反撃の海峡

「反撃の海峡」(ジャック・ヒギンズ/著 後藤安彦/訳 早川書房 1995)

原題は、“Cold Harbour”
原書の刊行は1990年。

ドゥガル・マンロゥ准将がシリーズ・キャラクターとして登場する、第2次大戦秘話もの。
このシリーズは他に、
「狐たちの夜」
「鷲は飛び立った」
「双生の荒鷲」
がある。

内容は、ひとことでいうと、若い女性がスパイとして敵地に乗りこむというもの。
「狐たちの夜」「ルチアノの幸運」に似たパターンの作品といえるだろう。

物語は、マンロゥ准将が入院中のマーティン・ヘアをスカウトしにくるところから。
マーティン・ヘアはアメリカ人。
元ハーヴァード大学のドイツ文学教授。
母親がドイツ人のため、ドイツ語を流暢に話す。
また、フランス語も堪能。

戦争がはじまったとき、ヘアは42歳。
だが、ヨットマンとして有名だったため魚雷艇隊に配属される。
太平洋のあらゆる戦闘水域に出撃。
ソロモン沖海戦で、日本の駆逐艦に撃沈寸前まで追いこまれ、体当たりを敢行。
左肺に砲弾の破片を3つくらい、6日間救命ボートで漂流する。
現在、体調は旧に復したものの、なにをしていいのかわからない。

こんなヘアに、マンロゥ准将は仕事をあたえる。
コーンウォール州に、コールド・ハーバーと呼ばれる小さな漁港がある。
ここを、マンロゥ准将が責任者であるSOE(特殊作戦部)のD課が使用している。
飛行機が2機あるが、いずれもドイツ機。
シュトルヒと、ユンカースJu88S夜間戦闘機。
つまり、ドイツ軍にすっかり偽装して作戦行動をおこなっている。

先月は、ドイツでEボートを捕獲した。
そこで、Eボートに乗る乗組員をさがしている――。

ドイツ軍に偽装するのは、明白な交戦規定違反だと、ヘアが指摘するとマンロゥ准将はわかっているとこたえる。
けっきょく、ヘアはマンロゥ准将の誘いにのることに。

次に登場するのは、フランスでレジスタンス活動をするクレーグ・オズボーン。
元ジャーナリストのアメリカ人。
現在アメリカ軍のOSSに所属する陸軍少佐。

オズボーンは、告解室にひそみ、告解にやってきたドイツ軍のディードリッヒ将軍を射殺。
逃亡中、ドイツ軍が駐留している城館の娘で、元恋人のアンヌ-マリーの助けを得て、なんとか海上に脱出。
ヘアが艦長をつとめるEボートに拾われる。
オズボーンは、まだドイツ文学教授だったころのヘアを見知っていた。

コールド・ハーバーには〈ザ・ハングド・マン〉という元領主屋敷の旅館があり、ここが食堂兼集会所となっている。
この、〈ザ・ハングド・マン〉の女主人をつとめているのが、ジュリー・ルグラント。
ジュリーの夫はソルボンヌ大学の哲学教授で、パリでレジスタンスに加わり、その脱出のさいオズボーンが手を貸したことがあった。

もともとSOEにいたオズボーンは、マンロゥ准将のこともよく知っている。
マンロゥ准将はオズボーンを配下に加えたがっている。
が、マンロゥ准将の悪辣さに閉口しているオズボーンはそれを断る。
しかし、コールド・ハーバー計画は英米の合同作戦だということで、けっきょくオズボーンはマンロゥ准将のもとではたらくことに。

ところで、フランスへの侵攻作戦を計画中の連合軍は、ドイツ軍の出方を心底知りたがっていた。
近日中に、大西洋防壁の責任者であるドイツ軍のロンメル元帥は、ブルターニュのド・ヴォアンクール城で幕僚会議を開く予定。
「蠅にでもなってその会議の場の壁にとまっていたいくらいだ」
と、ぼやくアイゼンハワー将軍に、会議に工作員を潜入させる用意があることをマンロゥ准将は明言する。

