そらみつ みそら file  〜To Provide You With Unity〜

こころとからだについて、気がついたことを書いていきます

磐座をめぐる一日 3

2016-05-19 10:10:51 | 旅の記録

松尾大社と出雲大神宮は、京都市を西側で区切る山の連なりの東端と西端に位置します。

そして出雲大神宮は松尾大社のちょうど北西にあたります。

 

出雲大神宮に近づくにつれ、いろいろなエネルギーがかなり忙しく動いているのが感じられました。

その日だけの現象かもしれません。

 

拝殿付近には、風雲急を告げる状況に慌てているエネルギーも感じられました。

 

拝殿向かって右側から上がっていくと磐座の方面です。

その途中の上の社。

素戔嗚尊が御祭神です。

この付近も忙しく、上っていくエネルギーも感じられます。

 

いよいよ磐座への入り口です。

この御神体山は「御影山」というそうです。

この辺りに来ると非常に落ち着きが感じられてきました。

 

 

曇天をバックにした新緑も美しい。

 

磐座です。

国常立尊が鎮座されているということです。

 

 

『長らくお待たせしました。

答えを明かして。

神の波及効果。』

 

『7の位置にくる。

遺伝子の?(スイッチが)オンになる。

天皇制がここまでくるとバンザイだ。』

 

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磐座をめぐる一日 2

2016-05-18 08:29:27 | 旅の記録

当日の明け方は姫路のホテルの窓を激しく打ち付ける雨の音で目が覚めました。

大気の不安定な状態の日で、予報でも昼前まで雨とされていました。

松尾大社に到着した時は生ぬるい風が吹いていましたが、雨は止んだ状態でした。


磐座には神社からのみ入山できるようになっており、天候によっては入山が制限されるとのことでしたから、神社の方に聞き

「大丈夫ですよ。」

と言われ安心したのでした。

 

まず拝殿に挨拶します。


やはり富士山から、またここからどこかへの「つながり」を感じます。

訳のわからなかったビジョンは、横から見た五段の階段に、力士のような大きな人が一段に一人ずついるものでした。

 

入山受付では全員の名前を記入し、白いたすきをもらい、首からかけます。

また、竹でできた杖を渡されました。

登り始めてすぐの階段に、先ほどまで荒天だったせいで、7、8メートルほどの高さの木が倒れ、道をふさいでいました。

時間も早かったせいでしょうか、様々な条件が人払のように遮っていたのかもしれません。

 

30分足らずで磐座に到着。

神威が漂います。

計り知れない力を感じます。

 

意外な言葉がありました。

海外のある聖地が閉じ始めるというものです。

富士山とつながっているという人も多い場所なのですが、もしかしたら富士山のエネルギーの変化と関係があるのかもしれません。

また、その日の全ての神事が終わってからですが、そのことにより

『グランドデザインが出来上がる。』

と伝えてきました。

 

ご神域では一切写真撮影が禁じられていました。

神社のウェブサイトに美しい磐座の写真が載っています。

<松尾大社のウェブサイト>

 

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磐座をめぐる一日 1

2016-05-17 08:16:18 | 旅の記録

5月11日に、亀岡にある出雲大神宮と、西宮にある越木岩神社を回ることにしていました。

きっかけは京都のSさんでした。

Sさんは70歳代の女性で、ポーセリンアートの講師のかたわら、エネルギーを注入した塩や水を作り、縁ある方々に分けて差し上げています。

その水を作るために使用しているのが、出雲大神宮のご神水なのです。

Sさんに

「出雲大神宮の崇神天皇の社が気になるのですがどう思われますか?」

と尋ねられ、一度行ってみるのが良いように思ったのでした。

 

また、ある方に越木岩神社に行くようにお勧めし、後でその神社のウェブサイトを開いた瞬間頭がグラグラしてしまったのが、越木岩神社を道程に加えた理由です。

 

もともとその二社を中心にゆっくり回ろうと計画していたのですが、5月2日の富士山五合目で

『松尾山に来い』

と伝えられたことから、まず松尾大社から参拝することにしました。

松尾大社は大宝元年(西暦701年)に社殿が創建された京都で最古の神社の一つです。

祭神は大山咋神。

神社の人から聞いた話では、同じ神を祀る、比叡山の麓の日吉大社が京都の表鬼門、松尾大社が裏鬼門の守りとなっているそうです。

社殿の背後にある松尾山の頂上付近の斜面にある巨大な岩石が古代の磐座で、社殿ができる前はここが祭祀の場所でした。

 

『松尾山に来い』

ですから、山に登り磐座に参拝することになります。

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もう一度富士山へ 3

2016-05-16 09:02:41 | 旅の記録

大嶽山那賀都神社にご一緒したMさんも同行です。

富士宮のIさんの宿泊していた民宿に集合して車を一台にまとめ、出発しました。

『まず五合目に上がるのが先』

と伝えられていました。

 

