散日拾遺

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二十四節気 清明

2023-04-05 09:12:32 | 日記
2023年4月5日(水)

 贈られた本から、折々に転記してみる。
 
 本日は二十四節気の清明、旧暦三月の節気である。以下、引用:

 …清明とは「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」を略した言葉で、春浅い時期の、清らかで生き生きとした様子を表しています。
 菜の花をはじめ、さまざまな草木に花が咲きはじめます。鳥はさえずり、蝶や虫の姿が目につき、野に山に生命力が溢れる気配を感じます。まさに春たけなわの時候でしょう。
『和の暦手帖』P.42-43

 この記述は昨今の実感としては、もう一、二旬早い時期にふさわしい感じがする。三月に帰省した折りの風情で、書き漏らしているが3月14日に善応寺でツバメを見た。末尾に示したとおり「玄鳥至」が清明初候というのだから、ちょうど二旬のズレである。
 細かいことはさておき「花が咲きはじめ、虫の姿が目につき」は真に実感、閑散としたベランダにもちゃんとその気配がある。

 茉莉花に今春最初の開花あり、

 亀が水から/自ら出てきた。 

 上掲書に追記あり、再び転記:
 清明祭(シーミー)
 沖縄では、清明の日にお墓参りをする風習があります。清明祭とよばれるしきたりで、ご先祖様のお墓に親戚一同が集まり、お供えしたお重の料理やお酒をいただきます。三弦に合わせて歌い、踊り、にぎやかに楽しく先祖をもてなします。
ibid. P.43

 道理で。
 日頃熱心な沖縄出身のゼミ生が、珍しく欠席を届けてきた。
 「本家の清明祭が重なってしまった」という簡単な文面だが、その重みは十分に伝わってくる。清明祭の日取りが本家と分家で違うものではないだろうから、
 「本家の墓所に集まって行うことになっている恒例の清明祭は、ゼミ程度で欠席するわけにはいかない」
 の謂いであろう。むろん咎めなどしない、大いに諒とするところ。ただ、日頃勉強熱心な学生が清明祭にどのように歌い踊るのか、拝めないのが残念である。
 
ちなみに本節の七十二候
 清明初候 玄鳥至(つばめきたる)新暦4月5日~9日
 清明次候 鴻雁北(こうがんかえる)新暦10日~14日
 清明末候 虹始見(にじはじめてあらわる)新暦15日~19日


 これが証拠、3月16日に納屋の梁で撮影したものである。右側のツバメの胸が薄緑色がかっており、こんな個体は初めて見た。今後の観察を楽しみにしていたところ、悲しいかな翌々朝には巣が土間に落ちており、鳥はそれきり姿を現さなかった。
 こんなことは昔はなかった、今時のツバメは営巣が下手だと父が悔しがるが、ツバメの技量よりも一帯の土質が変わったのではあるまいか。福岡県久留米市出身のY教授が「こちらの田舎も同じです」と教えてくださった。農業とりわけ泥土と縁の深い、稲作のあり方の何らかの変化を示唆するもののようである。
 ツバメの姿はなかなか見えないが、声がするから近隣にいるのである。梁に下支えの板を打ちつけ、帰来に備える今年の清明。

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