タナカの読書メモです。
一冊たちブログ
図書館は出版営業を妨げているか
2009年7月9日、国際ブックフェアでおこなわれた造本装丁コンクール表彰式の受賞挨拶で、新潮社の石井常務取締役は、出版危機の要因として図書館をとりあげたそう。
「前門の虎の新古書店、後門の狼の図書館、天からグーグルが舞い降りてきた」
ことし(2010)の国際ブックフェアに新潮社は参加していないと思ったけれど(欲しい本があったので、さがしたのだ)、これは上記のことが関係しているのだろうか。
(ひょっとしたら、去年も参加していなかったかもしれないけれど)
それから。
総務省・経済産業省・文部科学省の3省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告」には、図書館の現状についてこう書いてあるそう。
「実際に図書館で貸し出されている本はベストセラー本や娯楽本が多く、著作者や出版者、地方の書店などへの経済的な影響が少なくない」
――はたしてこれは確かな裏づけがあっての発言なのか。
というわけで、雑誌「出版ニュース 2010年8月中旬号」(出版ニュース社)において、日本図書館協会事務局長の松岡要さんが反論をこころみている。
この記事について、簡単にメモをとっておきたい。
まず、そもそも図書館は出版に影響をもたらすような規模にはなっていない。
2009年度の全国の公共図書館の総資料費総額は、294億5949万円。
これは、出版販売額の1%を若干超すていど。
では、図書館が出版営業を妨げているという印象はどこからでてくるのか。
そんなに図書館はベストセラーを貸出しているのか。
図書館におけるベストセラー貸出調査はすでにおこなわれている。
「公立図書館貸出実態調査 2003 報告書」がそう。
この調査により、ベストセラー本の所蔵状況はそれほど多くはないということが判明。
ただ、3省による報告は、この調査を踏まえていない。
そこで、松岡さんは今回の反論を書くにあたり、現在のベストセラーである「1Q84 BOOK1」(村上春樹 新潮社 2009)を公共図書館がどれくらい所蔵しているのか調査した。
調査の方法は、自治体を人口別に分け、そのなかで貸出の多い10の自治体を対象にするというもの。
また、貸出の多い10の政令指定都市も対象としている。
調査日は、2010年7月11日。
この調査結果は大変面白い。
細かいことは、実際にこの論文をみてもらうことにして、乱暴にまとめてしまうと、対象として抽出された50の自治体の総図書館数は425館。
その、「1Q84 BOOK1」の平均所蔵冊数は4.57冊。
だいたい、1館につき、4、5冊もっていることになる。
そして、1冊あたりの予約件数は22.85件。
これまた乱暴に、貸出期間が2週間とすると、だいたい1年待ちということになるだろうか。
――1年待つくらいなら買っちゃったらどうだ?
と、個人的には思うけれど、このひとたちはそんなことをものともしないのだろう。
気が長いなあ。
ちなみに、50の自治体の総予約件数は4万4千380件。
出版者が、図書館が営業を妨げていると強く感じるのはここかもしれない。
4万×定価ぶんの、得べかりし売上を失っていると感じているのかも。
でも、「1Q84 BOOK1」が出版されたのは2009年5月。
図書館で予約をしているひとたちは、1年や2年待つのが平気なひとたちだ。
かりに、すべての図書館から「1Q84」を一掃したとして、この4万人のひとたちが購入するほうにまわるかというと、
――まわらないよ
と、思うけれどどうだろう。
むしろ、図書館は本来縁のないひとたちを読者として迎えているとはいえないだろうか。
読者になりたいなら我々に金を払えと、出版社はいいたいかもしれないけれど。
ひとつの自治体で、100冊以上「1Q84 BOOK1」をもっているところもないわけではない。
トップは大阪で、139冊。
次が神戸、114冊。
その次が横浜、110冊。
1冊当たりの予約件数はこう。
大阪、12.56件。
神戸、15.83件。
横浜、29.15件。
予約件数のトップは横浜で、3207件。
すさまじい。
この論文では、図書館の貸出が多い地域における書店の売上減少の有無についても分析している。
結論は、「相関関係はなし」だけれど、これについては省略。
それにしても。
出版社と図書館は食いあうしかないのか。
電子出版も踏まえて、今後、うまく市場がデザインできるといいのだけれど。
=追記=
東京都書店協同組合青年部による、「電子図書館の構築支援サービスについての危惧表明と書店組合での対策のお願い」というのをみつけたのでメモ。
「前門の虎の新古書店、後門の狼の図書館、天からグーグルが舞い降りてきた」
ことし(2010)の国際ブックフェアに新潮社は参加していないと思ったけれど(欲しい本があったので、さがしたのだ)、これは上記のことが関係しているのだろうか。
(ひょっとしたら、去年も参加していなかったかもしれないけれど)
それから。
総務省・経済産業省・文部科学省の3省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告」には、図書館の現状についてこう書いてあるそう。
「実際に図書館で貸し出されている本はベストセラー本や娯楽本が多く、著作者や出版者、地方の書店などへの経済的な影響が少なくない」
――はたしてこれは確かな裏づけがあっての発言なのか。
というわけで、雑誌「出版ニュース 2010年8月中旬号」(出版ニュース社)において、日本図書館協会事務局長の松岡要さんが反論をこころみている。
この記事について、簡単にメモをとっておきたい。
まず、そもそも図書館は出版に影響をもたらすような規模にはなっていない。
2009年度の全国の公共図書館の総資料費総額は、294億5949万円。
これは、出版販売額の1%を若干超すていど。
では、図書館が出版営業を妨げているという印象はどこからでてくるのか。
そんなに図書館はベストセラーを貸出しているのか。
図書館におけるベストセラー貸出調査はすでにおこなわれている。
「公立図書館貸出実態調査 2003 報告書」がそう。
この調査により、ベストセラー本の所蔵状況はそれほど多くはないということが判明。
ただ、3省による報告は、この調査を踏まえていない。
そこで、松岡さんは今回の反論を書くにあたり、現在のベストセラーである「1Q84 BOOK1」(村上春樹 新潮社 2009)を公共図書館がどれくらい所蔵しているのか調査した。
調査の方法は、自治体を人口別に分け、そのなかで貸出の多い10の自治体を対象にするというもの。
また、貸出の多い10の政令指定都市も対象としている。
調査日は、2010年7月11日。
この調査結果は大変面白い。
細かいことは、実際にこの論文をみてもらうことにして、乱暴にまとめてしまうと、対象として抽出された50の自治体の総図書館数は425館。
その、「1Q84 BOOK1」の平均所蔵冊数は4.57冊。
だいたい、1館につき、4、5冊もっていることになる。
そして、1冊あたりの予約件数は22.85件。
これまた乱暴に、貸出期間が2週間とすると、だいたい1年待ちということになるだろうか。
――1年待つくらいなら買っちゃったらどうだ?
と、個人的には思うけれど、このひとたちはそんなことをものともしないのだろう。
気が長いなあ。
ちなみに、50の自治体の総予約件数は4万4千380件。
出版者が、図書館が営業を妨げていると強く感じるのはここかもしれない。
4万×定価ぶんの、得べかりし売上を失っていると感じているのかも。
でも、「1Q84 BOOK1」が出版されたのは2009年5月。
図書館で予約をしているひとたちは、1年や2年待つのが平気なひとたちだ。
かりに、すべての図書館から「1Q84」を一掃したとして、この4万人のひとたちが購入するほうにまわるかというと、
――まわらないよ
と、思うけれどどうだろう。
むしろ、図書館は本来縁のないひとたちを読者として迎えているとはいえないだろうか。
読者になりたいなら我々に金を払えと、出版社はいいたいかもしれないけれど。
ひとつの自治体で、100冊以上「1Q84 BOOK1」をもっているところもないわけではない。
トップは大阪で、139冊。
次が神戸、114冊。
その次が横浜、110冊。
1冊当たりの予約件数はこう。
大阪、12.56件。
神戸、15.83件。
横浜、29.15件。
予約件数のトップは横浜で、3207件。
すさまじい。
この論文では、図書館の貸出が多い地域における書店の売上減少の有無についても分析している。
結論は、「相関関係はなし」だけれど、これについては省略。
それにしても。
出版社と図書館は食いあうしかないのか。
電子出版も踏まえて、今後、うまく市場がデザインできるといいのだけれど。
=追記=
東京都書店協同組合青年部による、「電子図書館の構築支援サービスについての危惧表明と書店組合での対策のお願い」というのをみつけたのでメモ。
書棚と平台
副題は「出版流通というメディア」。
副題のほうが正確に内容をあらわしている。
ひとことでいうと、本書は、「出版流通はどんな風に発展してきたのか」について記した本だ。
だと思う。
じつはこの本、一年かけて何度も読み直したのだけれど、残念、理解できなかった。
うーん、頭が悪い。
以下は、この本が理解できなかったいいわけ。
自分の頭の悪さを棚に上げていうと、この本は本論の部分と序章、終章の部分のつながりがいまひとつだと思う。
序章でまず出版危機について述べ、危機に際しては歴史に学ぶことだと、明治以降の出版流通および、本とひとと金銭の出会いの場(本書では「購書空間」と呼ぶ)の成り立ちについて述べる。
ここのところはとても面白い。
よくまあ調べたものだと、感心することしきり。
でも、終章にいたって、現在における「購書空間」の新たなうごきについて語りはじめると、とたんに理解できなくなる。
最初、危機について語ったら、最後は危機への対処法について触れるのがすじじゃないだろうか。
乗っていた電車が、知らぬ間に別の路線に入ってしまったような感じだ。
