ランシモ

ランニングからツチノコカメラや時事まで興味あるすべて

来年もよろしく

2021-12-31 16:33:43 | ご挨拶

2021年もようやく終わります。

無事にと言うことはなく、母を亡くして今は家じまいで整理と処分の毎日で肉体労働です。

私ごとと仕事はコロナがありましたが、なんとか乗り切ってきた1年でした。

新宿に生まれ新宿に育ち新宿で仕事をしている、根っからの新宿人は変わりがありません。

ランニングは毎月の走行距離は減らしています。

その代わり畑仕事の時間が増えました。

新しく始めたことはYouTubeを作るようになったことかな。

スタジオは建物の手入れと機器の入れ替えでてんてこまいです。

機器、機材、通信が進化し続けていますから遅れないように追いかけています。

撮影でも同時録音収録から撮影同時配信へと進化してきました。

スピードが求められています。

新宿で撮影していてヨーロッパから同時進行で意見が返ってくる時代になったのです。

時代の進化は早いです。

たぶん社会も同じなんですが、日本の工業・商業・政治すべて心配な状況です。

では来年もよろしくお願いいたします。

 

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小平畑の野菜を収穫し食べた

2021-12-30 18:09:11 | 畑仕事

小平畑のお野菜を今年最後の収穫。

今回はネギを大量に、ニンジンも大量に、大根を3本、カリフラワーと白菜を1個づつ結構な収穫だった。

今年は全般にお野菜の発育が良かった。

例年いつも失敗するネギの出来がすごく良かった。

種まきした時に土の上にワラを敷いて、気温の上昇と乾燥を防いだので育ちが早かった。

ネギは肥料やりが適切だったのかもしれない。

大根とカリフラワーは失敗が少ない。

特に大根の種は発芽率が高くて、種まき時期を間違えなければ簡単です。

ジャーン

チッコ人参はスタッフに分けちゃ済まないので、私がもらってきた。

小さい人参はスープにでも入れればいい。

よく見たら形が変なものがあった。

うーむ、これはなんじゃーーー。

洗ったらますます変だぞーーー。

まーなんでも料理してしまえば同じだーーー。

お野菜をごった煮した。

鋳物の鉄鍋を使うと無水でお料理ができます。

お野菜から出た水分で煮炊きができてしまいます。

塩と香辛料を適当に投入。

ネギも、今年は良いネギが取れたので太いのを5〜6本づつにスタッフで分けた。

鋳物鍋にはお肉も入れたので肉野菜煮です。

味噌汁の具にもトレトレ小平野菜を入れた。

人間ドックで血液濃度が高くてコレステロース値が高いと言われていますが、チーズはやめられませんねーーー。

味噌汁も大好きなんで塩分過多かもしれないけど、血圧や心臓、内臓は悪いところがない。

たぶんお野菜を充分に食べているからじゃないか?

大根葉は塩漬けにしたら美味いのなんの。

炒めてもよし汁の具にも使えて万能野菜だと私は思うのだが、人によっては大根を買ったら葉を切って捨ててくださいという方もいらっしゃる。

私などその場にいたら「その大根葉ください」などと言うかもしれない。

それほど大根葉は知る人ぞ知る有能なお野菜なのだが、、、。

お料理は知識の集積とアイデアなんだなーーー。

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大草原の小さな1軒屋*山中湖

2021-12-29 16:27:33 | 日記・エッセイ・コラム

いとこの家にお邪魔した。

山中湖の大草原の小さな1軒屋か?

ジャーン

ちょいボロくはないか?

山中湖は冬場だとマイナス10℃を下回ることがある。

隙間風が多そうだ。

と思ったら、ジャーン。

えらく小さな1軒屋だった。

わんちゃんの夏の家だった。

私のいとこは波乱万丈な一生だった、なんて言うと文句が出てくるかもしれないが、、、。

今はアーリー・アメリカンが大好きな旦那さんと、クラッシック・ヨーロッパが大好きな彼女がハッピーに生活しています。

この敷地にアメリカンな家と、ヨーロッパのカントリー調な家屋とお店の建物を数軒建てて住んでいます。

目の前の畑を耕して田舎暮らしですね。

大昔、私が高校生の時に山中湖畔の家に1人で泊まっていたら、料理した鍋物や食器類が水分があったもの全てがガチガチに凍ってしまって難儀した記憶があります。

そのころは山中湖は毎年1月になると全面氷結していたので、湖面でスケートができたのです。

全面氷結はすごいですよ〜〜〜。

スケートに飽きたらツルハシを持って氷に穴を開けてワカサギ釣りにチェンジしました。

ところが寒いのなんの、、、そこで小さな家の形をした小屋にソリをつけたものを湖畔のレンタル屋さんで借り、湖上に運び中に穴を開け火鉢を持参して暖を取りながらワカサギ釣りをしていました。

