のんびりだらだらあれとかこれとか…
あれとかこれとか (Lefty)


結構前の話になりますが、運転免許の更新に行ってきました。

何年かに一回だし、その間に代わっていたこととかも結構あったので
備忘録代わりに。

1.IC免許証が役に立った

免許更新の時に一番びっくりしたのが、書類記入の時。
IC免許証をATM風の機会に通すと、必要事項が記載された用紙が出力されて、
あとは変更点があれば補足を入れるだけになってました。
以前はいろいろ手書きしていた記憶があるし、
さらに昔の話だと「代書屋さん」にお金払って書類作ってもらっていたんですよね。
便利になったものです。

いやまあ、IC免許証ってこの時以外役に立った記憶はないのですが。

2.視力検査のこと

実は、数年前から、片目だけ、視力がガクンと落ちているんですよ。
でも、全然見えないというわけではなく、
また、日常生活には支障がなかったので気にせず免許更新に行ったら、

視力検査って普通免許でも両方の視力を(片目ずつ)検査するんですね。
なぜか免許更新の視力検査は両眼視で検査するとばっかり思ってました。
それで、前日結構遅くまで仕事していたせいか、
視力検査ではねられそうになってしまいました。
急いで眼鏡作るかとも思ったのですが、ギリギリ見えなかったレベルだったこともあり、
少し目を休めて再度検査してパスしました。

とりあえず今回までは「眼鏡等着用」の注意書きはなしで行けました。

あと、IC免許証の暗証番号まわりで何かあったとメモには残ってるのですが…
時間がたったこともあり、すっかり忘れてしまいました。

まあそんな感じで。

次は眼鏡必要になるかな…・

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あのドラマの続編ってことだし、
だからこのタイトルってのはよくわかるし、
そもそも英語原題そのまんまだし……。

ということはわかるのですが、
沖縄人のわたしは、このタイトルには釈然としないものを感じるのです。


フラーハウスをオンラインで観る | Netflix (ネットフリックス)




参考:フラー(ふらー)とは - 沖縄方言辞典 あじまぁ
「わたるがぴゅん!」でもよく出てきてましたね。
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情報商材が批判されがちだけど、情報を売ること自体がダメなんだったら
新書系の電子書籍もダメだと思うんです。

情報商材の問題は、それがマルチのネタでしかなかったり、
情報に嘘があるなど詐欺性の強いものであるからだと思うのですが…。

情報「商品」ではなく情報「商材」だから問題?

でもやっぱり「情報商材」ってネーミングは誤解を生む表現だと思う。
これって作っている側がつけた「自称」なんでしたっけ?
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ちょっと前に何人かでカラオケに行った時の話。

流れが「歌う」より「会話する」モードになってて、「どうせなら普段歌えない曲を歌うか」とリモコン端末で検索してみたところ、見つかったのが

Pink Floyed/Shine On You Crazy Diamond

すごく好きな曲で、なかなかカラオケで見たことの無い曲だったので、「これはいい」と予約。

待ち時間もなく演奏(?)開始。神秘的なキーボードの演奏が
…ってええ? ここから?

まあ他に歌う人がいる気配はないし…としばらく聞いていたらやっとメインリフが入ってきて
…ってこの時点で3分近く立ってるうよね?多分。

これは!と早送りしてみても歌が始まる気配がない。

これ、オリジナルアルバムの構成そのままだ。
(ということは歌い出しまで8分30秒以上…)

結局早送りしまくって(何事もなかったかのように)2番まで歌ってとっとと中止をいれました。歌わずに止めるのもなんか悔しかったので。



いや。イントロが長い曲だってのは知ってたんですよ。
でもまさか本当にカット無しで収録するとは思ってなかったんです。

実際Metallica/Master of puppetsとかDeep Purple/Highway Starとかは
間奏部分大幅にカットされてたの知ってたし…。


というか、打ち込む段階で「これ、そのまま収録するってどうよ?」とは思わなかったんだろうか?

