大統領の娘

「大統領の娘」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 角川書店 2000)
原題は“The President Daughter”
原書の刊行は、1997年。

ディロン・シリーズは――というかヒギンズ作品はだいたい――早川書房から出版されていたのだが、本書以降は角川書店から出版されている。
なぜ出版社が変わったのかはわからない。
表紙ももう、生頼範義さんのイラストではなくなり、さみしいかぎりだ。

さて、今回はアメリカ大統領の隠し子をめぐる物語。
まずは、大統領の若き日々から。

のちに大統領となるジェイク・キャザレットは、ボストンの名家の生まれ。
母親は大富豪の娘で、父親は弁護士ののち上院議員に。

ハーヴァード法科大学院に進学したジェイクに、26歳のとき転機が訪れる。
当時はヴェトナム戦争中。
13歳のとき父親とともに1年間サイゴンのアメリカ大使館で暮らしていたジェイクは、戦争の惨状に心を痛めている。
ある日、ヴェトナムで右腕をなくした学生が、ほかの学生に馬鹿にされるの目撃し、思わず相手を打ちのめす。
これを機に大学をやめ、軍隊に志願しヴェトナムへ。

軍隊では、陸軍パラシュート部隊をへて特殊部隊に配属。
ヴェトコンに襲われているバスを救出するさい、若い女性と出会う。
女性は、ジャクリーヌ・ド・ブリサックという名前のフランス人。
ジェイクは、やはり父の仕事で16歳のときパリにいたことがある。
なので、フランス語が話せる。

ジャクリーヌは、なぜこんなところにいるのか。
夫をさがしにきたという。

夫のブリサック伯爵は外人部隊所属で、3か月前に国連の実情調査団の一員としてカツムにいき、そこでヴェトコンの攻撃を受けた。
手榴弾のために、遺体の見分けはつかなかったが、血まみれの野戦服と書類がみつかった。
ブリサック家は古い軍人の家系であり、ジャクリーヌの家族は大きな政治的影響力をもっている。
だから、アメリカ政府にもどこにもコネが効くのだと、ジャクリーヌ。

救出された2人は、サイゴンのエクセルシア・ホテルで夕食と一夜をともにする。
その後、ジャクリーヌの夫、ジャン・ド・ブリサック大尉が発見されたという知らせが。
大尉はけがをしていたものの、命に別状はなかった。
ジェイクは、ジャクリーヌを夫のもとに送りだす。

兵役後、ジェイクはハーヴァードにもどり、父の法律事務所に入り、下院議員に。
35歳のとき、アリス・ビートルと結婚。
アリスは白血病にかかり、長い闘病生活を強いられる。
子どもはできなかった。

1989年、上院議員になったジェイクは公用でパリへ。
例の右腕のない学生、テディ・グラントは弁護士となり、いまではジェイクの忠実な秘書となっている。
エリゼ宮の舞踏会で、ジェイクはジャクリーヌと再会。
ジャクリーヌの夫は心不全ですでにない。

ジャクリーヌは、ジェイクには子どもがいるのだと打ち明ける。
1970年、パリで生まれたマリーがそう。
あなたはいつか大統領になるのだから、こういうスキャンダルめいたことはよくない、とジャクリーヌ。
それに、マリーはずっとジャンを父親だと思っていた。
だから黙っていようとジャクリーヌは提案し、ジェイクは同意。

その後、ジャクリーヌはガンで亡くなる。
ジェイクは自家用ジェット機で駆けつけるが間にあわない。
墓参りにいくと、墓前にはマリーが。
マリーは、ガンになった母親からジェイクのことを聞いていた。
実の娘として認知させてくれとジェイクはいうが、マリーはそれを拒む。
非嫡出の子どもがいたりしたら、政敵は大喜びする。
テディにも説得され、ジェイクはマリーの認知をあきらめる。

――と、ここまでがプロローグ。
相変わらず波乱万丈。
素晴らしく手際がいい。
ヴェトナムでの、ジェイクとジャクリーヌの出会いは、「テロリストに薔薇を」をほうふつとさせる。

