図:がん組織内では、がん細胞と炎症性細胞や免疫細胞が相互に作用して活性化している。マクロファージなどの炎症細胞はプロスタグランジンE2(PGE2)や活性酸素の産生を増やし、PGE2と活性酸素は免疫担当細胞(樹状細胞、リンパ球、NK細胞など)の働きを抑制する。一方、PGE2は骨髄由来抑制細胞を動員しがん組織内で増える。骨髄由来抑制細胞は免疫担当細胞の働きを抑制し、制御性T細胞を誘導する。乳酸や水素イオンによるがん組織の酸性化は、免疫担当細胞の働きを抑制するが、骨髄由来抑制細胞の働きは活性化する。このような複数のメカニズムでがん組織内では免疫担当細胞の働きは抑制され、がん細胞を排除できない環境になっている。
したがって、PGE2を産生する
シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の阻害剤、
活性酸素を除去する抗酸化剤、がん細胞の
解糖系を阻害する2−デオキシグルコースやジクロロ酢酸ナトリウム、水素イオンの細胞外排出を阻害するプロトンポンプ阻害剤、
骨髄由来抑制細胞を阻害するシメチジンなどは、ペプチドワクチン療法や樹状細胞療法やリンパ球療法などの免疫療法に併用すると、それらの効果を高めることが予想されます。(
403話参照)
【制御性T細胞の多いがんは予後が悪い】
制御性T細胞(reguratory T cell; Treg)は免疫応答を抑制的に制御しているT細胞の一種で、過剰な免疫応答を抑制するためのブレーキとして働き、免疫系の恒常性維持で重要な役割を果たしています。
自己免疫疾患ではTregを活性化する治療が効果があります。Tregの増強は臓器移植の拒絶反応の抑制にも有効です。
一方、がんの場合は、がん組織のTregの数や活性の亢進が、抗腫瘍免疫を抑制し、がん細胞の増殖を促進している可能性が指摘されています。
例えば、大腸がんの患者でTregが多いと進行が早いという報告があります。次のような報告があります。
Presence of FOXP3+Treg cells is correlated with colorectal cancer progression,(FOXP3陽性の制御性T細胞の存在は大腸がんの進展と関連する)Int J Clin Exp Med 2014;7(7):1781-1785
FOXP3は転写因子の一種で制御性T細胞(Treg)に特徴的に発現しており、FOXP3陽性細胞の数はTregの数を意味し、FOXP3の発現が強いとTregの免疫抑制活性が高いことを意味します。
この論文では、63例の大腸がん組織と20例の健常人の大腸粘膜組織を比較しています。
さらに、大腸がん患者と健常人の末梢血中のFOXP3陽性Tregの数を比較しています。
その結果、正常大腸粘膜組織に比べて大腸がん組織の方がTregが多く、末梢血では健常人より大腸がん患者でTregの数が多いというデータが得られています。
例えば、大腸がん患者63例の末梢血のリンパ球中のFOXP3陽性Tregは11.27 ± 1.54%に対して正常人の末梢血中のFOXP3陽性Tregは6.31 ± 0.23%で統計的有意な差が認められています(下図)。
がんの進行度が高いほどTregの数値が高いという結果が得られており、Tregの存在が大腸がんの進行と関連することが報告されています。
FOXP3陽性Tregはナチュラルキラー細胞の活性を抑制するので、がん細胞の増殖を促進します。
Treg細胞でFOXP3の発現の高いほど免疫抑制活性が高いので、がん細胞の進行を促進する結果になります。
大腸がんの浸潤や転移や患者の予後を推定する上でTregの数は有用な指標となると結論しています。
同様の結果は乳がんでも指摘されています。以下のような報告があります。
Tumor-infiltrating lymphocytes, tumor characteristics, and recurrence in patients with early breast cancer.(早期乳がん患者における腫瘍内リンパ球と腫瘍の性状と再発の関係)Am J Clin Oncol. 36(3): 224-31, 2013年
ステージIからIIIの乳がん患者72例の腫瘍組織を免疫染色法によってCD8(+)T細胞、FOXP3(+)制御性T細胞,p53、Ki-67、HER-2(human epidermal growth factor receptor-2/neu)などの発現量を測定し、リンパ節転移や再発などとの関連を検討しています。
細胞傷害性T細胞(CD8+)が少ないとリンパ節転移が多く、ステージが進行し、Ki-67の発現(細胞増殖活性の指標)が多くなっていました。
一方、Fox3+Tregの数が多い組織では、リンパ節転移が多く、Ki-67の発現が高くなっていました。
Tregの強度とリンパ節転移の程度は強い正の相関が見られました。
制御性T細胞(Treg)の数が多いことは、CD8+の細胞傷害性T細胞の活性を抑制し、リンパ節転移を促進し、ステージを進行させ、予後を悪くするという結論です。
以上のことから、がんに対する免疫療法において制御性T細胞(Treg)を抑制する方法を併用すると抗腫瘍免疫を増強できる可能性が高くなります。Tregの抑制に内因性オピオイドの一種のメチオニン・エンケファリンが有効という報告があります
【メチオニン・エンケファリンによる抗腫瘍免疫の増強】
以下のような論文があります。
Methionine enkephalin (MENK) improves lymphocyte subpopulations in human peripheral blood of 50 cancer patients by inhibiting regulatory T cells (Tregs). (メチオニン・エンケファリンは50人のがん患者の末梢血におけるリンパ球組成を制御性T細胞を阻害することによって改善する)Human Vaccines & Immunotherapeutics. 2014;10(7):1836-1840. doi:10.4161/hv.28804.
