パンプキンズ・ギャラリー

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異世界転職NPC体験記

2019-07-12 09:10:43 | 異世界転職NPC体験記
 ボク、如月マトはある日の午後、街角の横断歩道でトラックと男子高校生との交通事故を目撃する。

 はずだったんだけど……

 なんでそうなるの?

 

 そんな感じからはじまる異世界冒険物語☆

 第一章:転職開始

 第二章:ニルドへムの勇者

 第三章前編:カルドネルの騎士 

 第三章後編:魔王と勇者

 第四章前編:カミシロの守護神

 第四章後編:眠れるもの

 第五章:修羅……

 最終章:宴のはじまり

 ほぼ第一稿状態で、推敲&設定すりあわせとか誤字脱字&用語統一とかまだですが、とりあえず読める内容だとは思いますので、楽しんでいただけたら幸いです☆
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異世界転職NPC体験記終幕・宴のはじまり

2019-06-30 12:31:05 | 異世界転職NPC体験記本文
 真歌との戦いを終えてから一ヶ月が過ぎようとしていた。

 ボクは日常の学生生活や日々の暮らしを送っていたけど、時おりサイトさんのところに赴いては、サイトさんと一緒にNPCとして異世界での冒険を繰り広げていた。

 そしてボクとサイトさんが一つの冒険を終え、異空間の家に戻ると……

「お待ちしておりました、サイト殿」

 そこには正座し、三つ指をついてボクたちを迎える真歌がいた……

 そもそも正座して三つ指って、この人いつの時代感覚で生きてるんだ……?

 そして頬を赤らめ、今まで見たこともないほど輝いてる微笑みを浮かべ、

「お食事にするかや、それとも湯浴み? それとも……キャッ」

 頬を赤らめ恥ずかしげにサイトさんから顔をそらす。

 以前の彼女の姿を考えると、正直見ている方が恥ずかしい……

「飯……」

 一言そういうサイトさんの視線にも、なにか異質なものを見るような、少しドン引きした感情が溢れている。

 それもそのはずだ。

 なにしろ今の真歌の姿は、巫女服ではなく、わざと肩をはだけさえ、胸を強調した服を着ているし、その仕草といえば、わざとなんだろうか?
 無理にアピールはしているものの、明らかにぎこちない雰囲気がバレバレで、明らかに男慣れしていない感じが丸出しだ。

 それでも一生懸命さだけは伝わってくるので、むげに断るにも断れない。

 サイトさんの態度からはそんな感情が漏れだしている。

「いつからここに来ているんですか?」

 ボクは真歌に聞えないよう、小声で尋ねる。

「あの戦いが終わってから二週間後だ。それから家に帰ると何故かいる」

 サイトさんが、まるで事故物件にでも当たったかのような口調で答える。

 キッチンで鼻歌交じりで料理を作る真かに視線を向け、

「でもあいつ……料理は美味いんだよ……」

 なにか吹っ切れない思いを精一杯の気持ちで口にするサイトさん。
 胃袋を握られたものの悲しみが、ここに体現している……

「でも真姫ちゃんは知ってるんですか?」

 ボクは一番大切な……そして最も危険度の高い問題を尋ねるが、サイトさんは力なく笑い、

「……真姫が用意した異空間の家だぞ……知らねぇわけねぇだろ……」

 そしてなにかを思い返すように、死んだ魚の眼で暗く笑い続ける。

『……この人……大変だな……』

 ボクはあの大空洞での惨劇を思い返す。戦いが終わったのにおこった惨劇なんて、そうあるもんじゃないけど……

「もう、二人で内緒話かや? 料理も出来たので、暖かいうちに召したもう」

 真歌が手に土鍋を持って現れる。
 そして受け皿や箸をテキパキと置き、食事の準備もできた。

 でも……他の場所が開いてるのに、なんでサイトさんのすぐ隣に座るんだ、この人……

「サイト殿にはたんと栄養をつけてもらわんとな。なにしろ、これから……」

 そこまでいうと言葉を飲みこみ、真っ赤になった顔を両手で覆う。

『自分の言葉にイキ過ぎた想像をして、自分で恥ずかしがってんのか……難儀な人だな……』

 ボクはそんなことを思いながら、冷めた目で真歌を見つめる。

 考えようによっては、初心で可愛いんだけどね……

 そういって鍋に入っていた豚肉を口にするが、

「!?」

 ボクの舌に電撃が走るっ!?

『な……!』

 そんな様子を見ていたサイトさんが、

「だろ? こいつ、料理はとてつもなく上手いんだよ」

 そう諦観とも喜びともつかない笑顔を浮かべ、鍋から具材を受け皿にとっては口に運び続ける。

「もう! 世事はよい! それよりも……」

 そして体をサイトさんにすり寄せ、

「食事がすんだら、湯浴みにするか……それとも……」

 眼をトロンとさせて、甘ったれた声で尋ねる。

「………………」

 答えに窮するサイトさん。

 それもそうだ。

 なにしろサイトさんの後には、いつの間にか現れた……



「もちろん、お帰りいただくんだよね!」



 ……鬼の形相で仁王立ちしている真姫ちゃんがいるんだから……


 その言葉につまらなそうな声を上げる真歌と、硬直し、死んだ目がさらに色彩を失い、今にも気を失いそうに朦朧とするサイトさん。

「つまらんのう……のうサイト殿? サイト殿はこのようなお子様がお好きなのか?」

 拗ねたように甘える真歌の言葉になにも返せないサイトさん。


「そうだよね! ……そうだっていいなさいよ!」


 明らかな脅迫の意志の元に返答を迫る真姫ちゃん!

 サイトさんの俯いたままなにもいえない。

「もう! せっかくサイト殿が麻呂の作った料理を食してくれたから、礼として麻呂が大切にしている短剣をあげたというのに……」

 真歌が拗ねた口調ながらも、勝ち誇ったように笑みを浮かべ、

「あの短剣、受け取ってくれたのは今でも嬉しく思うぞ……なにしろあれは……」

 そういいながらさらにサイトさんに体をもたれさえ、真姫ちゃんに笑みを浮かべた視線を送る。
 その視線の意味を悟り、憤る真姫ちゃん!

「まさかアンタ! 真王の短剣を渡したの!?」
「そうじゃが? でも……サイト殿はなにもいわずに受け取ってくれたぞ」

 真姫ちゃんの質問に、当前のことでも答えるような口調で返す真歌。その顔にはまさに勝利の笑みが浮かんでいる!

「バッカじゃないの! なんで断んないのよ!」
「だってしょうがないだろ! 短剣突きつけられて、もらってください、って笑顔でいわれて、断れるわけないだろ!」

 追及する真姫ちゃんと言い訳ばかりのサイトさん!

「なら断って刺されりゃいいじゃん!」
「無茶いうな! こんな奴に刺されたら死ぬだろ!」
「誰のいうことも聞かないんじゃなかったの!」
「それとこれとは話は別だ! 状況考えろよ、バカ!」
「バカはサイトくんだよ! バカは……」

 そう叫ぶと真姫ちゃんは手で顔を覆い、泣きはじめる。

「お、おい……なにも泣くことは……」

「サイト殿、そのようなお子様は放っておいて、麻呂がその疲れを癒すからの」

 真姫ちゃんを慰めようとするサイトさんに、真歌がさらに追い打ちをかける!

「……アンタが悪いのよ……」
「……は?」

 絞りだすような真姫ちゃんの声。


「……アンタがはっきりしないから……だから!」


 そのただならぬ気配にボクは静かに立ち上がり、玄関に向かう。

 後では真姫ちゃんの怒号とサイトさんの悲鳴、そして真歌が甘える声が部屋中に轟く。

 ボクはドアを開け、元いた世界、僕がすむ、日常の世界へと舞い戻る。



 そしてサイトさんと旅した異世界のことを、そしてNPCとして活躍した冒険の日々を思い出す。


 NPC……


 それは決して主役にはなれないけど、勇者の冒険を彩る大切な存在だ。

 そのNPCたちにもそれぞれに人生があり、そして……

 もしかしたら元勇者だったのかもしれない。

 そう思うと、今までの冒険も、別の色が見えてくる。

 サイトさんと偶然会った横断歩道へとやってくる。

 トラックが走ってくるが、そこに飛び出すような人は今はいない。

 でもボクは、清々しい気持ちで空を見上げた。

 そこには太陽が……


「お前もこい!」
「は?」


 いきなりドアが現れ、異空間の家に引きこまれる!

 そこにはボロボロになったサイトさんがいた!

「また別の世界のNPCをやる条件で、なんとか真姫に許してもらったから、お前もくるんだよ!」

 ……ボクのNPCとしての冒険は、まだ続くようです。

[異世界転職NPC体験記・END]
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異世界転職NPC体験記その五・修羅……

2019-06-29 19:03:18 | 異世界転職NPC体験記本文
「それってどういうことだよ?」

 怯えた表情の真姫ちゃんに、サイトさんが肩を掴み問いただす。

「……あそこには……真王の一人、真歌か眠ってる……ううん、封印されてるの……」

「真歌っていうと、前に黒竜が話してた?」

「そういやぁ、あの黒竜、真歌に召喚されたとかいってたな」

「……召喚って……アイツ、そこまで力が甦ってたの……」

 おびえた様子ではあるが、ふと思い当たるような表情で呟く真姫ちゃん。

「……どういう意味だ?」
「……とにかく遺跡に急がないと!」

 サイトさんの声をよそに真姫ちゃんはそういうと、は部屋の奥へと向かいゴソゴソとなにかをはじめる。

「おい!」

 サイトさんの怒りをはらんだ声!

 そして、

「これで大丈夫」

 戻ってきた真姫ちゃんの手には鞘に入った一本の短剣が握られていた。

「これは……?」

 ボクは真姫ちゃんに尋ねる。
「王殺しの短剣……でも……だからこそ、私たち真王の誰も使うことができない」
「なんでだよ?」
「真王同士での殺しあいを防ぐため。そして、真王を殺せるものは、王以上の力を持つものだけ」
「じゃあ、実質使えねぇじゃねぇか!」

 真姫ちゃんの真剣な言葉にサイトさんが笑い声を上げる。

 確かにサイトさんさえ軽く扱われる真王相手に勝てるものなんているわけない。

「だから……サイトくんにこれを預けるから」
「は!? 俺の真歌ってやつに特攻しろってか? 無茶いうなよ!」

 笑い声を上げながら拒絶するサイトさん。

「……私、本気だから……」

 真剣な眼差しでサイトさんを見つめる真姫ちゃん。

 その様子にただならぬものを感じたのか、サイトさんは笑うのをやめ、頭をかき、半ば諦めきった笑みを浮かべ、

「……しょうがねぇな……どちらにせよ、そんなのが目覚めて自由にさせたら、この世界もぶっ壊されるんだろ? ダメ元でやってやるよ」

 そして素直に短剣を受け取る。

「……ありがとう……」

 真姫ちゃんはうつむいて応える。

 でも……

 その頬を一筋の涙がこぼれたのを、短剣を返す返す見つめていたサイトさんは、たぶん知らないだろう……



「変だな?」

 遺跡の底、白虎が安置されていた場所へとやってきたボクたちだけど、そこの異変にサイトさんが気づき声を上げる。

「あの変な魔導師、どこに行った?」

 そこには、確かに魔導師が落ちて作ったと思しき窪みはみたいなものはあった。
 でもそこで白目をむいて気絶していたあの魔導師がいない。

「あいつ、すぐに目覚められる状態だったと思うか?」
「いえ……気絶、というよりはむしろ意識不明に近い状態だと思います」
「それが小一時間で回復して姿を消せると思うか?」
「ボクはああいう人たちとは違いますからなんとも……」

 サイトさんの問いかけにどうにも回答しかねるボク。

 元勇者のサイトさんやNPCをやっているような人と違って、ボクはただの一本人だ。

 そもそも存在としての質が違う以上、僕の基準で答えても意味がない。

「誰かが……回復させた?」
「誰が!?」

 サイトさんが呟いた一言に真姫ちゃんが声を荒げ問いただす!

「誰がしたっていうの? まさか……真歌? アイツ、もうそこまでの力が……」

 真姫ちゃんが右手人差し指を口に咥え、震え声で囁く。

 この真姫ちゃんが恐れる真歌って……

「とにかく、その真歌っていうのが封印されてる所に連れてってくれよ」
『その必要はないぞ……』

 サイトさんの気軽な声に、まるで地の底から響くような声が辺りに響き渡る!

「その声……真歌!?」

 真姫ちゃんが叫びにも近い声を上げる!

 その姿を見ているのか、楽しそうな笑い声が周囲に充満した!

『ウフフフフフフフ! そちの狼狽した姿、今の麻呂にはとてつもない御馳走よ……この不埒ものが!』

 少し低いけど、艶やかさ上品さを感じさせる女性的な声音。その声だけでも、魅了させる人がいるかもしれない。

「アンタなんて怖くないんだから! アンタなんて……!」
『ならばなぜ封印などという姑息な手を使い、麻呂の動きを封じた!?』

 すでに恐怖に近い声を上げる真姫ちゃんに、真歌の叱責ともいえる厳しい声が叩きつけられる!

「そ、それは……」

 顔を俯かせ返答に窮する真姫ちゃん。

 この姿、どこかで見たことがある……
 そう、学校でどうしようもない悪戯をした挙句に見つかって、担任の女教師に頭ごなしに叱られる友達と同じだ!

『そちはいつもそうじゃのぅ……思い通りにならなければ、感情に任せて壊そうとする! そして麻呂は壊すことができないので封印かや?』
「だっ、だって……!」

 真歌の叱責に、真姫ちゃんは怯えきった顔を上げ、必死に抗議しようとするが……

『でももう……麻呂は……自由……』
「うおっ!?」
「じ、地震!?」

 真歌の言葉と共に大地が鳴動をはじめる!

 最初は小さかったが、次第にその夢は激しいものとなり、すでに縦穴の底は原形を留めないほどに波立ち、揺れ動いていた!

「床が……崩れる!?」
「ちっ!」

 崩落をはじめた床に叫びを上げるボクの横で、サイトさんがしばし目をつぶり……



 ボクたちは崩落し、さらなる縦穴……いや、巨大な地下空洞への入り口を顕わにした奈落の入り口に浮かぶ!

「魔法……ですか?」
「ああ、飛行魔法」

 驚愕の声を上げるボクにサイトさんの落ち着いた声。

「真歌は……この下にいる……」

 真姫ちゃんの決然とした声。

「白虎はそのための封印石代わりだったってわけか?」
「うん……この世界の勇者だけあって、そのための力はあった……でも、それはただ封印するだけで、倒せるわけじゃなかったけど……」
「で、あの魔導師は白虎を破壊して封印を解こうとした、そういうことか」
「でも結局白虎が別の場所に移ったら同じですけどね」

 苦笑まじりのボクの声に、真姫ちゃんが鋭い、殺意のこもった視線を突きつける。

「……すみません……」

 深々と真姫ちゃんに頭を下げる。

「どちらにせよ、あの魔導師は真歌の手のものだっていうのはわかった! っていうことは、この先にはそれなりの構えができていると思って間違いないな」

 サイトさんの冷静な声に、真姫ちゃんは頷き、ボクは少し体が震える。

 また前みたいなものたちが……でも……

「行くしか……ないですよね」

 無理に笑顔を作ってボクは応える。

 そうしなければ、ボクたちの世界は……

「おい、マト!」
「なんですか?」

 ボクの言葉にサイトさんは優しい声音で、

「お前今、今までで一番いい顔してるぜ」

 そしてボクに笑顔をくれる。それは今までで見たサイトさんの中で、一番素直な笑顔だった。

「からかわないでくださいよ。 行きますよ」
「ああ!」

 そしてボクたちは地下空洞へと降りていった!