富士スバルラインの五合目までの道は、4月28日に通行止め解除になったばかりでした。

ゴールデンウィークに入ったこともあって、料金所入り口はかなりの混雑です。

四合目を過ぎたあたりからは雪が残っている場所もあります。

 

吉田口五合目、小御嶽神社です。

 

『黒牛に会う。』

『山体が大きく動く。』

『出

自らの御意志で。』

『松尾山に来い』

 

と、ポツポツと少しずつ降りてきました。

 

そして、

『下を見ながら』

と聞こえてきたので、神社の右後方、急斜面になっているところに回りました。

斜面を見下ろして静かに聞いていると、

『富士、通す。』

と伝えてきました。

 

一転、富士山は雲に覆われました。

この日、この瞬間だけでした。

 

観光客の多い五合目を離れ、少し下がったところにある奥庭と呼ばれる場所に向かいます。

奥庭は土地の人が「天狗の庭」と呼び、昔富士山に住む天狗が日夜この庭で遊んだ、とされる場所です。

奥庭展望台が2200メートルということでしたから、そこに向かうまでに伝えられていた『2,141m』に近くなってきます。

しかし、こちらでは特に何も感じられることはありませんでした。

ただ、見上げる富士山は五合目からよりも雄大で暖かく包んでくれるかのようでした。

 

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もう一度富士山へ 2

2016-05-14 10:25:28 | 旅の記録

富士山について、自分で受けた言葉を二人の方が伝えてくださっていました。

 

ある女性は、3月24日に

『コノハナサクヤヒメ 

富士の中腹にいます

民衆の救済』

と伝えられたことをお知らせくださいました。

標高2,141mは富士山の中腹に違いありません。

 

もう一人は、先日わたしが

『ナガトの門が開いている。』

とお伝えしたUさんです。

<熊本の地震から導かれて 2>

Uさんからの5月1日のメールは

『先生のブログ見せていただいてます。長門が那賀都神社のことだったんですね。予想もしませんでした。

私のめまい、ふらつきも、地震の後、すごく軽くなったと感じてます。

(中略)

富士山は、古富士の裂け目、綺麗な水流がもぐってて、かなりの水量です。この水が流れていく海?湾?も気になります。

龍が何かを見詰めて天をあおいでます。』

 

この言葉には引っかかるものを感じました。

これは富士山の南側ではなく、北側ではないか?と感じたのです。

2日の朝、家を出てからUさんに電話で確認しました。

Uさんの答えもやはり北側でした。

となると、富士吉田からスバルラインを使っての五合目です。


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もう一度富士山へ 1

2016-05-06 15:30:37 | 旅の記録

4月上旬の時点で、5月2日にもう一度富士山方面に行くことにしていました。

福岡のIさん一家がゴールデンウィークを利用して富士山周辺を回るのを案内して差し上げるつもりだったのです。

Iさんが富士山まで出てこられたのは、わたしが伝えた言葉にあった場所に行くことが目的にありました。

ちょうどいい機会だったので一日を割いて、ご一緒しようと考えていたのです。

 

4月21日に聞こえてきた言葉として

『4と4に来ている。

地層はいくつかずらすことにしている。

今まで支えてきたものの破壊。

完治は無理。

ボトムズアップ。

人間世界への理解が進む。

富士山は暴力的にはならない。』

<熊本の地震から導かれて 5>

を紹介しましたが、その後に

『(富士山の)2,141mのところ。』

という言葉が続いていました。

富士山五合目はだいたい標高2,200mから2,300メートルにあると記憶していましたから、Iさんたちを五合目に案内すれば、伝えてきている辺りに近くなると考えました。

 

Iさん一家は前日富士宮に宿を取っており、2日は夕方に浜松まで車で移動です。

富士山には五合目まで車で到る道が3ヶ所あります。

Iさんが宿をとった富士宮から上がれる新五合目を回れば目的は達せられるのではと考えました。

メッセージで伝えられていた村山浅間神社と合わせて回って、時間の余裕はありそうです。

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2016年4月24日に聞こえてきた言葉

2016-05-04 11:57:41 | 未来の創造

今年4月24日にある女性から聞こえてきた言葉です。

 

『人の中のヘビが出てくる。

十字を切ることにする。

4月上旬から始まっている。

人間がしがらみから抜ける。』

 

『徹底的に固まりを解け。

古の秘密が生きている。

それが今の時代に生命を誕生させる。

17よりその方向になってきた。

16には良くなっている。

忘れられかけた古い形が動き出そうとしている。

枠の鍵を外すことに成功している。

大きな祓い。

五次元。もっと成熟した社会。

時計の針を元に戻すことはできない。』

 