ただし、誰かが開けたわかさぎ穴に落ちないように移動するときは注意が必要だった。

山中湖周辺はその時から○十年もたっているが、イメージはそんなに違わない。

森と湖の避暑地です。

三国峠展望台からの富士山は優雅でしょ。

こちらは御坂峠からの富士山。

下の湖は河口湖です。

学生の頃から自転車やらバイクやら車で走り回っていました。

ランニングを一番やっていた頃は山中湖1周ランニングで鍛えていました。

1周14kmあたりはちょうど良い距離だった。

自販機が所々あるから安心だしトイレも3箇所ぐらいあった。

富士山には傘ができやすいのかな。

吉田口登山道がギザギザに登っています。

夏の登山シーズンになると、あのギザギザが点々と明るく筋になります。

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両親の遺品整理*親父が10代の頃の賞状

2021-12-28 16:44:47 | 日記・エッセイ・コラム

広島の向原出身の父は貧しい農家の長男だった。

祖父は放蕩男でその長男の父は金銭的に貧困そのものだった。

貧困家庭にあって働きながら学んでいて、、、優秀な成績を収めたので、金一封いただいていた。

今でいう奨学金のはしりなんでしょう。

苦学のことは昔から笑い話でよく聞いていました。

昭和10年、三陽中学校5年、、、いくつだったんだ?

こんなことを知っているから私は贅沢とは縁の遠い生活しかできません。

父は広島向原で生まれ育ち、10代の中頃に岡山に出て、洋裁屋さんの2階に居候して仕事を手伝いながら夜学に通っていた。

その2階に、実家は農家だが船乗りになり、世界を股にかけて遊びまわっていた放蕩祖父が転がり込んで、10代の頃の父にお金をせびっていたそうです。

とんでもない祖父だった。

父は両親を含めて兄弟の面倒を10代でみていた。

遺品整理で古い変色した書類が出てきた。

その中に私がが生まれた時の母子手帳が出てきてびっくり。

どうも当時はミルクやお菓子が配給だったらしい。

子供が生まれたからお菓子を配給というスタンプが押されていた。

今の日本のように物資が溢れていることが想像できない時代だったんでしょう。

そりゃ戦争で負けて数年後なんで、どうやって生きるか、どうやって食うかって時代だったから。

産婆さんのお名前が書いてありました。

渋谷区隠田という地名に住んでいた人だ。

原宿のあたりですね。

これらは処分します。

私の親からのおわかれです。

親は私の記憶の中に大事にとっておきます。

2018年7月 納戸から軍刀が出てきた

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/874b0d6517dd93fba5821ac013ade63a

2021年12月20日 母の49が無事おわった

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/bc43b358a5c40c2c9ebb05206f0e210d

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シズラーは満員だった

2021-12-27 18:45:30 | グルメ

コロナ前はいつの満員で行列していたが、コロナが蔓延するようになって間引き営業が多かった。

日本のコロナ患者が激減してようやく平常営業になった。

クリスマス後でしたがシズラーが満員!

ランチ時にラッキーにもすんなり入れてビュッフェを堪能した。

シズラーのサラダビュッフェは日本最高だと思うよー。

年々少しづつメニューが変わります。

豆類や豆苗、アルファルファ、セロリ、コーン、サルサかな?

