仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

寝ずの番

2018年04月09日 | ムービー
『寝ずの番』(2006年/マキノ雅彦監督)を見た。
物語は、「上方落語界の重鎮・笑満亭橋鶴(長門裕之)の病室。傍らにおかみさんの志津子(富司純子)が静かに座り、何人もの弟子達が見舞っている。総領弟子の橋次(笹野高史)、実の息子でもある橋弥(岸部一徳)、橋太(中井貴一)らは、直前に行われた手術の結果が芳しくなかったことを知り、師匠に思い残すことはないかと尋ねると、"そそが見たい"と言う。急いで橋太の嫁・茂子(木村佳乃)を呼びに行くものの、それはなんと橋次の聞き違いで・・・」という内容。
舞台は大阪で、登場人物達もコテコテの関西人の人達ばかりのはずなのだが、配役のせいなのか、言葉のせいなのか、どうにも上方っぽさが伝わってこなくて残念だった。
(-_-;)
面白かったのは、落語の演目『らくだ』のかんかん踊りをやってしまうエピソード。
もうこれはどうしようもなく無茶苦茶だ。
(^。^)
妙に下ネタ満載の作品だが、「芸術文化振興基金助成事業」なのだそうである。
原作は、中島らも(1952年~2004年)の短編小説とのことで、六代目笑福亭松鶴(1918年~1986年)師匠をモデルにしているらしいのだが、劇中、おかみさんのことを"あーちゃん"と呼んでいる場面が何回かあったので、まぁそうなんだろうなぁと思いながら見ていたのだった。

天地明察

2017年03月08日 | ムービー
『天地明察』(2012年/滝田洋二郎監督)を見た。
物語は、「江戸時代。第4代将軍・徳川家綱(染谷将太)の頃。本因坊道悦(尾藤イサオ)、安井算知(きたろう)らと共に将軍に囲碁を教える役目の安井算哲(岡田准一)は、星の観測と算術の設問を解くことが好きな男だった。形ばかりの勝負となった囲碁に次第に疑問を抱き、真剣勝負の場に身を置きたいとの願いを持つようになっていた折、家綱の後見人である会津藩主・保科正之(松本幸四郎)から、近年ズレが目立つようになってきた暦を新しいものに正すという一大事業の任につけられ、建部伝内(笹野高史)、伊藤重孝(岸部一徳)と共に国内各地での星の観測に当たるのだが・・・」という内容。
算哲の理解者である水戸光圀(中井貴一)は、「天下泰平の世は、戦う気概を忘れさせ、ぬくぬくと暮らし、羽ばたく意欲を奪う。それは新しい息吹を消すことだ。このままでは大和は滅んでしまうのぅ」(確かそのような台詞)と言う。
かつて唐の国から輸入したという"宣明暦"を800年間も使っていたというのだから、確かにそのままでは滅びの道をまっしぐらだろう。
(^。^)
唐ではその後、"大統暦"を使い、明の時代になってからは、より正しい"授時暦"が使わているということだったが、大和朝廷は、ズレが生じているのを承知しながらも、明の"授時暦"を採用しようとはしなかった。
暦の管理は朝廷の専権事項であり、また、その管理をすることで利権にあずかれる者の策略もあって、幕府といえども口出しができなかったらしい。
庶民にとっては"蝕"が1日~2日ずれようとも、さほどの一大事ではなかったのだろうが、「蝕が始まったので本日の公式行事はすべて中止とする」などという人達にとっては、正確な情報を押さえることができず、行事予定が成り立たなくなってきていたのだろう。
「天を相手に真剣勝負」という算哲には、これ以上ない舞台が与えられたわけで、村瀬えん(宮崎あおい)を何年待たせることになろうとも熱中できたわけだ。
待たされるほうはたまったものではなかっただろうが。
(^_^;)
観測台を襲撃から守ろうとして犠牲になった山崎闇斎(白井晃)と、"授時暦"の第一人者でありながらも改暦の事業に関われなかった関孝和(市川猿之助)の2人が少しばかり残念な登場人物だった。

必死剣 鳥刺し

2012年02月11日 | ムービー
『必死剣 鳥刺し』(2010年/平山秀幸監督)を見た。
物語は、「東北にある海坂藩。藩主が藩政をかえりみない贅沢な生活を続けていたことから民衆は疲弊し、百姓一揆が起こるに至った。藩主の従弟・帯屋隼人正(吉川晃司)の活躍によって一揆は収まったが、兼見三左エ門(豊川悦司)は処分覚悟で悪政の元凶である側室の連子(関めぐみ)を城内で刺殺する。妻に先立たれ生きる希望を見失っていたことから、死に場所を求めての覚悟の行動だったのだが、下された処分は、"1年の閉門並びに降格"という誰が見ても軽過ぎるものだった。姪の里尾(池脇千鶴)の世話を受け、1年間の幽閉が終わった兼見は・・・」という内容。
なんとも不条理な物語だが、これが江戸時代。
封建社会とはこういったものだったのだろう。
いや、現代でも政治に家族が口を出すことがあったりするかもしれないな。
「おとうさん、あの問題はこうしてもらわないと困るわ」なんて、いわゆるファーストレディと呼ばれる人が言い出したら、「んー、そうか」なんて話になっちゃったりするかもしれない。
少し想像力が豊か過ぎるか。
(^_^;)
まぁそれにしても、岸部一徳(津田民部役)という俳優はどんな役柄でもぴったりハマって見える人だな。
藤沢周平の原作が良いからかもしれないが、これは面白かった。

