南斗屋のブログ

基本、月曜と木曜に更新します

岩川隆「神を信ぜず」と井上忠男

2022年01月27日 | 横浜BC級戦犯裁判
(岩川隆)
「神を信ぜずーBC級戦犯の墓碑銘」という本があります。
 著者は、ノンフィクション作家の岩川隆。
私が手にしたのは、中公文庫版(1978年)です。もともとは、1975年に週間文春誌上に連載されたものです。立風書房から1976年に出版されたのですが、その後中公文庫からの発刊となっています。
 岩川さんは、BC級戦犯について熱心に取り組んでおられて、この著作を筆頭に、
「多くを語らず 生きている戦犯」
「孤島の土となるとも BC級戦犯裁判」
を著しています。

(武士道裁判)
「神を信ぜず」では、BC級戦犯横浜裁判に取材し、3件の事件を取り上げておりますが、トップに取り上げられているのが、武士道裁判と呼ばれている事件です。
岩川さんは、BC級戦犯に興味を持ったきっかけについて書いています。
「最初は古来の武士道がはじめて西欧の論理によって裁かれたいわゆる『武士道裁判』に興味をもったのがきっかけだった」(同書あとがき)
 最初のきっかけだけあり、「神を信ぜず」では、武士道裁判だけで100頁もほボリュームがあります。

(資料の収集)
 岩川さんがBC級戦犯について書こうとしたときに、まず驚いたのが、資料の少なさでした。
「まず驚いたのはBC級戦犯裁判に関する正確な記録がほとんど残されていないことである」(同書あとがき)
 岩川さんが資料収集の取っ掛かりとしたのは研究者でしたが、情報はジャーナリストらしく足で稼がれたようです。
「私はこの分野の数少ない研究者である井上忠男氏や筑波常治氏などのご指導を得て資料を蒐めるいっぽう、体験者たちをまず足で訪ね歩くことからはじめた」
 ここで名前のあがっている井上忠男さんという方は、元軍人(陸軍中佐)で、戦後は法務省参与として、戦犯裁判の資料の収集にあたっていた方です。
 武士道裁判の資料を見るために、国立公文書館に行って、所蔵資料を読んだのですが、その中に井上さんが、戦犯裁判の被告人だった方に聴き取りをされた記録が入っていました。
 聴き取り調査は、A級戦犯についても行われており、法務省の事業だったようです
「聞き取り調査は法務省の事業として戦犯裁判資料の収集作業を続けてきた豊田隈雄元海軍大佐、井上忠男元陸軍中佐らが行った。木戸幸一元内大臣、畑俊六元陸軍大臣ら生存していたA級戦犯12人全員から話を聞いたという。」(2010年8月18日日経新聞)

武士道裁判の概要については、以前書いたものもありますので(過去記事)、ご興味のある方はご参照ください。

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市長交際費訴訟は、武蔵野市長交際費事件最高裁判決で変わってきた

2022年01月24日 | 地方自治体と法律
(市長交際費と住民訴訟)
 市長交際費の適法性というのは、以前は住民訴訟で争われたテーマであったが、武蔵野市長交際費事件最高裁判決(最高裁平成18年12月1日判決・民集60・10・3847)がでた影響もあってのことだと思われますが、住民訴訟のテーマとにはならなくなったのかなという印象です。
 こんな因果関係でしょうか。
 武蔵野市長交際費事件最高裁判決
⇒最高裁で交際費が適法とされる基準が明示される
⇒自治体で交際費基準が決められる
⇒自治体は基準に従った支出を行う
⇒自治体の交際費基準や実際の交際費支出をホームページなどでオープンにする運用も定着。

