岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

年輪

2021-11-23 10:48:04 | いなか暮し

「うめもどき」この秋、沢山の実をつけた。気候のせいだろうか、柿も大豊作だが、リンゴはこの秋不作という、色ずきが悪く、小玉が多い、11月下旬になっても寒くはならずに「ミツ」の入りが悪いと聞いた。

 居久根と呼ばれる屋敷林をすべて伐採した。3、4年ほど前に居久根の杉、30本ほど切り倒し、今年はヒバ15本と氏神様近くの杉の大木を伐採した。
 これからは奥羽の山並みから吹き降ろす北風が、まともに吹き付ける、そばの氏神様も寒さに震えるかもしれない。
 径60~70㌢の株元の年輪は115本ほど、明治の末頃に植林したものらしい。
 3~4代前の先祖が、いつか子孫の役に立つようにと、せっせと植えたものだろう。
 倒した木を見て「よい木だ」「もったいない」と言ってくれる人は多い「差し上げますからどうぞ」と言えば「いや、いらない」欲しいと言ってくれる人はいない。
 多くの杉を切り、残るヒバもすべて切り倒して、これからは落ち葉の掃除も不要と、せいせいしたはいいが、後ろめたさも残る。
 明治初年に分家し独立して30年余りして家庭も落ち着いた頃に、子孫のためにと多くの木を植え、庭木もそろえたことだろう。
 果たして100年ほど後の子孫は、先祖の丹精込めた自慢のキャラ木の生垣数十本、40㍍あまりを切り倒して駐車場に、さらには大きな土蔵も解体し、中の多くの什器はゴミとして焼却場行、3K×5Kに下屋を持つ作業小屋も解体し更地にしてしまった。
 今年に入ってから、やはり明治末頃に掘り当てた、美味しい水自慢の井戸も埋め立ててしまった。
 時代が違う、、と言い訳して、井戸も、土蔵も、作業小屋も周囲の居久根も切り倒して更地にしたところで、使い道があるわけでもない。
 只々、広い敷地が残り、これからは生い茂る雑草との戦いが始まるだけ。
 
 切り倒した木は、2㍍前後に細断されて、市内のバイオ燃料会社に運び込まれて、発電に利用され、電気となって世の役にたつと思えば、子孫のために、木を植え、こまめに手入れをしてくれた先祖さまへの後ろめたさも幾分、薄らぐ。

 

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気になる木

2021-11-12 14:40:43 | いなか暮し

岩手山ろくの鞍掛山(897㍍)は雄大な岩手山(2038㍍)をまじかに眺めることができること、気軽に登れる山として、特に子供たちや高齢者の人気が高いようだ。
 駐車場から、ゆっくり1.5時間もあれば頂上に着く。
 頂上についてホッと一息。
  
 最初に目につく「一本の木」がある。 登った人の目に必ず見れる。 
 木の品種、種類はわからない。
 毎年のように登る鞍掛山だが「木」は確実に成長している。
 「この木」は頂上の、狭い広場の一角に立って、岩手山を眼前に、北上川沿いの平野部の遥かに姫神山(1124㍍)、さらに右手には、遠く早池峰山(1917㍍)と、岩手の三名山を一望できる素晴らしい場所で、たくましく成長している。
 暖かで天気の良い穏やかな日は、登山者も多くにぎやかだが、いったん天気が崩れると、「この木」には逃げ場がない。
 岩手山おろしの強風が吹き荒れ、20㌔先の姫神山からも、北上平野を超えて雨風が、「この木」にまともに吹きつける。
 台風の強い風、激しい吹雪に襲われることも珍しくないんだろう。
 誰かが種を蒔いたとか、植えた木ではないだろうから、小鳥でも運んで芽吹き、年ごとに大きくなったに違いない。
 考えてみれば「この木」は「可哀そうな木」と言えなくもない。
 しっかりと根を張り、いつか大木となり登山者に日陰を作り、みんなに喜んで貰えたらと思う。
 どなたか、鞍掛山の、この「気になる木」にふさわしい名前を付けてもらえないでしょうか・・・

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「じいちゃんの寿命・・」

2021-11-10 17:00:15 | いなか暮し

  我が郷の秋は11月早々が紅葉の見ごろ、大森山も紅葉に染まり、寒さのこれからの主役、白鳥の群れが、落ち籾をついばみ、体力をつけている。

 11月、地区内に新しい道路が開通した。既存の道路、約1㎞に東西各640m程新設しての開通、従来の道路に不便は感じていなかったが、道路と並行して走る釜石線の踏切と信号のある交差点の間が近く、おまけにその踏切は新花巻駅にも近く、列車が止まっている間は踏切も開かず朝晩は、特に渋滞が激しかった。
 混雑緩和と安全のための道路新設らしい。

