志情(しなさき)の海へ

琉球弧の潮風に吹かれこの地を掘ると世界と繋がるに違いない。世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

時速120キロの奇跡

2014-10-27 12:14:44 | 詩、詩集

            ≪でいごの枝≫     

      自速120キロの奇跡

 

君の人生でもっとも大切な三つの事って何?

それを授業の始めに学生たちに英文で書かせる第一回目の

スピーチである。毎年その中身が微妙に変わってきている変化が

時代の相なのだと納得しながら同僚の先生たちと話すのだが

2014年4月の驚きはナショナリズムだった。はじめて三つの      

大事な物の中にナショナリズムが登場した。

右傾化の表層が40人の学生たちの三つの大事な物の中に

  入ってきた。

 

 二学期、10月の驚きは「生きていること」がやってきた。

    Just being aliveだ。

 学生に聞くと、どうも120キロで走っていた車が電柱にぶつかって、         

 車が横転したものの、後部席に乗っていた友人二人共々助かった

    という話である。

  彼によると、山原の田舎道だが、急に尿意を催し、野外トイレまで

  急いで引き返していたとのことだ。そこへ猫の死骸である。

  急いでよけたら眼の前に電柱があった。 

  気が付くと車は横転し、急いで窓をこじ開けて出た。

  友人の一人は前日にも交通事故にあっていたという。

  二度命拾いしたわけで、彼はラッキーだと喜んでいたよ。

  だから、その、いま生きているだけで僕は幸せなんですよ、

    と小さな声で言った。

  男の子はその野外でションベンも簡単に思えるけど、

    まじめなのね、と言うと

  道の両脇に釣り人が結構いて、タチションはできなかったんですよ、                 

    とこたえた。

  そうなんだ。それでトイレに引き返すために猛スピードで走って、

  気がついたら猫が死んでいて電柱があったー。

  それ以上、詳細を聞かなかった。猫ね、いやよね猫の死骸はー。

  授業が終わって同僚の先生方のラウンジに戻ると、        

    クリスチャンのH先生とS先生が

   キリスト教関連のお話しをしていた。

   実はね、と割り込んで話した。猫の死骸についてである。

   するとH先生は最近多いですよね、ネコの死骸がー。

    58号線などもうぺしゃんこになって

    姿形もなくなっているらしいですよ。

    ネコは後ずさりできないんですって。            

    だから前に進むほかないらしくて、それに光に向かって

      いくらしいわね。

    後で若者に同じ話をすると、ネコは車の光を見ると

     一瞬眼がくらんで見えなくなるんだって、

     だからやられるらしいよ、とのことだった。

     そうなんだ。猫が、前を通り過ぎるのに出くわすのが多い。

     なんで公道を通るのよ、と思う。

     ネコに交通法規を教えることはできないからね。

     犬は左右を見る余裕があるみたいだけどー。

      やはり犬は猫より進化しているのね。

      猫の死骸があるとやはり私も避けている。

      轢き殺されているかもしれない死骸だが

      その上を車でさらに轢くことは心が痛む思いがする。

       優しい大学生の彼はやはり同じ思いだったのだ。

       しかし、結果として、死骸をよけて電柱にぶつかった。

         猫のたたりもあったのかしら?

       でも君はいい事をしたのよね。

         でも120キロはちょっとね、問題だ。

        確かに生き延びたことは、不幸中の幸いで、

          きっとおばあちゃんの霊が守っていたのかもね、

         と、なぜかおばあちゃんのことばがでた。

           一瞬まばゆい笑顔の母の顔が浮かんだ。

          たくさんの母の表情の中でも一番好きな表情が

            浮かんでくる。

          人は逝かなければならない。

            どんなに素敵なピーター・ジェニンさんも癌で死んだ。

          ABCの看板キャスターは永遠にそこにいるように思えた。

            しかしいつの間にかいなくなった。

            人は逝く。猫も逝った。

          通らなければいい車道に出て殺された。

          そして18歳の大学生は猫の死骸を避けようとして

          危機一髪の危険な体験をした。どことなく

            繋がっている命のサイクルに見えなくもない。

          猫の死骸がなくても120キロの運転は、危険だったかもしれない。

           しかし、ネコの死骸、避けた彼の悼みの心が

           彼をさらなる禍から救ったのだと思いたい。

                 哀悼!

           生きているすべての存在に

           感謝したい気持ちがゆるりとやってくる。

           限りある命の循環を慈しみあうこと、             

           それだけでいいのだ。

             ひたすら優しい優しい気持ちでいたい、

             などと思った学生の体験談だった。

        

        


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