いや、でもひょっとすると対処法について触れているのかもしれない。
こちらが理解できていないだけなのかもしれない。
なら、なにが理解をさまたげているのか。
おそらく、それは現在の、出版流通の問題点の洗い出しがされていないからだと思う。
歴史は語ったけれど、現状は語っていないのだ。
本書の全体が理解できないのは、おそらくそのせいだろう。
理解できた範囲でいうと、この本は「取次は悪くない」といっている本のようにも思える。
これこれこういう経緯で取次はできてきたのだから、出版危機が起こっても、それは取次のせいではない。
「取次の話をしてるんじゃない、出版流通の話をしているんだ」と、著者はいいたいだろうけれど。
本書の副題は「出版流通というメディア」。
これは、「コンビニに本を卸すようになったら、出版社が廉価版のマンガをつくるようになりました」というようなことがいいたいのではないかと思う。
つまり、流通によって、新たな「購書空間」が出現し、それに合わせるべく、コンテンツが変容していく――。
本書の後半で、マンガが日本でのみかくも巨大な市場を得たのは、日本独特の出版流通の力が大きいのではないかという指摘がある。
この指摘は大変面白い。
というわけで、本書は細部が充実。
序章と終章はなければよかったのにと、個人的には思うけれど。
図書館関係本2冊
図書館関係の本を2冊。
「図書館 この素晴らしき世界」(藤野幸雄 勉誠出版 2008)
図書館学でいうところの、「図書館概論」に相当する本。
でも、まえがきで著者は、教科書を意図したのではないと断っている。
高校生とその親御さんを念頭におき、自由に書いた。
どんな内容なのか、目次を引用してみよう。
第1章 図書館というところ(図書館の基本的な機能と、大学・公共館といった種類の説明)
第2章 図書館の原点(図書館の機能の歴史)
第3章 波瀾の歴史(各国図書館史)
第4章 図書館員(図書館員について。これは概論にはない面白い章立て)
第5章 蔵書コレクション
第6章 図書館建築
第7章 図書館サービス(児童・身障者・高齢者などさまざまなサービスについての説明)
第8章 図書館の分類と目録
第9章 教育と研究
第10章 図書館協会
第11章 図書館は素晴らしい世界か(日本の図書館について)
あと、「まえがき」と「あとがき」、それに人名索引がある。
図書館にかんする本に、面白いものは少ない。
現場の現状について書いたものは愚痴ばかりになるし、そうでなければ教科書になってしまう。
でも、この本は別格。
適度に抽象化されつつ、見聞を交え、簡潔で密度があり、つねに本質に言及し、なにより素晴らしく読みやすい。
こんなに面白い図書館本ははじめて読んだ。
著者の専門は欧米の図書館史だそう。
そのため、海外の図書館事情に明るい(だから日本の図書館については第11章にまとめてある)。
この本ぜんたいに適度な抽象化がなされ、本質がきわめて明確に提示されているのは、このことがあずかっているのだろう。
たんにマメ知識としても、海外の図書館の話は面白い。
アメリカ議会図書館では、楽譜や音盤だけでなく、楽器まであつめているのだそう。
ストラディヴァリウスのヴァイオリンが3挺、ヴィオラとチェロが1挺ずつあり、トゥルテ作の弓がそれぞれについており、ブダペシュト弦楽四重奏団を招いて音楽会まで開いているとのこと。
日本では、楽器をあつめ、演奏会を開くのは図書館の仕事とは思われていない。
そこに彼我のちがいがあり、著者はこう書いている。
「楽譜だけでなく、それがどのような音となるのかを知ることが必要と見なした。それは文化財にたいする考えかたの国による違いを示していた」
それから、この本で教わったのだけれど、現在縦書きの出版物を発刊しているのは、世界で日本だけなのだそう。
中国も韓国も主流は横書きになっているという。
最近、日本でもケータイ小説世代を狙ってか「ケータイ名作文学」という小説を横書きにしたものが出版されている。
また、中学生が司書の先生に「横書きの小説はないですか?」と尋ねたなんて話も聞く。
出版社を経営していた評論家の山本七平さんが、「横書きは縦書きの倍、校正に時間がかかる」となにかに書いていたけれど、それも昔の話かもしれない。
新聞が横書きになったときが、天下分け目のときだろうか。
「古い風俗習慣などは、古い事典のほうが詳しい」
こんなことも、よく考えると当たり前だけれど、はっとさせられる。
いわれないと思いつかない。
著者いわく、「「決闘」という項目は19世紀での百科事典ではきわめて詳しかったが、現今の事典ではわずかに数行程度である」
「図書館建築」の章では、伝説となった大英博物館の円型閲覧室について触れられている。
この円型閲覧室は、設立当初は批判が多かったそう。
あまりにも多くの利用者が机を接しているため、わずかな音でも拡大され、邪魔になるのではないか。
以下、著者の文章も紹介したいので、ちょっと長くなるけれど本文を引用。
「しかし、結果は反対であった。大円型のドームの高い天井とコルク張りの床、鉄骨で組み立てられた四週の壁とそこの書物が音響を吸収していたのである。使ってみると確かに、こんなに優雅で便利なところはない。個人用の広い机にはかなりな本が置けるし、邪魔されず調査に没頭できる。夏期に国外からの研究者で満員だったのは、読書と調査がともに、そこでおこなえるところにあった。寝袋を持ちこんで長時間「滞在」する者すらいた。ここで本を完成した著者も多かった。さらに、閲覧室に隣接してすぐ隣には古代ギリシアの彫刻群などがあり、気分転換にも向いていた。ここの参考資料の配備は見事なものであった」
著者は、いまはもうなくなってしまった円型閲覧室を実際につかっている。
うらやましいかぎり。
こんな調子で紹介してきたらきりがない。
この本は図書館で借りてきたのだけれど、これから買いにいこう。
(エストニア国立図書館には、一般食堂、バーつきのレストランのほかに、新刊書店、古本屋も店をかまえているそう。便利だなあ)
「図書館ラクダがやってくる」(マーグリート・ルアーズ さ・え・ら書房 2010)
副題は、子どもたちに本をとどける世界の活動。
訳は、斉藤規(さいとう・ただし)。
これは児童書。
体裁は写真絵本といえるだろうか。
世界各地で、子どもたちに本を届けるためにさまざまな手段がつかわれていて、それを紹介したもの。
見開きひとつにつき、国ひとつが紹介されている。
紹介されている国は、オーストラリア、アゼルバイジャン、カナダ、イングランド、フィンランド、インドネシア、ケニア、モンゴル、パキスタン、パプア・ニューギニア、ペルー、タイ、ジンバブエ。
船で、自転車で、ラクダで、ゾウで、ロバで、一輪車(ネコ車)で、図書館員は本を届けにいく。
もちろん、日本でもおなじみの移動図書館車(BM。ブックモービル)もあるけれど、オーストラリアの移動図書館は、日本の常識を超えた大型トレーラーだ。
とにかく、本を届ける様子を写した写真をみているだけで楽しい(若干、解像度の低い写真があるのだけが残念)。
図書館ラクダの背に、フライパンもくくりつけられているのは、途中で野宿をするためだろうか。
モンゴルでは、寄贈された日本の本に、モンゴル語に訳した文を貼りつけているから、表紙でなんの本なのか判別できる。
モンゴルの草原で、女の子が「かさじぞう」を読んでいるのは、なんだか不思議な光景だ。
(余談だけれど、文章の貼り付けはしばしばボランティアの手によりなされる。よく知らない言語だと上下さかさまに貼ってしまうこともあるそうだ)
「図書館 この素晴らしき世界」(藤野幸雄 勉誠出版 2008)
図書館学でいうところの、「図書館概論」に相当する本。
でも、まえがきで著者は、教科書を意図したのではないと断っている。
高校生とその親御さんを念頭におき、自由に書いた。
どんな内容なのか、目次を引用してみよう。
第1章 図書館というところ(図書館の基本的な機能と、大学・公共館といった種類の説明)
第2章 図書館の原点(図書館の機能の歴史)
第3章 波瀾の歴史(各国図書館史)
第4章 図書館員(図書館員について。これは概論にはない面白い章立て)
第5章 蔵書コレクション
第6章 図書館建築
第7章 図書館サービス(児童・身障者・高齢者などさまざまなサービスについての説明)
第8章 図書館の分類と目録
第9章 教育と研究
第10章 図書館協会
第11章 図書館は素晴らしい世界か(日本の図書館について)
あと、「まえがき」と「あとがき」、それに人名索引がある。
図書館にかんする本に、面白いものは少ない。
現場の現状について書いたものは愚痴ばかりになるし、そうでなければ教科書になってしまう。
でも、この本は別格。
適度に抽象化されつつ、見聞を交え、簡潔で密度があり、つねに本質に言及し、なにより素晴らしく読みやすい。
こんなに面白い図書館本ははじめて読んだ。
著者の専門は欧米の図書館史だそう。
そのため、海外の図書館事情に明るい(だから日本の図書館については第11章にまとめてある)。
この本ぜんたいに適度な抽象化がなされ、本質がきわめて明確に提示されているのは、このことがあずかっているのだろう。
たんにマメ知識としても、海外の図書館の話は面白い。
アメリカ議会図書館では、楽譜や音盤だけでなく、楽器まであつめているのだそう。
ストラディヴァリウスのヴァイオリンが3挺、ヴィオラとチェロが1挺ずつあり、トゥルテ作の弓がそれぞれについており、ブダペシュト弦楽四重奏団を招いて音楽会まで開いているとのこと。
日本では、楽器をあつめ、演奏会を開くのは図書館の仕事とは思われていない。
そこに彼我のちがいがあり、著者はこう書いている。
「楽譜だけでなく、それがどのような音となるのかを知ることが必要と見なした。それは文化財にたいする考えかたの国による違いを示していた」
それから、この本で教わったのだけれど、現在縦書きの出版物を発刊しているのは、世界で日本だけなのだそう。
中国も韓国も主流は横書きになっているという。
最近、日本でもケータイ小説世代を狙ってか「ケータイ名作文学」という小説を横書きにしたものが出版されている。
また、中学生が司書の先生に「横書きの小説はないですか?」と尋ねたなんて話も聞く。
