最初にアカデミア美術館を訪れた折のこと。
閉館時間に近く、彼の未完の傑作を見逃してしまい、「ずっと悔しい思いでいた」らしい。
その作品とは、四体の「奴隷像」と「聖マタイ」(写真上左:部分)、そして、「ピエタ」。
3年の時を経てようやく対面、向かいのベンチに腰掛けゆっくりと向き合う。
ただ、前回OKだった写真、「あかん、ここで写真は!」と、多分、「言われたんやろけど?」、若い女性警備員に厳しくチェックされた。
ミケランジェロは、生涯に四体の「ピエタ」を刻んだという。
唯一完成したのがサン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」、僅か23歳の時の作とされる。
二体はここフィレンツェにあって、ドゥオモ博物館の「フィレンツェのピエタ」(写真上右)とアカデミア美術館の「パレストリーナのピエタ」である。
残る一体「ロンダニーニのピエタ」は、ミラノのスフォルツァ城博物館にあり、大聖年の巡礼の折にグループから離れ対面した。
ピエタとは、磔刑に処された後に十字架から降ろされたイエスと、その亡骸を腕に抱く聖母マリアをモチーフとする宗教画や彫刻などのこと。
その四体の「ピエタ」のなかで、三番目に彫られたとされるのが、ローマの東にあるパレストリーナという小さな町のサンタ・ロザリア聖堂に放置されたままとなっていた、「パレストリーナのピエタ」(写真中左)。
他のピエタと異なり、なかばレリーフ・浮き彫りのような形で表現されているのが大きな特色ともされ、四体のなかでは「ロンダニーニのピエタ」(写真中右:部分)と並んで荒削りのまま遺されている。
いずれにしても天才が、大理石から紡ぎ出そうとしたものは何か?
サン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」(写真下奥)以外は、未完であるが故に想像を掻き立てられる。
ミケランジェロが、唯一この街に残したドント形式の油彩、「<聖家族>」。
美しくも深い悲しみの「ピエタ」から真逆にある、健康的で明るい一家を描いた「聖家族」は、ウフィツイ美術館の後編で。
Peter & Catherine’s Travel Tour No.302