story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

フルートの少女

2023年01月19日 18時53分08秒 | 小説

僕が写真館に弟子入りさせてもらって、修行中の頃の話だ。
ちょうど平成に入ったころだろうか。
修業とは言っても昔の弟子入りのように師匠の家に住み込みで働くのではなく、DPEやカメラ販売、写真撮影などを事業としている写真会社のスタジオで、師匠も「先生」とは呼ばれるが、スタジオの店長で、僕も修行中とはいえ写真会社の正社員だった。

ある時、師匠の江藤先生が休みだった。
僕はスタジオの裏手でネガの修整をしていた。
ブローニー版のモノクロネガに修整用鉛筆で皴などを隠す作業だ。
当時の写真館にはどこにでも、修整や仕上げ用の小部屋が作ってあった。

ネガフィルムの裏から照明を当てる修整台においたネガを、修整用のルーペを通して拡大してみて細かく鉛筆の芯を入れていく作業はある意味無心になれる時間でもある。

没頭していると受け付け係の女性、桜田さんが僕に声をかけた。
「大野さん、プログラム用の撮影をという方がお見えなんですが」
「今日、先生がお休みだから・・」
「あら、それくらいの撮影は先生がお休みでもしてもらわないとね」
下手な写真を撮ればまた先生から小言が来る・・僕の脳裏に浮かんだのはその様子だが、予約なしで来てしまったお客は仕方がない。
「どんな方?」
受け付け係に訊く。
「若い女性、フルートを持ってきてる・・あとは自分でごらんなさい」
「はい・・はい」
僕は言われるままに受付に向かう。

写真スタジオだけあって受付は白っぽいお洒落な雰囲気でまとめてある。
大きな鏡もあるし、見本というには美しすぎる大きなポートレートが何枚も飾ってあり件の女性は興味深そうにそれらを眺めていた。

「いらっしゃいませ・・当館へようこそ」
僕はにこやかに女性に声をかけた。
はっとして振り向いた女性は若いのには違いないが、全体がかすれたような雰囲気で、化粧っ気もなく華やかさは感じない。
ただ、口紅だけはしっかりと塗っているようだ。

女性はお辞儀をしてもう一度、かなりしっかりと僕を見た。
「プログラム用ですね」
「はい・・」
「モノクロですか、カラーでお考えですか?」
一瞬考えながら女性は「簡単な印刷なのでモノクロでいいと思うのです」という。
そしてまた、僕をじっと見つめる。
綺麗なまつ毛のある、大きな黒い瞳、どこかで見た目だ。
それに声もどこかで聴いたことがある。
思い出そうとしたが、その前に女性が叫んだ。
「大野さんではないですか!」
「はい・・まさに私は大野ですが」
僕にはまだ思い出せない。
「あの、高村義一の妹の高村さえ子です」
女性が僕を見つめる。
「あ・・思い出しました!随分前・・たしかまだ中学生だったころにご家族でどこかへ引っ越されたのでは」
「そうなんです、あれから大阪へ引っ越してしまって」
女性、さえ子の目に僅かに涙が見える。

********

その10年ほど前、僕はK市の市営住宅に家族で住んでいた。
父がこの町で亡くなり、住んでいたのが社宅だったために改めて市営住宅を借りたものだった。
その住宅に高村義一という僕より三つほど年下の男がいた。
高村君のところも父親が出奔し母親と彼・彼の妹である長女・次女が住んでいた。
高村君は中学を出ると働かざるを得ず、町工場で仕事をしていた。
僕も似た境遇だが、入社したのが大企業の養成工だった事もあり、まだ高村君よりは落ち着いた生活をしていたように思う。
高村君の家に遊びに行くと、隣の部屋で妹さん、つまり・・さえ子さんが勉強をしている姿を見ることがあった。
中学校では吹奏楽部でフルートを奏で、秀才の誉れも高かったが、家庭がこのありさまでは進学など到底覚束なかっただろう。