フラガール

2011年02月08日 | ムービー
『フラガール』(2006年/李相日監督)を見た。
物語は、「昭和40(1965)年。高校に通う谷川紀美子(蒼井優)は、一緒にハワイアンダンサー募集に応募しようと親友の木村早苗(徳永えり)から誘われた。国の政策転換により衰退一方の石炭業界においては、首都圏に近い福島県の常磐炭鉱も例外ではなく、人員整理を伴う事業縮小が続いていて、生き残りを賭けた会社が企画した新事業は、温泉を利用したレジャー施設"常磐ハワイアンセンター"だったのだ。しかし、周囲の目は冷たく、紀美子の母・千代(富司純子)も、兄・洋二朗(豊川悦司)ですらも、否定的だった。吉本部長(岸部一徳)は、東京から元SKD(松竹歌劇団)の平山まどか(松雪泰子)を先生として招くものの、ダンサーの応募はわずか4人だった・・・」という内容。
「殖産興業」の時代から政府の肝入りで長年続いた産業なだけに、エネルギー政策の方向転換は代々この地で生きていた多くの炭鉱従事者に影響を与えたことだろう。
常磐の炭鉱をクビになった木村清二(高橋克実)が、まだ小さい子供や家事をまかせている長女の早苗と共にここを離れるエピソードは哀しかった。
行先は夕張炭鉱。
これから向かう新天地のはずのその土地が、やがてはここと同じように閉山になってしまうことを、観衆は歴史的事実として既に知っているからだ。
そして、どこの家庭も一家の稼ぎ頭が解雇されて収入のあてが無くなり、ダンサー募集への応募者が一気に増えるのだが、それでも周囲の冷たい視線が変わらないのが少し切なく感じられる。
新しいことを始めようとする物語なのに、前向きではない哀しいエピソードが連続するのは珍しいと思うのだが、しかし、実際にあった話をドラマ化しているだけに、その辺りが現実なのだろう。
これはとても面白い作品だった。

陰陽師

2010年06月10日 | ムービー
『陰陽師』(2001年/滝田洋二郎監督)を見た。
物語は、「平安時代。謀反の疑いをかけられ無念の最期を遂げた早良親王(桓武天皇の弟)の怨霊を長岡京に封じ込め、平安京に都を移してから150年が経過した頃。都では鬼や妖怪が頻繁に姿を現し、"陰陽師(おんみょうじ)"と呼ばれる技官が特殊な術を使ってそれらを鎮めていた。陰陽師・道尊(真田広之)は朝廷からの信頼も厚かったが、それに反して自分が操る帝を作り上げたいと考え、帝(岸部一徳)と左大臣・藤原師輔(矢島健一)の娘との間に産まれた親王・敦平に呪いをかける。右近衛府中将・藤原博雅(伊藤英明)に助けを求められた陰陽師・安倍晴明(野村萬斎)は・・・」という内容。
この物語でいう所の"鬼"とは、霊魂のことを指すのではないかと思うが、始まってすぐの「平安の時代。人と鬼とが共に生きていた時代」とのナレーションが面白い。
都といえども、月明かりが無ければ夜はマッタクの暗闇だろうし、そこに人間以外の何者かがいると考えるのは普通の時代だったのだろう。
また、生きながら鬼になる女を"なまなり"と言ったそうだが、今の時代でも"生霊"等と聞くだけで少し怖い気もしてくるくらいだから、多少言い回しが変わった所で、闇や鬼を恐れる人間の心というものは平安時代も現代もあまり変わらないのかもしれない。
そして、「次の帝が誰かは興味が無い」と言いながら、しかし帝への影響力は持ちたいと考える人も、1000年前と変わらずに存在する筈だ。
(^_^;)
いろいろと面白い物語ではあったものの、続編を前提とした結末のように見えたので、それが残念だった。
実際に続編が作られたのかは知らないが。

いつか読書する日

2008年03月14日 | ムービー
『いつか読書する日』(2004年/緒方明監督)を見た。
物語は、「50歳を過ぎても独身生活を続ける大場美奈子(田中裕子)。職場の同僚に強がって見せたものの、やはり寂しい夜はある。ある日、ラジオのリクエスト番組に出した"私には大切な人がいます。でも私の気持ちは絶対に知られてはならないのです。"という投書を偶然にもその相手・高梨槐多(岸部一徳)の奥さん・容子(仁科亜季子)に聞かれ、心を悟られてしまった」という内容。
展開が遅いのに加え、認知症、児童虐待などサブストーリーが多いので、なかなか本題が進まない。
(^_^;)
サブストーリーで面白かったのは、虐待されている児童を一時保護するかどうかで開かれた緊急判定会議(?)の様子。
フローチャートを使い5~6人のチームで進めていくのだが、このケースに取り組む高梨(市役所児童福祉課)と児童福祉士(児童相談所職員)の温度差が明らかで、YesかNoかの判断の際に他のメンバーが児童福祉士の顔を覗き込む。
短いシーンだったが、このくだりは(次のシーンも含めて)興味深かった。
ただ平凡に生きたいと願う高梨の(実は)熱い一面が見えたからだ。
大場美奈子はスーパーマーケットで働く傍ら牛乳配達の仕事もしていて、高梨の家にも毎朝2本牛乳を届けているのだが、高梨と大場の接点はただそれだけ。
それなのに2人の心のつながりに気がついてしまう奥さんはまるでテレパスだ。
(^o^)
少し長いが、随分と丁寧に作りこまれた良い作品だった。