出版社を経営していた評論家の山本七平さんが、「横書きは縦書きの倍、校正に時間がかかる」となにかに書いていたけれど、それも昔の話かもしれない。
新聞が横書きになったときが、天下分け目のときだろうか。
「古い風俗習慣などは、古い事典のほうが詳しい」
こんなことも、よく考えると当たり前だけれど、はっとさせられる。
いわれないと思いつかない。
著者いわく、「「決闘」という項目は19世紀での百科事典ではきわめて詳しかったが、現今の事典ではわずかに数行程度である」
「図書館建築」の章では、伝説となった大英博物館の円型閲覧室について触れられている。
この円型閲覧室は、設立当初は批判が多かったそう。
あまりにも多くの利用者が机を接しているため、わずかな音でも拡大され、邪魔になるのではないか。
以下、著者の文章も紹介したいので、ちょっと長くなるけれど本文を引用。
「しかし、結果は反対であった。大円型のドームの高い天井とコルク張りの床、鉄骨で組み立てられた四週の壁とそこの書物が音響を吸収していたのである。使ってみると確かに、こんなに優雅で便利なところはない。個人用の広い机にはかなりな本が置けるし、邪魔されず調査に没頭できる。夏期に国外からの研究者で満員だったのは、読書と調査がともに、そこでおこなえるところにあった。寝袋を持ちこんで長時間「滞在」する者すらいた。ここで本を完成した著者も多かった。さらに、閲覧室に隣接してすぐ隣には古代ギリシアの彫刻群などがあり、気分転換にも向いていた。ここの参考資料の配備は見事なものであった」
著者は、いまはもうなくなってしまった円型閲覧室を実際につかっている。
うらやましいかぎり。
こんな調子で紹介してきたらきりがない。
この本は図書館で借りてきたのだけれど、これから買いにいこう。
(エストニア国立図書館には、一般食堂、バーつきのレストランのほかに、新刊書店、古本屋も店をかまえているそう。便利だなあ)
「図書館ラクダがやってくる」(マーグリート・ルアーズ さ・え・ら書房 2010)
副題は、子どもたちに本をとどける世界の活動。
訳は、斉藤規(さいとう・ただし)。
これは児童書。
体裁は写真絵本といえるだろうか。
世界各地で、子どもたちに本を届けるためにさまざまな手段がつかわれていて、それを紹介したもの。
見開きひとつにつき、国ひとつが紹介されている。
紹介されている国は、オーストラリア、アゼルバイジャン、カナダ、イングランド、フィンランド、インドネシア、ケニア、モンゴル、パキスタン、パプア・ニューギニア、ペルー、タイ、ジンバブエ。
船で、自転車で、ラクダで、ゾウで、ロバで、一輪車(ネコ車)で、図書館員は本を届けにいく。
もちろん、日本でもおなじみの移動図書館車(BM。ブックモービル)もあるけれど、オーストラリアの移動図書館は、日本の常識を超えた大型トレーラーだ。
とにかく、本を届ける様子を写した写真をみているだけで楽しい(若干、解像度の低い写真があるのだけが残念)。
図書館ラクダの背に、フライパンもくくりつけられているのは、途中で野宿をするためだろうか。
モンゴルでは、寄贈された日本の本に、モンゴル語に訳した文を貼りつけているから、表紙でなんの本なのか判別できる。
モンゴルの草原で、女の子が「かさじぞう」を読んでいるのは、なんだか不思議な光景だ。
(余談だけれど、文章の貼り付けはしばしばボランティアの手によりなされる。よく知らない言語だと上下さかさまに貼ってしまうこともあるそうだ)
「ブックオフという妖怪が徘徊している」
雑誌「新潮45」(2010年1月号)に、「ブックオフという妖怪が徘徊している」という記事(すごいタイトルだ)が載っていたのでメモ。
書き手は、松井和志さん。
書いてあるのは、だいたい3点。
大日本印刷などによるブックオフへの出資について、ブックオフを媒介とした万引き問題、中古販売による著作権侵害について。
発言者のない「」による引用は、書き手である松井和志さんの文章を引用したものだ。
では、まずブックオフへの出資の話から。
2009年5月、大日本印刷、丸善、図書館流通センター、講談社、小学館、集英社の6社がブックオフに出資。
6社の株式習得数は、合計で約29%。
「2008年秋のリーマンショック後、3割の株が“フォーセール”状態になっていたんです。どこが株を買ってくれるかによって会社の未来は変わってきますから、気が気じゃない。とりわけ、同業他社に株主になられるのは一番困ります。そんなとき、6社の方が名乗りを上げてくださいました。出版業界の皆さんとはこれまでまったく話すらできなかったわけですから、シンプルにうれしく思っています」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
「『ブックオフのせいで出版不況が起きているとか、ブックオフは敵だとかいっても仕方がない。ブックオフがあることを前提にして、どうやって業界を良くしていけるか。そういう視点で今回出資をしたいと思っている。日本の出版業界をなんとかしていきたい。そういう思いで自分たちは集まっているんです』。6社の出資社から、そう言っていただきました」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
つぎは、万引き問題。
「本はゲームなどと違って、買い値はたかがしれています。定価1000円の新刊本を10冊持ち込んでも1000円にしかならない。万引きというリスクを冒してまで売りにきても割りがあわないんです」(村野まさよし編「ブックオフの真実」(日経BP社 2003)より、ブックオフ創業者坂本孝さんの発言)
(この発言にかんしては、2002年経済産業省が発表した書店での万引きによる調査結果をもとに、記事の書き手である松井さんは疑義をとなえている)
「現場では盗品を見抜くよう努力しています。怪しい場合は警察に相談しますし、万引き犯逮捕に貢献した社員は全体会議で表彰しています。我々にとっても、盗品を買ってしまうことは致命傷なのです」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
「かつて古書店の供給源として、1店舗あたり20店舗の新刊書店があった。しかし、現在は古書店1店舗につき、供給源の新刊書店は3店舗だ」
「皮肉なことに、新古書店を狙う万引き犯が増えているという」
「ICタグは現在1個50〜60円もしますが、出版業界全体に導入すれば、値段は大幅に下げられます。ICタグの役割は、万引き防止だけではありません。どの本が売れ筋か、どうすれば流通を活発化させられるかがわかりますし、不正返本も防げる。年間8億冊出ている新刊本すべてに、ICタグをつける。これが我々の理想です」(大日本印刷・森野鉄治常務取締役)
「万引き被害は、書店だけの被害なんですよ。書店が全部損害をかぶって、出版社は損害を背負わないんです。だから、出版社からしたら、自弁でICタグをつけるのは単純に制作費が増えるだけだから、広まらないんじゃないでしょうか?」(ある書店の若手社員)
それから、著作権について。
「我々が売っている中古本に、著作権は発生していません。それでいいのかという議論は、我々の間にももちろんあります。なぜブックオフが商売をできているのか。利益を出せているのか。本を書いてくださる方がいて、市場に本が出回っているからです。コンテンツを創造されている現場に対しては、今後何らかのお金を供出させていただきたいと思っています。これはCSR(企業の社会的責任)の一環です」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
「ブックオフが創業して以来19年、出版業界はただ批判するだけで、何も対策なり交渉なりをしてこなかった。今やブックオフは全国に900店舗ですよ。これは消費者がブックオフを支持している証拠です。それは認めざるを得ないじゃないですか」(丸善・小城武彦社長)
「一部上場企業としてステイタスを得て、どこの街にもブックオフがある時代になったわけです。ブックオフをつぶせば、出版不況の問題が解決するわけではない。1年間に流通している新刊本は約8億冊。ブックオフの取扱いは2億3000万冊。これだけの大きさになったのだから、ブックオフの存在は認めたうえで前に進むしかない」(大日本印刷・森野鉄治常務取締役)
6社によるブックオフへの出資については、以前べつの雑誌からもメモをとった。
あと、補足。
丸善と図書館流通センターは、2010年2月1日に経営統合をし、「CHIグループ株式会社」を設立した。
丸善と図書館流通センターは、CHIグループの子会社になったよう。
ところで、この松井和志さんの記事によると、新刊書店でも新古書の併売をはじめる店舗がでてきたそう。
広島のフタバ図書、三洋堂書店、三省堂書店などでやっているらしい。
三省堂の新古書コーナーはみたことがある。
新古書というより、古書が並んでいて、あまり力を入れているようにはみえなかった。
できれば、お客にコーナーを発見されたくないといった感じだった。
また。
先日、ひさしぶりに近所のブックオフにいってみた。
すると、本を引っ張りだしては携帯電話をいじっているひとをみかけた。
どうも、ISBNを入力しているらしい。
本でいっぱいのカゴが足元にいくつもある。
こんなことをしているひとが、ひとりやふたりではないので、びっくりした。
たぶん、転売目的なのだろうけれど、まるで棚卸をしているみたいに一心不乱にそんなことをしている。
そばにいられると、なんとなく落ち着かない。
さっさとめぼしい本を買って退散した。
このとき買ったのは、創元推理文庫の、「怪奇小説傑作集」の2、3巻。
どこかに1巻がないものかと、いまさがしているところ。
書き手は、松井和志さん。
書いてあるのは、だいたい3点。
大日本印刷などによるブックオフへの出資について、ブックオフを媒介とした万引き問題、中古販売による著作権侵害について。
発言者のない「」による引用は、書き手である松井和志さんの文章を引用したものだ。
では、まずブックオフへの出資の話から。
2009年5月、大日本印刷、丸善、図書館流通センター、講談社、小学館、集英社の6社がブックオフに出資。