高村君はクルマが好きで、免許を取る年齢になると即座に免許を取得、そして高級車を無理して買った。
このことが彼の一家を苦しめることになる。
世はバブル、到底、支払えそうにない若者にも堂々と多額の金を貸していた時代だ。
彼の働きでは車のローンや維持費などを賄うのが精いっぱいで、家族は生活できない。
やがて彼は家族を邪魔に思うようになり、家族は困窮する。

ある日、彼の母が娘二人を連れて家を出ていってしまった。
行先は大阪の親戚宅だという。

がらんとした部屋で義一はひとり、青春を謳歌していたがそれも長くは続かない。
彼の起こした事故で彼の愛車は屑鉄となり、それをきっかけに彼はやがて友達のクルマを借りたまま行方不明となった。
噂というのは不思議なもので、K市から遠く離れた大阪の街で暮らすはずの母と娘たちの事も流れてくる。
「あの娘さん、売られたらしいで…高村さんのお母さん、鬼や」
僕の母が外で聞いてきた話をする。
だが、売られたという事がどういうことなのか、僕には理解できなかった。

*******

さえ子を誘い、僕は第一スタジオに入った。
この写真館にスタジオは二つあって、第二スタジオは小ぶりで証明写真専用、第一スタジオはある程度の人数の撮影もできるやや大きな設備があった。
上半身のポートレートだから証明写真のスタジオでも十分だが、なんとなく、彼女との時間を大切にしたくなってきていた。

まず、作例を見せてどのようなものにするか、選んでもらう。
数多の先生の作品の中から、彼女が指さしたのは胸から上、女性がフルートを持っている写真だ。
だが、さえ子の今日の恰好ではどう頑張ってもこのようには撮れない。
まず、着ている衣服が地味すぎるし、何の飾りも身に着けない写真では華やかさとは程遠い。

そこで僕は「スタジオに常備しているアクセサリーを使いましょう」と提案した。
撮影小物の類で、イヤリング、ネックレスなどもある。
だが、女性演奏者のプログラム用写真に欠かせない華やかさは…
「肩を出されるのはどうでしょう?」
そう提案するとさえ子は頬を真っ赤にして首を振る。
「わたしなんて・・」
「いや、もちろん、撮影するのは肩から上だけです。まるでイブニングドレスを着ているかのような雰囲気を出せるとは思うのです」
「できるのでしょうか・・こんなわたしでも」
「もちろん、女性は本来美しいものですから」
先生の言葉の受け売りをしつつ、僕は小物類と一緒にシルクの布を倉庫から出してきた。
「この布を纏っていただいて、胸から上を撮影しましょう、布が写りこんでもシルクですから上質なドレスにみえるでしょう」

スタジオで彼女が着替えをしている間に、僕は預かっているフルートを磨く。
「撮影助手で手伝ってあげようか」
受け付け係の桜田さんが悪戯っぽく声をかけてくる。
「お願いできればありがたいんだけど・・」
「でしょ、こっちも貴方があのお客さんに手を出さないか心配で‥」
「いや、いくらなんでもそれはないでしょ・・・」
「分からないわよ、男女の仲は・・」
そう言って小さく笑う。
昨夜も不倫相手と悪所にいたらしいが、そんな女性だからこそ見えるものもあるのかもしれない。

「できました」
スタジオから声が聴こえる。
助手になった桜田さんと入っていくと、さえ子はシルクの布を纏い、渡したネックレスやイヤリングを身に着けて美しくなっていた。
「ちょっとごめんね」
桜田さんが彼女の傍に行く。
「お化粧、少し触らせて」
そう言って、自分のポーチから化粧用具を出し、さえ子の頬や首筋にパフを当てていく。
なかなか良い感じに見えたので、僕は傍らにあった35ミリカメラで軽い気持ちでスナップを撮影する。

いよいよ本番の撮影だ。
さえ子はブローニーカメラの逆像になったウェストレベルファインダーで美しく輝いている。
フルートも輝いている。
ソフトフォーカスレンズが良い味を引き出している。
「もう少し、布を下に・・」
恥ずかしそうにさえ子がシルクを下げる。
少し胸の稜線が見えたほうが女性らしい美しさが出る。