「あれ、ですか……?」

 はるか地下……そこは広大な広さと高さを持つ空間だった……

 その広大な空間は岩肌が剝きだしとはいえ、太く巨大な岩柱が何本も立ち並び、それが地上を支えるかのように天井へと延びている。
 そして岩床からも岩壁からも岩柱からも、脈動する青白く輝く筋が無数に走り、そこから放たれる光が周囲を青白く照らし出している。
 さらに奥の方には巨大な発光するものがあるらしく、そこから放たれる教説な青白い光が岩柱に影を与え、岩床と岩壁に青と黒のコントラストを生みだしていた。

「Y市の中心地が全部入りそうな広さですね……」

 ボクは徐々に高度を下げながら周囲の空間を見渡し、そう呟いた。

「こんな巨大な地下空洞、どうやって今まで見つかんなかったんだ?」

 不審げなサイトさんの声。

「見つからなかった、じゃない。見つけさせなかった、だから」

 真姫ちゃんの真面目な声。

 それはそうだ。千五百年以上前の遺跡とかなんて、もし見つかれば調査団なりが組織される。
 そうすればイヤでも遺跡も、そしてそこに眠る白虎も、そしてこの空間すらも見つかるだろう。
 だからこの空間を見つからないように……あれ?

 ボクはふととんでもない疑問に思い当った。

「あの……真姫ちゃんって今、お幾つなんですか?」
「レディに歳を聞くなんて、野暮だって知ってるよね?」

 ボクの素朴な疑問に不機嫌な表情で返す真姫ちゃん。

「だから前にいったろ! こいつは相当な、ウゴッ!」

 笑っているサイトさんの後頭部をいきなり真姫ちゃんのハイキックが襲う!

「サ・イ・ト・く・ん! 野暮はダメだよ☆」

 頭を抱えて痛がるサイトさんに、ニッコリとした笑みを投げかける真姫ちゃん。
 確かに……真歌のいうことは間違っていないのかもしれない……

 そんなことを思いながら、ボクたちはついに、大空洞の岩床へと到達した。



 奇怪な青白い光と影に支配された世界を、強烈な光が発せられている方向に向け注意深く歩く。

 周囲にはボクたちの足音と時おり落ちる滴ともいえない軽い音、そして……

「話し声?」

 サイトさんがボクたちに止まるように手で前進を遮る。
 そして声のした方、あの強烈な光の源があるであろう場所に意識を集中させた。

「……でも本当、あの時はどうなることかと思いましたよ」
「フン、あのものがそちを助けたからいいものを、まったく……」

 ここからは見えないけど、奥から声が届く。

 先ほど聞えてきた真歌の声に、どこかで聞き覚えがあると思ったら、あのゴンゾウさんに叩き落されて意識を失った魔導師の声だ。

「でももう、真姫の呪縛は麻呂の自由を縛っていないようじゃのう……」
「ええ、もうすっかりかつての真歌様でございます」
「世事はよい……さて……」

 上機嫌の真歌の声に、これも機嫌がよさそうな魔導師の声。そして……

「なにをコソコソしておる。出てまいれ」

 真歌は優しげな声音で、そうボクたちの方に声をかける。その声には余裕さえ感じられるほどに。

「どうします……」
「どうするっていったって相手は……」

 ボクとサイトさんが顔を見合わせて話しこむのをよそに、

「全部お見通し、というところね……」
「………………!」
「おい!?」

 真姫ちゃんが勝手にその姿を見せ、真歌の方へ歩みを進める。

「随分と長い御無沙汰だったけど、そちはなにも変わっておらぬようだのう……」
「アンタの方は少し老けたんじゃない?」

 真歌の親しげな声とは裏腹に真姫ちゃんの辛辣な言葉。

 しばしの沈黙ののち、

「そこのものも出てまいれ」

 そういってボクたちの登場を促す。
「……たくっ……しゃ~ねぇなぁ……」
「あ、待ってよ!」

 サイトさんが真歌のほうへと歩きはじめたので、ボクも急いで後を追う。そして……

 真歌と対面する。

 そこには年の頃なら二十代半ばの巫女服をまとった麗しい女性が、魔導師を脇に置いて佇んでいた。
 髪は漆黒のロングでありながら艶めかしい輝きを放ち、顔は彫りが深く、まるでアジア人と欧米人のハーフのような雰囲気を醸し出している。
 やや目つきはきいが、その小さくもふくよかな唇と目尻を彩る紅が、むしろ妖艶なる魔女という趣をみせ、この世のものではない美を体現なさしめている。
 そして体はすらりと高く、巫女服の上からもわかるほど胸は大きく、そして腰は反比例するかのように細い。

 まるで……そうまるで……

 真姫ちゃんにネガティブな要素を与えて成長させればこうなったのではないかというほどに、真姫ちゃんと真歌は似ていた。
 それは姉妹といっても差し支えないほどに。

 あの黒竜、禍々しいなんていってたけど、とんでもない美人じゃないか……

 その姿に見とれながらそんなことを思っていると、

「よくきたのぉ……」

 真歌が興味深げにサイトさんに声をかける。

「俺のこと知ってんのかよ?」

 警戒心も露わなサイトさんの声。

「知ってるもなにも、真姫が自慢げに話しては、麻呂の嫉妬心を煽るという児戯を繰りかえしておったからのぅ……」

 余裕たっぷりで真歌は返す。

「ふむ……見た目は確かにいい……合格じゃな……さてと、中身は……」
「な、なにする気!?」

 しげしげと興味深げにサイトくんを見つめていた真歌がやおら動いたので、緊張のあまり真姫ちゃんが声を上げるが、真歌はサイトさんを中心として回りこむように歩きながら、

「なにも獲って食うわけではないのだ……騒ぐな……」

 そしてサイトさんの周りをぐるりと一周して元の位置に戻ると、

「ふむ……状態もいいようじゃのぅ……」

 そう満足げな笑みを浮かべる。

「お前、なに考えてる?」

 敵意を潜めながらも漏れだすように険しいサイトさんの声に、真歌は手を上にあげ少し欠伸をしたあと、さも面白くなさそうな表情で、

「さぁて、どうしたものか……ここでそちを殺せば、真姫の失望と落胆、そして泣いた顔でも拝められるか……」
「…………!?」

 ちらっと視線を投げかける真歌に恐怖の色を浮かべる真紀ちゃん。

「しかし……ただ殺すのも興がないしのぅ……」
「……どうする気だよ……」
「なに、そちに会いたがっておるものがいてな」
「俺に……?」
「麻呂としては、すでにそちに何度か敗れているし、やめておけといったのだが、どうしてもと聞かんでの」
「それって……」

 サイトさんの真歌の会話を聞いていたボクは、心当たりを思い浮かべ、思わず声をだす。

「あやつ、少なくとも麻呂の与えた役割は真面目にこなしておるようだしのぅ……麻呂への態度はあれとしても、少しは要望も聞いてやらんとな……」
「それって誰だよ!」

 真歌がいう相手がわからず混乱するサイトさんが思わず声を上げる!

 でもそれはっ!

『我よ……!』

 突如真歌の後の空間が裂け、黒煙が雪崩のように押し寄せ、そしてすぐにそれは巨大な実体となってボクたちの前に顕現した!

「こ、黒竜……」

 ボクが驚きのあまり声を上げる!

「フン! 黒竜などという俗な名前で呼ぶな! 我にはガルドベルグという名があるのだからな!」

 黒竜は勝ち誇るかのように名乗りを上げる!

「で、黒竜、今度はなんの用だ?」

「!? 貴様……今、我が名を聞いたはずだが?」

「だって長いしよくある名前だし……」

「!?」

 サイトさんのさもつまらなそうな態度に黒竜は興奮するが、すぐに落ち着きを取り戻し、

「フ……貴様の手の内などお見通しよ……そうやって我の冷静さを失わせ、その隙を突く……そうだろう?」

「そういやぁ、真歌が禍々しいっていってたけど、想像と違うな?」

 黒竜の言葉をサイトさんは無視して話を続ける。

「ええ……思ったよりも……というか、すごく綺麗……」

 ボクも思わず真歌の感想を漏らす。

「フフフ……世事はいらぬが、敵からそのような言葉を聞くのも、悪くないものよのう……」

 真歌が袖で口元を隠しながら目に笑みを浮かべる。

 その姿を振り向きながら見ていた黒竜はポツリと、

「厚化粧のババァがよくいうわ……」

 まるで忌々しいものを見るように呟く。

 その時、一瞬その場が凍りつくのがボクでもわかった。

 いや、まぁ、そういうことか……黒竜は……

「もしかしてお好みではない?」

 サイトさんが慎重に言葉を選んで黒竜に問う。

「フ……黒竜への貢物といえば若い女と決まっているだろう? 誰がこんな年増など……」

 さらにその場に亀裂が入る音!

 なにかが軋んで、捻じれ曲がるような音が周囲にこだましているのは気のせいだとしても、少なくとも今まで笑顔を浮かべていた真歌の顔が真顔に戻り、近くにいる魔導師の顔色まで狼狽と恐怖の表情へと変わった。

 あまりにも気まずい……

「もう、サイトくん! こんな変な巨大爬虫類なんてさっさと倒しちゃってよ!」

 真姫ちゃんがサイトさんに檄を飛ばす!

「ああ、わかったよ! ったく、うるせぇなぁ!」

 サイトさんが面倒臭そうに手を振る。

「……貴様、あの子はなんだ?」

 黒竜が真姫ちゃんをシゲシゲと見つめ、そして不審げにサイトさんに尋ねる。

「ああアレか? あれは真姫。お前のご主人様の真歌と同じ、真王の一人だ。知らねぇのか?」
「……初めて会った……」
「おいおい!自分の敵の顔ぐらい覚えてろよ!」

 黒竜の意外な答えにサイトさんは呆れながら応えるが、

「して……なぜあの子がここに?」

 神妙な口調で尋ねる。

「いや、俺が真歌と戦って倒すことを見届けたいんだそうだ」
「何故?」
「知らねぇよ! ただ真王を倒せる短剣ってものを託されたんで、それを使わないと倒せないそうだ」
 サイトさんは気軽に応えるが、その一言で真歌と黒竜の様子が一変した。

「……短剣を……」

「……託した……」

 鬼気迫る目つきで真姫ちゃんを睨みつける真歌に対して、殺意と敵意と憎悪と、なにかもっとドロドロとした感情がこもった目つきでサイトさんを見つめる黒竜。

「おい、どうしたんだよ、お前ら?」

 状況がわからず、いきなり空気が変わった事に不安を感じたのか声が少し震えるサイトさん。

「そちは知らぬのか? 真王が短剣を託す意味を」

 真歌が低く、そして怒りをはらむ声で応え、

「唯一真王を倒せる短剣を真王が託すということは、自身の命を託す事……つまりは求婚の意……」

 黒竜が煮えたぎらんばかりの憎悪とその他の感情をこめ、腹の底から声を絞り出す。

「真姫……まだ子供だと思ってたけど……麻呂よりも先に……」
「……貴様……こんな可愛い子が……貴様に……求愛だと……!」

 どうにも思っていることは違うようだけど、ただ一つだけ彼らの答が一致していることは、少なくともボクにも、そしてだんだんと顔が青ざめていくサイトさんにもわかった!

「許さん! そちまで抜け駆けなど絶対に許さんぞ!」
「許さん! 貴様がこんな愛らしい子となど絶対に!」

 その怒りの怒号に周囲の岩壁も、岩柱も揺れ、砂礫が天井より降りかかる!

「いや、俺だってこれを使えっていわれたからであって、そんな意味があるなんて聞いてねぇよ!」

 必死に弁解するサイトさん!

「しかし貴様は受け取った! なんの理由も聞かず、ただ真歌を倒せるというだけで!」

 黒竜が至極まっとうな答えを返す。

 確かにこんな危険な最終兵器みたいな武器を、理由も聞かずに軽々しく受け取るサイトさんにも責はある!

「だってヤバいやつを倒すための唯一の武器を、俺だから本気だからって、問答無用で押しつけらたら断れるか? 聞くだけ野暮だろ?」

 またまたはじまるサイトさんの言いわけタイム。
 たぶんこの人の最大の問題点は、その警戒心のなさなんだろう。

「本気だから? そうか……そうなのか……ハハハハハハハハ!」

 その言葉を聞いて黒竜はいきなり大音響で笑いはじめる!

「お、なにか知らないがわかってくれたか?」

 その笑い声に気をよくしたサイトさんが朗らかに問うが、

「ああ、わかったよ! 十分に! 貴様を倒す! 真歌の部下としてではなく、男として貴様を討つ!」

「……は?」

「前に遭った時もそうだったが、貴様のようなものを討たなければ……討たなければ……我と我が同胞の怨みは果たせん!」
「なにいってんの、お前?」
「答えは自らの胸に問え! 行くぞぉぉぉぉ!」

 その掛け声と共に黒竜はサイトさんに突進する!

「ちぃ!」

 この突進をかわすサイトさん! でも……

「前よりも動きがいい?」

 サイトさんが真剣な声で呟く!

「そうよぉ! 貴様に負けて以来、我は異世界のNPCをしつつ自らを鍛え、さらにその力、速度、技術を向上させた! 貴様と一戦交えるためにな!」

「……ご苦労なこった……」

「だが今は違う! 貴様のような存在を抹消し、我が悲しみを他のものに味あわせないため、ここで貴様の息の根を止める!」

 すると黒竜の体から、あの時のような光が発せられ、周囲には無数の触手が現れる!

「自らの体がバラバラにちぎれるのを見ながら冥土に行け!」

 そして一斉に触手をサイトさん目がけて突出させた!

「ちぃぃぃぃぃぃぃ!」

 以前は半ば意識的な傷ついていたが、今回のサイトさんには余裕がないらしく、かわしそこね幾つかの直撃を受けよろめく!

「まだまだぁ!」

 周囲の空気を震えさせる大音響で吠えると、黒竜はその漆黒の翼で大空洞高く飛上り、

「消し炭となるがいいっ!」

 その一言とともに、胸いっぱいに吸いこんだ息を、嫉妬と憎しみで満ちた黒き焔と化さしめ、サイトさん目がけて吐き出した!

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 サイトさんは防御魔法で対炎障壁と対闇障壁を展開するが、それでも徐々のその体は押されていく!

「さぁ、その身を我が呪怨の願いで焦がし、無様な消し炭と成り果てて、この世から消えるがいい!」

 勝ち誇る黒竜の嘲笑が大空洞にこだまする!

 もしかして……重力上昇の魔法が効かないの!?

 だけど……笑い声の他に……甲高い……なにかが飛んでくるような音が……聞こえる?
 するといきなり空中を飛んでいた黒竜の背中に、ビームのような光線が当たったかと思うと爆発した!

 体勢を崩され、なんとか岩床に軟着陸する黒竜!

「アタシ達がいないとやっぱりダメなんだからぁ!」
「それで元勇者とか……お笑いですね」
「マヌケてる暇なんてねぇだろ?」

 大空洞に降りてきた、数体の巨大な影が口々にサイトさんを罵倒する!

「あ、あれ……」
「ああ……アイツらだ……」

 先ほどの攻撃から立ち上がりつつ、岩床に降りたったその影たちを見上げる。

 全高にして20m、人型をしているが、機動性と格闘性能が高そうな虎の頭部を象った顔を持つ白いロボットもいれば、三叉槍を構え流線的なフォルムと竜を象った顔を持つ青いロボット、そして鳥のような巨大な翼をもつ猛禽類の頭部を象った顔を持つ紅いロボットがいる。

 そして先ほど聞えた声は、確かターガちゃんとロンとスークの声……ということは……

「四天王!?」

 ボクは驚きと嬉しさのあまり声を上げる!

「我々もいるぞ!」

 さらに上空から七体のロボットが降り立つ!

