南斗屋のブログ

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「地方公共団体における不動産の賠償について」(平成29年9月13日原子力損害賠償紛争審査会)

2020年10月26日 | 原子力損害

 平成29年9月に、原賠審は「地方公共団体における不動産の賠償について」を公表した。ここでの原賠審の考え方は次のとおりである。

 ①公有財産の特徴からすると、民間財産とは賠償における取り扱いを異なるものとすることが適当である。
 ②公有財産の不動産の賠償については、事故による一定期間の利用阻害により、行政的な利用による利益を享受ないし提供することができなかったことを損害とみなして、一律の基準による賠償を行うことが適当である。
 ③ただし、利用が阻害されている不動産について、将来的な利用再開の見通しが当面立たず、現時点において、減少した行政的な利用価値の回復が見込まれない場合は、必要かつ合理的な範囲の損害(ただし、「財物損害」の性質上、「全損」を超えることはない)の適切な賠償について、当事者間で円滑な話し合いと合意形成が図られることを期待する。
 ④不動産の種類や使用目的等に応じた個別の損害により、上記②に基づく一律の基準による賠償が適当ではない損害については、必要かつ合理的な範囲で賠償が認められる。

 この原賠審の考え方は、自治体所有の不動産賠償に大きな影響を与えるものである。
 すなわち、自治体所有の財物が賠償の対象となることは中間指針(平成23年8月)において定められていたが、具体的な賠償基準・算定方法については定められていなかった。「地方公共団体における不動産の賠償について」は、具体的な賠償基準・算定方法まで提示してはいないが、賠償基準・算定方法を定めるにあたっての考え方を示したと位置づけられる。

 出発点は、公有財産は民間所有の財物とは異なる扱いとすべきという認識である(上記①)。その理由としては次のようなものが挙げられている。
 ア 公有財産は、行政財産であれ、普通財産であれ、主として公用・公共用に供する行政的な価値を有し、売却等の譲渡を想定しない財産であり、商業的な価値を有する民間財物とは、本質的に異なる性質を有する。
 イ 公有財産は、利用可能な状態になれば、住民に対する行政サービスの提供など、避難指示以前と同様に公用・公共用に供されることが期待される。
 ウ 地方公共団体には、国の様々な支援がなされていることを踏まえれば、少なくとも利用の再開された公有財産については、民間の被害者と同様の取り扱いとする必要性・合理性があるとまではいえない。

 公有財産は、民間財産とは違う考え方で賠償するとして、それではどのように公有財産の不動産の賠償額を算定するのかという点が次に問題となる。
 これに応えたのが上記の②であり、「事故による一定期間の利用阻害により、行政的な利用による利益を享受ないし提供することができなかったことを損害とみなす」という原則を原賠審は採用した。
 この考え方の背景には、民間財物は、貸付けや売払い等が可能であり、取引可能な評価額を設定しやすい交換価値を有する財産と解することができるが、公共財物の多くを占める行政財産は、地方自治法に基づき貸し付けや売払い等の制限があるため、取引可能な評価額の設定が困難である使用価値のみを有する財産と解することができるとの認識がある(45回原賠審における資料1-2)。
 交換価値や使用価値については、45回原賠審における資料1-2でもマルクスを引用して説明している。
 “マルクスの「資本論」によれば、「使用価値とは、商品等を使ってそれが役に立つ場合に有する価値」であり、「交換価値とは、商品等を交換する場合に交換される量(通常は価格)によってあらわすことができる価値」であるとの考え方が示されている。”
 これだけでは、何のことかわかりにくいが、次の中田委員の発言が理解の助けになると思われる。
【中田委員】  公有財産の特殊性ということですが、先ほど会長がおっしゃいましたように、売却するかしないかということと交換価値の賠償額とは必ずしも直結しないというのはおっしゃるとおりだと思います。その上で、ほかにどういう特殊性があるかと考えてみたんですけれども、今回の案の中でもありますけれども、利用阻害についていうと、「行政的な利用による利益を享受ないし提供することができなかった」ということです。ということは誰の損害かというと、公共団体の損害でもあり地域住民の損害でもあると。そこにいろいろなものが入っているので、民間の財産の場合には自分のためのものである、その損害であるというのとちょっと違いがあるということかなと感じております。


