「ラス・カナイの要塞」「廃墟の東」

今回もまたジャック・ヒギンズ作品――。

「ラス・カナイの要塞」(ジェームズ・グレアム/著 安達昭雄/訳 角川書店 1986)
原題は”Bloody Passag”
ジェームズ・グレアム名義の作品。
原書の刊行は、1974年。

〈わたし〉の1人称。
主人公、オリバー・バークレイ・グラントは、イギリスで教育をうけたアメリカ人。
陸軍士官学校を卒業後、朝鮮戦争に参加。
その後、陸軍情報部の特殊任務の将校となり、人質救出作戦のエキスパートとなる。
が、祖父の友人の娘を救うために、不法にチェコスロヴァキアに潜入したことで軍をクビに。
作家になるが、あまりぱっとしない。
それよりも、人質救出の技能を買われ、大金を得る。

スペインのアルメリアで引退生活を送っていたグラントは、2か月前に知りあった女性、シモーヌと一緒にいたところ、何者かに襲撃される。
本書は、この場面からスタート。
グラントは何者かに誘拐され、シシリー島へ。
グラントを誘拐したのは、アメリカのマフィア、ディミトリー・スタブロウ。

現在、アメリカから追放中の身であるスタブロウには、義理の息子――死んだ妻の息子がいた。
スチーブン・ワイアットという名前のその息子は、リビアでカダフィ大佐の打倒をねらった反革命に巻きこまれ、現在、ラス・カナイの要塞に収容されている。
死んだ妻のために息子を助けだしてくれと、スタブロウ。

グラントには、20歳年下の妹がいる。
盲目だが、音楽の才能があり、ロイヤル音楽大学に在学しているハナ。
ハナは、シシリー島につれてこられ、スタブロウの手中にある。
つまり、グラントには断るすべがない。
もちろん、シモーヌはスタブロウの手下だった。

リビアにある、ラス・カナイの要塞は断崖にある。
要塞には、600人ばかりの部隊が常駐している。
物資は軍用列車ではこばれ、金曜の夜には、トラック2台分のご婦人がはこばれてくる。
グラントは仲間をあつめ、ラス・カナイの要塞への潜入をこころみる。

グラントが立てた作戦は、海岸の絶壁を登るというもの。
そのためには、だれかが要塞内に入りこみ、登攀用のロープを下ろさなければならない。
グラントはその役目に、女装の達者な元グリーン・ベレーを当てていたが、いろいろあって、その男がつかえなくなってしまう。
そこで、お目付け役として同行していた、しかし現在はグラントになびいているシモーヌが、その役をすることに。

シモーヌが要塞に潜入するさい、いままで3人称だったこの小説は、突然3人称シモーヌ視点となる。
1人称で処理しきれない展開になってしまったとはいえ、いかにも妙だ。

このあと、断崖を登り、グラントたちも要塞に侵入し、スチーブンを連れて脱出。
要塞からの脱出は、機関車をつかった大アクション。
作戦には成功したものの、スチーブンの口から、スタブロウの真の狙いが明らかになる。

要塞からの人質救出というプロット全体は、「地獄島の要塞」とよく似ている。
が、目的が提示されてからの仲間あつめ、要塞脱出のアクション、騎士道ぶりを発揮する要塞の責任者マスモウディ大佐など、エンタテインメントの要素は大いに上がっている。
これが4年間の差というものだろうか。


「廃墟の東」(ジャック・ヒギンズ/著 白石佑光/訳 早川書房 1979)
原題は、”East of Desolation”
原書の刊行は、1968年。

舞台はグリーンランド。
主人公は、パイロットのジョウ・マーティン。
本書は、マーティンの1人称。

マーティンはイギリス人。
ロンドンの経済大学で学位をとり、航空士官学校で操縦をおぼえ、朝鮮戦争に従軍。
退役後はシティで広報の仕事につく。
妻は女優。
歌手として売れはじめたために、またマーティンがアルコール中毒になったために別れる。
その後、マーティンは商業パイロットとなり、現在にいたる。

さて、グリーンランドのフレデリクスボアで、ホテル住まいをしながら仕事をしているマーティンのもとに、ハンス・ボーゲルというオーストラリア人がやってくる。
ボーゲルは、グリーンランド内に墜落した飛行機に大いに興味をもっている。
というのも、この飛行機は、ボーゲルが勤める保険会社で保険をあつかっていたからだ。
マーティンは、この墜落した飛行機の調査に深くかかわっていくことになる――。

この本筋がはじまるまで、けっこうな量を読まなければならない。
初期ヒギンズの作風らしく、この作品も始動が遅い。

では、最初のうちなにをしているかというと、ジャック・デスフォージという、いまは落ち目の大物アメリカ映画俳優と、かれを追ってきたイラナ・アイタンという女優について語ることに費やされる。
デスフォージは、死に場所をさがしているような人物で、本書のもうひとりの主人公といっていい。
が、ストーリーと深くからまないのが惜しいところだ。

もちろん、本書は冒険小説なので、墜落した飛行機の調査だけでは終わらない。
じつは、飛行機には巨額のエメラルドがかくされていた。
後半、このエメラルドの争奪戦がくり広げられる。

登場人物は、ほぼ全員が嘘つき。
1人称で語られる文章が、また信用ならない。
おかげで、ストーリーも、人物も、焦点を結ばない。
この語り口そのものが、プロット上の芸だったと、読んでいくとわかるのだけれど、それでこの減点はくつがえらない。
このころのヒギンズは、まだ登場人物やストーリーを明快に語ることができなかったようだ。


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