ダ・ヴィンチの処女作ともいえる 「受胎告知」。
カタリナ 、「どうしても観たい」と三年越しに焦がれたこの絵のテーマ、十指に足りぬ画家が挑んでいる。
古くはジョットから、先の<フラ・アンジェリコ >や <フィリッポ・リッピ >と< ボッティチェリ>、女性を描かせれば右に出るものなしのティツィアーノ、清らかな絵のムリ-リョや聖母子の画家ラファエロ、バロックの鬼才カラヴァッジョまでもが。
ヴェロッキオの 「キリストの洗礼」の共作で、鮮烈なデビューを果たした彼、「受胎告知」(写真上)を描いた時、僅か二十歳だったとか。
縦97cm×横217cmのキャンバスに、彼独特の音の無いモノクロームのような色調で、大天使ガブリエルと聖マリアが描かれている。
この絵の見所のひとつ、それは、“ ふたりの間と手の表情 ”(写真中)。
それは 「洗礼者聖ヨハネ」のヨハネ、「岩窟の聖母」の天使、「<最後の晩餐>」の<聖トマス>などにも共通する精妙な手の表情が見る者の心を捉える。
主題は、ダ・ヴィンチ描くところの “ 聖告 ”。
処女聖マリアのお告げとも呼ばれ、キリストの生涯において復活や降誕と並ぶ重要な出来事のひとつとされる。
マリアを象徴する百合の花を左手に持ったガブリエルのお告げを、無垢な心で静かに受け容れた瞬間を、決して声高ではなく、しかし力強く伝えている。
ちなみにイタリア語で、“ 煙のような ” を意味するスフマート技法によって、煙るように描かれた背景は、彼の後の作品の多くに登場する。
後日譚だが、その 「受胎告知」、07年の春から秋にかけて、“ イタリアの春 07年 ” の親善大使として東京と神戸にその姿を見せている。
その時のウフィツィ美術館、この絵があるべき場所には絵葉書大のポートレートと<貸し出し中のお知らせ>が貼ってあって、訪れた人を落胆させていたのだろうと思うと複雑な気がしないでもない。
ところで、ヴェロッキオが描く 「キリストの洗礼」と 「受胎告知」の間に、ミラノに赴くために未完となった 「東方三博士の礼拝」(写真下)が架かる。
あの 「モナ・リザ」でさえ未完の彼に 「完成品と呼べる絵はあるの?」と、素朴な疑問は残る。
だが、描き手が彼であるが故に、聖母子の出現に東方三博士 = マギを始め、幼い救世主の姿にどよめく人たちの姿そのものが、未完ながらもそこに描き込まれているようにも思え、聊か 「困ってしまう」のである。