京都仏教会企画・京都非公開文化財特別拝観 その一 2008/3/9~10
クラブツーリズム『京都仏教会企画・京都非公開文化財特別拝観』ツアーに参加した。即成院・龍安寺・聖護院・金閣寺・萬福寺・平等院だけをゆっくり参拝するツアー。

3月9日東京9:03[のぞみ113]
京都11:23
即成院[そくじょういん]
泉桶寺塔頭[本堂内陣「現世極楽浄土」特別拝観、重文二十五菩薩拝観] 真言宗泉桶寺派 浄土信仰=臨終に際し阿弥陀如来は25菩薩とともに迎えに来て極楽浄土に導いてくれるとの信仰。
門 本堂

阿弥陀如来と25菩薩 二十五菩薩お練り供養の時使われる面[手に取り被っての写真撮影まで許可]
二十五菩薩の奏でる楽器
]
那須与一の墓本山・泉涌寺の門[即成院門のすぐ右にある 太っ腹のご住職は、写真撮影を認めてくれた。
那須与一は、その後僧となり、源平戦争で死んだ人々を慰霊したという。
龍安寺[仏殿、茶室「蔵六庵」特別拝観] 龍安寺は有名な臨済宗妙心寺派の禅寺である。境内は実に広大で、ここに紹介したものはごく一部である。世界文化遺産に登録されている。龍安寺のホームページはとても洒落ている。
山門 庫裡

方丈の間の襖絵[非公開] 石庭=75坪、25m×10m~塀が奧に行くに従って低くなる、遠近法で広さを作る。

石庭模型 掛け軸を作るための部屋[天井が高い]

茶室蔵六庵[非公開]
つくばい(=うずくまって手を洗うところ)

真ん中に口・上に吾、右に唯、下に足、左に知るの口を取った字が、「ワレタダタルヲシル」こちらがオリジナル[非公開]
公開されている“つくばい”=レプリカ 石庭を外から見る[白壁、茶色塀の向こうが石庭]

パゴダ[仏塔・ビルマ戦線供養塔] パゴダを臨む[真ん中の白いもの]、広い境内は苔むした道と木々が連なる。

鏡容池[左側に石庭がある] 大弁財天[鏡容池に浮かぶ辨天島にある]

龍安寺式垣根 一般参観と特別参観はスリッパの色が違う。

聖護院門跡[重文書院、本尊・不動明王像特別拝観]
聖護院は二つの個性を持つ、一つは天皇家の門跡[もんぜき]=天皇家が出家・住んだ寺ということと、開祖・役行者[えんのぎょうじゃ]由来の修験道・山伏の総本山であること。崖から吊される修行や滝修行などは良く知られている。天皇家の宗教は神道である、それが門跡をも持つのは意味があることだと思う。私の想像では、天皇家=支配層は、神道・仏教をめぐって分裂したし、その合流を目指したものもいた=神仏習合、また、一方がダメになった時の補助として仏教も準備する、と言うしたたかさも、そして、神道に対して仏教界の方が力があったので、その力を取りいれるために、門跡を積極的に作ったのだと思う。だが、日本の民衆は、仏教、天皇家神道のどちらにも組みせず、八百万にこそ根強い信仰を持っていたのではないだろうか。山伏・山岳信仰は仏教と言うより、民衆の土着信仰に近い。いずれにしろ、民衆は天皇家神道信仰=伊勢神宮より、熊野三山信仰=仏教と八百万の神の融合を目指した信仰に近しさを感じたのではないだろうか。
門 庭

