kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

京都御苑・仙洞御所参観5 「南池・お冷し→柿本社→又新亭」

2016年04月23日 | 仙洞御所 参観
お冷し


お冷しは、冬に池から切り出した天然水を保存し夏に備えた氷室です。
奥行:7メートル余り、幅:4メートル弱、深さ:約4メートルほどの大きさで
二段に掘り下げて周囲を石垣で補強しています。(4月11日


柿本社(かきのもとやしろ)


桜の馬場を北に進むと、西側に簡素な社祠が南向きに建っていてます。
万葉の歌人・柿本人麿呂(かきのもとのひとまろ)が祀られていました。


又新亭(ゆうしんてい)


南池を右手に見ながら北に進むと、茶亭「又新亭」があります。
もとはここに、霊元上皇が宝永六年(1709)に修学院離宮上の御茶屋から
移築され、冬の景で仙洞十景に選ばれた止々斎(ししさい)が建っています。

写真下部分の左に、小さな石が置かれているのが見えます。


この石は、四つ目垣で囲むことで結界を設けているそうです。


外腰掛は、片庇(かたびさし)の柿葺の屋根に袖壁をつけ
左側の袖壁には竹格子のはまった下地窓が、右側は吹き抜きです。

下地窓のある方が上座で、正客用の踏石が置かれているのに対し
吹き抜きの袖壁に接する下座は竹張りの腰掛けとされています。
外腰掛は、結界を入った左上のところにあります。


又新亭の中門は萱門(かやもん)、利休杉といわれる構えで柱間いっぱいに
開閉する扉で、お茶事用の小さな中潜のついた凝ったつくりです。
庭はこの門を境にして内側を内路地、外側を外路地に見立てています。


急な傾斜の茅葺屋根をかけた入母屋造りの茶室は、近衛忠煕と親交の篤かった
裏千家・十一世玄々斎精中が江戸末期に創建したものといわれ、現在の裏千家に
ある茶室・又隱(ゆういん)によく似ているそうです。


ここは、大宮御所から潜り門(写真右側)を抜けて最初に北池を望んだ場所の
すぐ右手にあったのが、この四つ目垣に囲まれた建物「又新亭」だったのです。
これで、仙洞御所の庭園(北池・南池)をほぼ一周したことになります。


それでは、大宮御所への潜り門をくぐって仙洞御所参観を終わります。
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京都御苑・仙洞御所参観4「南池・最南端から南池を一望する醒花亭」

2016年04月22日 | 仙洞御所 参観
藤棚の八つ橋から中島を後にして・・・


中島を振り返ると小舟がありました・・・(4月11日


洲浜(一升石)の先に茶亭「醒花亭(せいかてい)」が見えます。


南池の最南端から、藤棚の八つ橋・中島・土橋が一望できます。


庭園の最も南にある数寄屋造りの「醒花亭」

北面に面した南池を一望できるように位置し 、正面の玄関には廂(ひさし)を
付けだし、腰高障子が入っています。柿葺(こけらぶき)の屋根が美しいです。


醒花亭東側の書院

醒花亭の「醒花」は、李白の詩から採られたもので鴨居の上に拓本の額として掲げられています。額の字は中国の明の時代の「郭 子章(かく ししょう)」の筆。


正面右半分に、玄関の土間をがついてます。


手水鉢と灯籠


灯籠から見る「醒花亭」

内部 は襖で仕切られ、天井は1つで繋がっています。


桜の馬場と呼ばれる「醒花亭の桜」

洲浜に沿って直線に広がる「桜の馬場」と呼ばれる広い道で、延享四年(1747)に桜町上皇が歌人の冷泉為村に選ばせた仙洞十景の一つに挙げられています。


醒花亭の西側に、使われていたような井戸があります。


醒花亭は、ここまでのようです。
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京都御苑・仙洞御所参観3「南池・藤棚のある八つ橋と一升石の洲浜」

2016年04月21日 | 仙洞御所 参観
紅葉橋を渡ると南池です。


仙洞御所の一番人気の「藤棚が美しい八つ橋」
(4月11日


「一升石」と呼ばれる石が敷き詰められた「洲浜」

一升石は、小田原藩主が領内の海岸の石を集めて献上されれたもので
直系約10センチほどの、平たくてきれいな円形・小判形をしています。


石一つにつき米一升を与えて集めさせた石

姫路城の石垣を集めるのは大変だったと書いたこともあります。
大きさ・色・形の石を揃えた石を、これだけ集めるのは(約11万個以上)
大変だったと想像はできますが、それほど必要な石だったのですね。


八つ橋が現在のような石橋に作り替えられ、藤棚がしつらえたのは
明治二十八年(1895)の頃です。


藤棚の高さが、入口と出口(写真左)で違っています。
入口が「下り藤」で、一段低くなっている出口が「上り藤」です。


これは「上り藤」ですが、私には「下り藤」との違いが分かりません。
花が咲いたら分かるのでしょうか?


