サンダー・ポイントの雷鳴

「サンダー・ポイントの雷鳴」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 早川書房 1998)
原題は“Thunder Point”
原書の刊行は、1993年。

ショーン・ディロンものの1作目といったらいいだろうか。
「嵐の眼」で敵役として登場した元IRAのテロリスト、ショーン・ディロンが、主人公となり活躍する。
以後、ディロンはシリーズの主役として活躍し続ける。

本書のストーリーは、沈没したUボートに残されたある文書が、英国に騒動を引き起こすというもの。
主な舞台はカリブ海だ。
表紙の生頼範義さんによる、沈没したUボートをえがいた挿画が、いつもながら素晴らしい。
ではまず、プロローグから。

1945年4月30日。
陥落目前のベルリン。
ドイツ第三帝国国家指導官マルティン・ボルマンは、ヒトラーからあるスーツケースを渡される。
中身は、銀行の秘密口座を記した書類や鍵。
それから、ナチス・ドイツの支持者たちを記した〈紳士録〉と呼ばれるファイル。
さらに、ウィンザー公が、ドイツが英本土侵攻に成功したときには、ふたたび国王の地位につくことに同意するとしたためたという、〈ウィンザー密約書〉。

ボルマンは、そのスーツケースをもち、ベルリンを脱出。
ノルウェーからUボートに乗り、南米をめざす。

で、本編。
1992年。
オーストリアのスロヴェニア国境近く。
飛行機でクロアチアの紛争地域に医療物資を届ける仕事を引き受けたディロンは、いままさに出発するところ。
報酬はなし。
気が向いたのだ。

が、飛行中、ミグ21に捕捉され、セルビア軍の捕虜となる。
じつは、医療物資の下にはスティンガーミサイルが隠されていて、そのことを密告されたのだった。

一方、ボルマンの乗っていた潜水艦は、カリブ海で発見される。
発見したのは、ヘンリー・ベイカーという人物。
朝鮮戦争中、2年間海軍に勤務。
父親の経営する出版社を継いだものの、50歳で妻が亡くなると事業に興味を失う。
会社を手放し、スキューバ・ダイビングのとりことなり、カリブ海のセント・ジョン島に移住。
子どもはいないが、麻薬中毒から救った、娘がわりのジェニー・グラントがいる。

潜水艦をみつけたのは、サンダー・ポイントと呼ばれる暗礁。
このあたりは危険なため、ふだんは近づきもしない。
が、このときはハリケーンが去った朝で、海はすっかり凪いでおり、ベイカーは潜ってみる気になったのだった。
沈没したUボートの、司令塔の下にできた大きな裂け目からなかに入ったベイカーは、ブリーフケースをみつけ、それを船にもち帰る。

ブリーフケースは、ボルマンのものではなく艦長のもの。
ドイツ語で書かれた日記が入っている。

この日記をどうしたものか。
ベイカーは、軍隊時代の友人ガース・トラヴァースに相談する。
1951年、アメリカ海軍大尉だったベイカーは、連絡将校としてイギリス海軍の駆逐艦パーセフォニーに乗艦した。
揚陸艇が機雷で爆破されたあと、たがいにしがみついて5時間ほど暗い海をただようはめになった2人は、確固たる友情を築いたのだった。
トラヴァースは少将となって引退し、退役後は第2次大戦当時の海軍にかんする本を何冊か書いている。

ベイカーはトラヴァースに会いにロンドンへ。
ドイツ語が堪能なトラヴァースは、すぐ日記を翻訳。

日記に書かれていたのは、出発するいきさつと、航海の経緯。
ベネズエラに向かっていたUボートは、ボルマンが島の友人たちに会いにいくという理由から、サムスン島沖で浮上。
このとき、重要な書類は艦内に残していった。
その後、ハリケーンがきて潜水艦は沈没した。

つまり、例の〈紳士録〉や〈ウィンザー密約書〉は、まだUボートに残っている可能性が高い。
トラヴァースは、友人のチャールズ・ファーガスン准将にその内容をつたえる。
ファーガスン准将は、首相に対してのみ責任を負う国防情報部〈グループ・フォア〉の責任者だ。

ファーガスン准将は首相に連絡。
トラヴァースとファーガスン准将と首相、加えてファーガスンを毛嫌いしている防諜局副長官サイモン・カーターと、内務担当閣外相という肩書で、揉めごとが起こると調停に乗り出すという役どころのフランシス・ペイマーという、5人で会合を開く。

〈紳士録〉と〈ウィンザー密約書〉は、おおやけになれば大変なスキャンダルとなる。
Uボートが沈んでいるのは、アメリカ領内。
アメリカに声をかければ、すべて自分のものだと主張するだろう。
そこで、首相はファーガスン准将に全権を委任。
秘密裏に文書を手に入れることを命じる。

ところで、セルビア軍にとらわれたディロンはどうなったのか。
捕まってから、以上のようなことが100ページほどあり、ようやくディロンに出番がめぐってくる。
ファーガスンは、ダイビングに長じ、予想される荒事にも対処できる人材として、ディロンに白羽の矢を立てる。
そして、セルビアにおもむき、ここで銃殺を待つか、自分のもとではたらくか、ディロンに選択をせまる。
もちろん、ディロンは後者を選び、以後ファーガスンのもとではたらくことに――。

ディロンはスーパーヒーローとして造形されている。
なにしろ、飛行機の操縦もすれば、ダイビングもし、射撃の名手であるとともに、変装の名人、さらには語学の達人でもあり何か国語もあやつるのだ。
ショーン・ディロンものが、ヒギンズ版007と呼ばれるゆえんだろう。
だから、あとはスーパーヒーローであるディロンが、軽口を叩きながら困難を乗り越えていく、その活劇を楽しめばいい。

後半、舞台はカリブ海へ。
〈紳士録〉があらわれては困る勢力とあらそいながら、Uボートをさがしだし、文書の回収をこころみる。
ファーガソン准将も活劇に参加するのが、なにやらおかしい。

巻末の、斎藤純さんによる解説が、手際よく本書の面白さをまとめていて感心する。
そこにこんな記述が。

《本書ではほかのヒギンズ作品(たとえば『死にゆく者への祈り』など)と違って、IRAで爆弾闘争をしていたディロンが、その過去を重苦しく引きずっていない。そこがいい。陽性の活劇に、過剰な自省や苦悩はいらない。》

セルビアからロンドンに帰る飛行機のなかで、ファーガスン准将はディロンに、罠にはめたのは自分だと告白する。
だからといって、ディロンは腹を立てたりしない。
今回の件がお前さんに幸いした、でなければいずれ銃殺されたろう、というファーガソン准将に、ディロンはこうこたえる。

《「ま、今となってはどうでもいいさ」ディロンが言った。「結果的には、四方丸く収まったわけだしな」彼も目を閉じ、うとうとし始めた。》

斎藤純さんにならって、「そこがいい」といいたい。


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