伊豆諸島の奥が非常に動いているのを感じます。

『過去からの解放。

呪術の解除。

命令された未来が動く。

時代の縄を外せ。

封印を解くときがきた。』

 

また、最後にも伊豆諸島の地下から出てきているものを感じます。

『アップサイドダウン。

霊体がどんどん出てくる。

みんな吊り上げられた。

これを目印にと。』

 

 

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封印が解けてきている 4 船津胎内

2016-05-03 14:32:58 | 旅の記録

吉田胎内で2時間以上過ごしたことになります。

目立った言葉などはありませんでしたが今日は十分だろうと思い、帰ることにしました。

車に乗り、目と鼻の先ほどの距離の船津胎内のある河口湖フィールドセンターの横を通り過ぎようとすると

「止まれ。」

こちらも寄って行った方が良いようです。

 

船津胎内神社は何度も行っていて勝手がわかっています。

フィールドセンターで拝観料を支払い、洞窟入り口でまず参拝。

そして中に入っていきます。

 

船津胎内樹形は「母の胎内」と「父の胎内」にわかれます。

「母の胎内」にコノハナサクヤヒメをまつり、「父の胎内」にその夫神のニニギノミコトをまつっています。

「母の胎内」への通路は狭く、低くしゃがんでやっと頭が通れる高さで、少しぬかるんでいます。

這って歩くと膝が泥だらけになりますから兎跳びのような格好をしながら両足を片方ずつ前に進ませることになります。

 

神像からは柔らかさが感じられ、懐かしさも覚えます。

『扉が開く。

魔の宿が取れる。

ふさがっていたものが開こうとしている。』

やはりこれまでと同じ方向性の言葉が降りてきます。

 

一礼して、神像の前から去ろうとした時、象の左胸が鈍く光って見えました。

さっき神前に来たときは向かう角度が違ったので気付かなかったのですが、その光は目の錯覚やいわゆるビジョンではなく実在のものでした。

近寄ってよく見ると、桜の花びらが一つ、両手を祈る形に組んだ左前腕に乗せられるように置いてあるので、ちょうど左胸のところがピンクに見えたのです。

 

また桜の花びらです。

ドキッとして体が熱くなりました。

花びらは明らかに誰かの手によって持ち込まれたものに違いありませんが、先日の血洗の滝から続くメッセージを感じました。

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封印が解けてきている 3 吉田胎内

2016-05-01 09:50:11 | 旅の記録

4月の上旬に見た夢です。

横に伸びた狭い穴の中を腹ばいになって進むと一番奥に石の祠があるのです。

その穴は横から透けて見えていて、見ているのもわたし、這っているのもわたしです。

そしてその穴の上、地上には雪が積もっています。

 

夢の中でか、それとも夢から覚めてからのことか、これはコノハナサクヤヒメに会うのだと感じます。

富士山の胎内洞窟を思ったのです。

 

2012年3月末に富士山のまわりを巡った際に吉田胎内に行くことを現地で考えたのですが、その時は林は雪に覆われていました。

また、調べると吉田胎内神社は年に一度、4月29日の祭りの日にだけ公開されることがわかりました。

 

大嶽山那賀都神社に参拝した後、やはり4月29日は吉田胎内に行ってみようと考えました。

大祭は11時からとなっています。

 

吉田胎内神社は富士山五合目まで伸びる富士スバルラインの入り口近くにあります。

しかし、どこから歩いて入っていくのかがわかりません。

近辺の道を集団で歩いている人があったのでたずねると、

「この道沿いに階段があり、そこから行くんです。」

 

急いで近隣に車を停め、もう一度車道に出てくると、先ほどはいくつかあった歩いている集団が全くなくなっています。

10時半を過ぎ、祭りの現場にもう到着しようとする人がほとんどなのでしょう。

心細いながら先に進むと、さっき車で一巡りした時に見落としていた階段と鳥居がありました。

 

林に入っていきます。

足元は悪くないのですが、木と木の間隔が微妙で、通路なのかそうでないのか曖昧です。

祭りのノボリや散在する小さな木製の看板が目印なのですが、それも場所によっては見失いかねない距離に離れています。


そのせいで二回、来た道をたどって確認する羽目になりました。

大祭に参加する方はきっと毎年の行事で慣れているのでしょう。

鳥居にたどり着いた時はホッとしました。

 


