遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』  鈴木智彦  文藝春秋

2013-02-12 10:59:37 | レビュー
 本書のタイトルから受けた印象では、かなりヤクザ色が強い内容を想像していたのだが、意外とヤクザ色が感じられにくい潜入記だというのが結果的に印象的だった。
 内容の大部分は著者がいかにして東京電力福島第一原発(1F)に潜り込んだか、そこでどういう現場の作業実態、管理・監督実態を見聞し、作業体験したかを克明に書き込んでいるというまじめな潜入記録だった。だが、これでも著者は抑制気味にレポートしているのではないかという気がした。潜入準備から勤務終了までの経過は次のとおり。
 2011年3月12日 被災地支援・ヤクザに同行。それ以降、随時原発関連取材
 5月後半 暴力団ルートで原発の協力企業にコンタクト。G社に内定
 5月21日  虎の門病院にて G-CFS皮下注射
 6月 6日  虎の門病院にて 造血幹細胞採取  谷口プロジェクト
 6月中旬  電離健康診断受診
 7月10日  放射能教育
 7月11日  メーカーによる防護教育
 7月13日  初勤務 初仕事は床掃除
 8月22日  最後の勤務日 
 
 本書を読み強く印象づけられたのは、以下の諸点である。
1)広義の意味で原発がヤクザの儲かるシノギ(収入源)の一つの柱になっていること。
2)東京電力を筆頭とした原子力ムラの方こそ、ヤクザ以上に「ヤクザ」なやりかたをしているということ。
3)政府・東電側に事実の隠ぺい、情報操作が行われているのはまちがいないこと。また一方で、マスコミが報じない事実の側面があることもまちがいない。御用報道に堕す側面か。
4)原発のある地域のヤクザはもともと地域共同体社会の一員として扱われてきていた実態がある。その前提で成り立っている側面は、都会センス、中央センスのヤクザとは一色ちがうこと。
5)原発労働従事者を供給する体制の多重構造が諸悪の根源の一つでもあること。それは日本の産業構造の実態と同じだということ。

 かつて、1979年に堀江邦夫氏が『原発ジプシー』を発表した。美浜・福島第一・敦賀の各原発が通常に稼働している状況下で、各原発に一下請労働者として働いた体験を克明にレポートしたものだ。手許にある講談社文庫本版の1Fを改めて拾い読みしても、「人夫出し」を生業とする親方という表現は出てくるが直接ヤクザは登場しない。通常の事故が発生することがある中での通常の原発労働作業の状況でのレポートである。いわばビフォーである。それでも、例えば「この危険で恐ろしい『内部被ばく』から肉体を防護してくれるものがマスクだ。そのマスクの正しい着用方法を、なぜ『放管教育』では教えないのだろうか。」(p184)という記述はある。
 一方、本書は1Fが爆発した後の潜入記。アフターである。『ジプシー』が通常の作業工程での実態描写に対し、本書は異常事態下での作業実態描写だ。

 著者はヤクザ専門誌の編集長までした後、フリーライターとしてヤクザ関連の記事を中心に書いてきたという。記事対象として暴力団の人々と日常付き合いながら、一線を画し、慎重な対応をしている。事実として書いた発言などには全て録音を残しているという。本書にも発言証拠をどのように録音しているかという点にも触れている。つまり、本書に記された発言や記述の裏は提示できる準備がなされているとのことだ。それは著者の経験からきた訴訟対策、自己防衛なのだ。逆に読者としては、文言どおりに受けとめることの可能性が高くなるといえる。

 「どれだけ政府が圧力をかけようと、東電が懇願しようと、現場では実際に作業を行う人間の発言力が強い」(p77)と著者は記す。爆発事故以降はそうだろうなと思う。内部被曝を覚悟し、場合によればその場での被曝死を覚悟して現場に立つのは、実際の作業者なのだ。政治家でも東電の経営管理者でもない。政治家・経営管理者が直接命を賭けているわけではないのだから。一方で、東電からの仕事を失うことを恐れる協力企業、実際の現場作業者が弱い立場であるのも事実である。仕事系列の末端に行けば行くほど。