2~3枚撮影すると、慣れたのだろう、さえ子が屈託のない良い表情で写っていく。
ブローニーフィルム6×7で10枚ほど撮影、フィルム一本分だ。

「ちょっと待って」
僕はそう言うと35ミリカメラで撮影を続ける。
桜田さんは笑顔で見ていてくれる。
「もうちょっとだけ、布を下げてみて」
胸のトップが見えるギリギリまでシルクを下げるさえ子、肌は荒れ気味だがライティングとソフトフィルターでそれは目立たなくなるだろう。
後ろを向いてもらい、背中を大きく出したカットも撮影した。

撮影が終わると彼女の頬は真っ赤になっていた。
「なんだか、とっても恥ずかしい・・」
呟く彼女に「では、終わりましたよ、お着換えなさってくださいね」と僕は伝えた。

その日のうちにモノクロフィルムは現像して、、ネガをセレクト、修整も焼き付けも済ませておいた。
カラーの35ミリフィルムは自社系列の現像所に出せば明日の朝にはできているはずだ。

翌朝、師匠の江藤先生が出勤されてすぐに昨日のことを報告し、さえ子の写真を見てもらった。
「ええやん、なかなかきれいな子やな」
「ありがとうございます」
「君の知り合いか?」
「ええ、偶然、昔知っていた女の子でした」
「ほう、こういう可愛い女性をプライベートモデルとしてお願いできたら腕も上がるのやけどね」
先生はそう言って笑う。
褒められるのは久しぶりだ。

夜、先生が帰られた後に店じまいの準備をしていた時、さえ子が店にやってきた。
「できましたでしょうか・・」
「はい、たぶん、ご満足いただけるかと」
僕はそう言ってキャビネ版のモノクロ写真を見せた。
フルートを持って少しはにかんだような仕上がりになっている。
肩を出し、シルクはほとんど見えていない。

彼女の表情が明るくなっていく。
「これ、わたしですか・・」
「はい」
「とてもきれい・・」
そしてそのあと、「これはプレゼントで」と僕は35ミリカメラで撮影したカラーポートレートを、DPE店のミニアルバムに入れたものを渡した。
「え・・」
大きく肩や背中を出した彼女がソフトフォーカスによって柔らかく写っている。
「あ・ありがとうございます!」
嬉しそうに言うさえ子に「もう店じまいなんですよ、その辺りでご飯でも如何でしょう」と僕は言った。
「あ・・でもわたし、帰らないと」
「お時間、ご都合悪いですか?」
「いいえ、外でのお食事なんて持ち合わせもないですし」
「お金なら心配いりません、軽いご飯代くらいは出しますよ」
僕には、彼女から訊きたいことがたくさんあった。
彼女の兄や母、妹のこと、そして大阪での生活、
噂は本当なんだろうか…
売られたという噂が。

いや、それ以上にやや擦れた感じはあるものの、美しい女性に成長した彼女と二人の時間を持ちたいという思いもあった。

店を閉め、駅ビルの向かいにある中華料理店に入った。
ここは、会社の人たちとの食事でよく使う店だ。
「嫌いなものはないですか?」
彼女は少し躊躇して「ないです、目の前にあるものを食べないと、食べるものがなくなってしまう生活でしたから」
K市での生活を知っている僕だからこそ、彼女はそう言ってくれたのだろうか。

ビールと軽めのコースをお願いした。
すぐに運ばれてきたビールを彼女は手際よく手に取り、さっと注いでくれる。
「わたし、お酒は呑めないので」
ビールの入ったグラスと水の入ったグラスとで乾杯した。

「さえ子さん、すごく気になっていることがあって」
「はい・・たぶん、わたしの兄の事でしょ?」
「うん、それもなんやけど・・」
「兄のことは何も知らないのです、それに家族のことも」
淡々という彼女に僕は少し驚いた。
「ご家族・・・お母さんと妹さんのこともってこと?」
「そうですよ、わたし、売られました・・親の借金を肩代わりして、代わりに家族とは縁を切りました」
彼女の表情は思いつめた風ででもなく、あくまでも淡々としている。
「売られたというのは噂で聞いた・・どういう事か理解できなかった・・」
フッと彼女は笑みを浮かべる。
「難しいことではないですよ、中学3年のカラダ、そんなのが欲しい人は世間にたくさんあります」
「苦労したんやね‥」