6社の株式習得数は、合計で約29%。
「2008年秋のリーマンショック後、3割の株が“フォーセール”状態になっていたんです。どこが株を買ってくれるかによって会社の未来は変わってきますから、気が気じゃない。とりわけ、同業他社に株主になられるのは一番困ります。そんなとき、6社の方が名乗りを上げてくださいました。出版業界の皆さんとはこれまでまったく話すらできなかったわけですから、シンプルにうれしく思っています」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
「『ブックオフのせいで出版不況が起きているとか、ブックオフは敵だとかいっても仕方がない。ブックオフがあることを前提にして、どうやって業界を良くしていけるか。そういう視点で今回出資をしたいと思っている。日本の出版業界をなんとかしていきたい。そういう思いで自分たちは集まっているんです』。6社の出資社から、そう言っていただきました」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
つぎは、万引き問題。
「本はゲームなどと違って、買い値はたかがしれています。定価1000円の新刊本を10冊持ち込んでも1000円にしかならない。万引きというリスクを冒してまで売りにきても割りがあわないんです」(村野まさよし編「ブックオフの真実」(日経BP社 2003)より、ブックオフ創業者坂本孝さんの発言)
(この発言にかんしては、2002年経済産業省が発表した書店での万引きによる調査結果をもとに、記事の書き手である松井さんは疑義をとなえている)
「現場では盗品を見抜くよう努力しています。怪しい場合は警察に相談しますし、万引き犯逮捕に貢献した社員は全体会議で表彰しています。我々にとっても、盗品を買ってしまうことは致命傷なのです」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
「かつて古書店の供給源として、1店舗あたり20店舗の新刊書店があった。しかし、現在は古書店1店舗につき、供給源の新刊書店は3店舗だ」
「皮肉なことに、新古書店を狙う万引き犯が増えているという」
「ICタグは現在1個50〜60円もしますが、出版業界全体に導入すれば、値段は大幅に下げられます。ICタグの役割は、万引き防止だけではありません。どの本が売れ筋か、どうすれば流通を活発化させられるかがわかりますし、不正返本も防げる。年間8億冊出ている新刊本すべてに、ICタグをつける。これが我々の理想です」(大日本印刷・森野鉄治常務取締役)
「万引き被害は、書店だけの被害なんですよ。書店が全部損害をかぶって、出版社は損害を背負わないんです。だから、出版社からしたら、自弁でICタグをつけるのは単純に制作費が増えるだけだから、広まらないんじゃないでしょうか?」(ある書店の若手社員)
それから、著作権について。
「我々が売っている中古本に、著作権は発生していません。それでいいのかという議論は、我々の間にももちろんあります。なぜブックオフが商売をできているのか。利益を出せているのか。本を書いてくださる方がいて、市場に本が出回っているからです。コンテンツを創造されている現場に対しては、今後何らかのお金を供出させていただきたいと思っています。これはCSR(企業の社会的責任)の一環です」(ブックオフ・佐藤弘志社長)
「ブックオフが創業して以来19年、出版業界はただ批判するだけで、何も対策なり交渉なりをしてこなかった。今やブックオフは全国に900店舗ですよ。これは消費者がブックオフを支持している証拠です。それは認めざるを得ないじゃないですか」(丸善・小城武彦社長)
「一部上場企業としてステイタスを得て、どこの街にもブックオフがある時代になったわけです。ブックオフをつぶせば、出版不況の問題が解決するわけではない。1年間に流通している新刊本は約8億冊。ブックオフの取扱いは2億3000万冊。これだけの大きさになったのだから、ブックオフの存在は認めたうえで前に進むしかない」(大日本印刷・森野鉄治常務取締役)
6社によるブックオフへの出資については、以前べつの雑誌からもメモをとった。
あと、補足。
丸善と図書館流通センターは、2010年2月1日に経営統合をし、「CHIグループ株式会社」を設立した。
丸善と図書館流通センターは、CHIグループの子会社になったよう。
ところで、この松井和志さんの記事によると、新刊書店でも新古書の併売をはじめる店舗がでてきたそう。
広島のフタバ図書、三洋堂書店、三省堂書店などでやっているらしい。
三省堂の新古書コーナーはみたことがある。
新古書というより、古書が並んでいて、あまり力を入れているようにはみえなかった。
できれば、お客にコーナーを発見されたくないといった感じだった。
また。
先日、ひさしぶりに近所のブックオフにいってみた。
すると、本を引っ張りだしては携帯電話をいじっているひとをみかけた。
どうも、ISBNを入力しているらしい。
本でいっぱいのカゴが足元にいくつもある。
こんなことをしているひとが、ひとりやふたりではないので、びっくりした。
たぶん、転売目的なのだろうけれど、まるで棚卸をしているみたいに一心不乱にそんなことをしている。
そばにいられると、なんとなく落ち着かない。
さっさとめぼしい本を買って退散した。
このとき買ったのは、創元推理文庫の、「怪奇小説傑作集」の2、3巻。
どこかに1巻がないものかと、いまさがしているところ。
母と子の20分間読書
「椋鳩十の本」第25巻(理論社 1983)をぱらぱらやっていたら、「母と子の20分間読書」というのが目に飛びこんできたのでメモ。
「母と子の20分間読書」というのは、
優れた本を20分間ぐらい子どもに読んでもらって、
お母さんが耳をかたむける、
というもの。
お母さんが読んであげて、子供が聞いてもいい。
20分という言葉にも、べつにこだわらなくていい。
とにかく、読みつ読まれつして、なにほどか交感するものがあればいいという運動。
子どもは読めるようになると、ひとりでどんどん読んでしまう。
だから、「母と子が共同で読む本」と「子どもが自由に黙読する本」と2種類あるといいと、椋鳩十さんはいきとどいたことをいっている。
椋鳩十さんは昭和22年から18年間、鹿児島県立図書館の館長をつとめたそう。
「母と子の読書運動」は昭和34年からはじめたという(1年間はひとつの小学校で実験した)。
運動は全国にひろまったらしい。
そんなこととは知らなかった。
まだやっていたりするんだろうか。
また、椋鳩十さんは、「価値としての読書」と「手段としての読書」では読書運動のやりかたがちがうといっている。
「手段としての読書」では、読んで感動したり考えたりしただけではダメで、それが実行に移され、効果をあげなければいけない。
農業の本なら、農家の経済にまで響くように読まなくてはならない。
これは図書館だけではできないことだから、県の農政部と県農協に声をかけ、農政部の農業普及員500人と、県農協の技術者700人が協力してくれることになり、昭和30年からスタートして、農業の研究サークルが県下に500もできたという。
「母と子の20分間読書」というのは、
優れた本を20分間ぐらい子どもに読んでもらって、
お母さんが耳をかたむける、
というもの。
お母さんが読んであげて、子供が聞いてもいい。
20分という言葉にも、べつにこだわらなくていい。
とにかく、読みつ読まれつして、なにほどか交感するものがあればいいという運動。
子どもは読めるようになると、ひとりでどんどん読んでしまう。
だから、「母と子が共同で読む本」と「子どもが自由に黙読する本」と2種類あるといいと、椋鳩十さんはいきとどいたことをいっている。
椋鳩十さんは昭和22年から18年間、鹿児島県立図書館の館長をつとめたそう。
「母と子の読書運動」は昭和34年からはじめたという(1年間はひとつの小学校で実験した)。
運動は全国にひろまったらしい。
そんなこととは知らなかった。
まだやっていたりするんだろうか。
また、椋鳩十さんは、「価値としての読書」と「手段としての読書」では読書運動のやりかたがちがうといっている。
「手段としての読書」では、読んで感動したり考えたりしただけではダメで、それが実行に移され、効果をあげなければいけない。
農業の本なら、農家の経済にまで響くように読まなくてはならない。
これは図書館だけではできないことだから、県の農政部と県農協に声をかけ、農政部の農業普及員500人と、県農協の技術者700人が協力してくれることになり、昭和30年からスタートして、農業の研究サークルが県下に500もできたという。
月刊「広報」2009年7月号の記事から
「広報」という月刊誌がある。
財団法人日本広報境界がだしている雑誌で、HPはこちら。
自治体の広報担当者にむけた雑誌だ。
この雑誌に、「現代社会に潜むデジタルの「影」を追う―市民のためのサイバーリテラシー」という連載があり、去年から出版界に攻勢をしかけている大日本印刷の経緯が手際よくまとめられていたのでメモを。
書き手はサイバーリテラシー研究所の矢野直明さん。
まず、2008年8月、大日本印刷は書店の丸善への出資比率を51%に引き上げ、丸善を子会社化。
あわせて、図書館への販売を手がける取次、図書館流通センターとも提携を強化。
2009年3月、書店のジュンク堂の株式51%を取得し、業務提携へ。
同年5月、出版社主婦の友の筆頭株主に。
講談社、集英社、小学館などと共同で、ブックオフ株を29%取得(大日本グループは16パーセント)。
以上。
でも、この記事には図書館関係が含まれていないので、すこし追加を。
丸善系列の図書館員派遣会社に「図書館スタッフ」がある。
いままで公立図書館にも派遣していたのだけれど、どうも撤退したよう。
で、図書館流通センターも図書館の業務委託を請け負っている。
だから、去年の8月の時点で、「公共図書館は図書館流通センターが担当、大学図書館などは図書館スタッフが担当」といった市場の仕分けがされたんじゃないかと思う。
ただ、丸善は図書館用の検索システムを公共図書館に販売している。