「七将軍か!?」

 虹と同様、各機体が一つの色を持つ七つの色で彩られた、全高25mほどの同じ姿をしたロボットたち!
 手にはそれぞれ別々の武器を構えてはいるけど、本体自体は大きな差異はなく、巨大な鎧武者のような姿をしており、それぞれが高い戦闘力を有しているのがわかる。

 そしてその黄色のロボットがその手に抱えたものを岩床へと降ろす。

「どうやらまだやられていないようね」
「桐先さん!?」
『俺様もいるぞ!』

 そこには白虎と融合しているゴンゾウさんにまたがる桐先さんの姿があった。

「この人から連絡があって……間に合ってよかった」

 桐先さんが額の汗をハンカチでぬぐう。

「この人って……?」

 すると七将軍が二つにわかれ、その間から現れたのは……
 金色の縁取りが鮮やかな漆黒の鎧に黒いマント、そしてはねのある白いウルフカットの髪に、白い肌を縁どられた壮麗にして怜悧な真紅の瞳をもつ青年が現れる。

 その重々しくも禍々しい姿は、まさにこの場に相応しいといえた……

 もっとも……魔王としてだけど……

「……ドラグ……さん?」

「やはり君たちだけではダメだとは思っていたけど、間に合ってよかった」

 そういうと、ドラグさんは朗らかな笑顔をボクたちにくれる。

「なんで……ここが……」

 サイトさんが苦しい声で尋ねる。
 その様子を見てとった桐先さんが急いで駆けより回復魔法をかける。

「いやだなぁ……君たちのことを見ていたからさ」
「俺たちのこと……」
「……監視してたんですか?」

 ボクの問いかけにドラグさんは軽く笑みをこぼし、

「人聞きの悪いことはいわないでくれ。ただ危機管理上、万が一に備えて、ということで、どうかな?」

 ドラグさんは微笑みながら応える。
 ボクたちが返答に困っていると、

「それより、アレ……まだやるようだよ?」

 そしてボクたちの後で立ち上がろうとしている黒竜を、顎で指し示す。

「私としては四天王たちに倒させてもいいが……どうする?」
「四天王というわりには三体しかいないようだが?」
「……まだケーブの修復が終わってない」

 サイトさんの問いかけに、ドラグさんは俯いて応える。

「じゃあ、大事なお人形をこれ以上壊したら申し訳ねぇなぁ……」
「…………いけるか?」

 いつもなら人形の言葉に反発するドラグさんだけど、珍しく反論せずにサイトさんの戦意を確かめ、

「ああ。サポート頼む」

 そういうとサイトさんは再び黒竜へと一歩踏み出す。

「馬鹿が! 今の我と戦っても勝てるはずがなかろう!? 貴様の魔法は全て効かぬ!」

 そして黒竜は再び飛上ろうとするが、

「そうはさせない!」

 スークの赤いロボットが翼を広げ飛び立ち、今まさに翼を広げ飛上ろうとする黒竜の頭上を飛び牽制する!

「ぬっ!」

 それでも横に降り立ち、サイトさんから距離をとろうとするが、

「脇は固めたからぁ」
「互いに接近戦でケリをつけてはいかが?」

 ターガの白いロボットとロンの青いロボットが黒竜の両サイドに立ちふさがり、距離をとることすら難しくなる。

「悪いな……じゃあ、はじめようか!」
「グ……だが、今度こそ貴様には負けん!」

 サイトさんの声に黒竜の怒号が重なり、戦いのはじまりが告げられる!

 互いに無言で突進する!

 サイトさんの手には奇妙な形状の剣が握られ、その刀身は紅く輝く!
 黒竜は先ほどの触手を発生させ、それをサイトさん目がけて突出させる!

 だが……

 迫りくる触手をサイトさんは俊敏な動きで避ける!
 時折、ボクの眼では負えないほどの速度で触手をことごとく交わし、そしてそれらを斬り裂き、黒焔へと化さしめ、やがて宙に霧散して消える!

「……さっきと動きが違う……」

 ボクはサイトさんの動きを見てそうポツリと漏らす。

「彼は彼なりに本気を出しはじめたんだろう」
「え……?」

 ボクの脇に立ち戦いを見守るドラグさんの言葉に、ボクは言葉を漏らす。

「じゃあ、今までは……」
「彼が本気を出すなんてそうはないよ……いや、出せないといった方がいいかな?」
「出せない?」

 ドラグさんの笑みを浮かべる横顔を見上げ、その意味を尋ねた。

 するとドラグさんはボクの方に顔を向け、

「サイトくんが本気を出せば、私でも敵わない」

 そういうとニッコリと微笑む。
 でも、その微笑みは決して好意的ではないものが含まれていることもわかる。そんな笑みだ。

「前にいったよね。今の彼では私には勝てないと。でもね、あの時の彼なら……」

「あの時って……まさか……」

「そう……私の大切な子たちを倒した時」
「でも……あの時は……」

 ボクはその時起きた出来事に思いをはせる。

 あの時はサイトさんに止められて口には出せなかったけど、たぶん街とそこの人たちは……

「ダメですよ……そんなことになったら……」
「でも、それでしか真王を倒すことができないとしたら?」

 ボクの言葉に、視線はサイトさんを追いながら、静かな声で否定する。

「今の彼なら大丈夫だよ」

 そう口元を微かに歪める。

 その横顔に、ボクは少し胸に痛いものを感じた。



「この元勇者がぁぁぁぁ!!」

 黒竜の焦りに満ちた声が轟く!
 だけど、サイトさんは言葉を返すことなく跳躍し、自身に飛行の魔法と、そして攻撃力上昇の魔法を同時発動させる!
 そしてスークの牽制によって飛ぶことさえ敵わない黒竜の天頂に飛上ると、剣の切っ先を黒竜の頭部に狙いを定め、一気に降下する!

 黒竜が黒焔を吐くために息を吸う!

 しかしそれも間に合わず、サイトさんの切っ先が黒竜の開かれた口腔へと突きだされ、そのまま舌を、喉を、そして脳さえも貫き、頭蓋を割って現れる!

 その体は黒い焔に包まれていたが、次第に焔は消え去り、そこには少しのホコリと汚れがついた服をまとうサイトさんが立っている。

 そして荒い息を吐き、今倒した黒竜を見下ろしていた。

「……ま……た……負け……た……」

 そう呟くと、黒竜の姿は薄れ、また虚空へと消えていった。



 岩床へと降りたったサイトさんは息を整えると、真歌に視線を投げる。

 真歌は光を発する壁の前に佇み、この戦いを退屈そうな視線を投げかけていたが、それが終わると、口を袖で隠し、軽くあくびをし、

「……やっと終わったかや?」

 さもつまらなそうな言葉を漏らす。

「ああ、次はテメェだ!」
「おお、威勢だけはいいのう」

 凄むサイトさんを嘲笑一つであしらう真歌。

「真歌さま……お久しぶりです」

 サイトさんと真歌の会話に、ドラグさんが一歩前に進むわりこみ、深々を頭を下げる。

「おお、ドラグ・セプトか」
「意外です。私のことを覚えておいでとは」
「いや、名前がでたので久しぶりに思いだしたまでよ」

 真歌のさも興味がなさそうな声。

 その言葉を聞いた時のドラグさんの表情を、ボクは察することも見ることもできなかった。

 ただ少しの沈黙ののち、

「何故そちがここにおる?」

 真歌が不審げに問いただすが、ドラグさんは頭を上げ、

「今は真姫様の元でお世話になっております」

 そういっていつもの親しげな笑みを投げかけた。

「さようか……では、ここにいるということは……」

 探るような視線をドラグさんに投げかける真歌。
 その言葉に対してドラグさんは少し口の端を歪め、

「当然、真姫様のお手伝いをするためでございます」

 そして再び頭を垂れ、深々とお辞儀をする。

 しばらく真歌はその姿を見つめ、

「……できると思っておるのか? そち風情が?」

 あからさまな嘲笑交じりの声。

 でも……ドラグさんは微笑みながら真価を見つめ、

「私が、ではございません。真姫様が選んだ真の勇者が、あなたを討つ」

 そして真歌と視線を交差させる。

 その時の両者の表情。

 嘲り以外見ることができない真価の視線に対して、ドラグさんは複雑な色を帯びている。

 恐怖、殺意、敬意……そして愛憎……

 それはサイトさんに向けられる視線よりも複雑で、一言で表せるものではない。

「……いいだろう。真姫を倒すついでだ。麻呂に刃向ったものがどうなるか、よき見本となるであろう」
「ご理解痛み入ります」
「……世事はよい」

 ドラグさんのしばし見つめあった後、真歌が諦めた声音で言葉を漏らすと、再びドラグさんはお辞儀をする。

「おい! 勝手に話を進めるなよ!」
「でも、どちらにしてもここが真歌様を倒さなければ戻ることもできないだろ」

 噛みつくサイトさんにドラグさんは周囲を顎で示して、涼しげな声で応える。

 その仕草に不安を感じ周りを見回すと!

「!?」

 次々と空間が裂け、裂け目から怪物達や、以前戦った艦載機、ジャマ―ポッドたちが現れる!

『おい、なんだよ、こいつら』

 白虎と同化しているゴンゾウさんが、意識共有で語りかけてくる。

「データーでは、真歌が管理下の世界のものや派遣したNPCの傘下にいたものたちです」

 桐先さんがタブレットで分析した情報を読み上げる。

「つまり……総力戦か……」

 サイトさんが声を殺し呟く。

 そうしている間にも、ゆっくりとボクたちの取り囲む包囲網は縮まっていく。

「おい、真姫!」
「あ、うん!」

 サイトさんが後ろにいる真姫ちゃんを呼ぶ。

「お前の管理下の世界からも仲間を呼べ!」
「わかった!」
「ダメです!」

 サイトさんの要請で異世界から戦力を招集しようとした真姫ちゃんをドラグさんが止める!

「な、なんで!?」

 ドラグさんに食ってかかる真姫ちゃん!

「ここでもし多数の仲間を呼び出せば……そしてもしサイトくんの力を使うことになるとしたら……その者たちが確実に犠牲になります!」
「!?」

 ドラグさんの言葉に一瞬驚きの表情を浮かべるが、すぐに俯き沈黙するサイトさん。

「サイトくん……私はあくまで万が一のことを考えている。君の力は絶大だが、その分多くの犠牲を要する。だから……」

「わかったよ! 俺たちだけでやればいいんだろ!」

 ドラグさんの落ち着いた説得の言葉に、サイトさんはキレ気味で応える。

「……すまんな……」

 ドラグさんの声と共に、真歌たちの軍勢は一斉に襲いかかってきた!



 戦場と化した大空洞は混乱のるつぼと化していた!

 ターガとロン、スークたちが駆るロボットたちは、そのパワーとスピード、そして付加されたエレメントの力により、周囲を武器で、魔法で薙ぎ払う!
 そのたび傷つき破壊され、元の世界へと戻っていく敵兵たち!

 七将軍も各々の武器を振るい地上軍を一掃する!
 その武器の切っ先は岩床をも穿ち、石柱にヒビを走らせ、岩壁に傷を作る!
 だがそのたびに大空洞は鳴動し、さらにそれは地上へと伝わる!

「大変! 地上で地震として観測されてる!?」

 ボクと真姫ちゃん、桐先さんは、七将軍の一体に守られ後方で待機していたが、タブレットを見ていた桐先さんが声を上げる!

「な、なんでですか?」
「わからない……ただこの大空洞が、もしここ同様Y市の地下に広がる空間の要として機能しているのであれば、ここでの被害は他の地域に伝わり、そのため地震としての揺れを起させてるんだわ」
「じゃあ……」
「戦闘が長引けば、地上の被害も計り知れないことになる」

 桐先さんが深刻な目つきでボクに告げる。

 じゃあ、もし戦いに勝っても、状況によっては地上は……

 そのことを告げようとサイトさんたちを見るが、

「ちっ! ターガ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……左腕がやられただけだから」

 すでに戦いでかなりの損傷を負い、その左腕を損失しているターガのロボットに近づき、サイトさんが声をかける。

「でも不思議だね……サイトに心配してもらえるなんて」
「バカいってねぇで、敵をちゃんと見て戦え!」
「うん!」

 その会話の最中でも真歌の軍勢はサイトさんたちの包囲網を狭めていく!

『おい、ボウズ! 俺様に乗れ! お前の足よりは速い!』

 ゴンゾウさんがサイトさんの傍に駆けより、乗るように促す!

「ああサンキューな!」

 サイトさんは跨ると、猛スピードで戦場を駆けめぐり、次々と真歌軍を撃破していった!

 だけど……

「青華!?」

 その声と共にボクは左の方に目を走らせる!

 そこにはすでに多数の怪物に捕りつかれ、その胸の装甲や左肩装甲を破壊され、火花や煙が上がっている七将軍の青い機体が死に物狂いで捕りついたものたちを叩き落とそうとしていた!
 しかし胸の怪物を叩き落としても両脚から次々と怪物たちが這い上がり、そして捕りつき破壊する!

「もう、その機体は捨てて!」
「でも!?」
「またやられることになる! 再生処理を受けることに!」

 仲間の七将軍から悲鳴に近い声が次々と上がる。

 しかし、青華の乗るロボットを一陣の白光が凄まじい勢いで駆け上り、その軌跡にそって怪物たちが切り刻まれた骸を晒し、次々と消えていく!

「あまり無理するな!」
「サ、サイト……? 貴様に心配されるなんて……」

 体に捕りついていた怪物が排除された青華のロボット。
 その肩には、白虎に乗ったサイトさんが佇み、青華に声をかける。

 安心と、かつての敵に助けられた屈辱感からか、涙声で応える青華。

「とはいえ……」
『善戦しているとは、言い難ぇな……』

 青華のロボットの方から戦場を見渡し、サイトさんとゴンゾウさんがその様子に声を上げる。

「青華、機体は大丈夫か?」
「う……ま、まだ戦え……キャッ!」

 歩こうとするが思わずバランスを崩す青華のロボット!

