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No1386『遥かなる山の呼び声』~北海道の大地で懸命に生きる人々の表情が心にやきつく~

フィルム上映の質感が心地よく、あたたかいぬくもりが観終わって随分経っても残っている。
北海道の大自然の中で、誰もが懸命に生きていて、その懸命な姿や表情が心に残り、
思い出すと、心の中にぽっと灯がともるような気がする。

倍賞千恵子、高倉健主演、山田洋二監督。1980年の作品。
あまり期待していなかったけれど、予想外にいい映画だった。

冒頭、シネスコの大きな画面に、平野にぽつんと立つ家と小さな牛舎兼物置がロングショットで小さくとらえられ、
シルエットのように見える家から、人が出て来て、息子のたけしの名を呼ぶ。
この始まり方は、なんだかクリント・イーストウッド監督の『許されざる者』の冒頭を思い出した。

やはり、すばらしいのは、最後の特急列車の場面だろう。

刑を言い渡され、網走刑務所に護送される高倉健が、刑事二人とともに列車に乗っている。
映画は、冬の寒さの中を走る特急列車の車中の、人いきれでむっとした暖かな空気までを伝え、
クライマックスまでを丁寧に描いていく。

終点の網走まであと一駅。車内の混雑もなくなり、まばらになっている。
窓の外から、車内の高倉健を見つけて、知り合いのハナ肇が挨拶して、見えなくなる。
車内放送が駅名と停車時間を告げ、刑事が弁当とお茶を買いに行く。
店員が、やかんからお茶入れ(昔懐かしいプラスチックの容器)にお茶を入れていき、熱い湯気がのぼっている。

高倉健は弁当を断り、刑事二人が弁当をほおばっている。
と、その刑事たちの後ろの通路からふうっと現れる人を、カメラはすぐにはとらえない。
服を少しだけ映し込み、はっと驚いて目を見張っている高倉健の表情を映す。
その人が、倍賞千恵子演じる民子だとわかる。

ハナ肇のへたくそな芝居も、その心意気にほろりとさせられ、
高倉健と同じく、私も涙をぬぐわずにはいられなかった。
懸命に高倉健を見つめる民子の表情、視線がいい。

そうして、カメラは、そっと列車の外、窓外から列車の側面を、走る音とともにとらえたあと、
俯瞰カメラとなって、釧路湿原の雪景色の中を走っていく特急列車をとらえる。
なんて美しいこと。

倍賞千恵子が本当にいい表情で、
激しい雨に、一夜の宿を頼む高倉健を、不審に思いながらも、物置に案内した後、
ランプを持ってきたら、高倉健が着替えていて、たくましい上半身を見て、ぽっと頬を赤らめたり、
夫に先立たれ、一人で牛を育てながら、息子を育てる気丈な母でありながらも、
女でもあって、そういうところも上手にさりげなく演じる。
いつしか高倉健に心ひかれていくのも自然で、想いが伝わる。

大切にしていた牛が病気で死にかけ、思わず高倉健に抱きついてしまうのはびっくりしたが、
それまで孤高に生きてきた女性が、やっと頼れる人を見つけて、喜びに浸ったのもつかの間、
また一人になるというさびしさと心細さが、思わず、行為になって出てしまったわけで、
忘れられないシーン。

健さんのおじぎが好きだ。
丁寧に深々と頭を下げる。ありがとうございました、おやすみなさい…
あんなふうにできたらいいなと思う。

シネ・ヌーヴォでの倍賞千恵子特集の1本。大きなスクリーンでシネスコ画面がたっぷり味わえてうれしい。
ほんとはもっとたくさん観たかったけれど、唯一鑑賞できた1本でした。

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