505)抗酸化剤の2面性(その2):抗酸化剤はがん細胞の増殖・転移を促進する

図:がん細胞は酸化ストレスが高い状態にある。酸化ストレスはがん細胞に負担になるので、がん細胞の増殖や浸潤・転移に対して抑制的に働いている。したがって、抗酸化剤を摂取すると、がん細胞の酸化ストレスを軽減して、増殖や転移を促進することになる。

505)抗酸化剤の2面性(その2):抗酸化剤はがん細胞の増殖・転移を促進する

【βカロテンががんの発生を促進する】
私は20年くらい前に国立がんセンター研究所のがん予防研究部の第一次予防研究室の室長をしていました。
がんの第一次予防というのは、食生活や生活習慣の改善によってがんを予防することです。がん検診を使って早期診断・早期治療でがん死を減らそうというのが第二次予防です。
その当時は、「抗酸化剤はがんを予防する」というのががん予防研究の基本でした。
しかし、がん化学予防剤の本命と言われたβカロテンが、大規模臨床試験で「喫煙者がβカロテンを摂取すると肺がんの発症率が高まる」という研究結果が1994年に発表されました。(N Engl J Med. 1994 Apr 14;330(15):1029-35.)
私が国立がんセンター研究所でがん予防の研究を始めたばかりのことです。
そのころ(1995年)、当時のがん予防研究の第一人者が62歳でがんで亡くなっています。その人は「βカロテンの多い食事ががんを予防する」と主張していたことで有名です。βカロテンががんを促進するという結果になったので、βカロテンを取りすぎてがんになったのではないかと噂されたほどです。
それ以来、私は抗酸化剤ががんを予防するという考えには賛成できないでいました。
それから年数が経ちましたが、やはり最近の研究では、「抗酸化剤はがんの発生や進展を促進する」という考えが優勢になっています。
抗酸化剤が健康に良くないというのはがん予防の領域だけでなく、糖尿病などの領域でもかなり前から指摘されています。以下の論文はPNASの有名な論文です。

Antioxidants prevent health-promoting effects of physical exercise in humans.(抗酸化剤はヒトにおける身体運動の健康増進作用を阻止する)Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 May 26;106(21):8665-70.

運動は様々な健康作用があり、インスリン抵抗性を改善して、糖尿病の予防に有効であることは証明されています。この論文では、運動後に抗酸化性のサプリメントを摂取すると、運動の健康作用がキャンセルされるという結果を報告しています。
運動で軽度の酸化ストレスが発生すると、ミトホルミシスのメカニズムで体の抗酸化力を高めるのですが、抗酸化剤を摂取するとそのミトホルミシスが作用しないので、運動の健康作用(インスリン抵抗性の改善など)がキャンセルされるということです。
ミトホルミシスというのは、ミトコンドリアでの活性酸素の発生が増えると、酸化ストレスを軽減するために、細胞は抗酸化酵素の発現や活性を高めて抗酸化力を高め、その結果、老化を抑制し、寿命を延ばすというメカニズムです(504話参照)。
この論文では、運動はミトホルミシスの機序でインスリン抵抗性が改善し、糖尿病が予防できるが、抗酸化剤を摂取すると、その効果が無くなると報告しています。
この研究では、ビタミンC (1000 mg/日) と ビタミン E (400 IU/日)を投与しています。
運動するとPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)やPGC1α(PPARγコアクチベーター1α)の発現が亢進し、内因性の抗酸化酵素(SODやグルタチオンペルオキシダーゼなど)の発現などにより酸化ストレス抵抗性が亢進します。しかし、ビタミンCとビタミンEを摂取すると、この抗酸化酵素の発現誘導が阻止されるという結果です。(下図)

