story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

詩小説 「Mail of the cellular phone」

2011年04月29日 09時12分30秒 | 小説

時にあなたは僕が辟易するほどの積極性を見せることがあって
それは二人で歩いているときにふと感じることがあるのだけれども
そういう時僕はあなたを抱く自分を想像してしまうが
その想像は殆んど外れることがない

雨の神戸
傘を差して並んで歩く僕たちはお互いにカップ酒の小瓶を持ち
さすがにあなたはそのカップ酒をハンカチで包み隠してはいるけれど
飲めば飲むほどに饒舌になるあなたを心底可愛いと思う自分がいる

旧居留地のお洒落なビッグブランドの並ぶあたり
あなたはそれらのお店を覗いては溜息をつきすぐに視線を他へ移す
そんなあなたが選んで入るのはいつも小洒落た小さなセレクトショップ
少し酔って饒舌になったあなたはお店の女性と楽しげに話しをしていて
時には僕もその話に無理やり加えさせられるけれど
それは僕にとってちっとも嫌ではない楽しい時間なのかもしれない

そういうお店周りが一通り過ぎた頃
それはいつもではなく
そういう不思議な感触を得たときだけなのだけれど
あなたは悪態をつきながら僕の誘いに乗ってくれる

僕たちは小雨の中
その風景が最も神戸らしいかもしれない裏道の石畳の坂を上り
そのあたりのコンビニエンスストアで酒を買い足して
その酒をまた飲みながらではあるけれど気の向いた場所に落ち着くためにむかう

そういうときのあなたは僕には勿体ないような優しさと
悪女のような積極さで僕を求めてくるものだ
僕たちは汗を流し暗く静かな場所で自分たちの息遣いだけを聴いている
柔らかく暖かいものそしてこの世のものとは思えぬほどに美しいもの
それは僕のすぐ前にあり僕はその無上の美しさを無上の快楽とともに得る

けれどあなたが自ら決めた時間が来るとあなたは豹変する
まるで今までのことはなかったかのようにさっさと身支度をして
先頭を切ってその場所から離れ
まるでずっとこうして歩いていたかのような他愛もない会話を続け
僕たちはお互いが違う電車に乗るために別れるその場所へと向かう

「じゃさようなら」
あなたは笑顔でそういうと改札の向こうに消えていく
それからしばらくするとあなたから謝りやら後悔のメッセージが僕の携帯に届く
「そんなことはないよ有難う」と何度かメールを返すと
「しばらく会わないほうがいいね」と結論が来る

僕はあなたの複雑な気持ちを推し量るしかなく
でもそのメールには「そんなことはないよ」と返事を入れるのだけれど
あなたからのメールはそこから途切れてしまう
そしてそれはそれほど頻繁ではないけれどもよくあることなのだ

そこから数日はあなたからのメールが来なくなる
苦しんでいるのだろうか悩んでいるのだろうかと
僕は気を揉むけれども
だからといってメールを送ることはかえってあなたを混乱させるのだと
それはかえってあなたの気持ちを傷つけるのだと
なぜか自分ではそう分かっていてだからそういうときはあなたにメールは送らない

あなたは美しく若い女性で僕は美しくはない中年のおやじだ
あなたの苦悩はそんなところにあるのではなく
僕がこの年頃としては普通に家庭をもっているということ
あなたがその年頃としては普通に美しい独身女性であるということ

世間的に見れば僕はいい加減で女にだらしがない中年男の典型であり狼であり
あなたは狼のような中年男に騙されているのであろう可哀相な子兎かも知れない
けれどありふれた言葉を使えば僕はあなたを愛していることに違いはない

あなたが僕をどう思っているのかは僕としては推し量るしかないのだけれども
便利なちょっと深すぎる友達なのか
それとも友達のレベルにも達していない便利な知り合いなのか
あるいはもしかしたら心の奥では僕を少しは愛してくれているのかもしれない

数日後気がつくと携帯電話のアラームが鳴っている
もしかしてとなぜかあなたからのメールのときは分かるのだけれど
携帯電話を開いてみるとそこには
あなたからの他愛もない悪戯っぽいメッセージが届けられている

(銀河・詩の手帖246号掲載作品)

コメント (2)
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