電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

小川洋子『博士の愛した数式』を読む

2005年12月10日 16時12分56秒 | 読書
少し前に、小川洋子さんの『博士の愛した数式』がベストセラーのトップにあった。なんでも、書店員の人たちの推薦するベストワンだとかで興味を持ち、ちょうど機会がありこの本を入手したしだい。

物語の幕あきは、家政婦として勤め始めた女性とその息子が、博士の家で平方根を考える場面から始まる。-1のルートは?分数をようやく習ったばかりの息子に、博士は優しく根気よく問いかける。この場面に、三人のその後の関係要素が全部つまっている。
複雑な生育歴を持つ女性が母と同じように私生児を産み、生活のために家政婦として勤めた始めた家に、博士はいた。数学を日常の言葉とする天才的な学者だが、記憶が80分しかもたず、家政婦が長続きしない。L.V.ベートーヴェン家みたいなものか。

博士は子どもが好きで、女性の息子にルートという愛称をつける。博士の人間性に触れ、三人が数学や野球を媒介とした友情に結ばれる頃、突然の博士の発熱と看護、そして解雇。雇い主の未亡人は義姉にあたる人だが、博士との関係はミステリアスだ。そして対立のあとの理解。再び勤め始めた家で、息子の11歳の誕生日を祝おうと計画した。人を喜ばせることを企画し楽しむ気持ちは、80分しか記憶が持たなくとも変わらないようだ。タイマーは徐々に短くなっているというのに。

22歳になったルートとともに病院の博士を訪ねるエピローグは悲しい。だが、老いて呆けた親しい人の手を握り、別れを経験した人ならば、弱々しい腕で若者を祝福する姿をいつまでも忘れないことだろう。なぜなら、無償の愛が次の世代の心にバトンタッチされているのだから。
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6 コメント

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映画にもなりますね (よし)
2005-12-11 12:04:16
この本は知り合いの算数の先生に勧められて読みました。私は理系なんですが数学が苦手で苦労しました。そのうち社会人になって図解すれば微積分などの意味も分かるのだと気づきました。小川洋子さんは甲子園球場のある西宮の隣の芦屋にお住まいですからタイガースファンなんでしょうね。映画も面白そうです。
映画になるのですか (narkejp)
2005-12-11 15:00:48
よし さん、コメントをありがとうございます。

そうですか、映画になるのですか。それは見てみたいですね。作者のことはよく存じ上げませんが、地元であればタイガースファンもなるほどと思います。愚息も熱烈な虎キチです。

Unknown (光太郎)
2005-12-14 12:10:20
コメントとTBありがとうございます。

クラシック音楽聴くんですか。

自分も楽器吹いたりするんで聞いたりします。

またサイトにいらしてください。
光太郎さん、 (narkejp)
2005-12-14 20:41:59
コメントをありがとうございます。「東京には空がないと言う」、高村光太郎ですね。数年前になりますが、車で岩手をドライブしたとき、戦後しばらく高村光太郎が隠遁生活を送った山小屋を見学して来ました。人里から近すぎず離れすぎず、絶妙の距離感だと思いました。

どうぞ、またおいでください。

narkejpさま (きし)
2006-09-17 01:26:09
コメント、TBありがとうございました。

悲しいけれどあたたかい最後の場面は、印象深いものとして心に残っています。
きしさん、 (narkejp)
2006-09-17 11:06:10
こんにちは。最後、いい場面でしたね。

きしさんのブログ、たくさん本を読まれているご様子、興味を惹かれるタイトルが多くあります。本屋さんをふらりと歩くのも楽しいですが、本を題材にしたブログも同様です。

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