図:適度な運動によってミトコンドリアでの活性酸素の産生が増えると、細胞はPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)やPGC1α(PPARγコアクチベーター1α)の発現が亢進し、スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)やグルタチオンペルオキシダーゼなどの内因性の抗酸化酵素の発現亢進などにより酸化ストレス抵抗性が亢進する。運動後にビタミンCやEを摂取すると、このミトホルミシスの機序が起こらなくなり、運動の健康作用が消失する。

【がん治療中の抗酸化剤の使用は危険】
抗酸化作用のあるサプリメントとして、抗酸化性ビタミン(ビタミンA、ビタミンC、ビタミンE、カロテノイド、コエンザイムQ10、αリポ酸など)やミネラル(セレン)やその他の抗酸化剤(カテキン、フラボノイド、グルタチオン、N-アセチルシステイン、メラトニンなど)など多数の成分が販売され、がんの治療にも利用されています。
これらの中には、抗酸化作用以外の効能も持つために、総合的にがん治療にメリットのあるものも多くあります。
例えば、メラトニンは免疫増強作用や直接的な抗がん作用を持ち、抗がん剤や放射線治療や免疫療法との併用での有用性が多数の臨床試験で示されています。
カテキンフラボノイドなどのポリフェノール類も、抗酸化作用以外の抗がん作用があるので、がん治療に併用する有用性があります。
がん治療と抗酸化剤の関係では、抗酸化作用が主体のビタミンA、ビタミンC、ビタミンE、カロテノイド、グルタチオン、N-アセチルシステインなどが議論の対象になっています。
放射線治療中や抗がん剤治療中の抗酸化剤の併用の是非に関しては、20年以上前から議論されていますが、いまだにコンセンサスは得られていません。放射線と抗がん剤の抗腫瘍効果と副作用の両方にフリーラジカルが関与するため、抗酸化剤は副作用を軽減する効果が期待できる一方、がん細胞に対する放射線や抗がん剤の効き目を弱める可能性もあるからです。
西洋医学のがん専門医の間では、抗酸化性サプリメントは抗がん剤や放射線治療の効き目を弱める可能性があるという意見が主流になっています。
補完代替医療を行なっている医療関係者の多くは、抗酸化性サプリメントが抗がん剤や放射線治療の副作用軽減と効果増強に有用であると考えています。多くの研究で、がん治療中の患者は、抗酸化物質の血中濃度が低下し、この低下が副作用と関連している可能性が指摘されています。したがって、抗酸化物質をサプリメントで補充する意義を指摘する意見は多くあります。
しかし、抗酸化剤の抗がん作用を検討した臨床研究は、ランダム化試験がほとんど無く、多くの臨床研究はサンプル数が十分でなく、また結果も一様でないなどの問題もあります。
この問題に関する論文の総説では、前者の「併用を懸念する」意見の論文が多いようです。たとえば2008年のJ Natl Cancer Instという学術雑誌に掲載された論文(Should supplemental antioxidant administration be avoided during chemotherapy and radiation therapy?  J Natl Cancer Inst. 100(11):773-783, 2008)では、それまでに報告された臨床試験をもとに、「抗がん剤や放射線治療中の抗酸化剤の併用は、がん細胞を保護し抗がん作用を弱める可能性があるので推奨できない」という結論になっています。
頭頸部がんの放射線治療と抗酸化剤を併用すると死亡率を高めるという報告があります。頭頸部がんで放射線治療を受ける患者540例を対象にしたランダム化臨床試験で、放射線治療中および治療後3年間ビタミンE(400 IU)とβカロテン(30mg)を摂取したグループでは、平均6.5年間の追跡で、サプリメントを摂取しなかったコントロール群に比べて全死因死亡率が4割近くも増加したことが報告されています(ハザード比:1.38, 95%信頼区間:1.03-1.85)。
しかし、この研究で非喫煙者だけに絞るとサプリメント摂取による死亡率の増加は認められていません。もともと頭頸部がんは喫煙者に多いがんであるため、この臨床試験では喫煙者が多く含まれ、「喫煙者ではビタミンEやβカロテンががんを促進する」という効果のため、このような結果になったと考えられます(Antioxidant vitamins supplementation and mortality: a randomized trial in head and neck cancer patients. Int J Cancer. 119(9):2221-2224, 2006)
この臨床試験では、喫煙者が放射線治療中にビタミンE(400 IU)とβカロテン(30mg)を摂取すると、再発率は2.41倍、頭頸部がんによる死亡率は3.38倍、全死因死亡率は2.26倍になるという結果が得られています(Interaction between antioxidant vitamin supplementation and cigarette smoking during radiation therapy in relation to long-term effects on recurrence and mortality: a randomized trial among head and neck cancer patients. Int J Cancer. 122(7):1679-1683, 2008)
喫煙だけでは非喫煙者との間に差は無く、非喫煙者では放射線治療中のビタミンEとβカロテンの摂取は問題無く、喫煙者が放射線治療中にビタミンEとβカロテンを摂取すると再発率や死亡率が2〜3倍に増えるということです。
喫煙者ではβカロテンは肺がんのリスクを増大させ、頭頸部がんの再発を防ぐ目的でビタミンEを用いた臨床試験では、発がんのリスクを高め生存率を下げるという結果が出ていますので、喫煙者はβカロテンやビタミンEのような脂溶性ビタミンの摂取を避けた方が良いことは確かなようです。非喫煙者の場合は問題ありません。

