210)漢方薬の苦みや臭いを低減するシクロデキストリン

図:グルコース(ブドウ糖)が環状に結合したシクロデキストリン(環状オリゴ糖)は蓋と底がないカップ状の構造で、その空洞の中に小さい分子を取り込むことができる。煎じ液にα-シクロデキストリン(α-CD)とγ-シクロデキストリン(γ-CD)を添加すると、薬効成分の抽出効率を高め、苦味や臭いを低減し、成分の安定化や吸収効率の向上に役立つことが報告されている。

210)漢方薬の苦みや臭いを低減するシクロデキストリン


【漢方薬の抗がん作用を強くすると飲みにくくなる】
漢方薬は食欲や体力を高める滋養強壮効果だけを目標にした場合は、飲みやすい処方を作ることができます。しかし、抗がん作用のある生薬や、薬効の強い生薬を多く使うと、苦味や渋味やえぐ味が強くなって飲みにくくなります。
抗がん作用や抗炎症作用などの薬効成分の多くはアルカロイドやフラボノイドなどです。アルカロイド は窒素原子を含み、塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称です。強い生理活性を持つものが多く、植物毒の多くがアルカロイドです。抗がん剤の中にも植物アルカロイドに分類されるものが多数あります。
フラボノイドはいわゆるポリフェノールで、抗酸化作用や抗炎症作用やがん予防効果などの薬効をもつものが多く見つかっています。
このようなアルカロイドやフラボノイドを多く含む生薬の味は、苦味や渋味やえぐ味が強いのが特徴です。したがって、漢方薬の抗がん作用を高めようとすると、味が不味くて飲みにくくなります。
このような飲みにくさを改善するために、甘草(かんぞう)や大棗(たいそう)など甘味のある生薬を加えたり、吐き気止め作用がある生姜(しょうきょう)を加える方法が古くから使わわれています。甘くするために砂糖や蜂蜜や人工甘味料などを加えて飲む方法もあります。
食品の分野で味や臭いを低減する方法としてよく使われるのがシクロデキストリン(cyclodextrin)です。漢方薬の飲みにくい味や臭いを低減する手段としてもシクロデキストリンは極めて有効です。
シクロデキストリンには、飲みやすくするだけでなく、生薬成分の抽出効率を高める効果や、分解しやすい成分の安定性を高める効果、薬効成分の腸管からの吸収を高める効果などもあります。したがって、抗がん作用の高い漢方薬を作成するとき、シクロデキストリンは役にたちます。

【シクロデキストリンとは】
シクロデキストリン (cyclodextrin) は数分子のグルコースがα-1,4結合で環状に連なった環状オリゴ糖の一種です(図参照)。一般的なものはグルコースが6個から8個結合したものです。グルコースが6、7、8個環状に結合したものを、それぞれα-、β-、γ-シクロデキストリンと呼んでいます。 天然には、さらにたくさんのグルコースが環状に結合した大環状のシクロデキストリンも存在しています。α-、β-、γ-シクロデキストリンは、デンプンにある種の酵素を使って工業的に大量生産され、食品や医薬品の分野で使用されています。
シクロデキストリンはフタと底のないカップ状の構造をしており、カップの内側は親油性(油になじみやすい)で、外側は親水性(水になじみやすい)を示します。その内部空洞は、α-シクロデキストリンが0.5~0.6ナノメートル(nm)、β-シクロデキストリンが0.7~0.8ナノメートル(nm)、γ-シクロデキストリンが0.9~1.0ナノメートル(nm)程度です(1nm=10億分の1m)。
この空洞に非常に小さな分子を取り込むことができます。シクロデキストリンの空洞に他の物質を取り込むことを『包接』と言います。空洞の内部が親油性であるため、水に溶けにくい疎水性(水になじみにくい性質)の物質をシクロデキストリンに包接させることできます。したがって、水に解けにくい物質を水に溶解させたり、水や酸素と反応しやすい物質を保護したりする用途に利用されています。
シクロデキストリンを「ホスト」、一方、取り込まれる分子を「ゲスト」と呼びます。シクロデキストリンがフタと底のないカップ状であっても、ゲスト分子が飛び出しにくいのは、このホストとゲストの間で、各種の相互作用が働くためとされます。その意味で、シクロデキストリンは、「分子サイズ(ナノサイズ)のカプセル」といえます。
このシクロデキストリンの包接現象は食品や医薬品をはじめとした様々な分野で広く利用されています。
シクロデキストリンの包接作用を利用して「たばこのにおい」 や 「焼き肉のにおい」 を消臭する様々な製品が発売されています。消臭剤『ファブリーズ』の「とうもろこし由来の消臭成分」とはシクロデキストリンのことです。
わさび"などに含まれる揮発性の高い香りや辛みの成分が食品から揮散しないようにする目的でもシクロデキストリンの包接作用が使われています。
水に溶けにくい成分を水に溶けやすくするために使われたり、不安定で分解しやすい成分を安定化する目的にシクロデキストリンが利用されています。例えば、γ-シクロデキストリンでコエンザイムQ10を包接することで、コエンザイムQ10の腸管からの吸収性を高め、熱に対する安定化を促し、他の物質との反応を回避することができます。

【漢方煎じ薬へのα-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンの応用】
β-シクロデキストリンは水に溶けにくいため、煎じ薬の臭いや苦味の低減には適しません。しかし、α-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンは水溶性で、極めて安全性が高いのが特徴です。
世界食品添加物合同専門会議(JECFA)では、α-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンは1日許容摂取量を特定する必要のない安全な物質であると判断しています。
α-シクロデキストリンは人の消化液では消化できませんが、ビフィズス菌のような腸内の乳酸菌によって分解され、乳酸菌のエサとなって、乳酸菌(=善玉菌)を増やす効果が報告されています。
一方、γ-シクロデキストリンは、腸内の消化酵素で分解されます。アルカロイドやフラボノイドなどの生薬の薬効成分と親和性がよく、様々な薬効成分がγ-シクロデキストリンで包接されることが報告されています。
この包接効果によって、成分の安定性や吸収性が増すと同時に、苦味や渋味やえぐ味や臭いを低減することができます。さらに、α-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンを煎じる液に添加すると、生薬煎じ液のアルカロイドの抽出量が増えることが報告されています。
シクロデキストリンは熱に極めて安定で、200℃程度まで加熱しても安定であることが知られています。したがって、漢方薬を煎じるときに始めから添加しておけば、成分の抽出効率を高めることができ、臭いも低減でき、さらに出来上がって煎じ薬の味も改善します。
レトルトパックに詰めて作成した場合も、成分の変質を防ぎ、保存性を高めることができます。さらに、薬効成分の体内吸収性を高める効果も期待できます。
α-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンは食品や医薬品に広く利用されており、様々な有用性が報告されています。漢方薬にも利用してみる価値は十分にありそうです。
食品や医薬品に利用されている最新の手段を漢方薬にも応用すれば、漢方治療の進歩につながります。銀座東京クリニックでは、味がまずい生薬や臭いの強い生薬の入った煎じ薬のレトルトパック詰めにα-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンを添加しています。


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