「バカ! 無茶するな!」
「バカとはなんだ!? 貴様にバカと呼ばれる覚えは!」
『どっちにしろこんなんじゃ戦いは無理だ……俺が後方に送る。機体は放棄しろ!』

 口げんかする二人の間に入り、状況に対処するゴンゾウさん。

「………………」
『今のお前じゃ足手まといなんだ……わかってくれ』
「……わかった……」

 ゴンゾウさんの説得を悔しさの混じった声で受け入れる青華。

 そして頭部のハッチが開き、そこから十代半ばだと思われる青い髪と蒼いパイロットスーツに身を包んだ女の子が現れる。

「お前……七将軍……?」

 サイトさんが声を失って青華を見つめる。

「貴様と直に遭うのは初めてだったな……もしこういう状況じゃなければ殴りつけてやりたいところだが……」
『おい、いい加減にしろ! さっさと下がるぞ! 機体は邪魔だ! 敵を巻きこんで自爆させろ!』

 一触即発の雰囲気に再びゴンゾウさんが釘をさす。

「……わかった……」

 そして青華はゴンゾウさんにまたがると、ボクたちの方へとやってくる。

 戦場では激しい閃光と振動、そして怒号が交錯し、その混乱は地上をも巻きこみ、震源地不明の長期震動という形で、地震災害を引き起こしていた。

「このままじゃ……」

 桐先さんのタブレットを覗き、ボクは呟く。

 そして、その時青華のロボットで今まさに戦場へと舞い戻るサイトさんの元に、ドラグさんが現れた。

「敵軍に押されているためか、ずいぶん被害が出ているね」

 ドラグさんがサイトさんの横に立ち、静かに語りかける。

「だったらテメェも少しは戦力として役立ってみろよ!」

 サイトさんの敵意のこもった辛辣な声!
 それもそうだ。真姫ちゃんが仲間を召喚することを拒否したのは、ドラグさんなんだから。

 でもドラグさんはどこ吹く風で、

「君、まだあの時のこと、悔やんでるの?」
「……なんのことだ……」
「私の四天王や七将軍を見てパニックに陥った君が発動した力のことだよ」

 サイトさんのさっきのこもった声を涼しい顔でかわす。

「安心したまえ」

「……なにをだよ」

「君はあの時とは違う」

 あくまで殺意を隠さないサイトさんに優しい声音で応えるドラグさん。

 その声音は、まるで親友……いや、それ以上の親愛さを感じる程に優しく、そして断定的だった。

「あの時、たとえパニック状態とはいえ、君は私の軍勢と四天王や七将軍、そして私をも倒した」

「…………………」

「でもね、それでは困る。ただパニックに陥って壊すだけでは。だから私は君に適度な脅威を与え、様々な耐性をつけてきた」

「…………………」

「だから今の君なら、我を失うこともなく、あの力は使える。少なくとも一番君を見てきた私がいうんだから間違いない」

「……心底胸糞悪い告白のセリフだな……」

「真姫様にとって特別であるように、私にとっても君は特別な存在なんだよ。だから……」

「だからこの状況を作ったってか?」

 にこやかに語るドラグさんとは対照的に、苦々しい表情を浮かべたサイトさんが吐き捨てるように自分の思いを口にする。

「……ああ、そうだ。だから……頼むよ」

 ニッコリと微笑むドラグさん。

 そこには様々な感情が見てとれるが、あえてそれを無視したサイトさんは、

「じゃあ、発動させたら、他のものの退避を頼む」

 その表情には先ほどの殺意はなく、むしろ自我を失ったような静かな口調と、そして……

 ただ任務を遂行する意志だけが感じられた。

「わかった」

 その言葉と共に、二人は青華のロボットの肩から、岩床へと飛び降りた。

 その二人を待ちかまえたかのように、怪物やジャマ―ポッドたちが取り囲む。
 それらをドラグさんが一閃し、無へと帰す!
 そして……

 サイトさんが静かに息を吸い、一言呟く。

「鬼甲……」

 その言葉と共にサイトさんの右腕を赤い焔が走り、その後に赤い……まるで武士が着けているような手甲がその腕を覆っている。

 だがそれだけじゃない。

 その焔は右腕を伝い、胸にそして額へと軌跡を描いて走る。
 そして、胸も紅い鎧で覆われ、そして額には二本の角のよう形の炎がほとばしっている。

「じゃあ、召喚よろしく」
「誰も犠牲にさせるなよ」
「わかってる」

 気軽なドラグさんの声に、厳しい声でサイトさんが応える。

 その声と共にドラグさんはサイトさんの周りの敵をさらに排除すると、その場を飛ぶようにあとにし、そして四天王や七将軍に、

「みんな後方へ下がれ! 鬼がくる!」

 その一言をいうと、四天王や七将軍たちの駆るロボットたちは一瞬動きを止め、急速にその場をあとに、後退しはじめる!?

「な、なにがあるんですか?」

 ボクがゴンゾウさんに連れられて後退した青華さんに問うが、青華さんは怯えたように、

「私たちももっと後方に下がらないと……」

 そう震える声をあげる。

 そこにドラグさんが飛行の魔法によってやってきて、

「君たちも安全な場所に移動した方がいい。ここだと万が一がある」
「でもどこに行けば……」
「みんなに飛行の魔法をかける。空中ならそう数はこないし対処も楽だ」

 事務的な口調で指示をだすドラグさんの言葉に不審を抱き、

「……なにがくるんですか?」
「見てればわかる。ただ、早く対処しないと」

 そういうと、皆に飛行の魔法をかける。



 四天王も七将軍も同様に飛上り、岩床で起こる事態を上空から見守っている。

 怪物で満たされた岩床。

 だが一角に広場のように開かれた空間ができていた。

 その中央に佇むサイトさんは、手甲で覆われた右手を静かにあげ、声を上げた。

「鬼族……招来!」

 その声と共に、どこからか雅楽のような笛の音が聞こえ、そして一つ、また一つと、青白い鬼火が現れ、やがてそれはその広場のいたる場所に現れ……

 やがてそれは武者の、騎士の、毛皮をまとった戦士の、そして完全武装した兵士の姿をした、青白く透ける幻姿となる。そしてすべからく一本の角が額より生えていた。

 サイトさんが右腕を、彼が対峙する光輝く壁の前に立つ真歌に向けゆっくりと下ろすと、奏でられていた笛の音は、陣太鼓に、銅鑼に、ホルンの音と変わり、鬼の兵たちが一斉に武器を構え、怪物達に襲いかかる!

 その光景を上空から見下ろし、怪物たちが蹂躙され、次々と打倒されていく様を見ながら、奇妙なことに気づく。

 倒された怪物たちが消えない?

 四天王や七将軍に倒された怪物は元の世界に戻ったのに、ここの怪物達の骸は消えず、その体から鬼火が生まれると鬼の兵団に加わり味方である怪物に襲いかかる!

「な……!?」

 ボクは悲鳴にも似た声を上げる!
 しかし横にいるドラグさんは静かな声で、

「これがサイトくんの力だよ……私の軍勢もこれにやられた」

 そう語るドラグさんの瞳とは、声とは裏腹に、狂気にも似た興奮と歓喜の色が浮かんでいた。

「君のいいたいことはわかっているよ。これは勇者の力ではない。まるで……まるで魔王軍そのものだと」

 ドラグさんが語っているその最中でも、眼下ではサイトさんと、彼の操る鬼の兵団が次々と周囲の怪物たちを屠っていては、その骸から仲間を作り出していく。

「彼のもつ力はむしろ魔王、闇の力に近い。だがそれを勇者としての心が抑えている、といった方がいい」

 怪物が押されはじめる。その数は鬼たちにとって代わられ、そして次第に光る壁際へと追いやられていく。

「神屋サイトという名前は実に象徴的だと思わないか? 神の屋代に災いをもたらすと徒なるか、それとも神の屋代の祭を司る人となるか」

 楽しそうに語るドラグさんの横顔を見上げ、

「……これが最初から狙いだったんですね……」

 今までのドラグさんのいっていた意味が、今ボクにはわかった。

 そしてサイトさんと鬼の兵団は真歌の周辺へと及ぶ。

 魔導師がいきなり消えて逃げ出すが、真歌はあくまで抵抗する。

「……私は元は真歌様の勇者として召喚された」

 その様を凝視し、ドラグさんが独りごちる。

「私は命令通り戦った。世界を救うため、邪悪より民を護るため……そして真歌様のため……」

 ドラグさんの瞳に微かな光が走る。

「でも……私は最後の戦いに負けた……私は……世界を救う勇者にはなれなかった……」

 次第に苦いものが口調に混ざる。

「そして負けた私を……真歌様は捨てた……それはもう、まるで壊れたおもちゃを贅沢に慣れた子供が無造作に捨てるように……私の想いもなにもかも……すべて……」

 瞳に怒りとも憎しみとも……愛情ともつかない色が滾り、

「そして真姫様に拾われ、やがて魔王の役を任された」

 その視線はサイトさんに移る。そこには先ほどの色とは違い、狂気にも似た激しいものに溢れ、

「そこに勇者として現れたのが彼だ。すでに幾つもの世界を巡り、勇者の存在を知っていた私にとっても彼は別格だった」

 ついに鬼の兵団が真歌と激突する!
 激しい攻撃で破壊され、霧散する鬼たちがだか、次の瞬間には再生し、また襲いかかる!

「やがて彼の真の力を知り、真王を倒せるものだと確信した。その力を使えば真王を倒すことも、そして次代の真王を生むものとなることもできるだろうと」

 ボクは熱を帯びた口調で話すドラグさんの顔を見つめる。その瞳には、サイトさんへの渇望と……そして羨望が滲んでいた。

「本当は私が……この手で真歌様を……でも、私では無理なんだ……私にはその力はない……」

 その名を口にした時、ドラグさんの眼が苦しげに細められ、

「だから……彼が真姫様に認められ、真王を倒せる短剣を手に入れられるよう、より強く鍛える必要があった」

 口元が大きく歪む。

「彼は期待通り強くなった。それは真姫様の願いでもあり、私の願いとも合致した。だから、真姫様は私の所業にも口出しはしなかった」

「……じゃあ魔導師を回復させて、真歌の復活を助けたのも……」

 絶望的な推測を口し、ドラグさんから顔を背ける。

「……いい人じゃなかった……」

 ボクの呟きにドラグさんはチラッと僕を見て、

「いい人なんていないよ……100%の善は100%の悪と同義だ。立場が変われば善悪は入れ替わるし主観でも変わる」

 ドラグさんの声からは先ほどの熱狂は消え、穏やかなものとなり、

「だから善と悪の間で揺れ動くんだろうな……ある時は勇者となり、ある時は魔王となり……」

 その声には自嘲な響きが含まれていた。

「……だから失望する必要はない……君にもいずれ……わかる日がくる」

 そしていつもの笑みを浮かべ、

「その姿が美しいというものも、以前いたよ……」

 その笑みには、どうしようもない諦観と、そしてなにかをこらえる思いが滲んで見えた。

「あっ!」

 後かの青華の声に、ボクの意識は現実へと戻る。

 青華が指し示す方、そこには今まさに真歌へと迫るサイトさんの姿があった!

 その足取りはいつものサイトさんよりも大胆で、そして上下する肩が彼の興奮を感じさせる!
 ボクは状況はを知りたいために、ゴンゾウさんに意識共有を頼む!

 そしてその目に映ったのは……

 鬼の兵団との戦いで傷つき、すでに戦える状態ではない真歌と、荒い呼吸と赤く染まった視界でそれを見下ろすサイトさんの姿。

 傷つきながらも真歌はその場から逃れようともがくが、思うように手足が動かない。
 それを嗜虐的な感情を抱きながら見下ろすサイトさん。

「もしかして……酔ってる……?」

 その感覚は酩酊に近い。

 サイトさんは戦いに酔い、そして破壊を陶酔している。

『ダメだよ……』

 ボクは心の中で叫ぶ!

 でもサイトさんには届かない!

 逃げることも無理と諦めたのか頭を抱える真歌!

 サイトさんが左手に持った短剣を振り上げる!

『ダメだよ!』

 ボクは叫びを上げる!



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 同時に上がる真歌の絶叫とも思われるほどの悲鳴!



 だけど……



 短剣は振り下ろされなかった。

 ただその場で動きを止め、そして真歌の姿を凝視している。

 その頭を抱え怯えきって泣きはじゃくる姿を見つめ、サイトさんは身動きできないでいる!


 やがて……


 サイトさんの興奮状態が解けたためか、鬼たちは一つ、また一つと消えていき……

 そこにはただ、ボクたちだけが残された。



「殺してよ……」

 サイトさんの背に真姫ちゃんが冷徹な言葉を放つ。

 泣きじゃくり怯えきった真歌を前に凍りつくサイトさん。

「……なんで、殺さないの?」

 真姫ちゃんが怒りの混ざった声でさらに実行を迫る。

 でも、サイトさんは動かない。

 視線は、短剣を振り下ろさないサイトさんの顔を見て、また怯えて頭を抱えて震えている真歌に釘付けになっている。

「私のために殺してよ……」

 次第に焦れてくる真姫ちゃんの声音が、お願いではなく脅迫染みてくる。

 真姫ちゃんの後にいるボクとドラグさんは、その成行きに目を見張る。

 少なくともドラグさんは期待と、そして悲しみがない混ざった視線で。



「……できねぇよ……」



 サイトさんのポツリと呟いた言葉に、ドラグさんの眼が苦々しげに細められる。

「……なんですって?」

 真姫ちゃんは信じられない言葉を聞いたように、目を見開いて、聞き直す。

「だから……できねぇって……」

 そう一言吐き捨てるようにいうと、サイトさんは手にした短剣を放り出し、立ち上がる。

 不機嫌な感情も露わに、ズカズカとサイトさんに近づく真姫ちゃん。

「なんで……できないの……?」

 サイトさんを見上げ、きつい口調で問いただす。

「あれ、見てみろよ……」

 サイトさんは壁際で怯えきっている真歌を顎で示す。

「俺は無抵抗なものに手を上げる趣味はない」

「!?」

 その言葉に一気に怒りまくる真姫ちゃん!

「バッカじゃないのっ! アンタ殺されそうになったのよ! なのになんで助けるの!?」

 顔から炎を吹きだすように吠える真姫ちゃんに、

「でも今のアイツはもう戦えねぇ」

 そう真顔で返すサイトさん。

「だから今がチャンスなんでしょ! 今やらないでいつやれるっていうのよ!」


「……だったらお前がやれよ……」



 怒りに任せていいまくるサイトさんが、不機嫌タラタラな声でいい返す。


「は?」

「だったらお前が殺せばいいだろ! そもそも奴を殺す理由は俺にはない! 理由もないのに殺しはできない!」

「ア、アンタ私の勇者でしょ!? 勇者なら王のいうことを聞かないとダメなんだから!」

「バカいうなよ! 勇者だからって理由もなしに人を傷つけられるかよ! やりたかったらテメェでやれ!」

「む、無茶いわないでよ! それができるんなら、アンタなんか使わないでとっくにやってるわよ!」


 興奮状態で食ってかかる真姫ちゃんに同じように言葉を返すサイトさん。

 二人のやりとりを見ていたドラグさんは、さもつまらなそうに踵を返し、飛行の魔法を使いその場を飛び立つ。
 四天王も七将軍も後に続く。

 あとには、ボクとサイトさん、真姫ちゃんと桐先さんとゴンゾウさん、そして真歌だけが残された。


「無茶いってるのはテメェだろ!」


 サイトさんの罵声が飛ぶ!

「だいたい前々から思ってたんだが、王様だかなんだか知らねぇが、自分でもできねぇことを勇者だからっていうメチャクチャな理由で無理難題押しつけやがって!」

「!?」

「どれだけ俺たちが苦痛と苦労と苦悩を味わってんのかわかってんのか!?」

 サイトさんが真姫ちゃんに食ってかかっているその後ろで動きがある。

 真歌が……サイトさんの声に反応して起き上がっていた。

 その体はもうボロボロで、戦う力は残っていない。

 でも、その瞳には……

「!?」

 その姿を真姫ちゃんの認めたようだ。

 一瞬ビクッと震えると、体が震えはじめた。

「だいたいなぁ、勇者だって人間なんだよ! イヤなものはイヤなんだよ!」

 サイトさんはそのことに気づかずにひたすら真姫ちゃんを責め続ける。

 その姿を見つめていた真歌の見開いた瞳からの一筋の涙が流れ、なにかを諦めたように顔を伏せると、とても……たぶんボクたちにとっては初めて見る、慈愛と母性と、そして愛情に溢れるような微笑みを浮かべ、柔らかく暖かい色を宿した瞳をサイトさんに投げかける。

 その瞬間、真姫ちゃんの体がまるで電撃が走ったかのようにビクッと震え、そして全身がワナワナと震えはじめる。

「……あ~……」

 ボクはなにかを悟ったような間延びした声を上げる。

 真姫ちゃんが真歌を恐れていたわけが、その真の理由が、今わかったような気がした。

 つまり、まぁ、そのぉ……

「いいか! 俺は無抵抗のものを傷つける趣味はねぇ! それにだ!」

 サイトさんは深く息を吸いこむと、きりっとした顔で、



「俺は誰のいうことも聞きたくない!」
「こぉぉぉんのぉぉぉぉぉバカ者がぁぁぁぁぁぁぁ!」



 キメ顔でセリフを放つサイトさんの左頬を、真姫ちゃんの渾身の右フックが炸裂する!

「バカ者が! バカ者が! バカ者がぁぁぁぁぁ!」

 絶叫しながらサイトさんに馬乗りになっても殴り続ける真姫ちゃん!

