遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』 たくきよしみつ  講談社

2012-08-22 10:38:44 | レビュー
 著者は、2004年末以来、福島県双葉郡川内村(著者は原発から約25km地点)に生活し、2011.3.11以降もそこで生活し、30km圏内生活者の視点で本書を書いている。研究者、活動家、マスコミ記者、居住者でないフリージャーナリストの著作および、『原発推進者の無念 避難所生活で考え直したこと』(北村俊郎著・平凡社新書)とは、また一線を画した立場からの発言である。この読書印象記を『原発はいらない』(小出裕章著・幻冬舎ルネサンス新書)から始めた。事実を深く知るためにいろいろ読み継いできた。しかし、こういう視点から書かれた本を読むのは初めである。30km圏内生活者の目、立場でないと言えないことが様々な観点から述べられている。一読の価値があると思う。

 本書には、御役所的発想と実施された施策の問題点が、著者の体験、見聞と資料・情報の分析により赤裸々に記録されている。そこには30km圏内生活者の実体験と視点があり、被害を受けている当事者感覚が如実に反映されている。また、実際の被災者側の考え方はマスコミが定型化して、あるいは一面的に伝えているようなものでなく、様々な広がりがありそこにはまた別の問題が内在していることもよくわかる。マスコミ報道の現実、実態を考えさせられる。御役所情報、東電情報、マスコミ情報に騙されないためにも、著者の視点に沿って、事実を見つめ、一考することは重要であると感じている。

 著者が一番主張している点だと思う箇所を引用しよう。
 「原発が不適であることは明らかなのだが、そこに莫大な税金を注ぎ込んで無理矢理推進させた結果が福島の悲劇だった。いい加減気がつくべきだ。いま必要なのは『正直になること』。それだけだ。」(p299)
 そして、「正直でない」実態が、本書を通じて、様々に語られている。政府・県等行政の問題点、被災者の行動、考え方の幅、マスコミの実態など。「正直でない」局面は、それぞれが持ついろいろな思惑から発生していることを指摘している。
 最後に、著者はこうも書く。
 「丸裸にされていることに気づかないで、きれいな服を着ていると信じている。
 裸にされても、誰かが新しい服を着せてくれると思い、じっと待っている。
 もうきれいな服は望めないとわかると、汚れた服でもいいから着せてくれとねだる。
 悲しい裸の王様たちの金勘定会議だけでは、裸のフクシマはいつまで経っても自分の力で歩き出すことはできないだろう。」(p340)
 本書末尾近くに記されたこの比喩的な文の意味は、本書を通読することで明瞭に理解できるだろう。

 日本がエネルギー政策としてすぐにやらなければならないことを著者は3つにまとめて提言している。
 ①核燃料サイクルという幻想をきっぱり捨てて、巨額の国費投入をやめること。
 ②発電送電事業を分離させ、10電力会社の独占体制を解体させること。
 ③危険度の高いものから早急に原発を止め廃炉処理に移行すること。
そして、これらを優先せずに、「再生可能」エネルギーという名目で、原発推進と同種の利権構造が生まれる危惧を指摘している。業界誘導に騙されてはならないと。

