明るい人柄だったらしい。なんとかなる、というのが彼の信条で、事実なんとかしてたので、そこを真駆の母親に見初められたのだろう」
「名前は?」
「ミャーミャン・ゲーツ」

 名前を聞くとサイトさんは吹き出し、

「猫かよ?」

 苦笑を浮かべるが真士さんは、

「彼自身猫型生物が大好きだったようだ」

 真面目な声で応える。

「より詳細なデーターは資料室にある」
「じゃあちょっくら行くか」

 そういってサイトさんが腰を上げた途端!

 近くから派手な爆発音と炎上音が轟き渡る。

「なんだ!?」
「何事だ、事態を知らせよ」

 驚いたサイトさんの言葉に続き真士さんが状況把握のために館の人たちや候補生たちに声を上げる。

「お館様、何者かが館内に侵入、現在交戦中ですが……」

 執事らしき人が現れ状況を説明するが言葉を濁らせる。

「かまわん、続けよ」

 真士さんが続きを促す。

「はっ。現在候補生たちが交戦していますが、爆破炎上しているのはC棟」
「C棟だと」
「なにか問題あるのか?」

 説明を聞いていたサイトさんが口を挟むが、真士さんはやや焦った様子で、

「あそこには資料室がある。まさか狙いはミャーミャンのデーターか?」

 真士さんの手短な返答により事態が緊迫したのをボクも知り声を漏らす。

「じゃあそこに攻めこむとすれば……」
「間違いなく真駆の手先だな」

 サイトさんも同意見のようだ。

「敵勢はどのくらいだ?」
「それが……一名です」
「は?」

 執事さんの答に真士さんが素っ頓狂な声を上げる。

「敵は一人。それが候補生たちを撃退しつつ資料室に迫っています」
「なに?」
「まさか……」

 真駆の手先、そしてたった一人で候補生の軍勢を撃退できる人物に、ボクたちは心当たりがあった。
 まさかドラグさん……

「いくぞ!」
「はい!」
「待て! まだ正確には!?」

 真士さんの制止を無視し、ボクたちは資料室に走る!


 燃え盛る資料室。数々の資料が炎に焼かれ、その中に一つの黒い影が佇んでいた。

「ドラグ……テメェ!」

 途中数々の候補生たちの呻き声を聞きながら資料室に徒だりついたボクたちの見た光景は酷いものだった。

 その中で仁王立つ元魔王、ドラグ・セプト。
 燃え盛る炎を背景に、黒地に金のラインや装飾が施された鎧をまとうその姿は、まさに魔王と呼ぶにふさわしいいでたちだった。
 容貌もなにかに憑かれたように目の下には隈ができ、顔もやつれ……
 まるで人が変わったような印象さえ受ける。

「ここにいたか神屋サイト」

 その声はしわがれ、明らかに憑かれたような陰惨ささえ漂う。

「……お前、変っちまったな」

「私が、変っただと?」

 少し憐れみをふくんだサイトさんの言葉に、ドラグさんは吐き捨てるような声で、

「お前になにがわかる!?」

 怒りをふくんだ声音。
 これがダークサイトに落ちたものの声。

「お前になにがわかる! お前のその左頬の痣! そんな奴になにがわかる!!」

 ドラグさんの声がより一層荒いものになる。

「この痣がなんだってんだよ!」

 サイトさんもいわれている意味がわからないために声を荒げ抗議する。

「神屋サイト! その痣が意味するものを私は知っているぞ!」

 ドラグさんの抗議の声はさらに圧を増す。

「それは真歌様とイチャイチャしていたために真姫様の逆鱗に触れ殴られたためにできた痣!」
「……まぁ、そうだけど」
「だがしかし、お前は真歌様を袖にすることすらできぬ優柔不断な性格が災いし、自身の身の危険すら感じている日常!」
「……うん、まぁ……うん……」

 凄まじい表情と共に放たれるドラグさんの物言いに言葉を返せないサイトさん。

「お前がそんな日常を送っている最中、この私は真駆のために昼夜別なく眠ることすら許されず、ただ物を作らされ、作ってはまた別のものを作らされるという日々!」

 絶叫とも怒号ともつかない怨嗟の声がドラグさんの口から迸る!
 目のクマといい、もしかして、憑かれてるんじゃなくて疲れてるんじゃ……

「あまつさえ、自分の生みの親がわからんようにデーターを抹消してこいだぁぁぁぁ! ふざけるなぁぁぁぁ!」

 悲痛な叫びがドラグさんの口から吐き出され、

「いや、ふざけるなといっても、お前ちゃんと実行してるじゃん」

 サイトさんが少し憐れんだ声で返すが、

「当たり前だ! 真駆の寵愛を受けなければ真王の短剣を獲得できないからな! そのために私は寝食を削り身を削り……」

 ドラグさんの雄叫びがやがて小さなものに変っていく。

『ドラグさん……もういい、わかったから』

 そこにはかつてボクが憧れたあの人の姿はなく、ただ疲れやつれた一人の戦士の姿があった。

「ドラグ、お前疲れてるんだよ。悪いことはいわないから、真駆から離れろよ」

 サイトさんも心配から声をかけるが、ドラグさんは不敵な笑みを浮かべ、

「この私をあの真駆が手放すと思うか?」
「あ……」

 その言葉にドラグさんの陥った地獄が垣間見えた。
 今ドラグさんはこんな行動をしてはいるが本意ではなく、またかなりの疲労が溜まっていること、しかも目的のためとはいえそろそろ限界がきていることを本人も自覚しているのにやめられないという地獄が。
 さらに逃げ出すことすら許されない。

「お前……」

 サイトさんの声に同情の色を帯びるが、

「神屋サイト、もしお前が真駆を止めたいと思うのなら、私よりも先んずることだな! 私は確かに資料室は焼いた! これでお前が開発者に辿り着くことはできない!」

 ドラグさんが疲れた声で嬉しいのか哀しいのか判断しかねる口調で勝鬨を上げる。
 その姿には悲壮感さえ漂っている。

「今はもうここでの長居は無用! 次に会う時は違う戦場だ。その時まで無事でいろよ、神屋サイト!」

 そういうと高らかな、聞きようによっては捨て鉢な笑い声を上げ、ドラグさんは燃え盛る炎の中へとその身を消した。
 炎上する炎の音以外、周りには傷ついた候補生たちの呻き声しか聞こえない中、ボクとサイトさんは互いの目を見つめ、思いが一つであることを確認した。

「俺は必ず真駆を止める」
「ええ、絶対ですね」
「そして俺は、いや俺たちは、真駆の手からドラグを解放する!」
「それはもう絶対ですよ!」

 引き締まる表情のサイトさんと、目にも力が入るボク。
 その視線の先には身を焦がすような炎の中に消えていったドラグさんの姿が焼きついている。

 必ずドラグさんを助ける。

 ボクに向けてくれた優しいあの笑顔を、必ず取り戻す。

 これはボクにとっての戦いでもあるんだ!
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