******

「お願いです、借金を待ってください、必ず返しますから」
さえ子の母親が市営住宅にやってきた数人の男たちに必死で懇願している。
部屋の中にいるさえ子にはその様子は見えなかったが玄関先での様子は手に取るように分かった。
「いや、今すぐとはいわん、あんたがした借金、5社のものを全部儂が肩代わりしたったやさかい、返す先は一つになった、それだけでも助かるやろ」
「ええ、それはもう本当に」
母親は土下座の姿勢なのだろうか。
だが、男の言うようには助かったりなどしない、街金で借りた金は男の手で数倍になっているではないか・・それは言えない。
「お願いです、娘たちにも学校を出させてやりたい」
「可愛い娘さんや、そりゃあ大事やろ、そやけどその前にあんたにはちゃんと働く息子があるやろ」
「息子は駄目なんです、家にお金を入れてくれないんです」
「それはあんたの教育が悪いからや、ま、ここでそれを言っても始まらん、いつ返せるか、返せなかったらどうするか、それを決めてくれや」
玄関先の怖い男の声、どうか部屋には入ってこないで…
祈るさえ子だったが、男の太い声はこんなことを言いだした。
「玄関先で大声出したらあんたも近所付き合いがしにくかろう・・部屋に上がらせてもらうで」
怖かった、だが男が二人、無理やり部屋に入ってきた。
「可愛いお嬢さんやないか、いくつになったんや」
ボスらしい男がさえ子の顔を見て言う。
体が震える、何かされるのではなかろうかと思う。

「なあ、高村さん、あんたの息子、ええクルマに乗ってるらしいやないか・・」
あとから入ってきた母は棒立ちになったまま頷いた。
「その車を売ったら当座の利子くらいにはなるんや・・」
男が諭す。
母親は首を横に振る。
「そうか、無理なんか・・冷たい息子やな・・」
男はそう呟くとさえ子のほうを見た。
「これはあまり言いたくないけどな、娘さん、こっちで預かってもええんや」
「やめて・・それだけは・・」
「そやけど、あんたの皴しわのカラダじゃ、カネにはならん」
「やめて!」
母親が泣きだした。
さえ子は大きな声を出した。
「ウチやったら、その借金、消せるんか!」
男が驚いた。
さえ子を睨みつけ、諭す。
「今のは、お母さんの覚悟を決めてもらうための方便や・・お嬢さん、許してや」
「ウチで借金が消えるんやったら、好きにしたらええねん」
母親は黙ってしまって声も出ない。
さえ子は命でも何でも持っていけ、と思う。
もともと、母と折り合いがさほど良くないさえ子は、どうでもよくなっていた。
「お嬢さん、儂についてきてくれたら、そら、お母さんの借金はあんたが肩代わりして、いずれなくなる・・」
男は静かに語る。
「そやけどな、儂、あんまりそういうことは好きやない」
「でも、おかんの借金が消えるんやったらそれでええやんか」

男は母親のほうを見る。
母親はじっとさえ子を見つめながら、頷いた。
その瞬間、自分の母が娘を、自分を売り飛ばしたわけだ。

さえ子は身の回りのものだけを持ち、男たちのクルマに乗せられた。
何処へ連れていかれるのか、なにも聞かされず、男も彼の部下と思しき者たちも何も言わない。
高級セダンの後部座席、男二人のごつい体に挟まれたまま、クルマが東へ向かっていることだけは分かった。
その夜、さえ子は男に連れていかれた部屋で、男に抱かれた。
男は荒々しいことはせず、丁寧に彼女を愛撫したが、破瓜の痛みはすさまじく、だが、さえ子は泣きもせずその場をやり過ごした。
そして翌日、連れていかれた建物で、主任らしき女性から客にするべきことを教わったのだ。