注:「高濃度ビタミンC点滴」は、がん細胞に酸化ストレスを高める方法です。高濃度(1回に50〜100g程度)のビタミンCを点滴すると、がん組織やがん細胞内に多く含まれる鉄などの金属イオンと反応して過酸化水素が発生し、この過酸化酸素による酸化傷害によってがん細胞を死滅させる治療法です。経口のビタミンCは抗酸化剤として作用しますが、高濃度のビタミンCの点滴による投与は、がん細胞に酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させる方法ですので、ここで解説している「抗酸化剤ががん治療を妨げる」には当てはまりません。問題になるのは、抗酸化作用が主体のビタミンA、ビタミンC(内服)、ビタミンE、カロテノイド、グルタチオン、N-アセチルシステインなどです。抗酸化作用以外の抗腫瘍効果があるフラボノイドやレスベラトロールやカテキンなどのポリフェノール類やメラトニンなども当てはまりません。 

【米国国立がん研究所は「抗酸化剤は腫瘍の増殖を亢進する」と言っている】
アメリカ合衆国の国立がん研究所(NCI: National Cancer Institute)の公式サイトに以下のような記事が載っています。2015年11月12日にNCIのスタッフによって掲載された記事です。本文の日本語訳を以下に記載します。(原文はこちら) 

抗酸化剤はマウスの腫瘍の増殖と浸潤性を亢進する(Antioxidants Accelerate the Growth and Invasiveness of Tumors in Mice) 