 そんな二人をよそに、いつの間にか戻ってきていた魔導師に支えられ、虚空に消える真歌。
 てでもその顔には微笑みがあふれ、暖かくも熱い視線はサイトさんに注がれていた。



 やがて意識を失うまで殴られ続けたサイトさんに馬乗りになり、くずおれるように泣きじゃくりながら、

「バカ者がぁぁぁぁ……」

 真姫ちゃんのどうしようもない嘆きの声と、そしてどうしようもないことに腕を組み困り果てたボクたちが残された。

 でもたぶん、真歌の脅威は一応は去ったんだと思う……
 少なくとも真王同士が互いの世界を賭けて殺し合うという形での脅威は……

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異世界転職NPC体験記その四後編・眠れるもの

2019-06-26 20:04:03 | 異世界転職NPC体験記本文
「あれが……勇者……」

 ボクの横で桐先さんが間の抜けた声をだす。

 それもそうだ。勇者様が貫禄たっぷりの大柄で強面のアメリカンショートだなんて。

「桐先さん、この子のこと、知ってました?」

「それは……だってゴンゾウは沢木さんの奥さんの……」
「?」
「沢木さんの奥さん、ミスエさんっていうんだけど、病弱でね。よく入退院を繰り返していたの。だからミスエさん、沢木さんが寂しくないようにって……」
「じゃあ、奥さんからの……」
「ミスエさん、ゴンゾウのことを可愛がっていたわ……それはもう、ゴンゾウのように自由に外に出かけたいって」
「じゃあ……」

「だから……その甲斐あって病気がよくなってね」

「……は?」

「今はもう随分よくなって、今までできなかった海外旅行にも沢木さん放っといてでもバンバン行くようになって……」

「おい?」

「だから留守中にもしゴンゾウになにかあったら……」

「誰がビビってんだよ?」

 話の成行きにサイトさんが浮かない表情で尋ねると、

「沢木さん。もう、ミスエさんにぞっこんなんだけど、その分怒られたり嫌われたりするのに恐怖心まで抱くようになっちゃって……人を好きになるって難しいわよねぇ」

 他人の家庭の事情をご近所の奥様会話調で暴露する桐先さんだけど、話を聞いているサイトさんの顔がみるみる曇る。

「サ、サイトさん……サイトさんは大丈夫だから、大丈夫だから……」

 ボクは落ちこみつつあるサイトさんを明るくフォローする。しかし桐先さんが、

「君もなにか痴情でもめてんの? 大変よねぇ、若い子は特に」

 さらなる追い打ちをかける!

 しかし……

『おい!』

 いきなり渋オジ調の声が頭に響く!

「だ、誰?」

 思わずボクは声を上げるが、

『声に出すんじゃねぇ! コイツにばれちまうだろ!』

 ボクは声の主を探しきょろきょろと周囲を見回すと……ソレと目があった……

『そう! 俺様だよ! 待ってたぜ!』

 そこには勇者のゴンゾウさんが、その貫禄たっぷりの体躯を沢木さんに渾身のハグをされ、顔と左腕だけを沢木さんの肩の上から見せて、不敵な笑みを浮かべてボクたちを見返していた。意識共有を使ったのか……

 正直、下ぶくれで傷だらけの顔に眼つきの悪いアメショーの不敵な笑みって怖いです……

『おい、聞えてるぞ! 俺様が怖いって? 馬鹿いうな! ミスエ嬢ちゃんにはラブリーでプリチーな可愛い子って呼ばれてんを知らねぇのか!?』

 ゴンゾウさんのドスの利いた声が飛んでくる。

 うん、知ってる。そういうのって必ず飼い主さんがいうセリフだから。可愛いと思っていないで溺愛できる飼い主さんなんていないから!

『おいおい……溺愛されてるなんて……照れるじゃねぇか』

 目を細めて満足げに口を歪めるゴンゾウさん!

 なんなのこの勇者様!

『それより、コイツをどうにかしてくれ』
『……コイツ?』
『コイツっていったらコイツしかいないだろ!』

 顎をクイッと動かして沢木さんを示す。

『コイツ、さっきから力いっぱい抱きしめやがって、身動き取れねぇ!』
『あ……』

 そのことに気づいたボクたちは沢木さんに駆けより、

「よかったですね、ゴンゾウが見つかって」

「うん! これでミスエさんに怒られなくてすむ!」

 声をかける桐先さんに涙交じりの声で応える沢木さん。
 この人、奥さんが好きなのか怖いのかどっちなんだ?

 それで力が弱ったのか、ゴンゾウさんが沢木さんの手を逃れようとモゾモゾ動く。

「あ、ゴメンゴメン! 強く抱きしめすぎちゃったね」

 そういうと沢木さんは、ソッと床にゴンゾウさんを降ろす。

『ちぃ……せっかくきれいに舐めたっていうのに、男の臭いがついちまった!』

 体を不機嫌に振りながらのゴンゾウさんの声。
 気持ちが荒れているのか尻尾を荒くブンブン振っている。

「あ、あの……なんでこの子が?」

 ボクはゴンゾウさんに気を使いながらも、沢木さんに事情を尋ねると、

「だってミスエさんがいない間は、大学にはいつも連れてきてるんだよ。もちろん許可を取って、僕の研究室から出さない、っていう条件だけど」

 沢木さんが事もなさ気に応える。

「大学としても、幾つかの条件を提示して、一応それが順守されていましたから、お咎めするわけにもいきませんし」
「それで今回ここに出張ることになったんだけど、留守中になにかあるのも嫌だから、ケージに入れて連れてきたんだけど、何故かロックが外れて逃げ出してしまってね」
「一時はどうなることかと思いましたよ。まさか遺跡に向かって行くだなんて!」
「僕だって予測できなかった。でもゴンゾウは一直線に遺跡に向かったから、気が気じゃなくて……でも君たちの到着を待っても大丈夫そうだったし」

 沢木さんがゴンゾウさんとボクたちの間でどういった会話がないされているかも知らずに、朗らかにゴンゾウさんへの思いを語る。

『……知らないってことは、幸せなんだな……』

 遠い目をしつつそんな感想を抱く。

「でも、この部屋の奥にある扉の先に、まだなにか通路のようなものがあるようです」

 桐先さんがタブレットを見つつ状況を説明する。

 もちろん、タブレットがあるからわかるのではない。彼女のタブレットは錬成されたもので、通常以上のサーチ能力と情報分析処理能力を持つ一種のマジックアイテムみたいなものだ。
 それに彼女の能力とあわさり、神がかった探知能力を発揮しているんだ。

「この扉を開けられれば……」
「それよりこの警官たち、どうするんだよ?」

 扉の先に興味津々の沢木さんの言葉を遮り、サイトさんが警官たちのことを告げる。

 確かにこのままここに放置したら、今度はどうなるか……

「それじゃ一度この人たちを、出入り口まで運びましょう。幾ら三人の警官とはいえ、四人で運べば大丈夫!」



 ボクたちは桐先さんの提案を飲み、一度警官たちを連れて出入り口へと戻る。

 この異常事態に、待機していた警官隊から色々尋ねられる。
 でもボクたちは適当にごまかし(さらに桐先さんが倒れていた警官たちの記憶を操作して、ガスのようなもので気を失ったことにしたようだ)、まだ危険があるようなので、ボクたちの調査が終わるまで、待機していてくれないか、ということで、なんとか承諾を得ることができた。



 そして再度扉の前までやってくると……

「やっぱり最近開閉した形跡がある」

 沢木さんが小さな声を口にする。

「見てごらん、この床のホコリを。あまり積ってはいないが、こことそこの色が違う。これは開閉時についた扉の軌跡だ」

 そういいながら床の一部分を指し示す。
 云われたとおり、そこには扉が開閉した跡があった。

「つまり、今まで遭遇したものたちは……」
「最近ここから現れた可能性がある」

 沢木さんが断定調で告げる。

「だから、この扉を開けると……」
「こうか?」

 沢木さんの言葉が終わる前に、サイトさんがおもむろに扉に手をかけ開けてしまう!

「な、なんでいきなり!?」

 唐突のことに驚く沢木さん!

「いや、扉が開くんなら開くかなぁ、と思って」

 サイトさんが悪気もなく応える!

「この扉、なにがあるかわからないんだよ! なんで無造作に開けられるの!? もし罠や仕掛けがあったらどうするの!?」

 柄にもなくサイトさんを怒鳴りつける沢木さん!

「でもま、今のところ問題ないようですし、この先に進みましょう!」

 その場の雰囲気が悪くなったのを察したのか、桐先さんが二人の間に入り、沢木さんをなだめる。

「まったく……桐先くんからは調査の専門家だと聞いていたから、君たちのような未成年でも同行させたというのに……桐先くん、その情報は確かなんだろうね!?」

 怒りの矛先を桐先さんに向け、ボクたちの素性を再度確認する沢木さん。

「はい。この手の探索などに離れていて、すでに幾つもの調査で功績を立てている方たちです」
「僕は知らないけどね」

 桐先さんの丁寧な対応に憤懣やるかたない沢木さんの声。

「しかし……今から他の人を呼んでも時間がかかりすぎるだろうし、さっきのようなのが出てこないとは限らないし……少なくとも君は戦いだけなら得意なようだから、余計なことはしないでくれよ」
「ヘイヘイ……」

 指を差して抗議する沢木さんの言葉をそっぽを向いて応えるサイトさん。
 サイトさんの態度も褒められたものじゃないな……

 そんなことを思いながらも、ボクたちは扉の向こうへと、その戸口を潜って進んだ。



『でも、なんで沢木さんのことをコイツって呼ぶんですか?』

 照明もなく、漆黒の闇に満たされた通路を、手に持った懐中電灯や安全ヘルメットのヘッドライトで照らしながら進む中、ボクはゴンゾウさんに意識共有によって尋ねる。

『お前、ヒエラルキーって言葉、知ってるか?』

 ボクの前、ちょうど沢木さんの横を尻尾を振り振り歩くゴンゾウさんが、ちょっと僕を見て返してくる。

『ええ、支配制というか階層制というか』
『わかってんな。じゃあいいことを教えてやる』

 そこでゴンゾウさんは一息吸い、

『俺様の飼い主、というか、まぁ、俺様のファンだわな。ミスエ嬢ちゃんは俺様にぞっこんだ。ここまではいいな』

『はい』

『そしてコイツは嬢ちゃんにぞっこんだ。ここまでもいいな』

『はい』

『じゃあ考えてみろ! コイツよりもミスエ嬢ちゃんは偉いが、その嬢ちゃんは俺様にぞっこんなんだよ! 一番上にいるのは誰だ?』

『……ゴンゾウさん?』

 ボクの答えを聞いて、満足げな目を細め、口をニマァ、とするゴンゾウさん。

 正直可愛いというより、少しムカつく。

『そうだよ! つまり一番偉いのは俺様だから、ミスエ嬢ちゃんよりも下の奴の名前なんか覚えるわけねぇだろ! だからコイツでいいんだよ!』
『………………』

 ボクはその時言葉を返すことができなかった。いや、その場でゴンゾウさんの言葉を聞いたサイトさんや桐先さんもなにも言葉を返せないのだろう。

 二人ともなんともいえない目でゴンゾウさんを見ているが、上機嫌に尻尾を振りながら歩くゴンゾウさんを、時折気づかいながら声をかける沢木さんを見る目つきには、確かに前よりも優しいものに満ちていたような気がする。



「この先の通路が途切れて……巨大な縦穴?」

 桐先さんが怪訝な声を上げる。

「縦穴ってなんだよ?」
「わからないわ……でもおおよそ直径30mの円形状の空間が、下に向っている……」

 サイトさんの言葉に桐先さんがタブレットの画像を見せて応える。
 確かにそこには、直径30mほどの円形の空間と、下に向かって延びているという表示がされている。

「これって……」
「とにかく行ってみるしかないな……」
「ええ……」

 ボクたちの深刻な雰囲気をよそに、

「この先にどんな光景が広がっているのか、実に楽しみだよ、なぁ、ゴンゾウ!」
「ニャ~☆」

 沢木さんの言葉に愛想よく応えるゴンゾウさん。

『もっともテメェは足手まといだかな!』

 ……ゴンゾウさん、心の声が駄々漏れです……



 やがてその空間へと辿り着く。

 そこはタブレットの表示通り、直径30mの円形の空間となっており、壁は煉瓦をくみ上げて作られたもので、さらにその壁面には下へと向かう階段が、壁に沿って螺旋状に続いている。

 そしてさらに不可思議ともいえるのは、その穴の遥か下からは、青白い光が発せられていた。

「この下に、なにかあるな……」
「ええ、タブレットにも反応がないところから、なにか……より強力なものが……」

 サイトさんと桐先さんが顔を見合わせ、互いの意見を述べる。

 確かにこの下になにかが……でも……

「あ! ゴンゾウ、待ってぇぇ!」

 沢木さんが声を上げた方をボクたちは一斉で見つめる!
 するとゴンゾウさんが足早に階段を降りていく!

「なっ! あのバカ猫!?」
「なにを焦って!?」

 サイトさんと桐先さんが口々に叫び後を追う!

「ボ、ボクたちも行きましょう!」
「そ、そうだね!」

 ボクと沢木さんもその後を追った!



 思ったよりもゴンゾウさんの歩みは早い。
 猫と人間では速度が違うというが、今のゴンゾウさんはまるでなにかに引き寄せられるかのように、その足を速めている。

『ちょ、ちょっと待ってよゴンゾウさん!』

『馬鹿野郎! 早くしないと大変なことになりかねねぇんだぞ!』

 意識共有で話しかけたボクの言葉に、ゴンゾウさんがやや興奮気味に応える。

『大変ってなんだよ?』

 足早に階段を下りながら、サイトさんも意識共有で話しかけた。

『さっきあった連中いたろ?』
『あの虫というか宇宙人というか変なの?』

 ボクの言葉にゴンゾウさんはちらっと振り向き、軽く頷く。

『ありゃ、元々は敵じゃねぇ!』
『どういうことだ?』

 ゴンゾウさんの意外な答えにサイトさんの声。

『ありゃ、もう一人の俺様を護るために配置された警備用のヤツらだ。本来は俺様のいうことを聞くはずだったんだが……』

 予想外の返答。もう一人の俺様って?

『俺様はあくまで司令塔、まぁ、魂と呼んでもいいがな。そのために自由な行動は許されているが、一兆事あるときにはそいつに乗ってこの世界を護るための勇者として戦う使命を与えられている』

『じゃあ……』

『ああ。そこには勇者としての力を持つ器が保管されているんだ』

『じゃあ、この崩落事故っていうのは……』

『事故、じゃねぇな……誰かが勇者の器をどうにかするために入りこんだんだろう。そして護るはずの奴らを洗脳して、俺様たちを襲わせた』

 ゴンゾウさんが視線も厳しくそう告げる。

『あの事故以来、器との交信が途絶えたんで、変だと思ったから、なんだかんだでコイツと一緒にやってきて、様子を調べるはずだったんだが……まさか侵入者がいるとはな……』

 足早に階段を下りながら状況の説明を続けるが、

『まさか……その器を乗っ取るため?』

 桐先さんが不安げな声を上げるが、

『それはねぇ! だがな、考えてもみろ。今器には魂である俺様がいねぇ。だったらほぼ一方的に攻撃ができるはずだ』
『ちょっと待てよ……それじゃあ……!』

 ゴンゾウさんの激しく揺れる尻尾を見つめサイトさんの声が荒ぶる。

『ああ。今勇者の力を持つ器は、障壁を除けば無防備状態だ。障壁さえ壊せば、破壊できる状態だということだ!』

 ゴンゾウさんの厳しい声がボクたちの頭に響いた!