100人程の人が集まっていました。


参道左側に物置小屋があり、その前に折りたたみ机が用意され、白い法被を着た人が立っています。

机の上に初穂料を置くお盆があり、みな納めるのだと思ったわたしも慌てて裸のままの五千円札を出しました。

「無理にじゃないからいいんですよ。」

とおっしゃってくださったのですが、どうしてもそうしたい気持ちです。

遅ればせながら集団の中に入って祭礼が始まるのを待っていると先ほどの係の男性がやってきて、

「玉串奉奠をしていただくので、前の方へどうぞ。」

これはありがたいことでしたが、わたしはその日、なんとなく白装束で行った方がいいという自分の勘を封じて普通の格好で行ってしまったため、玉串奉奠の時には少し気まずい思いをしました。

各地から集まった富士講の方々は御朱印のようなサインの多く書かれた年季の入った法被姿、地元の市長、観光業の組合の方々はスーツ姿です。

法螺貝を背にした山伏姿の方々も集まっています。

 

北口本宮の神職が導いての神事の後、富士講の方々による神事が始まります。

お焚き上げと先に聞いていた儀式は、白い布に塩を厚く盛った上に線香を立てかけて行っていました。


長老らしい男性が文字が書かれた半紙を炎の上に掲げながら皆で真言を唱えます。

勢いよく火がついた半紙は男性の手を離れ燃えながら風に乗って高く上がります。

横で見ていたわたしのちょうど上で静止した時、半紙は灰になりながらまだ細かなオレンジが多数点滅していましたから、そのまま降りてきたらどのように避けようかと余分なことを考えていると、そのまま灰は後方に上がっていき、樹上高いところで分解しました。

 

お焚き上げが終わると、塩と線香ごと白い布でざっくりと包み上げ、その場でゴツゴツと台に叩きつけてならし、順番を待つ信者さんの背中に次々と押し付けます。


以前、石鎚山の山開きの神事に参加させて頂いた時に木の神像が入った箱を押し当てられたのと似たやり方でした。

信者さんが終わると一般の方々もゴザの上に靴を脱いで正座して順番を待ちましたが、今回はわたしはなんとなく遠慮しました。

 

この神事の間からは胎内洞窟の中に入らせていただけます。

日本洞窟学会の方がヘッドライト付きのヘルメットや軍手を用意してくださっていました。

わたしが入ったのはほぼ最後の方でした。

左右にロウソクが灯され、最低限の明かりが確保されています。

 

突き当たりに小さな石の祠がありました。

わたしが夢で見たものはやはりこれだったと思います。

 

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封印が解けてきている 2

2016-04-30 10:29:40 | 旅の記録

石上布都御魂神社から北東の方向にある血洗の滝に向かいます。

おどろおどろしい名前ですが、素戔嗚尊がヤマタノオロチを斬った剣を洗い、滝の水で身を清めたことが由来です。

つまり石上布都御魂神社とはストーリーがつながっているのです。

 

以前に来たのはやはり12、3年前だったと記憶していますが、当時はなんだか暗い印象でした。

「マムシ出没注意」の看板があったことがやけに思い出されます。

 

坂を下りきって鳥居の前まで来ると気温が数度変わり、清涼な風が吹いてきます。

ちょうど鳥居が聖域と外を分ける境界線になっているようです。

今日は晴れやかで、数年前の台風で壊れた社の廃材が片隅に積み上げられていましたが、寂しい感じもありません。

 

足元に気をつけながら滝の眼の前まで歩いてみました。

ごく細かな水しぶきが素肌に柔らかく触れてきます。

 

幾つかの祝詞を読みました。

Yさんが

「龍神祝詞もあげてください。」

とおっしゃるので読んでいると、小さな社の前のしめ縄がパラっと解けるビジョンが見えました。

滝に向かっているのですから社そのものもビジョンです。

ほんの一瞬の出来事ですが、やはり何かの封印が解けていることを示しているように思います。

 

車に戻ってから

「最近気になるのはコノハナサクヤヒメだよね。」

とYさんに伝えると、

「桜のようなピンクの花びらがたくさん舞ってきたのが印象的だったからやはりそうだと思います。」

その瞬間、さっきタブレット端末のカバーを開けたときに、ピンクの花びらが挟まっていて驚いたことを思い出しました。

滝壺の前でメモをテキスト入力して、カバーをパタンと閉めるときに挟まったらしいのですが、案外気がつかずに滑り込むことに驚いたのみで、そんな示唆とは取らずにいたのです。

 

神事の翌日のYさんのメールです。

<今日、偶然にも違う場所でお二人の霊感ある女性から瀬織津姫の話がでました。昨日の血洗いの滝での出来事をお話するとお二人とも全く同じ事を言われました。

瀬織津姫のカラーはピンクと水色で滝に白龍、ピンクと桜(花)は間違いなく瀬織津姫を解放されたのだと。その印しが花びらだそうです。そしてコノハナサクヤ姫、磐長姫も瀬織津姫の分御霊だそうです。>

 

 

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