なので、これからはシステムは丸善、データは図書館流通センターという組み合わせが増えるかも(いまでも多いか?)。
ついでにいうと、オンライン書店bk1は、図書館流通センターの事業部のひとつだ。
ところで、出版業界では、返品率が40%を超えるという異常事態が恒常化している。
この異常事態のなか、大いに成長してきたのがブックオフだと記事では位置づけていて、ブックオフを舞台にした以下のような流通問題を指摘している。
・出版社→ブックオフ(出版社の中古としての直接卸し)
・ブックオフ→書店→出版社(書店がブックオフで買った新品同様の本を返品扱いにして出版元に返す)
あとは、書店で万引きしてブックオフに売る。
これは未見だけれど、日経ビジネスオンラインに、大日本印刷常務、森野鉄治さんのインタビューが載っているそう。
それによれば、大日本印刷では、ICタグを導入し、流通の正常化を図りたいと考えているそうだ。
話はぜんぜんちがうけれど、同じ「広報」7月号には、各自治体の新インフルエンザ対策についての、情報提供の検証がなされていて、とても興味深い(書き手は平能哲也さん)。
発熱相談センターに問い合わせたさいに訊かれることを、あらかじめHPに載せておくいいとか、感染者の数だけでなく、全快した感染者の数も公表したらいいとか、じつに示唆に富む(全快者の人数はWHOで集計していないかもしれない)。
また、話はとぶけれど、この「広報」のように財団法人がだしている冊子はごまんとある。
それらの目次だけでもあつめたサイトが、あればいいのにと思うけれど、もうあるんだろうか。
個人的に、そんな「はしっこ雑誌」の記事で面白いものをみつけたら、メモとっていきたい。
財団法人日本広報境界がだしている雑誌で、HPはこちら。
自治体の広報担当者にむけた雑誌だ。
この雑誌に、「現代社会に潜むデジタルの「影」を追う―市民のためのサイバーリテラシー」という連載があり、去年から出版界に攻勢をしかけている大日本印刷の経緯が手際よくまとめられていたのでメモを。
書き手はサイバーリテラシー研究所の矢野直明さん。
まず、2008年8月、大日本印刷は書店の丸善への出資比率を51%に引き上げ、丸善を子会社化。
あわせて、図書館への販売を手がける取次、図書館流通センターとも提携を強化。
2009年3月、書店のジュンク堂の株式51%を取得し、業務提携へ。
同年5月、出版社主婦の友の筆頭株主に。
講談社、集英社、小学館などと共同で、ブックオフ株を29%取得(大日本グループは16パーセント)。
以上。
でも、この記事には図書館関係が含まれていないので、すこし追加を。
丸善系列の図書館員派遣会社に「図書館スタッフ」がある。
いままで公立図書館にも派遣していたのだけれど、どうも撤退したよう。
で、図書館流通センターも図書館の業務委託を請け負っている。
だから、去年の8月の時点で、「公共図書館は図書館流通センターが担当、大学図書館などは図書館スタッフが担当」といった市場の仕分けがされたんじゃないかと思う。
ただ、丸善は図書館用の検索システムを公共図書館に販売している。
なので、これからはシステムは丸善、データは図書館流通センターという組み合わせが増えるかも(いまでも多いか?)。
ついでにいうと、オンライン書店bk1は、図書館流通センターの事業部のひとつだ。
ところで、出版業界では、返品率が40%を超えるという異常事態が恒常化している。
この異常事態のなか、大いに成長してきたのがブックオフだと記事では位置づけていて、ブックオフを舞台にした以下のような流通問題を指摘している。
・出版社→ブックオフ(出版社の中古としての直接卸し)
・ブックオフ→書店→出版社(書店がブックオフで買った新品同様の本を返品扱いにして出版元に返す)
あとは、書店で万引きしてブックオフに売る。
これは未見だけれど、日経ビジネスオンラインに、大日本印刷常務、森野鉄治さんのインタビューが載っているそう。
それによれば、大日本印刷では、ICタグを導入し、流通の正常化を図りたいと考えているそうだ。
話はぜんぜんちがうけれど、同じ「広報」7月号には、各自治体の新インフルエンザ対策についての、情報提供の検証がなされていて、とても興味深い(書き手は平能哲也さん)。
発熱相談センターに問い合わせたさいに訊かれることを、あらかじめHPに載せておくいいとか、感染者の数だけでなく、全快した感染者の数も公表したらいいとか、じつに示唆に富む(全快者の人数はWHOで集計していないかもしれない)。
また、話はとぶけれど、この「広報」のように財団法人がだしている冊子はごまんとある。
それらの目次だけでもあつめたサイトが、あればいいのにと思うけれど、もうあるんだろうか。
個人的に、そんな「はしっこ雑誌」の記事で面白いものをみつけたら、メモとっていきたい。
公共貸与権と図書館
「現代社会と図書館の課題」(日本図書館協会図書館政策委員会編 日本図書館協会 2004)
この本、いつどこで読んだかすっかり忘れてしまったのだけれど、国会図書館のHPで検索してみたらあっさり発見。
内容は、こんな感じだった。
・「図書館と構造改革 構造改革と図書館」 山口源治郎
・「構造改革と労働市場の変容」 後藤道夫
・「図書館と第三者評価 図書館評価の諸問題」 大串夏身
・「図書館なんていらない!…?」 清水勉
・「公共貸与権と図書館」 森智彦
・「子どもの読書環境整備」 中多泰子
このうち、森智彦さんの「公共貸与権と図書館」についてだけ、手元のノートにメモがとってあった。
森さんの文章は、公貸権というものについて、わかりやすく書かれていると思うので、ここにメモのメモをとっておきたい。
(手元に現物をおいているわけではないので、記述は相当ちがっているはず。その点はご容赦のほどを。でも、これを読めば、公貸権というものかどういう幅をもっているか、あるていど見当がつくと思う)
「公貸権。公共貸与権。英語では“Public lending right”。公貸権でも公共貸与権でも意味がわからないことは同じ。なら、公貸権のほうが短くていい」
「丸善の『図書館情報学用語辞典』の記述はこう。
《公共図書館で貸し出された著作物の著者が財産権の不当な侵害として、貸出によってもたらされる損失の補償を要求する権利》」
「上記の定義は、イギリスの公貸権にだけあてはまるもの。一般化できないところが、公貸権のむつかしいところ」
「公貸権を最初に導入したのはデンマーク。1945年に公貸権を公共図書館法に盛りこみ、1946年から施行」
「デンマーク、あるいはあとに続く北欧諸国の場合も、財産権の不当な侵害の補償がメインではない。第一の目的は自国語による文芸の保護。人口が一千万に満たないような人口小国なので、自国語で書いてくれるひとを保護しなければならない」
「10年後に導入したスウェーデンでは、公共図書館で貸し出される本の半分が英語からの翻訳」
「スウェーデンの公貸権の場合、作家への直接補償は3分の1。残りは文芸家協会などへの資金になる。そこから困窮している作家にいったり、取材のさい、北欧5ヶ国であれば取材費をだすといったふうにつかわれる」
「イギリスでは、1979年に公貸権法が成立。1982年7月より実施。1年間の貸出回数をカウントして、こんどはそれを集計するので、じっさいの補償金が払われたのは1984年から」
「イギリスの公貸権制度の特徴は、公貸権法という法律にもとづくこと。たいていの国は、公共図書館法の一部にしている。ドイツやオランダのように、著作権法にもとづいている国も少数派」
「イギリスが著作権法ではなく、公貸権法にしたのは、著作権法だとほかの国の作家にも補償しなくてはならなくなるため」
「イギリスとドイツは、相互協定でお互いの国の作家に補償金を支払うということをしている。割合はイギリスが10もらって、ドイツが1程度。公貸権をお互いに補償しあうと文化力の差がものすごくでてくる」
「イギリスの公貸権は権利の相続が認められていない。はじめ認めていなくて、認めるようになって、また認めなくなった。ドイツ、デンマーク、スウェーデン、オーストラリアは相続を認めている」
「イギリスの場合、補償金をもらいたければ登録をしないとダメ。著作権法にもとづくドイツでは無登録でもらえる」
「また、イギリスの場合、公貸権は著者だけの権利。ドイツ、オーストラリア、オランダには出版社の取り分もある」
「公貸権の対象は、イギリス、オランダでは公共図書館のみ。ほかの国では学校や大学をいれているところもある」
「算定方式。イギリス、オランダは貸出回数。デンマーク、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドは所蔵冊数で年1回カウント」
「スウェーデンは折衷型で、館外貸出されないレファレンスブックなどについては、所蔵冊数でカウント」
「補償方法。ノルウェーやフィンランドでは図書館予算の何パーセントかを作家協会に払うというやりかた。なので、直接の損害補償ではなく、作家の年金に当てたり、奨励金に当てたりする」
「支払額。イギリスの場合は最高限度額がある。また、一定の貸出回数がなければもらえない」
「補償金の負担は、大半の国が国家から。イギリスもそう。ドイツとオランダは国と地方自治体」
「公貸権の対象となる資料は、一般に図書。デンマークやノルウェーは視聴覚資料も対象にしている」
「イギリスの公貸権の対象は、印刷され、製本された32ページ以上の本でISBNがついていることが条件。これはISBNをつかって集計するため。また、団体業者、4人以上の著者は認められない」
「デンマークでは所蔵冊数でカウントするので、寄贈はカウントしない。購入した本だけカウントする」
「イギリスの算定方法はサンプル調査。イギリスの場合、いくつかの自治体が合同して図書館サービスをおこなっている。その数208。そのうち30図書館システムがサンプルになる。館数は479館。開館時間が週30時間に満たないものは省く。サンプル館は、その図書館の規模や、都市部か田園部かなど、さまざまに考慮して選ぶ」
「サンプル館になると大変らしい。2、3年で交代する。法律では4年ごとに交代」
