短編を読む その39

「橋」(カフカ)
「カフカ短篇集」(岩波書店 1987)

《私は橋だった。》という、橋の1人称による超短編。山奥にかけられた橋のもとに、念願の旅人がやってくる。なんとなくユーモラス。

「判決」(カフカ)
同上

ペテルブルグで商売をしている友人に、婚約したことを知らせる手紙を書いたゲオルグ・ベンデマン。手紙のことを父につたえると、おまえにはペテルブルグに友人などいないと父はいいだす。ゲオルグは友人のことを説明するのだが、父はだんだん激高してくる。カフカの短編は中盤からダイナミックに様相を変える。

「丘の上の音楽」(サキ)
「クローヴィス物語」(白水社 2015)

夫とともに田舎に移住したシルヴィア。林のなかにパン神のブロンズ像があり、台座に葡萄が置かれている。もったいないと、シルヴィアが葡萄をもち去りかけたところ、ふいにこちらをにらんでいる若い男があらわれる。この話を夫にすると、夫はシルヴィアに忠告する。おれが君なら森や果樹園には近づかないし、農場では角のある動物からはなるべく遠ざかるようにするね。ホラー風味の一編。

「乳搾り場への道」(サキ)
同上

遺産が転がりこんだ伯母を発見した3人の姪。この伯母には、3人の姪たちとは血のつながらない甥がいた。甥は金づかいが荒く、大の賭博好き。こんな甥に金をやるのは無駄だと、姪たちは説得するのだが、伯母は聞く耳をもたない。ならいっそ、賭けごとに夢中になっている甥の姿をみせようと、3人の姪は伯母を連れてフランスにおもむく。

「運命の猟犬」(サキ)
同上

進退きわまったマーティンが雨宿りの場所をもとめて農家を訪ねたところ、老人から〈トムの旦那〉としてもてなされる。4年前、なにごとかのためにトムの旦那はこの家を去ったらしい。マーティンは老人の勘ちがいを正さず、この家に居座るのだが、じきトムの旦那が近隣の恨みを買っていたことを知る。

「パリの小事件」(ロレンス・ダレル)
「逃げるが勝ち」(晶文社 1980)

外交官アントロバス氏が滑稽なエピソードを語るというシリーズの一編。ウッドハウスが書くマリナー氏ものの外交官版といったところ。休暇でパリにでかけたアントロバス氏だったが、ちょうど連休中でみな出払っている。同僚から、パリで医学を学んでいる甥の様子をみてきてくれと頼まれていたので、その甥オトゥールを訪ねると、オトゥールはカネに困っており、いささか錯乱気味。家賃を払っていないため、今夜ミリアムが差し押さえられるという。ミリアムというのはガイコツで、オトゥールの叔母。彼女は一族の名誉のために、自分のからだを提供したのだった。こうしてアントロバス氏は、オトゥールとミリアムの逃避行につきあわされるはめになる。

「鎌倉幕府のビッグウェンズデー」(久保田二郎)
「鎌倉幕府のビッグウェンズデー」(角川書店 1986)

ハワイで、近代サーフィンの祖デューク・カハナモクの足跡を追った〈僕〉。生前のまま残されたデュークの部屋を訪れた〈僕〉は、机の引き出しから不思議な巻物をみつける。その巻物には、「於栗船山常楽寺」と記されていた。帰国後、大船の常楽寺を訪れた〈僕〉は、古文書のなかから、デュークのもとにあったものと同じ巻物をみつける。それは、蒙古襲来の当時、波乗りに夢中になっていた3人の若者が書いた巻物だった。

「ネコとヴァイオリンひき」(ロイド・アリグザンダー)
「猫ねこネコの物語」(評論社 1988)

ネコにまつわる8つの物語をおさめた児童書のうちの1編。ある晩、貧乏なヴァイオリンひきニコラスの家の戸をたたく者がある。みればネコで、食べ物や暖炉をすすめると、ネコは丁重に断る。「わたしがここへ来たのはそんなことではありません」。週に一度のネコの舞踏会にヴァイオリンをお願いできないか、とネコ。ニコラスは豪華な四輪馬車に乗せられて会場へ。楽しい舞踏会で、来週もヴァイオリンをひくことをニコラスは約束する。ネコのお礼は、素晴らしい音がでるヴァイオリンの弦。この弦を張ったヴァイオリンを街頭でひいていると、「園遊会のためのセレナーデをつくってくれ」と、商人のストックが仕事を頼んでくる。しかし来週はネコの舞踏会なので園遊会にはいけないと、ニコラスは断る。ちなみにネコの名前はスターンブラウエ男爵。最後、物語は王女様との求婚話になる。

「チョスキー・ボトム騒動」(R・A・ラファティ)
「とうもろこし倉の幽霊」(早川書房 2022)

チョスキー川窪(ボトム)にいた”ねじれ足”、別名”せっかちのっそり”のチョーキーは、チョスキー・ボトムに住むロンダおばさんの指導を得て高校に編入。フットボールの選手として活躍するが、クウォーターバックのマルコムの恨みを買う。1年ほど高校生活を送ったあと、チョーキーはチョスキー・ボトムに帰る。すると、その後ボトムでは、犬がバラバラにされたり、ヤギが引き裂かれたりといった凄惨な事件が頻発するようになる。編訳者あとがきによれば、《学園青春怪奇譚(!)》

「ムツェンスク郡のマクベス夫人」(レスコーフ)
「真珠の首飾り」(岩波書店 1951)

これは中編。ある商家に嫁いで5年ほどたったものの、子どもがなく退屈しきっていたカテリーナ・リヴォーヴナ。主人が家を留守にしているあいだ、若くて美男の使用人セルゲイと通ずるが、そのことが舅のボーリス・チモフェーイチに露見。ボーリスはセルゲイを石倉に入れムチ打ちにし、カテリーナはセルゲイを許してやってくれと舅に懇願する。その後のカテリーナのおこないの数かずは、凶悪なボヴァリー夫人といったところ。


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短編を読む その38

「殺しの口づけ」(ピーター・ラヴゼイ)
「夜明けのフロスト」(光文社 2005)

ダイヤモンド警部ものの一編。クリスマス、夫婦でニューヨークにきていたダイヤモンドは、旧知のNY市警の刑事ジョニー・フラガナンを訪ね、かれの捜査に同行する。78歳の老人が心不全で亡くなったのだが、だれかがパーティー中に毒を盛った疑いがある。容疑者は、共同経営者と見習い社員と会計士。パーティー中、毒を入れることができたのは誰か。そして毒物としてつかわれたものは何か。

「夜明けのフロスト」(R・D・ウィングフィールド)
同上

フロスト警部ものの中編。クリスマスで人手不足のデントン署に、次々と事件が舞いこむ。留置所に入れられた酔っ払いが意識を失う。捨てられた赤ん坊をみつける。糖尿病のため注射を打つ必要がある娘が帰ってこないと母親が訴えにくる。百貨店の金庫から大金が盗難される。その百貨店の警備員が行方不明になる。フロスト警部は悪態をつきながら捜査に奔走する。

「三角帽子」(アラルコン)
「三角帽子」(岩波書店 1990)

水車小屋のおかみさんに横恋慕した市長が、奸計を用いて旦那をおびきだし、そのすきに本懐を遂げようとする。が、さまざまな勘ちがいといきちがいが起き、皆が右往左往することに。まだ小説というより、物語の尻尾を引きずっているような作品。エピローグがしみじみとする。

「モーロ人とキリスト教徒」(アラルコン)
同上

村長が手に入れた土地に建っていた〈モーロ人の塔〉。その塔からなにかの文書がみつかる。宝についての文書にちがいないと村長は確信するが、字は読めないし、アラビア語で書いてあるしで内容がわからない。そこで子どもたちの名付け親に相談すると、名付け親は町で楽長をしている甥に連絡。甥もアラビア語は読めないから、知りあいのモーロ人に文書をみせたところ、モーロ人は文書を手にアフリカに逃亡。スペインでの宝探しは、モーロ人の身ではむつかしい。そこでモーロ人は、イスラム教徒に入信した背教徒を訪ねる。だれもかれもが欲でいっぱい。

「割符帳(田舎の話)」(アラルコン)
同上

大切に育て、あす収穫して市場にもっていこうとしていたカボチャ40個が盗まれた。きっと泥棒は市場に運んだにちがいない。ブスカベアタじいさんは市場にいき、自分のカボチャを売っている店をみつけ、おまわりさんに訴える。しかし、じいさんのカボチャだとどう見分けるのか。タイトルが気が利いている。

「心にかけられたる者」(アイザック・アシモフ)
「究極のSF」(東京創元社 1980)

月面の開発が進み、ロボットの需要が減少した時代。USロボットの研究部長ハリマンは、どうやったら人間たちがロボットを受け入れるようになるのかという問題の解決を、2体のロボットに依頼する。ロボットたちは世界環境のロボット化を提案。さらに2体のロボットは、ロボット三原則について対話を続ける。矛盾した命令を受けたとき、どちらの人間に服従すべきか。人間という言葉を再定義しなくてはいけないね。

「詩人」(大仏次郎)
「大仏次郎ノンフィクション全集2」(朝日新聞社 1972)

ロシアのセルゲイ大公暗殺に材をとったノンフィクション・ノベル。緊張感がある。暗殺後の大公夫人の振る舞いが興味深い。

「流刑地にて」(カフカ)
「カフカ短篇集」(岩波書店 1987)

旅行者が訪れた流刑地には、奇妙な処刑機械と、その機械をつかった処刑法を熱愛する将校がいた。処刑法の存続のため、将校は旅行者に助力をもとめるのだが。

「火夫」(カフカ)
同上

女中に誘惑され、子どもをつくってしまった16歳のカール・ロスマン。両親によりアメリカに送られたカールは、ニューヨーク港で船から降りるさい、不当な扱いを受けているという火夫に同情し、一緒に会計長のもとへ抗議をしにいく。

「狩人グラフス」(カフカ)
同上

リーヴァの町の市長が、はこびこまれた棺台に横たわっている男に挨拶をする。男は狩人グスタフ。カモシカを追いかけ、岩から転げ落ちて死んだのだが、三途の川の渡し守が舵をとりちがえたため、以後、死人のまま現世をさまよっているという。


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短編を読む その37

「アローモント監獄の謎」(ビル・ブロンジーニ)
「密室大集合」(早川書房 1984)

刑務所内で絞首刑がおこなわれた瞬間、罪人が奈落から消え失せる。さらに所内では殺人も発生。頭をかかえた所長は、助言をもとめ、知人の謎めいた物書きバックマスター・ギルーンにこの出来事を話す。でも、この絞首刑からの消失法は実現がむつかしそうだ。

「箱の中の箱」(ジャック・リッチー)
(同上)

迷警部ターンバックル物の1編。密室殺人にでくわしたターンバックル警部は、その豊かすぎる想像力で、こみ入った推理を披露する。密室状態をつくり、わざと容疑者になろうとする犯人という点は、本書所収の「お人好しなんてごめんだ」の犯人に通じる。

「肉屋」(ピーター・ラヴゼイ)
「沼地の蘭」(早川書房 1984)

前の経営者の代からずっとはたらいている従業員が、きょうにかぎって出勤しない。すると冷凍庫のなかから現経営者の死体がみつかる。はたして犯人は出勤しない従業員なのか。ほかの従業員たちはさまざまな憶測をかさねる。

「沼地の欄」(ロジャー・ロングリッグ)
(同上)

近所の館に引っ越してきた、五十すぎの退役軍人と二十も年下のその妻。家具修理の仕事をしている〈わたし〉は、この妻と通じ、夫の殺害をたくらむ。タイトルは、夫の趣味が植物採集であることから。1人称の鼻もちならない文章が効果的。

「市庁舎の殺人」(A・H・Z・カー)
「誰でもない男の裁判」(晶文社 2004)

ドライアイスを散布することで雨を降らせ、水不足を解消した博士が、何者かに射殺される。それがちょうど市長選前日のこと。博士をやとった市長は大いに株を上げていたところだった。事件を担当した本部長は、今夜中に解決すべく博士の秘書や、博士の前にやとわれた技師、それに雨が降ると経営にさしつかえる遊園地の経営者といった容疑者たちと次つぎと面談。また、ドアに水平につけられた煙草の跡に事件の手がかりをみいだす。

「姓名判断殺人事件」(A・H・Z・カー)
(同上)

出版社の社長秘書の1人称によるスクリュー・ボール・コメディ風ミステリ。チェリントン社から出版された「薄衣の魅惑」が盗作だったことがわかり、社は多額の賠償金をもとめられる。盗作の事実を認めた作家は自宅で何者かに殺害され、社長は逮捕。それを濡れ衣だと信じる〈あたし〉は、社長を救うべく捜査に異をとなえる。タイトルの「姓名判断」とは、名前のアルファベットを組み合わせて単語をつくり、そこに意味を読みとる占いのようだ。

「レオポルド警部、ドッグ・レースへ行く」(エドワード・D・ホック)
「ショウほど素敵な犯罪はない」(早川書房 1989)

ドッグレース中、ウサギ操縦師がナイフで刺され死亡。レース場にいたのはギャンブラーとその妻、それに復帰したコールガール。それから大勢の客と従業員。レース自体は、操縦師が死んで犬がウサギに追いついたため無効に。なぜ犯人は、レース中に操縦師を刺したのか。

「アメイジング・ハット・ミステリー」(P・G・ウッドハウス)
「ドローンズ・クラブの英傑伝」(文芸春秋 2011)

ドローンズ・クラブのメンバー、ソラマメ君がけがで入院。お見舞いに訪れたカステラ君は、ソラマメ君(と看護婦さん)に、いまロンドン中を騒がせている怪事件について語り聞かせる。事件にはパーシーとネルソンの2つの帽子がかかわっている。恋に身を焦がしている2人は最上の帽子をもとめ、最高の店であるボドミンで帽子をあつらえたのだったが、2人ともそれぞれの相手から手ひどい不評を買ってしまう。澄み切った水のようなばかばかしさ。

「マック亭のロマンス」(P・G・ウッドハウス)
(同上)

ソーホーにある安食堂がなぜこんなに繁盛しているのか。その理由を給仕のヘンリーが聞かせてくれる。先代の旦那には息子のアンディと、旦那の亡くなった友達のお嬢さんで、養女のケイちゃんがいた。店は流行り、アンディはオックスフォードへ。ところが旦那は倒れ、学業をやめたアンディが店を引き継いだ。一方ケイちゃんは美しく成長。ダンサーとなり舞台に出演するように。ケイちゃんが仲間を誘ってきて店は大いに繁盛した。しかし頑固者のアンディはケイちゃんの活躍を認めない。O・ヘンリをほうふつとさせる下町人情もの。

「クリスマスツリーの殺人殺人事件」(エドワード・D・ホック)
「夜明けのフロスト」(光文社 2005)

引退したレオポルド警部が、昔の未解決事件の捜査にとりかかる。それぞれ別の赤いピックアップトラックに乗った3人の男が、2時間のあいだに相次いで射殺された。3台ともクリスマスツリーを積んでいた。もう一人、男が撃たれたが、その男は命に別条はなかった。銃弾は同じ拳銃から発射されたもの。35年以上前のこの事件を解決するため、レオポルド警部は関係者に会いにいく。


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短編を読む その36

「ユーモア感」(デイモン・ラニアン)
「犯罪文学傑作選」(東京創元社 1978)

靴にペーパーマッチをさしこみ、点火するいたずらが好きなジョーカー・ジョー。だが、フランキー・フェロウシャスにも、そのいたずらをしたのはよくなかったと、多くの連中は考える。またジョーカー・ジョーの愛妻ローザがフェロウシャスのもとに走ったという因縁も2人のあいだにはあった。2人の争いはじき派手になり、ジョーカー・ジョーの仲間や弟が袋づめで発見されることに。それでもジョーの奇妙なユーモア感覚は変わらない。ジョーは、自分が袋づめになってフェロウシャスのもとにいき、やつにピストルを突きつけるといういたずらを思いつく。

「修道士(マンク)」(ウィリアム・ウォークナー)
(同上)

マンクと呼ばれた不幸な生い立ちの若者についての物語。亡くなった老婆の家にいた、まだ幼い、けもののようなマンクは、ガソリンスタンドを経営するウィスキー密造者の老人のもとで成長。老人が亡くなり、別のガソリンスタンドではたらいていたのだが、そこで男がひとり殺され、ピストルをもっていたマンクが逮捕される。のちに真犯人による自白があり、マンクが犯人でなかったことがわかったのだが、所長に献身的につかえ、模範囚となっていたマンクは出所をこばむ。ところが、そんなマンクが、よりにもよってピストルで所長を射殺するという事件が起きる。

「闇にきかせた話」(リルケ)
「神さまの話」(新潮社 1982)

語り手の〈僕〉が語った13の話をまとめた連作短編集。その最後の話が本作。12年ぶりに帰省したゲオルグ・ラスマン博士は、幼年時代に親しくつきあったクララという少女を思いだし、姉やその夫に消息をたずねる。身をもちくずしたというクララを、博士はミュンヘンに訪ねる。噂とちがい、クララは質素ながらも自足した暮らしをしていた。幸福とはいえない育ちかたをしたのに、なぜこんなにクララは華やいでいるのかと、博士は不思議に思う。

「黒猫に礼をいう」(都筑道夫)
「女を逃すな」(光文社 2003)