 本書の構成を読後印象を書き込みながらご紹介したい。
序章 ヤクザの告白「原発はどでかいシノギ」
 本書は原発にほどちかい街の祭りの風景描写から始まる。「暴力団は完全に街の一部にみえた」(p8)というのが印象的だ。地域での持ちつ持たれつの側面に光が当てられている。著者は「暴力団に対する警察の強硬姿勢は西高東低である」(p15)と記す。人夫出しの親分としてヤクザが1Fに入り込んでいると暴力団幹部の発言(p20)を引用している。一方、自ら原発で働いた経験を持つ暴力団員が事実居る。本人の放射能管理(放管)手帳を確認しているそうだ(p21)。国策として莫大な資金が投入される巨大利権に対し、10次請け以上に広がる下請け体制。「仕事を右から左に流し、汗を流さずに利益を得る。これは暴力団フロント企業の典型的な体質だ」と著者はいう。
   第1章 私はなぜ原発作業員となったのか
 原発事故以降、著者は取材中にほぼすべての指定暴力団が作業員を集めていることを知る。「無理をしても原発を取材しょう・・・・暴力団と1Fは”誰もが嫌がる危険な取材先”という共通点を持っており、ならば向いているだろう」(p44)と思ったのがその動機だとか。
第2章 放射能VS.暴力団専門ライター
 著者は、谷口プロジェクトが提唱した造血幹細胞の事前採取について、その実施者第1号となったという。この谷口修一虎の門病院血液内科部長の実践活動の経緯と原子力ムラの受け止め方・行動から切り込んでいる。国や東電の態度の曖昧さがよく分かる。
第3章 フクシマ50が明かす「3.11」の死闘
 著者はG社を経由して、福島現地に入っていく、現地でG社の名刺を持つ茶髪の責任者は、「フクシマ50」と名刺に印刷していた。この人物から、当時の状況を聞く。そこには報道されていない部分が語られている。すさまじさがある。「多少の不満は口にしても、黙々と現場に出ていく作業員たち-」(p132)
第4章 ついに潜入!1Fという修羅場
 原発事故後における原発作業者に対する放射能教育の一例が如実に描き込まれている。そして、初出勤、実際に現場に入るまでの状況描写がリアルだ。潜入記としては、原発労働者、それも初めて作業に入る人の心理や扱いがよくわかる。ここまで書き込まれたのは勿論初めて読んだ。防護服とマスクでの行動の大変さが感じられる。この章を読めば、政治屋の現地視察ニュースの防護服姿など、まさに絵にするだけのポーズだ。それ以外の何物でも無いという思いになる。初仕事は床掃除と著者は書く。
第5章 原発稼業の懲りない面々
 熱中症が起こる理由が描かれている。敷地内での喫煙の実態も。「刺青を彫った作業員は想像以上に多かった。会社によっては作業員の半数近くが刺青を入れていた」(p200)とも記されている。暴力団とは関係無しに刺青愛好者もいるかもしれないが、著者の観察事実は、やはり意味を持つ。
終章 「ヤクザと原発」の落とし前
 著者がシノギとしての原発についての裏付けを得るために、周辺取材をした内容をまとめている。そして、最後に著者は重要なことを指摘する。それは線量より汚染度だと。詳細は、本書をお読み願いたい。


