177)脂肪酸合成を阻害するヒドロキシクエン酸の抗がん作用

図:がん細胞では嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでのTCA回路(クエン酸回路)が低下している。さらにTCA回路で作られるクエン酸から脂肪酸合成の経路が亢進しているので、さらにTCA回路は回らなくなっている。クエン酸から脂肪合成を行うATPクエン酸リアーゼを阻害すると、脂肪の合成を阻害し、がん細胞の増殖を抑えることができる。熱帯植物ガルシニア・カンボジアの果実に多く含まれる(-)ヒドロキシクエン酸は構造がクエン酸と類似し、クエン酸と競合阻害することによってATPクエン酸リアーゼを阻害することが報告されている。


177)脂肪酸合成を阻害するヒドロキシクエン酸の抗がん作用

【αリポ酸とヒドロキシクエン酸の併用は抗がん作用を相乗的に増強する】

以下のような論文が今月発表されています。


A combination of alpha lipoic acid and calcium hydroxycitrate is efficient against mouse cancer models: preliminary results. (αリポ酸とヒドロキシクエン酸カルシウムの組み合わせは担がんマウスの実験にて有効:基礎研究の結果)Oncol Rep. 2010 May;23(5):1407-16.
要旨:
がん細胞におけるエネルギー代謝の異常については多くの検討がなされている。我々は、がん細胞において異常を起こしている2つの酵素、1)がん細胞で活性が低下している
ピルビン酸脱水素酵素と、2)多くのがんで過剰に発現しているATPクエン酸リアーゼATP citrate lyase)に注目して研究を行っている。
αリポ酸はピルビン酸脱水素酵素の補酵素であり、ヒドロキシクエン酸はATP クエン酸リアーゼの阻害剤である。この2つのサプリメントの組み合わせは、強い抗がん作用を持っている可能性がある。そこで、培養がん細胞を使ってαリポ酸とヒドロキシクエン酸の抗がん作用における相乗効果を検討した。
αリポ酸は用量(0.1 ~10μM)およびがん細胞の種類に応じてがん細胞の数を10~50%減少させた。ヒドロキシクエン酸は10~500μMの濃度でがん細胞の数を5~60%減少させた。ヒドロキシクエン酸とαリポ酸を同時に投与すると、抗腫瘍効果は相乗的に増強し、8μMのαリポ酸と300μMのヒドロキシクエン酸の併用でがん細胞は72時間後に100%死滅した。
健常なマウスに、常用される量のヒドロキシクエン酸とαリポ酸を同時に投与しても、毒性は認められなかった。
マウスのがん細胞(膀胱がん細胞MBT-2、メラノーマ細胞B16-F10、ルイス肺がんLL/2)をマウスに移植した実験モデルで、ヒドロキシクエン酸とαリポ酸の組み合わせによる抗腫瘍効果を検討した。この組み合わせは、腫瘍の縮小や生存期間の延長において、シスプラチンや5-FUなどの通常の抗がん剤と同じレベルの抗腫瘍効果を示した。
基礎実験のレベルではあるが、培養細胞と動物を使った実験の結果から、αリポ酸とヒドロキシクエン酸の組み合わせは、有効ながん治療となる可能性が示唆された。臨床試験を行う価値がある。

この論文で記載されているように、多くのがん細胞で、TCA回路のピルビン酸脱水素酵素の活性が低下し、脂肪酸合成で鍵となるATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase)の活性が上昇していることが知られています
がん細胞では、酸素を使わないエネルギー産生系である嫌気性解糖系の活性が亢進し、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生(TCA回路と電子伝達系)が低下していることが特報で、これを
ワールブルグ効果と言います。ワールブルク効果については、69話168話175話176話などで何回も解説しています。
さらに、がん細胞では、脂肪酸の新規合成が盛んです。脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase: FASN)をはじめ、幾つかの脂質代謝酵素ががんの発生や悪性化を促進することがすでに知られており、これらががん治療の新たな標的分子となる可能性が期待されています。今回はATP クエン酸リアーゼの阻害が、がん治療に効果があるかもしれないという話です。

