碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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『35歳の少女』が、『モモ』を援用して発したメッセージ

2020年12月24日 | 「現代ビジネス」掲載のコラム

 

 

『35歳の少女』が

柴咲コウの「代表作」の一つになった

と言えるワケ

『モモ』を援用しながら発したメッセージ

 

今期ドラマの中で注目していた、柴咲コウ主演『35歳の少女』(日本テレビ系)が幕を閉じた。

なぜ「注目」だったのか。理由はいくつかあるが、最大のものは、その「設定」だ。ヒロインは「35歳の少女」。いや、正確にいえば「35歳の体と10歳の心を持った少女」である。この人物像、かなり突飛だったのだ。

「目覚めた少女」は見た!

物語を少し振り返ってみたい。1995年、10歳の時岡望美(少女時代を演じたのは鎌田英怜奈)は自転車に乗っていて事故に遭い、植物状態に陥ってしまう。それから25年という歳月が流れ、なんと35歳の誕生日に意識が戻る。しかも、その意識というか精神は10歳のままだった。

そして、ここがドラマのキモになるのだが、25年の間に、望美(柴咲コウ)の「家族」も「社会」も驚くべき変化を遂げていた。

特に「家族」は激変と言える。大好きだった父・進次(田中哲司)は、事故の後に母・多恵(鈴木保奈美)と離婚してしまった。現在は新たな妻・加奈(富田靖子)と、その連れ子で引きこもりの青年、達也(竜星涼)と暮している。いわば時岡家の崩壊だ。

その上、可愛かった妹の愛美(橋本愛)は、ちょっとキツい、かなり性格のねじれた30代キャリアウーマンに。また優しくて明るかった母も、暗くて表情の乏しい、一人暮しの老女になっていた。戸惑う望美。そこには各人の25年と、それぞれの現在があった。

そういうわけで、当初はオリジナル脚本を書いた遊川和彦(『家政婦のミタ』など)の意図をはかりかねた。見た目は大人でも望美の心は10歳である。10歳の心と頭で、25年間に起きたことから現在までを受けとめなくてはならない。少女をそんな過酷な状況に投げ入れて、一体何を描こうとしているのかと。

同じ遊川の脚本で、昨年秋に放送された『同期のサクラ』(日テレ系)がある。ここでも主人公の10年におよぶ「昏睡状態」と、そこからの「目覚め」が描かれていた。とはいえ、サクラは大人の女性であり、10年の変化を受けとめることができた。だが、望美はサクラとは違う。

小さな希望は、小学生の頃に好きだった「ゆうとくん」こと結人(坂口健太郎)との再会だ。元小学校教師で現在は代行業者の結人も、望美のことが気になって仕方がない。戸惑うことばかりだった望美は、結人の「無理に大人になる必要なんてない」という言葉に救われる。そして「あたし、成長する!」と決意するのだった。

「異形の少女」の反逆

しかし、その後の物語は、見る側にとっても辛い展開が続いた。望美の最大の願いは、家族が「元のように」一緒に暮すことであり、家族が「元のように」笑顔で暮すことだ。しかし、望美がどんなに努力しても、その実現は難しい。また、結人との間にも大きな溝が出来ていく。

全てに絶望したかのような望美が始めたことは、「一人暮し」と「動画配信」だった。この動画配信の内容が、かなり衝撃的だ。望美がカメラに向かって語り掛ける。

「なぜ自分の周りにいるのは、愚かな人間ばかりなんだろう、と思いませんか? つまらない日常を写真に撮ってはネットにアップし、しゃべりたくなったら、名乗りもせずにマウントを取り、相手のことを「死ね!」と攻撃する。そのくせSNSで繋がっているだけで友達だと思い、相手の顔も知らないまま、自分はリア充だと勘違いする。そんな人たちが本当に必要でしょうか? 私たちに必要なのは、情報とカネ。そして自分だけです!」

これを見た結人は驚き、駆けつけた。「なぜ、こんなことを」と詰問する結人に、望美が答える。

「わたしは、あなたたちと同じになったの。それの、どこが悪いの? これからの時代は、心地いい言葉や都合のいい情報を与えて大衆の心を操作し、自分の利益をあげる者だけが、生き残ることができるの。そんなことにも気づかないで、だまされる方が悪いのよ!」

遊川和彦が「脚本」に込めたもの

ここに至って、このドラマの目指すところが、はっきりしてきた。脚本の遊川をはじめとする制作陣は、望美を通じて、この25年の間に私たちが「失ってきたもの」「捨ててきたもの」「忘れているもの」に目を向けさせたいのではないか。