その工作員には、ド・ヴォアンクール伯爵夫人の姪であり、現在ド・ヴォアンクール城に住む――そして、オズボーンの逃亡を手助けした――アンヌ-マリーをつかう予定だった。
しかし、ある事故により彼女をつかうことはできなくなる。
そこで、アンヌ-マリーの双子の妹、ジュヌヴィエーヴに白羽の矢が立つ。
母親が亡くなったのをきっかけに、姉は相続人としてフランスに残り、妹は父親とともにイギリスで暮らしていたのだった。

ロンドンで看護婦をしているジュヌヴィエーヴは、父親の暮らすセント・マーティン村でオズボーンと対面。
さらにマンロゥ准将と会い、事情を知る。
もう姉とは4年も会っていないと、一度は協力を断ったジュヌヴィエーヴだったが、結局は協力することに。

というわけで。
主人公ジュヌヴィエーヴが登場するのは、80ページから。
「鷲が舞い降りた」以降のヒギンズ作品にしては、少々スロースターターだ。
ジュヌヴィエーヴの職業が看護婦というのは、またしてもという感じがする。
しかし、看護婦の技術をみせる場面はない。
そんなことをしなくても物語を語るのに支障はないと、作者は判断したのだろう。

が、登場人物が通りすがりに英雄的行為をしてしまうという場面は健在。
この作品では、オズボーンが空襲にあったロンドンで、瓦礫の下に埋まった子どもを救いだす。
通りすがりに英雄的行為をしてしまうのは、ヒギンズ作品の登場人物のくせだろう。
またやっているなあと、読んでいて微笑んでしまう。

このあと、ジュヌヴィエーヴは即席の訓練を受け、アンヌ-マリーとしてヴォアンクール城に送りこまれる。
はたして、ジュヌヴィエーヴは有益な情報を手に入れることができるのか。
また、敬愛する叔母のオルタンス・ド・ヴォアンクール伯爵夫人を筆頭として、城のひとびとの目をごまかし続けることができるのか。
さらに、マンロゥ准将がジュヌヴィエーヴを送りこんだ裏には、別の目的があった。
それを知ったオズボーンは行動を起こし――と、話をいよいよ盛り上げる。

本書の作風はいささかゆるい。
ストーリーはほとんど会話で進む。
オズボーンが、マンロゥ准将、マーティン・ヘア、ジュリー・ルグランドといった主要な登場人物とあらかじめ知りあいだったというのは、都合がよすぎて笑ってしまう。
しかし、ゆるいというのは、一面余裕があるということだ。
サスペンスを維持しながらも余裕がある。
初期の頃からヒギンズ作品を読んできた身としては、うまくなったなあ感心せずにはいられない。
傑作とまではいかないけれど、立派なできばえだ。

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「裁きの日」「デリンジャー」

「裁きの日」(ジャック・ヒギンズ/著 菊池光/訳 早川書房 1983)

原題は“Day of Judgment”
原書の刊行は、1978年。

1975年に「鷲は舞い降りた」を刊行したあと、ヒギンズが発表した作品を順に並べると、こんな風になる。

1976 「脱出航路」
1977 「ヴァルハラ最終指令」
1978 「裁きの日」
1980 「暗殺のソロ」

「暗殺のソロ」までいくと、安定したカットバックの技量が楽しめる。
が、それまではそうはいかない。
というわけで、「裁きの日」の面白さはいまひとつだ。
手早くストーリーを紹介して、終わりにしてしまおう。

3人称多視点。
主人公は、「非情の日」の主役だったサイモン・ヴォーン元イギリス陸軍少佐。
舞台は、1963年のベルリン。

葬儀屋の車で検問所を越え、西ベルリンに入った女性、マーガレット・キャンブル。
父は物理学者のグレゴリー・キャンブルという英国人で、原爆の情報を東側に流した人物。
その後、この父娘は東ドイツで暮らしていた。
しかし、肺ガンにかかり余命いくばくもないグレゴリー・キャンブルは祖国にもどりたがっている。
そこで、なにか手はないかと、娘のマーガレットは検問を越えてやってきたのだ。

が、ヴォーンは、マーガレットの話を信じない。
マーガレットは、キリスト教徒の地下組織〈復活連盟〉の神父、ショーン・コンリンと面会。
東ドイツにもどり、コンリン神父が救出にくるのを待つことに。