 本書が具体的に指摘していることから一部を引用させていただこう。その詳細は本書をお読みいただきたい。

*このSPEEDⅠの放射能拡散予測地図データは、国だけが知っていたわけではない。福島県が国に対して提出を求め、3月13日午前37分に保安院から県にファックスで最初の30枚が送信されていた。13日といえば、15日の大汚染が起きる2日前だ。ところが、県はこれを公表せず、周辺自治体にも情報を与えなかった。 p70
*タイミングを見計らってまずは避難することが必要なのに、国も県も、汚染実態のデータを持ちながら、何ら具体的な指示を出さなかった。これは失策というよりは犯罪に近い。  p110
*3月15日の夜、文科省のモニタリングカーが周辺地域の放射線量を測定するために出動した。彼らが真っ先に向かったのは原発の北西約20キロ地点だった。・・・・なぜ、そこなのか? 当然、そのへんが危ないと知っていたからだ。 p66-67
*どう言い逃れしようとしても、20キロ圏内のデータを「出したくなかった」ということは明らかだ。おそらく、20キロ圏内を一律に警戒区域指定して立ち入りをさせないようにしたい福島県や国の意向を汲んだものだったのだろう。 p114
*線量計を持っていた僕やマサイさんは、このホットスポットの存在を3月下旬にはすでに知っていたわけで、実際に自分の目で計測値をみられるかどうかがどれだけ大きな意味を持つかを思い知らされた。 p85
 僕らが川内村に戻った(2011年:追記)3月26日の前日25日時点では、(福島)市内の計測ポイントで5.4~6.9マイクロシーベルト/時を記録していた。それに比べれば我が家の周囲はずっと低い。いま福島市内で働いている人たちは、いま僕が被曝している量の3倍の放射線を浴び続けている。・・・・あちこち移動しながら線量を計ると、家の外は高くて2マイクロシーベルト/時。概ね1マイクロシーベルト台。家の中は1マイクロシーベルト/時を行ったり来たり。  p98-99
*皮肉なことだが、川内村村民が避難している郡山市より、村の中のほうがずっと放射線量は低いのだ。結果論だが、避難せず、村に残っていたほうがほとんどのひとは被曝量が少なかった。  p99
*事故直後から、アメリカ、フランスなど世界各国から数万台の放射線量計が寄贈されていたが、それらのほとんどは成田の倉庫に留め置かれたまま配布されていなかった。
 →5月19日の参院厚生労働委員会で福島瑞穂委員(社民党)がすっぱ抜いている p87
*民間賃貸住宅を仮設住宅として認めて補助金を出すという「みなし仮設住宅」制度を国が決めたのは4月30日のことだったが、最初からこれをやっていれば、仮設住宅がだぶつくなどという理不尽な状況は起こらなかっただろう。  p188
 → 災害救助法規定 プレハブ仮設費用 1戸あたり、238万7000円。解体費を入れると約340万円 (『産経新聞』2011.6.16付)
 民間賃貸住宅利用の「みなし仮設住宅」なら家賃援助月額6万程度で、敷金など入れても2年間総額約150万円。福島県は5/14に9万円にまで引き上げ:2年間で200万円台。p189
 → 著者は仮設住宅に関連して、「家電6点セット問題」の隠れた事実も指摘している(p191)。これは、なぜ現金で渡さなかったのかへの疑問と指摘である。

*首長も議員もこの共同体とは密接に関わっている。彼らはいかに理想を掲げようとも、選挙で落選したり、有力者からのバックアップを得られなければ何もできなくなると考えるから、最終的には地方政治も多くの秘密やタブーを共有した多重利権集団という構造になっていく。  p292

*系列の中央局スタジオで原発関連の報道解説が始まると、画面が切り替わり、避難所や津波被災地の風景を映すのだ。  p17
*何も知らされずに高濃度汚染地域に残っていた人たちに接し、最初に「避難したほうがいいですよ」と汚染の事実を教えたのは、国でも県でも市町村でもマスメディアでもなく、フリーのジャーナリストや学者たちだった。  p103
*福島の人口が集中している中通りの都市部が相当汚染されたということを、メディアはあまり強調しない。このエリアでは、汚染がひどくても農地に作付け制限は指示されていないし、東電の仮払い対象にもなっていない。  p193
*テレビで流れたのは、あらかじめテレビ局側が用意したドラマ、物語を忠実に再現してくれる人たちの映像がほとんどだった。(←「一時帰宅」のニュース報道) p240

*5,6号機につながている夜ノ森線という外部からの送電線は、鉄塔が倒れたことで遮断した。ちなみにこのときの揺れの強さは、阪神淡路大震災(最大加速度818ガル)より小さかった(最大で699ガル)。これは後に東電自らが報告書の中で認めている。要するに、「想定外の天災」でもなんでもなかった。 p33
*東電「避難等にかかる追加払い補償金のお支払い基準」
 しまおさんのように、動けない老齢の親を抱えていて、とても避難所生活は無理だと判断し、すぐ自宅に戻り、物資が届かない中でじっと耐えていた人は10万円で、避難先で3食昼寝つき、場合によっては温泉入り放題を続けて家に戻らなかった人たちは、1人30万円だというのだ。  p186-187
*3月11日の地震発生直後、1Fで作業をしていた人たちは、建屋の上から大量の水が流れ出してきて逃げたと証言している。つまり、津波が来る前から配管は破断し、水が漏れ出していたのだ。 p295