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「地方公共団体の税収減について」(平成25年10月原子力損害賠償紛争審査会)

2020年10月22日 | 原子力損害

 平成25年10月原子力損害賠償紛争審査会で、「地方公共団体の税収減について」の考え方が示された。

 地方公共団体の税収減については、中間指針(平成23年8月5日)で考え方が示されているが、その原則(税収減があっても損害とならない)にあてはまる例と、例外的に税収減があっても損害として認められるものを示している。
税収減があっても損害とならないものとして次のものが挙げられている。
①徴収率の低下による税収減(租税債権は有している)
②震災復興特別交付税により財源措置されるもの
③納税義務者が賠償金の支払いを受けることにより、後日税収に結びつくもの
 まず、①は租税債権自体は有しているのであるから、一時的に徴収率が低下しても損害とはならないことを意味している。中間指針では、「地方公共団体等が現に有する租税債権は本件事故により直接消滅することはない」という表現により、この点は明示されていた。
②は、税収減が生じていたとしても、震災復興特別交付税により財源措置されていれば、損害自体が存在しない又は損害の填補がなされたという考え方に基づくものであろう。この点は、中間指針には述べられていなかったので、「地方公共団体の税収減について」で初めて示されたものである。
③は、例えば、住民税のようなものである。原発事故により就労できないことで、所得が減少する。それに伴って、翌年度の住民税は減少するが、個人の就労不能損害について東京電力が賠償すれば、逸失利益分については課税されるので、税についての損害はその時点でなくなるということである。中間指針では、「租税債務者である住民や事業者等が本件事故による損害賠償金を受け取れば原則としてそこに担税力が発生する」という表現によりこのことが示されていた。

 「地方公共団体の税収減について」では、上記①~③の具体例を挙げるほか、次のようなコメントをしている。
「使途を特定しない一般財源となる普通税の減収の多くは普通交付税で実質的には財源措置されること、税収を得て実施する事業の一部は震災又は事故の影響等により支出が減少していること等もあり、一般に税収減を地方公共団体の損害として賠償の対象と認めることは困難である」

 このように、地方公共団体の税収減については原則認められないとするのが原賠審の立場であるが、「目的税を財源とする事業」については損害と認めるとの考えを打ち出したことが注目に値する。
 「地方公共団体の税収減について」の記載をそのまま挙げておく。
“ただし、少なくとも以下のような本件事故による税収の減については、賠償すべき損害として認めることができるのではないか。
○目的税を財源とする事業のように税収と事業支出の連動性が高い事業であって、交付税による財源措置がされず、事故後も実施が必要な事業に係る税収の減“
 平成25年9月10日の原賠審での田口原子力損害賠償対策室長代理の発言を踏まえると、上記の点は理解がしやすい。
“【田口原子力損害賠償対策室長代理】  例えば、我々、県の方から伺ってございますのは、目的税でございます狩猟税というのがございますが、これについて、猟をされる方が減ったということで、税収が減っているわけでございますが。もちろん、猟をされる方が減ったことによって支出も減る部分もございますが、やはりベースになっている事業、猟場の整備みたいなものがございまして、それは引き続きかかるということで、基本的には、賠償されないとやらなければいけないことができないという状態なわけでございますが、福島県の場合は、一般会計から繰入れをしまして、その必要な事業をやったということになっております。
 そうしますと、基本的には、一般会計の方に余分な支出が生じて、そこに穴が開いたみたいな格好にはなるわけでございますが、基本的なたてつけとしては、その賠償がなければ、本来やらなければいけないことができなかったのだけど、それを何らかの形で、例えば基金を取り崩すとか、あるいは予備費を使うというのもあると思いますが、そういう形でやらなければいけなかったというような事例があると思います。
 ほかにも、市町村ですと、同じようなのが、入湯税のようなものがございます。やはり温泉のお客さんが減ったので、税収が減っているのですが、やらなければいけない事業は、お客さんが減っているほど減っていないというような格好になっているかと思います。“ 