不動堂 藤原孝子[後醍醐天皇中宮]の書院

聖護院内は多くが撮影禁止であった。不道明王=右手に剣・左手に索縄を持ち、忿怒[ふんぬ]の姿で火焔に立つ、剣は善悪を区別し、心の中の悪を縛るという。日本では、不動明王信仰も根強い。これは、仏教信仰と土着の火之神信仰の融合ではないだろうか。 ~京都全日空ホテル泊 二条城のすぐ前にあった。ホテルの食事は予約しないで、外の居酒屋に出かけた。朝食は、洋食はバイキングだったので、日本定食を選んだ。これはちょうど良い量であった。ただ、牛乳とヨーグルトがなかったのでコンビニに買いに行った。
3月10日 金閣寺[鏡湖西側庭園・本堂特別拝観]
金閣寺は俗称で、正式名は鹿苑寺[ろくおんじ]というが、臨済宗相国寺派の禅寺だ。ここの境内も広大である。9時の開門とともに入場、しばらくして雨が降ってきた。一般には開放されていない書院内の襖絵などを見た。やたらに赤外線のようなセンサーがあって、ピーピー鳴ってうるさかった。平成になって書かれた絵なのにである。もちろん写真撮影は禁止である。また、一般にも開放されていない、鏡湖池西側を通った。ここは湖面に映る金閣寺を撮影できる。
総門 舟形・一文字蹲踞[つくばい]

イチイガシの木 方丈の石庭、背後は鏡湖池

庫裡内井戸 陸舟の松[りくしゅうのまつ]

方丈を外から 金閣寺
龍門滝・鯉魚石

夕佳亭[せっかてい] 不動堂

萬福寺[東方丈特別拝観、大雄宝殿他拝観] 中国人の隠元禅師が開いた、黄檗宗[おうばく][禅宗]の総本山。臨済宗・曹洞宗・黄檗宗を日本三禅宗という。独特の雰囲気・伽藍配置を持つ。建造物は中国明朝様式であり、三門を過ぎると一直線に天王殿・大雄宝殿・法堂などが立ち、その周りを回廊のように入りいリナ伽藍が取り囲み、また、毎日誦まれるお経は黄檗唐音で発音されるという。何より気持ちよかったのは、全て写真撮影しても良いという、大陸的というような鷹揚さであった。
総門 三門

天王殿 布袋尊[中国実在の僧でお酒が大好きだったという]

斉堂[食堂]と開版[かいぱん]~木魚の原形となっているもので、時を知らせる(左端)。

容量を超えたので、次に続く
クラブツーリズム『京都仏教会企画・京都非公開文化財特別拝観』ツアーに参加した。即成院・龍安寺・聖護院・金閣寺・萬福寺・平等院だけをゆっくり参拝するツアー。

3月9日東京9:03[のぞみ113]

即成院[そくじょういん]
泉桶寺塔頭[本堂内陣「現世極楽浄土」特別拝観、重文二十五菩薩拝観] 真言宗泉桶寺派 浄土信仰=臨終に際し阿弥陀如来は25菩薩とともに迎えに来て極楽浄土に導いてくれるとの信仰。
門 本堂


阿弥陀如来と25菩薩 二十五菩薩お練り供養の時使われる面[手に取り被っての写真撮影まで許可]


二十五菩薩の奏でる楽器
]


那須与一の墓本山・泉涌寺の門[即成院門のすぐ右にある 太っ腹のご住職は、写真撮影を認めてくれた。


那須与一は、その後僧となり、源平戦争で死んだ人々を慰霊したという。
龍安寺[仏殿、茶室「蔵六庵」特別拝観] 龍安寺は有名な臨済宗妙心寺派の禅寺である。境内は実に広大で、ここに紹介したものはごく一部である。世界文化遺産に登録されている。龍安寺のホームページはとても洒落ている。
山門 庫裡


方丈の間の襖絵[非公開] 石庭=75坪、25m×10m~塀が奧に行くに従って低くなる、遠近法で広さを作る。


石庭模型 掛け軸を作るための部屋[天井が高い]


茶室蔵六庵[非公開]


つくばい(=うずくまって手を洗うところ)


真ん中に口・上に吾、右に唯、下に足、左に知るの口を取った字が、「ワレタダタルヲシル」こちらがオリジナル[非公開]
公開されている“つくばい”=レプリカ 石庭を外から見る[白壁、茶色塀の向こうが石庭]


