電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平原作、映画「必死剣鳥刺し」を観る

2010年08月03日 06時02分48秒 | -藤沢周平
真夏の暑い日、週末農業で果樹園の草刈りを済ませ、午後から妻と映画を観にいきました。藤沢周平原作の「必死剣鳥刺し」です。原作は、『隠し剣孤影抄』に収録された同名の作品「必死剣鳥刺し」です。もともとがハードボイルド調ですが、この映画も実に硬派のハードボイルド、殺陣で血のりがドバーッという世界です。

映画は、藩主・右京太夫と愛妾・連子が催す能舞台の場面から始まります。能が終わり、藩主らが廊下を歩いて退出する一瞬をとらえ、主人公・兼見三左エ門は、連子を刺殺します。側室が藩政に口をはさみ、藩主がそれを認めているのですから、失政が領民にはたいへんな苛政となっていても、誰もそれを止められない。ただ一人、別家の帯屋隼人正だけが、正面切って批判していました。三左エ門は、少し前に愛妻を病で失ったばかりで、子もなく身寄りもなく、ただ死に場所を探していたときに、藩政の病患である連子を刺殺することで、少しばかり死の意味を見ようとしたのでしょうか。ところが、斬首を覚悟していた三左エ門への処分は、一年間の閉門、お役御免のうえ280石の家禄を130石に減じるという、たいそう穏便なものでした。この沙汰を申し渡されたとき、三左エ門は不審に思います。それからの一年間、ひたすら謹慎する生活を支えたのは、亡き妻の姪である里尾(りお)でした。里尾は、一度嫁ぎましたが不縁になり、弟が継いだ家も居心地が悪く、叔母の看病をする形で、兼見の家の台所に居ついたのでした。老婢と二人、庭に畑を作り、野菜を育てながら食事を作り、義理の叔父・三左エ門に尽くします。やがて閉門が解かれますが、三左エ門は世間との交わりを絶ったまま、領内を見て回ります。連子を刺殺しても苛政は変わっておらず、三左エ門の疑問は深まります。責任は藩主自体にあるのではなかろうか。
そんなとき、中老・津田民部から沙汰があり、三左衛門は旧禄に復し、近習頭取を命じられます。一体なぜ?話がうますぎる。実は、藩主・右京太夫と別家の隼人正は対立の度を深めており、早晩、直心流の名手である隼人正を除かなければならない日がやってくると予想し、天心独名流の達人という三左エ門の腕を見込んで、君側に配置したのでした。ある日、隼人正は単身で城にやってきます。そのとき、三左エ門は・・・・

いやはや、すごい斬り合いです。いくらハードボイルドといっても、人畜無害の当方など、思わず目を背けるほどのドバーッ、ピューッ、ドクドク、です。
それよりもむしろ、前半から中盤にかけて、ひたすら無口で言葉には出しませんが、里尾の三左エ門への思慕があふれています。理解と洞察力に優れる三左エ門さんが、気づいていないとは言わせません。蟄居謹慎の日々の生きる力は、里尾さんから補給してもらっていたはず。それだけに、「必死剣鳥刺し」には、ともに生きたかったという、生への願いとそれを妨げた者への怨念が込められていたことでしょう。ハードボイルドと呼ぶゆえんです。



原作では、津田民部はもっと若く、「津田はまだ三十四で、三左エ門より七つも年下」とされています。映画では、いかにも狸親爺ふうに、老人という設定になっています。また、連子の政治好きも、原作では当初はかなり的確で家老たちも口出しを黙認していたことになっていますが、映画では最初から「それはないでしょう」風な悪女に描かれています。これも、わかりやすい単純化のための変更でしょう。映画では、里尾の不縁の原因は示されませんが、原作では、里尾は婚家で虐待を受け、明るい性格が、無口で頑固なものに変わっていた、とされています。三左エ門が病妻を労る姿に、自分も叔母のように愛されたいと思ったことだろうと推測されます。そうそう、鳥もちで雀をとらえる場面の一撃必中は映画オリジナルですが、思慕を告白した里尾とのただ一度の夜が一発必中なのは原作と同じです(^o^)/

この映画が一般に支持されるかどうか、やや不安な面もありますが、相当に原作に忠実に仕上がった作品であることは間違いありません。「ハードボイルド」は、藤沢周平作品の特徴の一つでもあります。その覚悟をして観るべき作品と言えましょう。