ごちゃごちゃにして食べます。

なんだ、お肉が無いじゃないかとお思いでしょうが、、、私はいらないですねーーー。

クスクス、カニカマ、アトいろんなお野菜。

シズラーにはカレーやスパゲッティ・ミートソースもありますが、それを食べちゃ腹が膨れてしまいます。

だけど私はカレーが好きなので、、、チョビッとだけ食べます。

突き出しのチーズパンが、、、これが美味いんだな。

でもこれを食べちゃうとサラダバーが食べられなくなる。

ウエイターさんが食事中でも席を回ってきて、チーズパンもう一皿いかがですか?と聞いて回っています。

あんれは「悪魔のささやき」なんです。

シズラーの策にまんまと引っかかるお客さん多数。

でも、チーズパンも美味しいから策に引っかかったという気もないかもしれない。

私は、、、グッとこらえますが。

この焦げ焦げのチーズ、よくもこんなに美味しくチーズが焼けるものだと感激します。

スープは4種類ありました。

ドリンクもデザートのケーキもソフトクリームもご自由です。

ソフトクリームの螺旋をうまく作るのが難しい。

ソフトクリームを出すスピードが強いと、あっという間にボテボテソフトクリームになる。

手までソフトクリームだらけになります。

果物も1品づつにした。

シズラーが新宿にあって嬉しいよー。

だって、シズラーに来られるお客さんは、とりあえずハッピーそうです。

仏頂ズラは皆無です。

シズラーの中では会社や仕事の文句をタラタラと言っていてはダメ、人の悪口も似合いません。

シズラーは、レストラン業界のデズニーランドなんです。

私の後ろの席では男親に連れられて来た女児2人が嬉しそうに、楽しそうに食べていました。

男4人連れみたいなむさ苦しい麻雀帰りみたいなお客さんは皆無です。

女性客がやはり多い。

シズラーはコロナ明けでようやく羽を伸ばせるといった、開放感が満ち満ちていた。

今日のお客さんでは黒人の着飾った方たちのグループ10数人が、ひときは目につきました。

代々木は港区の麻布や六本木と同じように大使館が多いので、タブンどこかの大使館の人たちがクリスマスが終わり仕事納めで練り出してきたんじゃないかな。

給仕係のような方もいたし、綺麗に着飾った方もいたから、どこかのお国の大使とお供の者たちだったんでしょう。

シズラーはレストランとしては高価格ではないが良いお食事ができます。

シズラーには華(ハレ)があります。

会計するときに、レジの人に満席で大繁盛ですねーと声をかけたら、嬉しそうにしていました。

笑い声には福が来るーーー!

一陽来復

「陰極まって一陽を生ずる」「よくない事(コロナ)の続いた後に、良い事がめぐって来る」

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遠山森林鉄道*YouTube映像

2021-12-26 18:55:02 | 鉄道

南アルプスの奥深くに遠山森林鉄道はあった。

8分20秒の遠山森林鉄道保存会の映像を見てください。

 

遠山森林鉄道は梨本から赤石岳や大沢岳からの大沢渡と、聖岳や上河内岳のからの西沢渡に森林鉄道の線路が延びていた。

総延長は30.5km。

昭和19年12月から昭和48年10月まで使用されていた。

機関車7台、貨車242台、モーターカー5台、人員輸送車5台あったそうです。

遠山停車場は貯木場があったところで、遠山森林鉄道の起点になっていた。

大沢渡は赤石岳の西に位置して、、、たぶん標高2400mあたりまで登って行ったんじゃないか。

西沢渡は聖岳の麓まで、、、登山者にとっては憧れの3000m峰最南端の聖岳のすぐ下まで線路があったとは驚きです。

朝早く現地についたので機関車を整備していた左の方とお話しした。

大事に保管されていますが木曽山の森林鉄道のようには観光地化されていない。

整備されるのはまだ時間がかかりそうです。

 

2021年12月26日 遠山森林鉄道*YouTube

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7292a6e6200f36444082265f92c0aff0

2021年12月24日 遠山森林鉄道*梨元ていしゃば

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/a89c0f2f403591bcaddc72c7c0b7e99d

2021年12月23日 まきば線*SLのYouTube

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/1027a380ba094468fdf9369b587819fa

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クリスマス・イルミネーション*原宿表参道

2021-12-25 21:01:52 | 日記・エッセイ・コラム

たまにはジョギングで原宿へ。

なんてったって原宿表参道がイルミネーションに飾られているという。

クリスマス前からやっていますが今日の10時までです。

それで表参道は人でいっぱいだし、道路は大渋滞だった。

車の人は大変だっただろう。

歩道も人でいっぱいでぶつからないように歩くのがたいへん。

この絵は原宿駅から表参道にぶつかった所。

ここは下り坂で、表参道交差点がいちばん低い所で、また先は登りになっています。

スポーツジムの照明がユニークですね。

原宿の繁華街なんだからこれくらい面白くしてくれて嬉しいですね。

ランニング中はマスクを外していますが、雑踏の中ではマスクはマストです。

代々木公園の原宿門にあったツリーです。

ジョギングやランニングは腿の筋肉を使いますね。

多少退化したかな?