八つ橋を渡った中島にある、水戸家からの献上された石灯篭です。
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京都御苑・仙洞御所参観2「大宮御所から北池へ」

2016年04月20日 | 仙洞御所 参観
大宮御所内庭の東側から南に向かって築地塀が長く伸びていたところに


仙洞御所の庭園へと続く潜り門がありくぐると・・・
(4月11日


その先は、仙洞御所の北池が広がっていました。

北池はもともと大宮御所の庭園だったが、延享(えんきょう)四年(1747)に大宮御所の北池と仙洞御所の南池が堀割で結ばれ、池と庭園が一つになったそうです。


阿古瀬淵(あこせがぶち)に架かる石橋「六枚橋」

六枚橋は、長さ1メートル90センチ・幅約1メートルの切石6枚を3枚ずつ二列に並べて、つなぎ目部分に短い橋脚を建て、やや反りをもたせてあります。


阿古瀬淵(あこせがぶち)

名前の由来は、平安時代の歌人の紀貫之の邸宅がこの近くにあったとされることから、貫之の童名「阿古久曾(あこくそ)」などと色々ありますが、女御所の造営前から伝わる名称のようです。


お手入れの届いたお庭・・・もう少し立ち止まっていたい気分です。


あっ! 池の向こうに見える白壁の左が、北池に入った潜り門です。
(上から2番目の、初めて北池を見た場所です。)


北池八つ橋

中島から八つ橋を通って東岸に渡たります。
橋は、長さ約5メートル、幅・厚さとも50センチ余りもある切石を二本ずつ稲妻型に並べてあり、太い石の橋脚二本で支えたどっしりとしたつくりです。

池に架かる他の橋とは趣が違い、もとは欄干のついた土橋が架かっていたが、大正三年(1914)に三条白川橋の石材を用いて架け替えたものです。


紅葉橋から南池の藤棚のある八つ橋が見えてます。

仙洞御所で一番人気の藤棚ですが、今日は藤の季節にはまだ少し早いです。


藤棚の下から見える「中島への紅葉橋」

紅葉橋は、大正三年に現在のような土橋に架け替えられました。
春は新緑の楓、秋は深紅に紅葉した楓が土橋を彩ります。


そして、雄滝(おたき)も見えています。

落差約2メートル30センチの小さな滝で、最上流には山神社が祀られ、滝口のすぐ南の池畔に三畳敷きほどの平らな円形の草紙洗いの石があるのですが、コースではなかったので見れませんでした。
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京都御苑・仙洞御所参観1「大宮御所」

2016年04月17日 | 仙洞御所 参観

京都迎賓館・桂離宮を参観してきた友人たちと一緒に
仙洞御所を参観してきました。 (4月11日


仙洞御所は、京都御所の東南の白い築地堀に囲まれた
広さ約9万1600平方メートルの敷地に仙洞御所と大宮御所があります。


如意岳の大文字を借景に建つ「大宮御所表門」です。

仙洞御所参観は、この大宮御所表門が参観者出入口になっています。
脇門をもつ重厚な棟門形式で、入口では警察の方が待機されています。


表門を入ると、玉砂利の敷き詰められた広場の先に「向唐破風屋根」が
美しい,大宮御所常御殿(つねごてん)の車寄せが見えました。

唐破風(からはふ)屋根の背後に、銅板の切妻屋根が二重に雁行し
優美な曲線を描いた「大宮御所」は、東福門院として造営されました。


現存する大宮御所は、嘉永七年(1854)に焼失した後、慶応三年(1867)に英照皇太后(孝明天皇皇后)の御所として、新たに造営されたもので、約100メートル四方の敷地に常御殿・車寄・御文庫・庭園があります。


大政奉還に伴って、明治五年(1872)に皇太后が東京に移られ、大宮御所は女院御所としての役割を終えましたが、大正時代に内部を洋風に改装して現在も天皇皇后両陛下や皇太子同妃殿下が来られた際に使用されているそうです。


大宮御所御常御殿の南庭です。

車寄の道を塀沿いに進むと小門があり、常御殿の南庭に出ます。
常御殿には「松竹梅の庭」と呼ばれる南庭があって
庭に降りる階段の左右に、白梅・紅梅が植えられていました。


中央の少し奥まったところに、大きな松の木が植えられ


築地塀寄りに「呉竹」の植え込みがありました。
内庭には遺水(やりみず)を引き、繊細さが感じられるお庭です。

内庭の東側から南に向かって築地塀が長く伸びていたところに
仙洞御所の庭園へと続く潜り門がありました。
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