50人のがん患者の末梢血を使って、メチオニン・エンケファリンの投与の前後でリンパ球組成がどのように変化するかを検討しています。
末梢血を採血してリンパ球分画を採取し、メチオニン・エンケファリン(1pM)の存在下で培養し, CD4+T 細胞(ヘルパーT細胞), CD8+T 細胞(細胞傷害性T細胞), CD4+CD25+ 制御性 T 細胞 (Treg), ナチュラル・キラー細胞の変化を検討しています。
その結果、メチオニン・エンケファリンは制御性T細胞の増殖を顕著に阻害し、その他のリンパ球の増殖は亢進しました。
この論文の著者らは、抗がん剤治療や放射線治療などで抑制された免疫機能を回復させ、さらに免疫機能を増強する目的でメチオニン・エンケファリンの投与は有効な補助療法となると言っています。
Immunotherapy of cancer via mediation of cytotoxic T lymphocytes by methionine enkephalin (MENK).(メチオニンエンケファリンによる細胞傷害性Tリンパ球を介したがんの免疫療法)Cancer Lett. 28;344(2):212-22. 2014年
この論文では、培養細胞を使ったin vitroの実験と、動物を用いたin vivoの実験系で、合成したメチオニン・エンケファリンの免疫系に対する作用を検討しています。その結果、メチオニン・エンケファリンは細胞傷害性Tリンパ球(CD8+T細胞)の数を増やし、さらにマウスに移植したS180腫瘍細胞に対するCD8+T細胞の抗腫瘍活性を高め、インターフェロンγの分泌を亢進しました。
培養細胞系および生体内でメチオニン・エンケファリンで活性化したのちにCD8+T細胞をマウスに移入すると、S180腫瘍細胞を移植されたマウスの生存期間が顕著に延び、腫瘍の顕著な縮小が認められました。
正常のCD8+T細胞にオピオイド受容体の発現が認められ、メチオニン・エンケファリンで処理するとさらにオピオイド受容体の発現が亢進しました。
メチオニン・エンケファリンとオピオイド受容体の結合を阻害するオピオイド受容体アンタゴニストのナルトレキソンを投与すると、メチオニン・エンケファリンによるCD8+T細胞の活性化作用が阻止されました。これは細胞傷害性T細胞の活性化にはCD8+T細胞におけるオピオイド受容体とメチオニン・エンケファリンの相互作用が必須であることを示唆しています。
メチオニン・エンケファリンによるT細胞の活性化のメカニズムには、細胞内へのカルシウム(Ca2+)流入の亢進とNFAT2の核内移行が関与しており、これらの変化もナルトレキソンで阻害されました。
つまり、細胞傷害性T細胞にはオピオイド受容体が発現し、これにメチオニン・エンケファリンが結合すると、カルシウム流入とNFAT2の核内移行を介して細胞傷害性T細胞の活性が亢進して、がん細胞に対して殺細胞作用を発揮するというメカニズムです。
NFAT2はT細胞の活性化に重要な転写因子で、通常はリン酸化された状態で細胞質に存在し、T細胞に刺激が与えられると活性化したカルシニューリンにより脱リン酸化され、核内輸送体と結合して核内へと輸送されていき、核内で転写因子として働いて細胞を活性化します。
いずれにしろ、メチオニン・エンケファリンはCD8+の細胞傷害性T細胞を活性化して抗腫瘍効果を発揮するという実験結果です。
Methionine enkephalin (MENK) inhibits tumor growth through regulating CD4+Foxp3+ regulatory T cells (Tregs) in mice.(メチオニン・エンケファリンはマウスにおいてCD4+Foxp3+の制御性T細胞の制御することによって腫瘍の増殖を阻害する)Cancer Biol Ther. 2015;16(3):450-9.
内因性神経ペプチドのメチオニン・エンケファリンは神経内分泌系と免疫系で重要な役割を果たしています。一方、CD4+Foxp3+ 制御性 T細胞 (Tregs)は免疫系のバランスを維持するために免疫系を抑制するT細胞の亜集団として認識されています。
この論文では、がん組織における制御性T細胞(Treg)とメチオニン・エンケファリンの相互作用について検討しています。
Transforming Growth Factor-β (TGF-β)はナイーブCD4+CD25- T細胞をCD4+CD25+ 制御性T細胞(Tregs)に移行させる作用があり、メチオニン・エンケファリンはこの作用を阻害しました。
この作用はSmad2/3のリン酸化と核内移行の阻害と関連していました。
さらに、S180肉腫細胞をマウスに移植する実験モデルを用い、メチオニン・エンケファリンが制御性T細胞の働きを阻害し、S180肉腫細胞の増殖を抑制することを示しています。
以上の結果から、メチオニン・エンケファリンが制御性T細胞の活性を抑制し抗腫瘍免疫を亢進してがん組織の増殖を抑制する作用があることが示されています。
メチオニン・エンケファリンは
オピオイド増殖因子と同じです。βエンドルフィンなどと同じ内因性オピオイドの一つです。オピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)については
380話で解説しています。
オピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)には、がん細胞の細胞周期を停止させる作用、血管新生阻害作用、ナチュラルキラー細胞活性およびTリンパ球活性の増強作用などが報告されています。臨床試験で末期の膵臓がん患者に使用して延命効果が認められています。
さらに、最近の研究で制御性T細胞を抑制して抗腫瘍免疫を活性化するので、免疫療法などと併用すると抗腫瘍効果を高めることができると思います。
オピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)は週に1~2回、点滴で投与します。副作用はほとんど経験しません。詳細は
こちら