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遠山森林鉄道*梨元停車場

2021-12-24 15:29:16 | 鉄道

南アルプスの山奥で森林鉄道の試運転がある、、、と聞いて行ってきました。

SNSはいろんな情報が飛び交っています。

ジャーン

ジーゼル機関車のエンジンは腐っていたので、ブルドーザーのエンジンをスワップしたそうです。

客車の方はどこからか調達してきた。

四国だったか福井だったかうろ覚えです。

60年ほど前は日本全国津々浦々森林鉄道があって木材を運び出していた。

右の方がジーゼル車の運転手さん。

真ん中の方が遠山森林鉄道保存会のトップ。

朝早くからエンジンの暖気を始めていました。

早朝に着いたので路面が凍っているところがちらほら。

停車場も真っ白に霜が降りていた。

停車場には大きなレストランがあったが営業していなかった。

それで停車場には駐車場とトイレが完備していました。

停車場は広いスペースなのは、ここに遠山森林鉄道の本拠地があったから。

時間になると地元の保存会の方々が集まって、遠山森林鉄道の試乗会になった。

部外者の見物人・マニアは私を含めて10人はいたと思う。

一番遠くからは山形から駆けつけてきた方もいた。

林鉄マニアというわけです。

私自身は林鉄は2度目なのでにわかマニアになりますか、、、。

ガタンゴトンと動き出した。

1944年(昭和19年)に運行開始した遠山森林鉄道の停車場がここにあり、ここからはもしかして自動車輸送だったのか?。

最盛期には総延長36.5キロの路線、機関車7両、貨車242両、人貨輸送車5両があったとの事です。

こんな小さな機関車で大きな重たい木材を積んだ貨車を10両も引っ張れるのかと疑問があったが、下るだけなので引っ張ることよりもブレーキで制動することの方が難問だったそうです。木材を積んだ車両ひとつに1人づつ制動係りが乗っていたそうだ。南アルプスの山の奥深くなのでなかなか観光客のあてもないから、森林鉄道パークにするには結構な資本が必要だろう。

ここに来る途中、大規模な道路工事を見ました。

遠山もいずれ里に近くなるのかなーーー。

ところが、その道路は村々を通らずに一直線に近くを通過していくだけ、村民は複雑な思いがあるんじゃないか?

でも東山森林鉄道などを保存したいという熱い思いはよくわかった!

YouTubeにはいずれアップします。

〒399-1401 長野県飯田市南信濃木沢494

2021年12月26日 遠山森林鉄道*YouTube

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7292a6e6200f36444082265f92c0aff0

2021年12月24日 遠山森林鉄道*梨元ていしゃば

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/a89c0f2f403591bcaddc72c7c0b7e99d

2021年12月23日 まきば線*SLの走りYouTube

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/1027a380ba094468fdf9369b587819fa

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まきば線*千葉でSL運行

2021-12-23 18:43:18 | 鉄道

千葉にある「まきば線」でSL運行があるというので駆けつけました。

「まきば線」は羅須地人鉄道協会が千葉の「成田ゆめ牧場」の一画にぐるぐる回れるように線路を敷いている。

普段はジーゼル列車がこどもの国のように走っていますが、SLを羅須地人鉄道協会というマニア集団が整備をしていて、年に数回乗客を乗せて運行しています。

この日は夕方の4時からだったので、SL夜汽車になりました。

ジャーン

YouTube(9分42秒の映像)いい感じです

 