で、本編。
1997年のロンドン。
ウォンズワース刑務所に15年の刑で収容されている、IRAのダーモット・ライリーのもとを、ジョージ・ブラウンという名の弁護士が訪ねてくる。
前歴を消したうえで自由の身になれると、ブラウンはライリーに申し出る。
ブラウンとその依頼者は、ディロンを手に入れたい。
そのために、ファーガスン准将に情報を流す。

まず、IRAの実行部隊が潜伏している住所をファーガスンに教える。
次に、2年前、マンチェスター空港で爆弾テロを実行した〈神の党〉というアラブのテロ組織についての情報を流す。
組織のリーダーはハキム・アル・シャリフ。
その潜伏先をつたえてやる。

もちろん、ライリーはこの話に飛びつく。
ファーガスン准将とディロン、それにハンナ・バーンスタイン警部の、いつもの3人組はウォンズワース刑務所の面会室でライリーと対面。
ライリーは、ディロンのIRA時代の知りあいでもある。

ライリーは予定通り、IRAの実行部隊の潜伏先をつたえる。
すぐに警官隊が突入するが、爆発物などが発見されたものの、なかはもぬけのから。
逃げられたのはおれのせいじゃないと、ライリー。

さらにライリーは、武器取引のためシチリア島のサリナスという漁村でハキム・アル・シャリフと会ったという話をする。
この話にも、ファーガスン准将は食いつく。
ディロンとバーンスタイン警部とライリーの3人で、そのサリナスへいくことに。
キプロスから、英海兵隊SBS(特殊舟艇隊)のカーター大尉と4人の部下が支援してくれる手はずとなる。

ライリーは偽のパスポートをつくってもらい、3人はリア・ジェットでシチリアへ。
「密約の地」に登場したイタリア情報部のパオロ・ガジーニ大佐が出迎え、一行は車でサリナスへ。
途中、第2次大戦時、米軍がカンマラータ山中を通ってパレルモの進軍するさい、イタリア軍が抵抗しないようマフィアに指令をだしてもらったという、「ルチアノの幸運」のエピソードが語られる。
これはご愛敬だろう。

サリナスでは、カーター大尉が登場。
が、これは偽物。
偽カーターとその一党はディロンを拉致。
バーンスタイン警部は、ファーガスン准将へのメッセンジャーとして見逃される。

ライリーは、捕まったディロンに全てを話す。
用済みのおまえが今後ぶじであるはずがないと、ディロン。
ディロンに説得され、ライリーは従姉のいるアイルランドの農場をめざし逃亡する。

一方、ディロンは城のなかの一室といったような部屋に連れていかれ、そこで丁重に扱われる。
そして、今回の首謀者であるユダと名乗る男から、その目的を聞く。
ユダと〈マカベイア〉と呼ばれるその一党は、愛国的なイスラエル人。
祖国のためならなんでもする。
イラク、シリア、イランを屈服させるために、アメリカによる3か国への空爆を考えている。

アメリカがそんなことをするはずがない。
そうディロンはいうが、そうともいいきれないとユダ。
湾岸戦争のあと、ペンタゴンでは〈天罰の女神(メネシス)計画〉と呼ばれる計画が検討された。
大統領の秘密諮問機関である未来計画委員会は、毎年実行を勧める答申をだしている。
にもかかわらず、大統領は作戦命令書に署名しない。
会議は、来週また開かれる。
が、ことしは署名するかもしれない。
というのも、大統領の娘であるマリー・ド・ブリサックを人質にしているからだ。

母の死による痛手を癒すため、ギリシャのコルフ島にきていたマリーは、海岸で水彩画を描いていたところ、〈マカベイア〉の連中にさらわれていたのだった。

――とまあ。
今回も、国から国へと飛びまわる。
それに、なんだってこんなに苦労してディロンを捕まえなければならないのか。
ヒーローだから仕方がないか。

このあと、ディロンは水責めを受け、人質になったマリーと対面したのち、携帯電話をもたされ解放される。
〈マカベイア〉やユダについて、政府のデータベースにアクセスして調べようとすると、たちまち〈マカベイア〉のほうが気づき電話してくるという仕掛け。
どうやっているのかわからないが、〈マカベイア〉は、データベースを監視している。