北海道に引っ越すことになった〈わたし〉。住んでいた西洋館の地下室をセメントで修繕していると、家の面倒をみてくれていた若者がやってきて手伝いをしてくれる。若者が、家だけでなく妻の面倒までみていたことを知っていた〈わたし〉は、若者を脅しはじめる。タイトルはポーの「黒猫」から。ジョン・コリアの「死者の悪口を言うな」と同趣向の話。いや、地下室での夫婦殺人はすべて「黒猫」のヴァリエーションだろうか。

「クレオパトラの瞳」(都筑道夫)
(同上)

宝石店のショーケースに飾られている「クレオパトラの瞳」という一対の黒真珠。それをみていた〈私〉は、「あれは自分の眼なのだ」という老人に声をかけられる。ある占い師に盗まれてしまった眼は、海外に売られ、各地を流転してきたのだと老人は語る。アポリネール風の味わい。

「支払いはダブル・ゼロ」(ウォーナー・ロウ)
「スペシャリストと犯罪」(早川書房 1984)

実直な青年がカジノのディーラーとして雇われる。青年は、客としてあらわれた老人とその若い妻の2人組の不審さを、カジノの経営者に熱心に訴えるのだが。二重の伏線に、なめらかな展開、気の利いたラストと楽しい作品。

「金銭愛」(J・I・ワゴジョー)
(同上)

舞台はケニア。軍を辞め、興信所を経営する〈わたし〉のもとに、保険会社の部長が訪ねてくる。契約者が、車にかけている保険金をだましとろうしている疑いがあると部長。〈わたし〉は警察で事故の概要を調べ、契約者の以前の勤め先である自動車会社を訪ねる。犯罪実話のような雰囲気のオーソドックスなミステリ。金銭愛というテーマでうまく話をまとめている。

「マダム・ウーの九匹のウナギ」(エドワード・D・ホック)
(同上)

舞台はバンコク。賭け闘凧(カイト・ファイティング)の名手であるアメリカ人には、ベトナム戦争当時、暗殺者に渡すべき金を着服し、逃亡したという過去があった。いつかだれかが自分を訪ねてくると思っているアメリカ人のもとに、カイト・ファイティングを教えてほしいというアメリカ人の若者がやってくる。メロドラマ調のミステリ。奇妙なタイトルは、タイでは9は縁起のいい数字で、9匹のウナギを放流すると幸運がもたらされるという習俗からとのこと。アメリカ人の恋人マダム・ウーは、カイト・ファイティングにのぞむアメリカ人の幸運を祈るため、放流用のウナギを浮浪児から買いもとめ、運河に放す。

「九時から五時までの男」(スタンリイ・エリン)
(同上)

9時から17時まで、きっちりはたらくキースラー氏の物語。几帳面なキースラー氏の犯罪生活が、細ごまと書かれる。

「お人好しなんてごめんだ」(マイクル・コリンズ)
「密室大集合」(早川書房 1984)

隻腕探偵ダン・フォーチューン物の1編。店の経営者から、共同経営者がなにかたくらんでいるので見張ってほしいとの依頼を受けた探偵。じき店内で、共同経営者が殺害される事件が起こる。宝石や金庫の中身は盗まれ、探偵に依頼をしてきた経営者は、店内の物置に閉じこめられていた。探偵をミスリードするために密室状態がつくりだされたこの事件。おかげで探偵はほぼ完敗してしまう。


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短編を読む その35

「陪審員」(ジョン・ゴールズワージー)
「犯罪文学傑作選」(東京創元社 1978)

地方巡回裁判の陪審員となったボースンゲイト氏。その裁判の被告は、妻とはなれているのを悲しむあまり、自殺を企てた兵士だった。妻や子と幸福に暮らすボースンゲイト氏の心は大いにかき乱される。

「男ざかり」(ルイス・プロムフィールド)
(同上)

刑務所に入っている旧友のホーマーから手紙をもらった〈わたし〉。小さな町の一人息子として育ったホーマーは、金物屋の主人となり、5人の子どもをもうけた。だが結婚生活は不幸で、旅行先で知りあったウェイトレスと出奔したのだった。ひさしぶりに出会ったホーマーは若返ったよう。〈わたし〉はこの旧友の来歴を哀惜をこめて語る。

「ポールのばあい」(ウィラ・キャザー)
(同上)

放校になり、職場の金をくすね、ニューヨークで豪遊したあげく、いき場を失う少年ポールの物語。石が落ちるように真っすぐ転落していくポールの行状がえがかれる。

「盗まれた白象」(マーク・トウェイン)
(同上)

イギリスの女王に贈るため、はこばれてきた白象が、ニューヨーク港で盗まれる。責任者の〈わたし〉は、有名なブラント警部を頼ると、警部は聴取し、対策を練り、たくさんの指令を発し、また〈わたし〉から多額の費用をせしめる。「間抜けな語り手」というべき作品のひとつ。

「モナリザの微笑」(オールダス・ハックスリー)
(同上)

肝臓病をわずらう妻をもつハトン氏。若い娘と逢引きしていたところ、妻が亡くなる。妻を毒殺したのではないかと、知人のミス・スペンスに噂をたてられたハトン氏は、実際に妻の死因が砒素による毒殺だったことから窮地に立たされる。人間関係の書き方が細やかな、風俗小説的犯罪小説。

「散髪」(リング・ラードナー)
(同上)

床屋が、いたずら好きでぐうたらなジムの話をする。ジムはジュリーに惚れているのだが、ジュリーは町にきた医者の青年、ステア先生にすっかり夢中になっている。そのことが町の噂になると、ジムはステア先生の声色をつかってジュリーをおびきだし、さんざんにからかう。ところで町には、木から落ちて頭を打ってから、少々足りなくなってしまったポールという少年がいた。ステア先生になついているポール少年は、鴨撃ちにいくというジムに、一緒についていきたいという。

「すばらしい技巧家」(ウォルター・デ・ラ・メア)
(同上)

夜、使用人のジェイコブがいる台所まででかけていった少年。が、そこにいたのは酔っ払って泣いている太った女だった。食器棚に入れられたジェイコブの姿をみつけた少年は、「このままにしといたら、おばさんはとても助かりっこないでしょ」と女を叱咤し、現場を偽装する。バークリーの「ジャンピング・ジェニィ」を思いだす。

「安楽椅子の男」(ジェイムズ・サーバー)
(同上)

神経質な書類整理課長マーティン氏は、職場をかきまわす、がさつな特別顧問バロウズ夫人を消すことを決意。計画を練り、ある日ついにバロウズ夫人を訪問。普段は飲むことのないマーティン氏だが、夫人がだしてくれたウィスキーを口にしたところ、大きな口を叩き、夫人を怒らせてしまう。が、けっきょくそれが功を奏する。

「マークハイム」(ロバート・ルイス・スティーヴンスン)
(同上)

クリスマス、店の主人を殺したマークハイムは、金を得るためその住まいに侵入。すると、クリスマスの贈り物として、あなたを手伝おうという、謎の男があらわれる。マークハイムは、この不気味な男と問答を交わす。それにしても、「犯罪文学傑作選」は本当に傑作ばかり収められている。

「ブリジャー氏の宝」(H・G・ウェルズ)
(同上)

〈わたし〉が酒場でブリジャー氏から、氏が昔、一度婚約したという話を聞く。婚約者はすてきな家に住む淑女で、その父親は教会の指導的人物だった。庭に岩山をつくる約束をしたブリジャー氏は、その作業中、銀貨がごっそり入った箱を掘りあてる。が、当局に知られるととりあげられるし、婚約者の父は堅物で話にならない。そこで馬車を用意し、真夜中、雨に降られながら銀貨をはこびだそうとしするのだが。皮肉の効いた落ちが見事。


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短編を読む その34

「四階の部屋」(アガサ・クリスティ)
「愛の探偵たち」(早川書房 1980)

夜、鍵を失くして部屋に入れなくなった4人の若者。石炭をはこぶリフトをつかって部屋に入ろうとしたところ、間違えてひとつ下の階の部屋に入ってしまう。リフトにもどり、めざす4階の部屋に入ったものの、手には血がついていた。もう一度、階下の部屋にいってみると、床に女性の死体がある。たまたま、この建物の上の階に住んでいたポアロが、この事件を解決する。

「巨象のブルース」(ドナルド・E・ウェストレイク)
「ウェストレイクの犯罪学講座」(早川書房 1978)

映画用の動物を飼育している会社に脅迫状が届く。脅迫は実行され、馬が撃たれ、キリンと猿は毒殺される。4度目の脅迫状が届き、今度は象のバスターが標的に。保険会社に雇われた探偵ジェフは調査におもむく。

「モカシン電報」(W・P・キンセラ)
「and Other Stories」(文芸春秋 1988)

強盗をしたインディアンが警官隊に撃たれて死亡。この出来事にアメリカン・インディアン同盟が首を突っこんでくる。強盗は被害者とされ、大勢のマスコミや野次馬が押しかけ、居留地は大騒ぎになる。

「イン・ザ・ペニー・アーケード」(スティーヴン・ミルハウザー)
「and Other Stories」(文芸春秋 1988)

12歳になった〈僕〉は、かねてから念願の遊園地ペニー・アーケードにやってきた。しかし〈僕〉の目に、遊園地はすっかり色褪せたものに映ってしまう。なぜこんなことになってしまったのか。最後、〈僕〉はその秘密に思いいたる。クレーンゲームのクレーンが「起重機」と訳されている。

「藍色の死体」(ランドル・ギャレット)
「魔術師を探せ!」(早川書房 1978)

架空のヨーロッパを舞台に、リチャード殿下の主任捜査官ダーシー卿が、魔術師マスター・ショーンとともに、さまざまな事件の謎を解くという、ミステリ・ファンタジー・シリーズの1編。病没したケント公爵のために用意された棺のなかには、ケント公爵夫人の主任捜査官バートン卿の死体が入っていた。しかもバートン卿の死体は、なぜか全身が青く染められていた。この事件には国家に反逆する〈古代アルビオン聖協会〉がかかわっているのか。国王より、じきじきに命を受けたダーシー卿は、事件の起きたカンタベリイで捜査を開始する。このシリーズは面白くなりそうなのに、不思議と面白くならない。

「幻のブレンド酒」(O・ヘンリ)
「O・ヘンリー ニューヨーク小説集 〔2〕 街の夢」(筑摩書房 2022)

ケニーリーズ・カフェのバーではたらくコン・ラントリーは、女性を前にすると、舌がもつれ、顔が真っ赤になtってしまう青年。階上に住むアイルランド人家族の娘キャサリンに惚れているが、ろくに話もできない。ある日、カフェに日焼けした2人の男がやってきて、せっせと酒の調合をはじめる。2人は、高い関税から逃れるために、ビンから樽にさまざまな酒をぶちまけたことで偶然できた、素晴らしいブレンド酒を再現しようとしていた。ブレンド酒は、コンのひと言がきっかけで見事に完成。そしてこのブレンド酒は、コンにも魔法のような効果をあらわす。

「ブルー・ラージャ」(サックス・ローマ―)
「骨董屋探偵の事件簿」(東京創元社 2013)

事件現場で眠ることで、そこに残った思念を感知して事件を解決する、モリス・クロウ探偵譚の1編。ロンドン市から国王にダイヤを贈ることになり、その会合が開かれる。市長や参事、宝石商や警部補が集まったなか、突然、中庭から叫び声がする。一同が窓から外をみているうちに、密室状態のこの部屋から、ダイヤモンド〈ブルー・ラージャ〉が消え失せてしまう。今回のモリス・クロウは眠らない。事件現場で無念無想となり、大気中から思念を得て、事件を解決にみちびく。

「死人に口なし」(シンクレア・ルイス)
「犯罪文学傑作選」(東京創元社 1978)

大学教授の〈わたし〉が死期の迫った老人から、父の遺稿を引き受けてほしいと頼まれる。読んでみると、天才の作品だと〈わたし〉は確信。現地調査をおこない、この天才を世間に紹介し、伝記を書いて出版する。ところが、〈わたし〉の仕事には手厳しい反論が寄せられる。そこで、〈わたし〉は婚約者から旅費を借り、この反論者に会いにいく。知られざる詩人を探求する〈わたし〉の奮闘をえがいた、愉快な一編。

「身代金」(パール・バック)
(同上)

子どもの誘拐を心配する裕福な夫婦。不安は現実のものとなり、子どもは誘拐されてしまう。事前に決めていた通り、夫婦は警察に通報。夫は自分の父親を頼り、身代金を用意し、犯人の要求通りそれを支払う。はたして無事に子どもはもどってくるのか。緊迫感に満ちた作品。

「園遊会まえ」(サマセット・モーム)
(同上)

聖堂参事会員の園遊会にでかけようとしている父と母。それにボルネオで夫を亡くしたミリセントと、その妹。ミリセントは夫を亡くしてから様子がおかしい。園遊会で講演をすることになっているのは中国での伝道に従事していた主教で、この主教から、ミリセントの夫の死は熱病ではなく、自殺だったのだという話がもたらされる。ボルネオで何があったのか。ミリセントは家族に真相を語り聞かせる。


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短編を読む その33

「ヌラルカマル」(ルゴーネス)
「アラバスターの壺/女王の瞳」(光文社 2020)

ブエノスアイレスに金細工を売りにきたアルベルティ氏から〈わたし〉が聞いた話。3千年ごとの生まれ変わりがいいつたえられているベドウィン族出身のアルベルティ氏は、アラビア語で月光を意味するヌラルカマルに恋をし、彼女への贈り物を得るため、占星術師の助けをかりて、失われたシバの国の都におもむく。

「ロセンド・フアレスの物語」(ボルヘス)
「ブロディーの報告書」(岩波書店 2012)

〈わたし〉がロセンド・フアレスから聞いた話。決闘で相手を殺したフアレスは、警察に捕まるが、その後釈放。党の用心棒になり、選挙のときにはなくてはならぬ人物にのし上る。ところが年上の友人が、女をとられたために喧嘩をしたあげく殺されたことから様子が変わる。酒場にやってきた、みかけない連中のひとりから決闘を申し込まれたフアレスは、この威勢のいい間抜けな男が、鏡に映った自分のような気がして恥ずかしくなる。

「めぐり会い」(ボルヘス)
同上

幼いころ、決闘を目撃した〈わたし〉の回想。決闘した2人がつかったナイフには、以前、別の持ち主がいた。そして、その2人も憎みあっていた。闘ったのは人間ではなくナイフだったのではないか。

「フアン・ムラーニャ」(ボルヘス)
同上

〈わたし〉が無法者のフアン・ムラーニャの甥から聞いた話。ムラーニャが死んでから、ムラーニャの連れ合いだった伯母は少しおかしくなった。家賃の不払いのために追い立てをくらいそうになっても、そんな真似はファンが許しはしないというばかり。ある日、家賃を待ってらうよう、おふくろとぼくとが頼みにいくと、家主はめった突きで殺されていた。

「争い」(ボルヘス)
同上

クララとマルタという2人の女性画家の物語。2人は対抗し、またある意味2人のために描き続けた。クララが亡くなると、マルタはクララの肖像画を公開したのち筆を折る。

「マルコ福音書」(ボルヘス)
同上

いとこに避暑にくるよう誘われた、お人好しの医学生エスピノサ。いとこが所用ででかけたあと、雨が降り続いて、川が氾濫。農場を監督する一家が屋敷にきて一緒に暮らすことに。屋敷のなかで英語版の聖書をみつけたエスピノサは、食後、一家にマルコ福音書を読んでやる。すると福音書に感化された一家は、エスピノサに対し思いがけない行動にでる。

「巻尺殺人事件」(アガサ・クリスティ)
「愛の探偵たち」(早川書房 1980)

ミス・マープル物の短編。仕立て女のミス・ポリットが訪ねたところ、スペンロー夫人が死体で発見される。容疑者はその夫で、ちっとも動じていないというのがその理由。また、夫人は昔メイドをしており、その屋敷では盗難事件があったという。タイトルが結末を明かしてしまっている。

「非の打ちどころがないメイド」(アガサ・クリスティ)
同上

メイドのエドナから、スキナー姉妹のもとでメイドをしている従姉妹のグラディスがクビになったという相談を受けたミス・マープル。姉妹は〈オールド・ホール〉という大きな建物の、4つのフラットのうちひとつを借りて住んでいる。姉妹のうち妹のほうは、気の病で寝てばかりいるという。グラディスをクビにした姉妹は、メアリーという非の打ちどころのないメイドを雇い入れたのだが、じきメアリーは姿を消し、そればかりか〈オールド・ホール〉の住人たちの宝飾品や現金、高価な衣類などが一緒に消え失せてしまった。姉妹からメイドの自慢話を聞かされていたセント・メアリー・ミードの村人たちは、意地の悪い喜びで沸きたつのだが。

「春爛漫のママ」(ジェイムズ・ヤッフェ)
「ビッグ・アップル・ミステリー」(新潮社 1985)

「ママは何でも知っている」シリーズの1編。警官をしている息子の〈私〉とその妻は、未亡人のママに殺人課のミルナー警部を引きあわせる。ママの手料理を味わいながら、〈わたし〉とミルナー刑事は目下担当している、おばが結婚詐欺師に殺されたと訴える甥夫婦の事件を話し、ママがその謎を解く。

「よきサマリアびと」(アイザック・アシモフ)
同上

「黒後家蜘蛛の会」シリーズの1編。女人禁制の黒後家蜘蛛の会に、女性のゲストがあらわれた。女性は中学校の元教員で、担当はアメリカ史。西海岸からニューヨークにやってきて、マンハッタンを見物していたところ、夜強盗にあい。そのとき助けてくれた青年に借りたお金を返したいという。だが、肝心の名前も住所も思いだせない。会のメンバーは会則を曲げ、彼女が思いだす手助けをする。


