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人間の尊厳と被害者の人権

2017-07-28 23:17:56 | 政治
津久井やまゆり園で起きた大量殺戮から1年が経過しました。被害者の鎮魂と共に、現実離れをした凄まじい事実と

向き合う事になりますが、どことなくよそよそしくもあり、事件の核心には触れず被害者の慰問で済んでしまいそうな

感じはあります。今の社会が被害者、加害者共々に精神障碍者に対して過保護にし過ぎた結果だと結論づける場合が多い。

知的障害者が多数死亡した事件とするか、精神障碍者が多数の人を殺した事件とみるかで大きく事の成り行きが変わってくる。

地下鉄サリン事件でも死亡者が13人ですから、この事件の19人の殺害はかなりの大きさだと思う。しかしその反面

寝ている障害者を刃物で刺すだけの行為にそれ程の労力は必要なかったのかもしれない。それ位に死んだ人は無抵抗だった。

何せ患者の多くは知的障害を持つ人で高齢者も含まれるのだから、狙われた人がもっと健全な人ならば、植松は19人も殺害

できなかっただろう。最も重要なのは知的障害者の人間としての尊厳で有るのと同時に精神障碍者の刑事罰責任だと思う。

これを取り違えて知的障害者の存在意義と加害者の人権にしてしまった場合には悪意としか受け止められない。魂の救済などと

身勝手に都合の良いボキャブラリーの変換などをしていたら、精神病である前に人間性を疑われる。


この事件の前に植松が他傷する恐れがあるとして措置入院を決めた事が非常に救いになるはずが、問題点は措置入院になっている。

措置入院の不備を批判するのは間違いだ。それどころかもっと措置入院を活用する方が望ましいと思う。





コメント
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