ディロンはファーガスン准将のもとにもどり、准将やバーンスタイン警部とともに、アメリカ大統領ジェイク・キャザレットを訪問。
大統領の秘密情報機関〈ペイスメント〉のブレイク・ジョンソンともども対策を練る。
刑務所でライリーに接触した弁護士をさがしだそうということになり、それにはライリーの協力が必要。
そこで、アイルランドに逃げたライリーを捕まえるため、リーアム・デヴリンに会いにいくことに――。

こんなに大風呂敷をひろげて大丈夫なのかと思うが、最後は大団円にもっていく。
みごとな豪腕ぶり。

前作に引き続き、リーアム・デヴリンも登場。
最後のほうには、アルバニアとの密輸業者があらわれる。
「ラス・カナイの要塞」などを思い出させ、なつかしい。
似たような場面は旧作のなになにでみたと、ついいいたくなるけれど、それも面白さのひとつだ。



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悪魔と手を組め

「悪魔と手を組め」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 早川書房 2001)
原題は“Drink with the Devil”
原書の刊行は、1996年。

ショーン・ディロン・シリーズの第5作。
今回は、消えた金塊をめぐる物語。

本書は、前半と後半に分かれる。
前半は、本書の3分の1ほどで、強奪された金塊が消えるまで。
後半は、金塊のありかが判明し、その争奪戦がくり広げられる。

はじまりは、1985年、ベルファスト。
マーティン・キーオーと名乗る船員が、乱暴されそうになったキャサリン・ライアンを助けるところから。

キャサリンは、IRAに両親と妹を殺されている。
キャサリンの叔父、マイケル・ライアンは王党派の大物活動家。

キャサリンを助けたことから、キーオーはライアンにスカウトされる。
組織の人間をつかうと秘密がもれやすい。
仕事は、資金調達にかんすること。
イングランド西部の湖水地方にいき、5千万ポンドの金塊を積んだトラックを強奪するのだ。

ホテルにもどる途中、キーオーは電話ボックスから、IRA暫定派の参謀長、ジャック・バリーに連絡をとる。
キーオーは、じつはバリーの指示で潜入したIRAだった。
乱暴されかかったキャサリンを助けたのも、キーオーが仕組んだ芝居。

トラック強奪計画は1年ほど前、王党派軍事評議会が、危険すぎるとして放棄した計画。
それをライアンは単独で実行することにしたのだ。

ライアンとキャサリンとキーオーは、ロンドンへ。
ヒュー・ベルという主人が経営しているプロテスタント系のパブで、武器を調達したり、計画を詰めたり、トラックを積んでアルスターにもどる予定のアイリッシュ・ローズ号の船長と話したり、このろくでなしの船長をおどしたり。

3人は列車で湖水地方へ。
ライアンの従兄であるコリン・パワーは、イングランド人のメアリーと結婚。
メアリーの両親が亡くなり、農場を相続し、2人はこのフォリーズ・エンドにやってきた。
コリンは亡くなり、現在はメアリーと、親類の知恵遅れの子ベニーとの2人で、農場の仕事をこなしている。
この2人も、強奪計画の協力者。
成功すれば、報酬を受けとりアイルランドのダウン州にもどるのだ。

ここで、ろくでなしの船長に続き、第2の不安要素が。
ライアンは単独で行動していたのだが、それを王党派軍事評議会代表のリードにかぎつかれた。
リードは、パブの主人ヒュー・ベルと接触する。

さて、金塊はグラスゴーで荷揚げ。
食肉輸送トラックに偽装された車で湖水地方の海岸線を南下し、バロー-イン-ファーネスにいたる。
このルートで金塊がはこばれるようになったのは5年前から。
バローに新しい精錬所ができたためで、ここで金塊は溶かされ、小さな延べ棒になる。
このトラックを、途中で襲う。

で、当日。
強奪は成功。
金塊を乗せたトラックとともに、アイリッシュ・ローズ号に乗り、海上へ。
が、金塊を狙うろくでなしの船長とあらそったあげく、船はトラックとともにダウン州沖に沈んでしまう。

キーオー、ライアン、キャサリンはゴムボートで脱出。
けっきょく、強奪は失敗し、キーオーは去る。
しかし、ライアンはナヴィゲーターをもっており、沈没した船の位置を正確に知っていたのだった――。