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地方自治体の原子力損害賠償(平成23年8月5日中間指針)

2020年10月21日 | 原子力損害

地方自治体の原子力損害賠償について、平成23年8月5日中間指針は次のような指針を示している。

”地方公共団体等の財産的損害等
(指針)
地方公共団体又は国(以下「地方公共団体等」という。)が所有する財物及び地方公共団体等が民間事業者と同様の立場で行う事業に関する損害については、この中間指針で示された事業者等に関する基準に照らし、本件事故と相当因果関係が認められる限り、賠償の対象となるとともに、地方公共団体等が被害者支援等のために、加害者が負担すべき費用を代わって負担した場合も、賠償の対象となる。”

 この指針は、地方自治体の損害となる代表的なものについて示されている。
 ①所有する財物
 ②地方公共団体等が民間事業者と同様の立場で行う事業に関する損害
 ③地方公共団体等が被害者支援等のために、加害者が負担すべき費用を代わって負担した場合
の3つが示されている。
 ①、②については、中間指針で示された事業者等に関する基準に沿ったものであること、本件事故と損害との間に相当因果関係が認められることが要件とされている。
 中間指針の「備考」で示されているように、これらは私企業が被った損害と別異に解する理由が認められないからである
 「地方公共団体等が民間事業者と同様の立場で行う事業」とは、水道事業、下水道事業、病院事業等の地方公共団体等の経営する企業及び収益事業等をいう。
 ③は加害者(東京電力)に代わっての立替えの場合であるので、東京電力が本来支払うべきものなのか否かということが問われることになる。

 ①~③以外の自治体の損害については、どう考えるべきか。
 この点も、「備考」には一応書いてあるが、「地方公共団体等が被ったそれ以外の損害についても、個別具体的な事情に応じて賠償すべき損害と認められることがあり得る。」という素っ気ないものであって、損害となりうることを認めているという点にしか意味がなく、それ以外には何も述べていない。

 自治体の税収の減少については、どう考えるべきか。
 この点は以下のように「備考」に記載されている。
”他方、本件事故に起因する地方公共団体等の税収の減少については、法律・条例に基づいて権力的に賦課、徴収されるという公法的な特殊性がある上、いわば税収に関する期待権が損なわれたにとどまることから、地方公共団体等が所有する財物及び地方公共団体等が民間事業者と同様の立場で行う事業に関する損害等と同視することはできない。これに加え、地方公共団体等が現に有する租税債権は本件事故により直接消滅することはなく、租税債務者である住民や事業者等が本件事故による損害賠償金を受け取れば原則としてそこに担税力が発生すること等にもかんがみれば、特段の事情がある場合を除き、賠償すべき損害とは認められない。”
 法律的な回りくどい表現になっているが、要は、自治体の税収の減少は、民間事業者の売上が減少するのとは同視できないから、原則は損害にはあたらない、というのが中間指針の考え方です。例外的な場合(=特段の事情がある場合)がありうることは示唆されているが、どのような場合に特段の事情が認められるかは明示されてはいない。

 この考え方は、中間指針のQ&A(問146)でより一層明らかにされている。
 問146は、「避難等に伴い住民の県外移住・定着により、被災市町村での人口が減少した場合、住民税の減少は賠償対象になるのか」と問い、その答えとして、中間指針の立場を繰り返した上で、「避難等に伴い住民の県外移住・定着により、被災市町村での人口が減少した場合の住民税の減少分も、特段の事情がある場合を除いては、賠償すべき損害とは認められません」とされているのである。