日が沈むと足元も見えないくらい真っ暗になります。

林鉄SL夜汽車になっていきました。

どうです、宮沢賢治の世界を走っている夜汽車みたいでしょ。

最後にYouTubeにしてありますので、ぜひ10分の林鉄SL夜汽車をみてください。

羅須地人鉄道協会は立派な車両整備工場を持っています。

整備工場と操作場にはSLも1台だけじゃなくて何台もありました

もしかしたら自作しているのかもしれない。

成田ゆめ牧場は東京から2時間ぐらい。

元々は牧場なので広々とした牧場公園です。

その一画に「まきば線」がしいてあります。

小型蒸気機関車と狭軌森林鉄道で使われていた客車があります。

およそ古い古い客車で大正時代に造られたものだそうです。

普段は毎日ジーゼル・トロッコ列車が運行されています。

SL運行は特別です。

SLは動態保存していて年に数回公開で乗客を乗せて走っています。

これがいつも走っているジーゼル・トロッコ列車。

これとて子供ちゃんだけじゃなく鉄マニアは乗りたいでしょう。

この機関車は森林鉄道とは関係ないとのご指摘がありました。もしかしたら自作?

2021年12月26日 遠山森林鉄道*YouTube

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7292a6e6200f36444082265f92c0aff0

2021年12月24日 遠山森林鉄道*梨元ていしゃば

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/a89c0f2f403591bcaddc72c7c0b7e99d

2021年12月23日 まきば線*SLの走りYouTube

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/1027a380ba094468fdf9369b587819fa

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母の49日が終わった

2021-12-20 15:04:08 | 日記・エッセイ・コラム

母の49日が滞りなく終了した。

母は持病がなかったので最後まで頭はしっかりしていたが、今年8月にベットから転げ落ちたのがきっかけで寝たきりになり10月8日に天寿を全うした。

つい今年の7月に小平の畑でとれたトウモロコシをテーブルに置いておいたら、見つけて自分で包丁で切り美味いと食べていた。

昔の人は食生活が良かったのか長寿です。

戦後間もない昭和に私は生まれた。

高田の馬場に陸軍の射撃練習場が子供の頃残っていた。

私が生まれた家は陸軍の練兵場を不法占拠して造ったバラック家だった。

高田の馬場で私が生まれそうになったので母はリヤカーに乗せられて渋谷広尾の日赤病院へ向かった。

ところが私が母の腹から出るのが早くて、渋谷をすぎ恵比寿あたりで限界になり産婆さんに駆け込んだ。

日赤病院にたどり着かなかったのだ。

車など使える時代じゃなかった。

新宿に新築した家で親族が集まった。

私は手前右から2人目。

母は後ろ真ん中。

母は戦争中は広島の軍部でタイピストをしていた。

いわゆる戦時の秘密文書を作成していたのだ。

当時としては女性としてエラく進歩的な仕事をしていた。

父の実家は広島の向原で、芸備線の汽車に乗って13個目ぐらいなので、母は軍部で働いていたので広島住まいだったのかもしれない。

東京にいた親族はみな戦火を逃れて広島に疎開していた。

広島向原の山のどんづまりの農家(父実家)はさぞかし賑やかになっていたことだろう。

東京渋谷生まれのシティガールの母は広島の山の中に移って大変だっただろう。

それで、広島に原爆が落とされた時は、母も伯父・叔母たちは原爆を目撃していた。

広島が大変なことになったようだと、焼け野原の広島に救助に向かった。

その悲惨な光景は叔母から何度も聞かされている。

伯父・叔母たちは原爆手帳を持っているが発病しなかったのが幸いです。

広島近くの岩国の錦帯橋でいとこ達を父が撮った写真です。

私は左から2人目の子供。

東京から広島に行く時は「急行あき」に乗り1昼夜ゆられて行った。

左右に写っている叔母2人は100歳を超えているけど今でも健在です。

その写真左に写っている叔母に母の49日が無事終わったことを報告しに山中湖までいってきた。

叔母は100歳を超えても足はしっかりしているし、頭もボケていない。耳が遠くなっただけのようです。

母が亡くなって悲しいということはない。

長生きしていただいてありがとう、という気持ちです。

今更ながら、子供は親に何もできないのだなーと感じたしだいです。

最後の数年にどこにでも好きなところに旅行してくれと旅費を出したことぐらい、、、かな。

親父が亡くなっても何も感じなかったが、母が亡くなった時は悲しみじゃないが、何か大きなものがなくなった感じ。

上の世代が亡くなって、これからは私より下の世代を引っ張って行くだけだ。

15年ほど前に引退した親父と母を連れて箱根の温泉に行った時のもの。

カラッと晴れていいショットが撮れた。

この写真を母の遺影にしました。

親孝行などあまりできなかった、、、一緒に連れて行った温泉旅行は数えるほどだもの。

2021年12月28日 遺品整理して父の10代の頃の表彰状が出てきた

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/91926bddf788c797dc4473d3f30959df

