275)ゲフィチニブ(イレッサ)やエルロチニブ(タルセバ)の薬剤耐性を防ぐシリマリンとジインドリルメタン

図:上皮成長因子受容体(EGFR)にリガンド(EGF, TGF-αなど)が結合すると、EGFRは二量体化し自己リン酸化を起こして、さらに細胞内のシグナル伝達(MAPK経路、JAK-STAT経路、PI3K-AKT-mTOR経路など)を活性化して核内にシグナルを伝達する。その結果、細胞増殖、アポトーシス抵抗性、血管新生、浸潤・転移などが起こる。EGFRの阻害作用はがんの分指標的薬のターゲットになっており、リン酸化を阻害するEGFRチロシンキナーゼ阻害剤(ゲフィニチブやエルロチニブ)などの薬が開発されている。サプリメントのシリビニン(ミルクシスル)とジインドリルメタンがEGFR阻害薬の抗腫瘍効果を高め、薬剤耐性を克服する可能性が報告されている。

275)ゲフィチニブ(イレッサ)やエルロチニブ(タルセバ)の薬剤耐性を防ぐシリマリンとジインドリルメタン

【上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤とは】
ゲフィチニブ(Gefitini:商品名イレッサ)とエルロチニブ(erlotinib:商品名タルセバ)は上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤と呼ばれる分子標的治療薬です。
上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor; EGFR)は、細胞膜を貫通して存在する分子量170キロダルトンの糖蛋白質で、チロシンキナーゼ型受容体の一種です。細胞外(血液や体液中)にある成長因子(EGFやTGF-αなど)のシグナルを細胞内に伝える働きをします。
EGFRは621個のアミノ酸から構成される細胞外領域(リガンド結合ドメイン)、23アミノ酸の膜貫通領域、542アミノ酸の細胞内領域(チロシンキナーゼ・ドメイン)を持ちます。細胞外領域に上皮成長因子(EGF)やTGF-αなどのリガンドが結合すると、受容体は細胞膜上を移動して、EGFR同士、あるいは他のErbBファミリー受容体と
二量体を形成します。二量体を形成すると、細胞内領域にあるチロシンキナーゼ部位はATP(アデノシン三リン酸)を利用して受容体の細胞内領域にあるチロシン残基を自己リン酸化します。チロシンのリン酸化が起こると、さらに細胞内のシグナル伝達系の蛋白質が次々に活性化され、増殖シグナルが核まで伝わり、増殖に関連する遺伝子の発現が起こります。その結果、細胞増殖、アポトーシス抑制、血管新生、浸潤・転移などが起こります。
EGFRは正常組織において細胞の分化や増殖の調節に重要な役割を演じていますが、このEGFRに遺伝子異常(増幅や変異や構造変化)や過剰発現が起きると、細胞のがん化や、増殖、浸潤、転移などに関与するようになります。実際に多くのがんでEGFRの遺伝子異常や過剰発現が認められています。
したがって、EGFRのチロシンキナーゼ活性を阻害する薬はがんの治療薬となります。そのような目的で開発され、現在使用されている
EGFRチロシンキナーゼ阻害薬がゲフィチニブ(商品名:イレッサ)とエルロチニブ(商品名:タルセバ)です。ゲフィチニブとエルロチニブはEGFRのチロシンキナーゼのATP結合部位にATPと競合的に結合することで、EGFRの自己リン酸化を阻害し、シグナル伝達を遮断することで、がん細胞の増殖抑制やアポトーシスを誘導します。

