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【京都・風俗博物館~よみがえる源氏物語の世界~】 2010年3月撮影 朱雀院行幸・放島の試み 2

2015年11月13日 00時00分00秒 | 京都・風俗博物館
 京都市下京区にある風俗博物館のこと。

朱雀院行幸・放島(ほうとう)の試み~夕霧艱難辛苦の立身出世~ その1 に引き続き、
2010年3月に撮影した風俗博物館の展示の様子です。



朱雀院の池では大学寮の学生(がくしょう)一人ずつを
舟に乗せて作詩をしています。
また、龍頭鷁首(りゅうとうげきす)の楽人を
乗せた舟が池を漕ぎ巡っています。







<レジュメより>
この行幸では、興(きょう)を添える専門の漢詩文を作る官僚は呼ばす、ただその学才に優れていると評判の学生(がくしょう)10人を帝はお召し寄せになり、式部省の試験(省試/しょうし)にならって勅題が下された。
このように帝が行幸に専門の漢詩人を呼ばず、学生(がくしょう)だけ呼んだのは、源氏の嫡男 夕霧が擬文章生(ぎもんじょうせい)として大学寮で学んでいる為であり、この行幸の特別な章試で夕霧の試験を行う為であった。






詩作に苦闘する夕霧。

この後、夕霧は行幸の日の詩文(しぶん)を見事に作詩したことにより、進士(しんし)<文章生(もんじょうしょう)>となった。



 龍頭鷁首(りゅうとうげきす)




龍頭・・・唐楽(からがく)の楽人が乗船しています。





鷁首・・・高麗楽(こまがく)の楽人が乗船しています。





 春鶯囀(しゅんのうでん)


唐楽(とうがく)<左方(さかた)>の男性4人(または6人)の平舞(ひらまい)”。




庭上では春鶯囀(しゅんのうでん)が華やかに舞われ、その舞を目にした人々は、かつて源氏が19歳の折、宮中の桜花の宴で見事な春鶯囀(しゅんのうでん)を舞った頃を懐かしみ、源氏が朱雀院に盃を差し上げた後、それぞれの治世(ちせい)を称え合った和歌の唱歌があった。




庭上では舞人たちも控えていました。







 六條院四季絵巻~卯月 灌仏会~ へ続きます。






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