2019年12月 父の形見の懐中時計Watex をオーバーホールした

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/5ef947f54b7364f2cd2cd965dc48bb90

2018年7月 納戸から軍刀が出てきた

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/874b0d6517dd93fba5821ac013ade63a

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3年坂*京都東山界隈

2021-12-19 20:50:39 | 旅行記

京都さんぽ11、3年坂

清水寺参道には京都らしいお店が並んでいます。

それもちょっとじゃなく、参道どころか、、、京都の町全体が京風なお店ばかり。

だから京都といっては目もふたもないが。

その中でも東山界隈、祇園界隈は味わい深く「京都の表の顔でしょ」旅人の目を楽しませてくれます。

京都には和服が良く似合う。

この和装男女は結婚の前撮りを撮っていたようです。

右のお店の看板には2年坂とかいてあったので、1年坂を通り越して3年坂の手前だったようです。

清水寺から3つの坂道をとおり知恩院まで歩かれていたカップルがいたけど、和装のカップルの近くに偶然にいたら前撮り業者さんに同業者(プロ)と間違えられてしまった。そんなにプロっぽい恰好じゃなかったと思うけど、目配りやキョロキョロ具合がプロっぽかったのかもしれない。

この立札の通りは、間違いなく3年坂。

坂道は風情があります。

レンタル着物姿の方はチョイと昔だったら外人さんと決まっていたが、今ではどこぞの大学生グループなのか、男女共に和装で闊歩している。

京都の町には犬矢来が多く目につきます。

犬よけという意味だが、犬だけじゃなく人も壁に近寄れないようにしていることから、家の中の話声を聞き耳されないようにという目的もあるようだ。

壁に耳あり障子に目あり、、、。

この三年坂の京都らしいお店で、お土産に香を買って帰った。

以前、岩手の平泉の中尊寺でお香を買って帰ったら母が喜んだからだ。

高いお香やお線香は良い香りがする。

こちらはお線香です。

民芸品には興味がないから食べ物か香のような実用品が良い。

ブラリ京都も1週間はほしいところだ。

京都さんぽ1、京都一乗寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9cf2404fab4aaaabab1008126a504d89

京都さんぽ2、珍遊*ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b1c2745203e55df25be26e4763ef3e51

京都さんぽ3、聖*ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/63b910714669c75fd1a4d09c9f36a234

京都さんぽ4、坂本から比叡山に

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d587e708c8cbc9eff9a6e2ba3c83636c

京都さんぽ5、比叡山から京都の八瀬に下山

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/8696fd1f03993946046b3bedb6da4393

京都さんぽ6、清水寺の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/641050209eb71fa6804064a03c596173

京都さんぽ7、清水寺の紅葉夜景

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/2c8b02b3411214ca79e2a06bef432082

京都さんぽ8、叡山電鉄の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/6234b4703b06cbf2811f423e4a49a366

京都さんぽ9、忠僕茶屋*清水寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7dec6bc3696e4ff6da1275ad5e6fabe1

京都さんぽ10、一休庵*円山公園

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b0559d1429840c9a29a28cd3c9598a93

京都さんぽ11、東山界隈

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/dfbaaea80dfb23b2c56e629359b92980

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一休庵*京都円山公園

2021-12-17 13:31:49 | グルメ

京都さんぽ10、一休庵で軽食

清水寺から一年坂、二年坂、三年坂と歩いて円山公園・八坂神社に下りて来た。

どこから一年坂でどこから二年坂なのかよくわからなかったが、面白い街並みが続いていた。

さすがに京都は古い伝統的な家並みが続いています。

どこを撮っても京都らしい。

お店を冷やかしながらブラブラ歩いて清水寺から降りて行きました。

駆け足じゃもったいなと思います。

古い京都なんだから時間をたっぷりかけて歩くのがいい。

円山公園にでて目についたのが一休庵。

八坂神社の上、広い公園の中にあちこちに赤い縁台を出して傘を立てていた。

こりゃ一休(ひとやすみ)みしなさいということ。

なるほど、それで一休庵なんだな。

縁台の間隔がえらく広い。

円山公園は人が少ないしだだっ広いので、これくらいの間があってちょうど良い。

なに話していてもお隣には聞こえません。

初冬らしいナンテンorカンザシかな?