コメント (8)    この記事についてブログを書く
« マーク・トウェイン『アーサ... | トップ | 猛暑お見舞い申し上げます~... »

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
原作と映画脚本 (balaine)
2010-08-03 08:47:40
なるほど、脚本は原作にかなり忠実だったのですね。
藤沢作品は「義民が駆ける」のようなノンフィクションは大好きで2回程読み返しましたが、「剣客もの」は実は苦手でほとんど読んでおりません。
平山監督は小生と同じ福岡(戸畑とか)のご出身ですが、「魔界転生」や「学校の怪談シリーズ」のメガホンをとっている監督らしさも出ていたのではないでしょうか。
TBありがとうございました。こちらもTBさせて頂きます。
返信する
なるほど~ (kanon)
2010-08-03 10:56:02
原作をお読みになったnarkjpさんの記事を拝見していろいろ納得しました~。
とてもおもしろかったのではありますが、里尾との夜ののシーンも私的にはう~ん、あまり見たくなかった~、でもトヨエツ主演の醍醐味なのか??とか(笑)ラストの殺陣、盛大な血しぶきに、髷は落ち顔面蒼白の三左エ門が庭から這い上がって行くシーンはまるでスプラッターかホラーばりの映像で、「ここまでやるか?」とも思いましたが、もともとがハードボイルドな世界だったのですね。
藤沢作品、やっぱり凄いな~!



返信する
一発必中!! (sakurai)
2010-08-03 13:27:09
含蓄のあるお言葉です。
なんでしょねぇ、もうちょっとカッコつけてもよかったのでは。。。と思いました。
せっかくカッコつけ男の豊悦さんを配置したのですから、ざんばらになり、のたうちまわる殺陣ではなく、表現は変ですが、うそくさくてもいいから、普通のチャンバラで。
何度見ても、どれを読んでも、藤沢のつぼはチャンバラにあり!だと思ってるのですが、どうでしょう。
あたしは何気に村上弘明の用心棒シリーズが好きですわ。
返信する
balaine さん、 (narkejp)
2010-08-03 20:13:32
コメントありがとうございます。原作には、里尾さんの最後の台詞はありましたが、おむつを縫うシーンはありません。描かれないシーンを映像化するために、脚本でかなりふくらませているようです。それが、エンターテインメントよりはハードボイルドのほうに寄っている印象でした。
返信する
kanon さん、 (narkejp)
2010-08-03 20:19:11
コメントありがとうございます。原作でも、里尾さんとの間は、義理とはいえ叔父・姪の関係をあやうく越えそうな場面がしばしばあった、とされています。文章ではそれだけですむのに映像だと生々しさが出てきますので、難しいところですね~。文章表現の抽象性と映像の生々しさの加減をどうするかが、映像作家が悩むところなのでしょう。
返信する
sakurai さん、 (narkejp)
2010-08-03 20:25:35
コメントありがとうございます。いやぁ、ボキャ貧の苦しまぎれを「含蓄」などと(^o^)、お恥ずかしい(^o^)/
妻は、別家がごひいきのようですが、帯屋隼人正はどうして単独行動をしたのでしょうね。剣術に自信があったのでしょうか。そういえば、馬術シーンもほぼ単独。家臣はとてもついていけないタイプだったのか、などと想像してしまいます。描かれない面もだいぶありそうです。
返信する
5/4、BSで観賞しました (こに)
2013-05-06 13:50:05
「風の果て」以来、藤沢ファンになり、トヨエツ大好きな主人がテレビの前から離れず一緒に観ることに…。
吉川晃司さんの別家との斬り合いには思わず力が入りました。
岸部一徳さんの憎々しい無表情もなんとも言えず。
ラストの絶対に来ることのない兼見を待ち続ける里尾の姿が切なかったです。
主人「藤沢周平はいい」
narkeipさんのお陰です。<m(__)m>
返信する
こに さん、 (narkejp)
2013-05-06 20:03:07
コメントありがとうございます。ご主人と一緒に、藤沢周平作品の映画をごらんになれて、良かったですね~。派手な流血の場面はいかにもハードボイルドですが、里尾さんとの抑制した関係が一転する場面など、情感もドキドキも十分にありました(^o^)/
>主人「藤沢周平はいい」
>narkeipさんのお陰です。
おお、そう言っていただけて、嬉しいです。ブロガー冥利ですね~(^o^)/
返信する

コメントを投稿

-藤沢周平」カテゴリの最新記事