最後にもう一度
DAMのShine On You Crazy Diamond はオリジナル構成そのままなので注意!

参考:Shine On You Crazy Diamond (Full Length: Parts I - IX) - Pink Floyd - YouTube
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そんなこんなで大晦日。

今年の記事数数えたらこれを除くとちょうど10。
ついに月一ペース切っちゃいました。

ここ最近幾つかネタは溜まってるんですけどね…。

で、毎年恒例の「今年のヒト文字」
毎年恒例の企画がほぼ無くなったけどまあこれは続けようかと。

今年は「足」。足に振り回されてしまった感じもあるので…。

今年の春頃すねを深めにすりむくような怪我をしてしまって

これが何週間かたっても治らない。
いや。出血自体はしばらくすると収まったのですが、
リンパ液みたいなものが止まらない状態で絆創膏したままで数ヶ月。

「これはさすがに」と皮膚科に行ってみると、
「これ、治りが遅いのはむくみのせいだね。
 皮膚科の治療ではあまり効果がなさそう。
 治りが悪いようだと大学病院で酸素カプセル行かないとだね」
とのこと。

怪我自体は絆創膏があれば生活に支障がある感じじゃなかったので
とりあえず放置してました。

それで、秋から冬になろうとするある日。
今度は足の別の場所にイボができてしまって、
イボの薬を買いに行った店頭で見つけた「イボによく効くはと麦茶成分の〜」
というのぼり。

それを真に受けて、はと麦茶を一緒に買ってしまいました。
(そののぼりで宣伝してた薬は結局買わずに)

実はイボ自体は薬のおかげで一週間程度で治ったので
はと麦茶の効果があったかどうかはよくわからないのですが、
せっかく買ったのだしと残りのお茶を飲んでいました。

すると、あれほど止まらなかったリンパ液が気がついたら止まってました。
まだ完治はしてないのですが、なんとか良くなっていきそうな感じです。

という青汁風味の記事を書いてしまうくらい今年はその足の怪我に振り回され、
それとは別に腰からくる足の痛みもありで、
全体的に足にいろいろある年でした。

年齢的なはなしですかねぇ…。

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「大御所芸」ってのがあると思うんですよ。

ある程度以上の大御所が、
自分が飛び抜けて立場的に一番上ので「気を使われている大御所」という状況の時、
その立場や芸歴などをいい意味で鼻にかけたり適度に下克上受けたりでそれを芸にするという感じ

昔の内海桂子とか、現役で言うと伊東四朗とか、
タイプは違うけどいい感じで「大御所芸」をしてたと思うんですよ。

それで思い出したのですが、昔のかくし芸大会での「銅像コント」もそれに近いかもしれないです。

芸人以外で言うと、その辺りがうまいと思うのが泉ピン子。
絵に描いたような「嫌味な大御所女優」を演じてる感じで。
さすがコントとかも数多くこなした女優だなと思います。

いや。なんでこんなこと書いてるかというと、
今見ているTHE MANZAIにビートたけしが出てるのですが、
「この人大御所芸できないよな」というのをつくづく思うんですよね。
自分が「気を使われている大御所」という自覚が感じられないというか…。
昔から軍団に囲まれて持ち上げられているのが通常運転だからなんでしょうかね?