しかし、ヴォーンが見抜いたように、マーガレットは嘘をついていた。
東ベルリンに潜入したコンリン神父は、東ドイツの国家保安省第2局第5部長、ヘルムート・クラインによ捕まってしまう。

なぜ、東ドイツ側はこんな手間をかけてコンリン神父を捕まえたのか。
コンリン神父と復活連盟の活動は有名で、コンリン神父はノーベル平和賞の受賞候補に推薦されたほど。
このコンリン神父を洗脳する。
そして、公開裁判で、コンリン神父が西側の工作員であったことを自白させる。
折しも、来月はケネディ大統領がベルリンに訪問する予定。
成功すれば、西側に打撃をあたえることができる。

コンリン神父は、ノイシュタット城に収容され、アメリカ人の心理学者ハリイ・ヴァン・ビューレンにより洗脳をほどこされる。

一方、父がすでに死んだと知らされたマーガレットは、自分がただクラインに利用されていたと知る。
コンリン神父が捕まった現場から逃げだし、川に落ち、流され、ノイシュタット村で暮らすルーテル派のフランシスコ修道会に拾われる。
マーガレットは、フランシスコ修道会会士コンラートに、これまでのいきさつを説明する。

コンラート会士は西ベルリンにおもむき、ヴォーンと接触。
2人は、憲法保護局ベルリン支局長、ブルーノ・トイゼンと会う。
トイゼンは、ナチス・ドイツ時代、カナリス提督のもとで仕事をしていた人物。

コンリン神父捕まるの報が世界を駆けめぐる。
バチカンとアメリカがうごく。

バチカンでうごいたのは、コンリン神父と同じ、イエズス会士のバチェリ神父。
現在、サン・ロベルト・ベラルミノ神学校の歴史研究部長の職にある。
ノイシュタット村に閉鎖された教会があることを知ったバチェリ神父は、東ベルリン聖庁のハルトマン神父に連絡をとる。

ホワイトハウスは、スミソニアンで講演していた、チャールズ・バスコウ英文学教授と接触。
バスコウ教授は、戦時中、イギリス軍情報局ではたらいていた。
そのとき、ブルーノ・トイゼンとは敵対関係に。
しかし、今回はともにはたらくことになる。

というわけで、みんなベルリンにあつまってきて作戦会議。
まず、国境警備隊を買収。
それから、ノイシュタット村のフランシスコ修道会から穴を掘る。
穴は、ノイシュタット城の排水溝までつなげ、そこからコンリン神父を救出する。

バチェリ神父の指示により、ハルトマン神父は閉鎖されている教会を調査するという名目でノイシュタット村へ。
そして、ハルトマン神父の監視役に化けたヴォーンも、同じくノイシュタット村に潜入する――。

本書が面白くない理由のひとつは、バチカンやらホワイトハウスやらがでてきてスケールが大きくなったさいの手際の悪さにある。
登場人物ばかり増えて、応接にいとまがない。
読者はすっかり置いてきぼりだ。

また、洗脳の話というのは、面白くするのがむつかしい。
けっきょく、コンリン神父が洗脳に耐えましたという話になるのだが。

本書には、ハルトマン神父が排水溝にはまった配管工を助けだす場面がある。
雨で水位が上がっている水のなかに飛びこんで、半トンものブロックをどかす。
ヒギンズ作品によくでてくる場面だ。

また、閉鎖された教会におもむいたハルトマンは、村びとに乞われるままに告解を聞く。
さらに、英雄的行為をおこなう。

これもまた、「サンタマリア特命隊」などで見慣れた場面。
マンネリだって面白ければいい。
でも、そうはなっていないので残念だ。

もう一冊。
ハリー・パタースン名義で書かれた作品。
「デリンジャー」(ハリー・パタースン/著 小林理子/訳 東京創元社 1990)
原題は“Dillinger”
原書の刊行は、1983年。

デリンジャーは、実在したアメリカの名高い銀行強盗。
本書は1934年、インディアナ州のレイク・カウンティ刑務所から脱獄したデリンジャーの、空白期間をえがいたもの。
メキシコに逃亡したデリンジャーは鉱山や原住民をめぐる争いに巻きこまれた――というのがその内容。

というわけで、この作品は「サンタマリア特命隊」の焼き直しのよう。
やはり、いまひとつといわざるを得ない作品だった。



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