「エグゾセを狙え」「黒の狙撃者」

「エグゾセを狙え」(ジャック・ヒギンズ/著 沢川進/訳 早川書房 1984)
原題は「exocet」
原書の刊行は、1983年。

1982年2月から7月まで、英国とアルゼンチンとのあいだで起こった、フォークランド紛争を題材とした作品。
フランス製のミサイル、エグゾセを手に入れようとするアルゼンチンと、それを阻止しようとする英国との戦いをえがいた物語だ。

主人公は、SASの少佐で30歳の、トニー・ヴィリアーズ。
かれの上司が、1972年、テロそのほか同種の問題を処理するために設立された、グループ・フォアと呼ばれる課の責任者である、チャールズ・ファーガスン准将。
その部下には、ベルファストに勤務中、爆弾で左手を失ったハリー・フォックスがいる。

冒頭、警備の穴を実証するために、ヴィリアーズは宮殿に侵入。
女王に新聞をもってもらい、写真を撮り、任務を果たす。
見事なオープニングだ。

ファーガスンは、ヴィリアーズの元妻、ガブリエル・ルグランを呼び、在英アルゼンチン大使館付き特別空軍武官、ラウル・カルロス・モンテラ大佐に近づくよう指示。
この時点では、まだ紛争前。
ファーガスンは、ガブリエルがモンテラから有益な情報を引きだすことを期待した。
その仕事はガブリエルにいわせると、こう。
「その男をベッドに誘い、横たわったまま英国のことを考え、かれがフォークランド諸島に関する価値のある情報を洩らしてくれるように祈る、ということですわね?」

アルゼンチン大使館でのパーティで、ガブリエルはモンテラに接触。
2人はすぐ恋仲となり、ガブリエルはモンテラに本気になる。

モンテラは貴族で、大変な富豪。
ハーヴァードを卒業後、アルゼンチン空軍に入隊。
除隊してナイジェリアの内戦に参加していたこともある。
現在、45歳。
妻はいたが、4年前白血病で亡くなった。

が、モンテラはブエノスアイレスに呼びもどされる。
紛争が起こり、2人の仲は裂かれる。

一方、パリ。
アルゼンチン大使館商務部の一等書記官、じつは陸軍情報部のホワン・ガルシア少佐が、ソ連大使館文化担当官、じつはKGB大佐のニコライ・ベロフと接触。
アルゼンチンは、紛争の緒戦で大いに戦果をあげたエグゾセ・ミサイルがほしくてたまらないのだが、フランスが売ってくれない。
そこで、ベロフは、フィーリクス・ドナーという土地開発会社会長のオーストラリア人――この男もじつはソ連のスパイ――と渡りをつける。

ドナーは、ガルシアにエグゾセを調達することを確約。
ただし、アルゼンチン空軍の将校をひとり、連絡将校としてつけてほしいとガルシアに申し出る。
ブエノスアイレスの大統領官邸では、連絡将校として、高齢にもかかわらず出撃をくり返しているモンテラに白羽の矢がたつ。

また一方。
CIA経由でこの情報を入手したファーガソンは、再びモンテラに接触させるために、ガブリエルをパリに送りこむ。
また、ガブリエルをサポートするために、アルゼンチンの前線で偵察任務についていたヴィリアーズが呼びもどされる。

ところで、ドナーは一体どこからエグゾセを入手するつもりなのか。
また、ソ連がアルゼンチンの要求にこたえるのはなんのためか。
後半、この2点の疑問を一挙に解決する展開をみせる。

ガブリエルとモンテラの恋が成就するかどうかもみどころ。
テンポがよくて読ませられる、見事な冒険娯楽小説だ。

「黒の狙撃者」(ジャック・ヒギンズ/著 菊池光/訳 早川書房 1992)
原題は“Confessional”
原書の刊行は1985年。

主人公は、KGBの休眠工作員、ミハイル・ケリイ。
ソビエト連邦内には、イギリスやアメリカの町をそっくり再現し、工作員を訓練する施設があるという。
その施設で訓練を受けたのが、ミハイル。

父はIRAの活動家で、第2次大戦がはじまったばかりのころ、ロンドン地区における爆破作戦に参加し、捕えられ、裁判にかけられて処刑された。
母はソビエト市民で、スペイン内乱に参加していた父とマドリードで出会ったのち、ダブリンでジャーナリストとして生活。
ミハイルはイエズス会の学校に入り、カトリックとして育つ。
このカトリックというのがポイントで、アイルランドで潜伏するさいに得た職業とともに、最後までミハイルについてまわることになる。

