イスラボンの競馬食べ放題

愛馬についてのあれこれを記録する日記です

颶風の王

2024-01-29 10:55:27 | ●馬読書感想文
馬読書感想文シリーズです。

ユアグローリーとレインフロムヘヴンの応援で競馬場に行った時に、お会いした知人と馬事文化賞の話になりました。
今年の馬事文化賞は「エピタフ 幻の島、ユルリの光跡」だったんですが、知人が「写真と小説の違いはあるけれど、『エピタフ』は『颶風の王』とモチーフが一緒なんですよ」という話をしてくれて、そこで初めて「颶風の王」のことを知りました。
こちらも2015年度に馬事文化賞を受賞していたんですね。
自宅に戻ってから、Kindle版が文庫価格で出ている(←大事なポイント)ことを確認して、早速、ポチりました。

ネタバレになるのはイヤなので、ざっくりあらすじを書くと、明治、昭和、平成とつながる、ある家族と馬との物語です。
ポイントになるのが、花島(北海道に実在するユルリ島をモチーフにしているそうです)という無人島に漁業運搬用の労働力として連れて行かれた馬が、自然災害により島から連れ戻すことができなくなってしまったという出来事。
この小説は3部構成なのですが、この出来事がちょうど小説の中心に位置して、小説の前半部分と後半部分をつないでいる感じです。
余談ですが、第1部が4章、第2部が5章、第3部が4章立てで、ちょうど真ん中にある章の名前が「境目の日」というのが作者の遊び心なのかなと思いました。

決して面白おかしいという内容ではなく、ずっしり重たいエピソードが多いのですが(特に最初の話は、生理的に受け付けられない人もいるかもしれません)、小説として面白かったです。
著者の河﨑秋子は、この小説が単著としてはデビュー作になるようですが、今年「ともぐい」で直木賞を受賞しているだけあって、(エラそうな感想ですが)上手い作家さんだなと。
家畜としての馬と人との関わりの書き方が、さすが農業王国・北海道出身の作家です。

漫画でいうと、荒川弘の「銀の匙」に似ています。
「銀の匙」は、札幌出身の都会っ子で農業とは全く関わりのなかった八軒君が、進学先の帯広の農業高校で、ただ可愛いだけではない、経済動物としての動物との関わり方を悩みながら考えていく話です。

この小説で八軒の役割を果たしているのが、主人公家族の第3世代(祖父、孫、孫の孫)にあたる大学生のひかりちゃん。
ひかりは、帯広畜産大(がモデルの大学)の学生ではあるものの、農業と直接は関係のない学部の所属なんですが、家庭のある事情から、花島に残された馬について、真剣に向き合うことになります。

考えた末にひかりが出した結論が、小説のタイトルに象徴されている(多分、そう)のですが、どういう結論を出したかは、もちろん、読んでのお楽しみということで。
でも、人と動物との関り方って、何が正解で、これが絶対の答えというのがないから、みんなが、悩みながら考えていかないといけないんだよなぁと思いました。

そして、今回、この小説を読んで、お正月に海保と日航機の衝突事故でペットが亡くなったことに関して、SNS上で起きた大論争を見て、すごくイヤな気分になっていたのですが、その理由が分かった気がしました。
「なるほど、単純に正解が決められない問題に対して、自分の方が絶対に正しいという立場で、お互いに物事を主張し合っているのが、不愉快だったんだな」と。

人間にとって動物って何だろう。
正解のないこの問いについて、モヤモヤした状態を抱えながら、それでも人間は考え続ける必要があることを「颶風の王」は示してくれているように思います。
良い小説を紹介してもらえて、良かったです。
人見知りで人間関係が非常に狭い人間なのですが、信頼できる方達との人付き合いは、やっぱり楽しいですね。
ありがとうございました。