この「異形の少女」を媒介にして、現代社会とそこに生きる私たちの「在り方」を捉え直そうとしているのではないか。

その意味で、望美の事故が25年前、つまり1995年に起きたという設定は象徴的だ。後に「ネット元年」と呼ばれる年だからだ。

当時、日本のネット利用者は約570万人と全人口の5%足らず。現在のような「ネット社会」「SNS(ネット交流サービス)社会」とは程遠い環境だった。

つまり、95年はネット以前・以後の「境界線」であり「転換点」なのだ。それ以降、人と人の「コミュニケーション」だけでなく、「社会構造」全体も大きく変化した。

その結果には、いい面もあれば、その逆もある。それらを、「25年前の10歳」の目と心を介して、あぶり出そうとしたのである。

ミヒャエル・エンデ『モモ』の世界観

さらに別の回で、望美はこんなことも動画配信で言っていた。

「今は、誰もが自分のインスタやツイッターに、何人が『いいね!』を付けるかを気にし、グルメサイトの点数が高ければ安心して『おいしい!』と言う。他人の意見ばかり気にしているうちに、大切な時間はどんどん失われていくのに。だったら、その時間を私に売ってください!」

この「時間の売り買い」の主張は、唐突に聞こえるかもしれない。しかし、ずっと見続けてきた人たちは、このドラマの中で、「時間」という言葉が度々出てくることに気づいていたはずだ。「時間」は、ミヒャエル・エンデの小説『モモ』のキーワードである。

映画『ネバ―エンディング・ストーリー』の原作、『はてしない物語』などで知られるエンデが書いた『モモ』は、小学生だった望美の愛読書であり、宝でもある。今でも、この本を大切にしており、ドラマの大事な場面で何度も登場した。

この本の扉にあるように、「時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」、それが『モモ』だ。

主人公のモモは、一見ごく普通の女の子だが、「あいての話を聞く」天才だ。相手が誰であれ、必要なら何時間でも、話を聞いてくれる。

モモに話を聞いてもらっていると、どうしていいのか分からず、迷っていた人は、急に自分の意志がはっきりしてくる。

また、引っ込み思案の人には、急に目の前が開け、勇気が出てくる。そして、悩みのある人には、希望と明るさが湧いてくる。そんなモモと、「みんなを笑顔にしたい」と言っていた小学生時代の望美は、どこか重なっていた。

『モモ』の中では、「時間どろぼう」である灰色の男たちが、「自分の時間」の大切さに無自覚な人たちから、その時間を買い取っていく。いや、奪っていく。モモは、それこそ必死に戦って、みんなの時間を取り戻したのだ。

灰色の男たちと戦っているはずが、いつの間にか、彼らの世界に取り込まれてしまったような望美に向って、結人が叫ぶ。

「モモにそっくりな人間が、この世から消えて欲しくないんだよ!」

渾身のセリフだ。ただ惜しいのは、誰もが『モモ』を読んでいるわけではないことだった。このドラマの中で、どんな形であれ、もう少し『モモ』の内容についての説明があったら、よかったかもしれない。

だが、その一方で、あまりに詳細な解説を加えてしまえば、一種のネタバレのようになってしまったかもしれず、難しいところだ。望美とモモのダブルイメージは、脚本の遊川にとっても挑戦的な試みだったと言えるだろう。

明日へとつながる「決着」

終盤、母が心不全で倒れた。意識が戻らず、かつての望美のように、昏睡状態が続くかと思われた。

この母の病状が、結果的に望美と妹の愛美が和解するきっかけとなる。奇跡的に目覚めた母は、望美たちに見守られ、安心して息をひきとった。

最終回、望美は友人の結婚式での「司会」が縁で、北海道のテレビ局のアナウンサーとなる。子どもの頃からの夢が実現したのだ。

愛美は、イラストをコンテストに応募して、優秀賞を受賞。夢だったグラフィックデザイナーの道を歩み始めた。

父は、現在の家庭を何とか立て直したこともあり、一級建築士の試験に挑戦すると宣言。長年の夢である建築家を目指すことに。

そして、せっかく戻った教師の職を再び捨てようとしていた結人は、いじめにあっていた生徒が、ようやく登校してきたこともあり、教壇に立ち続けることを決意した。

生徒たちに向って、結人が言う。それは『モモ』の中の言葉だ。

「世界中の人間の中で、俺という人間は一人しかいない。だから、この世の中で、大切な存在なんだ」

そして、望美の最後の言葉。

「いつか、胸を張って、こう言えるのを願いながら、生きているのかもしれない。『これが私だ!』」

見る側の中にも温かいものが浸透していくような、それぞれの「決着」だった。

各回と同様、最終回のラストもまた、望美の顔のアップだ。その表情、動き、思考や言葉の中に、見る側が「素の10歳の少女」と「35歳の女性として生きようとする10歳の少女」の併存を感じ取れなくてはならない。そんな難役に挑んだ柴咲コウ。完結した『35歳の少女』は、彼女の代表作の一つとなった。

(現代ビジネス 2020.12.22)

 

 


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