「ちょっとぉ、ゴンゾウ! もう少しゆっくり行こうよぉ!」

 危機的状況を全く知らない沢木さんの間の抜けた声。
 少し息が上がっているのは、歳のせいか日頃の運動不足のせいか……

『アイツは気にするな。あえて離れればアイツに被害はない』

 ゴンゾウさんの決然とした言葉。
 だからあえて足早に……

 どうにかボクでもついていくのにやっとの、足早に階段を下りるゴンゾウさんの後姿を見ながら、不思議と笑みが浮かぶ。

『やっぱり沢木さんのこと、好きなんですね』

 するとしばしの沈黙ののち、

『……勘違いするなよ。俺様はアイツになにかあって、ミスエ嬢ちゃんが泣いた姿を見るのが嫌なだけだ』

 憮然とした態度でいうものの、ボクは思わず笑いを抑えるのに必死になる。

 それ、ツンデレセリフのテンプレートですよ……

『なんだよ? そのツンデレって? 食えんのか?』

 ゴンゾウさんのキョトンとした声。

 変に言葉は知ってるけど、最近の造語とかには疎いところをみると、やっぱりゴンゾウさんはなんだかんだで可愛いニャンコなんですね。

『おいおい、可愛いだなんて、もう聞き慣れてるから……よしてくれよ』

 ボクの声に笑みを浮かべる。これさえなければ……



「変だな……」

 深淵へと至る階段が無限の時を刻むかのように、ボクたちの足音を響かせている中、前を行くサイトさんが独りごちた。

「どうしたんです?」

 気になって尋ねる。

「この先に魔法発動の反応がある……」

 そして少し口を閉じると、

『おい、ゴンゾウ!』
『この無礼者! ゴンゾウ様と呼ばんか、若造が!』

 脳内で響く会話と共に、互いを凄まじい憎悪のこもる視線で睨みつけるサイトさんとゴンゾウさん。

『お前の器、障壁とか張ってるっていってたな?』
『サポート役のボウズが勇者様に尋ねる態度じゃねぇな! だが教えてやる! そう、俺様の器はそう簡単に奪われないよう、多重の魔法障壁が張られている! だから、ちょっとやそっとの攻撃じゃあ、器に傷すらつけられねぇよ!』

『え、待って! なにかの魔法が解除された形跡が……』

 ゴンゾウさんが得意満面の顔で説明している最中、桐先さんがタブレットに目をやって叫ぶ!

『おい……攻撃では傷はつかないんだよな?』

『……そのはずだが……』

『じゃあ……解除魔法に対しては?』

 しばしの沈黙……

『……その手があったのか……』

 ゴンゾウさんの妙に感心した声!

『バカものぉぉぉぉぉ!』

 サイトさんが罵声一発、いきなり階段を駆け下りはじめる!

『障壁の数は憶えてますか?』

 桐先さんがゴンゾウさんに尋ねるが、

『さぁてなぁ……俺様も何度か器に乗って動かそうとしたことはあったものの、障壁を張ったのは先代……いや、先々代かもしれねぇが、とりあえず所定位置に戻して呪文を唱えれば何重かの障壁がかかって器を保管状態に出来る、っていうことくらいしか記憶がないからなぁ……』

 桐先さんとゴンゾウさんが、猛スピードで階段を駆け下りるサイトさんに追いつこうと、駆け足で階段を降りていく。

 ボクもそれに遅れまじと、以前サイトさんがくれたブーツの加速魔法を発動させ、猛スピードで階段を下る!

 後の沢木さんの姿は、いつしか遠く見えなくなっていた。



「もう! この障壁って幾つあるの!」

 さすがに階段を下り続けたおかげか、やっと底が見えてきた。

 そして上から見えた光の近くから、奇妙に甲高い声も聞こえてくる。

「なんだ、あいつ?」

 サイトさんが声を殺してボクたちにその存在を教える。

 その姿……それはいわゆる悪の魔導師然とした、赤地に金色の刺繍で彩られた派手で重そうなローブを纏い、手には杖、そして短い銀髪で彩られた額には魔法発動を助けるのかもしれない緋色の宝石がはめこまれたサークレットをつけ、今まさにその光に向け呪文を唱えている最中だった。

「あいつが……敵役のNPCか?」

 サイトさんが呟くと、それから見つからないくらいの位置でボクたちを集め、軽く精神集中すると、ボクたちの姿が薄れ、そして身が軽くなる。

『透明化の魔法と浮遊魔法か……ボウズ、お前意外とやるな』

 ゴンゾウさんがサイトさんの手を舐めながら、舐めたように口をきく。

『もう少し奴に近づこう。詳細を知りたい』

 サイトさんはそういい、ボクたちを魔導師の後ろ側の位置へと導き、そして様子を窺いはじめる。

 やがて魔導師が唱えていた呪文が完成したのか、その手にしている竜を象った金色の杖から光が放たれ、そして!
 光を発していたものが、一瞬強烈な光と、まるでガラスが砕けるような甲高く耳障りな音とともに、光の破片をばらまき、その光を一段下げる。

 薄くなった光の中に、なにか……巨大ななにかが横たわっているのが見てとれた。

『ちっ! 障壁がまた一枚解除された!』

 その光景にゴンゾウさんが声を上げる!

『あの中に見えるのが器なんですか?』
『ああ……だが奴がいたんじゃ器に乗れねぇ!』

 ボクの問いかけに、苦々しい顔で応えるゴンゾウさん。

『そもそもあいつはなんなんだ? NPCにしては行動がこそこそしすぎていて、ストーリーに絡むにはあまりにも隠密行動すぎる』

 サイトさんが魔導師について言及する。

 確かに伝説成就のために勇者と対峙するのであれば、その器を破壊してしまっては勇者の役割が果たせなくなる。

「まさか……他の真王が差し向けた……」

 思わずボクが声を上げると、

「……なに?」

 その声を敏感に感じとったのか、魔導師が振り向く!
 そして顔を上げ、まるで周囲の臭いを探るように、

「臭う……臭うわぁ……これは、魔法の香り……」

 そして杖を前に両手で捧げ、意識を集中させるように念を込めると、杖の先が魔法の輝きを示す。

「ほう……透明化の魔法の使い手がいるの……それに他にも微弱な魔法の反応もある……これは複数の魔法の使い手が……」

 そういいながら、光の明滅が激しくなる方向を探り、やがて僕たちの方へと決然とした足取りで近づいてきた!

『ちっ! こうなったら……』

 そういった刹那!
 サイトさんが突如横へと跳躍し、魔導師の背後から襲える場所へと移動する!

「!!????」

 しかし移動しようとしたはずのサイトさんが激しい光を発すると、その体には光の鎖が巻きつけられている。
 鎖を振りほどこうともがくものの、それは徐々にサイトさんの体を締めつける!

「ああん、やっぱりいた! 万が一に備えて、対人用魔法トラップを仕掛けておいてよかった☆」

 そう色っぽくいうと、魔導師はサイトさんの方へと、一歩、また一歩近づいていく。

「お前、NPCじゃないのかよ」

 サイトさんが苦しい息の元で魔導師に問いただす。

「あらあら、まだ抵抗する意思があるとは……それにNPCという言葉を知っているということは、あなた、どこかの真王に頼まれたの?」

 そういうと拘束されているサイトさんの顎に優しく指を走らせる。
 短くカットした銀髪と中性的な容貌のため、男か女かはわからないけど、その美しい造形とは裏腹に、口元には嗜虐的笑みを浮かべ、瞳には、獲れたての獲物をどう料理するかという狂気に満ちた緋色の輝きに満ちている。

「………………」

 サイトさんが無言で応える。

 その反抗的な視線にニッコリと笑みを返すと、

「まぁ、いいでしょう。どうせこの世界は真姫のものだから、その手下、というところでしょう?」
「あいつのこと知ってんのか?」

 唐突に出てきた真姫ちゃんの名前に、サイトさんが反応する!

「ん~……やっぱりそうなの? あの子、ワタシね……嫌いなの」

「………………」

「たって、ワタシよりも大したことないのに、いっつも取り巻きがいて……だからね……」

「……どうするんだよ……?」

 魔導師の一人語りに胸騒ぎを覚えたサイトさんが口をはさむ。

「ワタシ、この世界の勇者を倒して、世界を滅亡させてやるの! ここばかりじゃない! あの子が持っている世界、全部!」

 瞳から緋色に染まる狂気の輝きを放ち、満面の笑みを浮かべながら、魔導師は高らかに宣言する!

「そ、そんなこと……させねぇぞ!」

 サイトさんは必死でもがくが、どうにも力が出ない感じだ。

「……どうなってんだ、この鎖!?」

 思わず声を上げる!

 すると魔導師は再びサイトさんへと向き直り、手を後ろに廻して、まるでサイトさんに見せつけるようにゆっくりとその前を歩きながら、

「その鎖にはね、魔法封印と魔力吸収、それに脱力の魔法が付与してあるの……」
「!?」

 サイトさんの驚きの表情を眺めながらニヤニヤし、さらに続ける。

「だからぁ、もしアナタが元勇者であっても……ムゥダ☆」

 サイトさんの顔に顔を近づけ、最大級の侮蔑をこめて口調で言い放つ!


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 高らかな笑い声を上げるが、またクルリとサイトさんに振り向き、

「そ・れ・で……他のものはどこか、お・し・え・て!」

 そういって杖の先端をサイトさんに胸倉に突きつける。

「……いうわけねぇだろ……」
「もう! アナタのその瞳、たまらなく好きなタイプ」

 そういうと、再び杖を両手で前にかざし、

「……そう……そこなの……」

 そして再びボクたちがいる場所へとやってくる!

『……桐先さん』

『なに?』

『サイトさんの魔法、解除できますか?』

『……魔法強度はそれほどでもないから、たぶんできる。ただ時間がかかりそうだけど……』

『……わかりました』

 桐先さんから説明を聞き終えると、ボクはサイトさんとは逆の方向に駆けだす!
 少しでもサイトさんから離さないと!

 でも……

「甘い!」

 激しい衝撃が体を突き抜けたかのような感覚を覚えるのと同時に、魔導師の耳障りな声が飛びこんでくる!

「ん……あ……」

 罠にかかったボクは苦しさと痛さのあまり、声にならない悲鳴を上げる!

「アラアラァ……こんな可愛い子までいたなんて……」

 そして魔導師はボクの方へとゆっくりと歩みを進める。

 それはボクの恐怖を増すためでもあり、その瞳に映る自分の姿を見て、悦にいるためでもあると、ボクの瞳を見つめ続ける魔導師の表情から読みとれた。

『ま、まだ、ですか……』

『もう少しだから……』

 痛みで意識が朦朧とする中、解除の進行具合を桐先さんに尋ねる。

 でもボク……もう……

 体を縛りつける痛みと苦しさのあまり、ボクの意識が薄れゆこうとした時!

『おい、そこのどサンピン!』

 凄みの効いたイケオジの声が頭にこだました!

「な、なに!?」

 いきなりのことに動転する魔導師!

『ここだよ、ここ! 待たせたな!』
「えっ!?」

 声の方向に、ボクたちの視線が一斉に集約される!

 そこには全高5m、全身を白い毛で覆われ、青白く光る縞模様を持つ巨大なホワイトタイガーが雄々しく立っている。
 その瞳は縞模様同様、青白い光を迸らせ、その口腔からも青白い吐息が漏れている!

 そしてその額の上に立ち、帝王が如くボクたちを見下ろしていたのは……

「ゴンゾウさん!」

 思わず声を上げた!

『確かに、対人トラップってヤツァ、相当厄介なものみたいだよなぁ! そう、人にはな!』
「な! 猫が!?」
『でもなぁ……試しに俺もそこいら歩いてみたがピクリともしねぇ……重さかそれとも大きさか……どういった基準で発動するのかは知らねぇが、お前がそのボウズを可愛がっている間、好き勝手歩かせてもらったぜ!』

 ゴンゾウさんがすでに見慣れて満足げな笑み上げる。

『障壁まで減らしてくれたおかげで、解除にも時間がかからなかったしなぁ……だからよぉ……楽しませてくれた礼をしねぇとな……』

 そういうと、ゴンゾウさんの瞳にも、器と同じ青白い輝きがほとばしる!

「ま、まさか……あんたが……!?」

 悲鳴にも似た魔導師の叫び!

『そうよ! 三百代目、四聖獣白虎! 久々にお目覚めよ!』

 そう雄叫びを上げると、ゴンゾウさんは器の額の中へと吸いこまれていき、そして白虎と化した器と一体となる!

『ウ……ウォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』

 凄まじい咆哮と共に、いきなり魔導師へと突進する!

「ひっ!?」

 思わずうずくまる魔導師! その上を飛び越え、壁に派手にぶち当たる白虎!?

 おい……

『ちっ……久々だけにコントロールが上手くいかねぇ……』

 ゴンゾウさんの声が漏れてくる。

 久々って……どのくらい使ってなかったんだ……

「ひ……ひぃぃぃぃぃ!」

 魔導師があまりのことにパニックに陥り、様々な攻撃呪文を無差別に放つ!

「ふん!」

 その前に立ちふさがり、魔法障壁によって魔法をことごとくはねのける芸当を見せるサイトさん!

「か、解除……できたんですか……?」

 苦しい息の中、その姿を見て、嬉しさのあまり涙声になるボク。

「ああ、お前が時間を稼いでくれたおかげだよ!」

 サイトさんが振り返らずに背中で語る。
 ボクを護ってくれるその背中だけでも、ボクは……

「今すぐ君も解除するから!」

 桐先さんがタブレットをそうすると、僕の拘束も解けた。

「大丈夫?」
「は、はい……」

 桐先さんがボクに手を当てる。するとそこから痛みも薄れていき、高速で傷ついた衣類が、元の状態へと戻っていく。

「これって……」
「回復魔法は私の専門。だから大丈夫」

 そういって笑みを浮かべる桐先さん。

「ば……ばけもの……聞いてた話と違うじゃない!」

「どういう意味だ?」

 魔導師の言葉に問い返すサイトさん。だが、

「こ、ここは逃げの一手……」

 そう囁くと、魔法を使ったのか一気に上空へと上昇する!

「ちっ! 高速飛行の魔法か!?」

 サイトさんも後を追おおうと、魔法発動のため意識を集中させるが、

『フッ!』

 その掛け声とともに、一陣の風がボクたちの横を駆け抜けた!

「な、なんだ……」

 呆気にとられるボクの隣で、タブレットを見つめていた桐先さんが、

「白虎……ううん、ゴンゾウさんよ! 今壁を蹴って急上昇しながら、魔導師のあとを追ってる!」

 タブレットに移った二つの輝点は、徐々にその距離を縮めていった!



「な……なに、なんなの! アイツら!」

 意識共有のおかげか、ゴンゾウさんの耳がいいのか、魔導師の囁きまで聞こえてくる。

「あんなの相手じゃワタシでは勝てない……やっぱりあの方に目覚めてもらわないと……ん?」

 上昇する魔導師がさらに上を見て、なにかに気づく。
 その言葉にゴンゾウさんも上を見る。

 沢木さんだ。

 もう疲れきっているのか、足取りも重く、這う這うの体で階段をまだ下りている最中だ。

「アイツ……使える……」

 その魔導師の含みのある囁きに、ゴンゾウさんの視野が一気に赤くなる!
 そしてゴンゾウさんのスピードは今までのそれを超え、ボクの意識では処理できない速度へと上昇した!

 やがて……

「ハァイ!」

 魔導師が陽気に沢木さんに声をかける!

 空中に浮かぶ珍妙な存在と疲れのため、目をパチクリする沢木さん!

「いいところであったわねぇ! ア・ナ・タには、人質になってもらうわ」

「は?」

「だぁかぁらぁ!」

 呆然とする沢木さんに魔法の杖の先端を向け、

「答えにノーはないから。一緒にきて……」

 その瞬間二人の間に巨大な白い壁が立ちふさがる!

『お前にコイツはやらせはしねぇ……』

 その壁を見上げるように凝視する魔導師。

『ミスエお嬢が、俺様よりも大切に想っているコイツの命を、やらせはしねぇ!!』

 まるでスローモーションで見るかのように、その顔には絶望と恐怖、そして今から自分の身に起こるであろう事態を予期してか、その顔を大きく歪み……

『フン!!』

 次の瞬間! 巨大な白い塊の直撃を受け、地の底へと落ちて行く!

 やがて絶望的な絶叫と共に……

 魔導師はボクたちがいる奈落へと叩きつけられる!

