466)加工肉とナマコ(海鼠)と大腸がん

図:ナマコに含まれる硫化サポニンの一種のフロンドシドA(Frondoside A)の抗がん作用が報告されている。サポニンは配糖体の一種で、糖と非糖部(サポゲニン)に分けられる。糖部は水溶性(親水性)であるのに対して非糖部のサポゲニン(アグリコンとも言う)は水に溶けにくい(疎水性)性質を持つ。この構造によってサポニンは界面活性作用を持ち、水と混ぜて振ると泡立つ。消化管内では、糖鎖部分が外れてサポゲニンとして吸収され、細胞内に取込まれて薬理活性を示す。

466)加工肉とナマコ(海鼠)と大腸がん

【大腸がんの発生は食事の影響が大きい】
最近のがん統計によると、死亡数が多いがんの部位は、男性では肺・胃・大腸・肝臓・膵臓の順です。女性では、大腸・肺・胃・膵臓・乳房の順です。男女計では肺・胃・大腸・膵臓・肝臓の順です。
大腸がんは食事の影響をかなり受けるがんです。罹患率の国際比較では、大腸がんはハワイの日系移民は日本人より高く、欧米白人と同程度であることが知られていましたが、最近では、結腸がん・直腸がんともに、日本人はアメリカの日系移民および欧米白人とほぼ同じになっています。
つまり、食事の欧米化に伴って、日本人の大腸がんの罹患率は米国並みになってきました
日本では大腸がんの罹患率も死亡数も増えていますが、これは人口の高齢化が主な理由です。そこで、実際に大腸がんの発生が増えているかどうかは年齢調整した数字で比較する必要があります。
年齢調整(age-adjusted)というのは、基準となる集団の年齢構成(基準人口)に合わせて補正した値で、年齢調整した(同じ年齢構成と仮定して計算した)数値を比較することによって、高齢化などの年齢構成の変化の影響を取り除くことができます。 

日本では昭和60年の人口構成が基準にされることが多く、米国では2000年の人口構成が基準にされることが多いようです。 

年齢調整がん罹患率が増加しているのは、がんの発生率を高める要因が増えていることを示唆しています
しかし、大腸がんの場合、大腸内視鏡検査の進歩によって早期の大腸がんの発見率が増えているので、最近の大腸がんの罹患率は多めに出る可能性があります。
そこで、年齢調整死亡率の方が参考になるかもしれません。
大腸がんの罹患率の年次推移は、男女とも1990年代前半までは増加し、その後は横ばい傾向です。
死亡率の年次推移は、男女とも戦後から1990年代半ばまで増加し、その後漸減傾向です
。(下図)

図:日本における大腸がん死亡率(年齢調整)の年次推移を示す。男女とも戦後から1990年代半ばまで増加し、その後漸減傾向にある。

大腸がんの罹患率では1990年代後半から横ばいですが、死亡率が減っているのは、大腸内視鏡の検査法の発達などで早期に見つかる大腸がんが増えていることや、治療法の進歩によるものと思われます。
戦後から1990年代前半まで大腸がんの年齢調整死亡率も罹患率も増加しています。この期間に手術法の進歩などで治療成績は少しは良くなっているにも拘らず、40年くらいの間に男性では2.5倍以上、女性でも2倍近くに大腸がんの年齢調整死亡率が増えています。
これは、大腸がんの発生率がこの40年くらいの間に2倍以上に増えていることを意味しています。
この原因が食事の欧米化によることは、多くの研究者が認めています。ケンターキー・フライドチキンやマクドナルドは1970年に日本で1号店ができています。1人1年当たりの食肉(牛肉・豚肉・鶏肉)供給量は1960年には3.5kgでしたが、2013年は30 kgになっています。
肥満も糖尿病も大腸がんの発生リスクを高めるので、大腸がんが増えた原因にもなっています。
1990年代後半から年齢調整罹患率が横ばいになっているのは、1990年代後半から現在の食事の内容はほぼ同じだからです。年齢調整死亡率が減少しているのは、早期発見・早期治療による根治率が増えているためです。
私は、1995年から1998年まで国立がんセンター研究所のがん予防研究部の第一次予防研究室長をしていましたが、大腸がんの罹患率も死亡率もピークの時で、食生活を欧米型から日本食中心に戻すことが指摘されていました。検診率を高めて早期診断・早期治療を行っても、大腸がんの死亡率を半分にすることは大変ですが、1960年ころまでの日本の食生活に戻せば、簡単に半分にできます。