 道路の新設が発表されたころ、おそらく7、8年くらい前だろうか、まだ学校に入っていない孫と散歩した。
 「この道は先に伸ばして便利になるんだよ、その頃は何年生になっているかな・・」
 「ふーん、じいちゃんは無理だね(じいちゃんは、もう生きていないね・・)」
                  一瞬、言葉に詰まる
 「お医者さんになって、じいちゃんの病気を治してやる」と言ってた孫 今、中学生になって、じいちゃんの背丈を越した。
 あれだけ、せがんだ一緒の散歩もなくなった。口数も少なくなったが、ゲームの時だけは、じいちゃんのパソコンのほうがいいらしい。
 孫たちの成長は頼もしく、うれしい。
 名古屋近郊に住む、成人した孫二人は、コロナ騒ぎでしばらく顔を見せなかったが、コロナが幾分落ち着いた今、暮れまでに、久しぶりに家族で訪ねてくれるという。
 「じいちゃんの顔、元気なうちに早く、みておかないと・・・・

 どの孫も ”じいちゃんはそろそろ寿命”と思っているらしい・・・・・が
 どっこい、そうはいかない、まだまだやらなければならない仕事、旅行、高い山は避けるようにこそなったが、まだまだ続ける山登り・・などなど、盛り沢山。

 新しい道路は快適、・・だが我が家に近づいた分、騒音も大きくなった。

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海、山へ

2021-11-02 10:31:03 | いなか暮し

 秋の深まった、ここ数日忙しく過ごした、といっても農閑期の今、仕事ではなく、紅葉のすすむ海、山へと出かける機会が続いた。
海の巻
 いつか友人と話したときに奥様が「いつかサッパ舟に乗ったみたい」、今の時期を逃せばオフシーズンも近い、来年に越せば、また一つ年を重ねることも不安。
 宮古、浄土ヶ浜に近いホテルに予約を入れ、良く晴れた朝、出かけた。
 遠野から北上山地を北上、標高も大分高いはずなのに紅葉はいまいち、産直を覗きながら、お昼には浄土ヶ浜に着いた。良く晴れた青空に白い岩が美しい。人出もかなり。
 お昼は目的のひとつ、今人気の「サーモン瓶ドン」を腹いっぱい味わってから、お望みのサッパ舟、ササ舟とも、子供のころ笹の葉で、舟を作って水に流した思い出がある、小さな船を意味するらしい。
 ヘルメットに黄色のジャケットを着込み3~7人が乗れるという小さなサッパ舟に乗り込み、船頭さんの軽快な説明を聞きながら、海から眺める浄土ヶ浜は、さすが絶景、エビセン目当てのウミネコが、すぐ近くを飛び回り奥様方(ばあさん達)も子供に帰ってギャーギャー大騒ぎして大喜び  
 ホテルの夜は爺さんたちの出番、夕食の後、部屋に戻ってから、翌日のドライブに少々影響するほど、夜更けまで楽しみ会は続いた。
 コロナ割引もうれしい、みやげに余るほども・・・。
 翌日の沿岸ドライブ、自動車道は山沿いを走り海から遠く、海沿いの45号線は、巨大な津波防波堤にさえぎられて海が見えないのが少々残念。
山の巻
 海から帰って3日目、どうしても今を盛りの紅葉が見たい。
 矢幅から281号線、山越えして雫石方面に通り抜けた、ここの紅葉は見事。
 何度も車を止めては眺めつつ、繋温泉、小岩井と紅葉が続いて相の沢牧野着。
 鞍掛山(897㍍)を目指す、平日にもかかわらず、ここもたくさんの車、登山者はみたところ、みんな、かなりの高齢者、若いころは高い山を登ったんだろう、服装がしっかりしている、体力が少々落ちた今、低い鞍掛山が適当になったんだろうと妙な親近感を覚える。
 鞍掛山からまじかに岩手山
 相の沢から登り下り、各1.5時間、網張の湯で汗を流し、帰途70キロ、家に戻った頃にはすっかり暗くなっている。

 明るい海、サッパ舟、そして盛りの紅葉、山、納得、
   明日から農作業に精を出すつもり?。

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