ATP クエン酸リアーゼとは】
食事からせっしゅしたクエン酸やTCA回路で産生されたクエン酸からアセチルCoA変換に関与する酵素が
アデノシン3リン酸クエン酸リアーゼ(ATP:citrate oxaloacetate lyase, EC 4.1.3.8)です。
食事から摂取したグルコース(ブドウ糖)は、解糖系を経てミトコンドリアのクエン酸サイクル(TCA回路)によりエネルギーに変換されます。生成したエネルギーは体が必用とするエネルギーとして利用され消費されますが、その消費量が少ない場合には、グルコースはクエン酸に変換された後、ミトコンドリアを出て脂肪合成の場である細胞質へ移行し、アセチルCoAを経由して脂肪酸そして脂肪、あるいは、コレステロールに変換され、体内に蓄積されます(図)。
すなわち、糖分を摂取し過ぎると、肥満になり易い理由は、ブドウ糖がTCAでクエン酸になって、これがATP citrate lyaseで脂肪酸に変換されるからです。
がん細胞が分裂して細胞を増やすためには、脂肪の合成は必要です。したがって、ATPクエン酸リアーゼの活性ががん細胞で上がっているのは、当然のことかもしれません。
アセチルCoAはミトコンドリアを通過できないのですがクエン酸は通過できます。TCAサイクルでできたクエン酸がミトコンドリアの外に出て、ATPクエン酸リアーゼによって脂肪の合成に消費されると、さらにTCAサイクルは回らなくなり、ミトコンドリアでの酸素呼吸は低下します。
したがって、
ATPクエン酸リアーゼを阻害することは、脂肪の合成を阻害して細胞増殖を抑える作用があると同時に、ミトコンドリアでのTCAサイクルでのエネルギー産生を高め、がん細胞を死にやすくする効果が期待できそうです

ATPクエン酸リアーゼを阻害するヒドロキシクエン酸】
ガルシニアカンボジア(Garcinia cambogia)の果皮に多量に含まれる(-)-ヒドロキシクエン酸((-)- Hydroxycitric acid、HCA)は、クエン酸より水酸基(-OH)を一つ多く持っている点が違うだけで化学構造が類似しているため、ATPクエン酸リアーゼの酵素活性を競合阻害することが知られています。
そのため、肥満抑制効果が期待されて、ダイエットのサプリメントに利用されています。
ガルシニアカンボジアはインドや東南アジアに生育する常緑樹で5~9月頃にオレンジ大の大きさで、黄色からやや赤みがかった実をつけます。果実は皮が薄く、縦に深い溝があります。果実や果皮は柑橘類に似た強い酸味を有し、熟果は果物として生食されるほか、果皮や実は乾燥させて貯蔵し、カレーの酸味付けや魚の塩蔵保存などにも用いられ、長年にわたりスパイスとして利用されています。
インド伝統医学のアーユルヴェーダでは消化を助け食欲を抑える薬として長年使用います。
乾燥したガルシニアの果皮は10~30%ものヒドロキシクエン酸を含んでいます。
ヒドロキシクエ ン酸は分子内に不斉炭素を有するため4つの異性体が存在しますが、ATPクエン酸リアーゼの阻害効果を持つのは
(-)-ヒドロキシクエン酸(HCA)のみです。
したがって、ヒドロキシクエン酸を豊富に含むガルシニアカンボジアを煎じ薬に使用するか、あるいは市販されているヒドロキシクエン酸のサプリメントを摂取することはがん治療に役立つ可能性があります。
最初に紹介した論文は、その可能性を示唆しています。

いままで、がん細胞のエネルギー産生の特徴を利用したがん治療の可能性について考察してきました。それらをまとめると、
1) 嫌気性解糖系での乳酸の産生を抑える:
半枝蓮
2) ピルビン酸脱水素酵素を活性化してTCAサイクルか活性化してミトコンドリアでのエネルギー産生を高める:
ジクロロ醋酸ナトリウム、αリポ酸
3) ATPクエン酸リアーゼを阻害してクエン酸から脂肪合成の経路を抑える:ガルシニアカンボジア、(-)ヒドロキシクエン酸
以上の組み合わせでがん細胞に酸素呼吸を増やすと、酸化ストレスが亢進してがん細胞が死にやすくなります。さらにがん細胞の酸化ストレスを高める
アルテスネイトを併用すると、正常細胞にダメージを与えず、副作用の少ない方法でがん細胞の増殖を抑えることができます。
がん細胞のエネルギー産生の特徴を利用したがん治療に関してはこちらも参考にして下さい

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