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自治体職員の民間への派遣

2020年10月20日 | 地方自治体と法律
公益的法人等派遣法という法律があります。
正式名称は、「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」といい、地方公務員を他の法人に対して派遣する要件などを定めています。

自治体職員を他の法人に派遣するということは、昔から結構行われてきていました。
判例にでてきた事案には次のようなものがあります。
・町長がAを町職員として採用したうえで、採用と同日森林組合への出向を命じ、Aは森林組合で執務していた事案(最高裁昭和58年7月15日判決の事案)。
・市の幹部職員を商工会議所へ派遣していた事案(最高裁平成10年4月24日判決の事案)。
・県の職員を第三セクター(県と民間との共同出資)に派遣していた事案(最高裁平成16年1月15日判決の事案)。
 派遣された職員は、自治体の職員としての身分を保有し、給与も自治体から支払われていました。

 このような派遣の何が問題なのかということですが、公務員がその身分を保有しながら、自治体でないところで働くことが許されるのかということがまず問題となります(①)。公務員本人には職務専念義務という義務があります(地方公務員法35条)。
この条文には、「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と規定されていまして、職員は、原則、地方公共団体の職務以外は従事してはいけないということになっています。職務命令で派遣されたとはいえ、自治体以外の法人で働くのは、この原則に反しないのかという点が問題となるのです。

 もう一つ問題となるのは、給与の問題です(②)。条例には、「職員が勤務しないときは、原則給与を減額する。ただし、その勤務をしないことについて特に承認があった場合は例外である」という規定が存在するのですが、地方公務員法には「職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない」という規定もあり(地方公務員法24条)、自治体以外の法人で働いているときは職務に応じるといえるのかどうかが問題となるのです。

 既に述べましたように、自治体職員を他の法人に派遣するということは、昔から結構行われてきたのですが、住民からすると税金の無駄遣いだと考えた方が、住民訴訟を提起し、適法性を争ってきました。

 判例の結論は次のとおりです。
①職務専念義務は、条例の定めによって免除できるが、形式的に免除しただけでは適法にはならない。職務専念義務免除は、法律の規定、すなわち、職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める地方公務員法30条や職務に専念すべき義務を定める同法35条の趣旨に違反することは認められない。
②給与については、自治体が特に承認すればよいように条例では規定されているが、形式的に承認しただけでは適法とはいえない。勤務しないことについての承認が給与の根本基準を定める地方公務員法24条1項の趣旨に違反する場合には、これらは違法になる。
 つまり、条例での形式的な定めだけではなく、地方公務員法の趣旨に反する運用はダメだということです。
 このような考え方を最高裁が明らかにしたのは、最高裁平成10年4月24日判決(判例タイムズ973号116頁)によります。

 最高裁は「法の趣旨に反する運用はダメ」と決めたわけですが、何が法の趣旨かまで判決で具体的に明らかにしなかったため、これでは自治体の民間への職員派遣に混乱が生じる可能性がありました。
そのため、公益的法人等派遣法が平成12年に制定されたのです。
同法では、
A 公益法人等への派遣する場合は、地方公務員としての身分を保有したまま派遣できるが、職員派遣期間中は条例の定めがない限りは、自治体が給与を支給することができないとし、対象法人は、公益法人等のうち、その業務が地方公共団体の事務・事業と密接な関連を有し、施策推進を図るため人的援助が必要がものとして、条例で定めるものに限定されました。
B 営利法人への派遣の場合は、地方公務員としては一旦退職。対象法人勤務後は、地方自治体が再び採用するというスキームとなり、地方公務員としての身分を保有しながらの営利法人への派遣は認められません。営利法人といっても、すべての営利法人について派遣できるわけではなく、当該地方公共団体が出資している株式会社のうち、その業務が公益の増進に寄与するとともに、地方公共団体の事務・事業と密接な関連を有し、施策推進を図るため人的援助が必要なものとして、条例で定めるものという限定がされています。



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