(自治体の交際費基準がある場合の裁判所の判断)
 裁判所も、自治体が策定している交際費基準がありますと、その交際費基準に従って交際費の支払いがなされたか否かという判断を行うようになりました。
 例えば、横浜地裁平成26年12月24日判決(判例地方自治407・26)は、交際費支出基準が合理性を有すると評価できれば、その 支出基準に従って交際費の支払がされた場合には、その支払を違法ということはできないとしています。
 具体的にはこのように判示しています。
「本件支出基準の具体的な内容は、前記認定事実(1)のとおりであるが、同基準において市長交際費の支出が許されているのは、市長の交際のうち一般的な友好、信頼関係の維持増進を目的とすると客観的にみることができるものに限られていると認められ、また、交際費として金員を支出する場合の基準としても、最も高いもので2万円以内とされている。これらのことからすれば、本件支出基準は、市長の交際のうち、相手方との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とすると客観的にみることができ、かつ、社会通念上儀礼の範囲にとどまる交際とそれに伴う交際費を類型化した基準として合理性を有するものと評価することができる。したがって、上記アで説示したことに照らせば、本件支出基準に従って交際費の支払がされた場合には、その支払を違法ということはできない。」

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積雪による道路凍結による交通事故の道路管理者の責任は。

2022年01月14日 | 地方自治体と法律
(はじめに)
 先日、東京でも10センチ程度の積雪があり、その翌日には路面が凍結して、交通が混乱しました。
 凍結により、交通事故が起こった場合、道路管理者である自治体等に損害賠償請求ができるのかどうか検討しました。

(国家賠償法2条1項)
 損害賠償請求の根拠は、国家賠償法2条1項になります。
 こんな条文です。
「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。」
 ここで、「設置又は管理に瑕疵」という言葉がでてきますが、これは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることという意味であると解されています。
 「通常有すべき安全性」には、道路の管理行為も含めて判断されるとするのが判例です。

(高知落石事件)
 道路の設置管理の瑕疵が問題となったケースで、よく知られているもののひとつに、高知落石事件(最高裁昭和45年8月20日判決・民集24・9・1268)があります。
 この事件では、最高裁は、道路管理者(国)の損害賠償責任を認めています。
「国道五六号線は、一級国道として高知市方面と中村市方面とを結ぶ陸上交通の上で極めて重要な道路であるところ、本件道路には従来山側から屡々落石があり、さらに崩土さえも何回かあつたのであるから、いつなんどき落石や崩土が起こるかも知れず、本件道路を通行する人および車はたえずその危険におびやかされていたにもかかわらず、道路管理者においては、「落石注意」等の標識を立て、あるいは竹竿の先に赤の布切をつけて立て、これによつて通行車に対し注意を促す等の処置を講じたにすぎず、本件道路の右のような危険性に対して防護柵または防護覆を設置し、あるいは山側に金網を張るとか、常時山地斜面部分を調査して、落下しそうな岩石があるときは、これを除去し、崩土の起こるおそれのあるときは、事前に通行止めをする等の措置をとつたことはない、というのである。
かかる事実関係のもとにおいては、本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があつたものというべきである。」
 道路管理者は、「落石注意」等の標識を立て、あるいは竹竿の先に赤の布切をつけて立て、これによつて通行車に対し注意を促す等の処置は講じていたのですが、それでは損害賠償責任を免れるのに不十分というのが、最高裁の結論です。
・防護柵または防護覆を設置
・山側に金網を張る
・常時山地斜面部分を調査して、落下しそうな岩石があるときは、これを除去する
・崩土の起こるおそれのあるときは、事前に通行止めをする等の措置をとる
ことをすべきというのが最高裁の結論です。
 道路管理者にはかなり厳しい判決です。
 