パゴダ[仏塔・ビルマ戦線供養塔] パゴダを臨む[真ん中の白いもの]、広い境内は苔むした道と木々が連なる。


鏡容池[左側に石庭がある] 大弁財天[鏡容池に浮かぶ辨天島にある]


龍安寺式垣根 一般参観と特別参観はスリッパの色が違う。

聖護院門跡[重文書院、本尊・不動明王像特別拝観]
聖護院は二つの個性を持つ、一つは天皇家の門跡[もんぜき]=天皇家が出家・住んだ寺ということと、開祖・役行者[えんのぎょうじゃ]由来の修験道・山伏の総本山であること。崖から吊される修行や滝修行などは良く知られている。天皇家の宗教は神道である、それが門跡をも持つのは意味があることだと思う。私の想像では、天皇家=支配層は、神道・仏教をめぐって分裂したし、その合流を目指したものもいた=神仏習合、また、一方がダメになった時の補助として仏教も準備する、と言うしたたかさも、そして、神道に対して仏教界の方が力があったので、その力を取りいれるために、門跡を積極的に作ったのだと思う。だが、日本の民衆は、仏教、天皇家神道のどちらにも組みせず、八百万にこそ根強い信仰を持っていたのではないだろうか。山伏・山岳信仰は仏教と言うより、民衆の土着信仰に近い。いずれにしろ、民衆は天皇家神道信仰=伊勢神宮より、熊野三山信仰=仏教と八百万の神の融合を目指した信仰に近しさを感じたのではないだろうか。
門 庭


不動堂 藤原孝子[後醍醐天皇中宮]の書院


聖護院内は多くが撮影禁止であった。不道明王=右手に剣・左手に索縄を持ち、忿怒[ふんぬ]の姿で火焔に立つ、剣は善悪を区別し、心の中の悪を縛るという。日本では、不動明王信仰も根強い。これは、仏教信仰と土着の火之神信仰の融合ではないだろうか。 ~京都全日空ホテル泊 二条城のすぐ前にあった。ホテルの食事は予約しないで、外の居酒屋に出かけた。朝食は、洋食はバイキングだったので、日本定食を選んだ。これはちょうど良い量であった。ただ、牛乳とヨーグルトがなかったのでコンビニに買いに行った。
3月10日 金閣寺[鏡湖西側庭園・本堂特別拝観]
金閣寺は俗称で、正式名は鹿苑寺[ろくおんじ]というが、臨済宗相国寺派の禅寺だ。ここの境内も広大である。9時の開門とともに入場、しばらくして雨が降ってきた。一般には開放されていない書院内の襖絵などを見た。やたらに赤外線のようなセンサーがあって、ピーピー鳴ってうるさかった。平成になって書かれた絵なのにである。もちろん写真撮影は禁止である。また、一般にも開放されていない、鏡湖池西側を通った。ここは湖面に映る金閣寺を撮影できる。
総門 舟形・一文字蹲踞[つくばい]


イチイガシの木 方丈の石庭、背後は鏡湖池


庫裡内井戸 陸舟の松[りくしゅうのまつ]


方丈を外から 金閣寺


龍門滝・鯉魚石


夕佳亭[せっかてい] 不動堂


萬福寺[東方丈特別拝観、大雄宝殿他拝観] 中国人の隠元禅師が開いた、黄檗宗[おうばく][禅宗]の総本山。臨済宗・曹洞宗・黄檗宗を日本三禅宗という。独特の雰囲気・伽藍配置を持つ。建造物は中国明朝様式であり、三門を過ぎると一直線に天王殿・大雄宝殿・法堂などが立ち、その周りを回廊のように入りいリナ伽藍が取り囲み、また、毎日誦まれるお経は黄檗唐音で発音されるという。何より気持ちよかったのは、全て写真撮影しても良いという、大陸的というような鷹揚さであった。
総門 三門


天王殿 布袋尊[中国実在の僧でお酒が大好きだったという]


斉堂[食堂]と開版[かいぱん]~木魚の原形となっているもので、時を知らせる(左端)。


容量を超えたので、次に続く