初期ルネサンス期で最も業績を残したサンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)。
時の権力者メディチ家の支配下にあったフィレンツェで第一線の画家として長く活躍、「春 = ラ・プリマベーラ」や「ヴィーナスの誕生」(ウフィツィ美術館蔵)など、異教的な神話を題材にした傑作を残している。
その彼の、「ヴィーナスとマルス」と「神秘の降誕」が架かっている。
彼はメディチ家の手厚い庇護のもと数多くの作品を残しているが、ヴェスプッチ家の依頼により婚礼の折の室内装飾の一部、寝台の装飾画として描かれた「ヴィーナスとマルス」(上)は、彼の名声を支える少数の世俗的作品のひとつに数えられている。
恋人である軍神マルスが眠っているのを見ている愛と美の女神ヴィーナス。
悪戯好きな、半身人間半身山羊のサテュロスの子供が耳元で法螺貝を吹こうが、スズメバチが近くで唸ろうが目覚めぬマルス。
余談だが、イタリア語でヴェスパと呼ばれるスズメバチは、ボッティチェリの顧客の一人だったことが知られているヴェスプッチ家を指す語呂合わせともされている。
情交によって男は消耗し女は活き活きとするという考え方もルネッサンス時代のもので、当時、結婚祝いの場での冗談の種になったらしい。
尤も、愛はすべてを征服、殺しあうより愛し合おうよ、という真面目なメッセージが込められているともされる。
もう一枚は、彼の晩年の傑作「神秘の降誕」(下)。
彼の現存作品中署名のある唯一の絵で、画面上部に年記がギリシャ語で表記されている。
彼自身、もしくは親しい者の祈祷用に描かれたとされるこの絵は非伝統的なもので、キリストの降誕、羊飼い、東方から来たマギ(博士)の礼拝といった出来事を、単に形どおりに絵画化したものではなく、むしろ、“ ヨハネの黙示録 ” にある預言から受けた印象を、想像の情景として描いたとされている。
それは、例えば巨大ともとれる幼子、その幼子を礼拝する聖母マリアもまた巨大で、立ち上がれば馬小屋の藁屋根につかえてしまうほどに象徴的に、ものの大小を矛盾させながら表現するなどのことからも窺えるのだと。
晩年は、腐敗やメディチ家による独裁体制を批判するサヴォナローラの宗教的影響を強く受け、硬質的で神経質な表現へと作風が一変。
老いた彼が孤立した存在なるがゆえの激しい感情に充ちたこの絵。
「ヴィーナスとマルス」で理想の美を表現するため自然主義に背を向け、「神秘の降誕」では精神的真実を表現するため遥か昔の手法に戻ってしまったともされる。
最晩年は、サヴォナローラの失策もあり人気が急落、ついには画業を止めるに至り、孤独のうちに死去したとされるボッティチェリ。
かにかくに、老いと孤独は人を変えてしまうよう、身につまされる。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.770
※ ロンドン・ナショナル・ギャラリーの旅(4)へは(コチラ)から入れます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます