双生の荒鷲

「双生の荒鷲」(ジャック・ヒギンズ/〔著〕 黒原敏行/訳 角川書店 1999)
原題は“Flight of Eagles”
原書の刊行は1998年。

本書は、「反撃の海峡」「鷲は飛び立った」と同様、特殊作戦実行部(SOE)のドゥーガル・マンロー准将が登場し、秘密基地コールド・ハーパーが舞台となる作品。
また、訳者あとがきには以下のような指摘がある。

《「鷲は舞い降りた」およびその続編「鷲は飛び立った」と同じく「鷲」の一語がはいっている。》

加えて、

《著者とおぼしき作家が「わたし」という一人称で語り、秘話を掘り起こすプロローグとエピローグがついている。この形をとっているのは、既訳作品を確認した範囲では、前期二作だけだ。》

さらにつけ加えるなら、本書は「反撃の海峡」と同じく双子の物語でもある。
(「反撃の海峡」は姉妹で、こちらは兄弟というちがいはあるけれど)
本書は、たがいに戦闘機乗りとなった双子の物語だ。

では、まずプロローグから。
1997年、ハリウッド映画のプロデューサーから作品の映画化の打診を受けた〈わたし〉は、急いで住まいであるジャージー島からイギリス本土へ渡らなくてはならなくなる。
そこで、エアタクシー会社に連絡し、妻のデニーズとともにセスナ310型機に乗りこむことに。
セスナ310は複座なので、右側の操縦席には、飛行機操縦の経験が豊富なデニーズが座った。
左側は、会社の操縦士デュポン。

飛行機が飛び立つと、運が悪いことに霧がでて、視界が閉ざされてしまう。
加えて、右側のエンジンが停止してしまう。
さらに、操縦士のデュポンが心臓発作を起こして倒れてしまう。

管制官の指示にしたがい、コールド・ハーパー方面に向かっていたセスナは、デニーズの操縦により海面に不時着。
すぐに、倒れたデュポンとともに、妻と脱出。
このとき、デニーズのマスコットである、ぬいぐるみのクマ、タークィンも忘れずに連れだす。

タークィンは、ブライトンの骨董屋でみつけたクマ。
第2次大戦当時の、イギリス空軍の青い飛行つなぎを着て、革の飛行帽をかぶり、飛行長靴をはいている立派なクマだ。
店主の説明によれば、このクマは、前のもち主である戦闘機搭乗員と一緒に、何度も英本土航空戦(バトル・オブ・ブリテン)に出撃したという。

海上にでた3人は、すぐコールド・ハーパーからの救助艇に助けだされる。
その乗組員のひとり、80代とおぼしき老人が、クマをみていう。
「おや、タークィンじゃないか。いったいどこで手にいれたんだね」

助けだされた操縦士のデュポンは、すぐ病院へ。
〈わたし〉とデニーズは、タークィンを知るアクランド老人が経営しているパブ兼旅館に泊まることに。
夫妻はそこで、第2次大戦中、秘密基地としてつかわれていたコールド・ハーパーと、タークィンにまつわる驚くべき話を聞く。
この件は国家機密。
だが、もう88歳のアクランド老人は、かまうものかと話してくれた。

この話には、ドイツ側のできごとが欠けている。
〈わたし〉はドイツの親類、コンラートに連絡をとる。
コンラートは、元ゲシュタポ。
ハンブルグ警察主任警部ののち、西ドイツ情報部に所属。
かれなら機密情報にアクセスできるかもしれない。

連絡をとってみると、コンラートは肺ガンにかかっている。
が、「気に入ったよ、その話。老後の楽しみになる」と、コンラートは喜んで調査を引き受けてくれる。

このシーンの直前に、〈わたし〉が自身の人生を回想する場面がある。
徴兵され、旧近衛騎兵第2連隊に配属され、ベルリンで占領任務につく。
その後、職を転々とし、電力局に勤めながら売れない小説を書いたり、教師になったりする。
ここで、フィクションだろうけれど、諜報活動に従事するためになり、活劇まで演じる〈わたし〉の姿がえがかれる。

それはともかく。
以上でプロローグは終了。
このあと、アクランド老人とコンラートの調査をもとにしたという、イギリスとドイツに分かれて戦闘機乗りとなった双子の兄弟、ハリー・ケルソーと、マックス・フォン・ハルダーの物語が語られる。

物語は、双子の父の話から。
1917年8月。
ボストン屈指の裕福な名家の跡継ぎであるジャック・ケルソーは、22歳。
クマのタークィンとともに、ブリストル戦闘機に乗り、イギリス陸軍航空隊で2年目の勤務についている。
当時、搭乗員が臆病になるという理由で、イギリス陸軍省は落下傘の使用を禁じていた。
が、金持ちの息子であるケルソーは、いつも私物の落下傘を操縦席にもちこんでいた。
撃墜されたときも、その落下傘で脱出。

負傷したジャックは野戦病院へ。
そこで看護婦をしていたエルザ・フォン・ハルダー男爵令嬢と出会い、結婚。
男爵家は、プロイセンの格式ある家柄だったが、お金はまったくなかった。

妊娠したエルザは、ひとりアメリカにいき、義父の大歓迎を受け、社交界の人気者に。
生まれた双子は、それぞれの父親の名前をとり、マックスとハリーと名づけられた。
ジャックはイギリス陸軍航空隊にとどまり、中佐に昇進。
大戦が終結すると、家族のいるボストンへもどってくる。
しかし、戦争のため心に深い傷を負ったジャックは、その後、死のうが生きようがかまわないといった生活をする。

1930年、ジャックは自動車事故で死亡。
双子は、この父親とそっくりの人生を送ることになる。

ジャックがいなくなったいま、エルザはアメリカにいる気がない。
それに、マックスはフォン・ハルダー家の跡継ぎだ。
義父の支援を受け、エルザはマックスを連れて故国にもどる。
ベルリンでもまた、社交界の花形に。
亡き父の旧友のひとり、いまではナチ党幹部のゲーリングを通じ、ナチの指導者たちと面識をもつ。

1934年、マックスはアメリカにもどり、半年間祖父のもとで暮らすことに。
祖父のエイブはふたりの16歳の誕生日に、ジャックが利用していた航空クラブに連れていった。
このとき、飛行機の操縦について、2人には天賦の才があることがわかる。
兄弟はどちらが飛ぶときも、父親と同じようにタークィンを操縦席に乗せて飛んだ。
コーチ役である西部戦線のエース、ロッキー・ファーソンから、2人はさまざまな技をさずかる。
また、ファーソンにもとめられ、エイブはカーチス練習機を2機、2人に買いあたえた。

ベルリンにもどったマックスは、母親を通じて口をきいてくれたゲーリングのおかげで、当地の飛行クラブへ。
その才能に驚いた周囲により、陸軍士官学校に入ることになる。
また、このとき、23歳の空軍少尉、アドルフ・ガーランドと知りあう。

ハリーも、ボストンで飛行機の操縦を続けながら、ハーヴァード大学に入学。
兄のマックスは、ドイツ空軍少尉に。

スペイン内戦が勃発すると、マックスとガートラントもハインケルHe51複葉戦闘機に乗りたたかう。
1938年、帰国し、中尉に昇進。

ドイツによるポーランド侵攻のさいは、20機の撃墜戦果を挙げ、大尉に昇進。
「黒い男爵」の異名をとる。
ゲーリングのお気に入りとなるが、当人は特定の政治的立場を表明することもなく、ナチ党員でもない。
一戦闘機乗りに尽きた。

いっぽうハーヴァードを卒業したハリーはフィンランドへ。
ソ連がフィンランドに侵攻し、飛行士不足のフィンランド軍が外国人義勇兵を募っていたため、ハリーはそれに応じたのだ。
ハリーは、タークィンとともに出撃し、たちまち勇名をはせる。

マックスもハリーも雑誌の取材を受け、その雑誌によりおたがいの消息を知る。
のちには、諜報機関をつうじて、たがいの動向を知ることになる。

1940年3月12日、フィンランドは降伏。
ハリーは規則に反して脱出し、ストックホルム郊外の航空クラブに着陸。
スウェーデン当局に察知されないうちにイギリスへ。
そして、ロンドンの航空省に出頭し、フィンランド人として英国空軍に所属することに。

こうして、兄弟は敵味方に分かれる。
とはいえ、2人の望みは空を飛ぶことだけ。
国のことなど関係ない。

不時着したMe109を手に入れたイギリス空軍は、その評価をするために、フィンランドで同機を飛ばしたことのあるハリーに声をかける。
そこで、ハリーはD課のドゥーガル・マンロー准将と出会う。
マンローはハリーに興味をもち、勧誘するが、ハリーは首を縦に振らない。
そのやりとりのなか、ハリーはマンローの姪モリーと親しくなる。
モリーは、クロムウェル病院で外科医をしている女医。

一方、あるパーティーに出席したマックスは、その出生や、弟がイギリス軍で活躍していることなどから、ヒムラーに目をつけられる。

ところで。
ドイツ国防軍諜報部アプヴェールがイギリスに張っていた諜報網は、根こそぎにされてしまっていた。
が、保安諜報部には、アプヴェールも知らない潜入工作員がいた。
ひとりは、駐英ポルトガル大使館の館員、フェルナンド・ロドリゲス。
弟はベルリン大使館付きの商務官。
もうひとりは、イギリス陸軍省職員サラ・ディクソン。
サラは、IRAの活動家だった祖父がイギリス軍に殺されたのを恨んでいる。

保安部の指示により、ロドリゲスはサラに接触。
2人は親密に。

その後も戦争は続く。
マックスはアフリカにいったり、東部戦線にいったり。
ハリーもアフリカにいったり、爆撃機隊に転属したり。

ゲシュタポが、ドイツ人を妻にもつユダヤ人を一斉に検挙したさい、その抗議にあつまったひとびとの最前列には双子の母エルザの姿が。
エルザは、夫を連れ去られた使用人とともに、抗議に参加したのだった。
そのことは、ヒムラーの心証を大いにそこねる。

アメリカ人をあつめたイーグル中隊をつくるというので、ハリーは参加を乞われるが、断る。
父親のように、イギリス空軍のままでいたい。
そのため、イギリス空軍のままでいられるマンロー准将の勧誘に応えることに。
こうして、ハリーはコールド・ハーパーで任務につく。

――このへんで、だいたい本書の半分くらい。
しかし、こんなにあらすじを書いておいてなんだけれど、この作品は要約したところでちっとも面白さがつたわらない。
この作品は、もともと抽象度が高い。
特に、前半はものすごいスピードで話が進んでいく。
小説の冒頭は説明することが多いから、そういうことになりがちだけれど、この作品は双子の略歴を語る速度が、そのまま後半まで維持される。
まるで大河小説の要約を読んでいるよう。
あるいは、小説というよりノンフィクションのよう。
記述は高空を飛翔し、なかなか地上に降りてこないといった風情。
後期のヒギンズは、カットバックで読ませる作風となったが、その手法をここまで推し進めたかと思う。

とはいえ、部分部分はいつもの通りつかいまわし。
ハリーの恋人となるモリーは、またしても女医。
諜報員の人物配置は「鷲は飛び立った」を思い起こさせる。
主人公の双子、ハリーとマックスは空を飛ぶことしか考えていない。
ヒギンズ作品につねにあらわれる、求道的人物だ。

空中戦のさい、後ろにつかれたときにフラップを下げる技は、もう何度もみた。
これをすると、追突を避けた相手機が海面などに突っこむ。
最初にみたのは「裁きの日」だったか。
さがせば、まださかのぼれるかもしれない。

後半はもう少し、普通の小説らしくなる。
陰謀があり、計画がある。
潜入があり、露見があり、脱出がある。
双子は当然入れかわる。

劇的な場面が抑制の効いた筆致でえがかれているのも、本書の魅力のひとつだ。
はなればなれになった双子は、どこかで再会しなければいけない。
それはいったいどこだろうという興味で読んでいると、ついに双子は再会する。

この場面は、ことさら盛り上げようと書かれているわけではない。
にもかかわらず、積み重ねてきた描写が効いて見事な場面となっている、

素晴らしい名場面だ。


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