*いちばん弱い人たちから順番に被害を被る。現実に、入院患者や老人たちは、原発事故の後に死んでいる。 p101
*本当に危険な地域にいた人たちに情報を伝えず放置し、ある程度安全がわかった頃になって住民の一時帰宅さえ禁止して苦痛を増やす。結果として、必要以上に不幸が増幅されていった。  p117
*集団避難所では食料や日用品が無料で支給されていたが、その配給の列に何度も並び、もらった物品を段ボールに詰めて宅急便で実家に送ったり、車で何度も自宅に運び入れたりして「店開けるほど物がいっぱいある」などと言っている人もいた。 p186

 記事や放送で使われることのなかった、よしたかさんのコメントに著者がはっとしたと記す言葉も引用しておきたい。
*表土を5センチ10センチ剥ぎ取って除染すると言うが、農家にとって田圃や畑の土は表面の5センチがいちばん「おいしい」部分で、この部分の土を作り上げるのに何十年もかかっているんだ。それを剥ぎ取れと言われても、はいそうですかと簡単に納得できるものではない。  p221
 →この点、農家にとっての重要性を小出裕章氏も何度か触れておられたと記憶する。

 本書でとくに注目した箇所を要約しておこう。

 一部マスメディアに発表された20キロ圏内の「汚染地図」(4/18,19時点の測定)が数値の高いところだけ記入した極めて恣意的だった事例を指摘している。著者自ら、線量計を入手し、一時避難先から村に戻る途中での測定結果や、行動した範囲での測定結果を各所で引用して、○○km圏内という一律な区域設定の無意味さ、及びホットスポット対策の重要性を指摘している。
 著者の実測定と判断からすると、文科省とアメリカのエネルギー省(DOE)が合同で調査・作成した航空機モニタリングによる汚染地図が正確のようだ。

 「一時帰宅」はマスメディアのニュースで大きく採りあげられた。著者は川内村の実態を具体的に説明している。著者に言わせると「一時帰宅ショー」だったと。その内容は「『一時帰宅ショー』の裏側で」とそれに続く2つの小見出し内容(p232~252)を読んでいただきたい。こういう実態はマスメディアには出てこない。

 「地下原発議連」について、著者は驚き呆れ果てたと記す。「今までは、政治家というのは利権のために大嘘を平気で吐く人たち、という認識だったのだが、もしかしてただ『バカなだけ』なおかもしれない」(p279)と。ほんとに呆れかえる。改選総選挙では投票対象外議員リストにしようではないか。断固排除対象だろう。

 今後の現実的で大きな課題の一つとして補償金問題があることを本書の各所で著者が具体的に説明する事例から感じる次第だ。補償金額とともに、被災者間で補償内容の公平性を如何に確立するかである。一筋縄では解決しない問題だと私は感じる。
 著者は記す。「悲しいことだが、土、水、空気の安全を奪われて裸にされた福島を、金で完全に『補償』することはできない。金でできるのは、人々の苦痛をいくらか軽減することだけだ」(p337)と。補償についての公平性が欠ければ、人々の心に苦痛を加えることになる。そういう認識が東電や政府にあるのだろうか。私は疑問が残る。

 放射性物質は消滅しない。だから「除染」でできることは、それの「移動」か「拡散」でしかない。除染は必要なものからピンポイントで的確にやる。薄い汚染で済んでいる山林を皆伐するなどというのは、新たな利権絡みの公共事業になりかねない。
 怖いのは空間線量の数値ではない。内部被曝の可能性なのだ。