(積雪による道路凍結のケース)
 高知落石事件は、道路に関する裁判例ですが、落石に関するケースでもあります。
 それでは、積雪による道路凍結が原因となった自動車事故ではどのように判断されるでしょうか。
 高裁レベルですと、大阪高裁昭和50年9月26日判決(交通事故民事裁判例集9巻3号618頁)があります。積雪による路面の凍結に起因した京都府道上の交通事故につき、道路の管理に瑕疵はないとしています。
・特に積雪地帯ではなく、府道が地方の幹線道路であるとは言え、右程度の積雪凍結状態である限り、これを管理する控訴人京都府に、常時即時融雪剤撒布その他路面の凍結解消の措置を執り得る人的物的態勢をととのえて降雪に際して即時その措置を執ることを求めることは、住民に対するより良き奉仕要求としては許されるにしても道路管理義務の遂行としては、その範囲を超えるものと言うべきである。
・かような際の危険の回避は、それに対面する個々人の注意に待つほかはない。積雪する路上を通行する運行者は路面の凍結状況に注意し、滑りによつて運行の自由を失うことのないよう、万一滑りを生じても事故の発生を防止しうるよう、その地形に応じて速度を緩め運転操作に細心の注意を払い、危険の回避があやぶまれるときは車輌にチエンをとりつけるべきである。(成立に争いのない丙第三号証、京都府道路交通規制には「積雪または凍結している道路において自動車を運転するときはタイヤ・チエンをとりつける等すべり止めの措置を講ずること」との定めがあることが認められる。)危険の回避があやぶまれるにかかわらず、チエンをとりつけず事故を起した不注意な運行者がその不注意を問われず、道路が危険であつたとして道路の管理の瑕疵に事故責任を結びつけようとすることは当らない。
・昭和四三年一、二月頃に宇治地方で他に降雪による自動車の滑走事故が起つたことが窺えるが、このことがあつたからと言つて、前示認定をくつがえすことはできない。そして本件事故の場合、控訴人太田は路面の凍結していることを認識していたのであつて、認識していなかつたが故に本件事故を生じたのではないから、立札等により凍結に対する注意を喚起する方法が講じられていなかつたとしても、このことは本件事故と因果関係のないことである。
 過去に事故があったとしても、立札を立てていなくても、道路管理者には責任はない。
 車両にチェーンをつけるなどして、個々人の対応にまかされるのであるというのが、大阪高裁の結論です。

(東京地裁のケース)
 地裁レベルですと、東京地裁昭和52年8月25日判決(判例タイムズ 365号 395頁 )があります。国道の凍結した路面でスリツプして生じた自動車事故につき、道路の管理に瑕疵がないと判断しています。
 凍結時に必要な道路管理者の注意義務について次のように述べています。
「当該道路の管理者は、道路の凍結の状況が、地形的、構造的諸条件に照らし、車両運転者が前示の一般的な運行態度による通行方法を採る場合においても、なお、客観的な危険性が予測され、交通上の危険を誘発するおそれがある場合につき、その危険を排除し、道路の通常の安全性を確保するため、凍結状態を融解し、又は注意標識を掲示し、あるいは必要に応じて通行止めの措置を採る等の管理義務を負うものというべきである。」

 以上のように、積雪による凍結の場合は、高知落石事件のような道路管理者に厳しい態度を貫いているわけではないようです。
 
(道路交通法施行細則の規定)
 各都道府県は、道路交通法施行細則で、積雪又は凍結によりすべるおそれのある道路において自動車を運転するときについての規定を置いています。
 千葉県ですと、次のような規定があります(千葉県道路交通法施行細則9条6号)。
「法第71条第6号に規定する車両の運転者が遵守しなければならない事項は、次の各号に掲げるものとする。
(6)積雪又は凍結によりすべるおそれのある道路において自動車を運転するときは、タイヤ・チエンをとりつける等すべり止めの措置を講ずること。」
 法令上は、「チエン」なのですね(しかも大文字の「エ」です)。
 いずれにせよ、このような規定がある以上、裁判所も考慮せざるを得ないことになります。

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国立公文書館でBC級戦犯横浜裁判の資料を閲覧してみました

2022年01月11日 | 横浜BC級戦犯裁判

(国立公文書館を利用してみました)
 昨年(2021年)は、国立公文書館でBC級戦犯裁判の行政文書を読むことをはじめました。
 国立公文書館というところには足を踏み入れたことがなかったので、入館までに勇気が入りましたが、利用してみると、図書館みたいなものです。セキュリティが普通の図書館よりは厳しいですが、本人確認をするだけなので、運転免許証があれば問題なく入れます。閲覧するだけなら、利用料もいりません。
 図書館と違うのは開架資料がないことです。資料が陳列されていないので、開架資料を見て、それを手に取るということができません。
 目的の資料を請求して初めて資料に接することができます。
 ここが普通の図書館と違って、ハードルが高いところです。