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/f578c71e515f2a0d8660be1373cb8c4d

水瓶に薄氷でも張り出したら外に座っていられないだろうが、日差しを浴びると暖かかった。

一休庵さんの和食軽食ですね。

値段は忘れたが1000円程度でしょう。

おこわご飯にお漬物です。

なんだ肉がないじゃないかとおっしゃりたいのはわかりますが、京都ではお新香・お漬物でお茶漬けをズズー〜とやるのがかっこいい。

箸で持つには重たかった。

おっと小豆が落ちそうだ。

お新香やお漬物は大好きです。

私は菜食主義じゃないけどお野菜はいっぱい食べます。

毎朝、起きてすぐに時間があればダンベルを持って運動を20分ぐらいやっています。

それだけで、お肉はいっぱい食べないけど体全体の筋肉が張ってくるのがわかります。

食生活と適度な運動、それと適度な好奇心がいいんだなーーー。

味噌汁は意外にも薄味ではなかった。

関東者としてはこれくらいがちょうど良い。

最後におダンゴをパクッとな。

一休ダンゴでシメだ。

京都さんぽ1、京都一乗寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9cf2404fab4aaaabab1008126a504d89

京都さんぽ2、珍遊@ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b1c2745203e55df25be26e4763ef3e51

京都さんぽ3、聖*ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/63b910714669c75fd1a4d09c9f36a234

京都さんぽ4、坂本から比叡山に

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d587e708c8cbc9eff9a6e2ba3c83636c

京都さんぽ5、比叡山から京都の八瀬に下山

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/8696fd1f03993946046b3bedb6da4393

京都さんぽ6、清水寺の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/641050209eb71fa6804064a03c596173

京都さんぽ7、清水寺の紅葉夜景

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/2c8b02b3411214ca79e2a06bef432082

京都さんぽ8、叡山電鉄の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/6234b4703b06cbf2811f423e4a49a366

京都さんぽ9、忠僕茶屋*清水寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7dec6bc3696e4ff6da1275ad5e6fabe1

京都さんぽ10、一休庵*円山公園

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b0559d1429840c9a29a28cd3c9598a93

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忠僕茶屋*清水寺

2021-12-17 12:22:17 | グルメ

京都さんぽ9、忠僕茶屋*清水寺

京都の清水寺の境内を散歩していたら茶屋を見つけた。

茶屋はいくつかあったが良い場所にあると満員だった。

空いた忠僕茶屋に入ったが、そこもすぐに満員になってしまった。

「京都には茶屋がよく似合う」と思った。

先客の親子連れは湯気を出したうどんのようなものを食べていた。

私はお茶でもいいけどうどんやお蕎麦はパスだなと思っていたので、胃に軽いぜんざいをオーダー。

わらび餅も捨てがたいなー。

茶ダンゴもいいなー。

私はきほん甘党です。

非毛氈が敷いてある縁台に座って座卓で食べる。

安いつくりの座卓が良い味を出している。

茶屋といっても高級な、遠くからお琴の音が聞こえるようなお店じゃありません。

たぶん、東海道膝栗毛の弥次さん喜多さんが腰をおろすような風情のお店です。

でもねーそれが風流ってもんです。

見頃の紅葉を眺めてゆったりとした時間を持つ、、、。

京都だなーーー。

この茶屋の名前が忠僕茶屋って言うけど、変な名前だなーって思っていたら、やはり歴史いわれがあった。同じ清水寺境内には舌切り茶屋というのがある。他にも3軒ばかり茶屋があるけど普通です。忠僕茶屋と舌切り茶屋は、幕末の動乱の時に幕臣たちが維新の連中に捕まっても絶対に口を割らなかったことから、時代がたってからそれらの遺族に清水寺が茶屋の権利を与えたことから命名されたようです、舌切り茶屋は牢獄の拷問にも頑として口を割らないで下を噛み切って死んだ同士を偲んで命名された。京都はどこにでも歴史が石っころのように転がっています。