 最後に、印象に残る文として:
*人々が生き甲斐を持てない村に金だけ呼び込んでも、その村はもはや「生きている」とは言えない。川内村が突きつけられている問いは、深く、重い。 p275
*放射性物質による被曝より、「原発を組み込まれた人生」の中で生きがいを失っていくことのほうが、ずっと恐ろしい。 p287
*税金が投入される事業には巨大な利権が生まれる。その利権をめぐって、政財官学から不正な力が働き、各分野が持つべき正常な機能が失われる。 p297
*エコタウン、スマートシティ・・・・聞こえはいいが、いま、被災者に必要なのは、屋根に太陽電池を載せた建物が並ぶ絵に描いたような街ではなく、地道に自分たちの力で産業を再開・維持していける生活基盤なのだ。流されてしまった漁港の付帯設備をいち早く再建して、再び漁業ができるようになることであり、食糧危機を迎える前に東北の農業基盤を回復させることだ。  p298
*人々は自分の頭で考えることをせず、刷り込まれたことを「常識」として蓄積してしまう。こんな怖いことはない。 p316

*放射能汚染された地域は、見た目には何一つ、壊れているものも汚れているものもない。それなのに、山道の脇に咲く美しい花をかがんで見て愛でるひとときはもうない。そこにいるだけで、線量計がけたたましく鳴り、異常な数値を表示する。 p273

 こんなことを二度と繰り返してはならない。その思いを強くする。

ご一読、ありがとうございます。

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 本書に出てくる主要語句関連項目を検索した結果の一覧をまとめておきたい。

まず、本書の著者は、次のブログで、日々記事を書いていたというのを、本書を読み初めて知った。
なぜか、この1年の間に、この日記に出会えなかった。本書を読み、それが残念だった。
阿武隈(原発30km圏脱出生活)裏日記

 たとえば、川内村に一時帰宅してきた ― 2011/03/28 14:11
尚、オモテの日記もある。「タヌパック阿武隈日記 目次」


そこで、検索結果に:

県、爆発翌日公表せず 国の拡散予測図 2011.5.7 :福島民報

<避難区域等の設定> :首相官邸
SPEEDIとは :「環境防災Nネット」文部科学省 原子力安全課
内閣府 プレス発表
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算について
     発表日付に注目!
拡散予測、米軍に提供 事故直後に文科省 [共同通信]:「47 News 日本が見える」
文部科学省 
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を活用した試算結果

2011.03.21:日本気象学会
東北地方太平洋沖地震に関して日本気象学会理事長から会員へのメッセージ
 → この3/18付メッセージを、本書著者は、
  ”「調査をするな」と命じた気象学会”の項で触れている。当時、同様の反応を
  数多くネット記事で見た。
4月12日:3月18日付けの理事長メッセージについて :日本気象学会

The Situation in Japan (Updated 8/3/12)
文部科学省(米国エネルギー省との共同を含む)による航空機モニタリング結果(一覧)
 内、2011.5.6公表の内容

放射線モニタリング情報 全国及び福島県の空間線量測定結果 :文部科学省

放射能汚染地図(七訂版) :「早川由起夫の火山ブログ」
 電子ファイル公開 七訂版 表面
 電子ファイル公開 七訂版 裏面
 
みなし仮設住宅 :「新語時事用語辞典」

土壌汚染問題とその対応  河田東海夫(NUMOフェロー) ←バリバリの原子力推進派(本書著者の評)
2011.5.24 第16回原子力委員会 資料第2号

低線量被曝、権利と義務 原田裕史氏 :「核開発に反対する会」2011.5ニュースNo.39
  掲載は6~9ページです。

地下式原子力発電所政策推進議員連盟 :「観測」北村陽慈郎氏
  地下式原子力発電所政策推進議員連盟 :ウィキペディア

東京電力
原子力損害に対する賠償について

2011年08月05日 (金) :NHK「かぶん」ブログ
詳細解説】原発事故の損害はどこまで賠償されるのか?

2011.07.27 国の原発対応に満身の怒り - 児玉龍彦 :YouTube
チェルノブイリ膀胱炎 児玉龍彦 :医学のあゆみ 「逆システム学の窓」
チェルノブイリ膀胱炎物語 福島昭治氏
チェルノブイリ原発事故による放射能被爆住民における膀胱がんの発生
研究概要(最新報告)  代表 福島昭治氏

漠原人村

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この逍遙記を書き始めた以降に原発事故関連として読み、読後印象を書き込んだ本の一覧を作成しています。

読書記録索引 -1  原発事故関連書籍

ここから遡ってお読みいただければ幸です。