がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
155)がんの発生と再発を促進する肥満とインスリン抵抗性
図:肥満になって内蔵脂肪が増えると、脂肪組織から分泌されるアディポネクチンの量が減り、インスリンの作用が低下する(インスリン抵抗性という)。インスリンの働きが弱くなると、それを補うためにインスリンが多量に分泌されて高インスリン血症になる。これがやがて膵臓を疲弊させることになり、インスリン分泌の低下から高血糖の状態を引き起こすと糖尿病になる。高血糖も高インスリン血症もがん細胞の増殖や転移を促進する。がん予防を目的とする漢方治療においては、インスリン抵抗性を改善する作用も重要である。
155)がんの発生と再発を促進する肥満とインスリン抵抗性
【インスリン抵抗性とは】
食物からブドウ糖が体内に吸収されて血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が上昇すると、膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインスリンの働きによって、ブドウ糖は筋肉組織などに取り込まれて血糖値が下がります。このように、私たちの体はインスリンの働きによって血糖値が一定値以上に上昇しないように調節されています。
インスリンは51個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、血糖値の上昇に応じて、膵臓のランゲルハンス島のβ細胞から分泌され、筋肉細胞へのブドウ糖の取り込みや、脂肪細胞での脂肪合成、肝臓におけるグリコーゲン合成を促進します。
細胞表面にあるインスリン受容体にインスリンが結合することによってインスリンが働くようになります。
肥満になるとインスリンの作用が低下することが知られており、インスリンの作用が低下した状態をインスリン抵抗性と言います。
インスリンの働きに影響する様々な生理活性物質が脂肪細胞から分泌されており、肥満によって体脂肪が増えるとインスリンの働きが低下することが知られています。たとえば、脂肪組織から分泌されるアディポネクチンという蛋白質はインスリン感受性を高める作用がありますが、内蔵脂肪が増えて他の生理活性物質が増え、その作用の影響で分泌量が減ります。アディポネクチンの血中濃度が低下するとインスリン抵抗性が高まります。
【高インスリン血症はがんの発生や再発を促進する】
肥満によってインスリン抵抗性になりインスリンの働きが弱くなると、それを補うために体はインスリンの分泌量を増やして、血中のインスリン濃度を高めて代償しようとします。この段階ではインスリンの分泌増加によってまだ血糖があまり高くないので糖尿病とは診断されませんが、そのうちインスリンを分泌するランゲルハンス島から十分なインスリンが分泌されなくなると、高血糖状態が持続して糖尿病と診断されます。
米国のある疫学研究では、糖尿病と診断された人よりも、糖尿病の前段階(プレ糖尿病)の人の方が発がんリスクが高いという報告があります。これは発がんリスクを高める原因として高インスリン血症の関与を示唆しています。つまり、肥満や運動不足による糖尿病予備軍では、インスリン抵抗性(インスリンの作用低下)による高血糖を抑えるためにインスリンが過剰に分泌され、発がんを促進すると考えられているのです。
さらに、インスリンはがん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF-1)の活性を高めます。高インスリン血症は、IGF-1の活性を制御しているIGF-1結合蛋白の産生量を減少させ、その結果、IGF-1の活性が高まります。IGF-1はがん細胞の増殖や血管新生や転移を促進する作用が知られています。IGF-1は70個のアミノ酸からなり、インスリンと似た構造をしています。IGF-1受容体とインスリン受容体も類似しており、IGF-1とインスリンが交差反応することが知られています。高インスリン血症では、インスリンがIGF'1受容体に結合して,IGF-1と同じように細胞の増殖を促進します。
プレ糖尿病から糖尿病になって血糖が上がると、がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として大量に取り込んでいるため、がん細胞の増殖には有利になります。
大腸がんの患者さんは健常な人と比べて、血糖値や血中のインスリン濃度が高いという報告があります。
高インスリン血症は肝臓における性ホルモン結合グロブリンの産生を抑制するので、フリーのエストロゲンが血中に増えて、乳がん細胞の増殖を促進することも指摘されています。
このように様々な理由で、高血糖や高インスリン血症がある場合は、がんの発生と再発のリスクが高くなります。
【血糖とインスリンを高めない食生活と生活習慣】
高血糖と高インスリン血症を避ける方法は、肥満と運動不足を解消することにつきます。特に、体脂肪を減らし、アディポネクチンの分泌量を増やし、インシュリン感受性を高めることが大切です。
食事は「甘いものを多くとらない」「穀物は精製度の低いもの」というのはがん予防の食生活の基本ですが、ブドウ糖(砂糖)の多い甘い食べ物や、精製度の高い穀物は、食後の血糖が上がりやすく、高インスリン血症を引き起こします。
食べ物には、インスリンの分泌を高めるものと、あまり高めないものがあります。インスリンを高めない食事を実践してダイエットする「低インスリンダイエット」という方法がありますが、インスリンは脂肪を作り脂肪分解を抑えるホルモンであるため、インスリンの分泌を高めない食事がダイエットにも効果があるという理論です。低インスリンダイエットで良く言われているのは「白米から玄米」、「食パンから全粒粉パンやライ麦パン」、「うどんからソバ」という食品で、このような精製度の低い穀物が、がん予防にも効果があることは良く知られています。精製度の低い穀物は、ビタミンやミネラルが豊富なだけでなく、インスリンの分泌を高めないという点でも肥満とがんの予防に有効と言えます。
インスリンを高めない食事と運動で体脂肪を減らし、アディポネクチンの分泌量を増やし、インスリンの感受性を高めて高血糖や高インスリン血症を防ぐことは、肥満や糖尿病の予防だけでなく、がんの再発予防にも有効な対策と言えそうです。
薬草や漢方薬の中にもダイエットに有効なものや、インスリンの働きを良くする効果があるものがあります。ダイエットに効果のある生薬や漢方薬はがんの発生や予防にも効果があるかもしれませせん。
(文責:福田一典)
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