病気を予防する手助けになると一般に信じられている抗酸化剤のサプリメントが、実際は腫瘍の増殖と転移を促進する可能性があることが、マウスを使った最近の2つの研究の結果から示された。
がん患者や発がんリスクの高い人々は、抗酸化剤のサプリメントの摂取を避けるべきであることを、これらの研究結果は示している。
抗酸化剤はDNAにダメージを与える活性酸素種(reactive oxygen species :ROS)を消去する作用によって、がんの発生を予防すると長い間考えられてきた。
培養細胞や動物を使った実験では、外来性に投与した抗酸化剤は、がんの発生に関連するフリーラジカルによるダメージを予防できることが示されている。
しかしながら、多数の大規模なランダム化プラセボ対照臨床試験が行われたが、抗酸化剤ががんの発生を予防する効果は得られていない。
逆に、幾つかの臨床試験では、抗酸化剤のサプリメントを摂取したグループの方が、摂取しなかった対照群よりもがんの発生が高くなる結果が示されている。
がんの進展において抗酸化剤がどのような作用を示すのかを検討するために、スウェーデンのヨーテボリ(Gothenburg)大学のMartin Bergö博士は、ヒトの肺がん細胞をマウスに移植する実験モデルでの結果を2014年に発表している。
抗酸化剤のN-アセチルシステインまたはビタミンEを、マウスの餌に添加して投与すると、マウスに移植した腫瘍の増殖が顕著に促進された。
N-アセチルシステインとビタミンEはがん細胞における活性酸素の量を減少させ、DNAダメージを軽減する。その結果、DNAダメージで発現が誘導されるがん抑制遺伝子のp53の発現誘導が起こらなくなる。
フィンランドで実施された「α-トコフェフェロール・βカロテンがん予防試験(Alpha-Tocopherol, Beta Carotene Cancer Prevention Study)」において、男性喫煙者において、抗酸化性サプリメントを摂取していたグループの方が対照群よりも肺がんの発生率が高かったという結果の理由を、この研究結果は説明できるとBergö博士は言っている。
最も簡単な説明は、この研究を開始した時点で、喫煙者の中にはまだ目に見えない小さな肺がんが存在しており、それが抗酸化剤によって増殖が促進されたということだとBergö博士は言っている。
Science Translational Medicineの10月7日号に掲載されたBergö博士らの最新の研究では、メラノーマ(悪性黒色腫)に対する抗酸化剤の作用が検討された。
彼らがメラノーマを研究対象にしたのは、メラノーマの発生頻度が米国やヨーロッパで増加していることと、メラノーマ細胞が酸化ストレスに対して感受性が高く、メラノーマのマウスの実験モデルがすでに存在するからであるとBergö博士は説明した。
N-アセチルシステインを飲水に添加してマウスに投与してもメラノーマの原発腫瘍の数や大きさには違いは及ぼさなかったが、リンパ節転移の数は2倍に増えた。
マウスに抗酸化剤がどのような作用を及ぼすのかを明らかにするために、体内の主要な抗酸化システムであるグルタチオンの産生に対する抗酸化剤の作用を検討した。
還元型グルタチオンと酸化型グルタチオンの比は、細胞内における酸化ストレスの状態を示す指標になる。
この比は原発巣ではわずかに増加したのみであったが、転移巣では顕著に増加した。これは、抗酸化剤は特に転移巣のがん細胞の酸化ストレスを低下させることを示唆している。
ヒトのメラノーマ細胞を用いた実験で、N-アセチルシステインと水溶性ビタミンE類縁物質(Trolox)は細胞増殖には影響しなかったが、がん細胞の浸潤性と移動性を亢進した。
Natureに10月14日に発表された他の研究において、テキサス大学南西医療センター(University of Texas Southwestern Medical Center)のSean Morrison博士とその研究グループは、抗酸化剤ががん細胞の転移を促進することを示す証拠を示している。
メラノーマのマウスの実験モデルで、原発のメラノーマに比べて血中を循環しているメラノーマ細胞の方が酸化ストレスのレベルが高いことを明らかにした。
酸化ストレスは、実際は転移を阻止している。したがって、マウスに抗酸化剤を投与して血液中を循環しているがん細胞の酸化ストレスを軽減すると、がん細胞の転移形成能を高めることになる。
「マウスに抗酸化剤を投与すると転移したメラノーマ細胞の生存が増え、転移巣が増加する」とMorrison博士はプレスリリースで述べている。
この研究結果は、抗酸化剤が酸化ストレスを軽減するメリットは、正常細胞よりもがん細胞の方がより多く受けていることを示しているとMorrison博士は言っている。
この研究結果は、酸化ストレスを高める薬剤をがん患者に投与するとがんの転移を抑制できる可能性を示している。
実際、良く使われる抗がん剤であるメソトレキセート(methotrexate)は細胞に酸化ストレスを高める酸化剤(pro-oxidant)の性質を持っている。
この薬は、DNAの塩基を合成する経路と、グルタチオンの合成に重要なジヒドロ葉酸レダクターゼdihydrofolate reductase (DHFR)を阻害することによって、効果を発揮する。
ジヒドロ葉酸レダクターゼを阻害することによって、メソトレキセートはDNA複製を阻害し、酸化ストレスを亢進する。
これらの研究結果から、がん患者に対して抗酸化剤を推奨しているサプリメント業界の宣伝にBergö博士は懸念を示している。
これらの研究結果は、「肺がんやメラノーマやその他のがんにおいて、抗酸化剤の使用は極めて危険である」ことを示しているとBergö 博士は言っている。
抗酸化剤ががん治療にメリットがあるという明確なエビデンスが無いので、がん患者は抗酸化性のサプリメントを裂けるべきだとBergö博士は言っている。