「サンプル館の貸出回数は、2001年7月から一年間の集計で、約4100万回。全国では4億3000万回の貸出があるので、約10パーセント」
「図書館の貸出データと、著作者登録データを付き合わせる仕事をPLR(Public lending right)事務所がおこなう。照会と集計で半年かかる」
「もっとも貸し出された著者とか、地区でもっとも貸し出された本などが2月に公表される」
「イギリスでいちばん貸し出されている作家はキャサリン・クックソンというひと」
「イギリスの場合、公貸権が成立するまで図書館司書の大多数は反対した。しかし、成立してからは反対の声はなかった。補償金が国の負担になり、自治体や利用者に負担がいかなかったため」
「また、資料費が削減されると自分たちがもらう補償費が減るということで、資料費削減反対に作家も参加したりした。結果的に、図書館と著作者の関係がよくなった」
この本、いつどこで読んだかすっかり忘れてしまったのだけれど、国会図書館のHPで検索してみたらあっさり発見。
内容は、こんな感じだった。
・「図書館と構造改革 構造改革と図書館」 山口源治郎
・「構造改革と労働市場の変容」 後藤道夫
・「図書館と第三者評価 図書館評価の諸問題」 大串夏身
・「図書館なんていらない!…?」 清水勉
・「公共貸与権と図書館」 森智彦
・「子どもの読書環境整備」 中多泰子
このうち、森智彦さんの「公共貸与権と図書館」についてだけ、手元のノートにメモがとってあった。
森さんの文章は、公貸権というものについて、わかりやすく書かれていると思うので、ここにメモのメモをとっておきたい。
(手元に現物をおいているわけではないので、記述は相当ちがっているはず。その点はご容赦のほどを。でも、これを読めば、公貸権というものかどういう幅をもっているか、あるていど見当がつくと思う)
「公貸権。公共貸与権。英語では“Public lending right”。公貸権でも公共貸与権でも意味がわからないことは同じ。なら、公貸権のほうが短くていい」
「丸善の『図書館情報学用語辞典』の記述はこう。
《公共図書館で貸し出された著作物の著者が財産権の不当な侵害として、貸出によってもたらされる損失の補償を要求する権利》」
「上記の定義は、イギリスの公貸権にだけあてはまるもの。一般化できないところが、公貸権のむつかしいところ」
「公貸権を最初に導入したのはデンマーク。1945年に公貸権を公共図書館法に盛りこみ、1946年から施行」
「デンマーク、あるいはあとに続く北欧諸国の場合も、財産権の不当な侵害の補償がメインではない。第一の目的は自国語による文芸の保護。人口が一千万に満たないような人口小国なので、自国語で書いてくれるひとを保護しなければならない」
「10年後に導入したスウェーデンでは、公共図書館で貸し出される本の半分が英語からの翻訳」
「スウェーデンの公貸権の場合、作家への直接補償は3分の1。残りは文芸家協会などへの資金になる。そこから困窮している作家にいったり、取材のさい、北欧5ヶ国であれば取材費をだすといったふうにつかわれる」
「イギリスでは、1979年に公貸権法が成立。1982年7月より実施。1年間の貸出回数をカウントして、こんどはそれを集計するので、じっさいの補償金が払われたのは1984年から」
「イギリスの公貸権制度の特徴は、公貸権法という法律にもとづくこと。たいていの国は、公共図書館法の一部にしている。ドイツやオランダのように、著作権法にもとづいている国も少数派」
「イギリスが著作権法ではなく、公貸権法にしたのは、著作権法だとほかの国の作家にも補償しなくてはならなくなるため」
「イギリスとドイツは、相互協定でお互いの国の作家に補償金を支払うということをしている。割合はイギリスが10もらって、ドイツが1程度。公貸権をお互いに補償しあうと文化力の差がものすごくでてくる」
「イギリスの公貸権は権利の相続が認められていない。はじめ認めていなくて、認めるようになって、また認めなくなった。ドイツ、デンマーク、スウェーデン、オーストラリアは相続を認めている」
「イギリスの場合、補償金をもらいたければ登録をしないとダメ。著作権法にもとづくドイツでは無登録でもらえる」
「また、イギリスの場合、公貸権は著者だけの権利。ドイツ、オーストラリア、オランダには出版社の取り分もある」
「公貸権の対象は、イギリス、オランダでは公共図書館のみ。ほかの国では学校や大学をいれているところもある」
「算定方式。イギリス、オランダは貸出回数。デンマーク、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドは所蔵冊数で年1回カウント」
「スウェーデンは折衷型で、館外貸出されないレファレンスブックなどについては、所蔵冊数でカウント」
「補償方法。ノルウェーやフィンランドでは図書館予算の何パーセントかを作家協会に払うというやりかた。なので、直接の損害補償ではなく、作家の年金に当てたり、奨励金に当てたりする」
「支払額。イギリスの場合は最高限度額がある。また、一定の貸出回数がなければもらえない」
「補償金の負担は、大半の国が国家から。イギリスもそう。ドイツとオランダは国と地方自治体」
「公貸権の対象となる資料は、一般に図書。デンマークやノルウェーは視聴覚資料も対象にしている」
「イギリスの公貸権の対象は、印刷され、製本された32ページ以上の本でISBNがついていることが条件。これはISBNをつかって集計するため。また、団体業者、4人以上の著者は認められない」
「デンマークでは所蔵冊数でカウントするので、寄贈はカウントしない。購入した本だけカウントする」
「イギリスの算定方法はサンプル調査。イギリスの場合、いくつかの自治体が合同して図書館サービスをおこなっている。その数208。そのうち30図書館システムがサンプルになる。館数は479館。開館時間が週30時間に満たないものは省く。サンプル館は、その図書館の規模や、都市部か田園部かなど、さまざまに考慮して選ぶ」
「サンプル館になると大変らしい。2、3年で交代する。法律では4年ごとに交代」
「サンプル館の貸出回数は、2001年7月から一年間の集計で、約4100万回。全国では4億3000万回の貸出があるので、約10パーセント」
「図書館の貸出データと、著作者登録データを付き合わせる仕事をPLR(Public lending right)事務所がおこなう。照会と集計で半年かかる」
「もっとも貸し出された著者とか、地区でもっとも貸し出された本などが2月に公表される」
「イギリスでいちばん貸し出されている作家はキャサリン・クックソンというひと」
「イギリスの場合、公貸権が成立するまで図書館司書の大多数は反対した。しかし、成立してからは反対の声はなかった。補償金が国の負担になり、自治体や利用者に負担がいかなかったため」
「また、資料費が削減されると自分たちがもらう補償費が減るということで、資料費削減反対に作家も参加したりした。結果的に、図書館と著作者の関係がよくなった」
公共図書館の論点整理
図書館の現場7。
タイトルどおりの本。
公共図書館についてよく論じられるトピックスをとりあげ、その論点について整理している。
書き手の年齢が幅広い。
1982年生まれから1939年生まれまで。
とりあげられたトピックスと書き手は以下。
・「無料貸本屋」論 安井一徳
・ビジネス支援サービス 田村俊作
・図書サービスへの課金 鈴木宏宗・渡邉斉志
・司書制度の限界 渡邉斉志
・公共図書館の委託 小川俊彦
・開架資料の紛失とBDS 小林昌樹
・自動貸出機論争 小林昌樹
どの論文も、各論の相違や、論の背景、それに論争の推移などを紹介してくれて、知らない者にとってはとても助かる。
ぜんぶをとりあげるのは大変なので、とりあえず「無料貸本屋」論についてだけメモを。
この論文は、どちらかというと引用文の羅列。
どうせなら箇条書きにしてくれればよかったのにと思った。
だから、それをしてみたい。
引用文には、ちゃんとだれがいつどんな雑誌に書いたのかということが、巻末の参考文献とあわせて読むことによって、わかるようになっているのだけれど、それがあんまり膨大で、めざす箇所をさがすだけでひと苦労なので、これもよしたい。
たんに、この論争にどんな言葉がとびかったかということだけを、時系列を無視して記してみたい。
ところで、無料貸本屋論というのは、公共図書館があまりにも市民に迎合し、貸出サービス偏重になりすぎているのではないかという批判のこと。
論争の推移を紹介したあとの、著者の結論は「議論がすれちがっていた」というもの。
「反「無」論者にとっては、「現状の公共図書館を問題視」すること自体が問題。だから、議論はかみあってはいけなかったとすらいえる」
この結論は、正鵠を射ているように思えるけれど、これを結論としてしまうと議論のディティールが吹き飛んでしまう。
その点が惜しいと思った。
では、以下、議論についてのメモを(長いですよ)。
「現状の公共図書館は貸出冊数という指標に偏重するあまり、蔵書の質を無視し、新刊ばかりをそろえた「無料貸本屋」になっている」
「専門性の認められない貸出業務を公共図書館でおこなう必要はなく、行政資料の提供など他のサービスを充実させるべき」
「公共図書館が「貸出至上主義」を採用した結果、「書棚と貸出カウンター以外なにもない、図書館というよりも親切な無料貸本屋みたいになってしまった」
「貸出冊数増加の原因として、公共図書館が市民に迎合してベストセラーを大量購入する「公立無料貸本屋」となっており、そうした現状が出版業界の脅威となっている」
「公共図書館によるベストセラーの大量購入が出版衰退の一因となっており、良書の購入や新刊の貸出制限などをすべし」
「公共図書館におけるベストセラーの複本購入が作家の著作権を侵害している」
「日本推理作家協会は図書館における貸出猶予期間の導入を提案」
「公共貸与権の導入をもとめる」
