岐阜県美濃市 「うだつの上がる町並み」に来たのは、これで2回目です。
10月に行った時は 美濃和紙あかりアート展 が開催されてました。
うだつの上がる町並み
江戸初期、金森長近が長良川河畔に小倉山城を築き、町割りが行われ
漢字の「目」の形に造られました。和紙を中心とした商業が盛んであって
その繁栄ぶりを物語る 「うだつ」 のある町並みが、ここに残っていました。
立派な 「うだつ」 です。
江戸時代の 「うだつが上がらない」 の語源になっているのは、屋根の両端
を一段高くして、火災の時に類焼を防ぐ防火壁が目的だったのですが、冨の
象徴でもある為、「うだつ」を上げることが出来ない人を言うようになりました。
頭に 「うだつ」 が載った、美濃市ゆるキャラ 「うだつくん」 です。
「美濃和紙あかりアート展」 は、10月13日で終わっていますが
展示されていたアートの作品が、町並みの数カ所に展示されていました。
馬つなぎ石
昔、馬車の馬をつなぎとめておいた石で、川湊から続く道の
かたわらにたくさん置いてあったそうです。
10月に行った時は 美濃和紙あかりアート展 が開催されてました。
うだつの上がる町並み
江戸初期、金森長近が長良川河畔に小倉山城を築き、町割りが行われ
漢字の「目」の形に造られました。和紙を中心とした商業が盛んであって
その繁栄ぶりを物語る 「うだつ」 のある町並みが、ここに残っていました。
立派な 「うだつ」 です。
江戸時代の 「うだつが上がらない」 の語源になっているのは、屋根の両端
を一段高くして、火災の時に類焼を防ぐ防火壁が目的だったのですが、冨の
象徴でもある為、「うだつ」を上げることが出来ない人を言うようになりました。
頭に 「うだつ」 が載った、美濃市ゆるキャラ 「うだつくん」 です。
「美濃和紙あかりアート展」 は、10月13日で終わっていますが
展示されていたアートの作品が、町並みの数カ所に展示されていました。
馬つなぎ石
昔、馬車の馬をつなぎとめておいた石で、川湊から続く道の
かたわらにたくさん置いてあったそうです。
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