むしろ最近ならさんまのほうが大御所芸は上手いんじゃないかという気がします。
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先日、高校の同窓会があって、出席しました。

以前の記事(→でもやっぱり戻りたくはないな…)の当時と比べると地元の同級生とかと会う頻度が増えたというのもあり、
「壁の花」になることもなくそこそこ楽しく過ごせました。

ただ、その時に大変だったのが、「えっと…だれだっけ」という状態になったこと。

いやまあ。正直な話、当時の私は学校でそこそこ有名だったし、
見た目も当時とそう変わってるわけでもないらしく、
一目見てちゃんと名前で声かけられてたのですが、
私のほうが、相手の名前をなかなか思い出せなかったりしました。

そこで思ったのが
「やっぱり同窓会には名札が必須だよな」ということ。

「同窓会 名札」で検索すると結構ヒットするので、
やっぱり名札をつけるのは一般的かもしれないですね。

ただ、検索で飛んでみた先でみた
「結婚して性が変わった人はどうするの」
という話題を見て気づいたことが…。

これは地域的な話なのかもしれないのですが、
結構な割合で「フルネームで書かれてもピンと来ない」
人がいるんですよね。

私自身そうなのですが、呼ばれるときはもっぱらニックネーム
沖縄的名前省略法 だったり全然関係ないニックネームだったり)
で、そもそも姓も名前もフルネームで覚えていない・覚えられていない
という人は結構います。
(なので上で書いた「私の名前」も正確にはニックネームです)

そう考えると、事前に印刷するんじゃなくて、
受付の時に本人に書いてもらった方がいいかもしれないですね。


…という話を同窓会のなかで話題にしたのですが、その中で誰かがいった一言。

「でも、普通の名札の大きさだったら小さすぎて見るの大変かも」

うん。確かに年齢考えるとそうかも。
次に同窓会があるならその頃はさらに進行してそうだし、
A5サイズくらいにして印刷しないといけなくなるかもしれないですね…。

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某所で「給食のカレー」が話題になっていて、
私が小学校の頃の「カレー」ってどうだったっけ?
と思い出してみると…

家で出てくるような「カレーライス」って感じではなく、
サラサラしていて、
肉はばら肉ではなくひき肉が結構たっぷり入っていて…


今にして思えばあれって「キーマカレー」だったんですね。


どうしてまた…と考えたら理由に思い当たりました。

当時は「コッペパン、先割れスプーン」の時代。
特に低学年の頃は米飯は月一回あるかないか。
なので、「カレー」はたまに出てきたけど「カレーライス」は
なかなか出てこないメニューでした。

ということは「コッペパン+カレー」というメニュー構成が
結構あったわけで、
その時に出てきていたのが「キーマカレー」でした。

今にして思えば
パンと一緒に食べるなら(ナンではなくコッペパンだとしても)
キーマカレーという選択はなかなかいい選択だったんですね。


当然ながら小学校の給食メニューなので、
辛味は気持ち程度の「甘口」。
スパイスもそれなりには使われていたものの
いわゆる「カレーライス」しか知らなかった当時は
当時は「ええ?これで『カレー』と言い張るの?」
くらいに思っていました。

でも、今考えると、
あれは十分に「キーマカレー」だったんですよね。

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約30年ほど前の話です。

当時「ネバーエンディング・ストーリー」という映画が公開されて、
その主題歌である同名の曲をリマールが歌い、
日本でもヒットしていました。

ただ、当時の私はハードロック系メインで聞いていて
街で流れているこの曲を聞いても
「いい曲だとは思うけど好みではないかな」
という感じで聞き流していた記憶があります。


で、最近の話。
車で移動中にラジオからこの曲が流れてきて
「ああ。当時特に好きではなかったけど懐かしいではあるな」
みたいな感じで耳を傾けてたら「あれ?」と思うことがあり、
気づきました。


「こいつサビ歌ってない!!!」


いや。正確には歌ってないわけじゃないのですが
サビの部分は別の女性ボーカルが主旋律を歌っていて
その部分はリマールのパートは音量すら小さくなっていたんです。

リマールってたしかバンドを脱退してソロになったんですよね?
で、この曲はソロ名義の最大のヒットですよね?
ソロ単独の名義でデュエットとかフューチャリングとか無いですよね?

