KCF的徒然草

KouChan's Factory管理人の心の叫びor反省文

龍・流訪問記 パート1

2016-01-31 21:04:59 | まち歩き
 昨日、T-TRAKの有志メンバーたちと、新年会として関東鉄道流鉄を訪問してきましたので、その顛末をば。

 前日深夜から関東地方で再び大雪の予報が出ており、旅行そのものの開催も一時危ぶまれていたが、当日ふたを開けてみれば雪は降っておらず、気温が低いながらも小雨(これもすぐに止んだ)で、特に中止の連絡もなかったので、予定通りに家を出る。

 10時前、品川駅のホームから、常磐線直通の特別快速で、まずは関東鉄道竜ヶ崎線に乗るため、接続駅である佐貫へ向かう。


今回はこの列車で移動する間に、参加するメンバーが合流することになっていて、最初3名からスタートしたが、着いた時には現地合流を合わせると9人にまで膨れ上がっていた。

乗り換え時間が5分しかない、というので、急ごうと思ったが、あまりの寒さにどうしてもトイレに行きたくなり、用をそこそこ足してから、


駅に着いたら列車は行ってしまっていた。次に来るのは30分後・・・。


と思ってたら、十数分で列車がやってきた。


関東鉄道竜ヶ崎線は、佐貫~竜ヶ崎間の4.5km、時間にしてわずか7分程度と短い。
この日は旧型のキハ532形ディーゼルカーが1両で往復していた。


この気動車の面白いところは、竜ヶ崎に向かって右側のドアしか開かないから、ドアが開く側に運転台があること。

この写真では右側にあるが、逆サイドでは左側にある。

終点の竜ヶ崎で降り、ここから、最初の目的地である歴史民俗資料館をめざす。


歩くこと15分くらいで到着。


かつて竜ヶ崎線(龍ヶ崎鉄道)で活躍していた4号蒸気機関車(SL)と対面。


案内板によれば、大正14年に製造され、昭和40年まで走っていたという。


動輪3軸のC型タンク機関車。動輪が小さい。


そしてその隣にある、古い商店(タバコ屋)と、


農機具を納めていたという「まで屋」という建物(移築と思われる)。

龍ヶ崎は、かつては農業で栄えていた村だったという。その時に使われた農機具などが置かれていた。


再び元来た道をたどって駅まで戻る。後からやってくるメンバーと合流するため、先ほどのディーゼルで佐貫まで舞い戻る。

復路の車内は、学校が終わった学生たちでにぎわっていた。ここでも、地方の鉄道の必要性を感じた。
佐貫に着くや否や、常磐線の乗換え時間が迫っていたので、急いで(!?)ホームへ降りると同時に、列車が滑り込んできて、こんどは間に合った。


ここで旅行幹事から、「この後とある有名な蕎麦屋で昼食にします」。

それが、我孫子駅ホームの駅そば店「弥生軒」。
で、ここの一番人気(!?)だという、から揚げそばを注文。


出てきたから揚げがまたデカい。これが人気の理由だという。


ぼくはさすがに1個あれば十分だし、そのから揚げも、衣のサクサク感と肉の甘みがそばとよく合っていて、おいしかった。けど、メンバーの中には、

2個、あるいは3個頼んだツワモノが・・・。


お腹が満たされたところで、この続きは次回。
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