ザ・ロイヤルファミリー

2024-01-02 20:53:36 | ●馬読書感想文
遅ればせながら、「ザ・ロイヤルファミリー」(早見和真)を読みました。
基本、Kindleで読むので、単行本の値段を出すのはさすがにもったいなくて、文庫化されるのを待っていました。

作者が、この小説で馬事文化賞を受賞されたこともあり、グリーンチャンネルに出演されることが結構多かったので、馬主に焦点を当てた(物語の語り手は馬主の秘書ですが)小説だっていうことは、何となく知っていました。
その時の紹介でも言われていましたが、馬主が物語の中心になっているのって、確かに珍しいですよね。
シロウト考えでも、生産者や騎手の方が、馬主よりドラマ性がありますもん(笑)。

エンターテイメント小説なので、読んで面白かったかどうかが一番大切だと思うのですが、単純に面白かったです。
私が競馬になじみがあるのもありますが、サクサク読めました。

あ、でも、ロイヤルファミリーというタイトルから、超お金持ち一族(吉○家とか…)の馬主の物語かと思っていたのですが、そこは違っていました。
お金持ちはお金持ちなのですが、自身で会社を興した創業者とその家族の物語です。
「ロイヤル」はその馬主が使っている冠名なんですよね。
この小説は、「ロイヤル」の馬主と「ロイヤル」の冠名をつけられた馬の2代にわたる物語です。

競馬を知らなくても楽しめると思いますが、やっぱり知っている方が細かいところまで含めて面白いかもしれません。
日本で一番高額取引がされる「セレクタリアセール」とか、大牧場の「北陵ファーム」とか(笑)。
私は全く分かっていませんが、出てくる騎手にも「あ、これは…」というモデルがいるんだろうなぁ。

この小説はエンターテイメント小説なので、ネタバレや読み方の限定は避けないといけません。
なので、私の勝手な楽しみ方を感想として書いておきます。

いや~、「○○様」って、心の中で思うことあります?
でも、ロイヤルファミリーに仕えた秘書の目線から書かれたこの小説は、馬主家族のことは、絶対に「○○様」って心の中で呼んでいるんですよね。
自分以外には悟られることのない心の中なのに、ですよ!?
これには、作者のどういう意図があるんでしょうか。

ロイヤルというのは、馬主の苗字が「山王」なので「王」(royal)から取ったという設定なんですが、忠誠を表す英単語は「loyal」です。
そして、日本人にとって“r”と“l”の区別はつきにくく、どちらもカタカナに直すと「ロイヤル」になります。

「裏切らない」という言葉が、小説の所々に散りばめられていますし、多分、何か作者の仕掛けがあると思うんですが、一読しただけでは、自分なりの答えはまだ見つかっていません。
そういう謎解きも含めて、楽しめる小説だと思います。

こんな日もある 競馬徒然草

2023-10-18 08:48:19 | ●馬読書感想文
たまに書いている競馬読書感想文シリーズ。
今日の課題図書は、古井由吉のエッセイ「こんな日もある 競馬徒然草」です。

純文学をほとんど読まず、古井由吉という作家の名前も初めて聞いたくらいの人間が、なんでこの本を読もうと思ったかというと、社台の会報誌の連載「どっぷり酒馬ダイアリー」で紹介されていたからです。
酒馬ダイアリーの大竹聡さんによると、古井由吉は日本の現代文学の巨星であると同時に、大の競馬ファンであったとのこと。
この随筆集は、月刊誌「優俊」に約30年連載されていたエッセイの中から、古井と同じく競馬ファンの高橋源一郎が選んだものが収録されているそうです。

こんな紹介文を読んだら、それは読みたくなるというものじゃないですか。
純文学は面倒で読めないですけど、純文学作家の眼で切り取られ、そして文字を通して語られるこの30年間の日本競馬に、興味をそそられないワケがありません。

ということで、随筆集を読んだ感想なんですが。
いや~、文章の圧が半端ないです。
酒馬ダイアリーの大竹さんは、もったいなくて意識的にゆっくり読んだと書いていましたが、私は、エッセイであっても、研ぎ澄まされた文章のキレに、グサグサと切りつけられている感覚になり、いっぺんには読めませんでした。

硬質でベタっとしたところがまるでなく、感情的な表現は使わないのに、こちらの感情を揺さぶってくる文章。
言葉の芸術家ですから当然なんですが、小説家ってすごい人種です。

そんな特別な人種から見た、およそ30年の競馬の移り変わり。
伝説の「中野コール」を苦々しく眺めていたり(集団が生み出す無邪気な熱狂は、古井の世代的には嫌悪の対象でしょうね)、競馬だけではなく競馬ファンの変化についても、エッセイは伝えてくれます。

年齢の割に競馬歴の浅い私が見た風景と重なるのは、最後の10年ちょっとでしょうか。
私の知らない時代の話も面白かったのですが、自分が見たものが、古井にはこう見えていたんだと思って、やっぱりそっちの方が興味深く読めました。

ただ、競馬愛が燃え続けていることは伝わってくるものの、文が纏うエネルギーは、年齢的なこともあるのか、終盤になるにつれて、どうしても枯れてきているように感じました。
恐らく、競馬場に足を運ぶ回数も減っていたはずです。

そうしたこともあり、読了後は、少し寂しい気持ちにもなったのですが、ふっとある考えが浮かびました。
この随筆集は、競馬という1つのテーマで書き続けたことで、日本競馬の30年史になっていると同時に、そのテーマと向き合い続けた古井自身の30年史にもなっているという、二重構造をしているんだなと。
随筆集の最後に古井の年譜がついているのも、そう考えると、なるほど納得です。

競馬は、年齢や環境が変化しても、それぞれのステージでの楽しみ方がある娯楽。
だからこそ、人の“生”に深く寄り添える。
そんなことを改めて考えさせてくれた本でした。

やってみたらええやん パラ馬術に挑んだ二人

2023-06-23 20:37:05 | ●馬読書感想文
今日は、たまに書いている競馬読書感想文シリーズです(笑)。
今回の課題図書は、「やってみたらええやん パラ馬術に挑んだ二人」(和田章郎著)。
2020東京パラリンピックのパラ馬術で、日本人で唯一の入賞を果たした宮路満英と、その妻の裕美子を主人公にしたノンフィクション作品です。
宮路満英は、JRAの調教助手時代に発症した脳内出血により、右半身の麻痺と言語障害、高次脳機能障害を負い、調教助手を廃業。パラ馬術の選手となった人物です。

私が不勉強なだけかもしれませんが、障害がありながらも輝く人に焦点を当てた作品の場合、本人だけに強い光が当てられることが多い印象なのですが、この本は妻である裕美子にも同分量で光が当てられている感じ。
まずそこが、すごく好感が高いなと思いました。
タイトルが「パラ馬術に挑んだ“二人”」なのも、そういうことなんですよね。

しかも「やってみたらええやん」の部分は、妻の裕美子ではなく、別の人間の言葉が発した言葉というのも、またいいです。
本の中では、宮路夫妻の言葉として、繰り返し「出会い(人)に恵まれた」という言葉が出てきますが、タイトルからもそれを感じることができます。

もちろん、そういう良い出会いを惹きつけるのには、宮路夫妻の人柄があります。
馬術競技のレベルが高いとはいえない日本で、パラリンピック入賞に至るまでのリハビリとトレーニングの過酷さは、相当なものがあったはずです。
その厳しいトレーニングを前向きに真剣に明るく取り組めるお2人だからこそ、周囲に人が集まるんでしょう。
そのことが、本の中で紹介される色々なエピソードから伺えます。

あと、これは本筋ではありませんが、宮路夫妻が、東京パラリンピックの次の目標として、世界馬術選手権への出場を目指していたことが描かれていたのも良かったです。
オリンピック、パラリンピックはどうしてもお祭り色が強いので、それが世界最高のスポーツの祭典と思われていることに対して、何らかの競技のファンなら違和感を抱いていると思いますが、著者はその違和感を少しでも解消したかったのかなぁと。
こういうところに、スポーツ文化に対する著者の「愛」が感じられるところも面白かったです。