(「公共貸与権(公貸権)」というのは、「公共図書館で貸し出された著作物の著者が財産権の不当な侵害として、貸出によってもたらされる損失の補填を要求する権利」のこと。イギリスや北欧諸国、オランダ、カナダ、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドなどで行われているが、その実態は相当にちがう。「現代社会と図書館の課題」という本にあった森智彦さんの文章が、読んだかぎりではいちばんわかりやすかったけれど、この本はどこで読んだんだっけかなあ)
「無料貸本屋という表現は、提供する資料を小規模、低レベルにみせるとともに「無料」という表現によって過剰サービス、無駄なサービスという印象をあたえる」
「貸出サービス偏重がもたらす主な弊害は以下のようになるだろう。
・貸出サービス以外のサービス(レファレンス、郷土資料、行政資料など)が疎かになる。
・より多く貸し出される蔵書をもとめる結果、特定の資料が過度に購入される。
・貸出サービスが充実するほど、ほかのアクター(著者、出版社、書店など)にあたえる経済的損害が大きくなる」
「レファレンス(調べものサービス)は貸出の基礎の上に築かれるものであって、貸出抜きのレファレンスなどありえない」
「充実した貸出なくして内実あるレファレンスはありえない」
「貸出という土台の上にほかのサービスが成り立つ」
「そして他のサービスは、貸出を発展させる機能を担う」
「貸出の数値は結果であり、住民の実際の利用と支持の広がりを目に見える形で示すサービス全体のバロメーター」
「戦後の公共図書館は大衆への貸出サービスということに重点が置かれるようになったため、レファレンス業務がおろそかになる傾向が出てきました」
「公共図書館の同一作品の大量購入は、利用者のニーズを理由としているが、実際には貸出回数を増やして成績を上げようとしているにすぎない」
「貸出サービスはあくまでサービスの一部なのに、図書館のサービスの中心であると主張することにより、ほかのサービス発展の可能性を阻害する結果をもたらした」
「読書はきわめて個別的なものであって、他人が干渉すべきものではない」
「本当にむだ使いなのは、だれにも読まれない本を購入しておいて、その本をいつまでも書架にならべておくことである」
「公立図書館が複本をたくさん購入する最大の理由は、予約しているる人を長く待たせないためである」
「なんでも要求があれば買うべきだという論には、私はくみしない」
「じゃあ利用が少ないからその本はいらないのかというと、そういうことではないと思うね」
「読み捨てられるベストセラーは公共図書館では蔵書とせず、これこそ市民個人の購入にゆだね、市民が個人として買えないような基本図書を中心とする」
「値段は高いけれども、文化的、学術的に価値の高い本を図書館が購入し、蔵書として保存する」
「もし読書という形で「娯楽」を得ようと思うならば、その本は買って読むのが当然の礼儀である」
「ベストセラーをリクエストされたら「そんな本くらい自分でお買いになったらいかがですか。うちは無料貸本屋ではありません」といえるくらいの自負をもったらどうか」
「貸出中心でベストセラーの複本をそろえるということを続けてきた図書館には、ベストセラーを求める利用者の声が集まります」
「利用者の声を聞くことは、そうした図書館の現状を肯定することになるのです」
「大量購入の同一著作によりかかったイージーな要求即応主義は、公共図書館が利用者と馴れ合った安直なサービスといえないか」
「図書館コレクションのありかたは、消費主義と一線を画した公共性の原則を図書館側が組み立てた上で決定すべきである」
「どこかで公共的な価値の実現のために、市民の要求すべてを受け入れるわけにはいかなくなる」
「本の売れない最大の原因は不況」
「出版の内部の問題をどこか外へ転嫁してるんじゃないか」
「図書館は新刊本やベストセラーばかり貸し出しているのではない」
「図書館でのベストセラーは一時的に利用されているのではなくて、書店のブームが去ったあとでも、もっともよく読まれる本として、相当長期間にわたって読まれている」
「書店のベストセラーと図書館のベストリーダーは性格が異なる」
「図書館は出版界のために存在するわけではありません」
「われわれが向いているのは出版界じゃなくて利用者ですから」
「図書館利用が活発な自治体では、図書館が市民の本に対する購買意欲を掘り出している」
「読書の娯楽に供すべく営々努力して本を書き、それを出版している人たちに対して、何らの対価を払うことなく無代で之を楽しむ、とそんなことをどうして図書館が奨励するのであるか」
「公共図書館が純文学を支えないと日本の文学は滅んでしまう」
「純文学に代表される「高価な、しかし文学的には価値の高い本」を買い支えるのが図書館の重要な使命の一つであり、そのためにはそうした図書の購入はもちろん、公貸権のような著作者を支援する制度の導入も必要」
「公共貸与権による補償金というのは、あくまでも文芸文化の保護が目的です。流行作家の損失補填のために設けられるものではありません」
「公共図書館は出版(流通)産業が提供しえないものを提供するセーフティネットの役割を果たすものである」
「何が一番読者として手に入りにくいかといったら、ちょっと古くなった逐次刊行物です」
「租税によって運営される図書館が、総体としては出版文化の発展に寄与していても、部分的に出版市場と相対立するような行動原理でふるまうことが許されるのか」
「客観的数値が出れば、論争にも一応の決着がつくのではないかという期待がかつて存在していた。日本図書館協会と日本書籍出版協会による「公立図書館貸出実態調査2003」にも、そのような期待が向けられていたはずである」
「だが、数字自体は客観的であっても、その数字の解釈や比較対象は立場によりまったく異なるものだった」
「たとえば図書館員からみれば、貸出全体のなかに占める特定のタイトルの割合が問題になると考えられ、その場合、どんなベストセラーであろうと、まず間違いなく微々たる値になるはずである」
「いっぽう、そのタイトルの著者からみれば、売り上げ部数と図書館での貸出回数を比較するという、いわゆる「図書館提供率」に近い見方をするのが自然に感じられるかもしれない」
「さまざまな資料を扱う図書館関係者がいだくマクロな感触と、個々の本の作者や出版社が感じるミクロな思いのずれがこの論議の根底に横たわっていることは間違いない」
表紙紹介問題
知り合いの児童図書館員から聞いた話。
多くの図書館でおこなわれていることだけれど、その図書館でも子どもむけの、オススメの本を紹介する冊子をつくることになった。
そのさい、表紙の写真を載せるかどうかで、問題が生じた。
表紙って、許諾を得ないと配布物などにかってに載せてはいけないんじゃないの?
というわけで、オススメの本を出している出版社に確認してみることに。
ほうぼうに電話をかけると、どこも「かまいませんよ」という返事。
ただ、1社だけがちがった。
「あらかじめ原稿をみせてもらえませんか」
という返事だった。
その電話をかけていた図書館員は、とても短気なひとだった。
「じゃ、いいです。おたくの本載せませんから」
ガチャン、と電話を切ってしまったという。
……
不幸な話だ。
社団法人著作権情報センターがだしている「コピライト」(2007年10月号)という冊子の、「本の紹介と表紙の著作権」という文章を読んでいたら、上記のような話を思い出した。
この文章を書いたのは、出版ニュース社代表、清田義昭さん。
清田さんは数年前はじめて、大手取次会社から、自社の出版物の表紙にかんする許諾をもとめられたという。
「私は40年も出版の仕事をしてきたが、このような申し入れを受けたのは、その時が初めてだった」
「じつは、私の社で発行している『出版ニュース』という雑誌でも、多くの本を紹介しているが、表紙の写真を掲載することについて、その出版社の許諾を取ったことはない。それが出版界での常識、慣例だと思ってきた」
その取次会社は、ネットでも写真をつかいたいので許諾が必要だと思ったそう。
で。
ここから先は素人が簡単に調べただけなので、けっして鵜呑みにしないでほしいのだけれど、どうも著作権法によれば、表紙の紹介にも許諾が必要なよう。
書名や、著者名、出版社名は著作物ではないので、これだけしか書いてない表紙の場合はオーケー。
ただし、表紙に写真や絵がつかわれている場合、著作権者の許諾が必要。
これは日本図書館協会の「お話会・読み聞かせに関する著作権Q&A」に書いてあった。
清田さんの文章でもふれられているけれど、この「Q&A}は、2006年5月に児童書関係の権利4団体が「お話会・読み聞かせ団体等による著作物の利用について」という「手引き」を発表したのを受けて、日本図書館協会著作権委員会が作成したもの。
「Q&A」によれば、
「児童書四者懇談会に係わる作品に関しては、表紙に写真や絵画がある場合でも、懇談会手引きに従い、無許諾で掲載しても問題ないと考えられます」
上記の図書館員との話で、相手の出版社がこの4者懇談会にふくまれているかどうか。
そこまでは調べなかった。
まあ、この話も、2006年5月以前のことだろう。
お話変わって。
当ブログでは、本の表紙を絵にして紹介している。
これは、画像を貼るよりも、絵を描いちゃったほうがラクだという、個人的事情によるもの。
でも、この行為も、表紙をかってに翻案していることになるので、著作権法に抵触する確率が高いようだ。
個々の作品に対し、許諾をとってはいないし。
なので、もし当ブログの表紙紹介に不愉快な思いをされている権利者のかたがいらっしゃったら、ご一報ください。
表紙紹介の絵は取り下げます。
(と、ここまで書いて思ったのだけれど、相手が権利者だということをどうやって確認したらいいのだろう。法を遵守する道のりは果てしがない)
清田さんはこんなこともいっている。
「著者、出版社、読者の3者にとってプラスになるのだから、本の紹介のために表紙の写真を利用することは自由であっていいと思うのだが、どうだろうか」
賛成。
でも、こういう具合にはいかないものなのかなあ。
多くの図書館でおこなわれていることだけれど、その図書館でも子どもむけの、オススメの本を紹介する冊子をつくることになった。
そのさい、表紙の写真を載せるかどうかで、問題が生じた。
表紙って、許諾を得ないと配布物などにかってに載せてはいけないんじゃないの?