【Natureも抗酸化剤はがんを悪化させるという論文を掲載している】
前述のNCI(米国国立がん研究所)の記事に引用された論文は以下の3つです。このうちの一つは科学系学術雑誌のトップレベルのNatureに報告されているので、この実験結果にインパクトがあることを示唆しています。Natureの論文は以下のような内容です。

Oxidative stress inhibits distant metastasis by human melanoma cells.(酸化ストレスはヒト悪性黒色腫細胞の遠隔転移を阻止する)Nature. 2015 Nov 12;527(7577):186-91.

固形がんは血管内に侵入し全身にばらまかれますが、多くのがん細胞は遠隔臓器に転移を形成する確率は低いことが知られています。
この研究では、人間の悪性黒色腫(メラノーマ)細胞をマウスに移植して、転移能を検討しています。
メラノーマ細胞は皮下には転移は形成しやすいのですが、血管内や脾臓内にがん細胞を注入しても転移を形成しにくいことを示しています。
その理由として、皮下に転移した腫瘍は酸化ストレスが低く、血管内や遠隔臓器に転移した腫瘍は強い酸化ストレスを受けていることを示しています。
転移を形成したメラノーマ細胞は、葉酸経路におけるNADPH産生酵素の産生亢進のように酸化ストレスに抵抗する抗酸化力が亢進していることを明らかにしています。
そして、このマウスの実験系で抗酸化剤は遠隔転移を亢進しました
低用量のメソトレキセートで葉酸経路を阻害するなどの方法でメラノーマ細胞の抗酸化力を阻害すると、遠隔転移の形成が阻止されることを明らかにしています。
つまり、メラノーマではがん細胞内の酸化ストレスが転移を阻害するように働いているので、抗酸化剤を投与すると、がん細胞の酸化ストレスが低下して、転移しやすくなるという結論です。
活性酸素は遺伝子変異を引き起こし、がん遺伝子の活性を高め、発がん過程を亢進するので、抗酸化剤はがん細胞の発生や進展を抑制すると多くの研究者は信じてきました。しかし、多くの臨床試験が行われていますが、抗酸化剤ががんを予防する結果は得られておらず、肺がんや前立腺がんでは、逆に抗酸化剤が発がんを促進する結果が報告されてきました。
この論文の考察の最後の文章は「我々の実験結果は、少なくとも悪性黒色腫においては、抗酸化剤は転移を促進することによって、がんの進行を促進することを示唆している。」という結論になっています。
がんの動物実験程度のレベルではNatureに論文は載らないのですが、「がん治療において抗酸化剤の摂取はあぶない」というインパクトのある結果なので、Natureにアクセプトされたのかもしれません。
米国の国立がん研究所(NCI)の公式サイトにも「抗酸化剤はがんの増殖・転移を促進する」と記載されているので、進行がん患者における抗酸化性サプリメントの使用は注意が必要かもしれまません。ただし、この場合に問題なるのは、抗酸化作用が主体のビタミンA、ビタミンC、ビタミンE、カロテノイド、グルタチオン、N-アセチルシステインなどであり、抗酸化作用以外の抗腫瘍効果があるフラボノイドやレスベラトロールやカテキンなどのポリフェノール類やメラトニンなどは問題ないと思います。 