 印象づけられた諸点に関連した箇所をいくつか引用してみよう。本書を読む動機づけになれば幸いだ。
1)に関して
*なにかあったら補償問題になるだろう。それを掛け合う代理人が俺たちだ。ギャーギャー大声で叫ぶだけじゃ金はとれない。原発がよその土地に行ってしまえば元も子もない。 p13
*社員を雇えば、保証などもきっちりしなきゃならないから面倒っていうことだ。だから単純な仕事・・・・土木が多いんだけど、そういう人間はどの会社でもアルバイトでいいじゃないか、となる。人を探すのもけっこう手間だし苦労する。大手が嫌がるこういった仕事が、俺たちのシノギのきっかけになる。  p240
2)に関して
*一応、電力から細々注意はあるんだけどね。あれ建前だから。なにかあったとき『私たちはきちんと指導してました』って、そう言いたいだけなんだよ。  p23
*元々現場では誰一人として、政府が東電に作らせた事故収束までの工程表を守れると思っていない。協力企業の多くが「それぞれの会社の作業員の数が倍になって、奇跡的に毎日の天候が作業を阻まず、なんの事故もなく、すべてがスムーズに運んで、ようやくあの工程表が実現する」というのだから。まず間違いなく遅延するだろう。 p77
*5月14日、不二代建設で働く60代の作業員が熱中症によって死亡した後も労働環境の抜本的な改革は行われておらず、逆に労働時間は増えている。 p130
*1Fが立て続けに水素爆発を起こした当時、多くの作業員はオンタイムで被曝数値が分かるデジタル線量計を持っていなかった。最低限、本人にはフィルムバッジの数値を通達すべきだ。そうしない限り、被曝限度を超えた作業員を働かせているのではないか・・・・という疑念は消えない。   p132
3)に関して
*自分の立ち位置を正反対の立場から眺めると、マスコミのいい加減さがよく分かった。  p46
*仏教は門外漢だが、被災地に出かけた際、亡くなった人たちの菩提寺の宗派の違いが問題となり、遺骨がたらい回しにされている光景は何度も目撃している。 p99
*いわき湯本近辺を宿にしている作業員に密着しているうち、分かってきたことがある。作業員の多くは放射能に関する専門的な知識を持っておらず、毎日のニュースすら知ることができない情報弱者という事実である。 p130
*フクシマ50でさえ、当時、装着していたフィルムバッジの値は公表されておらず、本人たちにも知らされていないのだ。 p132
*フクシマ50の中には身元の怪しい作業員がかなりいる。世界的英雄たちの素性を公表できないのは個人情報保護のためではない。誰が誰だか分からなかった上、知られては困る人間たちがいたからだ。フクシマ50の中に暴力団員が数名いるという話は、ほぼ事実と考えていい。  p149
*東電お抱えの医師はろくな診察をしてくれなかった。しかし他の医療スタッフは非常に献身的で、その落差が異様だった。   p223
*東電は意図的に線量だけを強調して、汚染に関してはまったく触れようとしないし、マスコミもそれを報道しない。  p248
*本社の上の人間が、情報を小出しにしてるのはあると思います。いずればれるでしょうが、今は言えない。 p258
4)に関して
*1F周辺の地域共同体が暴力団を異分子として扱っていないのは分かっていた。この一帯では、暴力団が反社会勢力と認識されておらず、あくまで社会悪として存在している。・・・・事実、1Fの原発関連企業には、現役暴力団員が役員となっている会社が存在した。登記簿をあげれば、一目瞭然だから、警察が把握していないのはおかしい。 p234
5)に関して
*原子力発電は国策であり、国家によって莫大な資金が投入される巨大利権である。電力会社の下には東芝や日立、IHIなど原発プラントメーカーがあり、その下請け企業は、私が把握しているだけで、10次請け以上までネズミ講式に広がっている。 p31
*我が班の場合、発電機を運ぶような肉体的に辛い、もしくは時間のかかる作業は、下請け、孫請け作業員の担当だった。また安全講習における面談などでも、上会社の所長や専務達は真っ先に面談を済ませ、自宅へと帰って行く。会場で何時間も待機させられるのは、私のような孫請け、ひ孫請けの作業員たちだ。オールジャパンにそぐわない作業員格差-それでも下請け作業員が不満を口にすることはない。・・・5次請け、6次請け、7次請けの作業員にとっての恐怖は、仕事を失うことだからだ。  p188
*実際、東電やプラントメーカーは作業員の生殺与奪権を実質的に握っている。マスコミとの接触を厳禁し、作業内容を少しでも漏らせば誓約書違反で解雇になる。これまで原発一筋で生きてきた職人にとって、解雇は死の宣告に近い。・・・「そんなこと言ったら、このへんで生きていけなくなる。」  p192-193
*「でも公務員はいいよ。うらやましい。自衛隊のヤツに訊いたら、危険手当、俺たちの日当より数倍高かったもん」(→著者調べでは、水素爆発直後について、下請会社の場合、危険手当が最高額20万から5万円まで幅があったようだ。)「危険手当にばらつきがあったのは、当時、まだ東電が危険手当の額を出していなかったからだ。」  p199