学業なんてできるわけもなく、同じ年ごろの女の子たちが青春を謳歌している年頃に彼女がしていたのは、一晩に何人もの男性を相手に、ひたすらカラダを売り続ける生活だ。
最初は全くのド素人にしか見えず、年齢は18歳とはしているものの誰の目にもまだ高校生くらいの少女であることは明らかだ。
だが、もともと様々なことに呑み込みの早い彼女である
いつしか、店の誰よりも客をつかんだ花形となっていった。
おぼこい少女のようなプロが素晴らしい技を持っていると、スポーツ紙や夕刊紙にも書かれたこともあった。
そう言う生活の中で、彼女が離さなかったものがある。
それが、フルートだ。
もちろん、それを奏でる場所などない。
店の屋上で客の来ない朝など、控えめに吹くのが精いっぱいだった。

5年が経った。
男がさえ子の仕事場に来た。
「おう、久しぶりやな、人気もええらしいやないか・・」
ご機嫌に男はそう言い、「ちょっと今夜は儂を客として頼むわ」という。
断れるはずもなく、さえ子は男の相手をする。
「さすがに、上手くなったな・・」男は感心したようだった。
コースが終わり、男は分厚い封筒を手渡してくれた。
「今日で年季明けや、約束の借金は利子も含めて完済や」
「え・・」
男を見つめるさえ子。
「もう、こんな世界におったらあかん、自分らしゅうに生きるんや」
「でも・・」
この世界に長く居続けてほかの世界のことなど彼女は知らなかった。
「いつも、屋上からの綺麗なフルートの音色、あれ、儂、楽しみにしてるんや」
「え・・」
「でもな、ああいう音を奏でられるような人は、きっとその人の道があると思うんや」
男は絞り出すかのようにゆっくりと諭す。
「この金で専門学校くらいは入れるやろ、生活費はバイトでもせなあかんと思うが、この世界やのうて、コンビニでもファミレスでも真っ当なところで細やかに稼いでやれるやろ」
頭を下げるさえ子、涙がわいてくる。

母も兄も自分には冷たかった。
だが案外、この男だけは少しは自分のことを思ってくれていたのかもしれない。
「うちは、人気もんに去られるのは辛いけどな」
男は照れ隠しのように笑った。

*******

僕はさえ子の話を聞きながら泣いていた。
ふたりの目の前には手つかずの料理が並んでいる。
「料理が冷めてしまう」
涙を拭き、僕は彼女に食べるように促した。
話だけ話したら気が済んだのか、さえ子は一気に食べ始める。

「で、今は何をしているの?」
料理を頬張りながらさえ子が答える。
「昼は音楽の専門学校に通いながら、夕方からコンビニでアルバイトしています」
「生活は苦しいのやろ?」
「しんどいです、でも、あっちの世界にいた時のような絶望感はないですよ」
屈託なくそういう彼女に、僕はいつの間にか、恋愛のような感情を抱いていたことは確かだ。

食事の後、帰る方角が同じということで、神戸の坂道を下る。
街中の公園のベンチでもまた少し話を聞く。
「噂では、兄はどこかの刑務所に入っているようです」
なるほど、有り得るなぁと思う。
「母と妹は多分幸せに大阪の郊外で暮らしているとのこと」
「その情報はどこから?」
「ボスです・・裏のことはいろいろ知っておられるようでした」
「では、君は今もそのボスとつながりはあるの?」
「ないですよ、もう縁は向こうから切られましたから」

町の灯りで、ぼやけたようにしか見えない夜の星を眺める。
「でも、このたび、大野さんとお会いして、縁って不思議だなって思いました」
クスッと笑う。
「ありがとう、なんだか抱きしめたくなってきた」
僕がちょっと気を張ってそう言うと彼女は「やってみます?」などという。
ふっと肩を寄せ、唇を交わした。
滑るように彼女の舌が僕の中に入ってくる。
長い時間そうした後、彼女は僕を離した。
「もしかして、大野さん、まだ女性を知らない?」
図星だ。
「なんだか、とても新鮮なキスでした・・」
「そうなの?」
「これが恋愛の味かな」
さえ子が僕を見つめてくれる。

 

 


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