【加工肉と大腸がん】
世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)は10月26日に、ハムやベーコンなどの加工肉を毎日50g食べ続けると大腸がんの発生率を18%高めるという結論を発表しています。 (http://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2015/pdfs/pr240_E.pdf
すなわち、10か国22人の専門家による会議で赤肉(牛・豚・羊などの肉)と加工肉の人への発がん性についての評価が検討され、その結果、加工肉について「人に対して発がん性がある(Group1)」と、主に大腸がんに対する疫学研究の証拠に基づいて判定されました。
赤肉については疫学研究からの証拠は限定的ながら、メカニズムを裏付ける相応の証拠があることから、「おそらく人に対して発がん性がある(Group2A)」と判定しています。
すでに2007年に世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究協会(AICR)による評価報告書で、赤肉と加工肉の摂取は大腸がんのリスクを上げることが「確実」と判定されており、赤肉は調理後の重量で週500g以内、加工肉はできるだけ控えるように、と勧告しています。
このようなエビデンスに基づいた発表に対して、国立がん研究センターは急遽、「大腸がんの発生に関して、日本人の平均的な摂取の範囲であれば赤肉や加工肉がリスクに与える影響は無いか、あっても、小さいと言えます。」というような、論点すり替え的なコメントを行っています。
そもそもがんというのは、いろんな要因が積み重なって発生します。近年のがんの発生率の増加に関しては「460話:なぜ、がんが増えているのか」で考察していますが、発がんリスクを減らすことががん予防の基本です。 
国立がん研究センターの解説では、「2013年の国民健康・栄養調査によると日本人の赤肉・加工肉の摂取量は一日あたり63g(うち、赤肉は50g、加工肉は13g)で、世界的に見て最も摂取量の低い国の一つです。」というデータを出しています。
加工肉を1日50gで18%の大腸がん発生上昇であれば、13gは4.7%の上昇になります。
2015年の大腸がんの罹患数が男女計で135,800で、死亡数は50,600と予測されているので、もし、日本人が加工肉を全く食べなければ、1年間の大腸がん発生の約6400人、大腸がん死亡の2400人を減らせると考えるべきです。
加工肉は大腸がんだけでなく、膵臓がんや乳がんの発生にも関与している可能性が指摘されています
例えば、加工肉(ホットドッグやソーセージやハムなど)と赤身肉(牛肉や豚肉や羊肉など)の多量摂取が膵がんリスクを高めることが明らかにされています。

ハワイあるいはロサンゼルス在住の白人、ハワイ原住民、日系など5つの民族グループに属する男女計約20万例を対象として、食事と膵がん発生率との関係を検討した研究結果が報告されています。
平均7年間の追跡期間に膵がんが発生したのは482例で、加工肉の摂取量が最も多いグループは最も少ないグループよりも膵がんリスクが67%高く、また赤身の豚肉および牛肉の摂取量が多いグループは約50%高かったという結果でした。
ある疫学研究では、赤身肉を1日1.5食分摂取していた女性は、1週間に3食分未満の女性に比較してホルモン受容体陽性乳がんの罹患率が約2倍高かったという報告があります。