 でも……



「……こいつ、すげぇな……」

 奈落の底で、白目は向いているが、人としての原型を保ち、さらに息まである魔導師をこずいて、サイトさんは感心の声を上げる。

「……しぶといですね……」

 桐先さんも感慨深い声を漏らす。

 そこに壁つたいで白虎のゴンゾウさんが帰ってきた。
 背中には意識のない沢木さんを乗せている。

「沢木さん、どうしたんですか?」

 不審がったボクはゴンゾウさんに尋ねるが、

『なぁに、あの変なのや俺様を見たら気絶しやがった! 意外と根性ねぇ奴だなぁ!』

 そういいながら鼻先で沢木さんの頭を小突く。

 でも、さっきのゴンゾウさんの言葉、あれが本音なんだと思うと、この仕草ですら可愛らしい。

『おい、舐めんじゃねぇぞ! コイツは俺様より下だから、面倒見てやってるだけなんだからな!』

 睨みを効かせた顔でボクを見る。

『はいはい。ゴンゾウさんは沢木さんが頼りないから助けたんですよね』
『おお、わかってんじゃねぇか! コイツァ、俺様がいねぇとダメな奴なんだよ!』

 上機嫌の笑顔を浮かべる。

 もっとも猫の時と違い、巨大な白虎の笑顔というのは、コワカワイイという感想しか抱けないけど。

『これからどうするんだ?』

 サイトさんが尋ねる。

『そうさなぁ……ここにはもう障壁もねぇし、差しあたって器保護のためにも他の場所に移らねぇと』
『どこか候補でもあるのか?』
『先代の言い伝えじゃ、カミシロ地区、つまり俺様のテリトリーでもある場所なんだが、そこにも似たような場所があるっていう話だから、とりあえずそこに移るわ』
『しかし、ここにその器が安置されていたというのにはわけがあるのでは?』

 桐先さんが疑問の声を上げる。

 だがゴンゾウさんはあまり考える風もなく、

『さぁなぁ……俺様はただこの器を護り、なにかあったら戦え、この世界を護れ、といわれてただけだしなぁ……』

『でも、この遺跡のデーターでは……』

「なんですか?」

 桐先さんの話に興味を惹かれたボクは、タブレットを覗きこむ。

 そこには、白虎が安置されていたと思しき場所に、人型が描かれている。

「なんですか、この印?」

 ボクは尋ねるが、ゴンゾウさんは首を傾げ、

『知らねぇなぁ……ただ先代やその前からも、白虎はみだりに場所を動かすな、とはいわれてたけどな』

「それってどういう……」

『まぁ、なんにせよ、障壁がないんじゃ常時接続していない限り器は無防備だし、それじゃあ俺様がもたないから、カミシロに移るわ! なにしろあそこには俺様のハニーたちや娘息子がいるからよ!』
「子持ちなのかよ!?」
『いちゃ悪ぃのかよ?』

 サイトさんの驚きの声に憮然と応えるゴンゾウさん。

『じゃ、ま、コイツのことは頼むわ。記憶もいいように操作して誤魔化してくれよ、ベッピンさん!』

 そう言い放つと、ゴンゾウさんは降りてきたときと同じように壁つたいに外へと出ていく。

「じゃあ、私達も戻りましょう」

 桐先さんがそういい、ボクたちの帰還を促す。

「ああ、戻ろう」

「でも……」

 ボクは奈落を振り返る。

『あそこに描かれた人型は、なんだったんだろう……』



 魔法を使ったおかげで、小一時間もかからずにボクたちは外にでられた。

 警官たちには沢木さんが倒れたことで、一時調査中止ということで納得してもらい、真姫ちゃんの意見も聞きたいので、引き続き警戒と現場の立ち入りを禁止するように依頼して、その場をあとに、異空間の部屋へと戻ってくると……



「おかえりなさ~い! ねぇ、疲れたでしょ? ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……」
「おい、あの遺跡の器のこと、知ってたのか?」

「器?」

「白虎のことだよ」

「ううん……でもなにかでアレが封印されてたところっていうのは知ってた。だからね、真姫、封印が解かれると困るから、少し不安だったけど、さすがサイトくん! 敵を撃退したんだね!」

 その言葉にボクたちはゴンゾウさんのいっていたことをを思い出し、顔を見合わせ、

「あのね、真姫ちゃん……その……」

 ボクが言い難そうにしていると、横からサイトさんが、

「すまないが、その封印、解けちまったかもしれない」

 その言葉に一瞬呆然となり、そして震えだす真姫ちゃん。

「な……なんで……だって敵は……」

 真姫ちゃんらしからぬ様子に、ボクたちも不安になり、

「いや、でもしょうがなかったんです。あそこで勇者の器である白虎を破壊されたら、この世界を護ることができなくなるから……」
「だから、もしなにかあっても、この世界は俺と勇者ゴンゾウで守るから!」

 そういってボクとサイトさんは真姫ちゃんを慰めるが、

「……ダメだよ……だって……だって……」

 真姫ちゃんが顔を俯かせて涙声で訴える。

「……おい? あそこには一体なにが封印されてたんだ?」

 その様子の異様さにサイトさんが真姫ちゃんの肩を掴んで問いただすと、真姫ちゃんはサイトさんを見つめ、

「……あそこにいるのは真歌……私と同じ真王の一人……」

 その名前には聞き覚えがある。
 確か黒竜が口走った真王の名!

「だから……だから早くあそこに戻らないと!!」

 真姫ちゃんが鬼気とした眼差しで告げる!
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異世界転職NPC体験記その四・カミシロの守護神

2019-06-24 18:17:49 | 異世界転職NPC体験記本文
『約束の地の奈落より
   彼のものは永き眠りより目覚めん
 かくして大地は鳴動し災いが降りかからん
   しかして古の叡智よりもたらされた御魂にて
 大いなる災いは鎮まりもう一つの未来をもたらさん
   その刻こそが真なる宴のはじまりである
              宴会部長ババンの手記より』

 青く広がる蒼天の天蓋に浮かぶ幾筋かの雲。
 数が少なくなったとはいえ、鳥のさえずりが聞こえ、風は穏やかに吹き、そしていつもと変わらない街の景色。

「どこも異常がないように思えますけど……」
「ああ……いつも通りだな……」

 ボクとサイトさんは、久しぶりに戻ってきた故郷である世界(とはいえ、真姫ちゃんの力のおかげで、ボクたちはほんの数時間どこかに行っていたように処理されていた)を眺め、互いの感想を口にする。

 横断歩道を足早に渡る人、商店の店先で立ち話をするおばさんたち、コンビニに車を止めてお店に入るおじさん。

 いつもと変わらない日常風景。それがそこにあった。

「そもそも勇者なんてこの世界にいるんですかね?」

 ボクがきわめて順当な疑問を口にする。

「さぁなぁ……勇者なんていうのは、戦いとか危険とか、そういったものに立ち向かったりするものでもあるし、この世界での危険といえば、犯罪とか事故や災害、あっても戦争だろ? どれをとってもクリティカルな事項だし、それに対応する組織もあるしな……」

 サイトさんも首を捻りながら応える。

「だいたいNPCがこの世界のどこかにいるとして、ボクたちその詳細聞いてませんし」

「……こいつぁ、またアイツを呼び出すしかないのか……」

 渋い顔をしながらサイトさんが携帯を取り出すと、登録してある真姫ちゃんのアドレスにかける。
 応答はないようだけど、しばらくすると……

「サ・イ・トくん☆ また真姫とお話ししたいのかなぁ?」

 唐突に後から聞こえた可愛らしい女の子の声に、ボクたちは驚き思わず振り返る!

「もう、男の子はいつもいきなりなんだからっ!」
「……いきなりなのはお前だろっ!」
「だってサイトくんのお誘いだから急いできたんだよ!」

 そこに佇んでいた黒髪ロングヘアーに白いワンピースをまとった美少女が、少し意地悪そうな笑みを浮かべ、唇をとがらせて抗議する。

「サイトくんが真姫を呼び出すなんて本っ当に奇蹟みたいなもんなんだもん! 真姫、いっつも待ってるんだよ?」
「……奇蹟級に呼び出されない時点で、自分がどう思われているか少しは気づけよ……」

 可愛らしく頬をふくらませて、私怒ってるんだぞ! みたいな可愛い演出をする真姫ちゃんと、敢えてその姿から目を背け、疲れたように独りごちるサイトさん。

 少し……ほんの少しだけど……
 せっかくの真紀ちゃんの努力を見てあげようよ、サイトさん……

「それより勇者とかNPCの情報をもう少し欲しいんですけど、わかります?」

 サイトさんに代わって、真姫ちゃんにボクが尋ねる。

「勇者の情報ならあるから教えるね。勇者の名は沢木ゴンゾウさん。歳の頃なら中年でイケオジっていう感じかな? ロマンスグレーな感じで少し渋い感じ!」
「どこにいます?」
「いつもはY市立国際外語大学っていうところにいるらしいけど、今は外で活動してるみたい」
「外って?」

 ボクは真姫ちゃんの言葉を携帯にメモる。ついでにその大学の場所とかを調べたけど、意外とここから近い。

「この前、繁華街の地下道で事故が起きたでしょ?」
「なんかニュースでやってたな、それ。Y市の地下街の一角での崩落事故とかの」

 サイトさんが真姫ちゃんに振り向き、口をはさむ。

「うん。そこで見つかったあるものの調査のために派遣された人と一緒に行ってるみたい」
「調査?」
「崩落事故じゃないんですか?」

 不穏な幾つかの言葉にサイトさんとボクは反応する。

「なにかねぇ、その落ちこんだ通路の下に、変な遺跡みたいなものがみつかって……最初は警官が出向いたようだけど、その人たち、帰ってこなかったらしくて……」

 真姫ちゃんがサラッと物騒な出来事を口にする。

「おい、遺跡ってなんだよ?」

 サイトさんがさらに喰いつく。

「んとね、レンガ造りの古い通路らしいって聞いたんだけど、真姫もそこを確かめようと思ったら、どうにも上手くいかなくって」

「? 真姫ちゃんって、この世界のいわゆる真王ですよね?」

「そだよ」

「その真姫ちゃんが確かめられない事象って、この世界にあるんですか?」

 ボクの疑問に真姫ちゃんは右手人差し指を唇にあて、少し宙を見るように考えこんでから、

「……基本的にはないの。でもね……真姫と同等かそれ以上のものが妨害したら、見れないかなぁ……」

 その言葉にボクとサイトさんは顔を見合わせ、

「つまり……そこにいるのは……」
「こいつ以上の化物の可能性が……」

 互いの思いを口にする。

「じゃ、ま、この話はなかったことで!」

 サイトさんがにこやかな笑みを浮かべ、回れ右してその場を去ろうとするが!

「調べて☆」

 真姫ちゃんが愛らしい笑みと声をかける。

 途端の止まるサイトさんの歩み!

「調べて」

 再び真姫ちゃんは声をかけるが、先ほどのような愛らしさはなく、真剣さを感じさせる声と表情。

「真姫、それを頼めるのはサイトくんだけなの……サイトくんなら勇者の護衛として適任だし、それに……」

「……んだよ?」

「真姫にはサイトくんが必要なの……とっても大切だから、だから……」

「だから俺を死地に突っこませて無理やりレベルアップさせるのか?」

 真姫ちゃんの真剣な言葉に冷淡な声で応えるサイトさん。

「そ、そんなんじゃ!」
「だったらドラグ・セプトに頼めばいいだろ? あいつの方が俺よりも強いし」
「……あ、あの人じゃダメなの……サイトくんがいいの……」

 サイトさんから出たドラグさんの名前に、顔を俯かせて否定する真姫ちゃん。

「あ、あの……」

 ボクはおずおずと会話に割って入り、

「なんだよ、お前まで!」
「ちょっとここでやるのは……」
「は?」

 サイトさんはバカにするような眼でボクを見るが、

「周り……」
「え……」

 その一言で状況を察したのか周囲を見回すサイトさん!

『おいあの男、あんな可愛い子泣かせてるぞ……』
『なにあれ、別れ話?』
『別の人の名前がでてきたけど痴話喧嘩かな?』
『あの男の隣の子はなんなの?』

 すでにボクたちの周りではドーナツ状の人垣ができており、周囲からそんな声が漏れ聞こえてくる。

「ここじゃぁ、まずいですよ……」
「チッ! あっちに行くぞ!」

 そう一言吐き捨てると、サイトさんは真姫ちゃんの手首を掴んで、足早に歩きはじめる。

 少し眦を手で拭って大人しくついていく真姫ちゃん。

 周囲の冷たい視線がその背中に集中する中、ボクも置いてかれてはまずいと考え、足早にその後を追った。



「まったくよぉ……あれじゃぁ俺が全面的に悪いみたいじゃねぇか」

 異空間の部屋にボクとサイトさん、真姫ちゃんは、会話の場所を移す。

 サイトさんの好みなのか真姫ちゃんの好みなのかはわからないけど、クリーム色の淡い色彩の壁を白色光が輝きが天井から照らしだす。
 そしてフローリングの床には毛が長いベージュ色の絨毯が敷かれ、靴を脱いでのくつろぎの空間が提供されている。
 周囲には高低様々な幾つかの本棚に、壁際には32インチのテレビが台の上に置かれ、さらに周辺には遊びのためのゲーム機やAV機器が置かれている。
 本棚にはマンガから小説、写真集や画集など様々だ。
 絨毯の中央には90cm×120cmの丈の低い茶色い長テーブルが置かれ、それを囲むように色とりどりの大小様々なクッションが散在していた。

 サイトさんと真姫ちゃんはテーブルをはさんで座り、ボクはその空間のすぐ横にあり床が三段ほど高くなったダイニングキッチンで、街にある有名なティーショップで購入したイチゴのフレーバードティーを淹れていた。

「だって……サイトくんが酷いこというから……」

 真姫ちゃんはまだ少しグズッている。

「……わかったよ……俺が悪かったよ……」

 サイトさんがしかたなさそうな声を漏らす。

「……本当に悪いと思ってる?」

 真姫ちゃんの小さな、しかし少し咎めるような声。

「ああ、悪かった!」
「……じゃあ、謝って……」

「う……」

「……本当に悪いと思っているんなら、謝って……」

 グズりながらもサイトさんへの要求を突きつける真姫ちゃん!