【抗酸化剤ががん細胞の増殖と浸潤を亢進する】
前述のNCI(米国国立がん研究所)の記事で紹介されていたスウェーデンのヨーテボリ(Gothenburg)大学のMartin Bergö博士らの報告を以下に紹介します。

Antioxidants accelerate lung cancer progression in mice.(マウスにおいて抗酸化剤は肺がんを促進する)Sci Transl Med. 2014 Jan 29;6(221):221ra15. doi: 10.1126/scitranslmed.3007653.

【要旨】
活性酸素種によって引き起こされるダメージから細胞を守る目的で抗酸化剤が広く利用されている。
抗酸化剤ががん治療に役立つという考えが一般の人々に広く認識され、サプリメント関連の企業によって宣伝され、幾つかの科学的研究で支持されている。
しかしながら、臨床試験の結果は相反しており一致していない。
がん遺伝子のB-RASとK-RASで誘導した肺がんのマウスの実験モデルにおいて、抗酸化剤のN-アセチルシステインとビタミンEは腫瘍の増殖を促進し、生存期間を短縮した。
N-アセチルシステインとビタミンEは構造は全く異なるが、遺伝子発現の解析の結果、この両者は腫瘍組織内の内因性の抗酸化酵素の発現を減少させた。
ヒトとマウスの肺がん細胞において、N-アセチルシステインとビタミンEは活性酸素種(ROS)を減少し、DNA傷害を減らし、p53の発現を抑制した。
この実験系でp53の活性を阻害すると、抗酸化剤投与と同じレベルで腫瘍の増殖を亢進した。
このように、抗酸化剤は活性酸素種とp53の関連を妨げることによって腫瘍の増殖を促進した。
p53遺伝子の変異は発がん過程の遅い段階で起こるので、抗酸化剤摂取は発がん段階の初期や前がん状態での腫瘍化進展を促進する可能性がある。

この論文に関して、この論文が掲載されたSCIENCE TRANSLATIONAL MEDICINE 2014 年1 月29 日号ハイライトで以下のように紹介しています。その日本語を以下に記載します。

抗酸化剤は特定の高リスク患者の癌リスクを高める可能性がある(Antioxidants May Raise Cancer Risk in Certain High-risk Patients)

新しい研究は、なぜ抗酸化剤の摂取が喫煙者などの高リスク集団の早期腫瘍または前癌性病変の増殖を促進する可能性があるのか説明するのに役立つ。
抗酸化剤は、いくつかのタイプの細胞損傷を遅延させる化学物質である。抗酸化剤は、細胞を傷つける活性酸素種(ROS)と呼ばれる分子の形成を阻害することでこの作用を行う。
有名な抗酸化剤としては、ビタミンA、C、E、そしていくつかの薬剤などがある。
科学者は長い間、抗酸化剤ががんの予防に有用だろうと考えていたが、最近のヒトを対象とした臨床試験で、抗酸化剤が肺がんを予防せず、喫煙者などの特定の高リスク群では発がんリスクを増加させうることが示唆された。しかし、この作用の理由は不明であった。
Martin Bergö らは、2 種類の抗酸化剤(ビタミンE とアセチルシステイン)の研究を行い、抗酸化剤がマウスとヒト細胞株の肺癌の進行を促進させることを明らかにした。通常の毎日の食事での摂取量のビタミンE と、比較的低用量のアセチルシステインを使用した(人は普通この抗酸化剤を吸入液として摂取するがマウスには経口で投与した)。早期肺がんのマウスに抗酸化剤を投与すると、腫瘍の増殖が促進されて侵襲性が高くなり、抗酸化剤を投与しなかった早期肺がんのマウスに比べて、2 倍早く死に至った。
抗酸化剤は、p53 と呼ばれる重要な腫瘍抑制タンパク質の量を減少させてがんの進行を促進すると考えられる。「マウスとヒト肺がん細胞株のp53 をノックアウトしたところ、 抗酸化剤の影響が認められなかった」とBergö は述べている。抗酸化剤が悪影響を引き起こす機構は以下の通りである。