将来、ミハイルが役立ちそうだと考えたソ連側は、母子に接触。
その後、母は胃ガンで亡くなる。

ミハイルは語学の才能があり、演技の天才。
また、射撃にも驚くべき腕前をみせる。
――のちのシリーズ・キャラクター、ショーン・ディロンのような人物だ。

という訳で。
1959年、20歳のミハイルは休眠工作員としてアイルランドに送られる。
暗号名は、クークリン。

そして、1982年。
マルクス主義ゲリラに対抗すべく、イギリス陸軍からの命令により、オマーンでサルタンの軍隊の訓練を指導していたトニー・ヴィリアーズ少佐は、ラシード族の捕虜となっていた。
そのヴィリアーズ少佐のもとに、もうひとり捕虜があらわれる。
ヴィクトール・レヴィンというユダヤ人。
亡命するため、ロシアの基地から脱出したところ、ラシード族のサリムに捕まってしまったのだ。
レヴィンは、ミハイルが訓練を受けた施設ではたらいていた男だった。
ヴィリアーズは、レヴィンから、訓練施設とミハイルの驚くべき話を聞く。

サリムは、ロシア側に2人を引き渡し、報酬を得る。
が、ロシア側は約束した報酬を全て支払わなかった。
そこで、サリムはロシアの基地から2人を奪取。
こんどは、イギリス側に2人を売ることに。
いきがけの駄賃にと、3人は基地を破壊していく――。

いっぽうロンドン。
国防情報部第4課の責任者、チャールズ・ファーガスン准将は、部下のハリイ・フォックス大尉から、ハンス・ヴォルフガング・バウム博士が殺害されたという報告を受ける。
博士は、事業家で、カトリックとプロテスタントの融和に心を砕いていたひとだった。
IRA暫定派より犯行声明がだされたが、わざわざ自分の立場を不利にするのは妙だ。
そこで、ハリイ大尉は過去の事件を調査し、似た手口の事件を抽出。
さらに、ヴィリアーズの報告から、レヴィンと会見し、過去からバウム博士殺害にいたる数かずの事件が、クークリンによるものだと見当をつける。

クークリンの顔を知る者は3人。
ひとりはレヴィン。
もうひとりは、訓練中、巡査部長を演じていて、ミハイルに殺された男の娘、タニヤ。
その後、タニヤはKGBのマスロフスキ大佐の養女となり、ピアニストとなって、いまでは海外演奏ツアーをしている。

それから、やはり訓練施設にいて、いまはアイルランドに亡命した、心理学者のポール・チャーニイ。

クークリンの正体を暴くことは、濡れ衣を着せられたIRAにとっても重要。
そこで、協力をもとめて、ダブリンに派遣されたハリイ大尉は、IRA暫定派北部軍司令官マーティン・マギネスと会う。
協力するにあたり、双方がよく知っている人物として、リーアム・デヴリンを仲介役として立てることに――。

トニー・ヴィリアーズ、ファーガスン、リーアム・デヴリンといった、ヒギンズ・ワールドの登場人物が大勢でてくるのが楽しい。
また、この物語は、「エグゾセを狙え」とほぼ同時期に起こったこととして書かれているので、共通の登場人物――KGBのベーロフ大佐とか――があらわれるのもまた楽しい。

「エグゾセを狙え」と同時期の物語であるため、ヴィリアーズ少佐の登場は冒頭だけ。
その後、少佐はすぐにフォークランドに派遣されてしまう。

ストーリーは、それからまあいろいろあって、ついにクークリンの正体をデヴリンが知ることになる。
しかし、このときすでにミハイルは、ロシア側に見限られていた。
もはやミハイルにはいくところがない。
そこで、今度は自分が主導権を握るとミハイルはいう。
イギリスを訪問する教皇を暗殺するとデヴリンにいい残して去る。

これが、本書の3分の2あたり。
またしても、ヒギンズの主人公は始動が遅い。
が、ここにいたるまで、クークリンの捜索とそれに対するソ連側の反応が、多視点でテンポよく語られ飽きさせない。
このテンポの良さが、初期の作風とは大いにちがっているところだろう。

その後、ミハイルはイギリスに潜入。
カンタベリを訪問する教皇を暗殺する予定だったが、水害にあった村でうっかりひと助けをしてしまい、思いがけなく計画が狂っていく。


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