リアルタイムでちゃんと聞いていた人からすると
周知の事実かも知れませんが、
今更知った私にとっては驚愕の事実でした。


「じゃあライブとかどうしてたの?」と動画を漁ってみたら
テレビ出演の画像が引っかかったのですが、
やっぱり絵的には完全にデュエット曲ですね。
(→LIMAHL - The Neverending Story (LIVE) - YouTube
これで相手がクレジットすらされていない
(→THE NEVER ENDING STORY - Wikipedia
と言うのはすごい話だと思うのです。

ちなみに、その脱退したバンドであるKajagoogooは
その後オリジナルメンバーでの再結成をしていて
その時にこの曲をやっているのですが、
サビの主戦慄をベーシストが完全に歌いこなしていてちょっとおもしろかったです。
▶ Kajagoogoo Never Ending Story. - YouTube


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なんかいろいろ話題になってますが、ドッジボールの話。

ドッジボール、学校での強制参加を禁止にするべきでは?|勝部元気のラブフェミ論

私の意見としては
「ああ。言われてみればあれを学校でやるメリットって
 よくわからないし、書かれているようなデメリットって大きいので
 廃止でも構わないかな」
という感じです。

ただ、それはそれとして私の中では
ドッジボールにあまり悪いイメージが無いんですよね。

正直私は運動が苦手で、かついじめられっ子側。
学校の体育の時間は嫌だったです。
で、球技とか(特に野球系)嫌だったという記憶があります。

ただ、それでもドッジボールにはそういうものが無くて、
内野で避けまくって(当然最初に狙われてすぐ当たる)
外野でこぼれ球拾いに走るだけで結構楽しかった記憶があるんですよね。

私の場合と上のリンク先にあるような
「トラウマになるようなドッジボール」
との違いはなんだろうかと考えてみました。

1.厳密な勝利を要求されなかった

別の言い方をすると「ガチじゃなかった」という感じ。
私がドッジボールをやってたのは小学校の授業と高校の球技大会。
小学校の授業の場合はある程度体力差を考慮して
適当に組み分けしたその場のチーム。
高校の場合、球技大会と入ってもクラス対抗ではなく
「兄弟学級対抗」のお祭り的なもの。
(40人vs40人って感じの大人数変則ルール)
それに向けての練習とか勝った負けたをあとに引きずるとかは
全くない状況でした。
そういう理由で、「足を引っ張る」とかそういうのを考えずに
適当に逃げてあたって球拾いに走って…という感じで
できたというのは今考えると大きいかなと。

あ。小学生の頃休み時間にやっている人はいたけど
そんなガチ勢にはさすがに参加していませんでした。
そこが「強制参加」だったらまた違ったでしょうね。

2.「吊し上げ」的な発想がなかった

とりあえずそういう発想が一番強いであろう中学時代は
一切ドッジボールはなかったです。(←多分重要)
小学校時代は「とりあえず弱い奴は早めに外に出せ」と
狙われることは多かったですが、無駄に強く当てるという発想は
みんななかった記憶があります。
ましてや、「顔を狙う」なんてことはなかったし。
で、高校時代のやつは、完全な即席チームだったし、
人数が人数なので、「とにかく投げる」って感じでした。
そんなこんなで顔に当たることはほぼなかったし、
腕とかに強いボールがあたったりしても
そこまであとを引くことはない感じでした。

ということで、私の環境とか偶然の要因で、
ドッジボールが「いい思い出」になったんじゃないかと思います。
(と言うか、高校の球技大会のお祭り感がすごく印象にあるので
 それに引きずられてるのかも)
その辺り違う環境だったら私も嫌いになってたかもしれないですね。


個人的に思うのは、90年頃の「スーパードッジ」ブームで、
ドッジボールが「ゆるい遊び」じゃなくなったのかも
しれないと言うこと。
バスケとかのノリでドッジボールやったら確かにきついかも…。

まあ、そういうゆるい遊びだったとして、
それを体育の授業でやるメリットって?って考えたら
別に廃止でもいいんじゃないかなという気はしますが…。
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