というのが、本書の3分の1ぐらい。
このあと舞台は現代、1995年に。

10年で、ライアンとキャサリンの境遇は大きく変わってしまった。
2人はアメリカに渡り、銀行強盗を。
そのさい、ライアンは警官をひとり撃ち殺してしまい、25年の刑をくらう。
キャサリンは逃げのび、いまでは看護婦に。

狭心症の持病があるライアンは、比較的自由が許されるグリーン・ラピッズ刑務所に現在収容されている。
キャサリンは、近所の病院に勤務し、週に3度は面会にくる。

ライアンは狭心症の発作中、うわごとでアイリッシュ・ローズ号のことをもらしてしまう。
それを聞いていたのが、看護師の資格をもつためグリーン・ラピッズ刑務所で服役している、パオロ・サラモーネ。
シチリア・マフィアの一員で、やはり警官を殺し、25年の刑を受けている。

サラモーネは、ファミリーの弁護士ソラッツォに船と金塊のことを告げる。
ソラッツォが、この件を伯父のドン・アントニオに話す。
IRAとは以前武器の取り引きをしたことがあると、ドン・アントニオ。
ドン・アントニオはジャック・バリーと連絡をとり、共同で金塊を引き上げることに。

金塊を引き上げるには、船の位置が正確にわからなくてはいけない。
ソラッツォとその運転手兼ボディガードのモリは、キャサリンとライアンに接触。
2人を脱獄させることに。

ところで、ファーガスン准将やディロンたちは、この話にどうからんでくるのか。
最初にファミリーに金塊の話をしたサラモーネは、手柄をみとめられ、刑務所から早くでられる思っていた。
ところが、逆に命を狙われるはめに。
そこで、サラモーネは自分を逮捕したFBIのブレイク・ジョンソンに連絡をとる。
ジョンソンは現在、大統領のみに責任を負う情報機関〈地下室〉(ペイスメント)を率いている。
つまり、ファーガスン准将のアメリカ版。

当時5千万ポンドだった金塊は、現在の価値では1億ポンドを超える。
その金をIRAの資金とするわけにはいかない。
というわけで、ブレイク・ジョンソンを通じ、ファーガスン准将たちにこの件がまわってくることに――。

本書のプロットは、「雨の襲撃者」と、「非情の日」を混ぜたものだろう。
描写もセリフもプロットもキャラクターも、ヒギンズは無駄なくつかいまわす。

また、本書には直接本筋とかかわらない、ディロンが大活躍するエピソードがある。
前作、「闇の天使」で、ディロンがベイルートで活躍したのと同様の趣向。
今回は、アメリカ大統領訪問にさいし、サイモン・カーター――ファーガスン准将のライバル――率いる防諜局が作成した警備プランに不備があることを証明するため、テムズ川より議事堂のテラスへの侵入をこころみる。

このとき、テムズ川の専門家として協力を得たのが、密輸で稼いでいるギャングのハリー・ソルターと、その甥のビリー・ソルター。
ペイスメントを率いるブレイク・ジョンソンともども、以降のディロン・シリーズの常連となる。

それから。
マフィアとIRAによる金塊引き上げについて捜査をはじめたファーガスン准将たちは、IRAの動向をつかむため、なんとリーアム・デヴリンを訪れる。
デヴリンは、ことし85歳。
まだ車の運転はするものの、もう撃ちあいはできない。

デヴリンとディロンは、ほとんど同じキャラクターといっていい。
ディロンはデヴリンの弟子であり、のちに方向性のちがいから袂を分かつことになった。
デヴリンはディロンに会うとこういう。
「お前はおれの悪しき分身なんだ」

読者に指摘される前に登場人物にいわせることで、あらかじめ違和感が生じるのをふせいでいる。

また、ハンナ・バーンスタイン警部をみて、デヴリンはいう。
「おれが七十五歳でなかったら惚れているところだ」
それを聞いてディロンはこたえる。
「七十五歳? あんたはとんでもない嘘つきだな」

長く読んできた読者にとって、こういう会話はたいそう愉快なものだ。

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