(国立公文書館の戦争犯罪裁判資料)
 国立公文書館には、平成11年度に法務省から戦争犯罪裁判に関係する次のような資料が移管されています。
(1) A級極東国際軍事裁判記録・A級極東国際軍事裁判速記録
(2) A級の記録関係,日誌,新聞切り抜き資料等,極東国際軍事裁判資料目録,豊田・田村裁判記録
(3) A級極東国際軍事裁判弁護関係資料,A級弁護研究資料,ニュ-ルンベルク裁判(独・ナチス)関係
(4) BC級マニラ裁判記録,調査表,BC級事件ファイル
(5) 厚生省移管資料(A級裁判,BC級裁判,復員援護関係等資料)
(6) 司法法制調査部研究・調査資料,各裁判国別参考資料,戦争受刑者世話会関係資料等 
 「BC級事件ファイル」と一言で言われていますが、横浜裁判では起訴された事件は327件で、被起訴人員は1037人とされており、全てではないにしても相当数の事件ファイルがありますから、それだけでも膨大な数です。
 国立公文書館のホームページによると、次のとおりです。
アメリカ裁判関係 514冊
イギリス裁判関係 269冊
オーストラリア裁判関係 228冊
オランダ裁判関係 442冊
フィリピン裁判関係 83冊
フランス裁判関係 40冊 
中華民国裁判関係 361冊
 横浜裁判は、上記の「アメリカ裁判関係」に位置づけられます。



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地方公営企業の訴え提起時等の注意点

2022年01月06日 | 地方自治体と法律
 地方公営企業が訴訟をする場合に注意点についていくつか検討してみました。

(訴え提起時の議会の議決)
 訴え提起については、地方自治体は、原則として議会の議決が必要です(地方自治法96条1項12号)。しかし、地方公営企業の訴え提起は議決が不要です(地方公営企業法40条2項)。

(裁判上の和解をする場合には注意が必要)
 「損害害賠償の額を定めること」は、地方自治体では原則として議会の議決が必要ですが(地方自治法96条1項13号)、地方公営企業には条例で例外を定めることが認められています(地方公営企業法40条2項)。
よって、当該地方自治体の条例までチェックしないと議会の議決が必要なのかどうかがわかりません。
 例えば、千葉市立病院については、次のように規定されています。
千葉市病院事業の設置等に関する条例
(議会の議決を要する負担附き寄附の受領等)
第11条 病院事業に関し、法第40条第2項の規定により、議会の議決を要するものは、次の各号に定めるものとする。
(1) 負担附きの寄附又は贈与の受領で、その金額又はその目的物の価格が1件300万円を超えるもの
(2) 法律上市の義務に属する損害賠償の決定で当該決定に係る金額が30万円以上のもの
 この条例によると、30万円以上の損害賠償を千葉市が負う場合は、議会の議決を要することになりますから、損害賠償で被告となり、損害額が30万円以上の場合は、議会の議決を取らなければなりません。地方公営企業が債権回収のために訴え提起をする場合は、議会の議決が不要なので、それに慣れてしまっていると、議会の議決を見過ごす可能性がありますので、要注意です。
 

(条例の規定を見過ごして、裁判上の和解をしてしまった場合)
 条例の規定を見過ごして、裁判上の和解をしてしまった場合に、この和解の効力はどうなるでしょうか。
 地方議会の議決を要する事項につき、議会の議決を経ないでされた行為は無効であるとするのが判例である(最判昭35・7・1民集14巻9号1615頁)。
 よって、議会の議決なく、和解をしても、その和解は無効になってしまいます。
もっとも、無効な行為であったとしても、事後に議会の議決があれば、当初から議決を経た場合と同一の効力を生ずるとするのが裁判例の多数の見解です。この点についての最高裁判決はないのですが、大阪高判昭53・10・27行集29巻10号1895頁、大分地判昭37・12・15行集13巻12号2169頁が同様の見解をとっています。
 このような下級審の裁判例からすれば、無効な裁判上の和解であっても、議会の議決を経ることにより、当初から議決を経た場合と同一の効力を生じ、手続きの瑕疵が治癒されることになります。

(当事者の記載例)
なお、医療事故等で自治体が設置する病院に対して損害賠償請求を行う場合の訴状の被告の表記例をあげておきます(千葉県立病院の場合)。
被告 千葉県
同代表者病院管理者病院局長 ○○
(参考 千葉地裁平成25年12月11日判決・判例時報2211号107頁)

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