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短編を読む その32

「おしまい」(フレドリック・ブラウン)
「未来世界から来た男」(東京創元社 1992)

わずか8行の超短編。反重力ならぬ、反時間装置というべき機械を発明した教授。機械のボタンを押すと、時間が逆にうごいていく。

「ダン・オダズムを殺した男」(ダシール・ハメット)
「ハメット短編全集 2」(東京創元社 1992)

ダン・オダズムを殺した男が留置所から逃亡。馬を盗み、ひとを避けて荒野をゆき、男の子とその母親が暮らす一軒家に侵入。男は母親から食べ物をもらい、傷の手当をしてもらうのだが。西部小説風の作品。男が留置所から逃げ出す手口は、ウッディ・アレンの映画「泥棒野郎」でもつかわれていたように思う。またラストは、マイクル・ギルバートの「どこかで聞いた名前」と同じだ。

「やとわれ探偵」(ダシール・ハメット)
同上

コンチネンタル・オプ物の一編。ホテルの衣装戸棚から3つの死体が転がりでてくる。手がかりはほとんどない。オプは事件当時ホテルにいた宿泊客を調査する。

「一時間」(ダシール・ハメット)
同上

盗まれた車が、ひとをひき殺すのにつかわれた。依頼を受けたオプは、殺された男が経営する印刷所を訪ねる。職員と話しているうちに、雲ゆきが怪しくなり、オプは格闘をするはめに。タイトルは、依頼を受けてから解決までの時間のこと。

「世界一強い男」(マルセロ・ビルマヘール)
「見知らぬ友」(福音館書店 2021)

アルゼンチンの作家による児童書の短篇集のうちの1編。いつも丸刈りにしていた小学生の〈ぼく〉。丸刈りならもうつきあわないと、〈ぼく〉はタマラにいわれてしまう。そんな〈ぼく〉に、床屋のおやじは、サムソンとデリラの話をする。本書には人情ショートショートとでもいうべき作品が収録されており、児童書だけれど大人が読んでも面白い。

「立ち入り禁止」(マルセロ・ビルマヘール)
同上

フォークランド紛争のとき、〈ぼく〉の友人ラファエルの兄であるルカスは兵隊にとられた。駐車場の夜景をしていた友人の父親は、昼間眠れなくなりクビに。両親は部屋に引きこもり、その部屋は立ち入り禁止になってしまう。

「地球のかたわれ」(マルセロ・ビルマヘール)
同上

書きものが好きな12歳の〈ぼく〉。書いたものは教室の床板の下に隠しておいた。が、それを学友のサルガドにみつけられ、サルガドは自分が書いたといって皆の賞賛を得る。さらに書きものを女の子に贈り、2人はつきあいはじめてしまう。

「アラバスターの壺」(ルゴーネス)
「アラバスターの壺/女王の瞳」(光文社 2020)

エジプトの古代魔術にかんする対話集会を予定しているスコットランド人技師から、話を聞くことになった〈わたし〉。ツタンカーメン王の地下墳墓発掘に参加した技師は、石棺が安置された部屋の入口に置かれたアラバスターの壺に気づく。この小さな壺には、死の芳香が封じこめられていた。

「女王の瞳」(ルゴーネス)
同上

「アラバスターの壺」の続編。アラバスターの小壺に封じこめられた、死の芳香と同じ香りを放つエジプト人女性シャイト。彼女に魅入られたスコットランド技師は亡くなってしまう。その葬儀に出席した〈わたし〉は、シャイトの後見人と名乗る男から、彼女についての神秘的な話を聞く。

「円の発見」(ルゴーネス)
同上

いつもチョークをもち歩き、描いた円のなかに身を置かなければ落ち着かない、精神を病んだ幾何学者。精神病院にやってきた新任の医者により、病院のあちこちに描いた円が消されたところ、幾何学者はこと切れてしまう。しかし、病院ではどこからか幾何学者の声が聞こえてくる。


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短編を読む その32

「ブラック乳母」(マイクル・M・ハードウィック)
「恐怖通信」(河出書房新社 1985)

田舎の屋敷に引っ越したチャップマン一家。その屋敷には幽霊がいて、家族や召使いのあいだに、次第に恐怖がひろがっていく。一体なにが原因で幽霊があらわれるのかわからない、といったたぐいのゴースト・ストーリー。

「銭形平次ロンドン捕物帳」(北杜夫)
「大日本帝国スーパーマン」(新潮社 1987)

ホームズに呼ばれ、ロンドンにやってきた銭形平次が、姿を隠せる隠れマントをつかった盗難事件を解決する。平次の口調はこんな風。「ところでホームズさん、何でまたこのあっしを、遠きも遠きイギリスくんだりまで呼び寄せなさったので。日本はまだ鎖国中なもんで、外国船に乗って沖に出るまでヒヤヒヤの連続でしたぜ」 また平次は、いざというとき「親分、てえへんだ、てえへんだ」と叫ぶようにホームズに頼んだりする。

「呂栄の壺」(久夫十蘭)
「湖畔・ハムレット」(講談社 2005)

慶長16年、島津義弘の命でルソンまで茶壷をさがしにいくはめになった吉之亟の冒険。けっきょく徒労に終わるのは、いかにも十蘭作品らしい。

「刺客」(久夫十蘭)
「黒い手帳」(光文社 2022)

書簡体小説。精神医学を学ぶ学生が、秘書という名目で暮らすことになった家には、ハムレットを演じている最中に事故にあい、以後、自分をハムレットと思いこんで暮らしている男がいた。しかし、男はとっくに正気をとりもどしているのではないか。十蘭の名作「ハムレット」の原型作。「ハムレット」のラストは、舞台が戦時中でないとつかえない。戦前に書かれた「刺客」は、それとは別の、1人称を利用したラストを用いている。作品の凝縮度という点では、「ハムレット」のほうがはるかに上だ。

