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12月28日・ウィルソンの苦闘

2016-12-28 | 歴史と人生
12月28日は、「コンヒュータの父」ジョン・フォン・ノイマンが生まれた日(1903年)だが、第28代米国大統領ウッドロウ・ウィルソンの誕生日でもある。

トーマス・ウッドロウ・ウィルソンは、1856年、米国バージニア州スタントンで生まれた。スコットランドとアイルランドの血をひく家系で、父親は長老派の牧師だった。ウッドロウは4人きょうだいの3番目で、上に2人の姉がいた。
ウッドロウは、名門プリンストン大学をへて、ヴァージニア大学で法律を学び、一時弁護士になったが、27歳のとき、メリーランド州のジョンズ・ホプキンズ大学に入り直し、アメリカ政治についての研究論文を書いて政治学の博士号をとり、学者になった。
34歳のとき、母校プリンストン大の教授となり、46歳で学長に就任。後、政治家へ転身し、54歳でニュージャージー州知事に当選した。
56歳のとき、民主党の大統領候補となり「ニュー・フリーダム」政策を掲げて大統領選挙に勝利。第28代合衆国大統領となった。
ウィルソン大統領が掲げた「ニュー・フリーダム」は、公正な自由競争を促進しようとするもので、彼は自由貿易をうながす関税引き下げ、大銀行による通貨独占を排除する連邦準備制度の創設、企業による市場独占を取り締まった。
彼が大統領になるとすぐに第一次世界大戦がはじまったが、ウィルソンは参戦せず中立を守ろうとした。しかし、ドイツ軍によって船舶の無差別撃沈がはじまるに及んで、対ドイツ参戦に踏み切り、徴兵制を敷き、反戦運動や労働運動を弾圧した。
大戦中、ウィルソン大統領は、秘密外交の禁止や、国際平和機構の設立などを含む「十四か条の平和原則」を発表し、戦後、彼の提案に沿って講和会議が進められ、大戦争再発防止のための国際組織「国際連盟」が創設された。
国際連盟設立の際、日本側から「人種差別撤廃」の提案がなされたが、植民地をもつ英国や、国内に人種問題を抱える米国のウィルソンはこれを拒絶した。
また、米国議会が国際連盟加盟に反対したために、提案者ウィルソンがいる米国が参加しないという異常事態となった。
ウィルソンは当初、しだいに運動が盛り上がってきていた女性参政権に反対していたが、途中で賛成にまわり、彼の任期中に憲法修正第19条が議会を通過し、米国では女性の参政権が認められた。また、彼の任期中、禁酒法が議会を通過した。これに対し、ウィルソンは大統領の拒否権を発動したが、議会で再可決され、禁酒法は成立した。以後、禁酒法はフランクリン・ルーズヴェルト大統領に解除されるまで約13年続いた。
ウィルソンは国際連盟の創設をした功績により、63歳のときノーベル賞を受賞したが、その寸前に脳梗塞を発症し、左半身不随、言語障害などの後遺症を負った。そのため大統領との文書のやりとりはすべて夫人を通すという異常な時期をへた後、ウィルソンは大統領職から降り、1924年2月、ワシントンDCの自宅で没した。67歳だった。

ウィルソンは難読症(ディスレクシア)で、9歳まで文字が読めず、11歳まで文章を書けなかったそうだ。そのため彼は自分に猛烈な努力を課して、人並み以上に勉学に励み、博士号をとり、学長にまでなった。彼は博士号をもつ最初の米国大統領だった。
大統領時代も、世界大戦がはじまり、議会は反対ばかりで、思うようにはいかなかった。つまり、苦闘し、けっしてくじけない、祝福されるにふさわしい人生だった。
(2016年12月28日)


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