【ゲフィチニブとエルロチニブに対する耐性とは】
ゲフィチニブはEGFRの構造に特定の遺伝子変異がある場合に効果が出ることが知られています。つまり、EGFRをコードする遺伝子のうち、エクソン19にコードされるDNA15塩基(アミノ酸5残基)が欠損したもの、エクソン21にコードされる858番目のアミノ酸のロイシンがアルギニンへ置換したもの (L858R)、エクソン20にコードされる719番目のグリシンがセリン、アラニンあるいはシステインに置換されたもの (G719X) の3つの変異が存在すると、ゲフィチニブが腫瘍縮小効果を示すことが知られています。
これらの遺伝子変異は、EGFRのATP結合部位に構造変化を起こすため、EGF結合がなくても恒常的に活性化するようになり、細胞の悪性化に関わる一方、ゲフィチニブへの親和性も高まるため、ゲフィチニブによりがん細胞がアポトーシスを起こし、腫瘍縮小効果を示します。
このような遺伝子変異は非小細胞肺癌の10%程度に存在し、また非喫煙者、女性、腺がん、東洋人に多く存在することが知られており、このような条件の肺がんの場合はゲフィチニブが効く可能性が高いと言えます。エルロチニブ(タルセバ)も、同様の変異があると効果が出やすいことが知られています。
このような感受性を高める遺伝子変異とは別に、
ゲフィチニブやエルロチニブに耐性になる変異も知られています。ゲフィチニブやエルロチニブが効いていても、いずれ効かなくなります。これらの薬による無増悪生存期間の平均は9~13ヶ月と言われています。つまり1年くらいすると半分くらいは効果が無くなって、がんが増殖しだします。
上述のゲフィチニブ感受性変異EGFRにさらに二次的な変異が生じることで、ゲフィチニブ耐性となります。EGFRの790番目のアミノ酸であるスレオニンのメチオニンへの置換 (
T790M)や、761番目のアスパラギン酸のチロシンへの置換 (D761Y)がゲフィチニブ耐性変異として報告されています。790番目のスレオニンはATP結合部位にあり、T790Mの変異によってEGFRとATPの親和性が高くなることによって耐性になると考えられており、ゲフィチニブに耐性を獲得した非小細胞肺癌の約半数にみられます。

【ゲニチニブやエルロチニブの耐性を克服するシリマリンとジインドリルメタン】
抗がん作用のあるサプリメントとしてがん治療に使用されているシリビニンジインドリルメタンがゲフィチニブやエルロチニブの耐性を克服する可能性が報告されています。
シリビニンミルクシスルというハーブに含まれるシリマリンというフラボノリグナンの主成分です。(270話参照
ジインドリルメタンはアブラナ科植物に含まれる成分です。(101話参照
以下のような論文が報告されています。

Combined treatment with silibinin and epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitors overcomes drug resistance caused by T790M mutation.(シリビニンと上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤の併用療法はT790M変異による薬剤耐性を克服する)Mol Cancer Ther 9(12): 3233-43, 2010
【要旨】上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)は上皮成長因子受容体(EGFR)に遺伝子変異(=ゲフィチニブ感受性変異)を持つ肺がんに対して、はじめは顕著な縮小効果を示すが、多くの場合、変異EGFRにさらに二次的な変異が生じることで、ゲフィチニブ耐性となって効かなくなる。このEGFR-TKIに対する薬剤耐性の約半分はEGFRの790番目のアミノ酸のスレオニンがメチオニンに置換(T790M)による遺伝子変異が原因になっている。シリビニンはEGFRの調節作用を含めて様々な抗腫瘍効果を持つので、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤のゲフィチニブ(gefitinib)やエルロチニブ(erlotinib)と併用することによって、T790M変異による薬剤耐性を克服できるかどうかを検討する目的で本研究を行った。 
シリビニンは、変異のあるEGFRをもった肺がん細胞では、受容体の二量体化を阻害することによってEGFRファミリー(EGFR, ErbB2, ErbB3)の活性を選択的に低下させる。EGFRの変異の無い肺がん細胞にはシリビニンはEGFRファミリーの阻害作用は示さない。T790M変異をもってEGFR-TKIに耐性を獲得した細胞を使った実験で、シリビニンはEGFR-TKIの活性を増強し、EGFRによる増殖シグナルを低下させ、細胞の増殖を阻害した。同様に、シリビニンとエルロチニブ(erlotinib)の併用は、マウスに移植したエルロチニブ耐性がん細胞の増殖を著明に抑制した。
これらの結果は
、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤にシリビニンを併用することは、T790M変異による薬剤耐性を克服する有望な治療法であることを示している。

 