「黒い蜘蛛」(ゴットヘルフ)
「怪奇幻想の文学6」(新人物往来社 1977)

スイスの作家による中編。祖父が、孫の洗礼式の日にあつまったお客に、家の柱に古く汚い木がつかわれている、その由来を語る。枠物語の形式をとっており、冒頭の洗礼式の描写が長ながしい。祖父が語る物語は、悪魔との契約譚。これが途方もない迫力。大長編といういいかたがあるなら、この作品は、その比類ない迫力も含めて大中編とでも呼びたい気がする。でも、クリスティーナは少々かわいそうだ。この作品は岩波文庫では一冊で出版されている。

「手と魂」(ダンテ・ガブリエル・ロセッティ)
同上

不遜な性格から、ある程度の名声を得たのにもかかわらず、納得できる仕事を残すことができない画家のキアロ。そんなキアロのもとに、突然天使めいた若い女性があらわれる。芸術家小説。

「道」(シーベリイ・クイン)
同上

これは中編。ローマ時代、北欧人の剣闘士エクラウスは、ヘロデ王の軍に追われる子連れの夫婦を助ける。その後、イエスが十字架にかけられる現場に立ちあい、妻を得、ローマ帝国の滅亡を目にし、十字軍に参加。ラプランドで気のいい妖精たちに出会い、幼子に贈り物をすることに。サンタクロースの縁起譚。

「N」(アーサー・マッケン)
同上

ロンドンの片隅に、キャノン公園という、だれも知らない美しい場所があるらしい。そのことについて語り合う3人の老人たち。また、ある牧師が書いた、グランヴィル氏という人物が美しい景色をみせてくれたという本の記述。さらに、老人3人組のひとりによる実地探索により、キャノン公園には昔、精神病院があり、一時期そこを脱走した病人がいたという。これらの話が混然となり、ある雰囲気をかもしだす。

「幸運の25セント金貨」(スティーブン・キング)
「幸運の25セント硬貨」(新潮社 2004)

客が残していった――客にいわせると幸運の――25セント硬貨のチップ。メイドがあきれながらも、ホテル備えつけのスロットマシンで、その25セント硬貨をつかってみると、なんと大当たり。得た金で、メイドは帰り道にカジノに寄り――。

「こだまが丘」(フレドリック・ブラウン)
「未来世界から来た男」(東京創元社 1992)

なぜか発言が本当になる力を得た男。くたばりやがれというと、相手が本当に死んでしまう。この力をつかって世界を支配するため、男は山にこもり計画を練る。が、そこで致命的なミスをおかしてしまう。


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短編を読む その31

「ブグリマ市の司令官」(ヤロスラフ・ハシェク)
「不埒な人たち」(平凡社 2020)

革命軍事評議会により、〈わたし〉はブグリマ市の司令官に任命される。ブグリマ市がどこにあるのかもわからなければ、味方が市を確保しているのかも怪しい。旅費や生活費も支給されず、市に到着した〈わたし〉は、まず税金の取り立てを命ずる。これもまた作者の実体験をもとにしたというエピソード集。だれが敵でだれが味方なのか、さっぱりわからない。こんなときでもハシェクの筆致は悲壮感がみられない。

「犯行現場にて」(レオ・ブルース)
「レオ・ブルース短編全集」(扶桑社 2022)

自分で犯罪をおかしたくなった警部。ある事務員2人が銀行から全従業員の給料をタクシーではこぶという話を耳にした警部は、下調べを開始。いまはタクシーの運転手をしている前科者をパートナーとし、犯罪を実行にうつす機会をうかがう。

「逆向きの殺人」(レオ・ブルース)
同上

召使いの老人が亡くなったことに疑念をいだいた警部。しかし医師の診断ではまったく問題がない。3年後、今度は雇い主である老人が亡くなったが、こちらも不審なところは見当たらない。にもかかわらず、警部は老人の息子を逮捕する。

「跡形もなく」(レオ・ブルース)
同上

莫大な資産をもつ姉が失踪したと、その弟がグリーブ巡査部長に訴える。姉の面倒をみるために、弟は屋敷の一翼を空けたのだったが、引っ越してきた姉は、運転してきた車ごといなくなってしまった。本書に収められた「休暇中の仕事」と同様のアイデア。

「インヴァネスのケープ」(レオ・ブルース)
同上

ビーフ巡査部長の回顧譚。裕福な老姉妹のうち、姉のほうが殺害される。目撃した妹によれば、殺したのは同居している甥だとのこと。犯行時、甥は鳥打帽にインヴァネスのケープを着ていたというのだが、当の甥は、ケープは使用人に預け、つくろってもらっていたと話す。

「手紙」(レオ・ブルース)
同上

うっかりものの妻の過失を利用して、彼女を殺害した夫。すべてがうまくいったと思ったが、妻の不注意が原因で犯行があばかれる。

「幽霊」(オーガスト・ダーレス)
「恐怖通信」(河出書房新社 1985)

殺された女性が幽霊となり、殺した男にとりつく――と思ったら。1人称をうまくつかった作品。

「ヴェルサイユの幽霊」(フランク・アッシャー)
同上

ヴェルサイユ宮殿に観光にでかけた2人の英国人女性が、マリー・アントワネットなど、当時のひとたちの幽霊と出会う。ゴーチエの「ポンペイ夜話」のよう。

「愛しのサタデー」(マデリーン・レングル)
同上

夏、マラリアにかかった〈ぼく〉は、ある廃屋に入りこむ。そこは昔、南北戦争で戦死した大佐と、そのあとを追うように命を絶った妻が住んでいた屋敷だった。廃屋には魔女と少女がおり、魔女にマラリアを治してもらった〈ぼく〉は、彼女たちと親しくなる。

「悪魔の手下」(マレイ・ラインスター)
同上

知りあいの女性が魔法をかけられたことに責任を感じたジョーは、元魔女のばあさんの助けを借りて、魔法をかけた男を打ち倒しにいく。ジョーは、昔の少年マンガの主人公のように元気がいい。


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