このように、膵臓がんや乳がんの罹患率や死亡率も考慮すると、日本人の摂取量であっても、加工肉の摂取によって1年間のがん罹患数は1万人以上、死亡数は4000人以上は増えているのではないかと予測するのが、常識的な判断です
1年間のがん罹患数(約100万人)やがん死亡数(約37万人)に比べれば、1%程度の寄与だから問題ないという考え方は、がん予防の基本からは間違っているとしか思えません。
加工肉業界トップの日本ハムの社長は10月30日の決算会見で、「基本的に日本人の摂取量では問題ない」「発がん性は確認されていない」と反論していますが、これは医学的に全く間違っています。
国立がん研究センターも業界を擁護するために論点を外して解説しているのは、原発事故による放射能汚染による発がんへの懸念を、放射能レベルが低いから問題ないと「国の御用学者」が説明したのと同じようです。
国立がんセンターも所詮は国の研究機関であり、本音は言えないようです。
日本人でも、加工肉を毎日50g以上食べている人は多くいます。日本人の平均値ではなく、そのように多く摂取している人たちにそのリスクを啓蒙すべきなのに、「日本人の平均摂取量では問題ない」というのは、がん予防の基本を国立がん研究センターは知らないようです。 (国立がん研究センターにはがんの一次予防を研究する部門はなく、検診を中心とした2次予防しかやっていないので、仕方ないかもしれません)
なお、加工肉に発がん性があるのは、保存料や発色剤として使用されている「亜硝酸ナトリウム」などの添加物と肉の成分が反応して発がん作用のある物質を生成するからです。
赤身の肉に多く含まれるヘモグロビンやミオグロビンのヘムやヘミン(2価の鉄元素とプロフィリンの錯体)がフリーラジカルの発生を促進させて、発がんリスクを高める可能性が指摘されています。ヘムやヘミンは飽和脂肪酸と反応して脂質ラジカルの産生を高めるので、動物性脂肪と赤身の肉は、相乗的に発がんを促進することになります。
添加物を使用しないで加工した肉は赤身であっても、発がんリスクは高めません。脂肪の少ない赤身肉を煮て料理する分には発がん性は心配する必要はないようです。(332話) 加工肉の発がん性は肉ではなく、添加物にあるので、保存料や着色剤などの添加物を使っていなければ問題ありません。 

【海鼠(なまこ)の硫化サポニンの抗がん作用】
大腸がんを予防するサプリメントとしてビタミンD3が知られています。 多くの疫学的研究で、大腸がんや乳がん、前立腺がん、非ホジキンリンパ腫などでは、ビタミンD の血中濃度が高いほど、がんの発生率が低下することが報告されています。

さらに、肺がんや大腸がんでは、血中のビタミンDの濃度が高い人ほど、再発率が低く、長く生存することが報告されています。

例えば、304人の大腸がん患者を追跡した研究では、ビタミンDの血中濃度が高い上位25%の人は、血中濃度が低い下位25%の人に比べて、大腸がんによる死亡率が約半分であったと報告されています。(J Clin Oncol 26:2984-2991, 2008)
魚の油のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)や水溶性食物繊維なども大腸がんの発生を予防する効果が期待できます。 最近、海鼠(なまこ)の抗がん作用も注目されています。以下のような論文が今月報告されていました。

Cytotoxic and anti-colorectal tumor effects of sulfated saponins from sea cucumber Holothuria moebii.(なまこの硫化サポニンの大腸がん細胞に対する抗腫瘍効果)Phytomedicine. 2015 Nov 15;22(12):1112-9.

Holothuria moebiiはクロナマコ科(Holothuriidae)のテツイロナマコHolothuria (Selenkothuria) moebiiです。 黒~黒褐色の、体長15~20cmのナマコです。

【要旨】
研究の背景:テツイロナマコ(Holothuria moebii)に含まれる硫化サポニン(sulfated saponins)が大腸がん細胞の増殖を抑制するか、あるいは動物実験モデルで大腸がんに対して抗腫瘍効果を示すかどうかは、まだ検討されていない。
目的:テツイロナマコから抽出した硫化サポニンの大腸がん細胞に対する作用を検討した。
方法:なまこから抽出した全サポニン成分、およびカラムクロマトグラフィーで分離した個々のサポニンについて、培養大腸がん細胞およびマウスに移植した大腸がんのモデルを用いて、抗腫瘍活性を検討した。
結果:なまこから抽出した全サポニンおよび硫化サポニンは、培養した複数のヒト大腸がん細胞に対して増殖を抑制する作用を示し、その50%阻害濃度(IC50)は1.04〜4.08μM(全サポニンとして1.46 〜 3.24 μg/ml)であり、がん細胞にアポトーシスを誘導した。Balb/cマウスに大腸がん細胞CT-26を移植した実験モデルでは全サポニン分画(120mg/kg)の投与で抗腫瘍活性を認めた。
結論:クロテツナマコから抽出した硫化サポニンは複数のヒト大腸がん細胞に対して顕著な増殖抑制作用を示し、大腸がん細胞の移植腫瘍を用いた動物実験モデルでも顕著な抗腫瘍活性を認めた。