Apoptosis-inducing effect of erlotinib is potentiated by 3,3'-diindolylmethane in vitro and in vivo using an orthotopic model of pancreatic cancer.(膵臓がんの培養細胞と動物を用いた実験モデルにおけるエルロチニブによるアポトーシス誘導作用はジインドリルメタンで増強される)Mol Cancer Ther. 7(6):1708-1719 2008
【論文要旨の抜粋】エルロチニブ(商品名:タルセバ)は上皮成長因子受容体(EGFR)を阻害する抗がん剤であるが、EGFRだけを阻害しても、がん細胞の増殖を抑える効果には限界がある。EGFRの他にも、細胞増殖に関連するシグナル伝達を抑えると、がん細胞の増殖を抑える効果を高めることができる。この報告では、エルロチニブによって誘導されるアポトーシスをジインドリルメタンが増強することを、培養細胞(in vitro)と動物(in vivo)を使った実験で示している。膵臓がんの培養細胞をジインドリルメタン (20 micromol/L)とエルロチニブ (2 micromol/L)を一緒に添加すると、それぞれ単独で添加した場合と比べて、がん細胞のアポトーシスが増強した。動物実験においても、ジインドリルメンタンはエルロチニブの抗腫瘍効果を増強した。作用機序としては、ジインドリルメタンは転写因子NF-κBの活性を阻害することによって、エルロチニブに対するがん細胞の抵抗性を低下させることが示唆された

 

3,3'-Diindolylmethane (DIM) inhibits the growth and invasion of drug-resistant human cancer cells expressing EGFR mutants.(ジインドリルメタンは上皮成長因子受容体の遺伝子変異を持つ抗がん剤抵抗性のヒトがん細胞の増殖と浸潤を阻害する)Cancer Lett. 295(1): 59-68, 2010
【要旨】上皮成長因子受容体(EGFR)の変異は様々な抗がん剤治療や放射線治療に対する抵抗性と関連している。この研究では、がん細胞のEGFRの変異の有無や薬剤耐性の機序に関わらず、ジインドリルメタンが乳がんやグリオーマや非小細胞性肺がんの増殖や浸潤を阻害することを明らかにした。ジインドリルメタンは増殖因子のシグナル伝達や細胞周期の調節やアポトーシスに関連する蛋白質に作用して、がん細胞の増殖を抑制しアポトーシスを誘導する。したがって、がん治療にジインドリルメタンを併用すると、増殖や浸潤を阻害し、さらにEGFR変異に関連した薬剤耐性を克服することができる

 

Concurrent inhibition of NF-kappaB, cyclooxygenase-2, and epidermal growth factor receptor leads to greater anti-tumor activity in pancreatic cancer.(NF-κBとシクロオキシゲナーゼ-2と上皮成長因子受容体の同時阻害は膵臓がんに対する抗腫瘍効果を高める)J Cell Biochem. 110(1):171-81.2010
【要旨】転写因子NF-κBや、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)、上皮成長因子受容体(EGFR)のそれぞれは、がん細胞の増殖と生存を促進する作用がある。これらの活性を単独で阻害しても、進行した膵臓がんの治療には十分な効果は得られないことが臨床試験の結果明らかになっている。しかし、この3つの活性を同時に阻害すると、細胞増殖の抑制とアポトーシス(細胞死)の誘導が著明に増強される。ジインドリルメタンはNF-κBとCOX-2をともに阻害する作用が報告されており、がん予防物質として知られている。膵臓がん培養細胞を使った実験(in vitro)と膵臓がんを移植したマウスの実験(in vivo)で、EGFRの阻害作用を有するerlotinib(商品名:タルセバ)と、NF-κBとCOX-2の阻害作用を有するジインドリルメタンの併用は、gemcitabine(商品名:ジェムザール)の抗腫瘍活性を著明に増強した。この研究結果から、進行膵臓がんに対するジェムザールとタルセバによる治療に、ジインドリルメタンを併用すると、抗腫瘍効果を高めることができる

以上のような研究結果から、ゲフィチニブ(イレッサ)エルロチニブ(タルセバ)を使った抗がん剤治療において、シリビニンを含むシリマリン(ミルクシスルの種子のフラボノリグナン)とジインドリルメタンの併用は抗腫瘍効果を高め、薬剤耐性を克服する目的で有効だと推測されます。
また、EGFRのリガンド結合部位に結合してEGFRの活性化と二量体化を阻害するモノクローナル抗体のセツキシマブ(Cetuximab、商品名アービタックス)パニツムマブ(panitumumab、商品名ベクティビックス)、EGFRに類似したチロシンキナーゼ型受容体のHER2蛋白を阻害するトラスツズマブ(Trastuzumab、商品名ハーセプチン)パーツズマブ〔Pertuzumab、商品名オムニターグ〕などの治療に対しても、その作用機序から、シリビニンとジインドリルメタンの併用は有効だと考えられます。

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