京都さんぽ1、京都一乗寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9cf2404fab4aaaabab1008126a504d89

京都さんぽ2、珍遊*ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b1c2745203e55df25be26e4763ef3e51

京都さんぽ3、聖*ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/63b910714669c75fd1a4d09c9f36a234

京都さんぽ4、坂本から比叡山に

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d587e708c8cbc9eff9a6e2ba3c83636c

京都さんぽ5、比叡山から京都の八瀬に下山

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/8696fd1f03993946046b3bedb6da4393

京都さんぽ6、清水寺の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/641050209eb71fa6804064a03c596173

京都さんぽ7、清水寺の紅葉夜景

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/2c8b02b3411214ca79e2a06bef432082

京都さんぽ8、叡山電鉄の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/6234b4703b06cbf2811f423e4a49a366

京都さんぽ9、忠僕茶屋*清水寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/7dec6bc3696e4ff6da1275ad5e6fabe1

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京都叡山電鉄の紅葉

2021-12-16 16:34:00 | 旅行記

京都さんぽ8、京都叡山電鉄の紅葉

秋が深まり夜になると市原、二ノ瀬と貴船口間ではモミジのライトアップが始まります。

 

叡山電鉄の終点は鞍馬ともう1つの終点が八瀬ですが、どちらもモミジの紅葉は素晴らしい。

鞍馬から叡山電鉄に沿って歩いて下りて行ったら山海庵をみつけた。だけど予約制だったので入れず。

終点鞍馬の紅葉です。

この日は雨がちで晴れ間がなかなか現れなかった。

比叡山の上は雪が舞っていてえらく寒かった。

京都さんぽ1、京都一乗寺

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/9cf2404fab4aaaabab1008126a504d89

京都さんぽ2、珍遊@ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b1c2745203e55df25be26e4763ef3e51

京都さんぽ3、聖@ラーメン街道

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/63b910714669c75fd1a4d09c9f36a234

京都さんぽ4、坂本から比叡山に

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/d587e708c8cbc9eff9a6e2ba3c83636c

京都さんぽ5、比叡山から京都の八瀬に下山

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/8696fd1f03993946046b3bedb6da4393

京都さんぽ6、清水寺の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/641050209eb71fa6804064a03c596173

京都さんぽ7、清水寺の紅葉夜景

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/2c8b02b3411214ca79e2a06bef432082

京都さんぽ8、叡山電鉄の紅葉

https://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/6234b4703b06cbf2811f423e4a49a366

 

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浜離宮*歩きカメラ

2021-12-15 19:24:56 | 日記・エッセイ・コラム

浜離宮で歩きカメラだった。

この小さな丘の反対側に将軍の船着場があった。

モミジの紅葉が良かった。

江戸時代からあったそうだが、鷹狩りにでも使っていた。

園内には5つの池があって水鳥を放ち、そこにこっそりと鷹を持って行って脅かしたそうです。

浜離宮の園内から水上バスが出ています。

水上バス船着場はこの左手。

私たちは浅草に向かったが、行き先は色々ありました。

水上バスは昔からあって私が学生の頃に晴海に行くのに使っていた。

運が良かったら松本零士さんデザインの船ヒミコ(銀河鉄道のイメージ)にのれるかもしれない。

使用カメラはZ7

レンズはアサヒペンタックスMXについていた3本。

レンズは伯父からのいただきもの。東北震災で水没していたのを自分でバラバラにして復活させた。ペンタックスのレンズは私が10代のころ、友人のカメラアサヒペンタックスを借りて撮影した映像にビックリして、いいなーと思っていた次第。そのころは私はペトリV2という安い一眼レフを使っていた。ペンタックスやミノルタ、キヤノン、ニコンは当時の私には高嶺の花すぎたのだ。ペトリのレンズは悪いわけじゃなかったが、シャープさだけでボケみとかは印象にない。ペンタックスのレンズのふわっとしたボケに感激したのだ。私が10代の頃高嶺の花だった物が買えるなんて日本は裕福になった。

代々木健康友の会の「歩きカメラ21」

https://blog.goo.ne.jp/yoyogiken

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