ナマコは中国伝統医学などアジアの伝統医学では滋養強壮薬として古くから使用されています。 高血圧、喘息、リュウマチ、創傷、便秘、男性機能不全(インポテンス)などの治療に使われています。
中国語でナマコを指す「海参(ハイシェン)」は、その強壮作用から「海の朝鮮人参」との意味でつけられた名前です。
朝鮮人参の主要薬効成分であるサポニン類は通常は植物の持つ成分ですが、ナマコやヒトデなど一部の棘皮動物にも含まれていることが明らかになっています。
ナマコが持つ硫化サポニンの一種のホロツリン(holothurin)は強い防カビ作用を持ち、白癬菌を原因とする水虫の治療薬「ホロクリンS」として販売されています。
硫化サポニンはイオウを含むサポニンです。 サポニンは多くの植物に含まれる成分で、水に混ぜて振ると石けんのように持続性の泡を生ずる化合物群に付けられた名称です。
サポニン(saponin)という名前は泡を意味する「シャボン(サボン)」に由来します。

サポニンの構造はトリテルペンやステロイドにオリゴ糖(二個以上の糖が結合したもの)が結合した配糖体です。
糖の部分は水酸基が多く親水性であるのに対して、非糖部分は疎水性であるため、同じ分子内に親水性と疎水性という両極端な性質をもった部分構造が共存しているため界面活性様作用を持つことになり、そのために水に混ぜて振ると泡立つのです。
ナマコに含まれる硫化サポニンで抗腫瘍活性が報告されているFrondoside Aの構造をトップの図に示しています。
サポニンは腸内の細菌によって糖分子が切断され、アグリコン(配糖体の非糖部分でサポゲニンとも言う)の形で吸収され、細胞内に入って様々な薬理作用を示します。

漢方薬の薬効にサポニンあるいはそのアグリコン(サポゲニン)が非常に重要な役割を担っています。

例えば、柴胡(サイコ)に含まれるサイコサポニンには肝障害改善作用・抗炎症作用・抗アレルギー作用、インターフェロン産生を高めて免疫力を高める効果が報告されています。


高麗人参は、体力や免疫力やストレスに対する抵抗力を高める作用や、中枢神経系や循環器系や内分泌系など様々な生体機能に対する作用が知られていますが、その多彩な作用は様々な種類の人参サポニン(ジンセノサイド)によるものと考えられている。

黄耆(オウギ)に含まれる様々なトリテルペンサポニンは免疫力を高める作用があることが知られています。その作用は、マクロファージやリンパ球を活性化して、細胞性免疫や抗体産生を高める効果があります。オウギを服用するとインターフェロンやインターロイキン-2の産生を高め、がん細胞に対する免疫力を高めます。
オウギサポニンのアストラガロシドにはアディポネクチン濃度を高める作用が報告されています。(292話参照)
(サポニンの免疫増強効果については65話参照。)
ナマコに含まれるフロンドシドA(Frondoside A)はトリテルペノイドサポニン(triterpenoid saponin)で、免疫増強活性を持ち、さらにがん細胞にアポトーシスを誘導する作用が報告されています。
フロンドシドA以外にも、ナマコから様々な硫化サポニン類が見つかっており、抗腫瘍活性が報告されています。
抗炎症作用や抗酸化作用や血管新生阻害作用や抗菌作用なども報告されています。
サポニンの他にも、コンドロイチン硫酸、グリコサミノグリカン、硫化多糖、ステロール、フェノール類、ペプチド、糖蛋白質、糖脂質、必須脂肪酸など様々な生理活性物質が豊富です。
ナマコは抗がん作用をもつ成分だけでなく、ビタミン(ビタミンA,B1,B2,B3など)やミネラル(カルシウム、マグネシウム、亜鉛など)が豊富で滋養強壮作用もあります。
薬草などの植物由来の生理活性成分とは異なる特徴的な成分が豊富です。
乾燥ナマコやその粉末なども販売されています。がんの治療にナマコの乾燥粉末を多く摂取する方法も試してみる価値はあると思います。  

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