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「日本文学 100年の名作1984-1993 薄情くじら」 池内紀 川本三郎 松田哲夫編

2018-08-31 | 読書

10年間に発表された10の短編が集められている。

錚々たる作家の、どれも珠玉の一篇。今の作品を慌てて読まなくても、こうして評価の定まったものをじっくり味わうのこそ、時間を大切に使わなければならない私たち世代の読書体験ではあるまいか。

初めの深沢七郎「極楽まくらおとし図」、「楢山節考」が保護責任者遺棄なら、こちらはもっと踏み込んで犯罪。でも淡々と書く。その凄まじさ。

高井有一「半日の放浪」は発表当時読んだ記憶がある。それから30年以上経ち、私がこの主人公と同じ年代になって、より深く作品を味わえた。仕事を離れ、人生でも脇役に退いて行く「私」の心象風景を過不足なく描いた佳品。

「力道山の弟」宮本輝は戦後がまだ尾を引いている時代の、たくましくも哀しい人々の運命。一人一人がよく書き分けられ、貧しい時代ならではの人情味にしみじみとした。

「出口」尾辻克彦。脱帽。全編排せつの話。排せつだけで一つの作品になる。日本にはなく、世界にもない。と編集人。別名、赤瀬川源平。偽千円札事件の裁判は面白かったけど、お上をからかった̚かどで有罪。そのことを思い出した。鬼才の面目躍如。

「鮨」阿川弘之もよかった。会合を早く抜けるので主催者が気を遣って鮨折を持たせてくれた。このあと会食予定があるので、一つだけ詰まんだ食べ残しの鮨折を、上野駅まで行き浮浪者に訳を話して渡す。渡された浮浪者の態度は品あるものだった。ということをこの作家らしい端正な文章で書いている。この人は「雲の墓標」や「山本五十六」だったかな?などの戦争ものでも大げさでも悲惨でもなく、淡々と書いて本質に迫る。うまいなと思った。テレビタレント阿川佐和子さんのお父さんです。

「夏草」大城立裕は沖縄戦の話。事実としては知っているつもりだったけど、沖縄では民間人も巻き込んだ地上戦が行われ、多くの人が死んだ、その描写に息をのんだ。

南部へと敗走する夫婦、子供二人はすでに爆撃で死んでいる。食料もない。食べるものを探す気力もなくなり、死んだ兵士の持っていた手りゅう弾で自分たちも死ぬつもりだったけど、あることがきっかけになって生の方へと引き戻していく。愛さえあれば、信頼さえあればどんな悲惨な時にも人間は希望を捨てずに生きていける。それが人間の素晴らしさ。

それにしても私も含めて本土に住む人間は、沖縄戦の実態をあまりもに知らないと思う。今もまだ広大な基地があって、戦争と隣り合わせにある沖縄。沖縄の持つ戦略的な意味は、時代によって変わってきていると思うけれど、アメリカはそれでもこれから先も沖縄を手放したがらないだろう。

重い課題を突き付けられる小説だと思った。

その他の作品もどれも面白く読みました。お勧めです。


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