抗酸化剤が腫瘍内のROS 濃度を下げると、DNA 損傷が低下する。DNA損傷が減少すると、p53 の濃度が低下する。この知見は、肺にまだ診断されていない小さい腫瘍がある人(誰にでもありうるが、喫煙者の方が可能性が高い)は、腫瘍進行が促進される可能性があるため、過剰な抗酸化剤の摂取を避けるべきであることを示唆している。
しかし、さらに研究を行う必要がある。Bergö らは現在、これらの知見が他のタイプの癌にも適用されるかどうか調べている。
一方で、低リスク集団における抗酸化剤の利益に関しては結論が出ていない。「抗酸化剤が健康な人の将来の肺がんリスクを低下させられるかどうかは依然として不明である」とBergö は述べている。

p53はがん抑制遺伝子で、DNAの酸化傷害などで活性化され、がん細胞の増殖や進展を抑制する作用があります。抗酸化剤を摂取すると、DNAの酸化傷害は予防できるけど、p53の活性が低下するので、結果としてがん細胞の増殖が促進されるというメカニズムです。

【がん治療に抗酸化剤は逆効果になる】
体の抗酸化力を高めることは、がんの発生や進展を予防する効果があります。したがって、細胞の抗酸化力を高めることはがん細胞の発生やがん細胞の悪性化進展の抑制につながるので、「抗酸化力を高めることは、がんの発生や再発の予防に役に立つ」というのが研究者のコンセンサスになっています。
しかしこの場合に、「抗酸化剤をサプリメントで補って抗酸化力を高めるのは、効果が無いというよりも、有害である」という考えが優勢になってきています。
それは、前述のミトホルミシスのメカニズムによります。
細胞は適度に酸化ストレスを受けている方が、細胞に本来備わっている抗酸化力や解毒力を高めることができるので、外来性に抗酸化サプリメントを摂取すると、細胞に備わっている抗酸化力を弱体化させるという考えです。過保護に育てるとストレスに弱くなるという理由です。
がん細胞は酸化ストレスが亢進した状態にあります。
この酸化ストレスの亢進はがん遺伝子の活性を高め、がん細胞の増殖や運動や血管新生を促進します。さらに、遺伝子の変異を増やし、悪性進展を促進すると考えられています。
したがって、外来性に抗酸化剤を多く投与して、がん細胞の酸化ストレスを軽減させれば、がん細胞の増殖や悪性進展を抑えられると考えられています。
しかし、実際にそのような治療を行っても、あまり効いているようには思いません。
むしろジェームズ・ワトソンが主張しているように、がん細胞は酸化ストレスを強度に高めることによって死滅させる道を選ぶのが正解のように思います(357話参照)。
敵対する国との外交でも、経済制裁や武力行使で相手国に譲歩させる手段と、逆に、援助や融和政策によって妥協させて穏やかに解決する手段と、どちらがうまくいくかという議論と同じです。
どちらが有効かは、ケースバイケースです。圧力をかけた方がうまく行く場合もあり、融和の方が解決する場合もあります。
がん細胞と酸化ストレスの関係も似たような関係にあります。
がんの予防や治療において、「がん細胞の酸化ストレスを軽減する」のと「がん細胞の酸化ストレスを高める」のどちらが良いかという問題です。
この2つは全く逆なので、間違った方を選択すると、がんを悪化させるという結果になります。
がん細胞と戦うには融和政策は間違いと考えた方が良いようです。それは、「がん細胞は話し合いで譲歩するような相手ではない」からです。

 

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