というわけで、オススメの本を出している出版社に確認してみることに。
ほうぼうに電話をかけると、どこも「かまいませんよ」という返事。
ただ、1社だけがちがった。
「あらかじめ原稿をみせてもらえませんか」
という返事だった。
その電話をかけていた図書館員は、とても短気なひとだった。
「じゃ、いいです。おたくの本載せませんから」
ガチャン、と電話を切ってしまったという。
……
不幸な話だ。
社団法人著作権情報センターがだしている「コピライト」(2007年10月号)という冊子の、「本の紹介と表紙の著作権」という文章を読んでいたら、上記のような話を思い出した。
この文章を書いたのは、出版ニュース社代表、清田義昭さん。
清田さんは数年前はじめて、大手取次会社から、自社の出版物の表紙にかんする許諾をもとめられたという。
「私は40年も出版の仕事をしてきたが、このような申し入れを受けたのは、その時が初めてだった」
「じつは、私の社で発行している『出版ニュース』という雑誌でも、多くの本を紹介しているが、表紙の写真を掲載することについて、その出版社の許諾を取ったことはない。それが出版界での常識、慣例だと思ってきた」
その取次会社は、ネットでも写真をつかいたいので許諾が必要だと思ったそう。
で。
ここから先は素人が簡単に調べただけなので、けっして鵜呑みにしないでほしいのだけれど、どうも著作権法によれば、表紙の紹介にも許諾が必要なよう。
書名や、著者名、出版社名は著作物ではないので、これだけしか書いてない表紙の場合はオーケー。
ただし、表紙に写真や絵がつかわれている場合、著作権者の許諾が必要。
これは日本図書館協会の「お話会・読み聞かせに関する著作権Q&A」に書いてあった。
清田さんの文章でもふれられているけれど、この「Q&A}は、2006年5月に児童書関係の権利4団体が「お話会・読み聞かせ団体等による著作物の利用について」という「手引き」を発表したのを受けて、日本図書館協会著作権委員会が作成したもの。
「Q&A」によれば、
「児童書四者懇談会に係わる作品に関しては、表紙に写真や絵画がある場合でも、懇談会手引きに従い、無許諾で掲載しても問題ないと考えられます」
上記の図書館員との話で、相手の出版社がこの4者懇談会にふくまれているかどうか。
そこまでは調べなかった。
まあ、この話も、2006年5月以前のことだろう。
お話変わって。
当ブログでは、本の表紙を絵にして紹介している。
これは、画像を貼るよりも、絵を描いちゃったほうがラクだという、個人的事情によるもの。
でも、この行為も、表紙をかってに翻案していることになるので、著作権法に抵触する確率が高いようだ。
個々の作品に対し、許諾をとってはいないし。
なので、もし当ブログの表紙紹介に不愉快な思いをされている権利者のかたがいらっしゃったら、ご一報ください。
表紙紹介の絵は取り下げます。
(と、ここまで書いて思ったのだけれど、相手が権利者だということをどうやって確認したらいいのだろう。法を遵守する道のりは果てしがない)
清田さんはこんなこともいっている。
「著者、出版社、読者の3者にとってプラスになるのだから、本の紹介のために表紙の写真を利用することは自由であっていいと思うのだが、どうだろうか」
賛成。
でも、こういう具合にはいかないものなのかなあ。
ビジネス支援図書館の展開と課題
AVCCライブラリーレポート2006。
AVCCとは、高度映像情報センターの略だそう。
副題は「いま、ライブラリアンに求められているしごと力とは」。
企画・編集は丸山修、酒井弘雄。
ビジネス支援図書館ということばをよく目にするようになって、概要がわかるものがないかとさがしたら、これにたどり着いた。
ビジネス支援図書館、早わかり本。
第1章「ビジネス支援図書館をめぐる視点・論点」が、ビジネス支援図書館というアイディアが導入された経緯がよくわかり、面白い。
まず最初は、竹内利明さん(ビジネス支援図書館推進協議会顧問、ほか長い肩書きがいっぱい)へのインタヴュー。
ビジネス支援図書館というアイディアへ直接インパクトをあたえたのは、菅谷明子さんが雑誌「図書館の学校」(2000.12)に載せた「アメリカ公共図書館最前線」。
それ以前にも、菅谷さんは雑誌「中央公論」(1999.9)に「進化するニューヨーク図書館」を発表していたが、そのときはピンとこなかったそう。
その後、ひつじ書房社長松本功さんに菅谷さんを紹介してもらい、「アメリカ公共図書館最前線」のときは原稿段階で見せてもらう。
このときは松本さんがなにをいいたかったのか理解。
経済産業省の安藤晴彦さんや、松永明さんにも読んでもらった。
2000年11月半ば、東京国際フォーラムで図書館総合展があり、菅谷さんが基調講演を。
翌日、菅谷さんの日程が空いていたので、経済産業省にいき、安藤さん松永さんをはじめ、何人かを菅谷さんに紹介した。
「経済産業省のみなさんが図書館のビジネス支援に反応したのは、多くのかたが海外留学の経験があり、留学中は図書館を毎日つかっていたのに、日本に戻ると図書館をつかう機会がほとんどないことに疑問を感じていたためだと思います」
さて、官僚がビジネス支援をやろうといいだしても、肝心の協力してくれる図書館がなければ意味はない。
そこで、ふたたび松本さんが登場。
秋田県立の山崎さん、小平市の蛭田さん、浦安の常世田さんに声をかける。
いちばんのってきたのが浦安市立図書館長の常世田さん。
2000年12月28日、御用納めを終えた常世田さんと、経済産業省のひとたち、竹内さん、松本さんが、当時の通産省で会う。
常世田さんいわく、「まさにこういうことをやりたいと思っていた」。
で、補助金を得て、2001年から浦安でモデル事業を開始。
図書館で新しいサービスをはじめるにあたって、社会教育課や教育委員会との折衝があったと思うのだけれど、このあたりの経緯は載っていなかった。
こういうのも、あったら読みたかったなあ。
さて、竹内さんいわく、ビジネス支援導入のさい、「アメリカで実績があるというのも重要だった」というコメントも面白い。
日本人はアメリカの先進事例に非常に弱い。
「ヨーロッパの図書館はあまりビジネス支援に熱心ではないようですから、アメリカで実績がなくて日本だけがやるのであれば導入に成功しなかったと思います」
また座談会「ビジネス支援図書館の現在と未来」
参加者は、常世田さん、元立川市立図書館の斉藤誠一さん、秋田県立の山崎さん。
新しい事業を導入するときは、現状に対する批判がある。
そのことを常世田さんは、こう述べている。
「今50代ぐらいの図書館員は良くなるところも悪くなるところも経験しているわけです。悪くなったところを戻そう戻そうとしているうちに、今日に至った。かれらは昭和40年代、50年代の図書館が牧歌的に良かった時代に戻そうとしていたわけです」
「ところがそうではなく、逆の方向に突き進まなくてはいけなかった。たとえばビデオを貸したり、多文化サービスを実施したりしなければいけなかったのですが、そういうことは余計なことをやっているような気がして、「貸出を中心として、読み聞かせなどを一生懸命やっていたシンプルで幸福に満ちた牧歌的な図書館の姿がほんとうの図書館で、いまの図書館はあるべき姿ではない」と思いながらもどんどんいまに至ってしまったという敗北感をもっている人がいるのではないでしょうか」
これは、いささかむごい発言だ。
「ビジネス支援」という名前をつけたのも常世田さん。
図書館が予算を得るさいに、「地域経済の活性化」ということばは効くかもしれない。
ビジネス支援が急速にひろまったのは、削られる一方の予算をとるという図書館の事情も反映しているのだろう。
この本は読み応えがあって、ほかにもアメリカの事例のレポートや、実践レポート、商工会議所などのパートナーシップ・レポート、講習会での優秀レポートの紹介など、さまざまな記事が載っている。
そのうち実践レポートでは、高知県立図書館長、丸山真人さんの記事が、現場感があり面白かった。
このひとも、元浦安のひとだ。
丸山さんは、「ビジネス支援」ということばをつかわない。
「地域活性化支援」「政策立案支援」「起業・創業支援」「若者就業支援」、ということばをつかう。
こうしたのは、
「私たちが一般的に「ビジネス」といったときに、そのことばから思い浮かべる「イメージ」や「印象」と、図書館界で「ビジネス支援」としてつかうときの「ビジネス」ということばの意味する範囲に、無視できない「ずれ」が生じていると考えたからだ」
「それが多くの人に混乱をもたらしているので、「ビジネス支援」がもつべき機能や役割に分割して事業名としたのである」
ただ、先の座談会で、斉藤さんはこうもいっている。
当初、産業振興課に「地域活性化コーナー」としてあげたが、
「ビジネス支援という言葉で予算取りをしたいし、ビジネス支援という言葉が市がいまめざしている地域産業支援ということにぴったりくるので、「ビジネス支援」にしてくれと、むこうからいわれたわけです」
つまり、その地域や考えかたにより、ことばづかいが変わる。
さらに斉藤さんいわく、
「なにが重要かというと、産業振興課の人と図書館員が議論しながら名前や内容までも決めていくという作業を今までやってこなかったということですよ」
ほかの記事で面白かったのは、松永明さんによるアメリカ・レポート。
コネティカット州の内陸にある、人口2万強の小都市シムズブリーの図書館についての記事。
この館のビジネス・アウトリーチ司書は、ビジネス司書にもとめられる能力として、こう指摘したという。
「そとにでて、ひとびとに会う能力」
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