 かつて、ヤクザの分類に、「炭鉱暴力団」という項目が昭和30年代の警察資料に書いてあったという。「資本家たちは炭鉱労働者をまとめ上げるために地元のヤクザを利用し、親分を代表者として各地に下請け会社を作らせた。暴力というもっとも原始的、かつ、実効性の高い手段は、国策としてのエネルギー政策と常にセットとして存在している。」(p24)これが、炭鉱から原発、火力に替わっただけなのかも知れない。今のヤクザはもっとスマートで、フロント会社を組織しても一見ではまったくそうとは見えないようにしているという。
 著者はこういう側面にも触れている。「暴力団が壊滅すれば、マル暴の刑事は存在価値を失ってしまう。犯罪者のいない世界に警察は不要だ。生かさず殺さず、警察の思惑通りに動く暴力段へと調教する。」(p29)これはある種の政治家や経営者にも該当するのではないか。
 さらに、こういう側面も捉えている。「原発が都市部から離れた田舎に建設されるのは、万が一の事故の際、被害を最小限にとどめるためだけではない。地縁・血縁でがっちりと結ばれた村社会なら、情報を隠蔽するのが容易である。建設場所は、村八分が効力を発揮する田舎でなければならないのだ。暴力団が原発をシノギに出来るのは、原発村が暴力団を含む地域共同体を丸呑みすることによって完成しているからだ。」(p226-227)
 最後にこの記述に触れておきたい。
「事実、全国の暴排条例は、その大半が公共事業から暴力団に流れる資金を遮断する目的で作られている。電力関連事業との癒着は、これまで見逃されていた分野で、本格的な取り締りが行われているとは言いにくい。とくに原子力発電のように、あちこちにタブーを抱え、潜在的な隠蔽体質を持った産業は、暴力団の生育条件としては申し分ない。発電事業の中で、原発がもっとも棲みやすいエリアであることは間違いない。」(p233)
「すべてを包み隠さず言えば、原発は人間の手に負える代物ではない、と結論がでる。」p258


ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


 本書を読み、いくつかの語句を調べて見た。ネット検索の結果を一覧にしておきたい。
APD→警報付ポケット線量計(Alarm Pocket Dosimeter)→ 線量計:ウィキペディア

東京電力 2011.7.19付
「福島第一原子力発電所・暴力団等排除対策協議会」の設立について

Template:指定暴力団 :ウィキペディア

タイベックソフトウェアIII型 :「楽天」
東電、原発作業員が着る防護服の実物を公開 :読売新聞
吸収缶:重松製作所 型番:CA-L4RI

放射線管理手帳制度について :「放射線影響協会」

造血幹細胞 :ウィキペディア
原発作業員およびご家族、国民のみなさまへ :「Save Fukushima 50」

「G-RISE日本 憚りながら支援者後援」 :「舎人学校」(後藤組の仁侠)

フクシマ50 :ウィキペディア

電離健康診断 → 電離放射線健康診断:放射線リサーチセンター
  電離放射線障害防止規則第56条

福島原子力企業協議会のホームページ



人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『官邸から見た原発事故の真実』 田坂広志  光文社新書

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新1版)




最新の画像もっと見る

コメントを投稿