ところで、我が家は結果的にはコロナ禍で叶わなかったのですが、東京パラリンピックのパラ馬術の観戦チケットを申し込んで、当選していました。
普段は、パラリンピックよりオリンピックの方に目がいってしまいますが、せっかくの自国開催なんだから、オリンピックだけではなく、パラリンピックも現地で見たいよね、ということで。
そういう軽い感じだったのですが、この本の次の一節を読んで、改めて、現地で見たかったなぁと思いました。

競技者本人と、サポートする様々な人々との関係性、絆といったものが、どのように育まれ、醸成され、構築されていくのか。また競技者とサポーターそれぞれが、実戦を通してともに成長していく過程を窺い知れる競技世界の奥深さ。

それがパラスポーツの魅力の一つだと著者は言います。
私の想像ですが、特に採点競技である馬術は、その魅力がより多く現れているのではないかと思います。
うーん、自分が実際に見て、どういう感想を持ったのか、確かめたかったです。

黄金旅程【読書感想文】

2021-12-25 20:38:17 | ●馬読書感想文
なんか久しぶりに家にいるなと思ったのですが、先週末は、土曜は仕事、日曜はポップパフォーマーの応援で競馬場に出かけていたからでした。
そんなのんびりした土曜日だったので、冬休みの課題図書のはずの「黄金旅程」を読み終わってしまいました(笑)。
残り2冊の課題図書については、やはり寒い中、買いに行く気力がないので、冬休みに読むものが…。

さて、「黄金旅程」の感想ですが、一言でまとめると、浦河の馬産関係者に対するエールですね。
小説の書き出しって、とても大事なものですが、書き出しが「浦河の町は粒子の細かい霧に覆われていた。」と地名から始まるところも、それを表しているのではないかなと思います。

小説には、馬産という産業の非情さや、競馬界の暗い側面も出てくるのですが、そこをあまり掘り下げることはしません。
色々とご都合主義的なところも出てきますし、結末にハッピーエンドが用意されているところからも、この小説は、浦河の生産者の方を勇気づけ、元気づけるためのおとぎ話なんだろうなぁと感じました。
小説としての深みはないのかもしれませんが(多分それに関しては「優駿」の方が上です)、夢物語として、読んでいて幸せになれる小説でした。

小説の中心になる馬の名前は、エゴンウレア。
馬主さんは“ステイゴールド”とつけたかったけど、孫娘からの「ベタ過ぎる」という助言(?)で同じ意味を持つバスク語の馬名をつけたという設定です。

作者の馳星周がステイゴールドの大ファンであることは周知の事実ですし、そもそも小説のタイトルが、ステイゴールドの香港ヴァーズ出走時の漢字名である「黄金旅程」です。
なので、社台グループから馬名使用の許可が下りなかったのかなとか、大牧場に対する日高の逆襲ということで、あえてのバスク語置換なのかなとか、競馬ファンなら色々と頭の中で突っ込みながら、楽しめます(笑)。

突っ込みどころという点では、G1を席巻している牧場の名前がノール・ファームというのも、なかなか楽しいです。
巻末に「なお、本作品はフィクションであり~」とあるのは、多分、高度なギャグなんでしょう。
そしてそんな中、「武豊」って実名で登場する武豊って、ホントすごいなとも思います。

それにしても、牧場見学禁止期間中に馳星周が社台SSに行ったことについて、文句つけてたクラブ会員って、一体何様なんでしょう…。
自分の価値が、馳星周と同じって思っているんでしょうか。信じられない。
直木賞作家が、こうして競馬界を舞台にした小説を書いてくれることのありがたみや影響力って、全く頭にないんですかね。
…と、最後はいつものようにぷんすかして、読書感想文を終わります。