 サイトさんは少し黙っていたが、意を決したように、

「ごめんなさい! 俺が言い過ぎた! ごめん!」

 そういって深々と頭を下げる。

 しばらくその姿を見つめていた真姫ちゃんはグズるのをやめて、

「そんなにいうんなら、今回だけは許してあげる☆」

 そういって少し笑みを漏らす。その嬉しさに溢れた口元から、まるで光が流れでているようだ。

『これは……座布団確定だな……』

 ボクはお茶とお茶菓子をお盆に載せつつ、サイトさんの行く末に思いを巡らせ、遠い彼方へとその想いを馳せる。

「で、俺たちはそこでなにをすればいいんだよ?」

 深々と下げていた頭を上げ、ボリボリとかきながらサイトさんが尋ねる。

「まずは勇者と合流して。たぶんまだそう奥まで行ってないと思う」
「でもボクたちどう見たって普通の学生にしか見えませんよ? そんな警官も行方不明になる現場への立ち入りなんて……」

 ボクがお盆に載せて運んできた三人分のお茶と、これも街で買ってきていたシュークリームを配りながら尋ねる。

 当たり前のことだけど、事故現場は非常線は張られているし、関係者以外立ち入り禁止になってるだろうから、どうやって合流するのかをボクは尋ねる。

「その点は心配ないよ。現場の内側までは今の私でも飛ばせるから。勇者との合流は、そこに派遣しているNPCが話しをつけてくれると思うの」

 真姫ちゃんが嬉しそうにシュークリームを手にして話す。

「NPC? 俺たち以外にもか?」
「うん。大学の関係者で研究員として派遣されている女の人なの。ここでの名前は……桐先ランだね」

 真姫ちゃんは取りだした携帯で確認しつつ、NPC役の人の詳細を説明する。

「年の頃なら三十前後かな? 美人さんだけど、サイトくん」
「……なんだよ?」
「変な気起したらお仕置きだからね☆」

「………………」

 淡々と説明しつつ、時おり怖いことを口走る。

「それで背格好は160cmくらいで痩せ形。髪は長からずみじかからずのボブカットみたいな感じ」
「写真とかないんですか?」

 ボクはもっとダイレクトなものがないかと思い尋ねる。

「あるよ! こんな人」

 そういって真姫ちゃんは携帯画面をボクたちに向ける。

 そこには、年の頃なら三十前後の縁なしの大きな眼鏡をかけた、細い鼻筋とややとがった顎、そして切れ長の眼といういかにもインテリ系の美人が映っていた。

「この人、なにが得意で?」

 彼女の得意分野を尋ねる。

 勇者もそうだけど、NPCもその人によって得意な分野がある。

 多くはあまり欠点自体は少ないものの、やはり得意分野と不得意分野との差は大きく、たとえばサイトさんは攻撃魔法や防御魔法、付与魔法や近接戦闘術、操縦技術などは高いけど、探知能力や創造、回復、修理能力は他の人と比べると低い、というのがわかった。

 ドラグさんはむしろ攻撃魔法と創造、修理能力は高いけど、防御魔法はサイトさんよりも低く、そのために四天王の子たちもサイトさんに壊されたわけで。

 さらにサイトさんやドラグさんのような元勇者やそれに匹敵する人ならまだしも、一般的なNPCともなればその得意分野の範囲も狭くなる傾向があるのが、ここ最近の出動でわかってきた。

 だからこそ、ボクはこれから合流する桐先さんの得意分野を知りたかった。

「ん~とねぇ、探知系と情報処理系、あと機械系が得意だけど、突出しているのは回復系かな?」

 真姫ちゃんが携帯の情報を話し、ボクはそれをメモした。

「つまり俺の足りない部分は補える、と」

 サイトさんが腕組みしながら応える。

「うん。でも攻撃系は全般的に弱い人だから、だからもし勇者が襲われても、対応するのが難しいかなって」
「それで俺に行ってもらいたいと」

 サイトさんの言葉に真姫ちゃんは静かに頷く。

「しょうがねぇな……まぁ、断る選択肢はないし、延々と“イエス”をいうまで選択肢が出続けるような真似はしたくないから行ってやるよ!」

 サイトさんがそういうと、真姫ちゃんは顔を輝かせ、

「ありがと~! だからサイトくん、好きなの!」

 嬉しそうにそういうと、手にしたシュークリームを口にして、満足げに微笑む。

 サイトさんもお茶に口をつけるが、

「コーヒーはないのかよ?」

 憮然とした表情でそう漏らすけど、

「今日はお茶の日なんです。それに真姫ちゃんはコーヒーが嫌いだから」
「なんだよ……お前ら同盟組んでんのかよ?」

 そうグチると風味を無視して一気にお茶を飲み干した。



「……でも、なんか暗いですね」
「必要以上の照明は切ってるんだろ。関係者以外いないようだしな」

 繁華街にあるその地下街は現在閉鎖中になっていた。

 理由はガス漏れの危険という、確かに危険ではあるが怪異の存在を臭わすものでもなく、関係者以外で立ち入るものもいなかった。

 しばらくすると崩落現場へと辿り着く。
 そこでは三名の警備の警官と、桐先さん、そして背の高い痩身の中年男性が出迎えてくれた。

「あなたが……神屋サイトくん?」

 やや甲高いハスキーな声で桐先さんがサイトさんに確認を促す。

「ああ、あんたが桐先さん?」
「そう。そして彼が……」
「沢木さんだろ?」

 桐先さんの紹介の前にサイトさんが男性に尋ねた。

「ああ、僕が沢木だ。この調査のために大学から派遣されたが、ここで発見されたものには非常に興奮を感じている!」

 沢木と名乗った男性は興奮気味にしゃべりはじめる。

 沢木ってことは、この人が沢木ゴンゾウさんかな……

 年の頃なら四十代後半だけど、確かに背は高いしスマートだし、それに顔はやや平板だけど目鼻立ちは気品を感じさせる造形で、灰色のオールバックの髪は乱れがないように整えられており、その佇まいには気品が感じられた。

 桐先さんもそうだけど、沢木さんも大学から支給されたブルーグレーの作業服を着て、遺跡と思しき場所の説明をしてくれる。

「まず確認しておきたいのは、この遺跡と思しき場所の年代だ。周囲の土壌、がれきの状態、レンガの構造や焼き方、通路の構築方式などを考え、僕の推論だと、1500年以上前のものとなる」

 その言葉にボクは不審を感じ、

「1500年以上前に日本にこんなのはあったんですか?」
「たぶんない。というか、このレンガは日本で作られたものではないと考えられるんだ。このレンガの製法は特殊で、つまり釜の温度が2000度以上でなければ生成できない。そしてそのような釜を作る技術は当時の日本にはなかった」

「じゃあ、どうやって……」

「外からの流入品としか思えない。ただ……」
「ただ、なんです?」
「少し通路の先まで行ってみたが、中はちょっとした迷路になっているようだ。つまりその迷路全体にこのレンガが使われているとしたら、それだけの量をどうやってここに運んだかが、非常に興味深いということだよ!」

 興奮気味に沢木さんは遺跡の状況を説明してくれる。

「私たちとしては、すでに行方不明となっている三名の警官の捜索もそうですが、この遺跡自体の捜索も頼まれています。もしあたら人海戦術で警官隊を遺跡に突入させて大捜索を開始したところで、行方不明となっている原因がわからないと二次被害が発生しかねませんから」

 桐先さんが冷静に話す。

「じゃあ、俺たちは可能な限り探索をしつつ、もしなにかと遭遇したら捕縛、もしくは排除、というわけか」
「少しでも手がかりが欲しいので排除はお勧めできませんが、やむを得ない場合は仕方ありません。私たちの命を最優先です」
「わかった。あと……」

 説明を聞き終えるたサイトさんは、そうつけ加えると黙りこみ、

『聞こえるか?』

 ボクの頭の中にサイトさんの声が響く。
 意識共有?

『そうよ』

 桐先さんの声が応える!?

『そんなに驚かないの。サイトくんに頼んで、意識共有での会話をしてもらうことになったの』
『どうしてですか?』
『まだ勇者が誰かわからないから』
『沢木さんじゃないんですか?』

 ボクは疑問を口にする。

『あの人が勇者であるかどうか、私はまだ半信半疑。だってあの人からはなにも感じない。ただ……あの人の周りでは必ずあの人を助けることが起きていたの』

『それはどういう……?』

『たとえばあの人がなにかにぶつかりそうな時、いきなり風が吹いたり、なにもしないのにぶつかりそうだったものが弾かれて当たらなかったとか、転落した時も様々な者がクッションとなってほぼ無傷とか色々あってね』

『運がいいだけなのでは?』

 ボクの言葉に桐先さんは、フッと息を漏らし、

『そりゃ2,3回ならそう思うけど、10回以上あったら異常じゃない?』
『それじゃあ……』
『沢木さんの周りに助ける誰かがいるか、沢木さん自身がまだ目覚めていない勇者の可能性がある』

 静かなサイトさんの声。

『どちらにしても、今の段階であの人に私たちの正体が知られると面倒だから、こうして彼の前では意識共有で話しあいましょう』

 桐先さんからの提案。

 もちろんボクたちが拒否する理由もないし、この状況では下手な対応もまずいので、状況を知る者の声に従う。

『はい』
『了解した』

 そして沢木さんを除いたボクたち面々は、互いの顔を見合わせるとライト付きの安全ヘルメットを被り、少し先を興奮気味に進む沢木さんに追いつくため、遺跡へと入っていく。

 その後姿を怪訝に見つめる警官たち。

 それもそうだ。ボクとサイトさんはどう見ても未成年だし。



「なんだこれ……?」

 しばらく真っ暗な通路を進むと、サイトさんが床に転がっているものにライトをあて、囁く。

「……なんですか、これ?」

 ボクもそこに浮かび上がったものを目の当たりにして、驚きとも恐怖ともつかない思いから、押しこもった声で呟く。

 光の中に映しだされているもの。
 それは人とも奇怪な人形ともつかない異質な姿をした存在だった。

 頭頂部はやや平べったい形状をしており幅広で、その胴体部はむしろ抑揚に欠け平板に筒状、そして人でいえば肩と脇腹の位置に各一対の腕が生えており、その腕は細く長く、先端部分は小さな三本指の手となっている。
 同様に脚も細く長いが、その足は普通に股の部分と、さらにお尻の真中から一本、つまり三本の足を持っており、さらにその爪先は鋭い突起のような形状をしていた。

 だがもっと異様なのは目だ。

 平べったい頭部に二つある眼は、微かに紅い燐光を発していたが、それは徐々に薄れて、ボクたちの見ている前で光はその力を失った。

 だがそれ以上の恐怖をボクに感じさせたもの。

 それは傷だ!

 その目ばかりか体全体に刻まれた、まるで鋭利なナイフでつけられたような幾筋もの傷が、この奇怪な存在の命(仮に命といっていいのなら)を奪ったのは明白だった。

「このようなものが遺跡にいるのか……」

 沢木さんが声を殺すように呟く。

「その……ようですね……」

 桐先さんも同様に驚きを隠せないようだ。

「ならば、早く探さないと……」
「ええ……」

 焦るような沢木さんの声に桐先さんが静かに頷く。

『これって……やっぱり……』
『この世界のものじゃないな』

 ボクの疑問をサイトさんが一言で肯定する。

「とにかく、このようなものが徘徊している可能性がある以上、早く探しださないと!」

 沢木さんがいきなり暗闇の通路を駆けだした!

「ちょっ! 待ってください!」

 桐先さんも足早に後を追う。

『どうします?』
『どうもこうも、あいつらを護衛するのが今回の任務だろ。行くしかねぇよ』

 そういうとサイトさんも後を追う。

 残されたボクは足元に転がるすでに動かなくなった存在を一瞥し、

「待ってください! ボクも行きますから!」

 そう叫ぶとその場から駆けだした。



 一見迷路のようになっていた通路。
 だけど何回か迷ったら、ある法則に気づいた。
 この迷路は、幾何学的な構造をしており、それを一筆書きで描いたような形になっている。
 つまりある程度は通路間につながりがあり、さらにその終着点というのは、一点に集約されるということだ。

 そして幸いなことなのだろうか?

 罠の存在はなかった。

 でも……

「き、君! 右から奴らが!」
「わかってるよ!」

 恐怖で震える沢木さんの声に怒号で応えるサイトさん!

 沢木さんが指し示した右側の通路からは、先ほど遭遇した謎の存在が、二体近づきつつあるのが沢木さんの手にした懐中電灯でわかる!
 それに対してサイトさんは手にした警棒のように偽装した、攻撃力上昇魔法付与の武器で応戦する!
 謎の存在は飛び道具などはないものの、全高は2m近くあり、思ったよりも腕のリーチも長い!
 そのためサイトさんは捕まれないように機敏に動き、そして一体の懐に入った瞬間、その胴体部分を警棒で思いっきり殴りつける!
瞬間、火花が飛び散り、ゆっくりと仰向けになって倒れる一体!
 しかしその瞬間、もう一体がサイトさんに掴みかかるが、不思議とその腕はサイトさんを捉えることができず、サイトさんはバックステップで一気に距離をとると、次の瞬間、凄まじい勢いをつけて突進し……ジャンプ!
もう一体の頭部へと警棒の突きを打ちこんだ!
 激しいショート光を上げ、全身に電気がほとばしる謎の存在!

 そして先ほどのものと同じように、ゆっくりとくずおれていった。

「ここにはこいつが何体いやがるんだ!?」

 サイトさんが息を荒げることもなく、つまらないものでも見るように吐き捨てる。

 実際サイトさんは、半分の力も出していないだろう。
 さっきの戦いだって、攻撃力を上げる魔法だとか、突きと同時に雷撃の魔法は使っても、大技はまだ使っていない。
 強さでいえばザコといえるような存在。でも……

「……君、強いね……」

 沢木さんはすでに疲労で声に力がない。

 幾つもの遭遇と戦闘の中で、ボクと沢木さんはただ逃げ回っていただけだ。
 でもすでにこういうシーンを体験ずみのボクに比べ、沢木さんはさすが現代の日本人、慣れていない。
 だから敵がどの程度の強さかも、そして身の処し方も知らないために、ただひたすら無駄に走り回り、這いずりまわっていた。
 だからボクに比べると、疲労が著しかったんだ。

『……この人が本当に勇者なのか?』

 桐先さんの疑問同様、ボクも深い疑いを抱く。

「とにかく、この迷宮の構造はある程度把握できてきた。たぶん、この通路を抜けた先になにかあるわね」

 桐先さんがタブレットの画面を見ながらそう説明する。

「じゃ、じゃあ、この先にいるんだな!」

 疲労で息を切らせながらも、沢木さんが足早に奥に進む!

「おいおい……なんだってそんなに焦ってんだよ、あの人?」
「無理もないけどね……今あの人が探してるのは、とってはとても大切な存在だから……」

 サイトさんの呆れ声とは対照的な陰鬱な桐先さんの言葉。

「どういう意味です?」

 その様子に気になったボクは尋ねた。すると桐先さんはまるで遠いものを思うような視線で彼方を見つめ、

「あの人にとってはかけがえのないもの。たぶん、どんな女性でも敵わないような……」
「それって……」

 ボクが詳しく聞こうとした瞬間!

 突如沢木さんが向かった通路の先で金属音が反響した!
 鋼鉄を互いにぶつかりあわせたような重く鋭い音!

 ボクたちも急いでその場へと向かう!

「な!?」

 そこでボクたちを待ちうけていた光景……

 微かな灯りにともされた円形状の広い部屋の中央に幾体もの謎の存在の残骸が折り重なる山ができ、その頂からゆっくりと倒れゆく最後の謎の存在の姿。
 部屋の片隅では両手足を縛られ、意識なく倒れている三人の警官の姿と、そして……

 自らの凶刃によって倒した謎の存在の上に仁王立つもの。

 その脚は太く強靭な筋肉にまとわれ、凶刃を振るった腕も同様に太く逞しい。
 胴も恰幅がいいのか、それとも日頃の修練の賜物か肉感にあふれ、決してひ弱さを感じさせない、逞しくも肉ましさを感じさせる。
 そしてボクたちを見つめる容貌は厳つめらしく、幾筋もの傷跡が歴戦の勇士であることを物語っている。
 その身を覆う灰色の毛皮は光沢を放ち、自らの地で汚しはしないという矜持を感じさせた。

 そこに覇者が如く立ち、君臨するもの……

 それは全長80cm、体重9kgにも及ぶかという、大柄のアメリカンショートヘアーだった!

「猫……」
「……猫だな……」

 ボクとサイトさんがマヌケた声をだす。

 すると呆然と立ち尽くすボクたちの横をまるで最愛のものに再開するかのような勢いと笑顔を振りまきながら沢木さんが猫目がけて突進する!
 そして沢木さんが歓喜のあまり声を上げた!

「ここにいたのかぁぁ! 探したよぉぉゴンゾウゥゥゥ!」

 ゴンゾウ……? え……?

「……猫?」
「……らしいな……」

 ボクとサイトさんは顔を見合わせ、そして再びゴンゾウと呼ばれたアメリカンショートヘアーに視線を向ける。

 その佇まい、そして貫禄。
 幾匹ものライバルを打倒し、そして幾体もの敵を屠り、自ら鍛えあげしその俊敏にして強靭な体躯により、勇者となりてこの世界を護るもの!

 そのものこそが、ここにいる沢木ゴンゾウその人だった!

「いや……猫だろ?」

 サイトさんも鋭いツッコミを忘れない。
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